俺の転生先、13歳女子で人生ハードモードなんだが   作:蘇芳ありさ

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第十一話『人生の絶頂期』

 

 

 

 セレスタからぶいけんっとのコラボを内々に打診された翌日。

 

 ちはやさんは朝からずっとソワソワしていた。

 

 打ち合わせのためにセレスタから人が寄越されると聞かされていたからだ。

 

 

『失礼いたします。株式会社VTuber研究会様との打ち合わせのため、セレスティアプロダクションより派遣されましたマネジメント部の玉城と申しますが──』

 

 

 インターホンの声は、思ったよりもずっと事務的だった。

 

 うん。ちはやさんは“本人たちが来る”と期待していたっぽい。

 

 俺は脳内でがっかりするちはやさんを横目に苦笑する。

 

 久しぶりに着たスーツの襟を正しながら、意気込む。

 

 

『よし来たな。久しぶりの営業だ。ここは本職の俺に任せて、ちはやさんはどっしり構えてりゃいい』

 

『うん、おじさんに任せるね……』

 

 

 相変わらず気分屋だな、この子は。

 

 その気になったら何をしでかすか分からないのは変わらない。

 

 一応後学のために、その為に待機しているであろうあーちゃんがもの凄い顔をしていることに気付いた方がいい。

 

 

「ほらね。だから言ったじゃん。普通に会社の人が来るってさ」

 

「うん、そうだよね……」

 

「まぁ、まだ完全に決まったわけじゃないから油断できないけど、もし仮にセレスタの人が一緒に居ても抱きつくのは禁止。……破ったら色々と酷いよ? あたしに絞め落とされたあの日の悪夢、忘れんじゃないわよ」

 

 

 えっ、何それ?

 

 この子、ちはやさんを締め落とせるの!?

 

 思わぬ新情報に興味を持っていかれる。

 

 

 ──いや、いかんいかん。

 

 俺までソワソワしたら終わりだ。

 

 ただでさえ憧れのセレスタと仕事できるんだ。情緒が保たない。

 

 

 俺はブレーキ役、俺はブレーキ役。

 

 アクセルベタ踏みしか知らんちはやさんの暴走に備えにゃならん。

 

 

『ちはやさん、言うまでもないけど』

 

『うん、ちゃんとお行儀良くしてる。おじさんたちに迷惑かけたくないし、サーニャもこっちを睨んでるしね』

 

 

 落ち着かない様子で、ちはやさんは膝の上の手をもじもじさせている。

 

 ……まあ、それを言ったら俺も同じなんだけどな。

 

 

(俺だってセレスタの箱推し勢だし、かぐらとせりなの大ファンだしな……)

 

 

 そんなことを考えていたところで、インターホンがもう一度鳴った。

 

 視界の端で、サーニャさんが慣れた手つきで応対する。

 

 

「セレスティアプロダクション、月代かぐらと星見せりな、それからマネージャー2名です」

 

「はい、そのままお通りください」

 

 

 ──時間が止まった。

 

 

「…………え?」

 

 

 あーちゃんが最初に現実へ戻る。

 

 

「今、なんて?」

 

 

 俺はかつての配信で惚れ込んだ二柱(ふたり)の女神の姿を思い浮かべたまま、口だけが動く。

 

 

「かぐちと、せいちゃん……?」

 

 

『いやいやいやいやいや』

 

 

 否定の声が脳内を突き抜ける。

 

 だが次の瞬間、扉が開いた。

 

 

 そこに立っていたのは、3Dモデルで何度も見た動きそのままの少女だった。

 

 ぴょこ、と小さく体を揺らす仕草。

 

 何かやらかすたびに笑って誤魔化す、あのゆるい表情。

 

 

「えへへ、初めまして〜!」

 

 

 その声を聞いた瞬間。

 

 理性が崩壊した。

 

 

「本物だああああああああ!!!!」

 

「えっ!?」

 

 

 あーちゃんの制止より早い。

 

 

『ちはやさん、本物だよ!! 本物のかぐちとせいちゃんだよこれ!! 本当に会いに来てくれたんだよ!!』

 

 

 肩を掴んで必死に説明する俺。

 

 その背後で、星見せりなが顔を覗き込む。

 

 あの“上目遣い”も完全再現だった。

 

 

「……本物のせいちゃんでぇ〜す。本物のちーちゃんも、きゃわわ」

 

 

 その一言で、俺たちは終わった。

 

 脳内で固く抱き合い、酸欠の金魚のように口を開閉するだけになる。

 

 

「あ、見て見てせいちゃん。ちーちゃん、限定ストラップ付けてるにぇ」

 

「あー、嬉しいねぇ。こういう反応、ほんと嬉しいよ」

 

「じゃあ、せーので行こっか。抜け駆け禁止ね」

 

「うん、せーのっ」

 

「あっ、早い! せいちゃん早いよ!!」

 

 

 今度は俺たち以外から悲鳴が上がった。

 

 

「ほんものぉおおおおお!! ちーちゃん可愛いぃいいいい!!」

 

「待って、かぐらもかぐらも! ちーちゃんあのときは配信中に励ましてくれてありがとう!!」

 

「「ぎゅううううう!!」」

 

 

 さらにその上から抱きしめるかぐら。

 

 

 ──え、なにこれ?

 

 配信中はケンカばかりなのに、リアルだとやっぱりこうなの? 

 

 尊すぎて思考が追いつかない。

 

 

「わたしは、今日、死んでもいい……」

 

 

 誰も止めない。

 

 止める理由がない。

 

 

 ここはもう、理屈の通じない領域だった。

 

 

 

 

 

「ちーちゃんちっちゃい!」

 

「ほんとだ!」

 

「やわらかい!」

 

「ほんとだ!」

 

「せいちゃん触りすぎ!」

 

「かぐらもせいちゃんのお胸触ってる!」

 

「胸なんてないだろお前!!」

 

 

 

 ……待って。ねえ待ってよ。

 なんで向こうから抱きついてんの?

 

 ふつう逆じゃないの?

 あたしそのために待機してたんだよ?

 

 なのに、なんで、なんで……?

 

 

「ちーちゃんお菓子食べる? せいちゃんね色々持ってきたの」

「食べる!!」

「きゃわわっ、ちーちゃんホントに可愛いねえ〜!」

「かぐらもやる! はいちーちゃん、あ〜〜ん?」

「あ〜〜ん!」

「「きゃわわ!!」」

 

 

 なんで怪獣に抱きついた挙句、餌付けする展開になってんの!?

 

 

「なにこれ……?」

 

 

 あたしはもう何度見かわからないほど凝視した珍現状を片目に、淡々と靴を揃えるマネちゃんたちに説明を求めたんだけど、こっちも何でこんなに平然としてるのか分からないのよねぇ……。

 

 

「初めまして。月代かぐらのマネージャーを務める玉城と申します。堀川様のご活躍は予々」

 

「同じく、星見せりなのマネちゃんをやってる藤村っていいます。あかねちゃん、今日はよろしくね」

 

「あ、これはどうもご丁寧に」

 

 

 おお、これが名刺交換の名シーン──じゃなくって。

 

 

「あの、そろそろ説明して欲しいんですけど、これって……? なんていうか、配信中のルナステラってもう少し、なんというか、こう……手心というか、もうちょっとだけ大人の対応が取れてませんでしたっけ?」

 

「そう申されましても、お二人とも精神年齢は幼稚園児と同じ低みにありますから」

 

「学力も余裕で小学生に完敗しますから、こうなっても仕方ありませんよ」

 

 

 うわっ、開き直った……じゃなくて、これはもう平常運転に組み込まれてるってカンジね。

 

 

 見てよ、この二人の一見平然としたこの横顔。

 

 ちー(・・)の奴がやらかしても、ため息ひとつ出なくなったあたしらと一緒だ。

 

 

 なら仕方ないと、あたしは視線をメイドさんたちに移動させた。

 

 

「あの、すみませんけど、あたしらオフィスの応接室に移動するんで、それ(・・)、テキトーに運んどいてもらえます?」

 

「承りました」

 

 

 うん、何事もなかったかのように担架を持ってくるメイドさんたちと一緒だ。

 

 ままならない現実に苦労しているのはあたしたちだけじゃないと知って、少しだけ救われた気分になるのだった。

 

 

「こちらも素晴らしいお部屋ですわね。さすがは総資産1兆ドルとも噂される葛葉ちはや様の応接室。私のような一般人は論評の言葉に困るほどですわ」

 

「や。そんなコトを言われてもあたしはこんな狭いところで恐縮ですとか、散らかっててすみませんとか言える立場じゃないんで、テキトーに座ってもらえますか?」

 

「あ、それならちはやさんたちは邪魔にならないように、向こうのソファーに落とし、いえ運んでもらいましょう」

 

「いや、飽きたら勝手に首を突っ込んでくるだろうし、隅っこに転がしといてもらえば十分でしょ」

 

「ねえちーちゃん、今度一緒に歌おうね」

 

「……うん。歌いたい」

 

「ちーちゃん歌も上手だからにぇ」

 

「よし決めた。ライブも出よう。生誕ライブも誘うわ」

 

「うん、出たい。わたし、せいちゃんたちと一緒に歌いたい」

 

「一緒に遊びに行ったりもしようよ。TDLとかUSJとか近所の買い物とか」

 

「うん!」

 

「ならお風呂も一緒に入ろう。かぐらちーちゃんの綺麗な髪をもっと綺麗に洗ってあげる」

 

「あ、それならせいちゃんのもお願いしたい」

 

「えっ、なにそれホントにいいの!?」

 

 

 てか、まともな女の子扱いに舞いあがってるちー(・・)奴がかなりうるさいけど、これは言ったら可哀想か。

 

 そっちは引き続き放置するとして、あたしが最優先で確認することは一つしかない。

 

 

 なんかピンクの花畑に包まれてるヤツらは覚えてないかもだが、みっちゃんの纏めたコラボの内容に合意したからこそ、この人たちは目の前にいる。

 

 だから、残念ながら所用でこの場に間に合わなかったみっちゃんと玲ちゃんから、くれぐれも確認を怠らないようにと念押しされた事柄は、これだけ──。

 

 

「で、セレスタは本気でうちのちー(・・)を引き取る気があるんですか?」

 

 

 ……でもその質問を予想していたのか、マネちゃんたちの表情はピクリとも動かない。

 

 

 まぁね。予想していたけど答えにくい質問だっていうなら仕方ない。

 

 こちとら腹の読み合いなんてできないから、ガンガン豪速球を投げ込んでやるしかない。

 

 

「一応あたしもちー(・・)の奴は親友だって思ってるし、この子の人生と世界の平和が懸かってるから妥協はできないんですよね」

 

 

 HBS卒とかいうみっちゃんの予想によると、今回のセレスタの動きは政府筋や経済界の圧力に屈した可能性が半分以上。

 

 その場合、ちー(・・)の奴がセレスタに加入できたとしても、客寄せパンダとして飼い殺しにされる可能性も否定しきれないというから、あたしとしても妥協できない。

 

 

 あの子はオリンピックが始まる前も、例の団体のネガキャンに晒されて精神をすり減らしてる。

 

 肉体的には超人でも、心ない一言に傷つくヤワな一面もあるのだ。あたしが守護(まも)ってやらなくてどうすると思うわけよ。

 

 

 だから、これだけは譲るつもりはないと真っ直ぐに見返すと、マネちゃん──玉城さんのほうが、なんとなく大人の余裕を感じさせる微笑を浮かべてきた。

 

 

「私はセレスタの経営に関わる立場にありませんから、その質問には答えられませんが……」

 

 

 と、含みと一緒に間を持たせてくる。

 

 

「あかねさんの心配はごもっともなので、私なりに事務所内の所感や、所属ライバーの熱量を話すことはできます。……それでよろしいですか?」

 

 

 これは“通じた”ってことかな?

 

 あたしはその手の対人スキルがないのでイマイチ判断できないけど、少しでも情報を得られるなら損にはならないよね。

 

 あたしは煙に巻かれないように注意ながら「聞かせてください」と答えるのだった。

 

 

「では、所属ライバーの反応から先に話しますが、今回のコラボを持ち掛けるに当たって、彼女たちが熾烈な“争奪戦”を繰り広げられたことはご存知ですか?」

 

「あ、それなら匿名掲示板をチェックしたときに見ましたね。たしか、向こうのせりなさんが挑戦者を退けたとか」

 

「はい、皆さん悔しがっておられましたが、私も彼女たちがちはやさんのことを悪くいうのは聞いたことがありません」

 

「先輩、それ逆ですって……わたしなんて朝の4時にせいちゃんの電話で叩き起こされて、何かと思ったら『ちーちゃんが勝った』ですよ? 他のマネちゃんもせめて試合が2時間だったらねって笑ってましたよ」

 

「そうね。私も彼女たちの好意は本物だと思うわ。だから社長たちの思惑はわからないけど、セレスタは所属ライバーを怒らせたら、たちどころに傾いてしまう会社だもの。ちはやさんを形だけのメンバーとして冷遇することはないと思うわ」

 

 

 ……なるほど。その理屈は正しいと思う。

 

 みっちゃんも言ってた。セレスタの商品はライバー自身だって。

 

 だったらせりなさん達がちはやを気に入っている以上、冷遇なんてできない。

 

 

「わかりました。ちょっと過去に色々あった所為で、あの子を利用しようとする大人にトラウマがあって……失礼なことを聞いちゃったけど、悪く思わないでもらえると嬉しいかな」

 

「ええ、あかねさんのおっしゃる団体には私どもも心当たりがありますから、どうかお気になさらず」

 

「そうですよ。それに、あかねさんは全然失礼じゃないですよ? やっぱり柔道をやってるだけあって、精神的に鍛えられてるのかなって」

 

「あ、それ誤解です。マサさん──ウチの顧問も言ってましたけど、武道が精神の鍛錬にいいんじゃなくて、武道家には高い精神性が求められるってだけで、そこのちー(・・)みたいに何の成長も期待できないヤツもいますからね」

 

「あらあら、どうしましょうか。そんなお話、社内ではとても話せませんわ」

 

「そうですね。聞かなかったことにしましょうよ、先輩」

 

 

 うん。あたしは人を見る目に自信があるわけじゃないけど、この二人は信じても良さそうだ。

 

 

「じゃ、個人的な不安も払拭できたし、今度は疑って掛かったお詫びにそちらの疑問に答えますよ。何かありますか?」

 

 

 ……だからたぶん。ここで余計なことを言ったのがいけなかったのだ。

 

 そうじゃなきゃこの二人も、思わせぶりに目配せしてから踏み込んできたりしなかっただろうから。

 

 

「それでは僭越ながらお尋ねしますが、あかねさんはちはやさんが弊社の株式を買い集めていることをご存知ですか?」

 

「あ、そうなの? たぶんちー(・・)のことだから、推しのグッズを買い漁る感覚で集めてるんだろうけど……今どれぐらい買い付けてるの?」

 

「議決権ベースで3分の1ですね」 

 

「へぇ」

 

「はい」

 

「へぇ……」

 

「はい……」

 

「……それって凄いの?」 

 

「役員を送り込めます」 

 

「そ、そうなんだ……?」

 

「敵対的買収も可能です」 

 

「…………はあ?」

 

「はい」 

 

「はあっ!?」

 

 

 ──飲みかけのカップが止まる。

 

 

 理解できない単語の中で、唯一わかる単語があった。

 

 敵対的買収。

 

 

「えっと、それってあんまり詳しくないけど、さすがに放置できないんじゃ……?」

 

「はい、それも半年前の話ですが、この件についてちはやさんが何も仰られないので、これがどのような意図によるもの社内でも意見が割れているらしく……私もこちらに訪問する直前に知らされて、くれぐれも皆様の心証を損ねないように、と……」

 

「ふふ。そんな話をされたって、わたしたちただのマネちゃんなのに……お給料以上の仕事をさせるのもいい加減にしろって話ですよね?」

 

 

 なんてことだろうか。あたしには完璧な大人に見えた玉城さんが額に汗を浮かべている。

 

 それが冷や汗であれ脂汗であれ、責任の所在がどこにあるかは明白だ。

 

 あたしは無言で立ち上がり、部屋の隅っこで相変わらずデレデレしてる馬鹿の手前で停止した。

 

 

「えっ、えっ? やっぱり女の子同士だと、それぐらい普通にあるものなの?」

 

「まぁ、一緒のお風呂ぐらいは普通かな? 他の子とも旅行に行ったりするけど、だいたいそんな感じだけど、かぐらにドライヤーまでかけさせるのはせいちゃんだけね」

 

「あーあー、聞こえなーい」

 

「ほら、ちーちゃんも気をつけな? せいちゃんって配信外だとこんなにいい加減なんだよ」

 

「いい加減じゃないもん。きちんと気をつけてるから配信中は距離を取ってるんだよ。うっかりいつもの調子で行くと、かぐらのリスナーとたぬちゃんがてぇてぇってうるさいから……ちーちゃんもあんまり外ではこの話しないでね?」

 

「うんっ、約束する! その代わり、その代わり──」

 

 

 その代わりに、なんだって言うのよこの馬鹿は。

 

 あたしは容赦なく右足を持ち上げると、見る影もなくデレッデレな馬鹿に喝を入れてやるのだった。

 

 

「いっ、たぁああああい!! ちょっと、いきなり何すんのよあーちゃん!? なんか鼻がツーンッてするんだけど……!!」

 

「やかましいッ! 反省しろこの馬鹿ッ!!」

 

 

 ああ、両脇の園児はいいのよ。わざわざ正座しなくて。

 

 どうせちー(・・)のことだからセレスタの株を買うように指示したのも忘れてるだろうから、こっちで勝手に確認するし。

 

 

 ……ったく。

 

 こういうコトをするからあたしらが苦労するって、そろそろ学習してほしいんだけど、無理か。この馬鹿たれが。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 その日、その現場に立ち会えたことは、わたしにとって幸運だった。

 

 

「ふむ? つまりちはやの友人である新海悠二氏からこちらの番号を教えられたと?」

 

 

 メイド長が応対する電話の主に心当たりはない。

 

 でも面白そうだと──あの内気な少年が外部の人間にこちらの番号を教えたというのだから、わたしの好奇心が刺激されるのは当然だろう。

 

 

「なるほど、それならば本人に確認してからになりますが、ちはやに話を通すことは可能です」

 

 

 しかも受話器から漏れ出す声はどうやら女の子だ。

 

 

 ふふ、隅に置けないわね。

 

 わたしのプレゼントは使用した形跡がないから浮気にはならないけれども、一体どんな魔法で新しい女の子を引っ掛けたのかしらね。

 

 

 これはもう、当家のメイドとして確認せずにいられないわよ。

 

 

「サーニャ、新しいお客様がいらっしゃるのかしら」

 

「いえ、今すぐというわけではありません。あとで仲介者の意図を確認して、問題なければちはやに報告してからになりますから、おそらくは数日後になるでしょう」

 

「あら、残念」

 

 

 わたしとしてはあのカオスな応接室をさらに掻き混ぜたいところだけども、楽しみを後に取っておくのもありかしら。

 

 

「ま、とりあえず了解したけど、決まったら早めに教えてちょうだいね。お茶をお出しするならお茶受けも用意しないわけにはいかないからね」

 

「そう言って貴女に買いに行かせた洋菓子がお客様に提供された覚えはないのですが、まぁいいでしょう。そろそろ呼び出しが掛かるでしょうからこちらは任せますよ」

 

 

 と、サーニャが口にした途端、今度は内線が鳴った。

 

 

「ドンピシャね。何でわかったのかしら……?」

 

「なんとなくですよ、エミリア」

 

 

 ……相変わらず得体がしれないんだから。

 

 まぁこのメイド長の前歴的に何があっても不思議じゃないんだけどね。

 

 

「わかりました。すぐに伺います──」

 

「ちなみにどちら様から?」

 

「あかねさんですよ。どうやらセレスタの株を定期的に購入するよう、ちはやが私に指示したことに物申したいようですね。おそらくちはやがその件を忘れていたのでお冠なのでしょう」

 

 

 今日のサーニャはよく喋る。つまりはどうでもいい話ってことだ。

 

 

 となると、余計に彼女の口を重たくさせたバッグの中身が気になるわね。

 

 バレたらただじゃ済まないでしょうけど、こればかりは挑む価値があると言わざるを得ないわ。

 

 

 だってサーニャのあんな顔、滅多に見れるものじゃないんだから──。

 

 

 

 

 





※こうして彼女はヒトとして扱われるに至った。ただし彼の問題は何も解決していない。

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