俺の転生先、13歳女子で人生ハードモードなんだが   作:蘇芳ありさ

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第十二話『揺るぎない自己の確立』

 

 

 

 まだ配信前だというのに、視聴者の熱気がこちらにまで伝わってくる。

 

 時刻は夜の7時53分。まもなくちはや(・・・)の晴れ舞台が開幕だ。

 

 

 性格の悪い姉貴と道隆が現状を劇的に改善するために仕組んだ世紀の茶番。

 

 記念すべきセレスタとぶいけんっのコラボ配信が、いよいよ始まろうとする。

 

 

「うわっ、まだ待機中なのに同接600万って、これYour Tubeバグってない?」

 

「いえ、他の配信は正常ですから、おかしいのはここだけですよ。ある程度は予想してましたが、やはり皆さんちはやさんの動向が気になるようですね」

 

「なに言ってやがる。これサムネのタイトルからしてお前と姉貴の仕込みだろうが。すっ惚けるなんて性格が悪いぞ」

 

「あら、人聞きが悪いわね。たしかに一石十鳥くらい狙ってるけど、貴方の不利益になってないんだから非難される謂れはないわよ、悠二」

 

「まぁ、ずっと粘ってたマスコミの人たちはご愁傷様だけど、ちょっといい気味だよね。あたしはぶいけんっのマネージャーなんだから、そっちの仲介を頼まれても知らないっての」

 

 

 あかねの言う通り、今回一番割を食ったのは変わらないソイツらだろうな。

 

 

 なんせ、サムネのタイトルは“ルナステラ突撃オフコラボ! 葛葉ちはや独占インタビュー!!”である。

 

 ちはやの失踪以来、世界中のマスコミが狙ってた特大のスクープを投げ込んでやったわけだ。

 

 

 そりゃこのビルの前に居座ってたマスコミも掃けるし、セレスタの同接も跳ねる。

 

 ついでにルナステラのマネージャーもニッコニコになるわ。

 

 

「とりあえず内海さんの仰るように、こちらにとっては万々歳ですからね。今後とも良いお付き合いを、ということでひとつ……」

 

「ええ。これだけの数字を出してもらえると、私どもも上を説得しやすくて助かりますわ」

 

「そうですよね。こっちも所属ライバーの突き上げが激しくって……」

 

「ああ、“お局さま”あたりになんか言われたか」

 

「そうなの! 一昨日もうっかり鉢合わせて“ちーちゃんまだかよ使えねーな”って!!」

 

 

 ……なんて言ってるけど、コイツらも結構なタヌキだよな。

 

 あかねの話じゃ、結局こちらの要求には事実上のゼロ回答を貫いたのに、その癖あの馬鹿が推し活感覚で買い漁ってたという、自社株買取への懸念だけは伝えてきたってんだからな。

 

 

 もちろん道隆もその件には一切触れようとしないし、俺たちにも聞かなかったことにしろって指示してきたぐらいだ。

 

 きっとコイツもコイツで、ちはやのやらかしで手元に強力なカードが舞い込んできたと思ってるに違いない。

 

 

 むろん、玉城とかいうセレスタのマネージャーもそれは承知済みだろう。

 

 藤村とかいうマネージャーも“給料以上の仕事をさせるな”って嘆いていたそうだから、もう俺たちの知らないところで合意は得られていると見るべきだ。

 

 

 セレスタのマネージャーには、葛葉ちはやという厄介株主の“説得”とコラボ大成功の功績をわたす。

 

 代わりに俺たちはアイツのセレスタ加入確約と、今後の関係性維持という実利を手に入れる。

 

 

 まさに誰も損をしないWin-Winの関係だが、その黒い笑みだけはやめとけよお前ら。

 

 あかねと藤村が本気で引いてるからよ……。

 

 

「始まるわよ」

 

 

 と、そんなコトを考えてたら配信画面が切り替わったわ。

 

 

 ちなみに名義上はぶいけんっコラボ第一弾となってるが、今回の配信はルナステラの二人とちはやの三人だけの対談形式になっている。

 

 そんなわけでアイツらは別室。俺たちの出番は無し。安心して観客席からヤジれる寸法だ。

 

 

『こんばんわぁ〜! セレスティアプロダクションのバーチャルアイドル。ルナステラの歌姫担当⭐︎星見せりなだよぉ〜! んんっ、せいちゃんわぁ、今日もキラッキラ〜〜ぁ!!」

 

『同じく、セレスティアプロダクションのスーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルエリートプリンセス! ルナステラの癒し担当月代かぐら! イェーイ、みんな見てるぅ!?』

 

『見てる見てる──ってか、いま気づいたんだけど同接700万って、YourTubeくんバグった?』

 

『あ、それは理由があるんだよ。今日のお客さまは特別中の特別だから、みんな期待してるんだよにぇ』

 

『なっ、なんだってぇー! そんな理由があるなら早く教えてよ!!』

 

『へへへ、それじゃあ早速……今日のゲストはズバリこの方ッ!! 大人気ぶいけんっのアイドルレッサーパンダにして、国民栄誉賞のうわさも聞こえてくるオリンピック11冠のスーパースター葛葉ちはやちゃんですッッ!!』

 

『はいっ、たたいまご紹介にあずかりました葛葉ちはやです! 本日はルナステラの配信にお招きいただきありがとうございましたぁ!!』

 

『うわぁー! ちーちゃん会いたかったよぉー!!』

 

『かぐらも会いたかった! 会いたかったよちーちゃん!!』

 

「……コイツらも白々しいな。お前らずっとイチャついてたじゃねえか」

 

 

 俺がボソっと呟くと、観客席に軒を連ねるメンツはだいたい似たような顔つきになった。

 

 

「まぁ、楽しそうではありますよね」

 

「あたしは風呂の誘いを拒否ったけどね」

 

「私もちはやだけならともかく、あの二人が一緒じゃね。遠慮させていただいたわ」

 

「それで正解だぜ。俺たちが帰ってきてもずっと抱き合ってキャーキャー言ってたし、風呂から出ても同じテンションだったってのに、まるで初対面のように振る舞いやがって。白々しいにもほどがあんだろ」

 

「ふふ。かぐらさんも配信中は自画自賛満載の10分の1くらいはプロですからね」

 

「せりなさんもよくやるわね。お局さまじゃないんだから、このまま煩悩控えめでお願いしたいんだけど」

 

 

 いや無理だろうし、別にいいんじゃねと内心でごちる。

 

 3D空間に生身で突っ込んだちはやのヤツは奴は遠慮気味だが、ルナステラの二人は初手から一切妥協せず全力歓迎だ。

 

 

 普段は百合営業と言われることを避けるために控えてるらしいが、間にちー(・・)がいるなら言い訳もたつだろうし、セレスタのファンも喜んでる。

 

 箱推し勢の見たがるものをこれでもかと引き出してるんだから、アイツもまたとない触媒として機能してるってこった。

 

 お前も遠慮せず、この機会に甘えりゃいい。

 

 

『んー、クンカクンカ、クンカクンカ……よしっ、ちーちゃんの補充完了。これであと10分くらいは正気を保てるね』

 

『えっ? 今日は2時間の予定だけど、せいちゃんあと何回ちーちゃんに抱きつくつもり……?』

 

『わたしは全然構わないけど、ファンの人は大丈夫かな? 悔し涙流してない?』

 

『どれどれ……あ、わざわざスパチャを満額で送ってきたたぬちゃんがキュン死してる』

 

『おおっ、あのルナステラてぇてぇ勢の限界オタクが……他にもウチらのリスナーは全員他界済みだにぇ』

 

『ふふっ、わたしもファンだからわかるよ。みんながときめいているのは、きっとかぐちとせいちゃんの距離がかつてないほど近いからだって』

 

『いや、コイツはセイちゃんの中では風景と化してるから』

 

『かぐらも同じだもん。それよりお菓子食べようよ。せっかくメイドさんが用意してくれたんだから、残らず食べさせてあげるにぇ』

 

『あ、それじゃあわたしもお返しする。はい、アーン』

 

『『アーン!!』』

 

 

 ……いやいや、実際よくやるよ。

 

 アイツの実態をよく知ってる俺でも、これを見たら騙されそうになるよな。

 

 

 今や泣く子も黙る国民的アイドルと言ったところで、その人気は超人的な活躍があってこそ。

 

 この集いにつどった視聴者の大半も、聞きたいのは“葛葉ちはや”が今後も柔道を続けるか。

 

 もしくはこの前の女子ボクシング大会のようなことをするつもりなのか。

 

 知りたいのはそれだけで、セレスタはおろかちはやのVTuber転向にはなんの関心もありゃしない。

 

 

 それなのに、こいつは──。

 

 

「すごい。819万、820万……まだ伸びますよ」

 

「スパチャもヤバいよ。もう億を超えたし、コメントも絶賛ばっかだ」

 

 

 開始から約10分。ただイチャついてるだけだってのに、なおも爆発的に伸び続ける同接と、天文学的な金額を稼ぎだすスパチャ。

 

 それを不思議に思うことはもうない。

 

 

ちー(・・)、お前……」

 

 

 こんなに可愛かったのかよ。

 

 推しのVTuberにはさまれて、馬鹿みたいにはしゃいでるだけなのに、俺まで脳がやられそうだよ。

 

 

「あら、悠二……貴方、いま描く気なの?」

 

「ああ、姉貴。今なら掴めそうな気がするんだ」

 

 

 俺は結局、この日までにアイツのデザインを完成させられなかった。

 

 道隆たちはもう十分イケるって言ってたけど、俺はどうしても納得できなかった。

 

 でも、今は──なんの迷いもなく写し取れる。

 

 

 現実から切り取っても“死なない”。

 

 こっちでデフォルメをかけても“変わらない”。

 

 誰が見ても葛葉ちはやだと納得する。

 

 そんなデザインが俺の中で完成しつつあった。

 

 

「────ああ、そうか」

 

 

 ようやく解った。以前の俺が見ていたものが何だったのかを。

 

 

 むかし、何かの漫画で見た気がする。

 

 生まれつき頂点に生まれ落ちた人間には、絶望か諦観しか用意されていないと。

 

 

 何も無く、誰も居ないからこその孤高──その漫画の人物には“山から降りる”という選択肢があったが、ちはやにはそれすらない。

 

 両親から受け継いだ莫大な資産は労働を無意味化して、何をせずとも生きられる人生を保証するが、それのどこに喜びを見いだせと言うのか。

 

 

 俺もアイツの生い立ちは姉貴から聞かされている。

 

 グリズリーを片手で制圧できる腕力も、100回生まれ変わっても使いきれない資産も、アイツにはきっと不要だったに違いない。

 

 欲しかったのは家族と過ごす時間であり、普通の女子中学生として生きられる人生だったと、いま気付いた。

 

 だからVTuberになることに拘ったし、それ以外の時間の大半から生気が抜け落ちてるのも同然だ。

 

 

 だから、だから──遂にその悲願(ユメ)を叶えた葛葉ちはやはこんなにも魅力的なのか。

 

 

「なんだろう? なんか今のあの子を見ていると、目頭のあたりが熱くなっちゃって」

 

「僕もですよ。ついでに鼻の奥もツーンッとしちゃって……」

 

「……そうね。私も随分あの子を見てるけど、こんな風になったのは初めてよ」

 

「先輩、これって──」

 

「ええ、ちはやさんは最高のVTuberになれる。もう誰も反対しやしないわよ」

 

 

 そんな会話を耳に手が止まった。

 

 気がつけば俺の最高傑作が完成していたんだ……。

 

 

「ん、なによ悠ちゃん──うわすごっ!? これ10分かそこらで描きあげたの?」

 

「……未完成品を勝手に見るなよ。これはもうちょい直さなきゃ世に出せないのによ」

 

「ウソおっしゃい。それはもう完全に磨けあげた宝石も同然よ。1ピクセルでも変更したら蛇足になるわよ」

 

「ええ、これは今すぐ送ってしまいましょう。玉城さん藤村さん、よろしいですか?」

 

「はい、願ってもありませんわ。これはかぐらさん達にとっても最高の贈り物になるわよ」

 

「ですよねー。ゆー君が天才イラストレーターだって知ってたわたしもビックリですよ」

 

 

 俺はその評価に身体あちこちが痒くなったが、作品の引き渡しには抵抗しなかった。

 

 道隆たちが慣れた手つきでDScordを操作する。

 

 

『あれ、マネちゃんから何か届いた……って、何これ!? うわぁ、みんなも見て見てぇ!!』

 

『うわっ、すっごぉおおおおい!! これゆー君が描いてくれたちーちゃんだってぇ……!!』

 

 

 そんな推しどもの反応にちー(・・)は目を丸くして、すぐに心の底からだとわかる笑顔を浮かべた。

 

 

『やったね、ゆー君! 今度こそわたしのデザインはこれで決まりね!!』

 

 

 ああ、俺もそれがいいと思う。

 

 お前のそのアホみたいな笑顔を外さないかぎり、俺の“芯”がブレることはもう無い。

 

 

 俺はやり遂げた充実感を胸に、ペットボトルを手に取り──。

 

 

『よぉし! それじゃあこれは額縁に入れて飾って、と……そろそろちーちゃんに色々聞いていこうか?』

 

『いいにぇ……それじゃあ視聴者の一つ目の質問はこちら! ちーちゃんへ。やっぱり付き合うとしたらゆー君ですか? ぜひお答えくださいって言ってるんだけど?』

 

『うん、大好き。付き合ってないけど、たぶん結婚することになるよね』

 

「うへガホッ、ゲホォ」

 

 

 ……おい。今のはチハゴンとちは次郎の報復じゃねえだろうな?

 

 

 まったく、お前にもファンが居るんだから迂闊な発言はよしとけよ。

 

 おかげで飲んだばかりのコーヒーが鼻から逆流──って、なんだよその揃いもそろって人間を辞めたようなゲス顔は。

 

 何を誤解したのか知らねえけど、俺は無実だからな。

 

 

 あいつと二人っきりの寝室で変な雰囲気になりはしたけど、俺からは指一本触れちゃいねえぞ、とゲス顔五人衆をシカトする。

 

 ちなみに俺に何か聞いた瞬間に命のやり取りが発生するから、間違っても婚約おめでとうとかほざき立てるんじゃねえぞ……?

 

 

『うーん、ラブラブだね。ウチらは恋愛禁止だからちょっと羨ましい』

 

『あ、だったらもう四人で結婚しちゃおうよ。部屋いっぱい余ってるからいつでも引っ越してきて?』

 

『えっ、いいのぉ!? わぁーい、ちょっと待ってねえ? ええと、お姉ちゃんへ。そういうコトになったので、荷物送ってください。せいちゃんより、と……』

 

 

 ……まぁアイツの言う“結婚”なんてこんなもんだよな、と少しだけ安堵する。

 

 

 以前より前向きになった。少しずつ環境にも適応している。

 

 人の話も黙って聞けるようになったし、突撃以外の選択肢も選べるようになった。

 

 これだけでもサルからヒト以上の進化だ。

 

 俺たちぶいけんっの仲間たちはそのことを知っている。

 

 けれども、前に漏らしたあの発言──。

 

 

“──ううん、違うの。たぶん前世のわたしだと思うけど、頭に物知りなおじさんがいてね。色々とアドバイスをしてくれるんだ”

 

 

 ……これは多分、本気で言ってる。

 

 そしてアイツが“チート転生者”だと仮定すると、すべての事象に説明がついちまうんだよな。

 

 最近の変化も、前世の人格の名残みたいなものが助言してるってね。

 

 

 ああ、だとすると寝室のアレもそいつの入れ知恵になるな。

 

 まったく最悪だけど、俺としてはそこまで嫌な結論でもないんだよな。

 

 

 だって、別にそれで何が変わるわけじゃない。

 

 あそこで「する」と答えていたら、ちー(・・)の言う“おじさん”とやらに見られることになったって想像は噴飯物だけど、これまでの行動を見るに出歯亀目的じゃないって信じられるから、未遂だったし、俺としては許してやってもいいかってのがソイツに関する結論。

 

 

 まぁ、それもこれもすべて仮定の話。

 

 さすがにそんなコトはないだろうから、俺は自分の想像に怒ってるだけだ。

 

 

 それでも──。

 

 

「もしそうなら、今度会ったら礼くらい言ってもいいかもな」

 

「えっ、なになに? もしかしてエミリアさんあたりがゴムの差し入れでもしてくれたの?」

 

 

 俺はゲス五人衆筆頭・堀川あかね助平座右衛門を無視して、変わらずモニターの中のアイツを記憶に焼き付けるのだった。

 

 

 

 

 

 そして数日後──大成功に終わったコラボの反響が鳴り止まぬなか、あいつの姿はテレビの向こうにあった。

 

 

『さて、ちはやさん。まずは国民栄誉賞の受賞おめでとうございます。もしよろしければ今後の抱負をお聞かせください』

 

『はい、わたしはこの賞に恥じない人間になりたい。そのためにたゆまなく努力することをこの場で誓います』

 

 

 いや、まさかあいつの口から、こんな台詞を聞く日が来るとはな……。

 

 

「……頑張れよ」

 

 

 葛葉ちはや。お前はここに居ていいんだ。

 

 自分の幸せを一番に考えて生きていいんだぞ。

 

 

 その為なら俺たちはいくらでも力を貸す。

 

 だって俺たちは、少なくともなんの関わりもない他人じゃないんだからな──。

 

 

 

 

 





※要注意。観察対象の人格が危機を乗り越えるように手配せよ。

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