俺の転生先、13歳女子で人生ハードモードなんだが   作:観測班

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第一話『転生』

 

 ──猫の鳴き声で目を覚ました。

 

 昨日の会社帰りに見かけた猫だろうか?

 雨に打たれて震えていたから拭いてやろうと思ったのに、全力で威嚇してきたあの仔猫だ。

 そのくせ独りでは不安なのか、ずっと追いかけてきた小さな生き物。

 途中のコンビニで購入した猫の餌を与えたことから、与し易しと思われたのかもしれない。

 だとしたら仕方ない。そう思って外に出たが、アパートの周囲に昨夜の子猫は見当たらなかった。

 

 ……代わりに、というわけではないだろうが、郵便受けに奇妙な封筒があった。

 

 こちらの住所や宛名が一切記載されておらず、もちろん切手も貼られていない。

 誰かがこちらの郵便受けに直接投函したと思しきその封筒は、所謂ひとつのダイレクトメールと呼ばれるものだった。

 

 内容はなかなかにシャレが利いている。

 どうやら俺は厳正なる抽選の結果、見事に異世界転生の機会を獲得したらしい。

 

 内容が内容でなければ信じてしまいそうな書面。

 こちらの希望を可能な限り汲み取ろうとする項目。

 さらには、同封された返信用の封筒まで。

 悪戯にしては手が込んでいて、俺は何度も感心させられた。

 

 形としては誰かの怪文書に付き合わされ、朝の時間を浪費したことになるわけだが、俺はそんなに悪い気はしなかった。

 遠慮なく投函される営利目的の広告に比べたらよっぽど気が利いている。

 そう思った俺は最後まで付き合う気になった。

 とりあえず自分の部屋に戻った俺は、朝メシの前に本人希望欄を埋めることにしたのだ。

 

 ……もちろん本気にしたわけではない。

 冒頭の挨拶には「あまり幸福でない人生を送ってる人間を対象に」とあったが、俺はそこまで不遇な人生を送ってるわけではない。

 両親は健在。最近は何を言ってもキモイとしか言わなくなったが、歳の離れた妹もいる。

 仕事もある。陰なる者を自認するこの俺に飛び込み営業をさせる鬼のような会社だが、最近は取引先にも認められて案件がもらえるようになった。別に不遇ではない。

 だからただの冗談。久しぶりに笑わせてもらったお礼に、こちらも担当者が笑えるような要望を書いてやろうと思ったである。

 

 

 さて、そうなると適当に項目を埋めるのはナシだな。

 それと、やっぱりよく分からないところに送り込まれるのは怖い。

 転生先は「現代日本」と書くことにした。

 

 別にファンタジー世界が嫌いなわけじゃない。


 だが剣を振ったこともなければ魔法を使ったこともない人間が、いきなりそんな場所へ放り込まれて上手くやれる気がしなかった。

 ついでに「十三歳の日本人女性に転生希望」と書いたのも、完全な思いつきだった。

 

 ……いや、半分は嘘だな。

 妹を見ていると、たまに思うことがあったのだ。

 女の子って楽しそうだな、と。

 もちろん苦労もあるだろう。


 実際、妹も色々と愚痴をこぼしている。

 それでも。

 男同士の妙な見栄や競争から無縁そうで。


 友達と楽しそうに騒いでいて。


 俺にはないものをたくさん持っているように見えた。

 

 だから、なんとなく書いた。

 本当に、なんとなくだ。

 断じて妹に「キモい」と言われない人生を送りたいとか、そういう願望があったわけではない。
 ……たぶん。

 

 さて。なんか熱くなったわりに面白みのない要望になったが、まぁこんなものだろうと納得する。

 あとはチート能力だが、こちらは何にしよう……?

 

 あまり詳しいわけではないが、同じ現代日本に転生するならそこまで強力な能力でなくてもいいだろう。

 よって、第一希望の能力は「国民的美少女」とでも書いておくか。

 これはどうせ女の子になるならと、その程度の熱意で書いたものだ。

 

 第二希望の能力を「痴漢とかストーカーから余裕で逃げ切れる身体能力」と書いたのも、なまじ美人に生まれたために苦労してる妹を知ってるからだ。重ねて他意はない。

 だが、第三希望の能力を「そこそこの資産と安定収入」と書いたのは少しだけ他意というか、個人的な悲哀が滲み出た。

 転生先でも税金や社会保障費で給料の半分近くを差っ引かれる生活は、さすがに御免被りたかったからだ。

 

 最後に署名と捺印を済ませると、またもや猫の鳴き声が聞こえてきた。

 急いで外に出て確認するも、やはり昨夜の子猫は見当たらなかったが、ちょうど良かったので近くのポストに返信用の封筒を投函しておいた。

 

 そうして誰かの悪戯に付き合わされた後で、その日は何事もなく時間が過ぎていった。

 

 まだまだ夏も真っ盛りのお盆前の出来事だった。

 寝苦しい夜を迎える頃には奇妙なダイレクトメールに返信したこともすっかり忘れ、安物のベッドに横たわった俺は異常なほど快適な睡眠を享受するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして翌朝に何か変だと思い至った。

 

 見慣れた俺の部屋にも拘らず、この目に映るすべての物が微妙に高い(・・)

 微妙な、本当に微妙な──しかして気の所為と断じることのできない視線の低下。

 まるで俺の背丈が少しだけ縮んだような、違和感だ。

 そして着ている服も妙にブカブカで、特に下は部屋着の腰紐をきつく締め直さないと勝手に脱げてしまいそうだった。

 

 ……いったい何が起きたというのか。

 俺は薄々と気付きつつあったその現実を、駆け込んだトイレの前で突き付けられる。

 

 洗面所の鏡に見慣れない女の子の姿が映っていた。

 異常なほど整った顔立ちのその子は驚きに目を丸くしたまま、俺と同じブカブカの部屋着に身を包んでいた。

 

 全身の血流が加速し、体温が上昇するのを自覚する。

 取り乱しこそしなかったが、俺の頭はパニック寸前。

 

「……マジかよ」

 

 漏れ出した声がこれまた可愛らしいもので、身体のあちこちから冷や汗が噴出する。

 

 ど、どどどどどうする?

 いや、ときに落ち着け!

 取り乱したって良いことなんて一つもないぞ!?

 そんなふうに思いながらも必死にこらえる。

 

 ジッと鏡を見つめたまま動けなくなる。

 鏡の中の女の子がこっちの動きに連動したらもう否定できなくなる。

 認めたくない。だが、いつまでもこうして突っ立ってるわけにもいかない。

 

 俺はトイレのドアノブに手を伸ばした。

 鏡の中の女の子がどう動いたかは不明。

 顔を背ける前に目を瞑ったからだ。

 

 俺は下を見ないように気をつけながら履き物から手を離し、便座に腰をかけて用を足した。

 ただそれだけなのに居た堪れなくなったのは、きっと俺が男だからだ。

 

 ……いや、もう認めるしかないだろう。

 

 俺は、女の子になった。

 その証拠に出すものを出し切って紙で拭いたときに、あればそれなりに邪魔になるモノがまったく手に当たらなかった。

 原因は昨日のダイレクトメールしか思いつかなかった。

 

 ああ、たしかに俺は「転生管理局」とかいうふざけた連中のダイレクトメールに返事をしたさ。

 割とノリノリで、現代日本の国民的美少女になりたいですって書いたことも認めるよ。

 でも、まさか本気でこんなコトになるとは思わなかったんだから、仕方ないよな……?

 

 とりあえずパンツとズボンを履き直した俺はトイレから出て、そこでえらく不景気な顔をした女の子の姿を認め、もう一度途方に暮れそうになった。

 手を洗わないといけないという状況があって助かった。

 もしなければ、そこでどれだけ時間を無駄にしたか判ったものではなかった。

 そこから俺は洗面所を出て、玄関に目を向けたときにあるものを見つけた。

 買った覚えのない買い物袋と、封の閉じられていない薄茶色の封筒がそこにあった。

 

 この段階になると、俺の頭に「誰が、どうやって運び込んだ」という疑問は湧かなかった。

 犯人の心当たりなど一つしかなく、俺を寝てる間に女にするようなヤツらなら、この程度の細工はお手のものだろうと中身をあらためる。

 

 まず、買い物袋の中身は服だった。

 

 どこかの学生服と思しきブラウスとスカート。

 ついでに下着と靴。

 あとは女物のやたら小さい鞄。

 こちらは後であらためるとして、次は茶封筒の中身だ。

 通知書と銘打たれたペラ紙には次のように書かれていた。

 

 

──────────────────────────────────────────

 

 

【転生おめでとうございます】

このたびはご返信ありがとうございました。

まずは厳正なる協議の結果、あなた様の要望はすべて叶えられ、すでに転生作業が完了したことをお伝えします。

つきましては、あなた様の要望が現代日本、それも年齢と性別を指定しての転生だったので、当局の権限で転生先のカバーストーリーと身分証を発行しましことをお伝えします。

新しいあなた様の「今日に至るまでの記憶」に関しては、本日23時59分59秒までを目処に思い出せるように取り計い、あなた様の素敵な転生ライフを阻害しないよう努めます。

また、以前のあなた様の「昨日までの記憶」に関しても保持が認められました。

以前の家族にお会いして転生の経緯を説明しても罰則等はございません。

これは上記の項目をインターネットやSNSに書き込んだ場合も同様です。

新しいあなた様がこれからどう生きるかは、すべてあなた様に一任されています。

どうかご後悔のない転生ライフをお送りください。

 

 

──────────────────────────────────────────

 

 

 俺はそれを何度も見返し、そのたびに溜め息を吐いた。

 なんとも一方的な告知だが、いまさら文句を言える筋合いじゃない。

 悪いのは、よく考えもしないで正体不明のダイレクトメールに返事をした俺だ。

 俺は折り畳んだペラ紙を茶封筒に戻して鞄のなかを調べた。

 

 ……すると新しい身分証とやらはすぐに見つかった。

 高華院大学附属中等部麻布学園と書かれた学生証のなかに、脱衣所の鏡に映っていた女の子の写真と、その子の個人情報が記載されていたのである。

 

 名前は葛葉(くずのは)ちはや。13歳。中学2年、柔道部所属。

 住所は港区、麻布十番──これはまたセレブなお嬢様だなと感心しながら、俺は着替えを手に取った。

 

 もうここには居られない。

 それは理解していた。

 問題は家族だ。

 今すぐ母さんに電話するべきだろうか。

 「実は俺、昨日の夜に十三歳の女の子になった」

 そんな話を信じる人間がいるだろうか。

 仮に信じたとしても、今度は母さんがここへ飛んでくる。

 ……そして見られる。

 そうなったら、少なくとも母さんは泣く。

 妹は怒るか呆れるかのどちらかだろう。

 父さんは──さすがに「そうか」の一言では済まさないだろう。

 想像しただけで眩暈がしそうだ。

 告知書には説明しても構わないと書かれていた。

 だが、説明できることと、説明したいことは別だ。

 今の俺にはまだ無理だった。

 せめて自分が何者になったのか理解するまでは……。

 

 それでも、最低限の対処はしておきたい。

 ここの家賃や公共料金の支払いに困らぬよう、財布や通帳などをリビングのテーブルに置いておき、妹にも「心配するな。お兄ちゃんは元気だよ」とメッセージを送っておいた。

 それと未練がましいとは思ったが、いくつかの小物は鞄のなかに入れた。

 とあるVTuberのグッズ。「お兄ちゃんこういうのが好きなんでしょ?」とドヤ顔の妹がプレゼントしてくれたものが、これだけは持っていきたかった。

 

 

 ……そうして外に出て鍵をかける。

 俺はこの鍵をどうすべきか少しだけ迷ったが、ドアポストの隙間から部屋のなかに落とすことにした。

 

 

 外は暑いはずだが不思議と汗を掻かなかった。

 まだ若いからだろうか。

 俺はそれ以上不思議に思わず、歩くと30分近くかかる駅を目指して歩いていった。

 

 何処からか猫の鳴き声がした。

 きっと野良猫が多い地域なのだろう。

 俺はそんなふうに思いながら、自分自身の異様な健脚に驚くのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「お兄ちゃんと連絡がつかない?」

 

「そうなんだよ。今年はまだ帰省してないし、その所為であんたの機嫌も悪いからね。お盆には帰ってこいって急かしてやろうと思ったんだけど、電話に出ないんだよ」

 

「……なにそれ? お兄ちゃんの帰省どうたらで、あたしの機嫌が変わるわけないでしょ」

 

 と言いつつも、兄のLineに苦情を入れてみる。

 内容は「お母さんが心配してるからさっさと電話に出なさい」でいいか。

 

 ものぐさな兄だが、あたしのLineだけはソッコーで反応する。

 そういうところもキモいと言えばキモいのだが、あんなのでも兄は兄だ。

 子供の頃は懐いていた記憶もあるし、偶に顔を合わせた時ぐらいは優しくしてやるか。

 

 そんなふうに思いながら、お尻のポケットからスマホを引っ張り出し──こちらから連絡するまでもなく、あたし宛のメッセージを見つけた。

 

「……え?」

 

 あたしは目を見開いた。

 もちろんこれを送りつけてきたのはあの兄だ。

 いつも長文を送りつけてくる兄にしてはえらく短い簡潔な連絡事項。

 そこにはこう書かれていた。

 

『ごめん』

『しばらく連絡できない』

『でも元気だから』

『母さんにはそう伝えて』

『君の幸福だけを願う兄より』

 

「なにこれ……?」

 

 心底意味不明。

 そしてキモい。

 まったくあの兄はいつもこうだ。

 

 ごめんじゃないよ。

 しばらく連絡できないって、今してるじゃん。

 母さんに連絡するぐらい自分でやりなさい。 

 そんなメッセージを返してやる。

 

 兄とスマホでやり取りしたあたしは朝からゲンナリするのであった。

 

 

 

 

 

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