俺の転生先、13歳女子で人生ハードモードなんだが   作:蘇芳ありさ

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最終話・後編『アンサー』

 

 

 

 ついさっきまで目の前に存在したはずのゆー君と妹が、いまは酷く遠い(・・)

 

 

 ここは何処だろうか。

 

 ちはやさんがついうっかり、次元の壁を破壊してしまったのなら何があっても不思議じゃないが、その可能性はかなり薄い。

 

 何故なら先ほどの衝動的な自殺を阻止し彼女は、俺に抱きついたまま目を丸くするばかりだからだ。

 

 何でもかんでもちはやさんの所為にするのは良くない。

 

 

「おじさん、此処って……」

 

「うん。SF的な解釈になるけど、ここは俺たちのいる三次元じゃなく、四次元……もしかしたら五次元かもな」

 

「五次元?」

 

「そう。相対性理論のアインシュタインは、この宇宙に出来事を記録するには縦・横・高さの三つからなる空間だけでは足りず、時間という第四の軸が必要になるって言ってたけど、この場所はそれだけじゃ説明がつかない」

 

 

 何故なら()えるからだ。

 

 妹の突然の来訪という直近の過去と、そこから派生したと思しきゆー君とちはやさんの痴話喧嘩や、俺の自己否定による消失といった“もしも”の未来が……。

 

 

「これは確率と分岐の軸を追加した五次元……。原因と結果が同じ座標にある世界なんだ」

 

 

 俺が説明すると、ちはやさんは変わらず抱きついたまま器用に何度も頷き、やがてこちらを見上げて満面の笑みを作った。

 

 

「やっぱりおじさんは頼りになるね。さすがだよ」

 

 

 そう言われると悪い気はしない──そんなふうに思っていることに気がついて、俺は微妙な気分になった。

 

 

 先ほどは穴があったら入りたいのノリで自殺までしようとしたのに、なんとも現金なものだが、今はそれどころではない。

 

 俺が自分の過去に決着をつけるのは、少なくともちはやさんを元の世界に送り返してからだ。

 

 

 ……そんなワケでちはやさんにはそろそろ離れてほしいのだが、やっぱり言わなきゃ伝わらないか。

 

 

「ところで、ちはやさん……」

 

「ん? そろそろ離れてくれって話なら断固拒否だよ」

 

 

 部分的に鋭いな!

 

 というか、分かっててやってたのかよ……?

 

 

「……ええとね。物凄く言いにくいんだけど、さっきからずっと君の胸が当たってるの。だからゆー君に悪いし、俺もさっきみたいなマネはしないって約束するから……ね?」

 

「あ、それで興奮しちゃったんだ。ならいい機会だしエッチしておこうよ」

 

「いや待て待て待て! なんでそうなるのか説明してもらえる!?」

 

「そんなに不思議? この前の無人島でずっとおじさんにお礼がしたかったって伝えたよね?」

 

「あ、それは確かに聞いたけど……だからってそんな、もっと自分を大切にしなきゃダメだろ」

 

「おじさんはそう言うけど、わたしだっていつまでも子供じゃないよ。もう何年も前から保健体育の授業でいろいろ学んでるし、男の人がこういうとき、女の子に何を望んでるのかも想像がつく」

 

「その理屈に加えて、その顔は卑怯だよちはやさん……」

 

「おじさんはわたしに好きの意味を考え直せっていったよね? だからわたし、ずっと自分の気持ちを見つめ直して気付いたの。わたしはおじさんが好き。ゆー君も好きだけど、どっちか選べって言われたら、きっとおじさんが一番」

 

「……でも君はゆー君を選んだじゃないか」

 

「以前はおじさんと添い遂げるって選択肢がなかった。でも今は違うよね。別々の人間として同じ場所にいることができる。だからわたしおじさんに知ってほしい。わたしがおじさんにどんだけ感謝してるか、わたしがおじさんのことをどんだけ大事に思ってるかを……」

 

 

 ……なんてこった。

 

 俺はちはやさんのことを妹のように思ってたけど、この子は俺のことをそんなふうに思っていたのか。

 

 

 俺には分かる。これも愛だ。ちはやさんは間違いなく俺のことを愛している。

 

 一人の女性として、心から──それが分かったから、この場での確認作業は無用だ。

 

 

「──君の気持ちはよく分かったよ、ちはやさん。だから約束する。その話は帰ったら必ずしよう」

 

「うん。おじさんが本気でそう言ってくれてるのはわかるよ。もう死ぬ気はないんだね?」

 

「ああ、心配させてごめん。このさき俺がどう転ぶか自分にも分からないが、すくなくともさっきのようなマネはしない。約束する」

 

「わかった。……それじゃあ此処からどうやって出ようか? とりあえずその辺の壁を全力で殴ってみる?」

 

「それはナシにしよう。ちはやさんならアインシュタインの相対性理論を撃ち破れるだろうけど、余波で俺たちのマンションも崩壊しそうだからね。それに……」

 

「……それに?」

 

「ここが過去を確認できる場所だというなら、先にやっておきたいことがある。ずっと気掛かりだった俺を転生させ連中……転生管理局の真意を確認しておきたい」

 

 

 そうだ、今ならそれができる。

 

 もしヤツらが人間(ヒト)の運命を弄ぶような組織だったとしても、この場所からならその真意を暴き、対抗手段を確立できるかもしれない。

 

 

「ちはやさんはどうする? もしかしたら厭なものを見ることになるかもしれないから、なんだったら目を瞑ってもらっても構わないけど……」

 

「ううん、わたしも無関係じゃないからね。見るよ。おじさんがわたしに転生することになった直接の場面を」

 

 

 ……(つよ)い子だ。

 

 詳しくは触れなかったけど、俺が視界に収めようとしているのはちはやさんの過去だ。

 

 ならば途中でご両親がちはやさんを遠ざける場面が出てきても不思議じゃないというのに、この子は今後のことを優先して……。

 

 

「────イケる! 俺たちの記憶の空白がその場所を特定する!!」

 

「わたしもサーニャと過ごした山小屋からさらに過去が見えた! あれはお父さんの研究所だよおじさん!!」

 

 

 ────!

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、俺たちはそれを見た。

 

 おぞましいエイリアンどもと対峙するちはやさんのご両親の姿を。

 

 そしてその合間に座す、数匹の猫たちの姿を──。

 

 

『そんなに恐れないでやっておくれよ。彼らは見たよりはるかに穏健な知的生命体で、私たちの貴重な同胞なんだよ』

 

 

 ……そう喋っているのも猫の仕業だ。

 

 どこか見覚えのあるその猫は、髭を揺らして背後の仲間を紹介しようとでもいうのか。右から順ぐりに視線を移動させていった。

 

 

「ナジョカの星雲型知的生命体。マヴリスのケイ素生命体。こちらの人型はグレイの通称で知られるインスリークスの粘菌型知的生命体だが、どれも興味なさそうな顔をしているね?」

 

「ああ、SFならハリウッドで間に合っているのでね」

 

 

 そう気丈に振る舞いながらも、この白人男性の体は抑えきれぬ恐怖に震えている。

 

 ……それもそうだ。体内に恒星を宿した巨人に、静かに鳴動する宝石のようなシリコン。

 

 そして猫の言葉に擬態を解除して崩れながらも、一個の生命として成立している粘菌。

 

 どれもこちらの常識をガリガリと削ってくる気が狂いそうになる光景だが、ちはやさんのご両親は勇敢だった。

 

 

『それで? 用がそれだけなら出て行ってもらおう。……ここは政府の研究所だ。合衆国の許可なき者の立ち入りは認められないからな……』

 

 

 語尾がかすかに震えている。

 

 ちはやさんの父親であるMITの若き研究員エドウィン・マークスは、それでも奥さんとお腹の中の子供を守るように立ちはだかっている。

 

 

『そうか、それなら要件を伝えよう。私たちはそう、君のお腹の中にいる娘に用があるのだ。葛葉橙子』

 

『なんだと──』

 

『その子は私たちの設計したデザインベイビーだが、ちとやり過ぎてしまったようでね。早めに矯正せねば人智を超えた怪物に成長して、君たち地球人類の災いとなる未来が視えてしまっだのだよ。……だから引き取りのため来訪したという次第だ』

 

 

 ……これは二重の意味で驚きだ。

 

 転生管理局の連中がちはやさんの暴走を予見して、それを防ごうとしたのもそうだが。

 

 

『……ならないわよ。私たちの娘は怪物になんてならない。私たちが愛を持って育てれば、ちはやは必ず幸せになる』

 

『私も同意見だ。ちはやは私たち夫婦の娘として責任をもって育てる。君たちに引き渡すなどあり得ない選択だ』

 

「お父さん、お母さん──」

 

 

 ちはやさんの両目から大粒の涙がこぼれる。

 

 ちはやさんのご両親は“俺たち”の秘密を知っていた。

 

 知っていて愛すると、そう決めた人たちだったんだ。

 

 

『わかった。それが君たちの希望なら任せよう。その子の人生に私たちが介入することはない』

 

 

 さらに実力行使を危惧していたエイリアンたちは、猫の言葉に肯定の仕草を返し、一人、また一人とその場から消えていった。

 

 

『ただし、もしもの事態に備えて保険はかけておきたい。ちょうどわたしの同族のゾウ人たちが、その子の守り手となり得る人物に心当たりがある。たしかこの時期は君たちと同じ学舎に籍を置いてるはずだが……アレクサンドラ・タカマキ。この名に聞き覚えはあるかね?』

 

『あ、ああ……たしかにタカマキ博士ならばMITに在籍している。なんでもやたら気難しい割には、他人の話をよく聞く天才的な人物だとか……』

 

『うむ。詳しくは言えんが、彼女なら君たちの相談に乗ってくれる。胸襟を開いて頼ってみるといい。それと今後も君たち地球人類を見守ることを許してほしい』

 

『……何故だ? 先ほどの件もそうだが、君たちはどうして私たちと関わろうとする?』

 

『それは君たちに期待しているからだ。君たち地球人類はそう遠くない日に私たちと同じ宇宙というステージに上がるだろうが、そのときも私たちをただの怪物と思っているようでは要らぬ衝突も増える。だから私たちも君たちの理解を続けるが、君たちもヒトを見た目ではなく本質で判断できるようになってほしい。その為の学習機関として設立したのが転生管理局なのだよ』

 

『意味が分からないわ。貴方の言っていることは、私たちにはまだ遠すぎる』

 

『自覚はある。私も20000年の時を経て、君たちの友としては未だ半人前だ。だが、だからこそこの歩みを止めてはならない。私はそう思うのだよ』

 

 

 ……確かに趣旨はわかるが遠大すぎる。

 

 だが、とりあえず彼らが敵じゃないことは理解した。

 

 

 ならば、俺の敵は最初から──俺たちの関心が離れたからだろうか。

 

 光景が目まぐるしく変化して、次の局面が浮かび上がった。

 

 

『というワケなのよ、サーニャ。わたしたちはどうしたらいいのかしら?』

 

『ふむ、それなら私が乳母としてその子を育てましょう。そうなったら善は急げです。まずはメイド服を揃えなければなりません』

 

『えっ、待って? 貴女どうしてそんなに乗り気なの──?』

 

「乗り気の理由は、たぶんお母さんがサーニャって呼んだからだよね」

 

「俺も同意見だよちはやさん。まったくあのメイド長、呼び方ひとつで態度変えすぎだろ」

 

 

 ともあれメイド長の正体は不明なままだったが、彼女の参戦は確実にちはやさんの未来を怪物から遠ざけた。

 

 なんでかちはやさんのパワーを物ともせず、手加減や常識などを辛抱強く教えていく。

 

 

『聞きましたよ、ちはや。お手柄でしたね。内海博士のお嬢さまを保護するとは成長したものです』

 

『うん。でもクマを取り押さえたときに怖がられちゃった。サーニャ、わたし嫌われないかな……?』

 

『大丈夫ですよ。いつか分かってくれます。貴女がとっても優しい女の子だってね」

 

 

 カップから立ち昇るココアの匂いと、暖炉で燃える薪の匂いが優しかった。

 

 そんな記憶が確実にちはやさんという魅力的な女の子を形作っていった……。

 

 

 ふたたび過去が移ろい、今度はちはやさんの父親とメイド長の緊迫した場面だ。

 

 

『ちはやを連れて合衆国を出ろと仰いますか?』

 

『そうだ。今までは君の義父がワシントンの目と耳を誤魔化してくれたが、今後はそうはいかない。彼が大統領の職にあるうちに行動すべきだ』

 

『それはわかります。しかしなぜ貴方たちが残ることに?』

 

『私たちまで逃げたら、ワシントンに何かあると言ってるようなものだろう。……そんなに心配しないでくれ。これでも連中との付き合いは長い。上手くやるよ』

 

『……ちはやは寂しがりますよ』

 

『わかっている。だから動画を残すよ。私たち夫婦がどれだけあの子を愛しているか、想像しただけで口の中が甘くなるような動画を、たっぷりとな』

 

「おじさん。わたしがお父さんとお母さんに怖がられてたなんてなんて、ただの勘違いだったんだね」

 

「ああ、ここまで見れば疑問の余地はないよ。ちはやさんは愛されていた。この世界の誰よりも、ちはやさんのご両親に……」

 

「……うん」

 

 

 その後も俺たちはご両親のその後を見守ったが、彼らの死が俺の所為だというのは間違っていたこともわかった。

 

 

『なんてこった……この歳でハンドル操作を誤るとは、俺も耄碌したものだな……』

 

『……言わないで。これはただの事故よ。あなたの責任じゃないわ』

 

 

 事故の原因は、郊外の道路を横断していたアヒルの親子の発見が遅れたこと。

 

 ただそれだけの理由なのに、こんな善い人たちが死ぬことになるのが悲しい。

 

 

『まいったな。やっぱり気が急いていたのかもしれん。数年ぶりにあの子に会えると』

 

『そうね、私も浮かれてたわ。ちはやに会ったら、まず事故のことを謝らない、と……』

 

『……ああ、愛しているよ、ちはや。実は年甲斐もなく恥ずかしくなって、渡してないビデオレターがあるんだ。それも、あの子に、伝え、て──』

 

 

 俺は何も言わずに胸の中に飛び込んできたちはやさんを抱きしめた。

 

 この時ばかりは、俺のようにいい歳こいたおっさんが泣くことを恥ずかしいとは思わなかった。

 

 

 ……まもなく過去を巡る旅が終わる。

 

 当初は反感しかなかった転生管理局も、俺の思うような“悪”ではないとわかった。

 

 勝手に不遇と決めつけていたちはやさんの人生も愛にあふれていることが判明し、ご両親の事故も何者かの謀略じゃないと納得できた。

 

 

 ………つまり俺の敵はどこにも存在しなかった。

 

 ならば、あれほどまでに消え去りたいと願った強迫観念はどこから生じたのか、それも今では漠然と理解できるようになった。

 

 

 俺に、ちはやさんの人格に取って代わる意思はない。

 

 だから、今の解離性同一症ならぬ相互依存性同一症とでも言うべき人格の併存が解消されるならば、それはちはやさんの人格が主体となって行われるだろう。

 

 だから俺はあれほどまでに、ちはやさんの中に“汚いモノ”を残すのを嫌ったんだ。

 

 

 それは創作の中の転生者が、生まれ変わる最中にパソコンのハードディスクを処分したがるのに類似した心理だ。

 

 ……でも、ちはやさんはそれを望まなかった。

 

 この子は聖女でもなければ偶像でもない。汚い大人も、他人の悪意も十分に理解できる普通の女の子だ。

 

 俺のこだわりなど処女崇拝にも等しい愚行だったと今なら理解できる──。

 

 

「ちはやさん、取り消すよ。君の人生は俺なんかの所為じゃない。君の人生は君を愛したすべての人たちのおかげで成り立っている」

 

「おじさん……」

 

「このさき俺がどうなるか分からない。でも自分から消えたいとはもう思わない。……ゆー君を怒らせたくないからね」

 

「うん。ゆー君はきっと、おじさんにわたしと一緒に居ていんんだって伝えてくれたんだよ」

 

「ああ、俺もそう思うから、帰ったら謝らなくちゃな」

 

「ゆー君にはそうだね。でもメイちゃんにはしちゃダメだよ。あの子が聞きたいのは言い訳でも謝罪でもないから」

 

「うん、ちはやさん。後回しにしてなんだけど、好きだよ。愛してる」

 

「うん、わたしも好き。愛してるよ、おじさん」

 

 

 ──それ以上の言葉は不要だった。

 

 俺たちは溶け合うように交わることで、一人の人間として完成したのだ。

 

 

 

 

 

 気が付けば目の前には不満顔のゆー君と、今にも泣き出しそうな妹の姿があった。

 

 

「…………」

 

 

 ──いや、違う。

 

 不満、というより。

 

 何かを見てしまった顔だった。

 

 俺たちがさっきまでいた“あの場所”の続きを、まだ頭のどこかで処理しきれていないような。

 

 

「……」

 

 

 ゆー君は何か言いかけて、結局やめた。

 

 代わりに、短く息を吐く。

 

 それはいつもの軽口の前の癖じゃない。

 

 もう、軽口にできない種類の沈黙だった。

 

 

「……ケッ」

 

 

 吐き捨てるようでいて、どこか自分に向けた音だった。

 

 そして顔を背ける。

 

 ヤバいじゃん。

 

 これ絶対見られてる。

 

 誤解されてるよ絶対……!!

 

 

「────お兄ちゃん、だよね?」

 

 

 と、ゆー君のフォローは後ほど考えるとして、今は妹だ。

 

 

「うん。ただいま、芽衣。心配させてごめんな」

 

 

 言葉にした瞬間、ようやく現実が追いついてくる気がした。

 

 帰ってきた、という事実だけが、やけに遅れて胸の奥に沈み込む。

 

 

 それでも妹は、すぐには動かなかった。

 

 瞬きひとつしないまま、俺の顔を見つめている。

 

 呼吸の音だけがやけに大きくて、次の瞬間、それが途切れた。

 

 

 涙が、落ちた。

 

 一粒ではなく、止め方を忘れたみたいに。

 

 

 俺は反射的に構えた。

 

 怒られるのかもしれない。責められるのかもしれない。もっと最悪なのは、何も言われないことだ。

 

 

 けれど、どれでもなかった。

 

 

「お兄、ちゃんっ……!!」

 

 

 崩れるように距離が消えて、妹の両腕が俺を掴む。

 

 痛いくらい強く抱きしめられているのに、それでもどこか不安定で、すぐに離れてしまいそうだった。

 

 

 その腕の中で、妹は泣きながら──

 

 微笑(わら)っていた。

 

 ぐしゃぐしゃの顔のまま、必死に笑おうとしていた。

 

 それは何物にも代替できない、たった一つの“答え”だった。

 

 

 赦し、なんて言葉では軽すぎる。

 

 確認でも、和解でもない。

 

 ただそこにある、「おかえり」という形をした感情だった。

 

 

 俺の中でずっと引っかかっていたものが、音もなく崩れていく。

 

 責められる覚悟をしていた自分が、少しだけ恥ずかしくなる。

 

 

 そのとき初めて気づいた。

 

 俺はずっと、“許されること”を恐れていたんだと。

 

 妹の腕の中で、ようやく息ができる。

 

 そのとき、ようやく妹が言葉を落とした。

 

 

「……生きててくれて、ありがとう」

 

 

 震えた声だった。

 

 でもそれ以上に、確かなものだった。

 

 それは慰めでも、気遣いでもない。

 

 ただ一つの、どうしようもない事実の肯定。

 

 この世界に、俺がまだいていい理由であった。

 

 

 

 

 





※これにてこの物語は閉幕となる。私の名前はクリスカ。評価と感想を頂けたら有り難い。

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