俺の転生先、13歳女子で人生ハードモードなんだが 作:観測班
足取りが軽い。
駅まで三十分の道が、やけに近い。
体感ではほとんど早歩きなのに、景色だけが勝手に流れていく。
途中で追い抜いた人間たちの顔は、明らかに“見慣れた現象”を見るそれじゃなかった。
──いや、やっぱり普通じゃない。
身長は二十センチ縮んでいる。体重も二十キロは落ちているはずだ。
それでも説明がつかない“軽さ”がある。
たぶん、身体能力の上限値そのものが書き換わっている。
よく分からないダイレクトメールを真に受けて、事実上の性転換と戸籍変更を喰らった俺だが、この処置には三つの“余計なもの”が混ざっていた。
一つはチート能力。
「痴漢やストーカーから余裕で逃げ切れる身体能力」
……まあ安全装置としては理解できる。理解できるが。
試す気にはならない。
理由は単純だ。
さっき駅の壁に手をついて、ちょっと体勢を崩しただけで。
コンクリの壁面が、指の形で“削れた”。
「…………」
……やっぱり普通じゃないでやんの。
それとも駅の壁って、そんな柔らかい素材だったか?
いや違う。絶対違う。
むしろ俺の手のほうが何かおかしい。
見られた。
めちゃくちゃ見られてる。
通行人の視線が一斉に集まる。
ただのドン引きだけじゃない。
あれは何だ? “すげぇもの見た”みたいな顔も混ざっている。
「……あー、すみません。ここ、ちょっと傷んでますね」
とりあえず笑ってごまかす。
たぶん正解ではないが、他に言いようもない。
「怪我しないように気をつけてください」
自分で壊した場所を注意喚起しているのに、今さら気づいた。
駅員に報告すると、妙にあっさりした反応だった。
「確認しておきますね。お気をつけて」
いや、もう少し驚け。
こっちは壁壊して死ぬほど恥ずかしかったんだぞ?
……と思ったが、言うのはやめた。
ただの八つ当たりだと気付いたのもあるが。
この世界、俺の常識より駅員の常識のほうが正しい気がしてきたからだ。
「すみません! よろしくお願いします!!」
俺はしきりに頭を下げて駅員に謝った。
駅員は、まぁ、なんというか笑顔だった。
俺はその心理に心当たりがあったので何も言わなかった。
改札は問題なく通れた。
交通系ICアプリも使える。残高も異常に多い。
財布の中身も、黒いカードが何枚も刺さっている。
「そこそこの資産と安定収入」
……どのへんが“そこそこ”なんだ。
そして気づく。
視線が、減らない。
駅の階段でも、ホームでも、電車の中でも。
男女問わず、年齢問わず。
見られているというより、“確認されている”。
この人間、本物か? みたいな距離感で。
「あの……」
声をかけられた。
振り向くと、同年代の女の子。
逃げる理由もないので応じる。
「全日本柔道の葛葉ちはやさん、ですよね?」
その単語が出た瞬間、頭の中が一瞬だけ止まる。
柔道?
全日本?
俺の人生に一度も出てきてない単語が、当然のように並んでいる。
……ああ、そうか。
あの封筒だ。
転生管理局とかいうふざけた組織。
“空白期間は適当に埋める”とか書いてあったアレ。
つまりこれは全部。
もう既に“あったこと”になっている。
「……うん。そうだけど、今はちょっと事情があってさ」
口が勝手に動いた。
最適解というより、“炎上しない返答”が出てきた感じだ。
「あまり騒がないでもらえると助かるかな」
「っ……すみません」
女の子はすぐに引いた。
むしろ申し訳なさそうにしている。
周囲の空気までそれに引っ張られていく。
なんだこれ。
俺が何かしたというより、“そういう空気”が完成している。
そのまま電車を降りることになる。
理由はよく分からない。
ただ、これ以上ここにいるとまずい気がした。
電車の窓越しに、さっきの女の子が頭を下げていた。
俺は適当に手を振る。
それだけで、さっきより空気が軽くなる。
……やっぱり、何かがおかしい。
次のホームでも、同じだった。
マスクとサングラスを買ってみた。
多少はマシになった。
ただし視線が“減る”わけではない。
方向が変わるだけだ。
目が合うと慌てて逸らされる。
ただし全員がそうじゃない。
逸らさない人間もいる。
(……ああ、なるほど)
俺は心の中でだけ結論を出す。
これ、たぶん“普通の美少女”じゃない。
たぶん、視覚情報にバフがかかってる類だ。
あるいは認知そのものに。
駅を出る。
空気が少しだけ軽い。
その代わり、現実感も少し薄い。
そして思う。
俺の知らない俺の過去が。
想像よりだいぶ派手な方向に暴走している。
その確認をする手段はある。
スマホ。
検索。
たぶん一発で全部出る。
──でも。
今それをやるのは、たぶん悪手だ。
なぜって?
うん、俺も色々あってギリギリだからね。
ネットで調べ物をするなら、せめて自宅とやらに引き篭もってからにしたいけれども。
やっぱり、居るんだろうなぁ……。
新しい俺に用意された家族ってヤツがさ。
だからなんの予備知識もない状態で会うのはちょっと拙い。
そんな理由でしけ込んだハンバーガー店の片隅で、俺はスマホを立ち上げた。
検索欄に「葛葉ちはや」と打ち込む。
すぐに結果が埋まる。
ニュース記事、まとめ、そしてwiki。
そこには“既に確定した過去”が並んでいた。
中学で柔道を始めて、その夏には全国制覇。
その後は全日本の代表枠に押し込まれ、国際試合で全勝。
そして今年のオリンピックで、なぜか男子の枠にも出場。
圧倒的な強さで全階級完全制覇とあった。
「……いやいや。なんだそれは」
思わず声が漏れる。
俺もガキの頃は喧嘩っ早いと言われたこともあるけれども。
……ちはやさん。さすがにヤンチャがすぎませんかね?
さらに目を引いたのは、そこに至るまでに起こしたトラブルの記述だった。
葛葉ちはやという逸材に群がる大人たちの内紛劇。
時には嫌がらせを受けるも、それらを結果で黙らせる令和のヒロイン。
仲間がわずか数人まで減少しながら、オリンピックを制した国民的英雄。
政府とマスコミすら味方につけての天下無双。
そんな事実だけが残されている。
まるで「僕の考えた最強美少女の過去」を見せつけられているようだ。
そんなモノが、ここでは現実として扱われている。
……そして見つけた。
下の方にある家族構成に、両親の名前を。
彼らが、すでに交通事故で亡くなっている事実を。
やけに整いすぎている。
穴がない。
俺はスマホを伏せた。
現実感が、少しだけ薄くなる。
俺の指先はまだ震えていた。
◇◆◇
スマホを見つめる。
既読はまだつかない。
たかが既読ひとつなのに、胸の奥がざわつく。
あの兄が既読をつけないなんて、普通じゃない。
“何かあった”と考えるしかない。
合鍵はある。
距離も近い。
行く理由は十分すぎるほどある。
「お母さん、あたしちょっとお兄ちゃんのところに行ってくるね」
「そう言うんじゃないかと思ったけど、まさかホントに言いだすとはね」
返事が早い。
止める気は最初からないらしい。
交通費を渡される。
この人は、たぶん全部分かってる。
そういう気がする。
だから私は思う。
お兄ちゃん。
半日も放置した埋め合わせ。
ちゃんと覚悟してもらうから。