俺の転生先、13歳女子で人生ハードモードなんだが   作:観測班

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第三話『覚醒』

 

 

 

 店内の喧騒がどこか空々しく聞こえる。

 

 俺こと葛葉ちはやのwikiには、彼女の両親がすでに他界しているとあった。

 

 それも彼女の晴れ舞台であるオリンピックの直前に、アメリカ国内で交通事故に巻き込まれたというのだ。

 

 

 ……だとしたら、この件は葛葉ちはやの知名度相応に騒がれたはずだ。

 

 少なくとも俺のことを「令和の柔ちゃん」と持て囃すマスコミが、この件をまったく報道しないとは思えない。

 

 そう思った俺はただちに検索してみたが、その結果はいっそ見事なほど偏っていた。

 

 

 なるほど。確かにこの件を取り扱うニュースサイトはごまんと表示された。

 

 ただしそれは、今や紛れもない国民的アイドルである葛葉のちはやを襲った悲劇を報じるものばかりだ。

 

 

 オリンピック直前の大事な時期に、両親の訃報に直面して涙ぐむ国民的アイドル。

 

 決意も新たに、両親の墓前に金メダルを持ち帰ると誓う令和のヒロイン。

 

 そうした美談として取り扱うニュースは呆れるほど多いが、事故そのものには驚くほど触れていないのである。

 

 

 そこで検索のワードから「葛葉ちはや」を除外して、彼女の両親である「エドウィン=マークス」と「葛葉橙子」で順番に調べてみたが、結果は振るわず。

 

 彼らの情報は不自然なほどネット上に存在せず、俺は切実に頭を悩ませるのだった。

 

 

「……今の段階で考えられるケースは二つに絞られるね」

 

 

 一つは単純に、彼らが一般人だったという説だ。

 

 もう一つは彼らが実際には存在しない人物である場合──つまり「葛葉ちはや」という俺の転生先をこの時代に捩じ込むにあたって、過去を捏造する過程で生まれただけの「戸籍上の人物」であるという説だ。

 

 どちらも大いにあり得るが、俺としてはこちらの説を推したい。そうしたほうが俺の心理的負担が軽くなるからだ。

 

 

「……いや、まさかね」

 

 

 そう。俺も本気で疑ってるわけじゃない。

 

 俺の転生に関わってる連中が何も知らない夫婦を巻き込み、用済みになった途端に始末したなどという暴挙は──。

 

 

「まあ、これはないよね。そんな人たちだったら、あなたの両親に打ち明けるのも、ネットに書くのもご自由になんて言うわけないもの」

 

 

 不意に漏らした独り言がどこか空々しく聞こえるが、言ってることは割と正論である。

 

 どちらにしろこの件は、俺に「葛葉ちはや」の記憶が備わるまでどうにもならない。

 

 少なくとも残り少ないコーラを啜りながらネットを検索したところで、出てくるのは俺の黒歴史ばかりだ。

 

 俺は不毛きわまるエゴサを中断して立ち上がり、ゴミを片してから結構な時間を過ごした店内を後にした。

 

 

 

 目指すは環状3号線沿いにあるという「葛葉ちはや」の住居。

 

 学生証にとある分譲マンションの七階と書いてあったが、これがとんでもなかった。

 

 

「……ホントにここ?」

 

 

 何度もスマホの地図アプリを確認したのには理由がある。

 

 一見すると、やたら重厚な何かしらの商業施設。

 警備も厳重で、地元の人たちも近寄る気配がない。

 

 ……何かの間違いだと思いたい。

 だが何度確認しても、俺のスマホはここが自宅だと頑なに主張してくる。

 

 

 ……ならば仕方ない。

 

 根っからの庶民である俺として億劫だが、そろそろ覚悟を決めて入館しよう。

 

 

「うわ──」

 

 

 すると内部は予想以上にゴージャスな造りだった。

 

 もちろん警備も厳重。

 やっぱり外国の大使館か何かじゃないのか?

 

 俺はそう思うが、残念ながら違ったようだ。

 

「お帰りなさいませ、ちはや様」

 

 受付のお姉さんに促されるまま財布のカードをかざす。

 すると奥のエレベーターが静かに開いた。

 

 ……嫌な予感しかしない。

 

 案の定、行き先ボタンが無かった。

 

 そして七階に着いて頭を抱えた。

 

 廊下がない。

 つまりこの階には俺の部屋しかないらしい。

 

 ……どこが「そこそこの資産」なんだよ。

 

 

 ますます警戒した俺は慎重にドアを開けた。

 

 すると、玄関の向こうに猫がいた。

 

 四肢がやや短めでどっしりとした印象のある茶色とグレーの猫であった。

 

 

「お帰りなさいませ、お嬢さま」

 

 

 ついでにメイドさんも居た。

 

 一目で北欧系と判るやたらと色素が薄いメイドさんである。

 

 うん、これは完全に想定外。

 

 

「なんですかその顔は。……まさか私の名前を思い出せないとでも?」

 

「そ、そんなことないよ!?」

 

 

 ……これはあかん。完全に不審者を見るような目をしてらっしゃる。

 

 

「でしたら私の名前をフルネームで答えてみなさい。さあ、3秒以内に答えるのです」

 

 

 詰んだ!

 3秒以内って、どんな無理ゲーだよ。

 

 そう思った瞬間だった。

 頭の奥が熱くなる。

 

 知らないはずの光景が流れ込んできた。

 雪。

 暖炉。

 ココアの香り。

 しかめ面の少女。

 いや、少女じゃない。

 目の前にいるメイドだ。

 

『貴女は本当に手が掛かりますね。普通のメイドはこんなコトまでしてれませんよ? もっと感謝して然るべきだと思いますが?』

『感謝してるよ。だって友達だもん。ずっと一緒にいようね』

 

 知らない。

 そんな会話は知らない。

 知らないはずなのに。

 まるで昨日の出来事みたいに思い出せた。

 

「サーニャ」

 

 気付けば口が動いていた。

 俺の意思より先に。

 

 

「本名はアレクサンドラ・タカマキ。日本での通名は高牧沙耶だけど、親しみを込めて愛称のサーニャで呼ばないと、その日はまったく仕事をしてくれない気難しいメイドさんだでしょ?」

 

「ん。後半の誹謗中傷を断罪したいところですが、サーニャの響きがとても綺麗だったので、今回は特別に不問とします。感謝するように」

 

「うん、ありがとう」

 

「それではあらためてお帰りなさいませ、ちはや。帰国してまだ間もないですが、気晴らしの外泊は楽しかったですか?」

 

「あはは。まあ、それなりにね」

 

 

 靴を脱ぎ、スリッパに履き替えると愛猫のパムとポムが足元に鼻先を擦り付けてきた。

 

 随分と久しぶりだから甘えに来たのだろうと、二匹まとめて抱っこして先へ進む。

 

 大理石の廊下には名画や彫刻が並んでいた。

 

 もはや驚くのも疲れてきた。

 

 

「ところで朝は食べましたか? お昼は? 昨夜の入浴は? 昨今は風呂キャンセル界隈なる嘆かわしいモノも存在しますが、貴女の身分でそのような怠惰はけして許されませんよ?」

 

「帰ってくるなりうるさいなぁ……朝は食べなかったけど、お昼はハンバーガーをガッツリ食べたし、お風呂だってたぶん毎日ちゃんと入ってるから」

 

「多分とは何ですか、多分とは──よろしい。貴女がそのつもりなら、私もメイドとして相応の覚悟を固めるしかなさそうですね」

 

「言っとくけど、お風呂まで付いてくるのは厳禁だからね」

 

 

 口うるさいメイドの小言を聞き流しながら、私は廊下を進んだ。

 抱き上げた猫たちは機嫌よさそうに喉を鳴らしている。

 その音だけが妙に心地よかった。

 

 リビングの隣にある和室。

 そこには黒檀の仏壇が置かれていた。

 俺は自然と足を止める。

 理由は分からない。

 けれど、ここへ来なければならない気がした。

 

 静かに猫たちを下ろす。

 そして仏壇の前に座った。

 飾られていた写真には、一組の男女が写っていた。

 

 優しそうな父親。

 穏やかそうな母親。

 

 知らない顔のはずだった。

 

 それなのに胸が痛む。

 

 喉が詰まる。

 

 視界が滲む。

 

 

「……なんだよ」

 

 思わず笑ってしまう。

 

 俺の感情じゃない。

 

 そう思いたかった。

 

 けれど、それを証明する術もなかった。

 写真の二人は何も答えない。

 

 当然だ。

 もう、この世にいないのだから。

 俺は線香を一本だけ手向けた。

 

 手を合わせる。

 何を祈ればいいのか分からなかった。

 

 だからせめて。

 葛葉ちはやという少女が大切に思っていた人たちなら。

 その人たちにだけは失礼のないようにしようと思った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ……こっそり忍び込んだアパートに兄は居なかった。

 

 脱ぎっぱなしの服が散乱してる寝室にも、物置と化してる和室にも、なぜかお財布とスマホの他に通帳と印鑑を出しっぱにしてるリビングにも、兄の冴えない姿は見当たらなかった。

 

 念のためトイレとバスルームをノックしてみたが、やはり不在なものは不在。

 

 あろうことか、兄のアパートはもぬけの殻となっていたのだ。

 

 

「……まぁいいや。手ぶらで出かけたんならジョギング中かな? 飽きたらそのうち帰ってくるでしょ」

 

 

 うん、きっとそうだ。あの兄がこのあたしを残して失踪するなんてあり得ない。朝から連絡がつかないことを考えるとかなり長いジョギングだが、健康的でいいことではないか。

 

 

「よく考えたらお兄ちゃんの腹筋ってバッキバキに割れてるし、胸板もけっこう厚みがあるから、もしかしたらこうして見えないところで鍛えてるのかもしれないね」

 

 

 なるへそ。さすがあたし。謎はすべて解けたと自画自賛する。

 

 

 さて、そうなるとあたしの仕事は一つしかない。

 

 出来た妹としてこの散らかし放題の部屋をピッカピカにお掃除するのだ。

 

 

 自分の部屋をしっかり管理する余裕のない兄が帰宅すると、そこに見違えるほど綺麗になった室内にこのあたしが待ち構えてるわけだ。

 

 これは当然、このあたしに感謝する流れになるよね?

 

 

 そして妹への感謝は形にしなければ気が済まない兄のことだ。

 

 きっと今夜は贅沢をしようって奮発して焼肉になるわけよ。

 

 そうなると一緒のお買い物とか、楽しいイベントが目白押しになって、食後に洗い物をしてるときに今日は泊まっていくのかって聞かれるんだろうな。

 

 そのときになんて答えよう──即答するのは勿論ナシだ。思いっきり焦らして、焦らし切って、諦めかけたその時に仕方ないなってオッケーしてやるのだ。

 

 

「うん、悪くない。悪くないよね、あたし」

 

 

 そうと決まれば掃除開始だ。

 

 脱ぎっぱなしの服を回収し、洗濯機へ放り込む。

 

 ゴミも片付ける。兄が帰ってきたとき少しでも驚くように。

 

 そうしてだいたい終わった頃だった。

 

 玄関を掃除してるときに、靴の合間にこの部屋の鍵が落ちているのを発見したのである。

 

 

「……これってスペアの鍵だよね? そうじゃなきゃ鍵をかけて外に出られないし」

 

 

 お財布とかも出しっぱなしだったし、予備の鍵を落としたことにも気が付かないなんて、まったく何をやっんだか……。

 

 仕方ない。どっちもこのあたしがお兄ちゃんの部屋に戻してやろうと、もう一度寝室に踏み込んで机の上に置いたときに違和感を覚えた。

 

 

 ……なんだろう。この部屋には何かが足りない。在るべきはずの物が無い。

 

 あたしは違和感の正体を特定しようと脳をフル回転させて、すぐに何が欠けているのかに思い至った。

 

 

「そっか、そっか。お兄ちゃんってばそんなに大事なんだ……」

 

 

 思わずニンマリしてしまう。

 

 兄が大好きだというとあるVTuberの限定グッズ。

 

 あの兄が買い逃し、このあたしがしっかり押さえてプレゼントしてあげたそのグッズがこの部屋にないなら、何処にあるかは一目瞭然。

 

 兄は今もあのグッズをあたしだと思って大事に持ち歩いてるわけだ。

 

 

 いや、愉快痛快とはまさにこのコトだね。

 

 帰ってきたら存分にからかってやろうと残りのお掃除に熱中する。

 

 

 そうして夕方になり、洗濯物を取り込む頃合いになったが兄の帰ってくる気配はなかった。

 

 

「……そんなわけない。そのうちきっと帰ってくるわよ」

 

 

 あたしはお風呂の掃除をしながら、時間ばかり気にするようになった。

 

 もうお母さんが夕食の準備をする時間帯だ。

 

 泊まるつもりでいるから、そろそろ連絡しないと……。

 

 

 そんなこんなで、時刻は6時になろうとしていた。

 

 

「…………ご飯を炊いてるから、冷めないうちに帰ってきなさいよね」

 

 

 それでも兄さんは帰ってこなかった。

 

 夜も更けて、リビングのソファーで居眠りして、翌朝になっても帰ってこなかった。

 

 

「……………………まさか永久に帰ってこないなんて言わないでよ」

 

 

 もはやあたしの中には不安しかない。

 

 それでも必死に怒りをかき集めて気持ちを奮い立たせる。

 

 

 そんな意地っ張りな心がポッキリ折れたのは、母があたしを迎えにきたときだった。

 

 

 あたしは兄が帰ってこないことをしきりに訴えた。

 

 母はただ「わかった」とだけ答えた。

 

 そして取り乱しそうになるあたしを落ち着かせ、「まずは家に帰ってお父さんに連絡するよ」と言ってきた。

 

 悔しいけど、母の言ってることは正しい。

 

 警察に相談しても、事件性がないから取り合ってもらえないだろう。

 

 

 そうして母の車へ乗り込む直前だった。

 

 私は思わず振り返った。

 

 兄のアパート。

 カーテンの閉じられた窓。

 静まり返ったベランダ。

 誰もいない玄関。

 そこに兄の姿はない。

 本当にない。

 

 それでも。

 

「帰ってきたら連絡しなさいよ」

 

 聞こえるはずもない言葉を残して、私は車のドアを閉めた。

 返事はなかった。

 

 

 

 

 

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