俺の転生先、13歳女子で人生ハードモードなんだが   作:観測班

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第四話『葛葉ちはや』

 

 

 

 東京都港区。

 

 麻布にあるその学校は、名前だけはやたら長い。

 

 ──私立高華院大学附属中高一貫校・高華院中等部麻布学園。

 

 だが生徒の間では、誰もそんな正式名称を使わない。

 

 「高華院中学」で十分だった。

 

 

 そこそこ金持ちの子どもが集まる、よくある私立中学。

 

 少なくとも、昔はそうだった。

 

 でも今では、あいつの母校として知られちまったからな。

 

 これで来年の新入生はごまんと確保できる。

 

 うちの理事たちはそんな皮算用に笑いが止まらないかもしれない。

 

 

 ……まあ、別にいいんじゃないか?

 

 あいつに憧れるのは勝手だが、どうせ何が変わるわけでもないんだ。

 

 せいぜい動物園感覚で珍獣見物に洒落込めばいい。

 

 もっとも、あいつは檻なんざ無視して、園外でも暴れまわるけどな……。

 

 

 これは、俺こと新海悠二(しんかいゆうじ)が“葛葉ちはや”という存在の異常性を再確認する話であった。

 

 

 葛葉(くずのは)ちはや。性別はもちろん女で、年齢は13歳。

 

 見た目だけは最高でファンも多いと聞くが、その詳細は小型の怪獣に等しい。

 

 無自覚な災害モンスター。それがアイツだ。

 

 

 昨年は一年生ながら女子柔道部のエースとして個人・団体、ともに理不尽なまでの強さで全国を勝ち抜き、部を優勝に導いている。

 

 そして、そのときの無双っぷりに目が眩んだ馬鹿な大人たちが振り回された(・・・・・・)結果が、つい先週に開幕したパリ2024夏期オリンピックへの出場だった。

 

 ……だからみんな困っている。

 

 同じ部屋でテレビを見ている姉貴も、幼馴染も、俺の親友も。

 テレビの向こうにいる解説と実況のオッサンも、みんな、みんな、困っている。

 

 

 テレビの向こうで、また一人倒れた。

 

 実況が何か叫んでいる。

 

 解説も何か言っている。

 

 でも、もう誰も聞いていなかった。

 

 

「……何人目だっけ」

 

「あたしに聞かないでよ」

 

 

 あかねはソファに沈んだまま答える。

 

 

「もう分かんない」

 

「分かんないのかよ」

 

「分かんないものは分かんない」

 

 

 画面の中で、小さな影が礼をしている。

 

 身長147センチ、体重40キロ。

 

 どう見ても、うちのクラスの女子中学生だった。

 

 葛葉ちはや。

 

 そして今、男子の表彰台を順番に壊している。

 

 

「……全部いったな」

 

「いったね」

 

「意味わかんねえな」

 

「ほんとそれ」

 

 

 その瞬間、俺のスマホが震えた。

 

 グループチャット。

 

 差出人は葛葉ちはや。

 

 

『帰る』

 

「は?」

 

『終わったから帰る』

 

「はぁ!?」

 

 

 全員が同時にスマホを見る。

 

 

「閉会式は?」

 

「表彰式は?」

 

「仕事は?」

 

 

 返事はない。

 

 嫌な予感だけが残る。

 

 二分後。

 

 ベランダの窓がコンコンと鳴った。

 

 

「開けてー」

 

 間延びした声。

 

 

「着いたよー。ハンバーガー食べに行こうよー」

 

 ……誰も驚いていないのが逆に怖かった。

 

 

「おい」

 

 俺はスマホを握ったまま言う。

 

 

「お前、今どこから来た」

 

「走ってきた」

 

「やっぱり答えるな」

 

 

 ベランダの窓ガラスをすこぶる控えめに叩く音と、だらしなく間延びするアイツの声が……こういうコトをするから俺たちが苦労するのだ。

 

 俺は叩き割られる前にベランダの窓を開けてやった。

 

 

「おかえり、ちー。でも、できればやらかす前にLineを確認して欲しかったがな」

 

「あれ、ゆー君からの通知が14件も? 今から確認していい?」

 

「……好きにしろや。こっちは人数分のマックを注文するのに忙しいんだよ」

 

「ええ、間違っても外に出せないからね。……頼んだわよ、悠二」

 

 

 姉貴の言葉にゲンナリするる。俺はこいつの飼育員じゃないんだが……。

 

 まったく、何の因果でド陰キャの俺がこのメンツと肩を並べて、アイツとツルんでるんだか……別に嫌じゃないが、人間の縁は分からないものである。

 

 

『──絵、上手いね。これってダンカレのマルシェでしょ? わたし好きなの。見せてもらっていい?』

 

 

 永遠に色褪せない屈託のない笑顔。一番後ろの隅っこで目立たないように手持ちのAiPadを開き、絵を描いていた俺に何の躊躇もなく話しかけてきたのがアイツだ。

 

 それが出会い。それ以来、俺は何かと付き纏われて迷惑してるってわけだ。

 

 

 ……まあ、別にアイツ個人は嫌いじゃないし、役得もあるからな。もう少しこの関係を続けていいと、その日は自宅でパーティをしてご機嫌なアイツをパリに送り返して終了となった。

 

 次に会うのは、アイツも帰国後のテレビ出演やらパーティやらで忙しから、最低でもお盆明けかなと思っていたら、そういう大人の付き合いが嫌で仮病を使ったらしい。

 

 しかも大会期間中に忽然と姿を消すオマケ付きである。当然、お偉いさんは大慌て。俺たちも方々から質問責めにされて大迷惑……。

 

 

 そんな経緯(ワケ)で俺たちは集まってる。

 

 近所のハンバーガ屋に疲れ切った顔を並べて、記念すべき第23回目ぐらいの怪獣等制圧会議が開かれたのであった。

 

 まず口火を切ったのは、この面子で一番の迷惑を被ったあかねだった。

 

 

「で、みんなにも連絡がないの?」

 

「ねえよ。お前だってあいつから連絡があったら俺らを巻き込むだろ。それがないってことは、誰にも連絡がないってこった。……それぐらい言う前に気付け、この馬鹿」

 

「はぁ? 誰がバカよ!? 馬鹿はアンタとアイツで十分! あたしは断じて違うからね!!」

 

「まぁ、アイツが馬鹿というか脳筋なのは認めるよ。思い立ったら即行動で、ブレーキがまるで効かねえ。そのうえ能天気。無敵だな」

 

「そうそう。おかげで苦労するのはマネージャーを押し付けられたあたし……ホント、ヤんなっちゃう」

 

 ……その点だけは心底同情する。

 

 あかねが言ってる「マネージャー」とは、柔道関連のものじゃない。

 あいつが個人的に立ち上げた非公式サークルのものだ。

 

 だが、そちらも下手に名前が売れてしまったので、稀にこいつの携帯によからぬ連絡が届くのだ。

 

 例えばJOCとか文科省から、「ちはやさんが今どこに居るのかご存知ありませんか?」って具合に……。

 

 

 そんなわけでテーブルに突っ伏したあかねの隣で、眼鏡をクイッと押し上げたのは親友の円谷道隆(つむらみちたか)だった。

 

 

「体調不良、という建前でしたが……またいつものパターンでしょうか」

 

「もうすっかり忘れてるってか? 頭はいいのに気まぐれだからな。俺もその線を推すわ」

 

「違う違う」

 

 

 あかねが即否定する。

 

 

「逃げただけ。マスコミとか面倒くさくなっただけでしょ」

 

「それを言うと、また面倒が増えますよ」

 

 

 道隆が苦笑する。

 

 そのとき、もう一人がぼそっと言った。

 

 

「……まあ、いつも通りだと思うけどね」

 

 

 内海玲奈。

 

 俺の異母姉だ。

 

 こいつだけは、なぜか妙に冷静だった。

 

 

「なぁ、結局さ」

 

 

 俺は天井を見ながら言う。

 

 

「あいつ、どこまで行く気なんだよ」

 

「あそこまで行ったら止めようがないでしょ」

 

 

 あかねが即答する。

 

 

「オリンピックの男子無差別制覇も大概だけど、失踪って何? 意味わかんないんだけど」

 

「いちおう届出はされたようです。選手村の自室から、なんか疲れちゃったから帰国しますって書かれたメモが発見される形でしたが……」

 

 

 道隆が律儀に補足する。

 

 

「問題ないとかそういう話じゃないでしょ!」

 

 あかねが机を叩いた瞬間、店内の視線が集まる。

 

 気まずい沈黙。

 

 

「……まぁ、ちー(・・)のやるコトだからな」

 

 

 俺は諦めたように言った。

 

 

「少なくとも、ここ最近はあいつを中心に世界が廻ってる。ようは台風の目みたいなもんだ。周りが何を言っても傍迷惑な暴走を止めるわきゃねえんだ」

 

「それは、その通りね」

 

 

 姉貴が頷く。

 

 

「問題は、本人がそれを“普通”だと思ってることだけど、そろそろ放置もできないのよ。更新が途絶えてるチャンネルの問題もあるし、あの子の仕事も貯まってるからね」

 

 

 そのときだった。

 

 

「それなんだけどさ」

 

 

 あかねがスマホを取り出す。

 

 

「どうせ自宅でボケっとしてるんだろうから、今から押しかけてとっちめるってのはどうかな?」

「やめろ」

「やめてください」

 

 

 俺と道隆が同時に言った。

 

 

「なんでよ! たまにはガツンと言ってやろうと思わないワケ!?」

 

「お前の思いつきを実行したら事件になる」

 

「同意です」

 

「ひどくない!?」

 

 

 だが結局。

 

 最悪の結論に至る。

 

 

「わかりました、確かに頃合いでしょう。……ですがいきなり押しかけるのはダメですからね? ここはいつもお世話になっているメイドさんを通して、ちはやさんの都合を確認してからにしましょう」

 

「『げっ』」

 

 

 その意見に俺とあかねがうめいた。

 

 平然としているのは俺の姉貴だけだった。

 

 

「……あのさ、ミッチー。いつもお世話になってるメイドさんって、まさかサーニャさん?」

 

「ちがいます。さすがの僕もそんな勇気はありません。そこでエミリアさんを頼ります」

 

 

 やんわりとした否定に、俺たちが同時に安堵すると姉貴がうっすらと微笑した。

 

 

「……ああ。ちはやのメイドたちの中で一番要領のいい?」

 

「はい。それと体裁も整えます。……いいですか? 僕らはちはやさんに文句を言いに行くのではありません。彼女のお見舞いに行くのです。

 ちはやさんもご両親の葬儀で気落ちしていたのは事実ですから、そこを突破口にするんです。

 というか、ちはやさんをとっちめようとしているって知られたら、サーニャさんに敵認定されますからね。こればかりは厳守してもらわないと困りますよ?」

 

 

 もちろん俺たちに異論はない。

 

 無言で頷く俺たちの姿に、道隆がメールを打ち始める。

 

 

 ……返事はすぐに来た。

 

 多分、よっぽど暇してるのだろう。おちゃらけメイドの返事を確認した道隆が顔を上げる。

 

 

「話を通してくれるそうです。今日は都合が付かないそうですが、明日の午前9時以降なら歓迎すると。……ただし献花の用意と、自分宛の賄賂を忘れないように念押しされましたが」

 

「パティシエール・リラの洋菓子セットね。ちゃんと人数分確保しとくわ」

 

 

 そしてあちらの内情に詳しい姉貴が確約して、明日、俺たちがあいつの自宅を訪ねることが確定となった。

 

 ──今や国民的アイドルになってしまった、あのバカの豪邸へ、である。

 

 

 

 

 

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