ジャポニアンデスヤマト(護衛艦) 作:荒馬艦長
中央暦1645年9月
グラ・バルカス帝国との戦争は、すでに終局へ向かいつつあった。
日本国によるレイフォル奪還。
ムーをはじめとした各国連合軍の反攻。
神聖ミリシアル帝国による空中戦艦パル・キマイラの投入。
数々の戦線で敗北を重ねたグラ・バルカス帝国は、かつての絶対的覇権国家としての威容を急速に失っていた。
しかし、それでも帝国は降伏しなかった。
皇帝府は戦争継続を主張し、軍上層部もなお本土決戦を叫んでいた。
帝都ラグナには最終防衛線が築かれ、沿岸部には上陸阻止を目的とした巨大要塞群が整備される。
戦争を終わらせるには、帝国本土に決定的な一撃を加える必要があった。
そのために立案されたのが、連合軍による帝国本土侵攻作戦。
作戦名『ヤマト作戦』である。
この作戦には、日本国、神聖ミリシアル帝国、ムー、クワ・トイネ公国、クイラ王国、そして各国連合軍が参加していた。
神聖ミリシアル帝国は空中戦艦パル・キマイラを投入。
ムーは日本の協力を得て新設された機甲部隊と航空戦力を派遣。
その他の参加国も、艦隊、陸軍、補給部隊を送り込んだ。
各国の将兵は、作戦海域に集結する艦隊の威容に息を呑んだ。
その中でも特に注目を集めていたのが、日本国の新型護衛艦である。
それは、誰がどう見ても戦艦だった。
「日本も、ついに戦艦を持ち始めたのか」
ムー国きっての日本通である情報士官のマイラスが、双眼鏡を覗き込みながら呟いた。
傍では、親友のラッサンが同じくヤマトを見ている。
「彼らのことだ。中身は恐ろしく近代化されているのだろうな」
「しかし、あの主砲は何だ? 日本にとっては不要なんじゃなかったか?」
「砲艦外交用という話もある。日本なりに、この世界へ適応した結果じゃないか?」
神聖ミリシアル帝国の魔導士官たちも、興味深げにその姿を見つめていた。
「日本国は、航空機と誘導弾の国という印象が強かったが……」
「まさか、戦艦を新造するとはな」
「しかし、あれほど巨大な艦をどこで使う? 彼らが言うには、艦隊決戦の時代は終わりつつあると……」
彼らの疑問は、もっともだった。
日本国が送り込んだ新型護衛艦――ヤマト型護衛艦一番艦〈ヤマト〉は、外見だけならば確かに戦艦である。
だが、作戦参加国の将兵たちはまだ知らなかった。
彼らが見ているものは、単なる戦艦ではない。
ましてや、ただの護衛艦でもない。
それは、日本国が異世界戦争に適応しすぎた結果生まれた、分類不能の超兵器だった。
作戦前夜。
連合軍司令部では、最終作戦会議が開かれていた。
日本国、神聖ミリシアル帝国、ムー、その他参加国の高級将校たちが一堂に会し、帝国本土上陸作戦の詳細を確認する。
上陸地点は、帝都ラグナへ比較的短距離で到達可能な東部沿岸部。
グラ・バルカス帝国軍はそこに強固な沿岸要塞を築いており、従来の上陸作戦であれば、相当な損害を覚悟しなければならない地点だった。
だが、日本国側の説明は異なっていた。
防衛省から派遣された作戦担当官は、淡々と説明を続ける。
「まず、ヤマト型護衛艦〈ヤマト〉による長距離砲撃を実施し、沿岸要塞の主要防御施設を無力化します」
そこまでは、各国の将校も理解できた。
「その後、〈ヤマト〉はグラ・バルカス帝国本土に直接上陸し、内陸部へ進撃。随伴する陸上イージス艦〈イブキ〉〈クラマ〉と共に、帝都ラグナ方面へ進出します」
しかし次の言葉に、会議室が静まり返った。
ムー軍の将官が、手元の資料を見下ろす。
神聖ミリシアル帝国の魔導士官が、眉間に皺を寄せる。
連合軍の通訳が、自分の訳が間違っていないか確認するように、隣の者と小声で話し合った。
しばらくして、ミリシアルの将官が口を開いた。
「確認したい。今、直接上陸すると言ったか?」
「はい」
「戦艦が?」
「正確には、護衛艦です」
「護衛艦が?」
「はい」
「……陸上を?」
「はい」
再び、沈黙が落ちた。
ムー軍の将校が、乾いた声で尋ねる。
「それは、つまり……艦が地上を走行するという意味か?」
「はい。〈ヤマト〉は水陸両用戦艦として設計されています故」
「水陸両用、戦艦……?」
「正式には護衛艦です」
「そこは今、重要なのか?」
日本側担当官は、表情を変えずに資料をめくった。
「〈ヤマト〉は超大型履帯ユニットによる陸上走行能力を有しています。上陸後は沿岸部から帝都ラグナまで、最短経路で進撃します」
説明用の地図に、赤い矢印が引かれる。
それは、海岸線から帝都ラグナへ向かって、ほぼ一直線に伸びていた。
「この進撃路上に存在する軍事施設、工場、補給拠点、鉄道結節点を主砲および副砲により制圧。敵航空攻撃については、随伴する陸上イージス艦が迎撃を担当します」
ミリシアルの将官は、半ば呆然と呟いた。
「古の魔法帝国でも、そのような兵器は作らなかったぞ」
別の士官が続ける。
「いや、作らなかったのではない。作ろうと思わなかったのだ」
ムー軍の将官も頭を抱えた。
「日本国は、たまに我々の理解を超える……」
会議室内の空気は、完全に困惑へ傾いていた。
しかし、日本側は大真面目だった。
そのことが、余計に場を混乱させていた。
やがて、神聖ミリシアル帝国の一人が口を開く。
「理屈は分かった。いや、分かったことにする。だが、それが本当に可能なのか?」
日本側担当官は、短く答えた。
「可能です」
その自信に満ちた即答に、誰も反論できなかった。
数日後。
グラ・バルカス帝国本土東部沿岸。
帝国軍は、連合軍の上陸を阻止するため、沿岸部に巨大な要塞線を築いていた。
分厚いコンクリート陣地。
海岸砲。
対艦砲。
機関銃陣地。
塹壕線。
そして予備兵力として配置された戦車部隊。
帝国本土を守る最初の盾として、そこには大規模な防衛部隊が展開していた。
要塞司令官は、双眼鏡を手に海を見つめる。
水平線の向こうから、連合軍艦隊が姿を現しつつあった。
「来たか」
彼は低く呟く。
「日本軍だろうが、ミリシアルだろうが、ここを通すわけにはいかん。帝国本土に敵兵の一歩たりとも踏み入らせるな」
その言葉に、周囲の将兵たちは緊張した面持ちで頷いた。
彼らは知らなかった。
敵兵どころか、戦艦が踏み入ってくることを。
連合軍艦隊の中央、ヤマト型護衛艦一番艦〈ヤマト〉は、静かに砲塔を旋回させた。
巨大な三連装主砲が、帝国軍沿岸要塞へ向けられる。
ただし、その砲は旧来の火薬式大口径砲ではない。
日本国が異世界の戦訓と鹵獲技術、そして自国の先端技術を組み合わせて生み出した、長砲身大口径レールガンであった。
艦橋内で、砲術長が告げる。
「主砲、目標入力完了」
「一番砲塔、二番砲塔、三番砲塔、射撃準備よし」
「随伴陸上イージス艦とのデータリンク、正常」
「パル・キマイラより上空監視情報、受信」
艦長は静かに頷いた。
「主砲、撃ち方始め」
次の瞬間。
海上に、雷鳴のような轟音が響いた。
九本の砲身から放たれた超高速徹甲弾は、空気を切り裂き、帝国軍沿岸要塞へ降り注ぐ。
第一射。
海岸砲陣地が消し飛んだ。
第二射。
要塞司令部の地下区画が、地表ごと吹き飛ばされた。
第三射。
分厚いコンクリートで守られた弾薬庫が直撃を受け、内部誘爆を起こした。
帝国軍沿岸要塞は、反撃の機会すら与えられなかった。
「何だ、これは!?」
「砲撃です! 敵艦からの砲撃!」
「普通の砲撃ではない! 威力も精度も高すぎる!」
「砲台、沈黙! 第一防衛陣地、壊滅!」
要塞司令部は混乱に陥る。
だが、本当の悪夢はその後に訪れた。
砲撃によって防御施設が沈黙した沿岸部に、巨大な影が近づいてくる。
それは、船だった。
どう見ても船だった。
だが、その船は海岸に乗り上げた。
そして、止まらなかった。
船体下部から展開された超大型履帯ユニットが砂浜を噛み砕き、巨体をゆっくりと押し上げていく。
砂が巻き上がる。
岩盤が砕ける。
破壊された要塞の残骸が、履帯の下でさらに細かく粉砕される。
ヤマト型護衛艦〈ヤマト〉は、ついにグラ・バルカス帝国本土へ上陸した。
帝国軍兵士たちは、その光景を見て動けなかった。
「……戦艦が」
誰かが呟いた。
「戦艦が、陸に上がってきた……」
次の瞬間、〈ヤマト〉の副砲が火を噴いた。
残存陣地が沈黙し、塹壕線が吹き飛び、戦車壕が土煙の中に消える。
そして、巨大な履帯がその上を踏み越えた。
防衛線は突破された。
いや、突破という表現は正確ではない。
防衛線は、踏み潰された。
上空では、神聖ミリシアル帝国の空中戦艦パル・キマイラが戦域を監視していた。
その艦橋で、メテオスは眼下の光景を見下ろしていた。
海から上がった日本の巨大戦艦が、陸上を進んでいる。
それは、魔法文明の常識から見ても異様な光景だ。メテオスはしばらく沈黙した後、感心したように口を開く。
「……彼らの言っていたことは本当だったみたいだね。この空中戦艦ほどではないが、日本の戦艦も大したものだ」
その隣に立っていた部下が、やや困惑した表情で答えた。
「あちらの方が、技術的ハードルは高そうに思えますが……」
メテオスは一瞬だけ黙った。
そして、苦笑しながらこう言う。
「それを言われると、否定しきれないね」
言われてみれば、メテオスは反論できなかった。
パル・キマイラは空を行く戦艦である。
だが、その仕組みは魔導技術の延長線上にあった。
一方、日本の戦艦は違う。
彼らは、鋼鉄の巨艦をそのまま地上に走らせていた。
魔法でも、反重力でもない。
ただ力技と技術の果てに、無理やりこれを成立させていた。
メテオスは、眼下を進む〈ヤマト〉を見ながら小さく呟く。
「日本国という国は、時々とんでもなく野蛮な発想を、恐ろしく洗練された技術で実現してしまうようだ」
部下は返答に困って苦笑いをした。
否定できなかったからである。
陸上戦艦〈ヤマト〉は、帝都ラグナへ向けて進撃を開始した。
随伴する陸上イージス艦〈イブキ〉〈クラマ〉は、〈ヤマト〉の左右後方に展開。
その上空では、日本国航空自衛隊とムー航空隊、そしてミリシアルの航空戦力が周辺空域を制圧していた。
地上では、ムー機甲部隊と連合軍地上部隊が後続として進軍する。
しかし、進撃の先頭に立つのは、あくまで〈ヤマト〉であった。
グラ・バルカス帝国軍は、各地で抵抗を試みた。
野戦砲を並べ、戦車を配置し、鉄道砲まで投入する部隊もあった。
だが、結果はすべて同じだった。
発見され、照準され、撃たれ、沈黙する。
陸上戦艦の主砲は、帝国軍が想定するいかなる地上兵器の射程も超えていた。
さらに、上空からはパル・キマイラと航空自衛隊が監視し、敵部隊の位置情報を次々と〈ヤマト〉へ送る。
帝国軍にとって、それは理不尽そのものだった。
見つかれば終わる。
隠れても、上空から見つかる。
逃げても、進撃速度に合わせて砲撃される。
そして、進路上に残れば踏み潰される。
帝都ラグナでは、最終防衛体制が敷かれていた。
ただし、帝都の民間人については、早い段階で大規模な退避が実施されていた。
日本国と連合軍は、帝都攻撃に先立ち、複数の通信経路と宣伝ビラ、無線放送を通じて民間人退避を勧告。
グラ・バルカス帝国側も、首都決戦に民間人を巻き込むことの危険性を認識し、結果的に大半の市民は郊外へ避難していた。
残された帝都は、軍事都市と化していた。
帝都防衛隊長ジークスは、司令部で進撃する敵の報告を受けていた。
「沿岸要塞、壊滅!」
「敵巨大艦、内陸へ進撃中!」
「第七防衛線、突破されました!」
「突破ではない! 踏み潰されています!」
ジークスは、最初その報告を理解できなかった。
「待て。巨大艦とは何だ」
「日本軍の戦艦です!」
「戦艦なら海にいるはずだ」
「陸を走ってるんです!」
「……何?」
彼は地図を見下ろした。
そこには、沿岸から帝都へ向かって進む敵部隊の印が記されている。
その先頭に、巨大な駒が置かれていた。
戦艦を示す駒だった。
しかし、その駒は陸上にあった。
「ふざけた報告をするな」
ジークスは低く言った。
だが、次に入った航空偵察の報告が、彼の言葉を否定した。
「敵戦艦は陸上を走行中! 繰り返す! 敵戦艦は陸上を走行中!! 進路上の防衛陣地を破壊しながら帝都方面へ進撃!」
司令部が静まり返る。
ジークスは歯を食いしばった。
「航空隊を出せ。全機だ。こいつを止めろ」
帝国軍は、残存する航空戦力をかき集めて出撃させた。
およそ200機の戦爆連合。
彼らは帝都防衛の最後の航空戦力だった。
だが、〈ヤマト〉には陸上イージス艦が随伴していた。
〈イブキ〉と〈クラマ〉のレーダーが、接近する敵航空隊を捉える。
「敵航空隊、多数接近」
「射撃管制、目標割り当て完了」
「艦対空誘導弾、発射始め」
陸上を走るイージス艦から、対空ミサイルが次々と発射された。
それは、帝国軍航空隊にとって回避不能な光景だった。
地上を走る艦から、空へ向けてミサイルが放たれる。
回避する間もなく、帝国軍機が次々と撃墜されていく。
「何だあれは!?」
「地上艦から誘導弾!」
「くそっ、回避できない!」
帝国軍航空隊は、〈ヤマト〉へ到達する前に空中で消えてしまった。
「爆撃隊、壊滅!」
ジークスは歯を食いしばりながらも、次に、戦車部隊を投入した。
帝国軍が保有するハウンドⅢ戦車。
三式砲戦車に類似した車体を持つ、帝国陸軍の新型戦闘車両である。
帝都近郊の大通りと防衛線に、ハウンドⅢ戦車部隊が展開した。
「敵がいかに巨大であろうと、履帯を破壊すれば止まる」
ジークスはそう判断した。
実際、それは戦術的には正しい考えだった。
相手が通常の地上兵器であれば。
ハウンドⅢ戦車部隊は、前進する〈ヤマト〉へ向けて一斉射撃を行った。
砲弾が飛ぶ。
爆炎が上がる。
黒煙が巨体を包む。
だが、〈ヤマト〉は止まらなかった。
装甲に傷をつけることすらできず、巨体はゆっくりと、しかし確実に前進してくる。
そして、主砲ではなく副砲が旋回した。
数秒後、戦車部隊の前列が吹き飛んだ。
「後退しろ!」
「間に合いません!」
「踏まれるぞ!」
その言葉通り、〈ヤマト〉の超大型履帯がハウンドⅢ戦車を踏み潰した。
戦車が軋み、砲塔が潰れ、車体が紙箱のようにひしゃげる。
帝国軍兵士たちは、その光景を前に戦意を失っていった。
もはや戦車戦ではない。
怪獣映画だった。
帝都ラグナの工業区画では、帝国軍需工場が稼働を続けていた。
それらは帝国の戦争継続能力を支える重要拠点。
〈ヤマト〉は帝都の外縁部に到達すると、主砲を工業区画へ向けた。
事前に日本国と連合軍は、民間人退避を確認している。
攻撃目標は軍需施設に限定されていた。
「主砲、目標、帝都軍需工業区画」
「民間人は退避済みの模様」
「射撃許可、出ています」
艦長は命じた。
「撃ち方始め」
大口径レールガンが、帝都ラグナの空気を震わせた。
超高速弾が工場群に着弾し、巨大な爆発が連鎖する。
鉄骨がねじ曲がり、煙突が折れ、弾薬庫が誘爆し、帝国の戦争継続能力が音を立てて崩れていく。
ジークスは司令部からその光景を見ていた。
彼の顔には、焦りと怒りが滲んでいた。
「まだだ。まだ止められる」
彼は帝都の市街地図を広げた。
「大通り沿いの高層建築を爆破しろ。瓦礫で進路を塞ぐ」
幕僚が驚愕する。
「隊長、帝都市街を破壊するおつもりですか!?」
「民間人は退避済みだ。ならば都市そのものを盾にする。あの化け物を止めるには、それしかない」
ジークスの命令により、工兵が即座に展開し、帝都ラグナの一部高層建築が爆破された。
ビルが倒壊し、大量の瓦礫が大通りを塞ぐ。
普通の戦車ならば進めない。
普通の装甲車ならば迂回を余儀なくされる。
普通の軍隊ならば、進撃速度を大きく落とす。
だが、相手は普通ではなかった。
〈ヤマト〉は瓦礫の前で一度停止した。
ジークスは双眼鏡を握り締める。
「止まった……!」
次の瞬間、〈ヤマト〉の前部主砲塔がゆっくりと俯角を取った。
瓦礫に向けて、主砲が火を噴く。
瓦礫の山が爆散した。
さらに、前部履帯ユニットが残骸を押し潰しながら前進する。
鋼材が曲がり、コンクリートが砕け、かつてビルだったものが道路の一部に変わっていく。
〈ヤマト〉は止まらなかった。
「第二障害、起爆!」
再びビルが倒れる。
今度はより大規模な瓦礫が進路を塞いだ。
だが、〈ヤマト〉は副砲と主砲で瓦礫を粉砕し、履帯で踏み固め、また進んだ。
「第三障害、起爆!」
三度目の爆破。
帝都の街並みが大きく崩れ、大通りは完全に閉塞したかに見えた。
ジークスは叫ぶ。
「今度こそ止まれ……!」
だが、煙の向こうから、重く低い振動音が響いてきた。
瓦礫の山が揺れる。
崩れ、押し除けられる。
そして、巨大な艦首が姿を現した。
ヤマト型護衛艦〈ヤマト〉は、三度目の瓦礫障害すら踏み越えて進んできた。
幕僚の一人が、かすれた声で呟いた。
「隊長……あれは、もはや兵器ではありません」
ジークスは答えなかった。
彼にも、もはや反論できなかった。
〈ヤマト〉は、帝国の象徴たるニブルズ城へ迫っていた。
ニブルズ城はグラ・バルカス帝国皇帝の居城であり、帝国権威の象徴。黒々とした巨大な城塞は、帝都ラグナの中心にそびえていた。
かつて無数の臣民が仰ぎ見たその城は、今や無人に近かった。
皇帝府中枢はすでに地下施設へ退避し、城内の非戦闘員も避難していた。
それでも、城は帝国そのものだった。
ジークスは最後の命令を下す。
「近衛部隊を配置しろ。対戦車砲もすべて出せ。ニブルズ城だけは守り抜く」
近衛兵たちは城門前に展開した。
対戦車砲が並べられ、機関銃陣地が築かれる。
だが、彼らの前に現れたのは、戦車ではなかった。
城壁よりも巨大な砲塔。
ビルを見下ろす艦橋。
大地を揺らす履帯。
海から来た鋼鉄の怪物。
〈ヤマト〉が、ニブルズ城の前に立った。
しばし、沈黙があった。
その沈黙を破ったのは、近衛部隊の一斉射撃だった。
砲弾が命中し、機関銃弾が装甲を叩く。
しかし、何も起きない。
〈ヤマト〉は静かに砲塔を旋回させた。
ジークスはその光景を見て、ついに理解した。
これは戦争ではない。
帝国という時代が、別の時代に踏み潰される瞬間なのだ。
主砲が火を噴いた。
ニブルズ城の正門が吹き飛んだ。
続いて副砲が城壁を砕き、艦首が崩れた門を押し潰す。
巨大な履帯が城内へ踏み込み、石畳を砕き、庭園を押し潰し、塔の一部をへし折った。
それは、まるで怪獣映画の一場面だった。
帝国の象徴たるニブルズ城は、陸上戦艦によって物理的に破壊された。
その映像は、ミリシアルの空中戦艦パル・キマイラからも、ムー軍の観測機からも、連合軍司令部からも確認された。
誰もが沈黙していた。
やがて、ムー軍の将官がぽつりと呟く。
「なるほど」
隣の士官が聞き返す。
「何がですか?」
「あれなら、確かに帝国は降伏する」
士官はわからなかったが、結果はその言葉通りだった。
ニブルズ城陥落後、グラ・バルカス帝国内では急速に厭戦気分が広がった。
理由は単純である。
もはや帝国本土のどこも安全ではなかった。
〈ヤマト〉の主砲射程に入った都市は、軍事施設を破壊される。
迎撃しようと航空機を飛ばせば、陸上イージス艦に撃ち落とされる。
戦車を向かわせれば、砲撃されるか踏み潰される。
市街地で止めようとしても、瓦礫ごと踏み越えられる。
海軍国として世界を蹂躙してきたグラ・バルカス帝国は、最後に海から来た戦艦によって、陸の上で首都を蹂躙されたのである。
帝国議会では、戦争継続派が完全に沈黙した。
軍上層部も、もはや本土決戦の継続は不可能と判断する。
そして、ニブルズ城破壊から数日後。
グラ・バルカス帝国は、連合軍に対して全面降伏を申し入れた。
こうして、長きにわたるグラ・バルカス帝国との戦争は終結したのである。
ちなみに後世、この作戦はさまざまな名で呼ばれることになる。
ヤマト作戦。
帝都ラグナ進撃戦。
陸上艦隊による首都制圧作戦。
あるいは、帝国の終焉を象徴する戦い。
だが、兵士たちの間では、もっと単純な名で語られた。
すなわち――
戦艦が陸を走った日。
と。