※noteさんやカクヨムさんやなろうさんにも投稿しています
藤澤清造の影響を受けたライトノベル
藤澤清造先生の「刈り入れ時」と
西村賢太先生の「疒の歌(やまいだれのうた)」が
面白かったので書きました
noteさんとカクヨムさんとなろうさんにも投稿しています
「哀れだな」
つい、同情してしまう
基礎学校の教員と生徒が数十人
ぽかんと口を開け
こいつらには魔法学園を出て国家の中枢で活躍するなど
遥か想像の彼方の事だろう
こんなところに留まる事しかできず
下らない農場主や地方官吏として生きるのだろう
人参を掘り出し書類をめくり
破れた衣服を
「ククク」
つい、笑いがこみあげてくる
トゥール校長がうつむき加減に進み出る
私”アルクトゥース・クムルカル”を
ミスラ魔法学園に推薦したのはこの人物である
なんでも、セヌウラート中の貴族に頭を下げて回ったとのこと
ご苦労な事だ
まア、こんな基礎学校であっても校長になれるだけあって
少しは”見識”という物があるようだ
校長が言った
「さあさあ皆さん、クムルカル君の壮行会ですよ、笑って笑って」
「アハ」
「アハハ、ハ」
何人かがぎこちなく笑う
あまりの事に、呆気にとられているようだ
それはそうだろう
4年生でミスラ魔法学園に進学できるほどの才能
それを目の前にするという驚愕
矮小な自分自身とは比べる事すらおぼつかないのだろう
それとも、ミスラ魔法学園を知らないのだろうか?
それは十分にありうる事だ
遥か王都にある最高学府のことなど
こんな田舎の
村の外に広い世界があることすら理解できはしまい
今度はレグアル教頭だ、卑屈な笑いを浮かべ言葉を並べ立てる
「まさに呆然自失とはこのことです、まさかこの学校から
あなたほどの傑物が出てくるなんて思ってもみませんでしたよぉ」
セッタオルシェ
「初めて会った時に確信したのです
”これはッ!、ただものではではないゾ”と
いずれ凄い男になる、ゆくゆくは大臣、いや、もしかしたら王に
なるかもしれないぞ、と、確信したのです
いやぁ期待通りです、貴方ならば魔法学園の者たちを
驚愕させる事ができるに違いない!」
生徒たちは訳がわからないといった表情で周りの大人たちを見回している
まア無理もない
このくらいのお子様たちが真の才能とは何かを理解できるはずもない
これは悲劇である、本当に悲しい事だ
彼らは”本物”に接しながら何を得ることも
そして老境に至って
宝玉のまばゆい光とその偉大さに気づくのであろう
老いて萎びた皺だらけの
それを思うと涙が出てしまう
ヘダンガル
「そうです、そうです、私はずっと貴方の王都への進学を
これほどの才能がこの小さな町に留まっていて良いはずは無い
ここで貴重な時間を費やしていて良いはずが無い
遅まきながら今回の決定が下されたことは
この村にとって、いや
まったくだ、この国の教育制度の愚劣さが
”教育”とは本来、真の強者を見つけ出し育てる事である
”強者”とは実質の伴わない”お勉強”の得意な人々ではない
まいにち何時間も机に向かい書物を暗記しようとする人々ではない
真の観察眼を持った者はサラリと本をめくり
物事の中にある真理を捉え自らのものにする
枝葉末節に囚われ無為に時を
”強者”とは周囲に友達を
ぴゃあぁぁーーなおしゃべりを繰り広げる者ではない
なぜなら、”愚かさ”は伝染するからである
低能は周囲を低能に染める、低能に接した者は低能となり
新たな低能の
”強者”はそれに近づかない、”強者”は群れることなく
他の誰にも成し得ないことを実現する
このような
これこそが”教育”というものである
校長が言う
「王都の貴族、そう、あの大貴族の・・・・・・・・ヘグナトアビス・・
ヘグナトアビス様も是非クムルカル君を
招きたいと言って下さいました
それから・・・・・、あの御方、・・偉大な・・・
あの偉大なナザンペルス・・・、ナザンベレス?
様もクムルカル君を招きたいと言って下さったのです
クムルカル君は我々の誇りです
魔法学園ではいったいどんな驚くべき働きをしてくれるのか
今から楽しみでたまりません」
「哀れなものだな」
つい、哀しくなってしまう
こいつらは自分たちが”宝玉”
を手放そうとしていることに気づいているのだろうか?
このさき一生涯、出会うことなき輝きを
密林と山河の果ての遠き王都に
行かせようとしていることに気づいているのだろうか?
いや、こいつらに
ただ、金になるから、名誉になるから、大貴族(あるいは王族か?)
の言う通りに動いているだけなのだ
まア、私にとっては都合の良い事である
王都にはどの程度の才能がいるのか、どの程度の異才がいるのか
何れにしても
楽しみでないと言えばウソになる
「王都に集まる”神童”
たちが俺を楽しませてくれる
颯爽と白馬に乗り、歩を進める
この村に振り返る価値は無い
「まア、壮麗ではあるな」
二階建ての家々、広い街路、石造りの巨大な神殿
王やら貴族やらが自らの権力と富裕とを誇示するには
これが最もお手軽な
生まれついての地位、特権、そして金
その他には何ら誇示するものを持たぬ者にとって
これこそが唯一おのれを慰める手段であるに違いない
自らの無能さを糊塗し空辣なるを埋め合わせる
滑稽にして惨めな壮麗さ
「かわいそうな人たちだ」
つい、憐れみを覚えてしまう
瀟洒な邸宅も黄金を散りばめた装飾も
彼らを真に幸福にはしないであろう
無能であるという事は、それほどまでに致命的、かつ、絶対的である
いくつかの街路を過ぎると視界の端にしょぼくれた邸宅が入ってくる
豪壮ではあるが何処か色褪せた
王都の隅に押しやられた粗大ごみ感のある佇まい
ナザルベレラス男爵邸
元の持ち主は5年だか10年だか前にくたばって
ヘナグアトビスなる貴族が買い取ったは良いが持て余し
誰にも見向きもされぬまま時を経た負け犬物件
「まア、悪くはないな」
こんなところに真の才能があろうとは誰も思うまい
思慮の足りない愚かな人間
美麗な邸宅にこそ贅を凝らした
真の才能がいると思っている
光の当たるキラキラとした場所に真の才能がいると思っている
しかし、そこにいるのは着飾る事だけがお得意の
金ぴかピカピカの木偶人形どもである
くるくると舌を回しておべっかを使い
権力者の周りを跳ね回ってピイピイと
さえずる事しか出来ない道化役者たちだけである
”真の才能”は静謐で
軽薄な
世界の
ニイ、と口端を吊り上げる
この
エリマキクラゲジゴクミミスーダララッタドブネズミ鳥
羽毛を毟ったあとの鶏を雑巾がわりに用いて
数日を経た後のような姿の
操るには丁度良い
思念を集中し魔力を込める、鳥の耳が私の耳となり翼が私の翼となる
”最高学府”がどの
翼をはためかせ邸宅の天井から飛び出していく、視界は暗闇に沈んでいる
この鳥の視力は無いに等しい
飛翔速度は事前に計測してある、”学園”までの距離もである
地図が正しければ16ベール時で到着するはずだ
時間である、”兵術科”のある第六区画、その真上に来たはずだ
翼を止め、ゆっくりと降下する
着地する、地面よりも高いところから声が聞こえてくる
建物の上である、耳をすます
「・・・・・・・
えー、であるからにして、”情報”と言うものに
最も重要なのは過ちを認めて行動を改めると言う
姿勢なのでありまして、これが出来ない限りどのような情報も
その価値を失いうるのであります
えー、また、このことは個人に
伍、旅、師、軍、果ては王国であっても
逃れる事は出来ないのであります
では集団においてどのように
すなわち、善きものには正しく報い、悪きものは正しく罰し
優れた者を用い、弱き者を助け、強き者を憎むことがない
その上で個々人がなるべくに学を修めるのは勿論の事
他者から侮蔑されていない、と言うことが必要なのであります
すなわち、王が
貴人が平民を軽侮することが無く平民が貴人を憎悪することが無く
臣民のそれぞれがお互いを尊重する、これが出来てはじめて
情報を適切に扱うことが出来るのであります」
「フフッ」
つい、吹きだしてしまう
戦争において最も重要なのは”
あらゆる戦いの勝敗は
敵を知る事に勝る武器は無い
勝利を手にするのは
それを扱っている事は褒めてやってもよいだろう
だが、その内容のお粗末なこと
下らぬ道徳のお説教に終始して最も重要な”敵を知る”
ことには殆ど触れなかった
”本質”を理解しない愚かしさ
脳みそを有しない教員や腐敗した体制にとって都合の良い”お規則”
を説く
この程度か
つい、ため息が出てしまう
やれやれ、少しは期待していたのだがな
「・・・・の・・・敵の意図こそ・最も価値のある情報だと
思っておられる方もあるかも知れませんが、それは二流の情報にすぎません
最も価値のある情報とは時代の流れであり、”人”と言うものであり
天の理であります、これを知らず
二流の情報を集めたとしても、生き残るのは難しいのでありまして・・・」
「パチン」
思念を切り、椅子に腰掛ける
通ってやる価値は無さそうだ
だが・・・・・
かわいそうなのは
彼らは”こんな内容”のお講義を
最高の”お学問”として真摯に学ぶのだろう
裕福なお貴族様の家で大事に、大事に、大事に育てられ
”疑う”事を知らぬ彼らは
必死に耳を傾けて
「健気だな」
つい、涙がこぼれてしまう
つい、同情心が湧きあがってきてしまう
かわいそうな人を見捨ててはおけぬ
優しい気持ちが心に溢れ出してしまう
「私が、”世界の真実”を教えてやらなければな」
「アルデンテだな」
つい、スパゲッティーを茹でてしまう
すいっと皿に取りオリーブオイルを回しかけ
パルミジャーノを削って散らしてしまう
”学園”の入学式は今日である
上品ぶった制服を着こみ、滑らかに白馬に乗る
視界の中で段々と大きさを増す白い棒きれはスビルウマシュ王のオベリスク
戦勝やら瑞兆やら”王国の栄光の歴史”やらをぐだぐだ
彫りこんだ聳え立つ”石”
何の役にも立たない石の塊のために労力を費やす
人間の不思議な習性の産物、スビルウマシュは実に暇人だったのであろう
いや、役には立っているかもしれない
それは実に目立つ、学園の正門の前に立っている
標識としての価値がないとはいえない
さしずめ、「がくえんはここでーす石」と言ったところか
正門をくぐると運動場と思しき広場の中央にて
鶏そぼろをウィーゼルにぶちまけたような風体の男が演壇の上に立ち
喚き散らしている
「皆さまは
中略
遠い昔、
中略
竜はグワーッ、グワーッ、と火を噴き町は炎に包まれた、その時
中略
猫の大群が山河を越えて殺到し
中略
スビルウマシュ王は輝く大剣を天に突きあげて叫んだ
「帝国は血とマシュマロの上にこそ築かれるのだ!」
中略
そして彼らは狸に化かされてしまったのである
中略」
「下らないな」
つい、失笑してしまう
お偉方さんたちは何故こうも自分たちの”歴史”を
語りたがるのだろうか?、それに価値があるとでも思っているのだろうか?
たかが一学園の歴史に人々が興味を持つとでも思っているのだろうか?
覚えておいてやる価値があるとでも思っているのだろうか?
まさか
彼らも自覚しているだろう
自分たちが歴史の大河に押し流されゆく一片の木片にすぎないことに
”真の才能”
激動の時代を駆け抜け歴史の流れを定める眩い光芒
その背後にどよめくバックコーラスにも成れはしない事に
それとも
自覚がないのだろうか?
自分たちの存在が酒屋の軒先にて一山いくらで売りこかされる
ひじきの
まア、それは十分にありうる事だ
総じて、自分を客観視することは実に難しい
多くの人間は欲目から或いは知性の欠落から
己の”
それはまア、傍から見れば実に面白いものではあるが
半面、憐れみを覚えずにはいられない
つい、脳中を諦念が
「彼らには、難しすぎたようだな」
話はだらだらと続く
「皆さまは今日、朝食に何を食べましたか?
私は黒パンにチーズを乗せて頂きました
パン粥とキャベツを頂いた方もいらっしゃるでしょうし
パスタとコーヒーを頂いた方もいらっしゃるでしょう、そして
忙しすぎて食べられなかった方も沢山いるに違いありません
しかし、心配することはありません、左をご覧ください
あの広大な建物こそ大食堂です
早朝から日が落ちるまで、学生ならば何時でも、幾らでも
食事をする権利があります
しかも、提供されているのは
ふかふかの白パンと塩漬けのニシン、アツアツの酸っぱいキャベツのスープ
米粥と鶏肉、ビールと塩漬けのタラ
ハチミツを使った焼き菓子と何でもござれです
今、裏口に馬車が入っていきました、荷台に溢れださんばかりは
ノルド海産のニシン、イリッシュのジャガイモ、カルタゴのイチジクです
入れ替わりに黒い馬車が出ていきます、乗っているのは残飯です
王都の外に捨てに行くのです、学園の正門をくぐると
薄汚れた人影が
彼らは運が良ければ、食べ残しのジャガイモにありつく事が出来ます
さらに幸運な者は干し魚の骨の間に残った身をしゃぶる事が出来るかもしれません、彼らは強い者たちです
弱い者たちは押し退けられて馬車に近づくことが出来ません
幼子や老人、乳児を抱えた親たちです
その多くは冬を越せません
死体は警備隊によって速やかに王都の外に捨てられます
遠く昔、ルメルナメルは
神々と人々によって認められ王権を信託されました
サコルジの子、イゴン王は倉を開いて多くの穀物を臣民に施しました
マルドゥック神の子、スビルウマシュ王は西方の
北方の
アヤヒワの子、バヌイ王は大堤防を築いてテバヌイ川を治め
田畑を拓いて多くの麦をもたらしました
しかし、貧民はまだまだ多く、食べ物は少なく、テセヌウ川の乱れは激しく
南方からはイクルートウの侵入が絶えません
これらの諸課題は、今、貴方達に託されました
神々と人々によって信託された王権によって
貴方達に
王国は貴方達に最良の教育と最良の食物とを提供します
貴方達は
天与の才を持つ者、たゆまず努力を続けてきた者、その二つを備えた者
ニヌルタ神の試練によって
或いは先達の推薦によって貴方達は選抜されたのです」
まア、私を見出した”見識”は認めてやってもよいだろう
だが・・・・・・
学長先生様は
打ちのめされ、打ち捨てられ
地べたを這いずり回る”負け犬”を救えと言いたいらしい
「愚劣だな」
つい、哄笑してしまう
そのような聖人ごっこは愛情と優しさに溢れた篤志家様のやることである
慈愛に満ち、困っている者を見捨てておけぬ
「みいーんな大好きなのー(笑)」な聖女様(笑)のやることである
「”神童くん”を集めておいてやらせることがソレか」
つい、いらだちがつのってしまう
「貴方達には使命があるのです
公正と慈悲によって王権を擁護し、世界から不正と不幸とを取り除き
邪悪の元にある人々を救う使命があるのです」
「偽善だな」
つい、ほき捨ててしまう
つい、虫さんが走ってしまう
つい、反吐が出てしまう
世界がそうあるものだと思い込む
「”真実”を見せてやらねばならないようだな」
足元に魔力を集中する、みるみると大地がせり上がり
巨大な演壇が私のために隆起する
視界は広がりゆき人々は眼下に小さくなってゆく
生徒たちが
教師たちは右に左に迷い一人が声を張り上げる
「きっ君っ!、何をしているんだ!(←見ればわかるだろう)
学園内では許可を取らない限り魔法の使用は禁止だ
直ぐに止めなさい」
「ふん、お規則の
ばかたちを見下ろし声を張り上げる
「君たちは
何不自由なく育ち、求めれば与えられ嫌がれば
君たちは知らないだろう、分からないだろう
矢の雨の下を生きるということが、火と
心に”闇”を住まわせるということが!、”世界の真実”が!」
言葉を切り、左から右へぐるりと見渡す
生徒たちは胡乱げな目でこちらを見上げ
教師たちは右に左に駆けずり回っている
「君たちはこう思っているのだろう、”世界”は美しくあると
愛と優しさで満ちていると!、光は闇を打ち払うと!
慈悲によって安寧をもたらせると
思いやりの
哀しみが押し寄せてくる、目頭が熱くなる
つい、涙がこぼれてしまう
頭を振って涙を振り払い、細く、悲しげな声で彼らに告げる
「端的に言おう、それは誤りだ」
ざわざわと音がする、やがて、静まり返る
そして、”世界の真実”を告げる
透き通った、しかし、大きな声で
「世界を支配するのは”慈悲”ではない!
”思いやり”でもない、”
圧倒的な”
歴史は作り上げられる!
”真の強者”、
人々はただ
圧倒され、真実に打ちのめされ、言葉も出ないようだ
「!この世界に存在するのは”勝者”と”敗者”だけだ!
他には何もない
優れた者は劣った者を打ち負かす、世界と歴史を作り上げる
劣った者は滅び、或いは奴隷となる
これこそが”世界の真実”だ
ならば
この学園は”選抜”の場だ、最も優れた者が自らを選び取るための
”真の強者”であることを示すための」
呆けた群衆を見回し声を張り上げる
「我こそは、と思う者は”力”を見せろ!」
右の拳で自らを指し示す
「この私を倒しに来い!!」
空気が止まっている、人々は凍り付いたように動かない
その中から一人がおそるおそると進み出る、制服を着こんだ
がんもどきのような女である
「あ、あの
いま入学式の途中で学園生活についての説明もいろいろとあるので
「そうか、わからないか」
落胆してしまう、この、私としたことが
ミスラ魔法学園・・王国で一番の神童たちが集う最高学府
そして・・”世界の真実”を理解できない
戸惑いを浮かべた沢山の目が
演壇の上で学長先生様が茹で
喚き散らしているのが目に入る
「
つい、嘲笑してしまう
「やれやれ、こいつらを救う方法は無いのかもしれないな」
魔法を解除する、土の”演壇”はみるみると崩れゆき
巻き上がる砂塵に紛れ私は去ってゆく
「ふん、ゴミ共が」
「ミスラ魔法学園、王国の至宝たる選良の都」
などと彫りこまれたプレートを高くに掲げた正門をくぐり
街路へ踏み出せば
黒い茶色い、布切れなのか垢なのかそれとも地肌であるのか
よくわからぬ物体に巻き付かれた
下水道の端の堆積物のような男たち
干した茄子の
骨と皮だけの姿にまで痩せこけて落ちくぼんだ目と
暗緑色の肌のざらつく、まるでゴブリンのようなゴブリン
周りをうろつく貧民の群れ
「可哀想だな」
つい、微笑を
彼らに存在する価値はあるのだろうか?
生かしておいてやる価値はあるのだろうか?
「そんなものは無い」と人は言うだろう
「資源の浪費だ」と心ある者は言うだろう
「目障りだ」と美を愛する者は言うだろう
まア、その通りではある
だが、彼らにも全く価値が無いわけではない
光は闇があってこそよりいっそうの輝きを放つ
影こそが事物の輪郭を浮かび上がらせる
そう、このような虫けらこそが”真の才能”を引き立てる
己の無様を晒すことによって
”勝者”に踏みつけられることによって
虫けらの中を光が進む、
誰も
光が彼らの目をそらさせ頭を背けさせている
私を遠巻きにして足早に通り過ぎていく
まア、便利ではあるな
虫よけの効果があるようだ
”ミスラ魔法学園”の制服、これから王国の中枢を担う”選良”たる証
栄光ある王都の淀みで呻吟する”敗北者”達の目には
余りにも眩しいのだろう、見ていられないのだろう
近づくこともできないのだろう
人ごみに入っていく、次々と”人”モドキが除けていく
スイスイと進んでいく、実に気分がいい
暫くは制服を着てやっても良いだろう
踵を返し、再び学園に入っていく
まア、私もそこまで薄情ではない
この私に挑まんとする
それに・・・・・・・
左手に広がる学園の第六区画、王国の”兵術”の総本山
防護結界を備えた広大な練兵場、兵書を納めているのだろう
会堂には
まア、設備だけは立派なものである
研究の役には立つだろう
兵を操るというのはチェスを指すのと同じである
無数の
”真の強者”は自ら動きはしない、泥にまみれ、土にまみれ
駆けずり回り、這いずり回るのは
右を向けと言えば右を向き、左を向けと言えば左を向き
池を指せば飛び込み、崖を指せば飛び降りる
自主性が無く意思が無く、意思を持たせる価値もない
脳みそカラカラポンで
”真の強者”は堅陣の奥にいる
精鋭を侍らせ黄金の玉座に物憂げに座っている
その掌中にある
右にサッと振るえば兵はたちまち
左に振るえば
扇子を握った右手を伸ばし
各隊は本陣を軸とした円形に展開し
車輪の如くに回転して
扇子を振り下ろし自らも地に伏せるならば兵も伏せ転がって矢を
右に払えば横っ飛びに槍先を
下から上へと打ち上げるならば跳ね飛んで堅陣の柵を超越する
”兵術”とは、このようなものである
扇子の一振りによって縦横自在に盤面を動かし
突風に吹き散る
目も
電光石火の一撃に凱歌の轟きが続く
その采配は”芸術”と言ってよい
フッと笑みがこぼれてしまう
「私は、芸術家に向いているのかもしれないな」
搾った後のレモンのような風体の小男が演壇の上にいる
名は”ラカヌニントス”、”兵術科”の教師はコイツのようだ
「ええー
戦争と言いますのは兵を用いて王の目的を追求するものでありまして
えー、兵術と言いますのは将が兵を率いる上での技芸でありまして
その巧拙と言いますのが、しばしば戦争の勝敗を定め・まして
引いては国家の盛衰を決定する・事があるのであります
であるからにして、将と成る者は必ずこれを修める・・
と言うのが、求められるのであります
軍隊と言いますのは衆でありまして、えー、人の集まりであるわけです
ゴブリンにしろブレムミュアエであるにしろ人の集まりであるわけです
であるからにして
”人”というものへの深い理解が必要であるわけでありまして
当然ながら
のみならず、えー、戦争に際して兵を動かすには必ず
”敵”というものが、ついて回るわけです
これは自由意思を持ち、また
こちらの兵の活動をあらゆる次元で妨害せん
と、してくるわけでありまして
これに対応しつつ兵を動かしていかないと、いけない
そこに千変万化が生じるわけであります
従って兵術を修めようと言いますのは
神仙の理を究めんが如くに思われてまいりますが
そこは難しく、考えすぎては、いけない
と言うのも、”敵”もまた同様の困難に直面しているわけでありまして
それを克服せんとしているわけでありまして
それを、我が方の努力の総量が上回るならば
勝利を得るのは難しくはないのであります」
「えー、”兵術”の必要性とは
それはそれとして、皆さんが入学された事は実にめでたい
お祝いに皆で遠足に行きましょう、今日は準備をして、明日も準備をして
そうですカラハレイリ村に行きましょう、出発は一週間後です」
つい、ため息がこぼれてしまう
”遠足”である
”兵術科”の授業の多くは”遠足”で占められている
エノクへの遠足、ホイシュケントへの遠足
学園の全員で遠足、王都の貧民を集めての遠足
遥かボイオティアへの遠足、その向こうのオンパリオンへの遠足
「楽しそうだな(笑)」
つい、嘲りを浮かべてしまう
偉大なる”ラカヌニントス”くんは
お遊戯で生徒の歓心が買えると思っているのだろう
ばかな生徒たちの目の前に
豆大福をぶら下げておけば食いつくと思っているのだろう
まア、間違いではない
ピーチクパーチク騒ぎたいだけのヒヨコ君たちは大いに喜ぶだろう
この”世界”がどのようなものであるかを知らず
”お仲間(笑)”たちとチャーチャーキョーキョー大騒ぎしたいだけの
”お子様”たちはExcitingなRecreationに
キャッキャッウキウキしているに違いない
実に微笑ましい事である
”授業予定表”を一瞥する
遠足、遠足、講義、講義、遠足、遠足、兵棋演習
この
だが・・・・・・・・・
”兵棋演習”は興味深い
この学園のソレは陶製の小型ゴーレムを使い
戦争を再現する実に大がかりな物である
勿論、そんなもので”本当の戦い”が分かるはずもないが
派手なばかりで中身のない”戦術”とやらに拘泥し
教科書に従う事だけを教えられ、自ら考える力を持たない
可哀想な生徒たちの
「えー、心配はいりません、予算はついています
申請を出せば学園の備品を使うことも出来ますし
それで足りないものは外のお店で買うことも出来ます」
ラカヌニントスが私を指して言った
「クムルカル君、カラハレイリ村への遠足には何が必要かな?」
「クククッ」
つい、失笑してしまう
ラカヌニントスの顔が少し強張る
手をさっと目の高さに広げ
「さア、ビーチサンダルとパラソル、日光浴のためのロングチェア
と言ったところでしょうか?」
ラカヌニントスは少し顔を引きつらせ
「なるほど、必要な場面もあるかもしれませんね」
目を泳がせる、別の生徒に質問するつもりのようだ
元より、こんなお遊戯に参加してやるつもりはない
”時間”とは有意義に使うものである
”物事の本質”を見極めるために使うものである
”本質”は愚者にも分かるところに転がっていはしない
日のあたるところに「\ココデース/」と放置されている事は無い
誰でも見れるような教科書やありふれた碑文に
真理(註、まりではない)は載っていない
”真理(註、まりではない)”とは
図書館の隅に遺跡の奥に川底の石の裏にあるものだ
”本当の賢者”だけが
学園図書館の第27号室、ガリエン王紀資料室
木簡と竹簡の群れ、誰も寄り付かない暗い場所
”真理”はこのような場所にこそあるものだ
「ヘロディア君、カラハレイリ村への遠足には何が必要かな?」
「えっ、あ、カラハレイリ村は遠いので水筒が要ると思います」
「そうですね」
「ではみなさん、どのくらいの大きさの水筒が要ると思いますか」
「えと、えーと」
「水筒の大きさ、あるいは必要な水の量を求めるには何が必要か
考えてみましょう」
ムユギル王がNINJAを討ち取った年の第四の月
クオバン村にて2千の兵を挙げモサからコピスまでを3日で進軍し
キリクテペ町を物乞いがゴミ捨て場を漁るように襲った
透き通った白玉の
王子アルフォンソは銀色のたてがみを靡かせる愛馬メイヨンギルに
颯爽とまたがると、1万の勇士を従え出陣した
その列の長大なこと、猛々しいこと、勇壮なこと
どの顔もどの顔も
王国のために戦える喜びを
大恩ある王家のために進んで命を投げ出さんとする
忠勇無比なる誠心に満ち溢れていた
幾百の鎧は陽光に照り輝き
盾の上で目玉焼きが作れるほどであった
皆の澄んだ瞳は正義の炎に燃え足取りは強く一時も休む事は無く
輜重も騎馬も全力で駆けていた、ゴロツキどもを打ち果たし
キリクテペを救済せんとする気高き魂がそこにはあった
腐乱死体のような出で立ちのポショムルは
その
生ゴミのような取り巻きを従えてキリクテペの前に陣取っていた
プラチナブロンドの長髪はそよ風に波打ち纏う鎧は白銀に輝く
馬上の
聖剣レーヴァテインをすらりと抜き放ち
後方に集まってくる勇士たちを見回し声を張り上げた
「反徒一匹の首を持ってきた者には銀3シェケル
十二匹ぶんには35シェケル、奴隷の首一抱えは1シェケル
馬を奪った者には
ポショムルを討ち取った者は酒も女も金銀財貨も思いのままぞ!」
「ウウ”ワ”アア”ーーーーーーーーーーーッ!」
勇士たちの歓声が上がっった
キリクテペを取り巻く薄汚い、しょぼい、みみっちい天幕の群れに向かい
白刃を奮って突進した
しかし残虐で奸智に長け、詐術を用いて他者を陥れる才だけには優れている薄汚いポショムルが旗を振ると打ち鳴らされるカスタネットの音に合わせて横合いの山林より3万のゴロツキが
服と称するには余りにも惨めたらしい布切れを貧相な体躯にへばり付かせ
さお竹のような槍を持ち濁った
ゴブリン
小さく、弱く、知能が低く、皺だらけで、顎が飛び出し
骨ばかりが多く、豚の餌にもなりはしないゴブリン
そしてブレムミュアエ
冗談のような見た目のブレムミュアエ
イクルートウ
人のような身なりをしているが
人のうちに数えることの出来ないイクルートウ
自前の脳みそを持たず
未開の蛮族特有の整然とした隊伍を組んで迫って来た
勇士は一瞬で
気高き王子アルフォンソは糞ポショムルに向かいビッターンと地に伏せ
玉のようなお顔をジャリジャリと砂利道に擦り付けながら
「嗚呼、流石はフォスフォルの太守ポショムル様
泰然たる玲瓏たるその御姿、噂に違わぬ
いや、聞くのと見るのは大違い、想像を遥かに超える見事さ
感嘆の至りです
そして、その理念のなんと美しく高邁なる事っ!
私は貴方様にこそ付き従いたく、こうして王都の兵を引き連れ
参陣しにまいったのです」
なんと気高き魂なのだろう、兵を逃がすため、臣民を争いから守るため
王子は私情を投げうち王家の誇りをも投げうち極東に伝わる秘伝の奥義”DOGEZA”、その平身低頭の妙を以って戦乱を治めんとしたのである
汚らわしいポショムルは
強欲にもパールブ州とシェメウトンとを手に入れ
ゴブリンとブレムミュアエを住まわせたのである
~王国史~第16、
「下らない人たちだ」
つい、見下げ果ててしまう
”歴史”とは、ばかたちの軌跡と言ってよい
少し頭を働かせば分かるような事をしたり顔で語る”天才”たち
誰でも知っているような事を得意げに書き残す”俊才”たち
つい、悲しくなってしまう
後の時代の歴史家は彼らをどう書くのだろうか
我が時代と比べての、その愚劣さをどう取り繕うのだろうか
書くことが無くなったりしないだろうか?
つい、心配になってしまう
まだ見ぬ後世の歴史家たちの心労を慮ってしまう
やれやれ、これでは”学び”にならないな
「”研究材料”の
ほき捨てる
そして、フッ、と、自嘲気味な笑みがこぼれてしまう
自身の欲深さにあきれてしまう
「私は他者と歴史に、”求めすぎ”、なのかもしれないな」
フンババドレミソシケモクカラタケワリ鳥
濁流に押し流される木綿豆腐のように飛び
バッタのように跳ね、ブブゼラのように鳴き
カイワレ大根のように地面から生えてくる
意思が弱く操るには丁度良い
今月は”王都の貧民を集めての
思念を集中し魔力を込める、鳥の目が私の目となり翼が私の翼となる
”神童くん”たちがどのように
覗いてみるとしよう
開け放った第27号室の窓から翼をはためかせて飛び出していく
ドゥガチを越えドゥナイを越え
マキヤ山の頂上を横手に見やる高みから見下ろせば
山裾の岩と灌木の間にひしめく薄汚い人々が目に入る
乱雑な群れを成して進むのは貧民たちであり
その周りを走り回るのは
高度を下げて耳をそばだてる
「メシはまだかといつてるだるオ!」
「メシー」「メシーぃ」
「あの山を越えればプラートテアタ平原です、そこで昼食ですっ!」
「おーい」
「ヘロディアだ、戻ってきた」
「この先に開豁地はありません全て沼沢地と山林です」
「じゃあ地図が間違ってるって事なのかよ」
「メシー」「メシーィ」
「ここ、ストーンヘルムだよな?」
「間違いないよ、向こうにマキヤ山があるし
今通って来たのはモルゴン道だし」
「本当にモルゴンだったのか?、右に流れていたのはテセヌウ川だよな?」
「あっ、何人か離れていくぞッ」
「待って、待ってください!、列に戻って!」
「でもよォ、お嬢さんたちようおらの畑のよぅ、麦サ見ないといけねぇだ」
「手当は出ますから、それにこれは王命ですから」
「だどもぅ、おらん麦はめんこいだあ、そんで王命がなんだってぇ?」
「口答えするな!、これは臣民の義務だ!、命令に従えッ!」
「ナンダアアッ、このチッコイのガァっ、ぶっ殺しちゃるッ!」
バコッ、ベキッ
「やーレ、やーレ」
「喧嘩だぞオー!」
「やっちまえ!」
ドカッ、バコスッ
「クソッ、クソッ」
「メシー」「メシーィ」
ガシャッ、グショッ
「ヒュパティア!
お前は小さいんだからダイゴローと同じやり方じゃだめだ」
「わかったっ、分かってるよぅ」
「報告!、麦の残量は62ギル」
「ちょっとまて、レイレイの今朝の
いや昨日の夜の報告では97ギルあったはずだ」
「朝食?、じゃないですかね」
「待て!、どのくらい物資を消費している?、出発からどのくらい?」
「えーと・・・・」
「記録を持ってこい」
「記録は何処にある?」
「・・・・・」
「まさか、誰も物資の量を記録していないのか?」
「メシー」「メシーィ」
「・・・・・・・・」
「っレイレイだ、レイレイを記録係に任命する」
「了解!」
「それと、あの、目分量なので正確な事は言えませんが盗まれています」
「・・・・・・・・・」
「無様だな」
つい、嘲笑してしまう
実に微笑ましい”
うん?
視界の隅に一両の馬車が映じる、荷台に揺られているのは
”トゥール校長”か
これは興味深い、後をつけてやろう
校長が邸宅に吸い込まれていく、”ヘナグアトビス伯爵邸”である
「面白くなってきたぞ」
後ろを飛び、邸宅に侵入する
経る
うらぶれた背中の向こうで
人面コオロギのような顔貌の男が喚き散らしている
ヘナグアトビスである
「何だね?、あれは何だね?、君が推薦したあれは何だね?」
「私はあれをミスラ魔法学園に入学させた、”わたしの推薦”でだ!」
「私の名前でもって王国の高官たちに話を通したのだ!」
「あれはどういうことなのかね?、説明してくれたまえ」
「はて?、”推薦”とは?、私が一体だれを推薦したと言うのです?」
かの御仁の
赤色度1、膨張度1
赤色度2、膨張度2
赤色度3、膨張度3
赤色度4、膨張度4
「ふっざけっるナアアーーーーーッ!」
「お前が、お前が推薦したんだろうがーーっ!」
「あのガラクタは何だッ!、私のんっ!、私の立場も考えろよいッ!」
「ああ、”アレ”の事ですか」
「確かに”アレ”は”興味深い”あるいは”目立つ”、”刺激的”
”他の学生の学びとなる”などと申し上げましたが
これらはあくまで珍奇な物を見つけたと
報告を上げただけの事であって、他意があった訳ではございません」
赤色度5、膨張度5
赤色度6、膨張度6
「そうか、そうか、わかったぞ、貴様の所で持て余したゴミを
こちらに押し付けたと言う事なんだな、よーくわかった」
「大貴族たるこの私の所に
王国の中枢を担う人材の供給源たるミスラ魔法学園に
”アレ”を放り込んでくれたのだな」
7、7
「・・・・・・・・・・」
8、8
ベチーンッ
「きっさまには”誇り”が!っ
無いのかアアアアーーーーーーーーッ!!」
「・・・・・・・・・・」
「私のね、私だってね苦労しているんですよ!」
「地方の小さな学校で、人材も無い金も無い
あんなのに対処してる余裕なんて無いんです」
「王都にはうなるほど人がいる金もある
そちらで何とかしてくださいヨッ!」
16、16
32、32
64、64
128、128
「こっ、ころ、ころ」
「ころ、ころ」
「ころころ?」
「ぶっ殺しやーーーーーーーーーーーーーーる!」
伯爵はVolcanicな怒気を放散させながら聖剣レーヴァテインを抜き放つ
校長は顔を真っ青にしてずりずり後ろに下がりながら
「ま、待ち、お待ちくだされ、暴力はいけません」
「キョエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
伯爵は白刃を閃かせ校長に躍りかかった
刃が止まった、レーヴァテインが振り下ろされる中途で止まっている
白刃がプルプルと震えている、校長の両の手が白刃を挟んでいる
”真剣白刃取り”である
「ナヌイッ?」
伯爵はスゴイぐしゃぐしゃした顔で満身の力を込める
「ーーフッーーチッーーーーツィーーーーー!」
しかし
校長は汗を滝のようにぐにょぐにょした青白い顔にうにゃあーとしながら
「王都の・・くせに・・・煌びやかな・・暮らしをしている癖に!」
両の手が激しく前進し
ビューーン、ドーン
ズボガッ
伯爵が壁に突き刺さっている
よろよろと起き出し風体に見合わぬ大きな声で
「出会え!、出会え!、痴れ者じゃ!
ド田舎のしがない中間管理職じゃ!、
たちまち扉からアンフォラから
校長は門に向かい一目散に駆けだした
その進路上に数人が飛び出したかと思うと
校長に向かい一斉に飛び掛かる
校長は勢いのままに身を沈めると足を突き出し地面を滑る
ズサアアアアーーーーッと使用人の真下をくぐり抜ける
やがて砂煙が風に吹き散らされ視界が拓けると
校長が乗り込んだ馬車は既に動き出していた
もはや伯爵とその者たちに追う術は無かった
校長はスゴイ速かった、その学校は山河と密林の果てにあり
伯爵ごときが兵を送り込むなど出来そうになかった
「焼き鳥をプレゼントしてやろう」
調理台の側の焚火に向かって一直線に突入する
「パチン」
思念を切り、第27号室の窓を閉め、椅子に腰掛ける
「喜劇だな」
つい、笑いが漏れてしまう
”
”真の才能”
百年紀、いや千年紀に一人あらわれるかどうかの傑物が
もう一人、あの貧相な村に現れたと思ってしまったのだろう、滑稽だ
だが何故だろう?
如何にあの魯鈍でChildishでStupidな”
そこまでAcrobaticなMistakeを犯すものだろうか?
そう、犯したのだ、
”真の才能”を見出したことを周りから褒められ
あひゃひゃああーとなってしまったのだろう
そして”アレ”を掴まされてしまったのだろう
アレ、贋作、ニセモノ、真の才能モドキ
自らを”偉大な変革者”だと思っているトテモすごい人
尊大で周囲を見下し自らに大いなる価値があると思っているが
そのじつ凡夫にも劣る可哀想な人
実に
内実が伴うことは無く、あらゆる事業に紛れ込んでは
果ては国家をも
「可哀想にな」
つい、同情してしまう
校長が投げ捨てたゴミに
満開の笑顔でパックンチョと食いついてしまう愚かな可哀想な伯爵
”真の才能”と称する張りぼて細工を高く掲げ
高官たちに得意げに紹介する惨めで哀れな伯爵
「優しくしてやらないといけないな」
つい、労わりの気持ちが芽生えてしまう
「今まで”
「地図に間違いがあったのが大きかった
図書館にはもっと沢山の地図があるはずだし
見比べて進出ルートを決めるべきだった」
「自由日に下見を出すべきだった」
「絵がうまくて地図をかける人が適任だよな」
「メガラまでで、麦を685ギル消費していた
だから912ギルは必要だった」
「全て船で運ぼうとしたのが間違いだったんじゃないかな
この砂州からオンパリオンまで14エノクはあるし、それに
ストイコバジンとセネケクでは町や村にいって
物資を調達しなければいけなかった
結局、ロバを調達するはめになったじゃないか」
「でも912ギルを運ぶにはロバが32頭、半分だとしても16頭は要る」
「ロバはだめだよエショーニクとストーンヘルムには
ヤツメイグサが生えていない、牛車がいいと思う」
「船と牛車で川沿いを併進すれば8日でオンパリオンに着けたはずだ」
「王国史にはポショムルが2千の兵を引き連れて
モサからコピスまで3日で進んだとある」
「どうやったんだろう?」
「・・・・・・・・・」
”神童くん”たちは遠足の不首尾を嘆いているようだ
”兵棋演習”の初回は今日である
二つの組み、赤と青に分かれて対戦し
大半の兵が動けなくなった側の負け、との単純なルールである
研究の成果を試してやろう
勿論、”演習”が私の研究を生かせるほど高度なものであれば
の、話ではあるが
練兵場に人の背丈ほどの山が立つ
魔法によって地形が変えられていく
谷ができる道ができる砂の川ができる、向こうから黒い川が進んで来る
小さな小さな人馬の群れである、「キャー」「ワー」と高い声を上げながら
糸のような戟をひゅんひゅんと振り回し小さな手足をふいふいと振るい
乱雑な群れを成して行進してくるのである
傍らで”神童くん”たちが
「ちっちゃーい」「キャワーー!」「カワイイでごわす!」
と、如何にもお子様らしい嬌声を発する
ラカヌニントスが言った
「死者の魂を定着させたこれらテラコッタゴーレムは
さほど知能は高くありませんが、一定の人格と呼べるものを備えており・」
「バカトハナンダー」
ゴーレムたちが叫び始めた、ある者は腕を突き上げ
ある者はピョンピョン跳ねながら
「ヒッコメロー」「サベツハンタイ」「テッカイヲヨウキュウスルー」
「オレタチヲバカニスルナー」「オマエモシシャノクニニツレテイッテヤロウカ」
「えー、これらのゴーレムは高い知性を備えており
ある程度の自主性を有するほか訓練によって行動を変える事も出来ます」
ダイゴローとレイレイはキラキラした視線をゴーレムの群れに注いでいる
「えー、彼らは陶器でありますので衝撃が加わった場合、割れます
また、長時間連続で稼働させ続けた場合
活動に伴う微細なひび割れが拡大して、割れます
しかし通常の陶器と異なる点として次の三つがあります
第一に見ての通り動き回ります
そして自己修復能力を備えておりますので
微細なひび割れ程度であれば自動で修復されます
つまり普通に動き回っている分にはそれほど割れません
そして活動には酒が必要です
彼らの活動が停止するのは次の場合です
第一に割れた場合、第二、には酒が切れた場合です」
「以上が彼らの基本的な特徴になりますが
質問のある方はいらっしゃいますか?」
ティトウスが言った
「連続で活動できる時間はどのくらいになりますか?
また、休息は必要ですか?」
「えー、個体差はありますが人間のそれに準じます、休息も同様です」
ヘロディアが言った
「酒はどのくらいの量が必要ですか?」
「100ベール時当たり8から13テキロップが必要です」
レイレイが深刻そうな顔で言った
「割れたら彼らは死ぬんでしょうか?」
「えー、彼らは既に死んでおりますので、再び死ぬ事はありません
消滅するのかと言う事であれば
彼らの肉体、つまり陶製の人形が破壊された場合
彼らの魂はそれを離れて彷徨う事になります
つまり元の状態に復すると言うことです」
「・・」
「えー質問は出尽くした様なので東陣営と西陣営の
”最高司令官”を決めましょう」
「我こそはと言う方はいらっしゃいますか?」
「
響きは悪くない
まア、最初に”現実”を示し”神童くん”たちを
絶望の底に沈めてやっても良いだろう
だが、それでは彼らが余りにも不憫である
ほわほわぬくぬくの温室育ちである彼らは打ちのめされ
二度と立ち上がれないだろう
それに・・・・
あらゆる
圧倒的な
ニィと口端を吊り上げる
「実力は
初回の司令官はレイレイとティトウスに決まった
ラカヌニントスがサイコロを取り出して言った
「”両軍”は対等ではありません
片方は兵が多く酒は少量、もう片方は兵が少なく酒は多量です」
練兵場の東端の陣幕の内側にて
折り畳み式の椅子に”兵力大、酒少量”の
ティトウスは金槌を手にして座る
その前の地べたに小さなゴーレム達がわちゃわちゃとひしめく
ティトウスが陣幕の奥を指さして言った
「横隊!」
数百の小さなゴーレムたちがわいわいと動き回り
ぎこちなく横に広がっていく
数体のゴーレムの動きが鈍く隊列の態を成していない
ティトウスがそのゴーレムを指して言った
「ニカイ!、シフェン!、ザオルー!
既に横隊が出来上がっている時間だ」
「ハ、ハイデス」
「何故に遅れているのか説明してほしい」
「エト、エー、実際に試みてみますとね、これはなかなか難しいものであると
感じざるを得ない、と言うことがありましてですね
私共としましてもそれなりの努力をして実現を試みているわけですが
如何せん
漠然としすぎていると言いますか、司令官様のイメーヂされている
ものを掴みかねる所がありましてですね、それに加えてですね
全体的にですね、司令官様がそうふんぞり返っておられますとですね
私共と致しましても粉骨砕身のおもいでですね
陶器ですからじっさい割れるんですけどもね
ガシャーン
ティトウスが金槌を振り下ろした、シフェンは木っ端微塵になった
「ヒィー」
ゴーレムたちが縮みあがっている
ティトウスが言った
「先ほど説明した通り命令に従わない者
またその者を出した組は全員処断する」
「ニカイ組!、シフェン組!、ザオルー組!」
5、6体のゴーレムがプルプルしながら前に出た
ガシャーン、ガシャーン、ガシャーン、ガシャーン
「ヒェー」「オニー」「ヒトデナシー」
「ニカイ!、ヌグル組!、前に出てこい!」
ガシャーン、ガシャーン
ティトウスが群れの中から一体をつまみ上げた
「オタスケー」
ガシャーン
「そこの後ろに隠れているカズト!」
「ヒャアー」
ゴーレムたちがよってたかってカズトを前に突き出した
カズトが言った
「悪いのはシフェンなんです、あのノータリンのせいなんです!」
「連帯責任だ」
ガシャーン
「フェイウー!」
「ハイッ!」
フェイウーが飛び上がった
「貴方の組が最も迅速に動けていた、ラオ酒を70テキロップ与える」
酒の入った小さな筒がフェイウー組に配られた
「ゴンフー!」
「貴方の組は2番目に速かった、ラオ酒を30テキロップ与える」
ゴンフー組に酒が配られた
「アッ、アリガタキシアワセー」
1体のゴーレムがおずおずと前に出て言った
「アノ、エト、横隊とはどのようなもので・・・・」
ティトウスは一瞬はっとした表情を見せた後
筆と紙を取り出し太い横棒を書く
「こうして横に展開する、一人一人は一列に並び
それを幾つか重ねて長方形を成す
先ずヨーゴーの隊は右、ハンレイは中央、パファヌは左
この形に並んでみろ」
「いや、待て」
少し腕組みすると
木の枝を取り出し地面に何かを描き出した
「丸が中央、三角が左翼、バツ字が右翼
合図をしたらこの目印に沿ってなるべく迅速に並べ」
ゴーレムたちがぐだぐだと動き始め
ティトウスが動き回りつつ身振り手振りを交え
「茶番だな」
つい、愚痴を漏らしてしまう
下らないドタバタ劇を見続けても仕方ない
”演習”の時だけ来てやろう
「ゴーン」「ゴーン」「ゴーン」
”開戦”の合図の鐘が鳴る
「さアて、お手並みを拝見、といこうか」
練兵場の東端と西端にある陣幕から
小さな小さな人馬の群れがわらわらと流れ出る
東端の兵は赤い布を腕や首に巻き付け西端は青である
南端の櫓からは”両軍”の動きがよく見える
戟を持った兵、弓を持ち矢筒を背負った射手
弩を背負い腰に矢筒を下げた弩兵、四頭立ての戦車
東端のティトウスの兵は山の麓を進み平野に出る
列は列を成していない、雑然として長く伸び騎馬は広く散らばっている
「無様だな」
つい、失笑してしまう
何故、隊列を組まないのだろう?
何故、”群れ”に留まっているのだろう?
何故、”軍隊”をやらないのだろう?
”演習”だからだろうか?
真に強力な軍隊とは一糸乱れぬ隊伍を組んで機動するものだ
幾千万の
足並みを揃えて進軍する、そのとき大地を踏みつける
ザッザッとする音が重なって聞こえることは無い
それは完璧な一音なのである
方陣は正四角形、鶴翼なら
追い風を
水上を滑るが如くに千里を疾駆する
たとえ山があり渓谷があり河川があろうとも整然たる隊列の綻ぶことはない
翻ってあの”群れ”はなんだろう
擂鉢にいっぱいの小豆を抱えたゾンビがスッテンコロリンと
ひっくり返ってぶちまけられた小豆のようなあの”群れ”はなんだろう?
しかも先頭をゆくのは牛車である
酒の入った筒を荷台に積み上げた不格好な牛車である
”群れ”は立ち止まり、またしばらく進んで立ち止まり
先頭から筒を回して酒を飲む
つい、苦笑してしまう
前方を戦闘部隊が進み、後方に補給部隊が続く
これが進撃の基本である
遅く、戦闘力のない補給部隊を前方に配置する
?
この”
ティトウスくんは他人と違うことがやりたくて仕方が無いのだろうか?
パンの下に
足に帽子を履きたがるお年頃なのだろうか?
案の定、足の遅い牛車は
坂に段差につっかえつっかえして行軍を遅らせる
「無残だな」
目も覆わんばかりの惨状と言うほかない
反対側はどうだろう
”酒多量”のレイレイちゃんの兵は練兵場の西端と中央の間にある
高地にたどり着くと
”酒の入った筒で”、である
「フフッ」
つい、吹き出してしまう
何がしたいのだろう?
守りを固めているつもりなのだろうか?
貴重な物資を壁として用いるつもりなのだろうか?
もしかして
”物資”の重要性がわからないのだろうか?
残念ながら・・・・
それは大いにありえる事だ
太古より、愚かな軍人は”物資”の重要性を理解しない、いや、出来ない
何故なら、軍人と言うのは刀で敵をぶった斬る事しか頭にないからである
捩じ切った敵の首を頭上に掲げてはドンドンと太鼓を打ち鳴らし
服を脱ぎ捨て力こぶを作り
己が筋肉を見せつける事しか頭にないからである
キリクテペからバンデーまで
多くの軍隊が”物資”の不足により敗北してきた
圧倒的な数を誇りながら、強力な武器を携えながら
矢の欠乏によって、あるいは食料の欠乏によって破滅してきた
多くの人々は戦いの帰趨を定めるのが
強力な武器や華麗なる戦術だと思っている
堅甲を着こみ強弓を射かければ戦に勝てると思っている
だが、”勝敗”はそんなところでは決まらない
強力な魔法や鋭い穂先が勝利を呼び込むことは無い
真に勝敗を決めるのは・・・
レイレイ軍の東端の騎馬が馬首を廻らせ西端の陣幕に向かって駆けだした
始まったようだ
レイレイもティトウスも東端と西端の陣幕の中にいる
そして、外を覗いてもいけない、これが”
当然、司令官は陣幕の中で命令を下し
ゴーレムを走らせて伝達させる事になる
実に馬鹿げている、これでは戦況を見回して命令を下せない
いったい何故、このような
”生徒たちがミニチュアーの争いを見て興奮するから”、であろう
ぴょっぷぱぴーと跳ね回り
キャッチョッイケーーヤアーアーと奇声を発して応援し
演習にならないからだろう
まア、先生方の苦労もわからないでもない
人類は未だ猿の群れを統御する方法を会得してはいない
だが、教育すべきは”人間”それも”真の強者”である
端的に言って猿に教育は無駄である
高地に点々と散らばったレイレイの砦は何れも完成にはほど遠い
物資を乗せた牛車が本陣との間を行き交い
兵たちは物資を積み上げて土を盛って壁を作り、その向こう
東の遠くに騎馬の影がある、赤い布を着けている、赤い旗を上げた、振った
その遠く後ろでも赤い旗が上がる、同じ動きで規則的に振られている
長く伸びたティトウス軍の縦列の先頭から後尾へと順々に
旗が上がっていく、同じ動きで振られている
十数秒のうちに東端の陣幕の前に達すると
わずかの間を開けて入口にて再び赤い旗が、今度は別の動きで振られ
縦列の後尾から先頭へと伝っていく
「オウタイチュウシ」「オウタイチュウシ」
音集め貝から甲高い声が聞こえてくる
一抱えほどの大きさの
「オウタイチュウシ」「トツゲキ」「トツゲキ」「ソノママツッコメー」
赤い布を巻き付けたゴーレムの群れは隊列も組まずに真っ直ぐ突進する
「ユミ」「ユミ」「ハナテ」
砦から疎らに放たれた矢が群れに降り注ぎ
硬い音と共に数体の腕に肩に矢が当たり、ひび割れが走り
腕が落ち転がり跳ね散らばり踏みつけられる
忽ちのうちに人馬の流れは幾つもの砦を飲み込んでいく
矢は多くなり絶えることが無く北にも西にも南にも飛んでいく
赤い布は壁を迂回して乗り越えて浸透する
そこらじゅうで戟は振り回され
陶器が割れ砕け黒く飛び散り降りかかる
砂煙が高地の西端より北端を経る半円を描いて南に進み
坂の上へと流れ込む縦列の側面に速度を上げて突っ込んだ
馬と車輪の群れが小さな人影を蹴散らしていく
ゴーレムは跳ね飛ばされ牛車は横転し酒の筒が割れ中身がぶちまけられる
逃げ散るゴーレムが車輪の下に砕け散り背に矢を受けて割れ
戈に頭部を打ち砕かれる
車列が通り過ぎた時、そこに縦列は存在しなかった
ただ砂と土と陶器の破片ばかりがあった
そこへ砂煙が向かってきた東方から登ってきた
レイレイの戦車は細々と矢を放ちながら馬に酒を飲ませ兵もまた酒を飲むと
空の筒も中身のある筒も投げ捨て高地を下っていく
次第に速度が増し車体は弾み巻き上がる砂塵は強くなる
車体の横に戈が倒された、先頭がすれ違った、ゴーレムの頭部が飛んだ
車列は交錯した、何両かが動きを止めた
生き残りは後背に突き抜けると、大きな弧を描いて旋回し
再び相手に向かっていく、轍は縦横に走り間を矢が飛び交った
やがて動くものは無くなった、車は死に、馬が疎らに立っていた
「エンジンボウギョ」「エンジンボウギョ」「ギッシャヲカベニセヨ」
西端の陣幕から来た騎馬が叫び、走り回っている
赤い布を巻き付けた群れが高地を席巻し尽くの砦は潰えている
北辺に残る幾らかの勢が牛車を並べ円陣を作っている
そこに赤い群れが殺到していく、先頭が矢に打ち倒され
後続の途切れるは無く陣を飲み込んでいく
「見るところがないな」
つい、あきれ果ててしまう
隊伍も成さず、
ただただ武器を掲げて前進し、ぽこぽこと殴り合う
これがこの”学園”の
まア、最初から分かっていた事ではある
「ティトウス君の勝利です」
ラカヌニントスがのんきな声で言った
ティトウスは満開の笑顔である
レイレイは練兵場の隅の木の皮を剥がして悔しがっている
わずかに数体が残ったゴーレムは酒の涙を流して嘆いている
「Cheepだな」
つい、失笑してしまう
”演習”とは名ばかりの、砂場で遊ぶ小児の戦争ごっこ
それに勝利したぐらいで大喜びするティトウス君の
この程度の相手にも勝てない
まるで国家の興廃を定める大勝を逃したかのような
悔しがり方をするレイレイ君
まア、彼らにとっては一世一代の大勝負だったのだろう
そのMinimumな脳みそを全力で動かしカラッカラに乾いた雑巾から一滴の
「健気だな」
つい、愛おしくなってしまう
彼らは知らないのだろう、本物の
一糸乱れぬ戦列が前後左右上下から襲ってくる修羅場である事を
詭術の世界である事を
あらゆる
”真の才能”だけが
「負けたあああああああ”」
「だいじょうぶだいじょうぶ
ティトウス君だって3分の2を失っているんだから
結構いい勝負だよん」
「いやあー通信体制の確立は見事でした、今まで見てきた中で一番です」
「wwいへあwそれほどでもないですよwwwうふう」
「行軍縦隊のまま突撃するとは、あの判断のタイミングは完璧でした」
「ティトウス君スゴーイ」
「wえへwwあうへほw」
「あの判断が少し遅れていたら負けていましたね」
「wうwwですですw紙一重でしたw」
まア、
”神童くん”は”神童くん”なりに大いに頑張ったのだろう
その純真さ
つい、目頭が熱くなってしまう
「褒めてやらないといけないようだな
そして・・・・・・」
「すーばーらーしい」パチパチ
ゆっくりと大きな声で、胸を反らせ拍手しながら
”群れ”に割り込んでいく
”神童くん”たちが一瞬、硬直する
鳩が豆鉄砲を食らったような顔
雉が水鉄砲を食らったような顔
鷺が肘鉄砲を食らったような顔
「フフッ」
つい、笑みがこぼれてしまう
私に褒められる事がよほど意外なのだろう
まるで天上より賞賛の声が降ってきたように感じているのだろう
まア、間違いではない
だが・・・・
お子様たちの涙ぐましい努力を無下にしてやるほど私は
「私も
つい、自嘲してしまう
首を傾けて、自身の甘さにあきれてしまう
目の前でティトウス君が引きつった笑顔で固まっている
手を大きく広げ、薄い笑みを浮かべて賛辞を述べてあげる
「みーごーとでした、流石は王国の柱、”ミスラ魔法学園”
に、通えるほどの人財、いや、逸材、の、面目躍如
こんな演習であるとはいえ、あんな相手であるとはいえ
力を尽くして勝負に臨んだことは
堂々たる騎士道精神の発露ではあるでしょう
機知に富み縦横自在に兵を動かす事だけが価値ではない
言われたことに素直に従う真っ直ぐさ、がむしゃらでひたむきな努力
それは
ティトウスは硬直した笑顔で頭をかきながら
「あ、あはは、それはどうも、うれしいなあ」
ラカヌニントスが言った
「えー、えと、ティトウス君の将軍ぶりは実に見事なものでした
あなたは本当に優秀です、これほど見事に集団を統制できるならば
必ずや将官として大成するでしょう」
ペリペリペリパリパリパリと木の皮を剥がしている女に向き直る
「なーかーなーかの健闘ぶりでした、たとえ
それはあらゆる仕事、いや、人に使われる仕事に限っては、ですが
真にUsefulな資質だ、誇りを持っても良いのですよ」
レイレイが風呂に入れられる猫のような顔でこちらを見た
ラカヌニントスが言った
「高地をそのまま押さえるのではなく、その広さ、兵力に対しての広さを
計算に入れ要地にのみ砦を配置する判断
押し込まれたときに牛車で円陣を組み即席の陣地を作る判断
何れも的確でありました
惜しくも敗れてしまいましたが
戦車隊のゴーレムが迅速な反撃を自主的に行ったことは
あなたの戦術教育の優秀さを証明しています
将官としてのあなたの資質は非凡なものです」
ラカヌニントス君は生徒のフォローに必死のようだ
深窓の御令嬢の玉のような
だが・・・・・
人間は敗北から学ばなければ成長しない
”自らの欠点を直視して改善し続ける”
これを出来ない者が最終的な勝利を得る事は決してない
「私が”反省会”をしてあげよう」
首を傾けて生徒たち、そして観客たちを見回し
「君たち」
ニィと口端を吊り上げ問いかける
「”レイレイ君”の”は・い・い・ん”が分かるかな」
戸惑いの顔が並んでいる、ある者は目を泳がせ
ある者は息が詰まったように絶句している
やはり、わからないようだ
生徒たちの中を左に歩きながら静かな、しかしよく通る声で
「レイレイ君は敗北した、何故か?」
「兵力に乏しかったからだろうか?」
「築いた”砦”が玲瓏たる大要塞ではなかったからだろうか?」
振り返り右に歩きながら続ける
「ティトウス君があまりにスゴイ
「それとも、レイレイ君に神々のご加護(笑)が無かったからだろうか?」
生徒たちを振り返り手を広げて告げる
「これらは全て、誤りだ」
声を張り上げる
「レイレイ君の敗因、それは」
「
生徒たちを見回す
絶句したまま固まっているようだ
彼らには”
そのような形を持たないものが勝敗を定めるとは思いもよらないのだろう
ピッカピッカした剣やスゴイカターーーーイ鎧によって
勝敗が決まると思っているのだろう
「ククク」
つい、嘲笑してしまう
勿論、私は
その”先”がある事を知っている
真に勝敗を定めるのが
だが、それらはあまりに高尚すぎる
平均的な人間への”教育”は初歩的な事から始めるものである
”本当の才覚”を備えた者にとっては
時間の無駄以外のなにものでもないのだが
この場所には”神童くん”しか存在しない
つい、心配になってしまう
これから王国の中枢を担うであろう若者たちがこの
王国の未来はどうなってしまうのだろう?
衰亡の坂を転げ落ちていくのではないだろうか?
破滅の岸から飛び出していくのではないだろうか?
奈落の底へ墜落していくのではないだろうか?
勿論、王国がどうなろうと私には関係のない事である
”強者”には関係のない事である
だが、可哀想な弱者たちは困るだろう涙するだろう
”
生きていけないような
悲嘆に暮れるだろう嘆き悲しむだろう転げまわるだろう死ぬだろう
まア、その光景は面白そうではある
だが、私とて
認めたくはないものだが、優しい心もある
「”講義”をしてやらないといけないようだな」
大きく手を広げ生徒たちに告げる
「私は君たちが心配なんだ
日々侵入する土人を打ち払えるだろうか?
毎年出現する魔物を打ち破れるだろうか?
お貴族様のでろでろ
ナイフとフォークを
生徒たちは
パチンと指を鳴らす
風が強く吹き土は動き出しせり上がる
練兵場の端に四角い土の枠が出来上がり
その中に盛り上がる土は練兵場の
山ができ谷ができ平野が表されると
青く光る小人の群れが現れ高地に幾つかの円形を形作っていく
そこに東方から向かうのは赤く光る小人の群れである
先般の演習における両軍の態勢を模している
ニィと笑みを浮かべ、ラカヌニントス君に視線を向ける
「君たちに
生徒たちの前をゆっくりと歩く
「演習でティトウス君が何をしたか見ていただろう?」
「彼はただ前進し攻撃した、そこには何の工夫も
”隊列”すら無かった」
「そして、レイレイ君はその
「何故だろう?」
立ち止まり
クィッと顎を上げ生徒のおつむに話が沁み込むのを待つ
そして
「簡単な事だ、レイレイ君は何もしなかった
貴重な物資を積み上げて”砂場遊び”をしていただけだ」
「すなわち!」
「レイレイ君は何かをしたことによって敗北したのではなく
何もしなかったことによって敗北した!」
扇子を胸に当て再び歩き出す
「では、レイレイ君は何をしたらよかったのだろう?」
生徒たちを見回し問いを投げかける
どの顔もどんよりとした目をこちらに向けている
何も思い浮かばないようだ
「一つは”側面攻撃”だ」
パチンと指を鳴らし扇子で青い光を指し魔力を繰る
”青”はまとまって矢の形、
南へ進み丘を越え平野を横切り大きく円を描くように扇子を動かしていく
青の矢が丘を越え平野を横切って長く伸びた”赤”の横っ腹に突っ込んでいく、貫く、赤い光は一瞬強くなり、そして砕け散った
扇子を戻し生徒たちを見回す
「そう、レイレイ君はこうすればよかったのだ」
ラカヌニントスが書き割りのような笑顔で言った
「な、なるほど、そのような手があったかも知れませんね」
ダイゴローはちろっとラカヌニントスを見やると
「”赤”は左から突っ込んでくる”青”に向き直ればいいだけだ」
「フフッ」
つい、苦笑してしまう、”机上の空論”とは、このことである
「向き直る?、側面攻撃や背面攻撃に対して
向き直る事が可能だと思っているのか?
そんな事できはしない、それがルールである
それとも、この”学園”の”教科書”にはそのように載っているのかな?」
ダイゴローがブツブツと続けている
「彼の練度が低い場合はそうでしょうが
先ほどの演習には当てはまらないでごわす」
練度が低かろうと高かろうと側面を突かれたらどんな大軍も一瞬で崩壊する
それに、こいつはティトウス君の兵が優秀だとでも思っているのだろうか?
ヘロディアが言った
「これだけ見通しの良い平野を
左手から進軍してくる敵に対して何の行動も起こさない?
斥候を広く展開しているのに?」
ヒュパティアが言った
「側面攻撃を行うには伏兵を以ってするか、でなければ
彼の正面を我の正面攻撃で以って拘束した上でなければ困難、です」
「Non Non」
眉間の前で指を振る
こいつらには”
全ての状況を把握し如何なる事態にも対処できる
だが、そのような
「悲しい事だな」
つい、嘆きをこぼしてしまう
残念ながら世の殆どの人間、そして
自分で考え行動する事が出来ない、彼らは”周り”が動く通りに動き
喋るとおりに喋り考えるとおりに考える
そこに意思は無い、従って戦術的柔軟性もない
そして、そこにこそ
生徒たちを見回して告げる
「君たちは
「なら、私と勝負しなさいよ!」
突然、左翼から怒声が飛んで来る
見やればラカヌニントスの後ろに顔がある
教会の鐘にべっこんべっこん打ち付けられる
ニィと口端を吊り上げる
「ちょうど良い」
こいつらは”お手本”を見せてやらないと理解できないだろう
いや、それは彼らを買い被りすぎだろうか?
ラカヌニントス
「えー、えー
クムルカル君はまだ準備が十分に出来ていないと思いますので
今後ですね、準備が十分に出来次第としましょうかね、ね?」
「ククク」
つい、冷たい笑みを浮かべてしまう
ミスラ魔法学園のラカヌニントス君には都合が悪いのだろう
彼の教えてきたものが、太古より連綿と受け継がれてきた兵術が
王国の歴史と先祖の編み出したものが、今、ここで打ち破られることが
紙切れのように引きちぎられることが、怖くて仕方がないのだろう
だが・・・・・・・・
大きく向き直り、告げる
「ラカヌニントスどの、勝負を忌避していては兵術の進歩はありません
それとも、打ち破られるのが怖いのですか?」
「えと、えー」
レイレイが喚く
「&%’#%%>ッーーーーーー!」
ラカヌニントスが言った
「そうですね、そうですねっ!、やりましょう、やりましょう」
いそいそとサイコロを出し地面に転がした
出目はアルフォンソ王子だ
私が”酒多量、兵力少”、である、つまり簡単に勝てると言う事だ
まア、ハンデのある方が面白いのだがな
「当たりだっ」
酒少量のレイレイ君は何やら喜んでいる様子である
”兵力大”が、嬉しいらしい
「愚昧だな」
つい、憫笑してしまう
強力な
真に勝敗を定めるのは”
すなわち
如何に多くの物資を用意できるかと言う事だ
敵に向かって雨あられと放たれる矢、次々と前線に到着する光り輝く
まるで泉のように湧き出してくる隆々たる
そう、全ては”補給”が戦いの帰趨を定めるのだ
華麗な戦術とは、まア、余技である
真に勝敗が定まったあとのお
それを見せてやっても仕方ないのだが
”神童くん”には
スッと首を傾ける
「まア、遊んでやろうじゃないか」
そして、練兵場の東端と西端にある陣幕を見やる
「不合理は取り除かないとな」
「ラカヌニントスどの」
大先生に声をかける
ラカヌニントスが上ずった顔と声で言った
「はい何でしょう?」
「
先生殿はあのような陣幕に閉じこもって
戦況の把握が出来るとでも考えていらっしゃるのですか?
それとも
ああでもしなければ生徒たちの興奮を抑えられないのでしょうか?」
ラカヌニントスは目を泳がせると
「えー、あのゴーレムたちは小さいですが
実際の戦場で将が指揮するのは身の丈の変わらない兵士たちです
その背中に遮られて遠くを見通す事は中々できない
街中にいて街の全体を見渡すのが難しいのと同じです
戦場全体を見渡すことなど出来ませんし
敵の動きは勿論、味方の動きを把握する事も極めて難しい」
「ならば、憑依の魔法を使って上から見ればいい!」
「その種の魔法は広域結界によって簡単に防がれてしまう
小さな部族との争いならともかく
まともな軍隊を持った相手には使用できない」
「簡単な事だ、高台に陣取ればいい、高台が無いなら
高い塔を築けばいいだけだ」
「そ、そうかも知れませんね、なるほど、なるほど」
「”不合理”な風習は不要だ、陣幕は撤廃する」
「えと、えー」
「えー、レイレイ君!」
「あ、私は陣幕の中から指揮しますので
そちらの陣幕は取り払ってください」
「はい、あ、分かりました、ではクムルカル君の陣幕は取り外します」
「愚かだな」
つい、嘆息してしまう
不合理なルールに自ら閉じこもる奴隷根性、流石は優等生クンである
ただひたすらに周りの言うことに従って生きてきたのだろう
親が勉強しろと言えば素直に「ハイ!」と言って勉強し
泣けと言えば「ハイ!」と言って泣き
泣くなと言えば「ハイ!」と言って泣き止み
ハイハイしろと言えば「ハイ!」と言って
”正解”は与えられるものだと思っているのだろう
常識を疑い周囲のありように疑いを抱くなど想像の
自分の頭、自分の考えが存在するとは思いもよらないのだろう
?
待て、レイレイ君に頭は存在するのだろうか?
?
「えー、演習は三か月後です、それまでに準備を整えてください」
練兵場の東端にて折り畳み式の椅子に座り倉庫に目を向ける
「ワー」「キャー」
赤い布を巻き付けた小さな人馬の群れがやってくる
声が聞こえてくる
「コンチワー」「ヨロシクー」
ちろりと見やる、まア、いいだろう
”神童くん”が使っていたのと同種の
”
机に目を向ける、上に砂場が乗っている
魔力を集中し練兵場の地形を再現する
扇子を動かし青い光と赤い光を動かす
”決戦”まで二か月
どのような
側面攻撃はどうだろうか?
侵攻してくる青い光、レイレイ軍、その側面を衝く
弧を描くように扇子を動かす、赤い光もまた弧を描くように
機動し横殴りに青い光を打ち砕く
いや、ありきたりすぎる
クオバンでムユギルがやった両翼包囲はどうだろう
クロスさせた両腕をゆっくりと広げる
赤い光が翼を広げ青い光を包み込む
包囲環の中で青は消滅する
誰でも思いつくような簡単な策である、芸がない
あるいは
伏兵を用いるのはどうだろう
我が軍の斜め前方に地下宮殿を建設し兵を隠匿する
進んで来る青の光点、スッと扇子を一閃すれば
青の側面に突如として赤の光点が現れ
驚愕に慄く敵を粉微塵に打ち崩す
悪くはない
だが・・・・・
やや地味でもある
そして、”地下宮殿”のアイディアはともかく”伏兵”は戦史にしばしば
出てくる語でもある、オリジナリティの欠如は否めない
かつて存在しなかった
世界を席巻し歴史の流れを定めるそれが
この小さな練兵場に初めて姿を顕した時、人々はどれだけ驚愕するだろう
目の前で起きた事を信じられるだろうか?
その重要性を理解できるだろうか?
その価値が分かるだろうか?
当に今、自らが歴史の
ニィと口端を吊り上げる
”
無数の小部隊からなる
上空から鳥観する時それは無数の黒点であって広く散開し
不定形の津波と化して進軍する、敵軍が押し来れば、黒点は右へ左へと躱し
決して強く当たる事が無い、さながら、
敵軍が
水を傷つける事は出来ない、そして敵は気づくのだ
全周を水に包まれている事に
無数の槍先を揃えた我が軍に囲まれている事に
八方から群がり
如何なる精鋭も大軍勢も
太古より今世まで幾多の名将が現れ光輝ある歴程を史書に刻んできた
だが、彼らのうち一人として”軍は一塊となって動く”
との固定観念から脱却できた者はいなかった
兵は密集するものだと、戦列を組むものだと、そう
信じ込んでいたのだ、信じ込んでいる事にすら気づかなかった
いや、”ケルカミシュは軍を二つに分け
ヒルパッコスの軍を挟撃したではないか”と言う者もいるだろう
”セネンケールグは軍を三つに分け
リンシとケソンとウガリットを同時に攻撃しただろう”と
言う者もいるだろう
だが、それらはあくまで塊を複数に分けて運用したのにすぎない
ただ守るところが多いから、攻めるところが多いから
軍を分散したにすぎない
それは本質ではない
無数の小部隊、個々を”
は有機的に連携し鋭い毒針の群れとなって敵の死角を突く
如何なる精兵も
盾で蜂の群れを防げないように、城壁で防げないように
如何なる精兵も
剣で蜂の群れを切り倒せないように、矢で撃ち抜けないように
かつて、
かつて、
そう、これまでは
「ククククク」
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
つい、大笑してしまう
「神よ!、愚民どもよ!、後世の人々よ!、瞠目せよ!
いま!、ここに歴史の新たなる扉は開かれた!」
そして、ゆっくりと観客たちを見回す
引きつった笑いを浮かべた”神童くん”たち
キョトンとした表情でこちらを見る見学者たち、硬直したラカヌニントス君
練兵場の向こうを見やれば
レイレイ君が兵を整列させている
「いっちにっ!」「いっちにっ!」
と手を大きく振り足を強く上げ
行進するマネをしてトントンと足を打ち付ける
「イッチニー」「イッチニー」
横の小さな人馬の群れも同じく手足を大きく動かして
行進している様子である
「加油ー!」「加油ー!」
「イッチニー」「イッチニー」
「おうたーい!」
「テンカイ」「テンカイ」「オウジン」
隊列が横に展開する
「ぜーんしん!」
「ゼンシン」「ススメー」
横隊が前進する
「正面、右!」
「ミギ」「ムキヲカエロ」
横隊が右に向きを変える
「オサケ!」
「オサケ!」「サケダー」「ワーィ」
兵が酒に殺到する、牛車を囲む人垣が出来あがり後ろでは兵が
右に左に行き惑っている
「コッチハマダカ」「サケコナイ」
「ルーブー君、イシミン君、ごめ」
レイレイ君がしゃがみこんで二体をつまみ上げた
「ヒャァー」「オチルー」
「みんなこっちを見て」
隊列の上の空間に間隔を開けて並べ
「列と列の間はこのくらい」
それから二体を前後に並べ持って
「前後の間はこのくらい」
二体を隊列に戻し、左手に酒の筒をつまみ
右手に移し、左手に移し
「こうやって手から手へと渡していく!」
ぱちぱちと手を叩きながら
「よし、隊列を作る!、間隔はさっきの通り」
わちゃわちゃわちゃ
「よし、オサケ!」
ゴーレムたちがわらわらと動き隙間の多い隊列が出来ると
手から手へと酒の入った筒が渡されて、やがて全体へと行き渡る
「アアー」「サケニマサルモノハナシ」「テンジョウノビミデスナア」
「お遊戯だな」
つい、微笑んでしまう
彼らは知らない、待ち受ける運命を、その先に地獄の扉が開いている事を
ある意味で、彼らも幸運ではあるだろう、歴史に名を残せるのだから
石碑に名が刻まれるのだから
”最初の敗者”
として
眼前の山は荒涼として麓に平野は広がりゆく
黒土の山河である、南東よりの風は冷涼に吹きすさぶ
絹の裾は揺蕩い山肌に土埃の流れゆく
上古より幾千の将たちが
ある者は錬鉄の
また、ある者は糧秣にも事欠く浮浪者を引き連れていただろう
ムユギル王の時代には底の尖った
スビルウマシュ王の時代
青銅の剣と牛革の盾を持った兵の姿があっただろう
紀伝も無い時代、最初の”将”は何を引き連れていたのだろうか?
体に獣皮を巻き付け石の棍棒を手にした人々だろうか
木を削っただけの弓と槍、その石の穂先
綿の切れ端を身に着けた人間だろうか
視線を足元に落とす、戈や戟を手にした小さな小さなゴーレムの群れ
「ままならないものだな」
つい、自嘲してしまう
余りにも貧相だ、と後世の人は驚くだろう
余りにもささやかな門出だと歴史家は書くだろう
そして
王国を席巻し大陸を焼き尽くす炎と雷鳴の遠い祖形となるのだ
「ゴーン」「ゴーン」「ゴーン」
鐘の音は荘厳に響く
遠く向こうに茫と浮かぶ三角の陣幕、敵の本陣
湧き出してくる小さな人影、巻き付けられた青い布
入口の付近に酒の入った筒が積み上げられていく
目を閉じ、頭の中に練兵場の地勢を描き出す
山、平野、砂の河、レイレイ軍を表す青い光、我が軍を表す赤い光
想定される青い光の進軍経路、とりえる戦術
赤い光の進軍経路、とりえる戦術、山、平野、砂の河
光は進み、明滅し、ぶつかり合い、絡み合う
さながら二匹の蛇の争いだ
だが・・・・・・・
青い光は気づいていない、自らに尾がある事に
後方から物資が供給されている事に
兵術には”奥義”がある
”兵站”である
多くの者は兵站を知らない、そして知っている者も本質を理解してはいない
兵站とは物資を並べることであると、食べ物を鞄に詰めることであると
その程度の認識しか持っていない
だが・・・・・・・・・・
それは”兵站”の半面に過ぎない
実は”兵站”にはもう一つの使い道がある
それは”攻撃”である
軍隊の活動には物資が必要である、人の活動に水が必要であるように
これらのゴーレムに酒が必要であるように
物資が無ければ軍隊は一瞬たりとも存在できない
”兵站”の本当の使い方とは、兵術の奥義とは
すなわち敵の物資を絶つ
これである
赤い光が走る、山を迂回して後方に伸びていく
目指すは一点、敵の物資集積所
目を開き白無垢鳥の扇子を持ち上げる
青が進軍してくる、ただ一つの塊として
先頭に牛車を押し立てて、うず高く積まれた物資を後にして
スッ、と、扇子をそこに向ける
眼下の兵に令を下す
「第一軍!、右から大きく迂回して敵の”倉庫”を衝け!」
「リョウカイ」「メイレイジュリョウ」
眼下の小さな群れが動き出す
数体が右に進み、数体が追随し、また数体がこれに続く
砂の塊が崩れ砂粒の落ちるように、右に流れていく
右に進んでいく、ただ進んでいく、列も成さずに進んでいく
数体が進み、数体が進み、数体が進む
数体が進み、数体が追随し、数体が続く
右に進んでいく、ただ右に進んでいく
数体が進み、数体が追随し、また数体がこれに続く
砂の塊の崩れるように、右に流れていく
「ソウコッテドコダ!」「ドコソコダ!」「ドコイクンダヨ」「ミギダヨミギ」
何だこれは
「何をやっている!」
「隊列を組め!」
「何故、真横に動く!」
「第一軍、と言っただろう!」
「命令が聞こえなかったのか!」
「エトー」「デモミギッテ」「誰が第一軍ですか?」
「説明しただろう!」
「12、17日目の時に左半分にいた者が第一軍だ!」
「オレドッチダッケ」「おらは12日目ん時、左だったはずだ
17日目ん時、右だったはずだん?」「12日目って何時でっけ?」
「黙れ!」
群れの右半分を囲むように扇子を動かす
「この範囲だ!」
「この円の中の者は迂回進撃して敵の物資を破壊しろ!」
一体が前に出る
「アノースンマセン」「迂回と言うのは回り込むように進んでいくと
それで良いですか?」
「当たり前だ!」
「そんなこともわからないのか!」
今度は戟で向こう側の山を指している
「エトーソレデ」「向こうの山の向こう側に回り込む
で、よろしいでしょうか?」
「そうだ!」
「そう言っているだろう!」
「リョウカイ」「アラスミダ」
「待て!」
「隊列を組め!」
「エッ」「タイレツ?」「カツレツ?」
「ホラ、グンタイガマシカクニナラブヤツ」「アレダッ」「ソレダッ」
ぐちゃぐちゃと一塊に凝集していく
「ヨコニナラブンダロウ?」「マエカラナラブンダヨウ」
「モットツメロヨ」「ウゴケナイー」
一点に向かって全員が押し寄せて中央のゴーレムが圧し潰されつつある
「何をやっている!」
「間隔を開けろ!」
「ウゴケナイー」
「隊列だ!、隊列と言っているんだ!」
「
「ホウシ?」「ホウシ?」「ナニソレ?」「ウゴケナイー」
「矢の形だ、矢の形に並べ!」
「ヤダッテヨ」「ヤノカタチダ」「ウゴケナイー」
一体が指示を飛ばし群れの形を整えていく
「チガウ」「ソッチハヒッコンデ」「ホソクナラブ!」
細長い形の群れ、先端は三角形、後端は矢羽根の形である
「違う!、そうじゃない!」
「誰が”矢”の形にしろと言った!、ウスノロ共が!」
「”鏃”の形をしろ!、ボケナスがっ!」
やがて三角形の群れが出来上がり、一体が前に出て
「ゴランクダサイ」「サンカッケーガデキアガリマシタ」
「だから何だ!」
「そんなことは見ればわかる!」
「直ちに命令を遂行しろ!、ボケェ!」
「エト・・」「命令は何でしょう?」
「何度おなじことを言わせるんだ!」
「ニドデス」
「敵の倉庫を衝け!」
「右から大きく迂回して”倉庫”を衝け!」
「ハイッ!」「ワカリマシタ」
三角の群れが形を崩しながら右へ動いていく
やがて群れは完全に崩れゴーレムたちが本陣へ戻り始めた
「ふざけるなッ!」
「何故ッ!、何故ッ!、命令に逆らう!
お前たちは
何故ッ!、そんなことも出来ない!」
「サケガ」「酒が切れそうなんですヨ」
「・・」
「何故?、なぜ酒を持っていかないんだ?、なぜだょ」
「何故だっつってんだよ!!」
「イエアノ」「酒を持っていくようにとの指示がありませんでしたので」
「指示がないと動けないのか貴様らは」
「ハイッ!」
自分の頭を指し示す
「お前たちには脳みそが無いのか、自分に必要な物がわからないのか?
先を見通す事すら出来ないのか?、ポンコツが」
「モウシワケゴザイマセン」「如何せん我々は
「早くしろッ!」
物資の山にゴーレムが群がっていく、先頭が酒を飲み
酒の筒を背負う、後ろから次々とゴーレムが押し寄せて
先頭の進退はままならない、後ろが詰まり酒にありつけない
「ウゴケナイー」「サケコナイー」「サケヨコセー」
動かない、酒の周りにゴーレムが群がっている
その状態は続く、時間だけが過ぎていく
「何をしてるんだょッ!」
「補給は終わっただろう!」
「直ぐに動き出せ!」
「サケガナイー」「ウゴケナイー」
一体が前に出る
「酒なくしては動けません」「補充が終わるまでお待ちください」
「ふざけるな!」
「そんな時間は無い!」
「陣を組め!」
「デモ」「サケガ」
「うるさい!」
「黙れ!」
そいつに向けて扇子を振り下ろす
ファサア
「ひゃふぁん」
そいつは変な声を上げた
「ふざけるな!」
「ふざけるな!」
傍らにあった漬物石を拾い上げそいつに振り下ろす
ガシャーン
そいつは木っ端みじんになった
「ヒェー」「マタコロサレルー」
小さなゴーレムたちが慌ただしく動き出す
右に向かって走り出す
「
「牛車を連れて進め!」
「サンカッケー」「サンカッケー」
後ろに牛車を引き連れてヨロヨロと進んでいく
向こう側の山を迂回していく、そこで群れは止まり
先頭から崩れて後ろに回っていく、牛車に群がっていく
声を張り上げる
「隊列はどうした!」「何故うごきを止めている!」
「ーーーーーーーー!」「ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ゴーレム共が何かを叫んでいる
「聞こえるように言え!」
群れが崩れ三分の一ほどがこちらに向かって駆けてくる
ふざけるな、ふざけるな
「ーーーーーガ」「酒がアリマセン」「酒が無くなって立ち往生アリマス」
牛車はつけただろう
酒が無いなら我慢すればいいだけだ
一体が近づいてくる
「酒がアリマセン」「道がワカリマセン」「命令がキコエマセン」
「命令の意味がワカリマセン」「ドウシマショウ」
「どうにかしろッ!」
「ドウスレバ」
「大なるフレキシビリティを発揚しつつ変幻自在に対応しろッ!!」
「ジャーン」「ジャーン」「ジャーン」
シンバルの音が聞こえてくる
向こうの平野から青い布を巻き付けたゴーレムの群れが
牛車を先頭に縦列を組んで進んで来る
「オウターイ」「テンカイ」
先頭が左右に分かれて広がり空いた中央は後列が前進して埋める
さらに両脇を後列が埋めていく、十数秒、横隊が出来上がる
牛車を超越し前進する
後方で赤い旗が上がり、後方にも上がり
西端の陣幕まで赤い旗が上がっていく、わずかの間を置いて
陣幕の前で青い旗が振られ、そこから目前の横隊まで順々に
青い旗が振られていく
「ゼンシーン」「ソクメンハキニスルナ」
クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ!
「ふざけるなっ!、何故うごかない、この無能どもが!
おまえらのせいで敵が到着しただろう
なぜ私の華麗なる
私を困らせたいのか困らせたいんだな
自分に才能が無いから只のゴーレムだから
”真の才能”を潰して喜んでいるんだな!」
一体がそろそろと前にでる
「アノー司令官、命令を下さい」
「黙れッ!」
「
「ホキュウテッカン?」「補給鉄板?」「what?」
「1日目に説明した!」
「・・・・・・・・・」
クソッ、クソッ、クソッ
「
「・・?」
「5体一組の小部隊に分散しろ!」
扇子でそいつらを指し示す
「この5体はここ、この5体はここ、この5体はここ
この5体は・・・・・・・」
青い布を巻き付けた群れが迫ってくる
「敵は只の横隊だ!
小部隊に分かれ強くは当たらずに敵の攻撃をいなし
側面に背面に回り込んで攻撃せよ!」
向こうから整然とした横隊が進んで来る
敵横隊の各列が開き、隙間から弩兵が飛び出してくる
隊列の前方に薄く展開すると
最前線の
密集した戟兵の方陣が一定の間隔を開けて前進してくる
その隙間に弩兵を収容していく
「この5体はここ、この5体はここ、この5体はここ
この5体は・・・・・・・」
幾つかの
数本の戟が向こう側へ突き出される
無数の戟がこちら側へ突き出される
数体が砕け散りながらこちら側に崩れ落ちる
戟の戈が戟を引っ掛けて打ち落とし
幾本もの矛が赤のゴーレムに突き刺さり
ひび割れが走り砕け散る
構えられた盾の縁を戟の戈が引っ掛けて引き
盾が外側に開かれる、戟の矛が突っ込まれる
走ってくる、青いゴーレムが数十体、数十の戟の穂先が突っ込んでくる
兵は盾を構えた、吹っ飛ばされた、数十の力があった
数十の穂先に乗っていた
向こう側には戦列があった、こちら側には混沌があった
雑然と散らばり右に左に行き惑っていた
前線で追い散らされた者たちが
無数の穂先が迫ってきた、
後ろの
「何をやっている!」
「いなせ!」「いなせ!」
「後退して敵の攻撃を受け流すんだ!」
兵たちは下がり始めた、体を回し、後ろを向いて走り始めた
それは後退ではなかった、それは潰走であった
広く分散した
密集した敵の横隊が通り抜けていく
「右翼!、左翼!、敵の側面を衝け!、背面を衝け!」
右奥から砂塵が進んで来る、右翼へと進んで来る
戦車の群れだった、四頭の馬に牽かれた塊が突っ込んできた
疎らに立つ
戈は水平に振るわれ兵の頭が飛んだ
それぞれの
兵は弾き飛ばされ轢き潰され戈に貫かれ矢に射貫かれた
こちら側の左翼がぎこちなく動き始めた、敵横隊の背面を目指していた
敵の横隊はこちらの中軍を蹴散らすと、停止した
そして左後方、向こう側から見て右後方へと向きを変え始めた
「カイトーウ」「ミギコウホーウ」
太鼓が打ち鳴らされている、幾つもの方陣の間を騎馬が走り回っている
敵横隊は向きを変えた、正面にはこちら側の左翼があった
数は数十体になっていた
立ち向かった者には数十の戟が突き出された
こちら側の兵が突き出した戟は敵の戟の穂先に引っ掛けられ
打ち落とされた、敵の戟は
逃げ出した者には矢が射かけられた
背中に突き立ち
戦車が突っ込んできた、こちらの右翼を蹴散らし
中軍の残骸を蹴散らし大きく回り込んできて
左翼の更に左側から現れた
荒涼とした地面に土塊が散らばっている
人の形をしたもの、していないもの、腕や脚の無いもの
割れた馬、陶器の欠片、酒の筒、流れ出る液体
赤い布が散らばっている、点々とある、青い布はほとんど無い
「ゴーン」「ゴーン」「ゴーン」
何だこれは?、何だこれは?
ふざけるな、ふざけるな
どうして?、どうしてこうなった?
「レイレイ君の勝利です」
ラカヌニントスがのんきな声で言った
それからいそいそと
「ではでは次の司令官を決めましょう」
ヘロディアが元気に言った
「次やりたいでーす」
ダイゴローが言った
「次は私でお願いするでごわす」
ヒュパティアがキャッキャッとしながら言った
「次やりたーい」
「ふざけるなっ!」
つい、大きな声が出る
全員がギョッとしてこちらを向く
「何故、何故、軽く流そうとする、これは不正だ」
わずかに残った赤のゴーレムがしょんぼりとこちらを見上げている
指さし叫ぶ
「命令どおりに動くことも出来ない!
こんな欠陥品で戦えるものか、この試合は無効だっ!
ちゃんとした兵に交換しろ!」
顔に怒りを浮かべたティトウスが近寄ってくる
「彼らは優秀だ!、少なくとも僕やレイレイの率いた兵と同等だ
君も最初に確認しただろ!」
「君に・・・・・」
「君に彼らの上に立つ力量が無いだけだ!」
全員がちろりとティトウスを見やる
「私に力が無いだと・・・・・」
「自分の事を棚に上げてよくもまあぬけぬけと」
「隊列も組まずに前進する事しか出来なかったくせに」
ティトウスの顔から表情が抜けていく
周りを見て、ぼそりと言った
「もう相手にするのはやめましょうよ、時間の無駄だ」
笑顔の張り付いたラカヌニントスが言った
「まあまあ、失敗は誰にでもある事です
実戦では致命傷になりかねませんが
これは演習です、次に生かしましょう」
「私は失敗などしていない!」
再び赤いゴーレムを指す
「失敗したのはこいつらだ」
全員が距離を置いてこちらを見ている
表情の無い女を指さす
「もう一度だ、もういちど試合をしろ
次は私が使用するゴーレムを検分する」
ラカヌニントスが言った
「いえ、別の方の予定もありますので」
ヒュパティアが言った
「もう一度やらせるべきです、叩きのめされないと分かりませんよ」
ダイゴローが言った
「レイレイにもやる事があるでごわす
こんなことに付き合わせるべきでないでごわす」
レイレイが簡素な声で言った
「あっ、いいですよ私、他の課題は済ませたので」
「・・・・・・・・・・・」
ラカヌニントス
「えっと、そうかもしれない・・・・ので・・・
もう一度やりましょう」
サイコロを取り出し地面に転がす
出目はポショムル、私が「酒少量、兵力大」だ
ハズレである、だが大したペナルティではない
兵術を
「すりすりすりすりすりーーーーーーーーーーーー」
つい、人参をすりおろしてしまう
刻んだニラを加えゴマ油で炒めてしまう
バッチャーンと皿に盛る
「あのポンコツ共がアアアアーーーーーーーーーーーーッ!」
命令をまともに聞けない、隊列もろくに組めない
自分で考える事も出来ない
あんな
「
ほき捨てる
あんな
言ったとおりに動かない、勝手に動き出す駒でチェスを習うのか
それでいったい何が学べるというのだろう?
幼児学校の先生のあり方を学ぶつもりだろうか?
猿山を管理する役職でもあるのだろうか?
いや、意図したものでは無いだろう
彼らはただ、失敗しただけなのだ
ようするに
実用的な
何という
その帰結は
それは演習ではない、お遊びにもなっていない
それをやらせる教師たち、真剣に取り組む生徒たち
誰もこの馬鹿馬鹿しさに気づかない
それがミスラ魔法学園
こんな学園に通ってやる価値は無い
だが・・・・・・・・
ここで学園を見捨てたら私が負けたことになる
あの低能どもは私が逃げ出したと思うだろう言いふらすだろう
私に見捨てられたとは思いもしないだろう
「
ほき捨てる
「叩き潰してやる」
”真の才能”を見せつけてやる、彼らには理解できないだろうがな
レイレイ君と私、同程度の
思わず天を仰いでしまう
「やれやれ、あんな
地面がうねり隆起する、練兵場に
地形は前回と大きく変わらない
左右の山脈、中央に流れる砂の川、こちら側の高原、向こう側の盆地
眼下には数百のゴーレム、隊列も組めない欠陥品の群れ
ぽかんと口をあけ
こいつらは
だが・・・・・・・
条件は相手も同じである
白無垢鳥の扇子を右から左へと払う
「全軍!、左右前方にそれぞれ地下宮殿を建設せよ!」
「リョウカイ!」「ダヴァイダヴァイ」
眼下の群れが動き出す
地下に建設された宮殿より我が軍が現れる
前進する敵軍の側方に突如として現れる
そう、”伏兵”である
太古より用いられてきた
あまりにも使い古された陳腐な策略
だが・・・・・・・・
実のところ”神童くん”にはこれで十分なのである
彼らは前進して攻撃する事しか知らない
敵は前にいるものだと、そう信じ込んで疑うことが無い
”
幾度も幾度も用いられてきた
この
滑稽だ、と、言うしかない
ニィと口端を吊り上げる
ゴーレムたちが走り回っている、穴を掘り、土を運び出していく
やがて日は中天にさしかかり、影は小さくなる
本陣の左前方と右前方には道が出来上がる
それは
「第一軍!、第二軍!、それぞれ左右の地下宮殿に埋伏せよ!」
ゴーレムの群れが道の奥の暗がりの中へ消えていく
準備完了、である
目線を上げる
他の学課より来たのであろう
見学者達が訝しむような表情でこちらを眺めている
猫耳の女、2人組の女、狐耳の女
”神童くん”たちが乾いた表情でこちらを見つめている
ラカヌニントスが引きつった表情でこちらを見つめている
「わからないのだな」
つい、呟きが漏れる
そう、彼らにはわからない
この
教科書に忠実だからである、お
教科書にはこう載っているのだろう
戦争とは
武人とは
つまり、彼らは”正道”だけを学ぶのだ
”武人の誇り”、正々堂々と名乗りを上げ
常に正面から戦いを挑む
それこそが”戦争”なのだと、それこそが”武人”なのだと
それが、彼らの世界観なのである
だが・・・・・・・・・
実のところそれは”決闘”にすぎない
未開の部族の戦士が己の勇気と力とを誇示し
自らの価値を示す神聖なる”儀式”
武器を取り振り回し正面から打ち合い
躍動する筋肉に男としての価値を見出す神聖なる”儀式”
筋力の強い者は弱い者を打ち負かす
女たちは歓呼するだろう、老人たちは目を見開くだろう
若者は満開の笑顔と共に勝利の雄叫びを上げるだろう
彼らは信じているのだろう、人は皆まっすぐなのだと
勝負とは武器を持って正面からやりあうものだと
筋力の強弱が勝敗を分けるのだと
勇士の数が勝敗を分けるのだと
文明の光と巨大な軍隊、”本当の戦争”が迫って来た時
彼らは何を思うだろう?
自分たちの築き上げてきたものが、奉じてきたものが
実にちっぽけなものである事に気づくのだろう
そして、何が起きたのかも分からないうちに敗れ去っていくのだろう
”兵術”、次々に繰り出される奇計の数々
彼らはたやすく罠にはまり、打ちのめされるのだろう
突如として側面から現れる伏兵に追い散らされるだろう
中軍の左右前方、それぞれに”入口”が隠されている
兵たちは地下に隠れ、じっと”獲物”を待っている
再び、目線を上げる
薄く笑みを浮かべ観客たちを見回す
だれもが戸惑いの表情を浮かべている
日は天を横切り影は長く伸びる
学園のざわめきは
空は次第に赤みを増す
狩人は息を潜めて身を隠す
彼の体は木となり心は岩となり
姿は茂みと同化して微かにも動きはしない
心音と風の音だけが過ぎていく
狩人は結弦に指をかけ耳を澄まして獲物を待つ
?
敵が来ない
「・・・・・・サマ」「司令官」
一体のゴーレムが穴から飛び出して喚いている
何だ
「音を立てるなと言っただろう」
「サケガ、残り少なく」「ドウシマショウ」
酒が無い?
当然だ、時間がたった、ゴーレムは酒を消費する
「コノママデハ」「ウゴケナクナリマス」
当然だ、酒が無くなればゴーレムは動けなくなる
条件は相手も同じだ
向こう側へと視線を向ける、西端の陣幕の入口の先
向こう側の盆地、そこに青のゴーレムたちが陣を張っている
酒の筒を積み上げた壁、土を盛った壁を廻らした
内側で四周を睨んでいる
初日のように守りを固めて敵を待つつもりのようだ
相手も酒が尽きる、そうすれば動かざるを得なくなる
我慢比べ?、退屈な我慢比べ?
いや
尽きない
相手の酒は尽きない
今回、レイレイ君は”兵力少、酒多量”だ
酒が、多い、酒の消費は少ない、兵力が少ないから
こちらは”兵力大、酒少量”
酒が、少ない、酒の消費は多い、兵力が多いから
こちらの酒は尽きる
相手は尽きない
演習は、”兵力少、酒多量”対”兵力大、酒少量”
勝利条件は敵の大半が動けなくなること
”兵力少”の側は守りを固めて相手の酒が尽きるのを待つ
”兵力大”の側は優勢な兵力を以ってして積極的に攻撃をしかけ
酒が尽きる前に相手を撃破する
あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ
「サケガアリマセン」「ホトンドノコッテイマセン」「ギッシャガカラニナル」
何で、何で
「シレイカン」「ゴシジヲ」
クソッ、クソッ
「ドウシマショウ」
酒の筒が、残り・・・・・・
牛車が6台
ゴーレムたちが牛車に群がっていく
たちまち空になる
残り5台
「攻撃だっ!」
「攻撃をかけろっ!」
「エーナンデー」「デモジュンビガ」「イキナリイワレテモ」
「うるさいっ!」
「すぐに出てこい!、地下宮殿から出るんだ!」
「デテクルデース」「コウゲキダー」「エー」
左右の穴から次々と小さな人影が湧いてくる
扇子で向こう側の陣を指し示す
「攻撃だ!、突撃だ!、前進しろっ!」
「ゼンシーン」「ススメー」
わらわらわらと向こう側へと進んでいく
小さな黒点たちが丘を下っていく
反転
先頭の兵が反転し始めた
「何だよ!」
「今度は何だよ!」
「サケガキレルー」「サケガナイー」
クソッ、クソッ
黒点が後ろからよろよろ進む牛車にあつまっていく
1台が空になり、また1台が空になる
残り3台
「突撃だッ!」
「進めッ!、進めッ!、進めと言っているッ!」
残り2台
先頭が中央の川に差し掛かる
ゆっくりとゆっくりと水のない川へ降りていく
何体かが転げ落ち川底で割れる
残り1台
黒点の群れが向こうの川岸をよじのぼっていく
小さな手足をばたつかせて斜面をのぼっていく
数十体が土を運び川底から川岸に向かって積み上げている
何をしているんだ、何をしているんダヨ
「何をしているッ!」
一体がトコトコとやってくる
「ケイシャロデス」「傾斜路を作っています」
「このままでは馬と車両が進めません」
「そんなものは放っておけッ!」
つい、絶叫してしまう
「突撃だ!、突撃だ!、馬に乗っている者は降りろ
戦車に乗っている者も降りろ、走れ!、走れ!
突撃だ!、敵陣に突っ込め」
ゴーレムが戦車から馬から降りては駆けだしていく
川岸をよじのぼっていく、何体かが転げ落ちて川底で割れる
残り0
「ーーーーーツ」「ーーーーーーーサケガーーーアリマセン!」
「酒は相手の陣にあるッ!」
「進めッ!、進めッ!」
そこに陣は無かった、隊列は無かった、疎らな黒点の群れであった
不意に黒点の形が変わった、点であったものが線になった
散らばった黒点が次々と短い線に変わっていく
荒涼とした地面の上に線が増えていく
目を凝らした、一体がつんのめるようにして倒れた、そして動かなくなった
点が線になった、倒れたのだ
「ーーーーーーーーーーーッ!」「ーーサケガキレテチカラガデナイ」
「サケーサケー」
あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ
黒点の群れが丘を下っていく、線が増えていく、どんどん増えていく
線を後ろに残しながら群れは進んでいく
中央の川を越えていた、あと半分あった
敵の陣はどこまでも遠くにあるように見えた
壁は高くあり無数の兵が弩を並べて四周を睥睨していた
後ろには戦車隊が隠されているようであった
川と敵の陣との中間に達した
群れは無かった、数体が走っていた
一体が倒れた、また一体が倒れた
一体が倒れた、最後の一体であった
動く者はいなくなった
川のこちら側の岸には乗り捨てられた戦車が散らばっていた
牛は横に倒れていた、馬は座り込むようにして動かなくなっていた
川の底には赤い布を巻き付けたゴーレムが折り重なっていた
そこから、赤の色は向こう側へと続いていた
それは、全体としては帯になっていた
始めは太く、だんだんと痩せ細り
川と敵の砦との、ちょうど中間で途切れていた
その先頭は一体のゴーレムであった
走る姿勢のままに前に倒れ、土に突っ込んでいた
帯が、途切れている、だんだんと細くなって
最後は一つの点になって途切れている
視線を感じる、目線を上げる
ヒュパティアが冷えた目でこちらを見ている
ヘロディアが戸惑いの半笑いの顔でこちらを見ている
その後ろにダイゴローの顔が突き出ている
白けた顔でこちらを見つめている
ティトウスがぽかんと口を開けてこちらを見ている
ラカヌニントスは目線を彷徨わせ何かを言おうとして口を噤む
観客席から猫耳の女がこちらを見ている
ぼんやりとした目でこちらを見ている
2人組の女が「はあっ?」とでも言いそうな表情でこちらを見ている
狐耳の女が声を漏らした、「なにあれ?」
向こうの陣幕からレイレイが出てくる
中央の川から西端の陣幕への、その途上で途切れた赤い帯を見る
そして、「うわぁ」とつぶやくと顔を背ける
審判がこちらを見ている
大きく口を開け唖然とした表情でこちらを見ている
少しの時が経った
審判はハッと何かに気づくと傍らの鐘を打ち鳴らした
「ゴーン」「ゴーン」「ゴーン」
誰も何も言わなかった、また少し時が経った
ラカヌニントスが上ずった声で言った
「レイレイ君の勝利です」
それからレイレイに近づいていった
「おめでとうございます」
レイレイが言った
「はい」
「とても嬉しいです」
声が聞こえてきた
猫耳女がぼそりと言った
「こんな酷い負け方はじめて見たにゃん」
その傍らで2人組の女が話している
「よくあのレベルで
ラカヌニントスが上ずった大きな声で言った
「さあさあ後片付けです、今日は遅くなりましたし
次の司令官は明日の講義の時に決めましょう」
いっせいに全員が動き出す、ただの平地に戻った練兵場で
背負った革袋に布で
「・・・・じゃない」
「”戦争”とはこんなものじゃない!!」
全員が一斉にこちらを見る
「貴様等ッ!」
「こんなお遊戯で戦争の何が分かる!」
「本物の戦争はこんなものじゃない!」
「真に勝敗を定めるのは戦略だ!、兵站だ!、
「こんな!、こんな戦闘ごっこで、兵のぶつけ合いで勝敗は決まらない
こんな、両軍とも同じ条件で、同じ戦力で鐘の音で一斉に
戦闘が始まることなどない
本当の戦争では、勝敗は戦闘の前に決まっているんだ
戦略が生み出す圧倒的な優位、兵站がもたらす圧倒的な兵力
それでっ、戦闘の勝敗は決まるッ!
事前の準備で決まるッ!」
ラカヌニントスがぼそりと言った
「だからこうやって準備をしているんですよ」
「こんなのは只のお遊戯だア!
こんな兵とも言えぬゴーレムを、こんな小さくて頭の悪い
人間にはほど遠い
隊列を作って並べて、その整然さを!、美しさを!、競う競技だ!
スポーツだ!、こんなスポーツに何の意味がある!
貴様らは
スポーツがしたいんだろうッ!」
全員の白けた顔が
片付けの途中で動きを止めて
「貴様らは楽しむがいいっ!、Excitingなスポーツを楽しむがいい!
お子様のお遊びを楽しむがいい!
そして本物の戦争に打ちひしがれるがいいっ!」
ヒュパティアが強い顔で寄ってきた
「お前は”本物の戦争”に参加した事があるの?」
「そんなものッ、本を読めば分かる!」
「へっ」と、ヒュパティアの顔が静止する
「フフッ」と、ヘロディアが笑声を漏らした
ティトウスの顔からスッと表情が抜けていく
ダイゴローが寄ってくる
「今日はもう遅いでごわす
片付けに参加しないなら帰るでごわす」
「君たちも何時か知るときが来る!
こんなのは兵術じゃない!」
振り返りずんずんと歩く
一瞬、ダイゴローとレイレイが不思議そうに顔を見合わせるのが見えた
「ルールが悪い」
「ルールを説明しなかったのが悪い」
あの小男がきちんとルールを説明していたら
”兵力大”は先に物資が尽きるから積極的に攻勢に出なければいけないと
ちゃんと説明していたならば、私が
レイレイは理解していた?
最初のティトウスとの戦いでまず守りを固めようとした
3度目でも先ず守りを固めていた
2度目の時は、”兵力大”の時は一直線に攻撃を仕掛けてきた
あんな説明で、酒は100ベール時あたり5テキロップ消費すること
兵力大の側、酒が少ない、兵力少の側、酒が多い
説明していた
説明になっていない
あの、不親切な説明で
レイレイは理解していた、他の連中も理解していた
あれは、知っていた目だ
私だけ?
私だけなのか?
他の奴等は知っていたのか
すると、私は
私は
練兵場の横の塀の後ろにあって石のようになっていた
少しして
帰り際であろう生徒が一人、ちろりと
すると私はまるで引絞った弓を向けられているような心持になってきた
私はバッと横に逃れると建物と建物との間に入っていくのだ
日干し煉瓦の壁と木の板との間に入っていくのだ
そのジメジメした暗い中を進んでいくと私には私が
暗い中を生きるネズミか百足にでもなったかのように思われてきた
水たまりの辺の苔の生す辺りに腹をこするようにして
生きているあの生物たちででもあるかのように思われてきた
きぃと声がした、鳥が一羽、上を飛び去っていったようであった
私はネズミが鳥に遭った時にそうするようにして身をすくめた
不意に声がした、辺りには多くの声が満ちていた
生徒たちの教師たちの声が未だに多くあって
その賑やかしい事といったらないんだ
やかましい事といったらないんだ
練兵場からはまだ、声が聞こえてくるのだ
それを聞くと私の足は勢子にでも追い立てられるようにして
学園の反対側へと歩いて行くのだ
神童クンたちが学園をうろつき始めているように思われてきた
そして、それよりも私にはあの見学者たちが学園に散っていったように
思われてならなかった
あの猫耳女が建物の脇からひょいっと顔を出すかもしれなかった
そして、竜が牛を丸呑みにでもするようにして
先ほどの演習の感想を聞いてくるかも知れなかった
それを思うと私の心はまた押し固められた麦の菓子のようになってきた
私は猟師の矢を逃れて木陰から木陰へと
走っていくトムソンガゼルもどうようだった
何時どこから矢が飛んで来るものか、わかりっこなかった
私は道から道へと走って、木陰から木陰へと走って
図書館の裏道を抜けていくのだ
講堂と魔導実験所との間を抜けていくのだ
魔法に使う植物を育てる畑の小道を抜けていくのだ
何かわからぬ建物の黒く汚れた裏側を歩くうちには
不意と嫌な匂いが鼻を衝くのだ
それは右前から左前から生ぬるい流れになって押し寄せてくるのだ
それは学園の端のゴミ集積所の匂いなのだ
眼前を黒い馬車が通り過ぎていき、空気が押し退けられて動きだし
再び鼻に絡みついてくるのだ
私は手拭いを鼻に押し当てて
その人影の少ない中に体を押し込んでいくのだ
そこにはトンネルを横に並べたような建物があるのだ
かまぼこ型の空間を屋根が覆っているのだ
焼成レンガの床には黒と言う語では形容しがたい染みが広がり
両脇の溝からは異臭が目に見えるものであるようにして立ち上ってくるのだ
私は
トンネルの前を通り過ぎていくのだ
その向こうには壁のない屋根の付いた小屋があり
蓋の被さった壺が並べられているのだ
そこからも黒い臭気が
腹に短刀を抱え持った骸骨が突進してくるようにして向かってくるのだ
私がそれに逆らうようにして、歩いて行って蓋を上げて見れば
そこには黒くなって崩れたジャガイモと玉ねぎがうねっているのだ
蠅と蛆とが覆い尽くし、うねっているのだ
不意に、私にはそれが私そのものであるかのように思われてきた
しかし、それは余りにも馬鹿げた連想であるに違いなかった
これは、あの神童くん達の
私は目を背けた
横には窪みがあった、道に窪みがあった
土中から黒い物が染み出して水たまりとなっていた
そこに私が映っていた、ゴミのような物が映っていた
私は目を戻し、蓋を閉じた
振り返り、歩き出した
そして、並んだトンネルの前を通り過ぎ、また振り返り
並んだトンネルの前を通り過ぎ、あの壺の前に来て
パタンと蓋を開け、パタンと蓋を閉じ
パタンと蓋を開け、パタンと蓋を閉じた
そして振り返り、歩き出した
並んだトンネルの前を通り過ぎ、また振り返り
並んだトンネルの前を通り過ぎ、壺の前に来て
パタンと蓋を開け、パタンと蓋を閉じ
パタンと蓋を開け、パタンと蓋を閉じた
パタンと蓋を開けた
それが私であるはずが無かった、それはあいつらに違いなかった
それにつけてもそれにつけても思い出されるのは
あの漬物石のような顔だった
生徒たちに流されるままの、あの指導力のない顔だった
兵術もわからないくせに教師をしている
演習のルールを分かりやすく説明する事も出来ない
周りに迎合するだけの、あの小男の顔だった
「えー」
私は
その禿げ頭に刻んだパセリーをまぶしてやりたかった
その左側から押し込んでくるのは教会の鐘に叩きつけられる
あの
ただ前進して攻撃するだけの、守りを固めて敵を待ち受けるだけの
戦術すら解しない将とも言えぬ1次元直線運動監督者の顔だった
私は
戦争の勝敗を定めるものが国家の興廃を定めるものが
如何なるものであるかを知らしめてやりたかった
本当の戦争を教え込んでやりたかった
縦横無尽な機動と言うものを教え込んでやりたかった
この世に左右上下の運動がある事を教えてあげてやりたかった
右側からはティトウスが迫ってきた
その、蛙を上下に引き伸ばしたような顔が迫ってきた
隊列を組むこともできないポンポコピーの分際で
たまたま勝利を得ただけで、周囲に賞賛される
あの、幸運な
私は両の手で以って
煮え立つ
その後へ俵に一杯のパセリーをまぶしてやりたかった
ヘロディアが平家蟹のような顔で迫ってきた
ヒュパティアがサタンのような顔で迫ってきた
その後ろにダイゴローの顔が突き出していた
見下げるようなあの視線が思い出されてきた
大きいものと言うのは中身が無い
外側だけが膨らむから中身が無い
脳みそに行く栄養が無いから脳みそが無い
風船だ、それは風船だ、風船は風に飛ばされて流されていけばいいのだ
私は指で
それは空気が抜けてしぼんでいくに違いなかった
それにつけても、それにつけても思い出されるのは
あの見学者たちの顔だった
練兵場の外側から自分たちは何も関係が無いような顔でもって
のほほんと見物しているあのお気楽な連中の顔だった
それを思うと私の
カタピシ沸き立つようになってきた
「こんな酷い負け方はじめて見たにゃん」と宣いやがった
あの猫耳女の顔へセロリを投げつけてやりたかった
2人組の女へズッキーニと高野豆腐を投げつけてやりたかった
狐耳女の喉元に九条ネギを突きつけてやりたかった
目を閉じ、白無垢鳥の扇子を胸に当て、曇天の下に立つ
生徒たちから、見学者たちから、訝しむ声が上がる
「いったい何をやっているんだ?」
「おいおい、今は試合中だぞ」
「まさか、戦わないつもりなのか?」
私は微動だにせず立っている
風が通り過ぎていく
向こうから前進してくるレイレイの兵
その陣形はただの横隊である
我が本陣まで残り25アーダ
迫ってくる
残り10アーダ
「何故うごかないんだ?」
ミオリーネが両手を握りしめる
「お願い、クムルカル君、戦って」
その白玉の
ラカヌニントス
「何をやってるんでしょうねえ?」
猫耳女
「なにこれ?、つまんなーい」
レイレイが歓声を張り上げる
「いっただきー!」
残り5アーダ
4アーダ
3アーダ
白無垢鳥の扇子をスッと左に払う、目を瞑ったまま
突如、左右両翼から我が兵が現れる
次々に穴から飛び出し、整然と展開する
レイレイ
「なっ?、なにこれっ?」
そこからの展開は一方的なものだ
両翼に我が兵の圧迫を受けたレイレイの兵はちょうど
半片が万力に圧し潰されるようにして圧壊していった
一瞬のうちに
練兵場の空気が静止する
「何が?・・・・起きたんだ?」
「レイレイが・・負けた・・のか?」
ざわめきが広がる
ラカヌニントスが上ずった声を上げる
「クムルカル君の勝利です」
ミオリーネは仄かに涙の滲んだ
「クムルカル君が・・勝ったの?」
グスタフが言った
「”伏兵”だな、あの地面の下、地下宮殿に兵を隠し
命令一下、一斉に現れた、見事だ」
レイレイ
「そ、そんな、私が負けるなんて」
膝をつき、うなだれる
ヘロディア
「何処の馬の骨とも分からないようなぽっと出に負けるなんて
レイレイちゃんも焼きが回ったようね」
ティトウスが進み出る
「今のはまぐれ当たりさ、俺の進撃速度を見せてやらあ」
ティトウスが吠える、その兵が雪崩と化して押し寄せてくる
眼下に視線を落とす
我が方のゴーレムが一体、進み出て膝をつき
「Commander! we're ready for action」
”司令官、ご命令を”
ニィと口端を吊り上げ敵後方の物資集積所に扇子を向ける
警備も無く、雑然と投げ出されているそれに
「Yes my lord!」「For the empire!」
我が軍の一隊が分離し忽ちのうちに
そして、敵の後背へ、矢は放たれる
ティトウス
「へへっ、どうだ俺の進軍はア
こんなに早く進める兵が世界の何処にいるッ!」
確かに、速い、それは褒めてやっても良いだろう
「よくできました、パチパチ」
だが・・・・・・・
敵後方に煙は上がる、南北に幾筋も連なって
「タイチョウ!、物資ガモエテイマス!」「ウシロニテキガ!」
ティトウス
「物資が燃えたから何だ!、そんなの関係ないだろう!」
「サケガアリマセン」「サケナクバウゴケマセン」
ティトウスのゴーレムたちが次々と倒れていく、動かなくなっていく
「そ、そんな、そんな馬鹿な、酒が無いから何だ、それぐらいで何だ
酒が無いなら石を齧ればいい、石が無ければ土を齧ればいい
何も無いなら気合で動くのじゃ、根性で動くのじゃ
それが
貴様らは恥ずかしくないのか、酒が無いからと言って
ただそれだけの事で大事を投げ出して、それでも
それを聞く者はいなかった、彼のゴーレムは尽く倒れていた
一兵たりともクムルカルの陣に触れることなく倒れていた
ミオリーネはそのサファイアの瞳を瞬かせ、戸惑いの声を上げる
「ど、どういうことなの・・」
グスタフが激しく言う
「糧道を断たれたのさ
兵は物資が無ければ
つまり、軍隊は常に後方から物資の補給を受けている
それを断たれた、そして、動けなくなった」
ラカヌニントスが青ざめた顔で言った
「クムルカル君の勝利です」
「卑怯だッ!」
ティトウスは蛙を南北に引き伸ばしたような顔に
押し出されるところてんの如くの怒りを顕して迫る
「貴様は恥ずかしくないのか!、正々堂々勝負をする事なく
こんな卑劣な策略を弄してまでェ、それで勝ったつもりかア!」
「フフッ」
つい、吹き出してしまう
「なっ、何がおかしい!」
「いやア、ティトウス殿も随分と
「なに、ぴゅあだと」
「残念ながら・・・・・」
言葉を切りぐるりと人々を見回す、”神童クン”たち、観客たち
そして”真実”を述べてあげる
「本物の戦争に”騎士道”はない、本物の戦争に”武人”はいない
そこにあるのは”謀略”・・・・だ
韜晦、裏切り、流言飛語
”あらゆる詐術を用いて相手を出し抜くゲーム”
それが・・・
それこそが
”本物の戦争”なのだよ」
手を広げ人々を見回す、悲劇的な真実
絶句した顔が並ぶ、誰も声を発する事が出来ない
誰一人、反論できる者はいない
「そんな、そんなのって」
ミオリーネは手を強く握りしめ、
ラピスラズリの瞳にはうっすらと涙が滲む
「それが真実だなんて」
ラカヌニントスは生徒に向き直り
「ち、違いますっ!、戦争とは武人が
武芸を示し、正面から向かい合って正々堂々と勝負するものです
それが戦士として人々に生き方の範を垂れることなのです
こんな・・・・卑怯なやり方で勝利を得ることなど認められない
認めてはならない」
グスタフが頭を振って言った
「愚かだ、それで負けてなんになる」
ミオリーネは
「でもぅ、先生の言っている事は正しいょ・・・・」
ラカヌニントス
「とにかく!、こんな戦い方は正道に反します
次からは正面切って勝負しなさい」
いいだろう
時には正々堂々の勝負をしてあげてやるのも頭の体操になる
それに・・・・・・・・・
”アレ”を試してやるのも悪くない
薄く笑みを浮かべ恭しく頭を下げる
「これは失礼、ラカヌニントスどの
この”学園”は”武人”を養成するところでしたね
この
まったく、恥じ入るばかりです
次は武人らしい
”正々堂々”の勝負を見せてあげますのでご安心ください」
ラカヌニントスは湯の沸き立つが如くにぽふぽふちゅーと
怒りを立ち上らせながら
「わだすを侮辱しとっとか、こんの騎士道もわからぬ青二才がア!
ヘ”ロ”デ”ィア!」
ヘロディアがばっとラカヌニントスの前にひれ伏した
「こやつに”武人の戦い”を教えてやれ!」
「りょーかい!」
ヘロディアの兵が横隊を組んで進んで来る
サッと扇子を左に払う
一瞬で眼下の兵が左右に分かれ、それぞれ
ヘロディアは一瞬とまどいを見せた、しかしすぐに
隊列の向きを修正し我が方の右の陣へ兵を進ませる
左の手に持った扇子を突き出す
左の陣が前進する
「小癪なっ!」
ヘロディアは指揮棒を振り回して
右の手に持った扇子を突き出す
右の陣が前進する
ヘロディアの横隊が右に向き直る
左、右、左、右、左、右、左、右
横隊は左に向き、右に向き、また左に向き
ついにヘロディアが勢いあまって右にすっころぶと
その横隊は右に急旋回、晒された側面に我が軍の左が襲い掛かる
一瞬のうちに勝負は決した
次はダイゴローだった
その蒼白な顔で腕組みをして、ただ、立っている
「ヘロディアがこんなにあっさりと・・・
偶然だろう、・・・・もし・・偶然ではなかったら・・
守りを固めて、・・様子を見るでごわす」
ダイゴローの兵が陣地を築いている
”防御”、消極的な選択だ
面白くは無いが、まア、悪くは無い
だが・・・・・・・・・・
私の前で守りは無意味だ
両の手をクロスさせる
眼下の兵は本陣を中心に二重の環を形作る
外側を構成する12の円陣、内側を構成する6の円陣
人々から戸惑いの声が上がる
「何だ!、あの陣形は見たことが無いぞ!」
「あ、あれは円陣なのか、こちらも守りを固めるつもりなのか?」
左右に手を大きく広げ体を回転させる
2度3度4、5、次第に回転速度は早くなる
”円陣”、が回転し始める、始めはゆっくりと、次第に早く
外側の円陣、時計回り、内側、反時計回り
そして視野の中で個々の陣の姿は見えなくなる
高速回転する一つの車輪となる、砂塵は濛々と立ち上り
振動音の響きは四周を圧する
回転する体を緩やかに止め扇子を前に伸ばす
一枚の
ダイゴローは悲鳴にも似た叫びを上げる
「防御だ、柵も櫓もある、簡単に抜かれはしない」
それは水車につなげられた
材木を切断していくようなものだった
左から突進してくる我が軍の円陣、その後方から突進してくる我が軍の円陣
その後方から、その後方から、走ってくる、次々と
戟を持ち、弓を持ち、矢を射かけながら
削れていく、兵が削れていく柵が引き倒されていく櫓は崩れ落ちる
そして円陣はまた戻ってくる
ダイゴローの兵が宙を舞っていた、欠片となって舞っていた
柵と櫓もまた欠片となって混じっていた
回転する鋸が過ぎ去ったあと
誰も声を上げなかった、ただ絶句して
ダイゴローは石のようになっていた
押し込み強盗に魂をぶっこぬかれたような表情をしていた
それは一個の
レイレイとヒュパティアはそれが邪魔にならないよう隅に移動させた
ミオリーネは白磁の肌を上気させぽかんと口を開き
「クムルカル君が・・・こんなに強いなんて、私しらなかった」
グスタフ
「こんな戦いは見たことが無い、こんな陣形は見たことが無い
こんな才能は見たことが無い!」
ラカヌニントス
「いいでしょう、貴方は多少の才能をお持ちのようだ
ですが斯様な奇策など”正道”の敵ではない!
この私が直々に示してやりましょう」
観客席から驚きの声が上がる
「あのラカヌニントス様が直々に、あんな
「ラカヌニントス様の兵術をこの目で見る日がこようとは!」
「あのぽっと出もなかなかやるがラカヌニントス様の敵ではないだろう」
「でも凄いじゃないかラカヌニントス様を出陣させるとは」
グスタフ
「これで終わったな、いくらクムルカル君に才能があったとしても
ラカヌニントス様には勝てない、だが面白いものを見ることができた」
扇子を微かに払い眼下の兵に合図を送る
「Sir yes sir!」「It's a good day to die!」
兵は動き出す、凝集した長方形
それは5人1組の小部隊の
ミオリーネは気遣わしげに
「だめだよ、クムルカル君、先生には勝てないょ」
そのプラチナブロンドの髪はサラサラと流れる
足を踏み鳴らし轟音と共に進んで来る、整然たる横隊
「フフッ」
つい、冷たい笑いを浮かべてしまう
見事ではある
その峻烈な
だが・・・・・・・・・
横隊
兵をただ横に並べただけの
縦隊
兵を縦に並べただけ、愚か者が兵を動かせば自然とこの形になる
ニィと口端を吊り上げ目を開く
二つの
右を
敵が
逆であれば
敵が守りに入れば左右から襲い掛かり挟み撃ちに打ち倒す
本陣を囲む6つの円陣、その外側を囲む12の円陣
二つの円は逆方向に高速回転して如何なる堅陣も削り倒す
そして・・・・・・・・・・・・・・・・
スッと扇子を振る
眼下の長方形が弾け広がり拡散する
黒い点の散らばりは霧が降るように大地に薄く広がりゆく
観客は戸惑いの声を上げる
「あきらめた・・・のか?」
「これじゃあ張り合いが無ぇなあ」
「流石にあのぽっと出も
ラカヌニントス様にはかなわない事がわかっている」
グスタフ
「匙を投げたか、だがここまでよくやった」
ミオリーネはぎゅっと両手を握りしめる
「でも、もしかしたら、クムルカル君なら」
「クハハハハハハハハ、そんな具のないすいとんのような陣で
我が軍の攻撃を止められると思っているのかね!」
横隊は突進し鉛の塊を水に投じるが如く
我が軍の中へ突き進んでいく
「いけ、いけ、進め!」
「何時にも増して一方的だあ」
グスタフ
「決まったな」
ミオリーネの
「クムルカル君っ!」
一粒の涙が雫となって落ちる
無人の荒野を征くようにラカヌニントスの横隊は疾走する
そして・・・異変に気づく
そう、手ごたえが無いのだ
我が兵は一兵たりとも倒れてはいない
彼の兵が進めば進むほど我が兵は水の引くように下がっていく
そして囲むように周囲に広がってゆく
「ぬっ?」
初めてラカヌニントスの顔に疑念が浮かぶ
「第2隊!、第3隊!、攻撃だ、あいつらを倒せ」
一部が突出し、攻撃を仕掛けてくる
だが・・・・・・・・・
我が兵は右に避け左に避け後ろに避け
決して正面から争うことはない
「攻撃だ攻撃だあんなへにゃへにゃした陣一つ倒せないのか!」
声に憤りが表れる
次々と小部隊を突進させ旋回させ、また突進させる
それは狂乱した戦士が斧を滅茶苦茶に振り回すように
再び扇子を振る
分散した我が兵が集まっていく、敵軍の周りへと、蟻のたかるように
「包囲されている・・だと!」
「突撃だ!突破しろ!」
無駄であった
幾千の矢が飛んでいく、全周から中央へ
無数の戟が突き出される、内側へ突き出される
やがて中央に動く者はいなくなった
練兵場は静まり返っていた、誰もが呆然と、その光景を見つめていた
エリマキクラゲジゴクミミスーダララッタドブネズミ鳥だけが鳴いていた
審判は恐る恐る周囲を見渡して、それから鐘を鳴らした
誰かが言った
「ら、ラカヌニントス様が・・敗れた・・」
「我々は何を見せられたのだ?」
「何なのだ?、あの陣形はいったい何なのだ!」
「全滅だ、あのぽっと出の損害はほとんどない
ラカヌニントス様が・・・これほどの・・敗北を」
「俺たちは歴史に残る瞬間を見たのかもしれないぞ」
グスタフ
「いったい何だ!、この陣形は何だ、この戦術は何だ
こんな事は・・・・・・・かつてなかった
今まで・・・・歴史上に一度も、我々はいったい何を見たんだ!」
ミオリーネはその雪の降るような肌を赤らめて
「先生に勝つなんて、クムルカル君がこんなにすごい人だったなんて」
驚きと賛嘆と憧れの混じった表情で
「兵術が」「千年紀に渡り練り上げられてきた王国の兵術の精華が」
「こんなぽっと出に敗れるなど・・・・・・・・」
ラカヌニントスはぽつぽつと言葉を漏出し
「そんなはずはない」「これは夢なんだ」「私は夢を見ているんだ」
「私は強いんだ」「誰だって、どんな奴だって、あのサゴランだって
私にはかなわなかったんだ」「誰もが私を讃えたんだ」
「誰もが私を仰ぎ見たんだ」「これは夢・・・・・」
それは小さくなって歔欷嗚咽の声を漏らしていた
もはや練兵場に用は無い、振り返り、歩き出す
グスタフが観客席から飛び出し、こちらに走ってくる
「今の陣形を教えてくれ、今の戦術を教えてくれ
貴方は今、何をしたんだ!」
「フフッ」
と、笑みを浮かべる
”本質”が理解できていないようである
”戦争”の勝敗を定めるのは”戦術”ではない
ましてや”陣形”などであるはずがない
それは、”戦略”である、そして”兵站”である
戦略、Strategyとは、国家の大計、天空より国々を眺め
その兵を縦横自在に
兵站、Logisticsとは、補給、この地味な要素は全てを支配する
それは
これを受けた相手は糸の切れた
白無垢鳥の扇子を胸に当て人々から遠ざかってゆく
憧憬と畏怖の眼差しを背に受けて
ミオリーネはサファイアの双眸に涙を浮かべ
プラチナブロンドの髪を風にそよがせて
「
べしゃっ
上体に冷たい物が被さった
「何しとるわいね!」
「だらなやっちゃわいね!」
馬車が、厳つい人相の御者が怒鳴っている
それが前に動き、後ろの車輪が黒い水たまりに
黒い
私は体の横へ背中へ冷たい物を浴びながら脱兎のようにして跳ね飛んで
ゴミ集積所のさらに奥へと駆けていく、その枯れた緑の
藁と背の高い草の中へ、飛び込んで
それが足に絡まって、態勢を崩して、どうにか持ち直して
足を引き抜くようにして
枯草を踏みしめるようにして踏みしめるようにして
眼前の枯草の聳えるのを押し退けて押し退けて虫に咬まれながら
開けたところに飛び出せば
人の背の半分ほどの塀が伸びる先の煉瓦造りの小屋の向こうに
数人の談笑する声が近寄ってくる、生徒が教師が何やら楽し気に話しながら
私は塀の後ろに体を折り曲げて蹲るようにして身を隠し
視線が縮こめた体の首に当たるように思われて
体を倒し、横にして塀に張り付くようにして息を詰めた
それが遠ざかり息を吸いざまに
それは腐敗し発酵し液状化した排泄物の臭いなのだ
私は手拭いを鼻に当てた、薄く硬い物の割れる音と手ごたえがして
Enhancementされた
私が右の手の甲を鼻に当て
それは黒く固まっているのだ
辺りには臭気が黒く見えるようにして漂っていた
それは私から
動くたびに音がした、それは黒く固まりかけている私の服の
そこにこびり付いたものがパリパリパリと割れ落ちる音なのだ
濡れそぼった制服の重さがまとわりついて
その乾きながら揮発する汚泥の臭いの立ち上りくるの
嫌ったらしさといったらないんだ
私は一刻も早く
屋敷に戻り制服を打ち捨てて風呂に飛び込みたかった
しかし
あの幾対もの目のことだった
一つめの双眸は生徒たちの目だった
黴の黒くひび割れるように異臭を発しながら
学園の中を走っていく
それを見る目つきだった
二つめの双眸は”学園”の正面に屯する
あの貧民どもの目だった、
黒い物体を見る
三つめの双眸は屋敷で飼っている奴隷の目だった
汚物で塗り固められた泥人形を迎える事になる
人型に固まった制服を捨て
風呂を沸かすことになる
それを思うと私の心は大観衆の閲兵式にて悠々とユニコーンに騎乗するも
暴れ出した
あの大騎士様もどうようになってきた
私はゴミ集積所の辺りに隠れ
幾度も旋回しトントンと当たってくる蠅に突かれながら
やがて夜も深くなり声が聞こえなくなると私は這いずり出して
正門の前にいくのだ
そこには「ミスラ魔法学園、王国の至宝たる選良の都」と
大書されたプレートが6メートルばかりの高みから見下ろしているのだ
それを見ると私は湯を満たした鍋のぷこぷこ沸き立つようになってきた
私はそれに飛びついてやりたかった
飛びついて
だがそうするには私の跳躍力は20cmばかり足りなかった
「ぴゃふ%?$#はは!¥?%ぽふぉ&&#へふぃ!ほアァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
つい、ヤケ酒を呷ってしまう
「無能はッ!、世界の本質を理解しない!、世の
キラキラした事ばかりに囚われて、表面上の
薄っぺらな観念論ばかりを語りっ!、それが現実であるかのように錯覚してっ!
そんな奴ばかりっ、偉くなるっ!、認められるっ!、もてはやされるっ!
馬鹿には才能が分からない!、天をうかがう伏龍が分からない!
私はっ!、こんな世界に生まれたばっかりにっ!」
叫びながら台所に突入し包丁とまな板を取り出し調理台の上に並べ
櫃を開け、トマトを取り出す
リコピンを補充しなければやっていけそうになかった
「負け犬どもッ!」「負け猫どもッ!」
震える手で包丁を振り下ろす
トマトは右に弾き飛ばされ壁に当たって後ろに跳ね飛んだ
「ぬ”うあんっ」
振り返り、転がっていくのを追いかけて、勢いあまって足を突き出せば
トマトは蹴り飛ばされ向こう側へ飛んでいく
「ツヒェアァーーッ」
飛びついて、わずかに着地がそれ腕の横が当たって左へ転がりゆく
コロリン、コロリン
こうなると私は火の吹き上がるようになってきた
トマトの分際で私の食卓に供せられる名誉をはねつけんとする
その
「トマトのくせにッ!、私に逆らうのか!」
全ての魔力を集中する、眼前の空間に炎の竜が出現する
凄まじい赤とオレンジの噴流が
トマトは焼きトマトになり炭トマトになり炎は壁を這いあがり
天井を逆流し全てがオレンジに明るくなりる
急に感覚が戻ってくる、熱が、熱気が吹き寄せてくる、全てが燃えている
火の爆ぜる音が鳴り響く、私は煙に追い立てられ
走って、走って、表に飛び出して、振り返ってみれば
炎の中に赤々と屋敷は揺らめく
やがて空が白んできた、蛙が鳴いていた、スズメが鳴いていた
フンババドレミソシケモクカラタケワリ鳥が鳴いていた
煙が上がっていた、骨組みの一部が黒く残っていた
焦げた臭いと共に疲労と眠気とがやって来た、何も考えたくなかった
布団に
「どうしよう」
と私は思った
家が無いのだ、家が無いというのは家が無いという事なのだ
私は朽ち木のようになって畑の畦道の縁に突き刺さっていた
家は燃えてしまっていた、他の家は無かった
蠅がぽこぽこと当たってきた、ネズミが足元を通り抜けていった
「どうしよう」
と私は思った
このままではお
あの貧民どもと同じく道の端に蹲るようにして筵を被り
レッドシャークモスキートや
スクリューヘッドコックローチの襲撃に怯えながら
夜を明かすことになるのだ
「どうしよう」
と私は思った
当ては一つしかなかった
”学園”に住まわせてもらおう、と、私は思った
いや、”住まわせてもらおう”とは謙虚に過ぎる
私が”住んでやってあげる”のだ、そしてあの”神童クン”達へ
兵術を講義してやるのだ
「なに、学園に住みたい?」「君が?」
そう言うと、学長先生はナメクジのような
「寄宿舎は優等以上の奨励生のためのものだ
君を入れるわけがないだろう」
と、ほき捨てる
当然のことだった
だが今やこんなのに対しても自らの価値を説かねばどうしようも無かった
私は口を開いた
「なるほど古い時代の人々は私の価値を理解しないでしょう
今の価値観に安住し
それで生を全うできるとの根拠なき確信を持っているのでしょう
しかし、時代は流れているのです、古き者は必ず新しい者に打ち負かされ
滅びゆく運命にあるのです、学長先生もその古いおつむを書き換えなければ
必ずや後世の歴史家の物笑いの種になるでしょう」
「あー」
学長先生は椅子に気だるげに沈み込むとうちわをゆっくりと扇ぐ
「君のようなのは珍しくない、毎年必ず1人2人ぐらいはいる
誰もが一度は考えた事のある陳腐な意見を革新的な奇想だと言い張る輩
どこかで聞いたような事しか言わないくせに
自分は新しい事を言っていると思い込んでいる、かわいそうだ」
「私は変なことを言っているが、常識に疑いを持たなければ
新しい時代に適応することなどできない、新しい事を認めなければ」
「君は自分が変な事を言っていると思っているのかネ
だが、心配することは無い、君の意見は変ではない
むしろ常識だ、情報の重要性、戦略の重要性、兵站の重要性
これらは兵術科で普通に習う事だ、当たり前の事だ
君が言うぐらいの事はみんな知っているから安心したまえ」
「もっとも
君はこれらの言葉の意味するものを理解してはいないようだが」
「違う、私が言っているのは戦略だ兵站だ
学園で教えているような事ではない」
「ほとんど学園に通っていないのに
何故それらを教えていないとわかるのかね?」
「・・・・・・・・・・・・」
「学園で体系的に勉強することの価値の一つは
”車輪の再発明”をしないためだ
太古から現世まで人々がどのように考え、議論し
何を発明してきたのかを知ると言う事だ、そうしなければ
とうの昔に人々が考えつくしてきた事を、そして棄却した事を
それと知らずに見出して、新しい事を発見したと思い込む事になる
君がそうだ」
「違う、違う!、私は」
「君は君の頭の中から湧き出してくる”新しい”発想のうちでどれが
本当に新しい発想か見分けることが出来ない
価値のあるものとそうでないものを見分けることが出来ない
何故なら、君は学園で既存の知識を勉強してこなかったからだ
今まで多くの人々が積み上げてきたものを知らないからだ
だから
それらと比べて自分の発想が新しいものかそうでないかがわからない
世の中には人間が直感的に思いつきやすい
飛びつきやすい発想と言うものがある
そうした発想は大昔の人によって散々に議論されつくしている
既存の体系を馬鹿にしてまともに勉強してこなかった者たちは
大抵、そうした発想に飛びつく、そして大昔に人々が通った道を再現する
君がそうだ」
「・・・・・・・・・・・」
「君は常に薄い笑いを顔に張り付け、教室の後ろで腕組みをして
他の生徒たちを見下げてきた
本当に大切な事は勉強では分からない学校で人生の真理は学べないと言って
勉強に励む生徒たちを嗤ってきた
集団を作る生徒たちを群れなければ何も出来ない連中だと
周りに流されるしか出来ない連中だと言って嘲ってきた
教師たちの話を素直に聞く生徒たちを
「君は周りと異なる本を読み、異なるアニメを見て、異なるゲームをして
自分を持たない空虚な輩と言って馬鹿にしてきた
誰かが何かに挑戦し、失敗すると君は”フフッ”と笑声を漏らし
”まア、そんなもんだよな”と言って手を広げ踵を返して通り過ぎていった
何かに熱中している人に対して君はクィと首を傾け”哀れだな”
と言って微笑を浮かべてきた」
「あるとき君はスポーツに打ち込む生徒たちを前にして
これだけ
と、言い、それから”可哀想に”と言って歩き去っていった」
「その結果はどうだ、君は何も身につける事が出来なかった
君の”常識を疑い新しい事を発見する”とやらの中身は
学校で普通に教えられている事だった(注:詳細は書けない)
君はそれを何処かで聞きかじり新しい事だと思い込み
2ちゃんねる(現5ちゃんねる)で書き散らし
誰からも相手にされず発狂した、それが君の身につけた事の全てだ
今の君は何も持たない中年で、まともに働く事すらできず
学歴も無ければ資格も実績も無く未だに親の脛をかじっている」
「これまでに君がしたことと言えば、ゲームの攻略本やまとめサイト
で仕入れた知識を元に2ちゃんねる(現5ちゃんねる)で
戦略や兵站の”講義”をしたことだ
鼻で笑うような幾つかのレスが来た
君はpcの電源コードを引っこ抜き、部屋の隅へ遁走し
それから暫くはpcに目を向けないようにしてすごした」
「そんな君にも就職する機会があった、現今の人手不足は甚だしく
君ですら苦労もせずにある会社に潜りこむ事が出来た」
「当然ながら君は使い物にならなかった
”ここにあるctrl + cで、て何ですか?”と聞いて周りの人を唖然とさせた
また君は”講義"をしたがった
ある時は会社の先輩を捕まえて銀*伝の知識を元に政治の話をした
またある時はAI専攻の院生と他の社員たちの前で
AIの仕組みとか未来の展望とかについて延々と語った
君は
戸惑いと蔑みの混じった目、可哀想なものを見るような目
それらの目はこれからも君を見つめ続けるだろう
そして、これからも君がやらかす度に君を見つめる目は増えていくのだ」
「つくづく思うのは君は可哀想な人だと言う事だ
君は真の強者ではないのだ、真の才能でもないのだ
先覚者ではないのだ、天をうかがう伏龍でもないのだ
君はただのゴミだ」
「愚民どもがああああああああああぁぁぁァーーーーーーーーーーーっ!」
運動場にて薄汚れた野良着に
白無垢鳥の扇子を振り回している
教師と生徒たちが遠巻きにそれを見ている
「お前たちはっ、この私を可哀想な奴だと思っているんだろう
哀れな負け犬だと思っているんだろう
だがっ、そんなお前たちこそ本当に可哀想な奴だ!
何れわかるときが来る、誰が真実を話していたか真の強者だったか
知るときが来るっ!、そして、その時こうかいしても遅い
懺悔しても遅い、泣き喚いても遅い
私は省みない、私はそれほど慈悲に溢れてはいない」
男が生徒たちの群れに走り寄っていく
その先の生徒たちが後ろに広がるようにして距離をとる
「
学園の中央から数人の守衛がやってきて騒ぎの中心へと入っていく
その圧力に押されるようにして男は仰け反る
よろめき飛び
後ろに下がり、また2歩3歩とこちらに進むと
「こっ、こんな事をして、真の才能を認めないと」
守衛がさらに近づく、男は飛び
ついには反転して走り正門に近づき
また振り返って生徒たちに向かって飛び上がるようにして
「お前たちは恥ずかしくないのか、才能も無いくせに
金持ちの子弟だというだけで
ほのぼと送るお前たち自身がッ!」
「お
守衛が近づいていき、生徒たちが後ろに続く
「お前たちはっ、この私を無能だと思っているんだろう、教科書を鵜呑みにし常識に囚われた君たちにとって私は馬鹿にしか見えないんだろう、だが、大切なのは常識じゃない、お勉強じゃない、学歴じゃない、そんなものは真実と何の関係も無いっ!、私が中卒だからっ、それが何だっ!、漢字が書けないからっ、それが何だっ!、それが真理と何の関係があるっ!、それとも友達か、友達がいないから僕が可哀想だと言いたいのかっ!、友達がいて何になるっ、ゼロにゼロを掛けたってゼロのままだっ、無能が無能とつるんでピーチクパーチクおしゃべりをしてっ、それが何の役に立つっ、そんなものが大事だと言うならっ、お前たちは馴れ合っているがいい、アニメの話だとかゲームの話だとか、そういう下らない話に人生を費やすがいいっ!、それとも女か、僕に彼女がいないから、いたことがないから、可哀想だと言いたいのか、悪いのは女の方だっ!、上っ面ばかりを見て判断するっ!、僕に学歴が無いから、収入が無いから、まともな職歴がないから、生活力が無いから、暴言しか出てこないから、顔が五平餅みたいだから、体形が五平餅みたいだから、そんな下らない理由で、僕を避けるっ!、アボイドするっ、アホ共がっ!、お前たちなどこちらからお断りだっ!、自分が選ばれる立場だと思っているのかっ、選り好み出来る立場だと思っているのかっ、自分の
守衛が男の近くにくる、男は跳ね飛ばされるように走って敷石に躓いて
すっ転び、それから起き上がって
「私は生まれるのが早すぎた!」
と、叫びつつ向こうへ走っていく
正門から撃ち出されると
その
それを見るとクムルカルは上体を真横に倒して
ガリガリガリと齧り倒してやりたくなった
しかし、これは到底できぬ相談だった
クムルカルは齧歯類とは言い難く、歯が
その向こうに貧民どもがいた、どの顔にも
「お偉い様の通う学園から誰かが出てきたので銭でも物でも恵んで貰おうと思ったが、見れば、みすぼらしい身なりをしているから貰えるものが無さそうだ」
と、書いてあった
それを見るとクムルカルは麦の束に打ち付けられる
学園の制服を掲げ持ち奴らに押し付けるようにして
「私はミスラ魔法学園の生徒だったんだぞ!」と叫んでやりたかった
しかし、それはやりたくても出来ない事だった
制服は屋敷と共に燃えてしまっていた
クムルカルは貧民どもの中に足を踏み出すしかなかった
頭を突き出し腕を振り回し、ヨッタヨッタ進んでいくさまは
猛り狂ったオオアリクイも同様だった
汚らしい掘っ立て小屋の間を通り過ぎ、漸くに市場の辺りに来て
駅前のスタアバックスに飛び込こみ
トールサイズのダークモカチップクリームフラペチーノを
端の席に腰をおろし、会社の入っているビルデヂングの1階の
コンビニエンスで
退職願を書き始めた、家に戻ろうとは思えなかった
一刻も早く
上司の額に貼り付けてやりたかった
私は体を折り曲げて
それで机を覆うようにして隠しながら
字が流れていく、右のほうに傾いてだんだん小さくなっていくのだ
私は
また文章が右にずれて、しかも小さくなっているのだ
体がだんだんずれていくのだ
私は「っぁーーッ!」と息を吐き出し、机に体を押し込むようにして
そこで気づいて顔を上げれば、青スーツのツーブロックがギョッとして
こちらを見ている、私は咄嗟に電源の入っていないスマートフォンを取り
それに向かって「あっ、えっと、用事はですね」などと話しかける
そこを飛び出して、市街を歩き出せば、向こうで
「いたぞおおおおおおおおおおおおおお!」と、声が上がる
見れば、あの屋敷の奴隷が、座椅子にトウモロコシの粉をまぶしたような
あの役立たずの奴隷が叫んでいる
傍らの人面コオロギのような顔貌の男も叫び出した
「あいつだ!、屋敷に住まわせてやった恩に報いるどころか
学園で私の面子を潰し、それでも飽き足らずに屋敷まで燃やしやがった!」
「叩っ斬れェーーーーーーーー!」
その後ろから次々と男が飛び出してくる、手に手に
走るしかなかった、市街を抜けて、市場を抜けて、貧民窟を抜けて
大路を抜けて、垣根を越えて、走って、田畑を抜けて、畦道を抜けて
走って、走って、荒い呼吸をする、息が出来ない、体が痛い
汗が全身にへばり付いている、濡れている、後ろから、叫びが迫ってくる
痛む体を動かして、走って、走って、木の根を飛び越えて、木々の間を走り
虫にたかられながら、草をかきわけて、走って、走って、走っていく
私は、私はクムルカルなのに、こんなところで、こんなことをして
あの学園の無能ども、中身のない神童くん共、プーアな教師ども
・・・・・・学校の連中ども、・・・・・・・社のシステム部の連中ども!
次は本気を出してやるからな!