泥濘に咲く赫き牙   作:夜琥

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雨が泥を打ち据える音が、拠点のあちこちで絶え間なく響いている。

 

アタシは、濁った水たまりを避けもせずに歩き、点在するテントや崩れかけた小屋を一つひとつ回っていった。

 

同胞たちは、雨風を凌ぐだけで精一杯というように身を丸め、虚ろな目で地面を見つめている。

 

そんな彼らの前に立ち、アタシは告げた。

 

「アタシに従って。これからは、アタシが狼群のすべてを決めるから」

 

ほとんどの同胞は、アタシの言葉を耳に入れてすらいなかった。

 

あるいは、頭のおかしくなった子どもの冗談だとでも思ったのか、顔を背けてやり過ごそうとした。

 

だから、アタシは彼らに「いま」を教え込んだ。

 

殴って、蹴って、ナイフの柄で叩き潰して、アーツを使って切りつけた。

 

泥まみれの地面に倒れ伏し、悲鳴を上げても、アタシに従うと言わない限り、一切手を休めなかった。

 

「……ふざ、けるなッ! お前なんかに、従えるか!」

 

拠点のはずれにある壊れた柵のそばで、一人の若い同胞がアタシに向かって牙を剥いた。

 

恐怖で足を震わせながらも、彼は鉄パイプを握りしめ、アタシを睨みつけていた。

 

ドクン、と。

 

アタシの胸の奥で、小さな熱が跳ねた。

 

嬉しかった。

 

それまで死人のように俯いていた同胞が、明確に危機感を抱き、アタシという「いま」を見て、抗おうとしてくれたことが。

 

だけど。

 

アタシは泥を蹴り、彼の懐に潜り込んだ。

 

振るわれた鉄パイプを左手で弾き飛ばし、そのままの勢いで彼の胸ぐらを掴んで、ぬかるんだ地面へと力任せに叩き伏せる。

 

「ガッ……!?」

 

肺から空気が漏れる音。

 

アタシは彼の腹の上に馬乗りになり、振り上げた右の拳を、ためらいなくその顔面へと振り下ろした。

 

ゴッ、という鈍い音が響く。

 

血と泥が跳ね、アタシの頬を汚した。

 

それでもアタシは殴り続けた。

 

二度、三度。

 

「がぁッ……! あ……っ」

 

抵抗しようともがく腕を膝で押さえつけ、さらに拳を落とす。

 

アタシよりも体が大きくて、力だってあるはずなのに。

 

アタシよりも「弱い」ことが、狼群を守るために必要な「強さ」を持っていないことが、ただ純粋に腹立たしかった。

 

「やめ……やめてくれ、ロッシ……!」

 

ひしゃげた鼻から血を流し、彼は涙混じりに懇願した。

 

その言葉を聞いた瞬間、心はひどく冷めきった。

 

ズブッ、と。

 

アタシは腰から抜いた愛用のナイフを、彼の首元、頸動脈のすぐ上の泥に突き立てた。

 

「ヒッ……!」

 

刃が放つ冷たい金属の匂いと、あと数ミリで自分の喉笛が裂かれるという極限の恐怖。

 

彼の目が限界まで見開き、喉の奥からヒューヒューと引きつった呼吸の音が漏れる。

 

ナイフの峰越しに、彼の脈拍が早鐘のように打っているのが伝わってきた。

 

「『やめてくれ』……?」

 

アタシは刃を彼の皮膚にそっと押し当てたまま、呟く。

 

「そんな言葉、吐かないで。嫌なら、アタシを無理やり黙らせて。アタシの腕をへし折って、アタシの喉を食い破って」

 

「あ、あぁ……ッ」

 

「それができないなら、黙ってアタシに従って。理不尽に殺されたくないなら、理不尽に抗う力を見せてよ」

 

そうじゃなきゃ、「狼群」の牙がどれほど鋭く残酷なものか、知らしめることなんてできないんだから。

 

アタシは首元からナイフを引き抜き、服の裾で血と泥を拭ってから立ち上がった。

 

足元で震え上がり、すすり泣く彼を見下ろす。

 

周囲のテントの隙間から、その惨劇を見ていた他の同胞たちが、怯えきった目でアタシを見つめていた。

 

誰も、もう反発しようとはしなかった。

 

これでいい。これで狼群は1つにまとまった。

 

次は狩りの時間。

 

アタシ達が甘い相手じゃないことを教えてあげなくちゃ。

 

分かるまで何度だって。

 

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