無機質で小奇麗な建物。
人間たちが「ビジネス」と称して集まるその拠点は、空調が効いていて、床は靴の裏がキュッと鳴るほど磨き上げられていた。
「狼群」の同胞を狩り、金に変えていた人達の根城。
アタシがガラス扉を蹴り破って中へ入ると、上等なスーツを着た男たちと、重武装の用心棒たちが一斉にこちらを振り返った。
「な、なんだお前は!」
「……アタシの同胞を、返して」
アタシがマントの下から血の染み付いたナイフを抜き放つと、奥のソファにふんぞり返っていたリーダー格らしい男が、鼻で笑った。
「なんだ、迷子か? ……いや、ランドブレーカーの生き残りか。薄汚い犬っころが、一人で売られに来たってわけだ。おい、捕まえろ。傷はつけるなよ、高く売れるからな」
男の命令に、二人の用心棒が薄笑いを浮かべながらアタシに近づいてくる。
アタシは表情を変えず、床を蹴った。
「はっ、大人しく――ガッ!?」
油断しきっていた一人目の懐に潜り込み、下顎から脳天へ向けてナイフを突き立てる。
言葉を最後まで紡がせることなく、その喉笛から赤い飛沫が吹き上がった。磨き上げられた白い床に、赤い花を咲かせる。
「なっ……!?」
「おい! 遊んでねぇでやっちまえ!!」
その言葉を合図に、鼓膜を裂くような銃声が室内に響き渡る。
アタシは無遠慮に飛んでくる銃弾の雨の中へ飛び込んだ。
右肩に熱い衝撃が走り、肉を抉られる鈍い感覚が脳を打つ。でも、足は止めない。
「……っ」
痛い。だけど、この程度の痛みじゃアタシは止まれない。
銃を構えようとした男の顔面を蹴り飛ばし、背後から迫った別の男の刃を左腕で浅く受けながら、振り返りざまにその男の頸動脈を掻き切る。
「この、野良犬がァッ!」
横からアーツの灼熱が襲いかかり、炎がアタシの脇腹を舐めて服ごと皮膚を焦がした。
肉の焼ける嫌な匂いが鼻を突く。
「ハァッ……ハァ……」
息が荒くなる。視界の端が痛みのせいでチカチカと明滅する。
こいつらは、ランドブレーカーほど戦闘に長けているわけじゃない。
だけど、数の暴力と整った装備は、確実にアタシの体を削り取っていく。
「化け物か、こいつ……! 撃て! なぜ死なない!?早く殺せェッ!!」
男の怒声は、すでに情けない恐怖の悲鳴へと変わっていた。
けど。
「ふざけんな、こんな端金で命張れるかよ……!」
「逃げろ! 殺されるぞ!!」
彼らは理解していない。アタシが戦っているのは、生き残るためじゃない。
狼群に手を出すとどうなるか、その恐怖を彼らに刻み込むためだ。
「犬っころって、言ったよね……?」
アタシは逃げようとした炎を放った術師の腕を掴み、その関節を逆方向にへし折りながら、震えるリーダーの男を見据えて冷たく囁いた。
「じゃあ、あんたたちの喉笛を噛み千切るまで……離さないから」
数分後。
小奇麗だったビジネスの拠点は、むせ返るような血と臓物の匂いに満ちた泥濘へと変わっていた。
立っているのはアタシだけ。
息をしているもう1人は、地面に転がっていた。
「ひぃッ……! 悪かった、金ならある! 助けてくれッ!」
彼は血だまりの中で無様に這いつくばり、アタシの足元にすがりついて泣き叫んでいた。
アタシは血の滴るナイフの切っ先を彼の頬に滑らせた。
「……ここにいない同胞は、どこ? 誰に売ったの?」
「い、言う! 言うから命だけは……! 東にいるランドブレーカーの連中に全部引き渡した! 俺たちはただ仲介しただけで――」
「そう。わかった」
ランドブレーカーに引き渡された。
その事実が何を意味するのか、アタシは嫌というほど知っている。
……同胞たちはもう、生きてはいないだろう。
なら、こいつを生かしておく理由なんてない。
男の顔に一瞬、助かったという安堵の光が浮かんだ。
アタシはその顔を見下ろしながら、手首を返し、ナイフを彼の喉笛へ深々と沈め、そのまま横へと引き裂いた。
「が、はッ……ひゅ……!?」
血の泡を吹き、首を押さえて痙攣する男を一瞥もせず、アタシは立ち上がる。
全身のあちこちから血が流れ、焦げた皮膚がヒリヒリと悲鳴を上げている。
銃弾を食らった肩はひどく重い。
アタシは荒い呼吸を落ち着かせながら、黒ずんだマントの裾を強く引いて、ひどい流血の痕を隠すように体を包み込んだ。
***
冷たい雨の中、重い足を引きずって狼群の拠点へと帰還した。
雨音に混じって、泥を踏む微かな足音が聞こえる。
拠点の入り口の陰に、誰かが立っていた。
アタシが立ち止まって視線を向けると、そこにいたのはアタシが徹底的に痛めつけた、若い同胞だった。
彼の両手には、あの日の鉄パイプが握られている。
彼と目が合った。
彼の瞳の奥には、アタシに対する強烈な「恐怖」が張り付いていた。
あの日を思い出したように、鉄パイプを握る手が小刻みに震えているのがわかる。
だけど――それだけじゃなかった。
恐怖で後ずさる代わりに、彼は荒い呼吸を繰り返し、アタシを真っ直ぐに睨みつけてきた。
彼の中で渦巻いているのは、怯えと同時に、自分たちを食い物にしようとする外の理不尽、そして何よりアタシという存在への、「苛立ち」だった。
『こんな理不尽に、黙って殺されてたまるか』
彼が握りしめたその震える得物と、敵意に満ちた視線が、痛いほどにそう語っていた。
……ああっ。
全身の傷の痛みなんて、一瞬で吹き飛んでしまうくらい、胸の奥が熱くなった。
嬉しい。
アタシが与えた「理不尽」が、ただの絶望じゃなくて、彼を動かす「怒り」に変わってくれた。
牙を持とうとしてくれた。
少しずつ変わってくれてるんだ。
「……見張りの真似事? ご苦労さま。でも、邪魔だからどいて」
彼とすれ違う瞬間、アタシから濃厚な血の匂いが漂ったはずだ。
彼の息を呑む気配を背中に感じながら、アタシは傷の痛みを押し殺し、自分の家へと歩を進めた。
次はランドブレーカーをどうにかしなきゃ。