家に戻り、同胞たちから姿を隠せたとき、張り詰めていた糸が少しだけ緩んだ。
マントを脱ぎ、泥と血にまみれた服を剥ぎ取ると、ひどい鉄の匂いと、アーツで焦げた肉の匂いが狭い空間に充満する。
「……っ」
右肩の銃創、腕の切り傷、そして脇腹の火傷。
医療キットを開け、消毒薬をためらいなく傷口にぶちまけた。
「……ッ、う、ぐ……!」
悲鳴を殺すため、丸めた布切れを口に押し当てて思い切り噛み締める。
目の前が白くなるほどの激痛に全身から冷や汗が吹き出したが、絶対に外へ声は漏らさない。
今のアタシは、弱みなんて、一ミリだって見せちゃダメなんだから。
片手と歯を使って不器用に包帯をきつく巻き上げ、衣服で隠し切る。
痛みを無理やり意識の底へ押し込み、アタシは家の瓦礫の隙間からそっと外を覗き込んだ。
拠点は少しずつ、かつての姿を取り戻しつつあった。
泥まみれになりながら、木材を運んで崩れた柵を組み直している同胞たち。
あの日、アタシが力ずくで全員を黙らせた後、彼らに拠点の立て直しを任せた。
『言われた通りに動いた人には、ご飯をあげる。動かないなら、いらないよね』って。
初めは恐怖だけで渋々動いていた彼らだったけど、ちゃんと作業を終わらせた同胞に外で奪ってきた物資や食料を渡したら、みんな自分から道具を手に取るようになっていった。
自分たちの手で防壁を作って、少しでも暮らしを良くしようとしてる。
その光景が、何よりも尊いものに見えた
アタシは視線を戻し、机の上に広げた古ぼけた地図を見下ろした。
アタシ達にちょっかいを掛ける組織を潰して回る裏で、ずっと情報を集めてきた。
あの日のボーンクラッシャーの襲撃。同盟の裏切り。
キャトロやロサンじい達でさえ、押し切られてしまったあの戦力。
それがどこから来たのかを、アタシは調べてきた。
そして分かったのは、ボーンクラッシャーの中のいろんな派閥が、1人のリーダーに従っていること。
アタシ達「狼群」はその標的になっていたことだ。
ボーンクラッシャーとは以前から敵対していたこともあったから、納得がいく。
そしてアタシ達は負けた。
ボーンクラッシャーの中には、正面からの戦いを好む派閥もあれば、情報戦に強い派閥もある。
そう考えれば、情報操作をすることも簡単だっただろう。
同盟の裏切りも、間違った情報に踊らされていただけかもしれない。
正確なことは分からない。
だけど、アタシ達はもうお互いに後戻り出来ないところにいる。
死んだ人は帰ってこないんだから。
「・・・アタシも同じ、なのかもね」
恐怖で縛り付けて。
物資を奪って。
逆らえば、気に食わなければ、喉を掻っ切る。
アタシ達を狙っていた人間達だって、家族が、帰る家があったはずなのに。
ボーンクラッシャーと何も変わらない。
アタシは「狼群」の誇りを守っているつもりで、実際は―――
「っ・・・!」
ダメだ、いまのアタシはまともじゃない。
自分の考えが悪い方向に向かっているのが分かる。
今日はもう休もう。
そう考えて、アタシは寝床に向かう。
血が足りないのか、少しふらつく。
その拍子に、身体が棚にぶつかって、本や飾っていた置物が散らばる。
「いたた・・・」
散らかっちゃった。でも今日は片付ける気力もない。
立ち上がろうとして、一つの日記が目に入った。
「・・・これ」
その日記はアタシが、「ヒーローの背中」を、おとぎ話に出てくる「管理人」の話に夢中になっていたときのもの。
ヒーローに憧れて、活動していたときの思い出。
人助けをした。管理人なら見捨てないから。
ボーンクラッシャーを倒した。管理人なら非道を許さないから。
管理人の秘宝を探した。管理人に近づけると思ったから。
そんなに時間は経っていないはずなのに。
どうしてこんなにも懐かしく思えるんだろう。
「・・・ヒーローの道も楽じゃない」
そんな日々を過ごしていたのが、眩しく感じる。
アタシは管理人の背中を追いかけていたのに。
どこで間違えちゃったんだろう。
もし管理人がここにいたら、アタシはどう見えるのかな。
人殺し?
非道なランドブレーカー?
それとも。
「死に損ないの狼群?」
困ったな。全部正しいや。
でも、アタシはそれでも、やめない。
ヒーローの道からは逸れてしまったけど、アタシには、託してもらった想いがある。
狼群を守る必要があるんだ。
「・・・ヒーローの背中を追うのはここでおしまい」
日記の表紙をゆっくりなぞった後、アタシはそれをゴミ箱に入れた。
「・・・しっかりとアタシの背中を見せなくちゃ」
アタシが歩く道はきっと、ヒーローとは真逆の道。
狼群のみんなには無理やりアタシの背中を見せてる。
けど、みんなが、もっと先を見られるようになったとき。
きっとアタシを追い越してくれる。ヒーローの背中を追ってくれる。
そうなるように、アタシがみんなに想いを託すんだ。
キャトロ、ロサンじい、アタシ必ずやり切るから。
今日だけは、少し力を抜いてもいいよね。
涙が勝手に溢れてくる。
かなしくなんてないのに。