荒野の椿   作:クワ

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それぞれの思惑

 町の外れの山の上にあるトーチカを通り過ぎると、そこからはオドルスと呼ばれる黄色い大地が地平の彼方まで広がり、雲一つない青の境目(さかいめ)と相まって、まるでキリコの絵画の中に入り込んだような錯覚を覚えた。

(本当に、何もない)

 一時間程走っているが、先ほど三木が話した通り遮蔽物が殆どなく、あってもヒョロヒョロにやせ細った木がわずかに存在する程度で、とても隠れる場所を見いだせる以前の問題だった。

「飲料水の補給は足りていますか」

 三木はピクっと、驚いたような反応をし、ハンドルを人差し指でトントンと軽く叩きながら「足りない分はそれほど遠くない河から汲んでくるであります」

「それはなかなか骨が折れる」

「いやぁ……あはは」

 椿の問いを三木は笑ってごまかす。

 

司令殿(しれいどの)にご質問をしてもよろしいでしょうか」

 三木の上ずった渾身(こんしん)を込めた問いに、椿は何とも言えぬ微笑ましさを感じ軽く笑いながら「よろしいですよ」と答えた。

 

 三木は深く安堵し、「新しい部下が出来るかもともっぱらの評判で……」と問いつつ罵声(ばせい)が来ることを予想して、被弾除(ひだんよ)けの愛想笑いを浮かべた。

「三木少尉の部隊は?」

「はっ魔歩第1連隊であります」

「新たな部隊の追加の他、補充兵(ほじゅうへい)の増員があります」

「それでは」

 三木の声が弾む。

 

「魔歩隊と航空騎隊の補充兵に関しては、今の小隊を中心に新たな部隊を下に付ける予定ですので、実戦を行いながら戦闘技術向上を目指してください」

「しかしながら……今、自分たちの練度(れんど)も……」

「これでも、散々駆け回って陳情(ちんじょう)をして回してもらったのです」

 心配そうに口を濁す三木に椿は強い口調で言い放つ。

(プロイデンベルクの主力が北からバハロストック目指して進撃してきているので、それを迎撃するために辺境伯に援軍を送るのは分かるのだが、こちらを突破されては北の部隊が挟撃され、されれば友軍は全滅してしまうではないか)

 

「もう、翔陽には他部隊から引き抜ける魔歩の精鋭(せいえい)はいないのです」

 まるで心を読んでいるような椿の言葉に三木は驚きつつも多少失望した。

 雲ひとつない(さわ)やかな天上とは裏腹に魔動車の中には薄暗く重い空気が漂い、椿のこれからの行く末を暗示しているかのようであった。

 

楼湖

 

 軽い昼食を済ませ、テントから数歩外へ向かい歩み出すと、瞬く間に強烈な日差しが視線を数秒間奪い去った。

「うっ」

 徐々に戻ってゆく視界にはプロイデンベルクの赤鷲の旗が飛込んで来る。

 その深紅の旗が掲げられた大地のすぐ脇には、砂漠の強光を受け止めてキラキラと輝く湖が静かに豊潤(ほうじゅん)な水を湛えていた。

 

「司令、司令」

「ん?」

 ゆっくりと視線で声を追いかける。

「エルウィン司令」

 帽子の隙間から見える太陽光を弾き返すような黄金の髪がゆっくりとした風にそよそよとなびいている。

 

「ああ、ナイディンガー、どうしたんだい」

 エルウィンがにこやかに問いを発するとナイディンガーは右手を高く掲げ、言葉を続けた。

「翔陽の第三方面軍司令官が分かりました」

「ほう」

「秋川 椿少将です」

 エルウィンは視線を上に傾け記憶を手繰(たぐ)り寄せると興味ありげな面持(おもも)ちで次の言葉を待った。

 

「それと同時に現存部隊の補充兵と共に、数個師団を追加で派遣されて来ているとの事です」

 エルウィンは苦笑いを浮かべ頭を掻いた。

「やれやれ、こちらは補給もままならないのに……」

 現にパールサから背後を突くためにカイコロードを疾駆(しっく)してきたため、補給が追い付かずに物資が欠乏し補給を受けるために彷徨(さまよ)える湖と呼ばれる楼湖(ろうこ)まで後退していた。

 

「司令も有名になりました」

「そう冷やかすなよ」

 屈託(くったく)のない笑顔のナイディンガーに対し、エルウィンの顔が困った表情に変化した。

「秋川って翔陽とスーズルカが戦争した時の参謀だった……えーっと」

 エルウィンは帽子から砂をはたき落としながら独り言ともつかぬように話した。

「秋川 真好です」

「そうそう、その家の者なのかい」

 そう言ってエルウィンはナイディンガーの瞳に視線を合わせた。

 

「孫娘だとの事です」

「なるほどね」

 ナイディンガーの瞳は、まるで近くに佇む楼湖のように青く透き通る色を湛え、エルウィンにまっすぐ視線を向けている。

 

「少将が指令官って珍しいね」

 砂を落とした帽子を無造作に被った。

「はい、何でもメアリー女王の推薦だとの事です」

「椿という名前からして女性かな」

「よくご存じで」

「翔陽としては珍しいね」

「基本翔陽では女性が高級士官にはなれないはずなのですが、特別に配慮があったとの事です」

「特別?」

 エルウィンは不思議そうな声で返す。

 

「あくまで聞いた逸話ですが」と前置きをしてナイディンガーは話を続ける。

「はい、まだ、天仁皇帝の使者がお忍びで秋川邸に訪問した折、偶然不在だった真好の代わりに対応したのが、幼き秋川椿だったそうです」

「……」

「その椿は、まあ、アピールをしたかったのでしょうか、使者が来た理由をズバリ当て双方の軍の動かし方と勝利する方を言い当てたといいます」

「で、その戦いは」

「バレルーニャの戦いだとの事です」

「へえ、あのバステーリャ王国の内戦だな」

「はい、自由都市連合(じゆうとしれんごう)の軍とカルフォンソ国王・その宰相(さいしょう)バアモンデの軍との戦いです」

「天仁皇帝の使者は椿の事を女性にしておくのは惜しいと秋川邸の話と共に伝えたそうです」

「それで特例」

「はい、直接召し出して問いかけた所、その答えが正鵠(せいこく)を得ていたため、宰相に彼女は常人では無いだろうから彼女の意思を尊重しつつ、良き針路に進ませるよう指示をだしたとの事です」

 

「古来より机上の理論は優れていても、実戦では能力が無い者は多いが彼女はどうか」

「わかりません。わかりませんが、陸軍の士官学校および陸軍大学での成績は歴代でもトップクラスとのことです」

「他に知っていることはあるかい」

「……いえ、今のところは」

「わかった、ありがとう」

「はっ」

「翔陽のことで、何か新しい情報があったら知らせて欲しい」

「了解です」

 

(やれやれ、情報が少なくてどういう思考の人間かイマイチ見えてこないな)

 エルウィンはため息をついたかと思うとそのまま(きびす)を返してテントの中へと戻っていった。

 そのまま椅子にどっかりと腰かけて、思案にふけった。

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