荒野の椿   作:クワ

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トロイヤ王国の思惑

 帰路は任務も済んだとあって足取りは軽い。

 

「隊長、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ!」

 睡眠時間が足りないのもあって少々睡魔(すいま)に襲われては、魔動歩兵の走行の衝撃で目を覚ます。

 

 ふわぁ

 あくびがどれくらい出たのか覚えていない位あふれだした。

 

「どうせ眠れぬのなら何かやるか!」

「ただ、そん前にケツ痛いねん」

 魔動歩兵のコクピットは何処の国のものもそうだが、装甲の厚さを稼ぐために基本的に狭くかつ攻撃を受けた時の衝撃からパイロットを守るためにベルトでしっかりと体を固定している。

 しかも翔陽の物は、他の国家のものと違いクッションがすぐにへたってしまう。

 

「うわっと」

 ベルトを外し、おしりを上げると中に立てかけてあった銃がガタンと滑り落ちて、その衝撃でおいてある荷物の一部が雪崩を起こした。

「あちゃ~やってもうた」

 このままではハッチを開けた時に荷物が飛び出てしまう恐れがあるので、すぐに片付けることにした。

 

「えっと、どこだ?」

 操縦席の中は暗く手探りで落ちたものを拾い、形から物を判別し元有ったであろう位置に戻していく。

「元有ったといっても積み重ねているだけやからなぁ」

「これはなんや、水筒か」

「ホントに、人間の体はけったいやなぁーケツの痛み忘れとる」

 座席の奥にあるカバンから中身が飛び散ってしまっている。

「ペンやら服やらメチャクチャや」

 そんなおり、一冊の本に指が触れた。

 

「……そうや、こういう時に書き込まんでいつ書き込むねん」

 一冊のノート

 利津子のノートである。

「えーとペン、ペンっとどこ行った?」

 

 床を手でまさぐるとコロンと細長く丸いものに当たった。

「おっと落ちちゃう」

 どうにかペンを握ると、再び落とすことの無いようポケットに仕舞い、ノートを膝の上に乗せる。

「暗くてよく見えんわ」

 ハッチをほんの少し開け、わずかな光を取り込みノートを開く。

 

 三木は優しい顔になりながらノートに書かれた達筆な文字を見ていると、はっと何をするのかを思い出した。

「そうや、僕は会うた遊牧民のことやエナ・ホトの事を忘れんうちに書かなあかんねん」

 ノートをぺらぺらとめくり、白紙のページに変わったところでそこから10ページほどめくり、ポケットからペンを取り出す。

「利津子、借りるで。いつかは小説書くさかい、それまでは堪忍な」

 

 ゲルを見つけるための旅路、モキタルの長老とその家族、長老から聞いた内容、エナ・ホトへの旅路、城壁の中の街並み、城の中から見た全景、幽霊伝説、書くことが沢山ある。

「こなんやったら、ジンテムハーンのことやったりその兄弟、息子、家臣たちの伝承でも聞いとくんやった」

 おちゃらけた言動をしつつ目は正直に心を写し、寂し気にノートを捉えていた。

 城壁は300メートル四方ほどあり高さは3メートルほど、、中の家々は崩壊していたが……。

 小隊は黄砂(こうさ)舞う中ゆっくりと前進していった。

 

楼湖周辺

 

 さらさらと静かに砂が流れるのも見飽きたと立ち上がると皆も続いて立ち上がる。

 エルウィンは、いくども補給の要請の暗号文を送るも結果が返ってこない。

「いっそのこと撤退しようか」

 ナイディンガーはエルウィンが笑いながら冗談を言っているようで、その実冗談ではないことが多々ありこの手の冗談を振られても扱いに困っていた。

 

「司令、ご冗談を、我々は負けておりませんよ」

 ナイディンガーのそのセリフもナイディンガー自身が何の慰めにもならないことはわかっていた。

「魔動歩兵の部品は足りているか?」

 エルウィンは恨めしそうにナイディンガーに視線を送る。

「それなりですね」

「では、航空騎の部品は?」

「そちらは足りているとの事です」

「そうか」

 

 なにせ戦場が砂漠のために小さな砂が機械の隙間から侵入してくるので、プロイデンベルク国内の耐久実験より環境が悪く、ゆえに稼働率(かどうりつ)を維持するため高頻度(こうひんど)でオーバーホールが必要となり、この冷たい砂漠の環境でそれを行うとなると兵士の負担が馬鹿にならなかった。

 補給も遅れ、栄養状態も芳しくない中のそれなので、体調を崩す者も現れ、エルウィン自身も万全とは言えない体調だった。

 

「司令、少しお休みください、しばらく休んでおられなかったでしょうから」

 エルウィンは帽子に乗ったゴーグルに手をやり、しきりに位置を調整し、ナイディンガーの言葉を聞き流した。

(困ったお人だ)

 ナイディンガーが内心呆れて何か言葉に出そうとした時だった。

「ジリリリリ」

 通信所の無線を知らせるベルが鳴るのが聞こえた。

 

「果報は寝て待て」

「何ですか、それ?」

 ナイディンガーの質問にエルウィンは砂の上に横たわる。

「翔陽のことわざだそうだ」

 目を閉じたエルウィンの元に嬉しそうな笑みをたたえた通信兵が駆けて来る。

「司令、あの様子だと、あのことわざ、まんざらでもないかもしれませんよ」

 エルウィンは片目を開けて通信兵に視線を送った。

 

「ハアハアハアハア」

「まずは落ち着け、司令の前だ!」

 荒い息をする兵をナイディンガーがたしなめると、兵は後ろを向いて深呼吸を数回繰り返し、落ち着いたところでエルウィンの方へ向き直り報告を始めた。

 

「参謀本部より入電です。属国のトロイヤ王国第10、20、21軍団と我が国の1旅団ほどの補充兵に、航空騎隊の補充も合わせて送ってくれるそうです」

「よっと」

 エルウィンは体を起こし、ずり落ちた帽子を頭に乗せると顔を上げた。

 

「司令、良かったですね」

 ナイディンガーの言葉に微笑みをもって返し、通信兵に向け質問をした。

「いつ、来るんだい」

「それが、パールサのパルサポリスを昨日出た所だそうです」

「どんな兵器が補充されるか聞いたかい」

「あ、いや、申し訳ございません」

「いや、いい」

「はっ、それと、物資の一部を航空騎に乗せて飛ばしたとの事でした」

「……そうか、ありがとう」

 残念そうな顔に戻ったエルウィンに通信兵は戸惑いながらも回答し、報告が終わるとその場を後にした。

 

「ふぅ」

「アミルカレ三世のじいさん、勝てると思って恩を売りに来たな」

 エルウィンは呆れ声を言葉にだした。

「そんなに楽な戦いではないのですけどね」

「はたから見ると、頭でっかちの女性を蹴散らしているように見えるのかね」

「司令はなんたって名将ですから」

 ナイディンガーは含み笑いをエルウィンに向ける。

 

「ふぅ、やれやれ」

「来るものは使ってやりましょう」

 そう話しながら視線を遠くに投げた。

「しかし、この気候だとトロイヤ軍いつ来るか計算が立たないな」

「そこは、果報は寝て待てとおっしゃいませんでしたっけ?」

 ナイディンガーの冗談にエルウィンはため息をつく。

「いつの間に冗談ばかり言うようになったんだ?」

 ナイディンガーはエルウィンに向けて軽くうなずくと、踵を返しゆっくりと歩き出した。

 日はゆっくりと傾き始めていた。

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