東方無頼郷「幻想郷に善人はいない」   作:たこ焼き 龍月

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第六章 水止めの夜

 

 

 地霊殿の奥には、地図に載らない水路がある。

 

 地上の川でもない。

 霧の湖の底でもない。

 人里の井戸でもない。

 

 それは、幻想郷の下を這う古い流れだった。

 

 岩の隙間を抜け、熱を帯びた石の下を通り、忘れられた排水溝を伝い、時には境界のほつれに触れながら、静かに流れている。

 

 水音は、最初は細かった。

 

 だが奥へ進むほど、その音は太くなる。

 

 ごう、ごう、と。

 まるで地底そのものが喉を鳴らしているようだった。

 

 博麗霊夢は、湿った岩道を進みながら顔をしかめた。

 

「本当に嫌な場所ね」

 

 隣を飛ぶ魔理沙が笑う。

 

「地底のさらに奥だぜ。快適だったら逆に怖いだろ」

 

「それもそうだけど」

 

 足元には黒い水が流れていた。

 水というより、薄い墨を混ぜたような色だった。濁りは強く、表面に細かな金属粉が浮いている。

 

 にとりがその水を見て、低く言った。

 

「濃くなってる」

 

「地上へ行く前の濁りか」

 

 村紗が尋ねる。

 

「たぶんね。ここで混ぜて、それぞれの水路へ薄めながら流してる」

 

 鈴仙が小瓶に水を取る。

 

「師匠、成分がかなり強いです」

 

 八意永琳は瓶を受け取り、少し振った。

 

「毒ではない。けれど、水としては使えない。人里の井戸に流れれば、すぐに不安が広がる濃さね」

 

「人を倒すためじゃなく、不安にさせるための濁り」

 

 早苗が呟く。

 

 永琳は頷いた。

 

「ええ。よく考えられているわ。悪意としては中途半端。商売としては優秀」

 

 霊夢は舌打ちした。

 

「褒めないで」

 

「事実よ」

 

 先頭を歩いていた古明地さとりが足を止めた。

 

「ここから先です」

 

 その先には、大きな空洞があった。

 

 地底の岩盤が丸くくり抜かれたような空間。

 天井からは何本もの古い管が垂れ下がり、壁には錆びた水門が並んでいる。中央には黒い水溜まりがあり、その周囲を青い金属筒が取り囲んでいた。

 

 水はそこへ集められ、濁りを加えられ、別の管へ送られている。

 

 まるで、水の賭場だった。

 

 流れを止め、流れを変え、流れに値段をつけるための場所。

 

 にとりが息を呑んだ。

 

「青筒の中枢管……本当に残ってたのか」

 

 霊夢が聞く。

 

「知ってたの?」

 

「噂だけ。古い河童が作った水路調整場だって。でも、とっくに潰れたと思ってた」

 

 村紗は水溜まりを見て、嫌悪を隠さなかった。

 

「船乗りの前で、よくこんな真似ができる」

 

 咲夜は壁の水門を見た。

 

「紅魔館の地下へ繋がるものもありますね」

 

 早苗も言う。

 

「守矢の水車へ戻る水路も」

 

 永琳が静かに指差した。

 

「竹林と永遠亭の薬用水もある」

 

 紫は扇で口元を隠しながら、空洞の奥を見ていた。

 

「境界水脈にも触れているわ。無理に壊せば、水だけでは済まない」

 

「またそれ?」

 

 霊夢が睨む。

 

「事実よ」

 

「じゃあ壊さず止める」

 

「簡単に言うわね」

 

「簡単じゃないから、あんたたちがいるんでしょ」

 

 紫は少しだけ笑った。

 

「使われる側になった気分は複雑ね」

 

「慣れなさい」

 

 その時、空洞の奥から拍手が聞こえた。

 

 ぱち、ぱち、ぱち。

 

 乾いた音が、水音の中に響く。

 

 青い作業着を着た河童たちが、影の中から現れた。十人ほど。いずれも工具を持ち、目元を濡れ布で覆っている。

 

 その中心に、一人だけ年老いた河童がいた。

 

 背は低い。

 だが、腰は曲がっていない。

 青く錆びた金属筒を杖のように持ち、霊夢をまっすぐ見ている。

 

 にとりが低く言った。

 

「青筒組の頭領……筒守玄水」

 

 玄水と呼ばれた河童は、しわがれた声で笑った。

 

「河城の娘か。お前も地上の連中と来たか」

 

「水を売るために濁らせる連中と一緒にするな」

 

「若いな」

 

 玄水は霊夢へ視線を移す。

 

「博麗の巫女。ようやく来たか」

 

「呼ばれた覚えはないわ」

 

「水を止めれば、いずれ来る。博麗はそういう場所だ」

 

「人の神社を呼び鈴みたいに言わないで」

 

 玄水は笑った。

 

「違うのか? 人里が困れば博麗を呼ぶ。妖怪が騒げば博麗を呼ぶ。水が止まれば博麗を呼ぶ。ならば、博麗に話を通すのが一番早い」

 

 霊夢は水溜まりを見た。

 

「これが話を通すやり方?」

 

「水を見せているだけだ」

 

「濁らせてるでしょ」

 

「濁りもまた、情報だ」

 

 玄水は青い杖で地面を叩いた。

 

「霧の湖が減った。人里の井戸が濁った。紅魔館の貯水槽が震えた。守矢の水車が止まった。命蓮寺の船が動かなくなった。永遠亭の薬用水が揺らいだ。そこで初めて、全員が水の流れを見た」

 

 霊夢は黙っている。

 

 玄水は続けた。

 

「誰も見ていなかった。使う者はいた。囲う者はいた。売る者もいた。だが、流れそのものに責任を持つ者はいなかった」

 

 神奈子に似た言葉だった。

 だが、神奈子の言葉と違うのは、そこに責任ではなく値段の匂いがあることだった。

 

 早苗が一歩前に出た。

 

「だから、水を止めたんですか」

 

「そうだ」

 

「人里の井戸まで濁らせて?」

 

「少しだけだ」

 

「少しでも、人は不安になります」

 

「その不安が、管理の必要性を教える」

 

 村紗が怒りを含んだ声で言った。

 

「命蓮寺の船も止めたな」

 

「船が動かなければ、荷の価値が分かる。水路の価値も分かる」

 

「水運を脅しに使うな」

 

「水運は元から力だろう。お前たちはそれを救済と呼ぶ。我々は管理と呼ぶ。違いは名前だけだ」

 

 白蓮がいれば、静かに反論したかもしれない。

 だがここにいる村紗は、拳を握るだけだった。

 

 咲夜が静かに口を開いた。

 

「紅魔館の封印紙を偽造したのもあなた方ですか」

 

「一部はな」

 

「一部?」

 

「偽造は分業だ。博麗の札、紅魔館の封印、守矢の神紋、命蓮寺の荷札。全てを青筒だけで作ったわけではない」

 

 霊夢の目が細くなる。

 

「誰が協力したの」

 

 玄水は笑った。

 

「水は広い。金も広い。困っている者、儲けたい者、責任を押しつけたい者。そういう者はどこにでもいる」

 

 さとりが静かに言った。

 

「彼は具体名を隠しています。ただ、複数の勢力の末端と取引したのは事実です」

 

 玄水はさとりを見る。

 

「心を読む妖怪は厄介だな」

 

「濁った心は、濁った水より見やすいものです」

 

 霊夢は御札を取り出した。

 

「もういいわ。水を戻しなさい」

 

「戻すとも」

 

 玄水は頷いた。

 

「条件がある」

 

「聞かない」

 

「聞くことになる」

 

 玄水が青い杖を掲げた。

 

 その瞬間、空洞の水門が一斉に軋んだ。

 

 ごごご、と岩が震える。

 黒い水溜まりの水位が下がり始める。

 同時に、壁の管へ水が吸い込まれていく。

 

 にとりが叫んだ。

 

「まずい! 全水門を閉じる気だ!」

 

「どうなるの」

 

 霊夢が聞く。

 

「地上側の流れが一気に止まる。霧の湖、人里、命蓮寺、紅魔館、全部だ!」

 

 永琳が険しい顔で言った。

 

「永遠亭の薬用水も止まるわ。水質以前に、水が来なくなる」

 

 玄水は落ち着いた声で言った。

 

「博麗神社に、正式な水裁定を求める。青筒組を幻想郷水利管理者として認めろ。認めれば水を戻す」

 

「認めなかったら?」

 

「一晩、水を止める」

 

 早苗が息を呑む。

 

「一晩……」

 

「死者は出ない。だが、全員が水の価値を思い知る」

 

 霊夢の表情が消えた。

 

「一晩なら許されると思ってるの?」

 

「許すかどうかを決めるのが博麗だろう」

 

「じゃあ今決めるわ」

 

 霊夢は札を構えた。

 

「不許可」

 

 玄水は笑った。

 

「早すぎる裁定だ」

 

「水を止めた奴に、水は任せない」

 

 その言葉と同時に、霊夢は飛んだ。

 

 だが、玄水の周囲に青い水柱が立ち上がる。

 水柱は壁の管から噴き出し、霊夢の進路を塞いだ。

 

 魔理沙が横から光を放つ。

 

「どけ!」

 

 光が水柱を裂く。

 しかし水はすぐに形を戻した。

 

 にとりが工具箱を開け、叫ぶ。

 

「霊夢! 玄水を殴っても駄目だ! 水門を止めないと!」

 

「どれ!」

 

「全部!」

 

「最悪じゃない!」

 

 村紗が碇を振り、水の流れを読む。

 

「あの中央の水溜まりが親だ! そこから各水門へ圧が行ってる!」

 

 咲夜が一瞬で動いた。

 

 空洞のあちこちに、紅い刃が閃く。

 水門の操作具に刺さり、いくつかの管が止まる。

 

「一部、固定しました」

 

 早苗は御幣を振るい、風で水流を押さえた。

 

「守矢側の管、流れを逆に押さえます!」

 

 にとりは水門へ飛びつき、工具で青い筒を外そうとする。

 

「くそ、古い型なのに厄介な固定してる!」

 

 鈴仙は濁った水が飛び散らないように、薬箱から布と薬液を取り出して負傷者用の場所を作る。永琳は水質を確認しながら、どの管を先に止めるべきか指示した。

 

「人里の井戸へ向かう管を優先。次に薬用水。命蓮寺の水運は一時的に後回しでも持つ」

 

 村紗が怒る。

 

「後回しかよ!」

 

「船は待てる。飲み水と薬は待てない」

 

 村紗は一瞬だけ黙り、それから頷いた。

 

「分かった。命蓮寺の分は私が持たせる」

 

 紫は境界の裂け目をいくつも開き、水の逃げ道を一時的にずらした。

 

「無理に塞がないで。逃がしながら戻すのよ」

 

 霊夢は玄水を睨む。

 

「逃げ道を作るのは得意ね」

 

「あなたほどではないわ」

 

「今は褒めてない」

 

 さとりは青筒組の河童たちの動きを読み、お燐へ指示した。

 

「右奥の二人、逃げるつもりです」

 

「はいよ!」

 

 お燐が車輪を走らせ、河童たちの退路を塞ぐ。

 

 さらに空洞の天井近くで、霊烏路空が姿を見せた。

 

「さとり様、あれ燃やしていい?」

 

「駄目です」

 

「ちょっとだけ」

 

「駄目です」

 

 霊夢が叫ぶ。

 

「絶対駄目!」

 

 空は不満そうに頬を膨らませた。

 

 玄水はその混乱を見ても、まだ落ち着いていた。

 

「見事だ。だが、寄せ集めでは水は戻らない。博麗、今からでも遅くはない。青筒を認めろ。我々なら、全ての水門を一つの帳面で管理できる」

 

 霊夢は水柱を避けながら答えた。

 

「帳面で水を支配する気?」

 

「支配ではない。管理だ」

 

「止めてから言う管理なんて、ただの脅しよ」

 

「脅しも交渉の一部だ」

 

「それを言った時点で、終わり」

 

 霊夢は本物の博麗札を取り出した。

 

 だが、札を貼る場所がない。

 中央の水溜まりに貼れば、流れは一時的に止まるかもしれない。

 しかし、境界水脈にも干渉する恐れがある。

 

 紫が霊夢の考えを読んだように言った。

 

「そこに貼れば、地上の水は止まるわよ」

 

「分かってる」

 

「でも、貼らないと青筒の流れは止まらない」

 

「それも分かってる」

 

 霊夢は歯を噛んだ。

 

 力で封じれば早い。

 だが、それでは青筒組と同じだ。

 

 水を止めて解決した気になるだけ。

 

 その時、にとりが叫んだ。

 

「霊夢! 貼るなら水溜まりじゃない! 古い分岐だ!」

 

「どこ!」

 

 にとりは黒い水に膝まで浸かりながら、壁の奥を指した。

 

「中央の裏! 青筒が後付けした管じゃなくて、元からあった分岐! そこに貼れば、水を止めるんじゃなくて、元の流れへ戻せる!」

 

 紫が目を細める。

 

「なるほど。境界を閉じるのではなく、流れの境目を戻すのね」

 

「できるの?」

 

 魔理沙が聞く。

 

 紫は霊夢を見る。

 

「博麗なら」

 

「またそういう言い方」

 

 霊夢は飛んだ。

 

 玄水が杖を振る。

 水柱が霊夢を追う。

 

 魔理沙の光がそれを弾く。

 

「行け、霊夢!」

 

 咲夜が時間を切るように動き、水流の一瞬の隙間を作る。

 早苗の風が霊夢の背を押す。

 村紗が碇で水の流れを横へずらす。

 紫が隙間を開き、霊夢の進路を一瞬だけ短くする。

 

 霊夢は中央の水溜まりの裏側へ回り込んだ。

 

 そこに、古い石の継ぎ目があった。

 

 水が、そこから泣くように漏れている。

 

 青筒組の管は、その継ぎ目に無理やり差し込まれていた。

 水は本来の流れを曲げられ、濁りの中へ引き込まれていた。

 

 霊夢は札を構えた。

 

 玄水の声が響く。

 

「貼るな、博麗! そこを戻せば、水はまた誰のものでもなくなる!」

 

「それでいいのよ!」

 

 霊夢は本物の博麗札を、古い分岐に貼った。

 

 瞬間、空洞の水音が消えた。

 

 一呼吸。

 

 完全な静寂。

 

 次の瞬間、水が動いた。

 

 黒い水溜まりに集まっていた流れが、逆にほどけていく。

 無理やり吸い込まれていた水が、本来の管へ戻り始める。

 青筒組の青い筒が次々と震え、いくつかは弾けるように外れた。

 

 にとりが叫ぶ。

 

「戻った! 人里側、流れた!」

 

 早苗が御幣を握りしめる。

 

「守矢側も、少しずつ戻っています!」

 

 咲夜が言った。

 

「紅魔館の地下管、逆流が止まりました」

 

 村紗が水音を聞いた。

 

「命蓮寺の水路にも戻る。浅いが、流れはある」

 

 鈴仙が小瓶を確認する。

 

「薬用水の濁りも薄くなっています!」

 

 永琳は静かに頷いた。

 

「応急処置としては上出来ね」

 

 魔理沙が笑う。

 

「霊夢にしては繊細だったな」

 

「うるさい」

 

 霊夢は濡れた袖を払った。

 

 玄水は青い杖を握ったまま、動かなかった。

 

 彼の足元には、外れた青筒が転がっている。

 

「水が……戻った」

 

「そうよ」

 

 霊夢は玄水の前に立った。

 

「誰のものでもない場所にね」

 

 玄水は笑おうとした。

 だが、笑えなかった。

 

「一時的だ。古い水路はまた詰まる。誰かが管理しなければ、また同じことが起きる」

 

「それは否定しない」

 

 霊夢の答えに、玄水は顔を上げた。

 

「なら」

 

「でも、あんたたちには任せない」

 

 霊夢はきっぱりと言った。

 

「水を止めて、濁らせて、不安に値段をつけた。そんな奴が管理者になれるわけないでしょ」

 

 玄水は低く言った。

 

「青筒なしで、幻想郷の水路を維持できると思うのか」

 

「できるかどうかは知らない」

 

 霊夢は周囲を見た。

 

 にとり。

 早苗。

 咲夜。

 村紗。

 鈴仙。

 永琳。

 さとり。

 紫。

 魔理沙。

 

「でも、あんたたちだけで握らせるよりはマシよ」

 

 さとりが捕らえた河童たちを見た。

 

「逃げる心が増えています」

 

 お燐が車輪を鳴らした。

 

「じゃあ、逃がさないようにしないとね」

 

 咲夜が静かにナイフを構える。

 

「紅魔館の名を使った分は、きちんと話を聞かせていただきます」

 

 早苗も御幣を下ろさなかった。

 

「守矢の名を使ったことも」

 

 村紗は碇を肩に担いだ。

 

「命蓮寺の水路を止めたこともな」

 

 にとりは玄水を見て、苦い顔をした。

 

「河童の面汚しだよ」

 

 玄水は周囲を見回した。

 

 そして、小さく笑った。

 

「ならば、博麗神社で裁け」

 

 霊夢は眉をひそめる。

 

「何?」

 

「ここで我々を捕まえて終わりにしても、水の問題は残る。紅魔館の貯水槽。守矢の水利計画。命蓮寺の水運。永遠亭の薬用水。人里の井戸。八雲の境界水脈」

 

 玄水の声は、まだ消えていなかった。

 

「全てを表に出して裁けるのか、博麗」

 

 霊夢は黙った。

 

 玄水の言葉は、最後の悪あがきだった。

 だが、間違ってはいない。

 

 青筒組を捕まえれば、水は一時的に戻る。

 しかし、水をめぐる利権は消えない。

 

 紅魔館はこれからも湖の水を引く。

 守矢は水利計画を諦めない。

 命蓮寺は水運を続ける。

 永遠亭は薬用水を必要とする。

 人里は井戸を守らなければならない。

 紫は境界水脈を隠したがる。

 

 裁かなければならないのは、青筒組だけではない。

 

 霊夢は短く息を吐いた。

 

「いいわ」

 

 魔理沙が目を丸くした。

 

「いいのか?」

 

「博麗神社に全員呼ぶ」

 

 紫が少し笑った。

 

「また大変なことを言い出したわね」

 

「元はと言えば、あんたも隠してたでしょ」

 

「否定はしないわ」

 

「なら来なさい」

 

 永琳が言った。

 

「永遠亭も?」

 

「当然」

 

「面倒ね」

 

「私が一番面倒だと思ってるわよ」

 

 にとりが聞いた。

 

「河童はどうする?」

 

「青筒組は拘束。にとり、あんたが河童側の説明役」

 

「私かよ」

 

「他に信用できる河童がいるの?」

 

 にとりは言葉に詰まり、ため息をついた。

 

「分かったよ」

 

 村紗は頷いた。

 

「命蓮寺へ伝える。白蓮も来るだろう」

 

 咲夜も言った。

 

「紅魔館には私が連絡します。お嬢様は必ず来るでしょう」

 

「来なくていいのに」

 

 霊夢が呟く。

 

「必ず来ます」

 

「でしょうね」

 

 早苗は御幣を握り直した。

 

「守矢も出席します。神奈子様に伝えます」

 

 鈴仙も頭を下げる。

 

「師匠と一緒に永遠亭の分析結果を持っていきます」

 

 さとりは玄水たちを見る。

 

「青筒組はこちらで一時拘束します。逃げようとすれば、心を読んで止めます」

 

 お燐が笑う。

 

「地底で逃げるのはおすすめしないよ」

 

 空が少し残念そうに言った。

 

「燃やさないの?」

 

「燃やしません」

 

 さとりが即答した。

 

 霊夢は中央の水溜まりを見た。

 

 黒い濁りは、少しずつ薄くなっていた。

 水はまだ完全には戻っていない。

 だが、止まってはいない。

 

 流れ始めた。

 

 それだけで十分だった。

 

 地上へ戻る頃には、夜になっていた。

 

 霧の湖の水位はまだ低い。

 人里の井戸も完全には澄んでいない。

 命蓮寺の船はまだ浅瀬に引っかかり、紅魔館の地下水路は応急封鎖中。守矢の水車も止まったままだ。

 

 だが、水は少しずつ戻っている。

 

 博麗神社の境内には、すでに明かりが灯されていた。

 

 霊夢が連絡を出す前から、いくつかの勢力は来始めていた。

 

 人里からは慧音と妹紅。

 守矢からは神奈子と諏訪子。

 紅魔館からはレミリアと咲夜。

 命蓮寺からは白蓮と村紗。

 永遠亭からは永琳と鈴仙。

 河童からはにとり。

 八雲紫は、当然のように縁側の端にいた。

 地霊殿からはさとりが、青筒組の拘束報告を持って来ている。

 

 魔理沙は境内を見回した。

 

「また全員集合だな」

 

 霊夢は賽銭箱の前に立った。

 

「今度は神社でやる」

 

 慧音が静かに聞いた。

 

「裁定か」

 

「そうよ」

 

「記録する」

 

「好きにしなさい」

 

 妹紅が腕を組んだ。

 

「青筒組だけを悪者にして終わらせる気じゃないだろうな」

 

 霊夢は妹紅を見た。

 

「そんな楽な終わり方、できると思う?」

 

 妹紅は少しだけ笑った。

 

「思わない」

 

 霊夢は境内に集まった者たちを見た。

 

 水を囲った者。

 水を計画した者。

 水を運んだ者。

 水を使った者。

 水を隠した者。

 水を止めた者。

 そして、水を裁く者。

 

 全員が、少しずつ後ろ暗い。

 

 だからこそ、博麗が前に立つ。

 

 霊夢は濡れた袖を払うと、賽銭箱の前に本物の札を置いた。

 

「始めるわ」

 

 その声で、境内のざわめきが止まった。

 

「博麗水裁定を」

 

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