東方無頼郷「幻想郷に善人はいない」   作:たこ焼き 龍月

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第二章 命蓮寺救済会

 

 

 命蓮寺の朝は、人里より少し早い。

 

 山門の前に箒の音がする。

 境内の石畳に、まだ夜の湿り気が残っている。

 本堂の奥では、薄く香が焚かれていた。

 

 白蓮は、開け放した本堂の前に立っていた。

 

 境内には、すでに人が集まり始めている。

 

 老人。

 子を連れた女。

 抗争で家族を亡くした者。

 夜眠れないと言う者。

 妖怪の姿を見るだけで身を固くする者。

 逆に、人里に入ることを怖がる小さな妖怪。

 

 守矢の安心講とは違う顔ぶれだった。

 

 向こうは広場で行われた。

 机があり、名簿があり、避難路や井戸の話があった。

 

 こちらは寺だ。

 

 畳があり、香があり、供養の灯があり、誰かの話を聞くための静けさがある。

 

 聖白蓮は、集まった者たちへ深く頭を下げた。

 

「本日は、命蓮寺救済会へお越しいただき、ありがとうございます」

 

 声は柔らかい。

 

 けれど、よく通る。

 

「ここでは、供養を求める方、話を聞いてほしい方、不安を抱えている方、誰でもお受けします。寄進できるかどうか、信仰があるかどうかは問いません」

 

 境内に、少し安堵した空気が広がった。

 

 それを見て、村紗水蜜は本堂の脇で腕を組んだ。

 

「来たな」

 

 雲居一輪が帳面を持って横に立つ。

 

「思ったより多いですね」

 

「そりゃ来るだろ。みんな疲れてる」

 

 村紗は境内を見回した。

 

「水が濁った。道が消えた。死者の名まで使われた。どこにすがればいいか分からない奴らばかりだ」

 

 一輪は静かに頷く。

 

「受け入れること自体は、必要です」

 

「それは分かってる」

 

 村紗は低く言った。

 

「でも、受け入れるってのは、口で言うほど軽くない」

 

 境内の端には、炊き出しの鍋が置かれている。

 相談用の部屋も用意した。

 供養の灯籠も並べた。

 子供連れのために、座布団も増やした。

 

 それらは全部、誰かが用意する。

 

 飯も、布も、香も、灯籠も、紙も、墨も、人手もいる。

 

 救いはただでは回らない。

 

 村紗は、その現実をよく分かっていた。

 

   *

 

 最初に本堂へ入ったのは、年老いた女だった。

 

 白蓮の前に座り、長く黙っていた。

 

 白蓮は急かさない。

 

 ただ、茶を出し、静かに待つ。

 

 やがて女は言った。

 

「亡くなった息子の名が、前の騒ぎで証文に使われました」

 

 白蓮は静かに頷いた。

 

「聞いています」

 

「あれから、息子の名前を見るのが怖いんです」

 

 女は膝の上で手を握った。

 

「供養は済ませたはずなのに、また誰かがあの子の名前を使うんじゃないかと」

 

「不安だったのですね」

 

「はい」

 

 白蓮は短く目を閉じた。

 

 そして言う。

 

「今日は、お名前を書かなくても構いません。話せるところだけでよいのです」

 

 女は驚いたように顔を上げた。

 

「書かなくていいのですか」

 

「はい。供養に必要な時だけ、あなたが望む形で残します。ここでは、無理に記録しません」

 

 女の目に、少しだけ涙が浮かんだ。

 

 白蓮は手を合わせる。

 

「亡き方の名は、他人の都合で使われるものではありません。あなたが恐れずに呼べる時が来るまで、急がなくてよいのです」

 

 女は深く頭を下げた。

 

 その様子を、早苗は境内の端から見ていた。

 

 東風谷早苗は、守矢の使いとして来たわけではない。

 

 表向きは、命蓮寺の救済会がどのように行われているかを見るため。

 しかし、実際には気になっていた。

 

 昨日の安心講の後、守矢の名簿へ名前を書いた者たちの何人かが、今日ここに来ている。

 

 早苗には、それが少し苦しかった。

 

 守矢では足りなかったのだろうか。

 安心講では救えなかったのだろうか。

 自分たちは、人里を安心させたかっただけなのに。

 

 その横に、霊夢がいつの間にか立っていた。

 

「見学?」

 

 早苗はびくっとする。

 

「霊夢さん」

 

「そんな顔で見てると、寺の人に怒られるわよ」

 

「どんな顔ですか」

 

「面倒な顔」

 

 早苗は困ったように笑う。

 

「……命蓮寺は、すごいですね」

 

「何が」

 

「名前を書かなくてもいいと言いました」

 

「昨日のあんたたちとは逆ね」

 

「はい」

 

 早苗は小さく頷いた。

 

「でも、防災では名前を書かないと助けられません」

 

「そうね」

 

「けれど、心の話は名前を書かない方がいいこともある」

 

「そうね」

 

「難しいです」

 

 霊夢は境内を見た。

 

「信仰なんて、だいたい難しいわよ。簡単そうに見せる連中ほど信用できない」

 

「守矢もですか」

 

「命蓮寺もよ」

 

 早苗は答えに詰まった。

 

 霊夢は続ける。

 

「ここは優しい。だけど、優しい場所には人が集まる。人が集まれば、物も要るし、金も要るし、順番も要る。結局、仕組みが要る」

 

「守矢と同じですか」

 

「違うけど、似てるところはある」

 

 早苗は本堂へ目を向けた。

 

 白蓮は、次の相談者の話を聞いている。

 

 若い男だった。

 

「守矢の講に行ったんですが」

 

 男は小さな声で言う。

 

「名簿に寄進予定を書くところで、どうしても手が止まってしまって」

 

 白蓮は穏やかに聞く。

 

「寄進が難しいのですか」

 

「はい。家には年寄りもいて、余裕がありません。でも、書かないと……何かあった時に、申し訳ないような」

 

「申し訳ない?」

 

「助けてもらう資格がないような」

 

 早苗の胸が、少し痛んだ。

 

 白蓮は男へ言った。

 

「助けを求める者に、信じる資格など問えません」

 

 その言葉は、優しかった。

 

 だが、早苗には刺さった。

 

 守矢は資格を問うつもりなどなかった。

 

 寄進の有無で助けを変えるつもりもなかった。

 

 それでも、人はそう受け取る。

 

 早苗は唇を結ぶ。

 

 霊夢は、その横顔を見て何も言わなかった。

 

   *

 

 昼になる頃には、命蓮寺の境内はさらに人で増えていた。

 

 本堂では供養。

 脇の部屋では相談。

 境内では炊き出し。

 裏手では、小さな妖怪たちが人里の子供と距離を取りながら座っている。

 

 白蓮は可能な限り全員に声をかける。

 

 寄進箱は置いてあるが、目立たない場所だった。

 

 そこには、

 

 **できる方のみ**

 

 と小さく書かれている。

 

 早苗はそれを見て、また胸の中がざわついた。

 

 目立たない寄進箱。

 名前を強く求めない相談。

 拒まない姿勢。

 

 命蓮寺のやり方は、守矢より柔らかい。

 

 しかし、柔らかいからこそ、人はそこへ流れる。

 

 村紗が一輪に低く言った。

 

「まずいな」

 

「何がですか」

 

「この人数だ。今日だけならいい。でも、毎回これなら回らない」

 

 一輪は帳面を見ている。

 

「相談だけで二十件を超えています。供養も予定より多いです。炊き出しも足りません」

 

「ほらな」

 

 村紗は少し苛立ったように鍋の方を見る。

 

「受け入れるのはいい。でも、その飯と布団はどこから出すんだ」

 

 一輪は答えない。

 

 村紗はさらに言う。

 

「寺は船じゃない。積めるだけ積んだら沈む」

 

「白蓮様に言いますか」

 

「言えると思うか?」

 

 一輪は本堂の白蓮を見た。

 

 相談者の手を取り、静かに話を聞いている。

 

 その姿を見れば、「受け入れすぎです」とは言いにくい。

 

 村紗は舌打ちした。

 

「だから私が嫌われ役をやる」

 

 その声は、早苗にも聞こえた。

 

 早苗は思わず村紗の方を見る。

 

 村紗も早苗に気づいた。

 

「何だ、守矢の現人神」

 

「いえ」

 

「見物か」

 

「勉強です」

 

「なら、よく見とけ。救いってやつも、ただじゃ回らない」

 

 早苗は静かに答えた。

 

「守矢も、同じことを言われました」

 

「だろうな」

 

 村紗は腕を組む。

 

「結局、神様も寺も、人を集めるなら飯と金と手間がいる」

 

「それでも、命蓮寺は寄進できない人も受け入れるんですよね」

 

「受け入れる」

 

「それは、すごいことだと思います」

 

 村紗は少しだけ目を細めた。

 

「褒めてるのか」

 

「はい」

 

「でも顔は複雑だな」

 

 早苗は黙った。

 

 村紗はふっと笑う。

 

「守矢の講に入れない奴らを、うちが拾って何が悪い」

 

 早苗の表情が固まった。

 

「……入れない人を作るつもりはありません」

 

「つもりはなくても、逃げてくる奴はいる」

 

「逃げてくる」

 

「名簿が怖い奴。寄進が怖い奴。神様に祈る資格がないと思ってる奴。そういう奴らだ」

 

 早苗の指が、袖を握った。

 

「守矢は、そんなつもりで」

 

「知ってる」

 

 村紗は早苗の言葉を遮った。

 

「早苗、お前がそういうつもりじゃないのは知ってる。でも、怖がる奴がいるのも本当だ」

 

 早苗は何も言えなかった。

 

 村紗の声は荒いが、嘘はない。

 

 その時、白蓮が二人の方へやって来た。

 

「村紗」

 

「白蓮」

 

「言葉が強いです」

 

「事実だ」

 

「それでも、相手を傷つける言い方があります」

 

 村紗は少しだけ顔を背けた。

 

「悪かったよ」

 

 早苗は首を振った。

 

「いえ。聞けてよかったです」

 

 白蓮は早苗を見る。

 

「守矢の安心講を否定するつもりはありません」

 

「……はい」

 

「避難路や井戸の管理は、命蓮寺にはできません。収穫を守る力も、山道を整える力も、守矢神社にはあります」

 

 早苗は顔を上げた。

 

 白蓮は続ける。

 

「ですが、その仕組みに入れない方もいます。仕組みへ名前を書く前に、まず話を聞いてほしい方もいます。命蓮寺は、そういう方を受け入れたいのです」

 

「それは、守矢が受け入れていないからですか」

 

「そうではありません」

 

 白蓮は静かに首を振った。

 

「人の心は、一つの場所だけでは支えきれないからです」

 

 早苗は、その言葉を飲み込むように黙った。

 

 白蓮は境内を見渡した。

 

「ただし、私たちもまた考えなければなりません」

 

「何をですか」

 

「受け入れることが、囲い込むことにならないか」

 

 村紗が顔を上げる。

 

 白蓮は続けた。

 

「ここへ来た方を、命蓮寺の側の者として扱ってはならない。守矢へ行った方を、遠ざけてはならない。相談したことを、寺の力として数えてはならない」

 

 村紗は黙った。

 

 一輪も帳面を閉じる。

 

 早苗は、白蓮のその言葉に少し驚いた。

 

 命蓮寺もまた、自分たちの危うさを見ている。

 

 霊夢が離れた場所から言った。

 

「気づいてるなら、まだましね」

 

 白蓮は苦笑する。

 

「霊夢さんは、いつも手厳しいですね」

 

「神も仏も、油断するとすぐ人の心を数え始めるからよ」

 

 その言葉に、早苗も白蓮も黙った。

 

   *

 

 午後、供養の時間になった。

 

 本堂の前に、灯籠が並べられる。

 

 抗争で直接命を落とした者だけではない。

 

 名前を証文に使われた死者。

 道が消えた夜に恐怖を覚えた者。

 井戸が濁った時に病人を抱えていた家。

 誰かを失ったわけではないが、不安が消えない者。

 

 人々は、それぞれの理由で灯籠の前に立った。

 

 白蓮が読経を始める。

 

 妖怪も、人間も、少し離れた場所で静かに聞いている。

 

 早苗は境内の端で手を合わせた。

 

 守矢の祈りとは違う。

 山の神へ力を集める祈りではない。

 

 これは、沈める祈りだ。

 

 揺れている心を、少しずつ地面へ戻すような祈り。

 

 早苗は思った。

 

 人里には、これも必要だ。

 

 避難路だけではない。

 井戸の確認だけではない。

 収穫祈願だけではない。

 

 夜眠れない者が、朝を迎えるための場所。

 

 命蓮寺は、それを持っている。

 

 しかし同時に、早苗は見てしまう。

 

 供養の列に並ぶ者たちが、命蓮寺へ深く頭を下げる姿を。

 相談を終えた者が、寺の者にすがるような目を向ける姿を。

 子供を連れた女が、「また来てもいいですか」と何度も聞く姿を。

 

 命蓮寺は、人里の心を受け止めている。

 

 受け止めているからこそ、人が集まる。

 

 そして人が集まれば、そこに力が生まれる。

 

 守矢が信仰を力と呼ぶように。

 命蓮寺の救済もまた、力になる。

 

 早苗はそのことに気づいてしまった。

 

   *

 

 夕方、命蓮寺の救済会はひとまず終わった。

 

 人々は少し落ち着いた顔で帰っていく。

 

 だが、寺の裏側は慌ただしかった。

 

 炊き出しの米はほとんどなくなった。

 相談記録は予定の三倍になった。

 供養用の灯籠も足りなくなり、急きょ古い紙で追加した。

 

 村紗は空の米俵を見て、低く言った。

 

「次は足りないな」

 

 一輪が頷く。

 

「人手も足りません。相談を続けるなら、記録の扱いも決めなければ」

 

 白蓮は二人を見る。

 

「分かっています」

 

「本当に分かってるか?」

 

 村紗の声が少し強くなる。

 

「来る者は拒まない。寄進できない者も受け入れる。妖怪も人間も区別しない。立派だよ。でも、それを続けるには物がいる。人がいる。金もいる」

 

 白蓮は静かに聞いている。

 

 村紗は続けた。

 

「救済を続けるために寄進を求めたら、守矢と同じだと言われる。求めなければ寺がもたない。どうする」

 

 白蓮はすぐには答えなかった。

 

 その沈黙が、答えの難しさを示していた。

 

 早苗はその場に立ち尽くしていた。

 

 守矢も、命蓮寺も、同じ壁に当たっている。

 

 人を助けるには、仕組みがいる。

 仕組みを作れば、記録がいる。

 記録を作れば、線が引かれる。

 線を引けば、入る者と入らない者が生まれる。

 

 命蓮寺も例外ではない。

 

 白蓮はようやく口を開いた。

 

「相談記録は、本人が望む範囲だけ残します。供養記録も、必要なものだけ。寄進は目立たせません。ただし、続けるために必要な物資は、命蓮寺として正直に伝えます」

 

 村紗は腕を組んだ。

 

「綺麗にまとまったようで、難しいな」

 

「ええ」

 

 白蓮は微かに笑う。

 

「信仰は、簡単ではありませんから」

 

 早苗はその言葉を聞いて、昨日の霊夢の言葉を思い出した。

 

 信仰なんて、だいたい難しい。

 

 本当にその通りだった。

 

   *

 

 帰り道、早苗は霊夢と並んで人里へ向かった。

 

 夕暮れの道は静かだった。

 

 人里の方からは、かすかに夕餉の匂いがする。

 

 早苗はしばらく黙っていたが、やがて言った。

 

「命蓮寺は、人里の不安を集めています」

 

 霊夢は横目で見る。

 

「悪い意味で?」

 

「分かりません」

 

 早苗は正直に答えた。

 

「救っているようにも見えました。でも、人が集まれば、そこには力が生まれます」

 

「そうね」

 

「守矢も同じですか」

 

「同じ部分はあるわね」

 

 早苗は小さく息を吐いた。

 

「私たちも、不安をなくしたかっただけなのに」

 

 霊夢は少しだけ歩く速度を落とした。

 

「その“だけ”って言葉、あんまり信用しない方がいいわよ」

 

「どういう意味ですか」

 

「人を助けたかっただけ。守りたかっただけ。救いたかっただけ。だいたい何かが揉める時は、その“だけ”がでかくなってる」

 

 早苗は黙った。

 

 霊夢は続けた。

 

「守矢は生活を守る。命蓮寺は心を救う。どっちも必要。けど、どっちも人里の中心に立ちたくなる」

 

「中心に立ちたいわけでは」

 

「そう言えるうちは、まだましね」

 

 早苗は何も返せなかった。

 

 人里の入口に着くと、守矢の安心講の札と、命蓮寺の救済会の札が並んで揺れていた。

 

 昨日よりも、少し汚れている。

 それだけ多くの者が触れたのだろう。

 

 その下で、二人の女が話していた。

 

「守矢の名簿には書いたよ」

 

「命蓮寺には行った?」

 

「行った。でも、守矢に悪い気がしてね」

 

「私は命蓮寺だけにしたよ。名簿は怖くて」

 

「でも、水害が来たらどうするんだい」

 

「それは……」

 

 早苗は足を止めた。

 

 霊夢も止まる。

 

 人里は、すでに二つの信仰の間で揺れている。

 

 誰かが強制したわけではない。

 誰かが脅したわけでもない。

 守矢も命蓮寺も、人を助けようとしている。

 

 それでも、人々は選び始めている。

 

 早苗は小さく呟いた。

 

「どうすればいいんでしょう」

 

 霊夢は答えた。

 

「知らないわよ」

 

「霊夢さん」

 

「でも、放っておくと面倒になるのは分かる」

 

 霊夢は札を見上げた。

 

「安寧祭、荒れるわね」

 

 早苗は何も言えなかった。

 

   *

 

 その夜、慧音は寺子屋で帳面を開いていた。

 

 昼間、命蓮寺へ行った者の話をいくつか聞いた。

 

 供養を受けて落ち着いた者。

 相談して泣いた者。

 炊き出しで助かった者。

 命蓮寺にまた行きたいと言う者。

 

 同時に、不安も聞いた。

 

 守矢の名簿に書いた後、命蓮寺に行ってよかったのか。

 命蓮寺で相談したことが、どこかに残るのか。

 守矢へ行かないと災害時に困るのか。

 命蓮寺へ行かないと、死者に申し訳ないのか。

 

 慧音は筆を取った。

 

 そして、ゆっくり記す。

 

 **命蓮寺救済会、初日。

 供養、相談、炊き出しを実施。

 寄進なき者も拒まず。

 人里の不安を広く受け入れる。

 ただし、相談者多数。物資、人手、記録管理に課題。

 守矢側、命蓮寺が人里の不安を集めることに警戒。

 早苗、命蓮寺の救済を認めつつ、守矢との違いに動揺。

 信仰心の分岐、拡大。**

 

 筆を置く。

 

 外では、妹紅が軒先に座っていた。

 

「寺の方はどうだった」

 

「必要だった」

 

「でも揉めるか」

 

「揉める」

 

「どっちも必要なのにか」

 

「どっちも必要だからだ」

 

 妹紅は苦い顔で笑った。

 

「本当に面倒だな、信仰ってやつは」

 

 慧音は窓の外を見た。

 

 人里の灯りが、ぽつぽつと揺れている。

 

 それぞれの家の中で、今日の話がされているのだろう。

 

 守矢へ行くか。

 命蓮寺へ行くか。

 両方か。

 どちらでもないか。

 

 信じる心は、目に見えない。

 

 だが、行き先は見えてしまう。

 

 守矢の山へ向かう道。

 命蓮寺へ向かう道。

 博麗神社へ向かう道。

 どこにも向かわず、家に残る道。

 

 慧音は帳面を閉じた。

 

 まだ抗争は起きていない。

 

 だが、人里の心は確実に分かれ始めている。

 

 信仰は、人を支える。

 

 そして時に、人を分ける。

 

 命蓮寺の灯籠の火は、夜の中で静かに揺れていた。

 その明かりは優しかった。

 

 優しい明かりほど、人は集まる。

 

 その集まった心を、誰がどう扱うのか。

 

 次に問われるのは、それだった。

 

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