東方無頼郷「幻想郷に善人はいない」*休載中   作:たこ焼き 龍月

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第三章 命蓮寺の荷

 

 霧の湖は、朝から白かった。

 

 水面の上に薄い霧が這い、岸辺の葦を湿らせている。遠くには紅魔館の影が見えた。赤い館は霧に沈みながらも、そこにあるだけで周囲の景色を支配している。

 

 その湖畔で、命蓮寺の船が止められていた。

 

 船には、木箱が積まれている。

 

 米。

 布。

 薬の補助品。

 供養用の紙。

 人里へ回す救済物資。

 それから、安寧祭の後に必要になった相談会用の灯籠と座布団。

 

 どれも、人里へ届くはずのものだった。

 

 だが、その荷は動かない。

 

 船の前には、臨時の関所のような木札が立っている。

 

 **紅魔館湖畔倉庫確認中**

 **封印紙照合前につき通行不可**

 

 村紗水蜜は、その木札を見ていた。

 

 見ていた、というより、睨んでいた。

 

「もう一度聞くぞ」

 

 村紗は倉庫番の男へ低く言った。

 

「誰の許可で止めてる」

 

 倉庫番は顔を青くして、赤い封印紙を差し出した。

 

「こ、こちらに、紅魔館湖畔倉庫より確認指示が」

 

「紅魔館湖畔倉庫なんて、聞いたことがない」

 

「ですが、封印紙が」

 

「紙一枚で寺の荷を止めるのか」

 

 村紗の声が冷える。

 

 男は後ずさった。

 

 白蓮は船の上から静かに降りた。

 

「村紗」

 

「白蓮、これはもう確認の段階じゃない。人里へ行く荷だぞ」

 

「だからこそ、乱暴に動けません」

 

「救済物資を止められて、丁寧に頭を下げろって?」

 

 村紗は木札を指で弾いた。

 

「紅魔館がやったなら、紅魔館へ乗り込む。偽物なら、偽物を沈める。どっちにしても黙ってられない」

 

 白蓮は封印紙を見た。

 

 赤い紙。

 黒い縁取り。

 紅魔館らしい紋。

 

 だが、白蓮は以前から疑っていた。

 

 十六夜咲夜なら、もっと正確にやる。

 

 紅魔館なら、もっと堂々とやる。

 

 こんな中途半端な紙を使って、湖畔の倉庫番に荷を止めさせるような真似は、むしろ紅魔館らしくない。

 

「本物かどうか、紅魔館に確認を取ります」

 

 白蓮が言う。

 

 村紗は短く笑った。

 

「確認しに行くのはいい。だが、返答が遅ければ私が行く」

 

「どこへ」

 

「紅魔館へ」

 

 村紗は湖の向こうを見た。

 

「船ごとな」

 

   *

 

 その知らせは、人里にも届いた。

 

 寺子屋の机に置かれた紙を見て、上白沢慧音は眉をひそめた。

 

 内容は短い。

 

 **命蓮寺救済物資、霧の湖にて停止。

 紅魔館封印紙を理由とする。

 確認要。**

 

 藤原妹紅は窓際に立ち、腕を組んでいた。

 

「また紅魔館か」

 

「まだ紅魔館と決まったわけではない」

 

「封印紙があるんだろ」

 

「封印紙があることと、紅魔館が命じたことは違う」

 

 慧音は紙を畳んだ。

 

「だが、村紗はそう見ないだろうな」

 

「そりゃそうだ。寺の荷を止められたんだ。しかも相手が紅魔館の名前なら、黙ってない」

 

 妹紅は少し笑う。

 

「紅魔館と命蓮寺が正面から揉めたら、面倒だぞ」

 

「面倒で済めばいいがな」

 

 慧音は帳面を開いた。

 

 前にも似たことがあった。

 

 紅魔館の封印紙。

 命蓮寺の荷札。

 守矢の水利札。

 八雲の通行札。

 どの抗争でも、名前と印を使った偽装が火種になった。

 

 印は便利だ。

 

 遠くの者に命令を届かせる。

 取引を信用させる。

 荷を止める。

 人を黙らせる。

 

 だからこそ、印が偽られると、信用そのものが壊れる。

 

「妹紅」

 

「何だ」

 

「湖畔へ行く。命蓮寺と紅魔館がぶつかる前に、証言を取る」

 

「紅魔館がもう動いてるなら?」

 

「なおさら急ぐ」

 

 慧音は帳面を閉じた。

 

「紅魔館が本気で動くと、話し合いの前に証拠が積み上がる。こちらも見ておく必要がある」

 

 妹紅は苦笑した。

 

「咲夜の帳面と、お前の帳面か」

 

「今回は、どちらも必要だ」

 

   *

 

 紅魔館では、すでに動きが始まっていた。

 

 咲夜は大広間に、命蓮寺の荷止めに使われた封印紙の写しを並べていた。

 

 小悪魔が湖畔から届いた紙片を整理し、パチュリーが魔力の残滓を見ている。

 

 美鈴は先に湖畔へ向かっていた。

 

 咲夜は封印紙を見て、すぐに言った。

 

「偽物です」

 

 小悪魔が聞く。

 

「問屋に届いたものと同じですか」

 

「同じ系統ですが、こちらはさらに粗い。命蓮寺の荷を止める目的で急造したのでしょう」

 

 パチュリーが紙を指で押さえる。

 

「紅魔館の残滓に似せているけれど、薄い。代わりに命蓮寺の荷札に使われる紙の繊維が付いているわ」

 

 咲夜の目が少しだけ鋭くなる。

 

「命蓮寺の荷札も写している」

 

「おそらくね」

 

 パチュリーは紅茶を一口飲んだ。

 

「紅魔館の封印紙だけではなく、命蓮寺の荷札も真似ている。つまり、紅魔館と命蓮寺の両方を知っているか、両方の紙を手に入れている」

 

「夜霧会」

 

「でしょうね」

 

 咲夜は懐中時計を閉じた。

 

「白蓮様へ説明に行きます」

 

 小悪魔が少し驚く。

 

「咲夜さんが直接ですか」

 

「紅魔館の名で寺の荷が止められたのです。従者が説明せず、誰がするのですか」

 

 パチュリーは本を開き直した。

 

「村紗が怒っているでしょうね」

 

「構いません」

 

 咲夜は封印紙と帳面を銀の箱に収めた。

 

「怒りは、証拠の前では向きを変えます」

 

   *

 

 霧の湖畔は、昼前になっても霧が薄かった。

 

 命蓮寺の船はまだ止まっている。

 

 村紗は、今にも船を動かしそうな顔で立っていた。

 

 その前に、紅美鈴がいた。

 

 湖畔の逃走路を確認するために来たはずだったが、命蓮寺の船が止められている現場に出くわした。

 

 美鈴は両手を軽く上げている。

 

「私は止めに来たわけじゃないです」

 

 村紗は睨んだ。

 

「紅魔館の門番が、紅魔館の封印紙で止まってる荷の前に来た。偶然か?」

 

「偶然ではないですね。調べに来ました」

 

「調べる?」

 

「うちの名前を勝手に使った人たちを」

 

 村紗の目が細くなる。

 

「紅魔館は関係ないと?」

 

「少なくとも、私が知っている紅魔館の仕事じゃありません」

 

「門番が全部知ってるのか」

 

「全部は知りません。でも、うちの正式な荷なら、咲夜さんの確認印があるはずです」

 

 美鈴は封印紙を指した。

 

「それ、違います」

 

 村紗は紙を見る。

 

「違うって言えば済むと思うなよ」

 

「済まないから、咲夜さんが来ます」

 

 その言葉に、倉庫番の男がびくりと震えた。

 

 村紗はそれを見逃さなかった。

 

「お前、何か知ってるな」

 

「い、いえ」

 

「咲夜の名前を聞いて震えた」

 

「紅魔館の方ですし」

 

「さっきまで紅魔館の紙を振り回してた奴が、紅魔館本人を怖がるのか」

 

 男は黙った。

 

 美鈴は静かに言った。

 

「名前だけで人を止めていたなら、本人が来た時に困りますよね」

 

 村紗が少しだけ笑った。

 

「それは気に入った」

 

 その時、空気が変わった。

 

 咲夜が湖畔に立っていた。

 

 いつからいたのか、誰にも分からない。

 

 ただ、気づいた時には、赤い封印紙の貼られた木札の前に立っていた。

 

「お待たせいたしました」

 

 咲夜は白蓮へ一礼する。

 

「聖白蓮様。紅魔館の名で、命蓮寺の荷が止められたことについて、紅魔館として説明に参りました」

 

 白蓮は静かに頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

 村紗は腕を組んだまま言う。

 

「説明次第では、湖を渡るぞ」

 

 咲夜は少しも表情を変えない。

 

「その前に、証拠をご覧ください」

 

 咲夜は銀の箱を開いた。

 

 中には、正式な紅魔館封印紙と、今回使われた偽封印紙が並んでいる。

 

「こちらが紅魔館の正式封印紙。こちらが命蓮寺の荷を止めた紙です」

 

 村紗は眉をひそめる。

 

「似てるな」

 

「遠目には」

 

 咲夜は紙の端を指す。

 

「正式封印紙の黒縁は二重。こちらは一重。封蝋の押しは強すぎる。咲夜印の位置も違う。何より、紅魔館には“紅魔館湖畔倉庫”という倉庫は存在しません」

 

 美鈴が頷く。

 

「存在しない倉庫が三つありました。看板だけは立派でしたけど」

 

「看板だけで寺の船を止めたのか」

 

 村紗の声が低くなる。

 

 咲夜は続けた。

 

「さらに、こちらをご覧ください」

 

 次に出したのは、命蓮寺の荷札だった。

 

 白蓮の表情がわずかに変わる。

 

「これは」

 

「命蓮寺の正式荷札の写しです。夜霧会の倉庫から、これに似せた紙片が見つかりました」

 

 一輪が息を呑む。

 

「命蓮寺の荷札も使われているのですか」

 

「はい」

 

 咲夜は偽荷札を置く。

 

「紅魔館の封印紙を偽造し、命蓮寺の荷札も写している。目的は一つ。紅魔館と命蓮寺を衝突させること」

 

 村紗は倉庫番を睨んだ。

 

「おい」

 

 倉庫番は震えながら後退る。

 

 白蓮が静かに言う。

 

「誰に命じられましたか」

 

 男は目を泳がせた。

 

 村紗が一歩前に出る。

 

 咲夜がそれを手で制した。

 

「答えなさい。紅魔館の名を使った以上、黙っていれば紅魔館へ連れて行きます」

 

 男の顔から血の気が引いた。

 

「夜霧会です」

 

 ようやく、男は言った。

 

「黒羽様が……紅魔館の確認が済むまで命蓮寺の荷を止めろと。封印紙を見せれば、誰も逆らわないからと」

 

「黒羽」

 

 咲夜が静かに反復する。

 

「黒羽霧重ですね」

 

 男は小さく頷いた。

 

 村紗は舌打ちした。

 

「最初からそう言え。こっちは紅魔館を沈める気でいたぞ」

 

 咲夜は淡々と答える。

 

「沈める前に、証拠を見ていただけて何よりです」

 

 美鈴が横で苦笑した。

 

 白蓮は咲夜を見る。

 

「紅魔館も被害者ということですね」

 

「はい。ただし、紅魔館の名が使われた以上、責任もあります」

 

 咲夜は封印紙を箱に戻した。

 

「偽造を許したのではありません。ですが、偽造された名の重さは、紅魔館が回収します」

 

 白蓮は静かに頷いた。

 

「命蓮寺も協力します。救済物資を止められたことは、看過できません」

 

 村紗は低く言う。

 

「夜霧会の船は?」

 

 美鈴が答える。

 

「小舟の通れる水路が二本。古い桟橋が一つ。山側の逃げ道が一本」

 

「よく見てるな」

 

「門番ですから」

 

 咲夜は懐中時計を取り出す。

 

「今すぐ潰すには、証拠が足りません。夜霧会の主帳面、船便記録、偽造元の紙、そして黒羽霧重本人の関与を押さえる必要があります」

 

 村紗は不満そうにする。

 

「面倒だな」

 

「制裁は、逃げ道を消してから行うものです」

 

 咲夜の声は冷たい。

 

「紅魔館は、半端な仕事を好みません」

 

   *

 

 命蓮寺の船は、その日のうちに動かされた。

 

 咲夜が偽封印紙を無効と確認し、白蓮が倉庫番に荷止めの解除を命じた。

 

 村紗は船を動かしながら、まだ怒っている。

 

「夜霧会か」

 

 白蓮は船の中央で荷を確認していた。

 

「紅魔館と命蓮寺を争わせるつもりだったのでしょう」

 

「趣味が悪い」

 

「ええ」

 

 白蓮は封印紙の剥がされた木箱を見る。

 

「救済を妨げる者は、命蓮寺も見過ごしません」

 

 村紗はにやりと笑った。

 

「珍しく白蓮が怒ってるな」

 

「怒っています」

 

「静かだけどな」

 

「静かに怒ることもあります」

 

 村紗は船の舵を握った。

 

「なら、紅魔館と手を組むのか」

 

 白蓮は少し考える。

 

「手を組む、というより」

 

「より?」

 

「同じ方向を見る、でしょうか」

 

 村紗は鼻で笑った。

 

「面倒な言い方だな」

 

「紅魔館とは、信じるものも、守るものも違います」

 

「だろうな」

 

「けれど今回は、同じ者に名を汚され、荷を止められました」

 

 白蓮は湖の向こうに見える紅魔館を見た。

 

「あちらは名誉のため。こちらは救済のため。理由は違っても、夜霧会を止める点では一致します」

 

 村紗は舵を切る。

 

「理由が違う方が、長く組まなくて済む」

 

「そうですね」

 

「私は紅魔館を信用してない」

 

「信用しなくても、証拠は信用できます」

 

 村紗は少しだけ笑った。

 

「それ、咲夜が言いそうだな」

 

   *

 

 夕方、紅魔館と命蓮寺の者たちは、人里の寺子屋に集まった。

 

 慧音が証言を取るためだった。

 

 机の上には、紅魔館の偽封印紙、命蓮寺の偽荷札、倉庫番の証言書、湖畔倉庫の位置図が並ぶ。

 

 咲夜は淡々と説明した。

 

「夜霧会は、紅魔館名義の偽封印紙を使い、命蓮寺の荷を止めました。同時に、命蓮寺の荷札も写しています。目的は、紅魔館と命蓮寺の衝突を誘発すること」

 

 慧音は筆を走らせる。

 

「命蓮寺側の証言は」

 

 白蓮が答える。

 

「荷は人里へ届ける救済物資でした。通行停止により、到着が遅れました」

 

 村紗が横で言う。

 

「少し遅れただけで済んだのは、咲夜が来たからだ。来なかったら紅魔館に乗り込んでた」

 

 咲夜は表情を変えずに言う。

 

「来てよかったです」

 

 妹紅が苦笑する。

 

「紅魔館と命蓮寺が湖畔でやり合ったら、また慧音の帳面が厚くなるところだったな」

 

 慧音は冷たい目で妹紅を見る。

 

「笑い事ではない」

 

「笑ってない」

 

「笑っていた」

 

 霊夢も寺子屋に来ていた。

 

 面倒そうに机の上の封印紙を眺めている。

 

「紅魔館、命蓮寺、夜霧会。だいたい見えてきたわね」

 

 咲夜は霊夢を見る。

 

「紅魔館の関与ではないことは、証拠で示しました」

 

「まだ全部じゃない」

 

「承知しています」

 

 霊夢は封印紙を指で軽く弾いた。

 

「夜霧会は、紅魔館の名前だけじゃなく、命蓮寺の荷札も使った。守矢の水利札も出てきたんでしょ?」

 

 咲夜は頷く。

 

「湖畔倉庫に、守矢の水利札に似せた紙片もありました」

 

 早苗はいなかったが、慧音はその名を書き留めた。

 

「つまり、夜霧会は紅魔館だけを利用したのではない。勢力の印を集めて、都合よく使っている」

 

 霊夢は言う。

 

「紅魔館の怖さ、命蓮寺の荷、守矢の水利。全部を少しずつ使ってる。嫌な商売ね」

 

 村紗が低く言った。

 

「商売で済ませる気はない」

 

 咲夜も静かに言う。

 

「紅魔館も同じです」

 

 白蓮は手を合わせた。

 

「命蓮寺も、救済を妨げた者を見過ごしません」

 

 霊夢は三人を見た。

 

「珍しい組み合わせね。紅魔館と命蓮寺が同じ方向を向いてる」

 

 妹紅が横から言う。

 

「夜霧会、喧嘩を売る相手を間違えたな」

 

 咲夜は答えた。

 

「ええ」

 

 その声はとても静かだった。

 

「紅魔館の名を使った時点で、逃げ場はありません」

 

   *

 

 夜、紅魔館ではレミリアが咲夜の報告を聞いていた。

 

 大広間には、今日の湖畔で押さえた証言と封印紙が並んでいる。

 

 咲夜は一つずつ説明した。

 

「命蓮寺の荷止めは、夜霧会の指示でした。倉庫番が証言しています。偽封印紙は問屋のものと同系統。命蓮寺の荷札を写した偽札も確認しました」

 

 レミリアは椅子に座り、赤い目で証拠を見下ろしている。

 

「命蓮寺は?」

 

「協力します」

 

「村紗は?」

 

「まだ紅魔館を完全には信用していません」

 

「当然ね」

 

 レミリアは少しだけ笑った。

 

「信用しなくてもいいわ。夜霧会を潰すまで、同じ方を向けば十分」

 

 パチュリーが横で言う。

 

「偽写本の紙と、命蓮寺偽荷札の紙に共通点があるわ。湖畔倉庫でまとめて作られた可能性が高い」

 

 美鈴も報告する。

 

「湖畔の水路は確認済みです。逃げ道はありますが、数は限られています」

 

 レミリアは咲夜を見る。

 

「では、次は?」

 

 咲夜は静かに答える。

 

「魔導書の偽写本を追います。夜霧会は、紅魔館の名だけでなく、パチュリー様の蔵書の名も使っています。人里へ流れた写本を押さえれば、製造元に近づけます」

 

 パチュリーは本を閉じた。

 

「粗悪な写本だけれど、粗悪だからこそ足跡が残る」

 

「ええ」

 

 咲夜は帳面を開いた。

 

「命蓮寺の荷止めにより、夜霧会の目的がはっきりしました。紅魔館と命蓮寺を衝突させ、その間に湖畔物流を握る。さらに、紅魔館の名を使って人里の商人を黙らせる」

 

 レミリアは退屈そうに聞いていた。

 

 だが、その目は笑っていない。

 

「黒羽霧重」

 

 咲夜が言う。

 

「夜霧会の頭目です」

 

 レミリアはその名を繰り返した。

 

「黒羽霧重」

 

 そして、薄く笑う。

 

「私の名前で商売をした男ね」

 

「はい」

 

「命蓮寺の荷を止めた男でもある」

 

「はい」

 

「パチェの本を汚した男でもある」

 

 パチュリーが無表情で言う。

 

「写本と呼ぶのも不愉快だけれどね」

 

 レミリアは立ち上がった。

 

「面白いじゃない」

 

 誰も、それを本当に面白がっているとは思わなかった。

 

「紅魔館の名前を使い、命蓮寺の救済を妨げ、パチェの蔵書を騙り、湖畔を自分の庭にしようとした」

 

 レミリアは窓の外の霧を見た。

 

「なら、教えてあげないと」

 

 咲夜は深く頭を下げる。

 

「何をでしょう」

 

 レミリアは静かに言った。

 

「湖畔に紅魔館の影を売る場所はない、ということを」

 

   *

 

 その夜、慧音は寺子屋で記録をつけた。

 

 **命蓮寺の荷、霧の湖畔にて停止。

 紅魔館封印紙を理由とするも、十六夜咲夜により偽造と確認。

 夜霧会、紅魔館封印紙および命蓮寺荷札を偽造。

 目的、紅魔館と命蓮寺の衝突誘発、湖畔物流掌握の疑い。

 命蓮寺、紅魔館と一時協力。

 紅魔館、偽名義使用に対する制裁準備を進める。**

 

 筆を止める。

 

 妹紅が横で言った。

 

「紅魔館と命蓮寺が手を組むとはな」

 

「手を組むというより、同じ敵を見た」

 

「十分だろ」

 

「長くは続かない」

 

「分かってる。でも、夜霧会を潰すには十分か」

 

 慧音は帳面を閉じた。

 

「おそらく」

 

 外では、夜の霧が人里の道に降りていた。

 

 その霧の向こうに、紅魔館がある。

 

 そして湖畔のどこかに、夜霧会がいる。

 

 紅魔館の名を使い、命蓮寺の荷を止め、幻想郷の恐れを商売に変えようとした者たち。

 

 だが、彼らは一つ見誤った。

 

 紅魔館は、恐れられている。

 

 だからこそ、その恐れを誰かに売らせはしない。

 

 次に動くのは、魔導書だった。

 

 紙と墨と、粗悪な写本。

 

 そこから、夜霧会の喉元へ手が伸びる。

 

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