東方無頼郷「幻想郷に善人はいない」   作:たこ焼き 龍月

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第二章 紅魔館の水

 

 紅魔館は、湖の向こうに立っている。

 

 霧の湖の水面が白く煙るとき、赤い館はいつも遠くに見えた。近くにあるのに、近づけば近づくほど現実から少しずれていくような館だった。

 

 霊夢は、その感覚が昔から嫌いではなかった。

 

 面倒な連中が住んでいる。

 偉そうで、我が強くて、騒ぎが大きい。

 だが、紅魔館には紅魔館なりの筋がある。

 

 少なくとも、姑息なことをする時も派手にやる。

 

 だからこそ、今回のような偽の封印紙は気に入らなかった。

 

 湖畔で壊された河童の水圧計。

 そこに残されていた紅魔館に似せた封印紙。

 そして湖底から見つかった博麗の偽札。

 

 誰かが、博麗と紅魔館と河童を同時に揉めさせようとしている。

 

 霊夢は紅魔館の門の前で、手の中の封印紙を見つめた。

 

 赤い紙。

 黒い紋。

 遠目には紅魔館のものに見える。

 

 だが、本物ではない。

 

 咲夜は門の前で静かに頭を下げた。

 

「お嬢様がお待ちです」

 

「待たせた覚えはないけど」

 

「お嬢様は、待つことに慣れておりませんので」

 

「でしょうね」

 

 霊夢の隣で、魔理沙が帽子を直した。

 

「紅魔館に入るのも久しぶりだな」

 

「あなたは入るたびに、何かを持って帰るでしょう」

 

 咲夜が淡々と言う。

 

「誤解だぜ。持って帰るんじゃない。借りてるだけだ」

 

「返却された記憶がありません」

 

「そのうち返す」

 

「そのうち、という言葉を紅魔館では信用しておりません」

 

 霊夢は二人のやり取りを無視して、門をくぐった。

 

 紅魔館の庭は、いつもより静かだった。

 

 霧の湖から引き込まれた水が、小さな水路を流れている。

 いや、流れているというより、弱々しく滑っているだけだった。

 

 庭園の池の水位も下がっている。

 赤い花の影が、水面から少し離れた泥の上に落ちていた。

 

 霊夢は足を止める。

 

「本当に水が減ってるのね」

 

「ええ」

 

 咲夜は庭の奥を見た。

 

「館内の水道、庭園、消火用貯水、地下冷却設備、全て影響を受けています」

 

「地下冷却設備?」

 

 魔理沙が反応する。

 

「何だそれ。面白そうだな」

 

「面白くありません」

 

 咲夜は即答した。

 

「紅魔館には魔導書、薬品、ワイン、血液保存用の低温倉庫などがあります。水の流れが乱れると、それらの管理に支障が出ます」

 

 霊夢は半眼になった。

 

「聞かなかったことにしたい単語がいくつかあったわ」

 

「お気になさらず」

 

「無理でしょ」

 

 館の中に入ると、空気がひんやりしていた。

 だが、その冷たさにも少しムラがある。廊下の片側だけ湿り、壁の燭台に水滴がついている。

 

 パチュリー・ノーレッジの図書館へ向かう途中、何人かの妖精メイドが大きな桶を運んでいた。中身は水だ。だが、桶の底に黒っぽい沈殿物が見える。

 

 霊夢はそれを指差した。

 

「それ、何」

 

 妖精メイドがびくっとして足を止めた。

 

 咲夜が代わりに答える。

 

「湖から引いた水です。濾過前のものですが、昨日から濁りが強くなっています」

 

「人里の井戸と似てるわね」

 

「そのようです」

 

 魔理沙が桶を覗き込み、鼻を近づけた。

 

「匂いは薄いな。泥じゃない。金属っぽい」

 

「触らないでください」

 

 咲夜が言う前に、魔理沙はすでに指先で水をすくっていた。

 

「うわ、少しぬるい」

 

「ぬるい?」

 

 霊夢が聞く。

 

「ああ。湖の水にしては変だ。底から冷たいってチルノは言ってたのに、これはぬるい」

 

 咲夜の表情が少しだけ変わった。

 

「館の地下でも、同じ現象が出ています。冷却水の一部がぬるくなり、別の管では異常に冷たくなる」

 

「水の流れが分かれてる?」

 

「パチュリー様が調査中です」

 

 大図書館に入ると、紙と埃と魔力の匂いがした。

 

 広い図書館の中央に、大きな水槽のような装置が置かれている。中には透明な水と、濁った水、そして霧のようなものが別々に浮かんでいた。

 

 パチュリーは椅子に座り、分厚い本をめくっている。

 小悪魔は横で瓶を並べていた。

 

 レミリア・スカーレットは、さらに奥の椅子に腰掛けていた。

 

 頬杖をつき、不機嫌そうに霊夢を見る。

 

「遅いわね、博麗」

 

「呼ばれた覚えはないけど」

 

「湖が荒らされたのよ。あなたが来るのは当然でしょう」

 

「湖はあんたの庭じゃない」

 

「違うわ」

 

 レミリアは笑った。

 

「私の館の前にあるのだから、私の景色よ」

 

 魔理沙が小声で言った。

 

「相変わらず横暴だな」

 

「吸血鬼に謙虚さを期待する方が悪い」

 

 パチュリーが本から顔を上げずに言った。

 

 霊夢はテーブルの上に、湖畔で拾った偽封印紙を置いた。

 

「これ、紅魔館のものじゃないわね」

 

 レミリアはちらりと見た。

 

「違うわね」

 

「見ただけで分かるの?」

 

「当然よ。紅魔館の紋はもっと美しい」

 

 霊夢は咲夜を見る。

 

 咲夜は静かに頷いた。

 

「紙質も印も違います。ただし、遠目には紅魔館のものと見える程度には似せてあります」

 

 パチュリーが瓶の一つを手に取った。

 

「偽装としては三流。でも、疑わせるには十分。博麗の偽札と同じね」

 

 霊夢は眉をひそめる。

 

「知ってたの?」

 

「咲夜から聞いたわ」

 

「話が早いわね」

 

「湖の前に住んでいるから」

 

 パチュリーは瓶を傾けた。

 

 中の水は、薄く灰色に濁っている。

 

「湖の水、紅魔館の貯水槽の水、人里から持ち込まれた井戸水。それぞれ調べた。成分は完全には一致しないけれど、同じ異物が混じっている」

 

「異物?」

 

「金属粉、微細な粘土、そして薄い魔力の残渣」

 

「魔力?」

 

 魔理沙が身を乗り出した。

 

「それ、どんな魔力だ?」

 

「河童の道具に使われる加工魔力に近い。でも、守矢の神力もわずかに混じっている。さらに博麗の札に似せた結界干渉の跡もある」

 

 霊夢は目を細めた。

 

「混ぜすぎでしょ」

 

「だから偽装なのよ」

 

 パチュリーは咳を一つした。

 

「一つの犯人に見せないためではなく、全員を犯人に見せるための混ぜ方」

 

 レミリアが楽しそうに笑った。

 

「つまり、私たちは仲良く疑われているわけね」

 

「楽しそうに言わないで」

 

 霊夢はテーブルに手をついた。

 

「紅魔館は湖の水を地下に引いてるのよね」

 

「ええ」

 

 咲夜が答える。

 

「どれくらい」

 

「必要な分だけです」

 

「その言い方、信用ならない」

 

 レミリアが肩をすくめる。

 

「館を維持するのに水は必要よ。霧の湖の隣に住む者として、当然の権利でしょう」

 

「誰に許可を取ったの」

 

「必要かしら?」

 

「必要だから聞いてるのよ」

 

 レミリアは霊夢を見て笑った。

 

「博麗に許可を取れば、湖は博麗のものになるの?」

 

「そうじゃない」

 

「なら、誰のもの?」

 

 霊夢はすぐに答えなかった。

 

 水は誰のものか。

 

 さっきまで考えていた問いが、紅魔館の図書館の中でまた戻ってきた。

 

 湖の隣に住む紅魔館。

 水力を考える守矢。

 管を扱う河童。

 水運を使う命蓮寺。

 井戸を使う人里。

 薬を作る永遠亭。

 水脈を知る八雲。

 調停する博麗。

 

 誰のものでもないからこそ、誰もが手を伸ばす。

 

 レミリアは続けた。

 

「私は湖を独り占めしたいわけではないわ。ただ、私の館の前で、誰かが勝手に水を抜くのは許せない。それだけ」

 

「地下貯水槽は?」

 

「備えよ」

 

 霊夢はじっとレミリアを見る。

 

「本当に備えだけ?」

 

 レミリアは少し笑みを深めた。

 

 咲夜が静かに口を開く。

 

「一部の水は、希少な霧水として保管しています。外部に流通させたこともあります」

 

「やっぱり商売してたんじゃない」

 

 魔理沙が笑う。

 

 レミリアは不満そうに咲夜を見た。

 

「咲夜、そこまで正直に言う必要はあった?」

 

「後で博麗に見つかるより、今言った方が被害が少ないかと」

 

「賢いけれど、面白くないわね」

 

 霊夢はため息をついた。

 

「紅魔館も白じゃない。でも今回の水位低下を起こすほどじゃない」

 

「そう判断してくれるの?」

 

「今のところはね」

 

 レミリアは椅子から立ち上がった。

 

「なら、紅魔館の名を騙った者を捕まえなさい。私の名で湖を汚した者を、放ってはおけないわ」

 

「命令しないで」

 

「依頼よ」

 

「賽銭箱に入れてから言いなさい」

 

 レミリアは咲夜に目配せした。

 

 咲夜は小さな袋を取り出し、霊夢の前に置いた。

 

 中で硬貨が重い音を立てる。

 

 霊夢は一瞬黙った。

 

「……話は聞くわ」

 

 魔理沙が吹き出した。

 

「霊夢、分かりやすすぎるぜ」

 

「うるさい」

 

 パチュリーがテーブルの上に、金属製の管の破片を置いた。

 

 湖畔で咲夜が見つけたものだ。

 

「これを詳しく調べた」

 

 破片には青い変色と、細い刻印があった。

 にとりが見れば青筒組のものだと言いそうな形。

 

 パチュリーは指で刻印を示した。

 

「河童の古い水圧管。青筒組の形式に近い。ただし、これも少し変」

 

「どう変なの?」

 

「刻印が新しい。古い管に、あとから青筒組の印を刻んでいる」

 

 霊夢は目を細めた。

 

「青筒組を犯人に見せたい?」

 

「そうとも言えるし、青筒組がわざと雑に残したとも言える」

 

「厄介ね」

 

「厄介なのは、もう一つ」

 

 パチュリーは小悪魔に合図した。

 

 小悪魔が地図を広げる。

 霧の湖と紅魔館、その地下の水路図だった。

 

 湖から紅魔館へ伸びる管。

 そこからさらに地下へ伸びる補助水路。

 そして、赤い印がつけられた地点。

 

「ここで水が逆流している」

 

「紅魔館の地下?」

 

「ええ。正確には、紅魔館の地下貯水槽のさらに下。古い排水路。館を建てる前からあったもの」

 

「どこへ繋がってるの?」

 

 パチュリーは地図の端を指した。

 

「命蓮寺の水運路の下。さらに先は、地底の古い水脈へ続く可能性がある」

 

 魔理沙が口笛を吹いた。

 

「一気に話が広がったな」

 

 咲夜が言った。

 

「紅魔館の水だけの問題ではありません。水が逆に流れるなら、湖の水も、人里の井戸も、別の場所へ引かれている可能性があります」

 

 霊夢は地図を見つめた。

 

 湖底の偽札。

 紅魔館の地下水路。

 逆流する貯水槽。

 命蓮寺の水運路。

 地底へ続く水脈。

 

 水は勝手に繋がる。

 そして、繋がった場所すべてを巻き込む。

 

「咲夜」

 

「はい」

 

「紅魔館の地下を見せなさい」

 

 レミリアが少し笑った。

 

「博麗の巫女を地下へ招くなんて、珍しい夜になりそうね」

 

「昼だけど」

 

「紅魔館では、気分の問題よ」

 

 紅魔館の地下は、館の華やかさとは違っていた。

 

 石造りの階段を降りると、空気は冷たく湿っている。壁には細い水滴が流れ、遠くで水が落ちる音が響く。

 

 地下貯水槽は広かった。

 

 天井の高い空間に、いくつもの水槽が並んでいる。

 透明な水を湛えた槽もあれば、濁った水が隔離されている槽もある。

 赤い封印紙が貼られた扉、魔法陣の刻まれた管、冷却用の水路。

 

 霊夢は呆れた。

 

「ずいぶん立派な備えね」

 

 咲夜は平然と言った。

 

「紅魔館ですので」

 

「説明になってない」

 

 魔理沙は目を輝かせていた。

 

「すごいな。これ、どのくらいの水を溜められるんだ?」

 

「秘密です」

 

「やっぱり後で調べるか」

 

「調べないでください」

 

 貯水槽の一つに近づくと、水面が不自然に揺れていた。

 

 流れ込む管は細い。

 だが、流れ出す管の方だけが激しく震えている。

 

 水が、どこかへ引かれている。

 

 霊夢は管に貼られた封印紙を見た。

 

 本物の紅魔館の封印紙だった。

 しかし、その隣に薄い傷跡がある。

 

 何か別の紙が貼られていて、剥がされた跡。

 

「ここにも偽札?」

 

 咲夜が頷く。

 

「昨夜、発見して剥がしました。紅魔館の封印に似せたものではなく、博麗の札に似たものでした」

 

「なぜ私に言わなかったの」

 

「お嬢様が、まず内部確認を優先しろと」

 

 レミリアは悪びれない。

 

「自分の館の中のことを、先に調べるのは当然でしょう」

 

 霊夢は息を吐いた。

 

「で、剥がした札は?」

 

 咲夜が小箱を差し出す。

 

 中には、乾かされた偽の博麗札が入っていた。

 

 霊夢はそれを見て、眉をひそめた。

 

 湖底の札とは少し違う。

 

 印がより正確になっている。

 博麗の筆筋に近づけようとした跡がある。

 

「誰かが上達してる」

 

 魔理沙が言った。

 

「嫌な上達ね」

 

 霊夢は札を指先で持ち上げた。

 

 札の端に、細い青い線が入っている。

 青筒組の印と似た色。

 

 だが、線の引き方が妙に丁寧だった。河童の機械的な加工ではない。人の手、あるいは妖怪の手で後からなぞられている。

 

 パチュリーが言った。

 

「その札は、湖底のものより後に作られている可能性が高いわ」

 

「つまり、犯人は博麗の札の真似を続けてる」

 

「ええ。より本物に近づけるために」

 

 霊夢の目が冷える。

 

「気に入らないわね」

 

 その時、地下の奥から鈍い音がした。

 

 ごぼ、と水が喉を鳴らすような音。

 

 咲夜がすぐに振り返る。

 

「排水路です」

 

 一行は奥へ向かった。

 

 古い扉の先に、狭い水路があった。

 紅魔館の設備よりさらに古い。石は黒く、ところどころ苔が生えている。水は浅いが、流れが異常に速い。

 

 流れの方向が、おかしい。

 

 館の外へ出るはずの水が、逆に奥へ吸われている。

 

 魔理沙が身をかがめた。

 

「こりゃ自然じゃないな」

 

 パチュリーが小さく頷く。

 

「この先は、命蓮寺の水運路の下を通っている可能性がある。今は使われていないはずだけれど」

 

「使われていない水路ほど、悪いことに使われる」

 

 咲夜が言った。

 

 その口調が妙に実感を帯びていたので、霊夢は横目で見た。

 

「紅魔館でも使ってたの?」

 

「非常用に把握していただけです」

 

「また便利な言い方」

 

 その時、流れの奥から何かが流れてきた。

 

 小さな木片。

 いや、荷札だった。

 

 咲夜が素早く拾い上げる。

 

 濡れているが、文字は読める。

 

 そこには、命蓮寺の印に似たものがあった。

 

 魔理沙が苦笑する。

 

「さっき私が言った通りになったな。次は命蓮寺の荷札だ」

 

 霊夢は荷札を受け取った。

 

 これも偽物だ。

 

 だが、今までのものより少し出来が良い。

 命蓮寺の印を知っている者が作ったのか、それとも本物から写したのか。

 

「水は命蓮寺へ繋がってる」

 

「あるいは、命蓮寺へ疑いを向けたい」

 

 パチュリーが言った。

 

 レミリアは退屈そうに見えて、目だけは鋭かった。

 

「博麗。これで分かったでしょう」

 

「何が」

 

「湖は、もうただの湖ではない。誰かが水を使って、幻想郷の勢力図を描き直そうとしている」

 

 霊夢は答えなかった。

 

 レミリアは続ける。

 

「紅魔館は名を使われた。博麗も使われた。次は命蓮寺。おそらく永遠亭も守矢も使われる。最後に、全員が水を欲しがる」

 

「その時、誰が水を売るか」

 

「そう」

 

 レミリアは笑った。

 

「水を止めた者が、水の価値を決める」

 

 霊夢は水路を見つめた。

 

 流れは暗い奥へ吸い込まれている。

 どこかで誰かが水を止め、引き、濁らせ、名前をつけようとしている。

 

 その名前に、博麗を使っている。

 

 それだけは許せなかった。

 

 霊夢は本物の札を取り出し、水路の壁に貼った。

 

 水の流れが一瞬だけ揺らぐ。

 逆流が弱まり、奥へ吸われる力が少し緩んだ。

 

 パチュリーが目を細める。

 

「応急処置ね」

 

「本格的に直すのは面倒だから」

 

「放置すれば、また吸われるわ」

 

「分かってる」

 

 霊夢は振り返った。

 

「次は命蓮寺に行く」

 

 魔理沙が帽子を直した。

 

「第三章は守矢じゃなかったか?」

 

「予定なんて水みたいなものでしょ。流れるのよ」

 

「うまいこと言ったつもりか?」

 

「黙りなさい」

 

 咲夜が命蓮寺の偽荷札を封筒に入れた。

 

「紅魔館からも同行者を出します」

 

「咲夜?」

 

「はい。紅魔館の名を騙った件、命蓮寺の荷札との接点を確認する必要があります」

 

 レミリアが不満そうに言う。

 

「咲夜を貸すの?」

 

「貸すわけではありません。必要な調査です」

 

「なら仕方ないわね」

 

 レミリアは霊夢を見る。

 

「博麗。忘れないで。湖は私の景色よ」

 

「まだ言うの」

 

「だから、勝手に濁らせた者には相応の報いを」

 

「分かってるわよ」

 

 霊夢は階段へ向かった。

 

 地下の水音が、背中にまとわりつく。

 

 紅魔館は被害者だった。

 だが、水を囲っていた側でもあった。

 湖を守ると言いながら、自分の館へ引き入れていた。

 それを当然だと思っている。

 

 守矢も同じだろう。

 河童も、命蓮寺も、永遠亭も、人里も、博麗でさえも。

 

 誰も水を独り占めしているつもりはない。

 ただ、自分の分だけは当然だと思っている。

 

 その当然の隙間に、青い筒が差し込まれている。

 

 館を出る頃には、霧の湖の霧がさらに濃くなっていた。

 

 湖面の水位は、また少し下がっているように見えた。

 遠くでチルノの声がする。怒っているのか、怖がっているのか分からない。

 

 咲夜は紅魔館の門の前で霊夢に並んだ。

 

「命蓮寺へ向かいますか」

 

「その前に、守矢にも顔を出す」

 

 魔理沙が言う。

 

「忙しいな」

 

「忙しくしたのは、偽札を貼った奴よ」

 

 霊夢は袖の中の偽札を握った。

 

 博麗に似せた札。

 紅魔館に似せた封印紙。

 命蓮寺に似せた荷札。

 

 次に出てくるのは、守矢の神紋か、永遠亭の薬包みか。

 それとも、八雲の境界か。

 

 霊夢は霧の向こうを見た。

 

「水を止めた奴に、水は任せない」

 

 その言葉は、湖の霧に吸われていった。

 

 けれど、水はまだ流れている。

 

 細く、濁って、曲げられながらも。

 

 だからまだ、取り返せる。

 

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