フェイト・ラインゴッド捜索記録   作:つま先のアイドル

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フェイト・ラインゴッド捜索記録 #3

『ネルへ。

 

 約束したのに帰れなくてごめん。

 僕は新生連邦の一派に追われてる。

 通常回線を使うとエリクール二号星が特定されるかもしれない。

 だから連絡できない。

 

 会いたい』

 

 ネルは愕然として、目頭が熱くなるのを感じた。

 『会いたい』

 それはまぎれもなくネルも感じていた言葉だ。フェイトに会いたい。

 ネルは思わず、ドレスの胸の前で拳を握りしめた。

 フェイト、あんたちゃんと食べられているのかい? 元気でいるかい? ──あんたを助けにいかなきゃいけない。

 次々に感情があふれ出てくる。

 新生連邦の一派に追われている。それはいつかフェイトが話してくれた懸念を思い起こさせた。ディストラクションの力を狙って、いつか誰かがやって来るかもしれない、と。ディストラクションの力とは、宇宙の均衡を揺るがしかねないほどの強大な力であり、新生連邦はその力を手に入れようと画策していたのだのだと思われた。フェイトは、その力の鍵を握る存在として狙われたのだろう。

 アストールが無慈悲に言った。

〈なお、フェイトさんの身分登録は現在無効化されています〉

「無効化? 新生連邦のヤツらにやられたのかい?」

〈それは不明ですが、これは失踪ではないと推察されます〉

「フェイトが自分から身を隠したのではないと?」

〈はい。誰かが意図的にフェイトさんの社会的な記録を消去している可能性があります〉

 ネルは背筋がぞっとした。まるで目の前に代弁者が現れた時のようだ。消去、シマス──

 だが今回の相手はエクスキューショナーじゃない、人間だ。

 勝機はある、とネルは思った。

「……アストール、フェイトを助けに行こう」

 ネルはアストールを見た。アストールはひと際まぶしく光った。

〈ついていきます、どこまでも〉

 

 

 ネルは次に、フェイトが最後に消息を絶った地球近傍のステーション、ルカを目指すことにした。

 輸送艦ホライズンより小さい宇宙船に乗って、約一時間半、まもなくルカに着いた。

 そこはタイタンより規模は小さいが、お洒落な街のようだった。ゲームセンターや映画館など、近代的な施設が充実している。

 ネルはそこで、フェイトの痕跡を探すことにした。

 とにかく医師だ、とネルは思った。実際にフェイトを見た医師なら何かしらの事情を知っている可能性は高いだろうと見た。しかし、その前に──

 ネルはアストールに話しかけた。

「アストール。さっき読み取ったフェイトの写真を表示させてくれないかい」

〈了解しました〉

 アストールは碧色のパネルの上に、フェイトのホログラムを表示させた。ネルはそれを持って、空港の入口に立っていた案内係に話しかけた。

「すまないけど、この青年を見かけなかったかい?」

 案内係は同世代くらいの青年で、ドレス姿のネルを見るとパッと目を見開いた。しかしホログラムのフェイトを見ると、逆に目を細める様子で、「ああ!」と笑った。

「きみ、彼のお嫁さん?」

「ち、違……」

「彼なら、何日か滞在して行ったよ。一週間くらい前かなぁ」

 やはり、フェイトは確かにここにいた。記録としてわかっていた事実だが、生の人間の声として聞くとほっとする。

「この前、道に迷ってた子供連れのベルベイズ人がいてね。僕は案内係だから案内をするために声をかけようとしたら、彼が先に声をかけてくれてね。道案内だけじゃなくて、荷物を持って一緒に付き添ってあげてたよ。彼、いいヤツだよね」

 知らない人から伝え聞くフェイトの姿に思わず心がやわらかくなる。こんな遠い地でも、たとえ追っ手がいても、フェイトはフェイトだったのだ。

「どこに行ったか、わかるかい?」

「雑貨屋じゃなかったかな」

「そうかい。ありがとう」

 案内係と別れ、ネルは雑貨屋へ向かうことにした。

 空港通りを曲がり大通りに出ると、ソフトクリームを食べながら駆けていく子供とすれ違った。ドレスの裾をひるがえして道を開けてやる。それから目を上げると、空飛ぶ車の群れが頭上を通り過ぎた。この辺の星はどこも近代的だ。

 雑貨屋は大きなゲームセンターの横にあった。雑貨屋といっても、その外観も洗剤の泡のようにピカピカしていて、中に入るとたくさんのレプリケーターが並び、多くの人が買い物に勤しんでいた。

 ネルは空っぽになった財布を思い出しわびしくなる。だが、そんなことを気にしている暇はなかった。

 奥のカウンターへ向かうと、禿げた頭のガタイの良い店主がドレスを不審そうに見た。

「すまないが、この青年がここに来なかったかい?」

 フェイトのホログラムを取り出しながら訊ねると、店主は一転気遣わしげな表情になった。

「あぁ! あいつの嫁さんか」

「だから違……」

「あいつはもうここにはいないよ。しばらくうちに出入りしていたんだがね」

「ここで何をしていたんだい?」

「栄養剤を大量に買っているのを見たが」

「そうかい……何か妙な様子はなかったかい?」

「いや、いいヤツだったぞ。お客さんをここまで案内してくれたりしてな。でも、つい一週間前だったか、ひどい怪我をしてここへやって来てなぁ……」

 ネルはごくりと唾を飲み込んだ。

「足を引きずっているようだったから、肩を貸してそこの病院まで連れてってやったよ」

 足を引きずっていた。ネルはドレスの裾をぎゅっとつかんだ。

「……そういえばあいつ、何度も通信機を握ってたぞ」

 店主は気さくに顔をほころばせて言った。

「どうしても会いたい人がいたんだな」

 雑貨屋を出ると、ネルはアストールを取り出した。

「この格好じゃ、誰が見ても結婚する気満々みたいで恥ずかしいじゃないか」

〈しない選択肢が、あるんですか?〉

「そっ……そういうことじゃない!」

 病院は大きな商業施設の反対側にあった。

 中に入ると思ったより簡素で、小さな受付と診療室がいくつかあるだけの清潔な建物だった。ネルは受付で、治療記録にあったドクター・ルイスに会えないかと訊ねた。ちょうど患者が途切れていたためか、ネルはすぐに診療室に案内された。

 医療ポッドの隣の簡素な椅子をさし示されたので、そこに座る。

 ドクター・ルイスはまだ三十代ほどの若い医師だった。金髪に高い鼻、キリリと立襟のベージュのシャツに白衣を羽織って、見透かすような目でネルをちらりと見た。ネルは一目で施力──紋章力の極めて高い人物だとわかった。

 ネルはアストールを取り出して、フェイトのホログラムを見せた。

「すまないが、この青年がここに来なかったかい?」

 しかしドクター・ルイスは何の感情もない目で一瞥した後、左右に首を振った。

「患者の情報は教えられない」

 ネルは懇願した。

「そこをなんとか頼むよ。捜してるんだ」

 しかしドクター・ルイスは立ち上がって、同じことを言った。

「患者の情報は教えられない」

 それから書棚から書類を取り出し、パラパラとめくっている。まるでもう帰れと言われているようだ。

 ネルは苛立って立ち上がった。

「あのねぇ、こっちは宇宙からはるばる捜しに来たんだよ。何か知ってるなら教えてくれたっていいじゃないか」

 しかしドクター・ルイスはしばらく黙って、書類のページを開いて読んでいた。

 ネルはその姿を睨みつけた。医者なのにこんなに冷たくていいのかと思った。シーハーツでは考えられない。人の命を救うのが職業倫理ではないのか。

 ネルがいらいらと叫んだ。

「フェイトの命が危ないかもしれないんだよ!」

 ドクター・ルイスは書類に目を落としたまま訊ねた。

「君は彼の妻か?」

 ネルはドクター・ルイスを見据えたまま言った。

「ああ、妻だよ。未来のね」

 ドクター・ルイスは書類から顔を上げて、ネルを見た。それからふっと笑った。

「『帰りたい場所』──か」

「はぁ?」

 ネルは何を言っているのかと思った。

「彼は命を狙われていた」

 それからドクター・ルイスは書類を差し出してきた。ネルは思わず彼の目を見る。それから書類を受け取って目を落とした。

 そこにはフェイト・ラインゴッドの名前が確認できた。──フェイトのカルテだ。ハッとして読み進めると、銃創という文字が目に入り、心臓がばくんと鳴った。

「撃たれたのかい?」

「右脚を負傷していた。驚いてセキュリティサービスに通報しようとすると、そのセキュリティサービスに追跡されたと必死に止められた」

「……セキュリティサービスってなんなんだい?」

「新生連邦のルカ所属の小部隊だよ。先の混乱があってから新たに結成された」

 ネルは目を見開く。フェイトを狙っていた一派だ。

「怪我がひどかったのでしばらく医療ポッドに入ってもらったが、彼はろくに眠っていないようで目の下にくまを作ったまま話ばかりしていた」

「どんな話だい?」

「君の話さ。一緒に旅をしていたこと、部下のために命を投げ出したこと、仕事人間なこと、彼が女の子と話すといい顔をしないこと、色々聞いたよ」

 ドクター・ルイスが含み笑いをした。ネルは思わず顔が熱くなる。

「ちょっと待っててくれ」

 ドクター・ルイスはそう断ると、診療室を出ていった。戻ってくると手には荷物を抱えていた。

「あっ、そのカバン……!」

 ネルは思わず叫び声を上げた。それは星の旅の間中もずっと見慣れたフェイトのカバンだったからだ。

「彼が置いていった荷物だ」

 ドクター・ルイスに差し出され、ネルは受け取った。星の旅の初め頃ネルが買い与えたカバンを、フェイトは今も大事に使っていた。カバンは案外軽かった。

 ジッパーを解いて中を見る。わずかな栄養剤や携帯食と一緒に、見慣れた青いプロテクターが入っていた。取り出すと、手のひらに当たる部分に乾いた血がついていて、胸が痛んだ。一体ひとりでどれだけ戦っていたというのだろう。

 カバンの小さなポケットを探ると、一枚の板のようなものが出てきた。なんだろうと手に持ってみると、それはネルの写った写真だった。板の角度を変えると、笑ったり怒り顔になったりする、特殊な写真だった。いつのまにこんなものを持っていたのか。そしていつのまにこんなものを撮られていたのか。

「彼はその写真を何度も見ていたよ」

ドクター・ルイスが静かに言った。

「治療の合間ずっとな」

ネルは写真を見下ろした。角が少し擦り切れていた。

「写真の裏を見てみろ」

「………?」

 ネルは写真を裏返す。そこには見覚えのある建物が写し出されていた。

「東京タワー……」

 いつかフェイトが戦艦アクアエリーのプレイルームで見せてくれた映像に映っていたのをおぼえている。それはフェイトの故郷、地球の光景だった。

「おかげで私はずっと彼の顔を見られずに写真の裏面の東京タワーばかり眺めるはめになったよ」

 ドクター・ルイスはそう言って苦笑した。

「彼は最後にそこへ向かうと言っていた」

「なんだって!?」

 ネルは顔を上げてドクター・ルイスを見た。

「『帰りたい場所がある。だから行かなきゃいけないんだ。彼女ならきっと意味がわかる』んだと、彼は言って出ていったよ」

 ドクター・ルイスは、やわらかい笑顔を浮かべた。

 

 

 病院を出ると、すぐに大通りを引き返した。すぐにでも地球行き小型船に乗るつもりだった。小走りに人をかき分け、大通りを通り過ぎていると、

「おぉうい! おぉうい!」

 後ろから誰かが叫んでいる声がする。

 我関せずで早足で歩いていると、今度は

「そこの花嫁ぇ〜! ネルちゃぁ〜ん!」

 と声がしたので思わずハイヒールを踏み外すかと思った。後ろを振り向くと、ホログラムジジイがのっそりと走りながらこちらへやって来る。

「あんた!?」

 いつかの立体映像電話のホログラムジジイは現実の姿となって目の前に現れ、ぜいぜいと肩で息をしながら膝を折るところだった。

 ネルが思わず駆け寄ると、ホログラムジジイはネルの腕に捕まりながら、意外と小さな身体で汗を拭いた。

「どうしてここにいるんだい!?」

「街中で花嫁が現れたと噂になっとってな……もしかしたらと思って来てみたんじゃ」

 そういえば、しばらくフェイトを保護したと言っていてフェイトの通信機を譲り受けたのはホログラムジジイだった。ルカにいたのだ。

 ホログラムジジイはポケットから通信機を取り出した。

「ほら、これが例のイケメンの通信機じゃ。お前さんに返しとくよ」

 ネルは通信機を受け取った。この老人は、わざわざこれを渡すためだけに噂を聞いて走ってきたというのだろうか。

「どうしてわざわざ……」

 ネルがつぶやくと、ホログラムジジイは手を振った。

「いつかお前さんが来ると思って、ずっと探しとったんじゃ」

「私を?」

「あのイケメンに頼まれたからのう」

 ホログラムジジイは照れくさそうに頬を緩ませた。

「……すまないね」

 宇宙の果てまで、たくさんの人たちの世話になってここまで来た。ひとりでも欠けたら辿り着けなかっただろう。ネルがその重みを胸に感じながらフェイトの通信機を握りしめると、

「おっと、まだじゃ」

 ホログラムジジイは通信機を指差した。

「その通信機を開いてみな」

 ネルは言われた通りに通信機を開く。すると待受画面にネル自身の写真が現れた。

(まったく、いくつ私の写真を持ってるんだい……)

 ネルは内心、これをホログラムジジイに見られたのかと恥ずかしさを感じていると、画面の右下のアイコンが光った。これはなんだろう、と思っていると、

「ここを押してみな」

 ホログラムジジイが待ちかねたように指図する。

 言われた通りにアイコンを押してみると、再生アプリが立ち上がった。

『ネル……東京タワーで待ってる。会いたいよ』

 フェイトの肉声が聴こえた。一ヶ月以上聴けなかったその声が、思いのほか心の奥底に染み込んできて、たまらない気持ちになる。ネルは何度も再生ボタンを押してフェイトの声を聴いた。何度聴いても、フェイトの声だ。もうずっと長いこと聴けなかったその声を、気づけば二十回以上聴いていた。

「もう……ええじゃろ……」

 ホログラムジジイもさすがに呆れている。

 ネルは咳払いをして誤魔化した。

「その……何から何まですまないね。おかげでフェイトの居場所がわかった。あんたには感謝してもしきれないよ」

「大したことはしとらんよ。さぁ早く、愛するイケメンのとこに行ってやりな!」

 ホログラムジジイは用は済んだというように背中を見せた。早く行きたいという思いと裏腹に、ネルはその背中が見えなくなるまで見送った。

 まもなく夕暮れが訪れようとしていた。

 

 

 ルカから地球まで三十分、ネルはようやく地球へ降り立った。

 転送室を出ると、そこは今までと桁違いに人の洪水だった。凄まじい数の人々が四方八方からやってきて、誰もぶつからずに歩いている。ネルは目が回りそうだった。

〈タクシー乗り場は右手です〉

 アストールが矢印で指示するが、人が途切れないので向かえそうもない。思いきってざぶざぶと人の激流に入っていくと左に流され前へつんのめり、気がつけば何とか右向きの流れに乗っていた。

〈ナイスです!〉

「なんだいこのアトラクションは……」

 ステーションの外へ出ると、夜の闇が迫っているにも関わらず尚いっそう光の洪水だった。広告パネルが色とりどりに輝き、上を向けば空飛ぶ車が流れ星のように走り抜け、空中都市が王冠のように光っている。

 アストールの案内に従ってタクシーに乗り込むと、タクシーは宙に浮き、夜空がいっそう近くなった。

 タクシーは高いビルの間を駆け抜け、あっという間に景色が開けたかと思うと、特徴的な赤い塔の周りを飛んだ。

「これが東京タワー……」

 しかし、何かがおかしかった。

 タワーの周りに誰もいない。いや、正確にはタワーの周りには規制線が張られていた。そしてその周りを囲むように、戦闘車両と思われる厳つい車が何台も止まっていた。入口にはふたり、武装した兵士のような人物が銃を持って立っている。

「なんだい、あれは……」

〈調べてみます〉

 アストールがピコピコ鳴った。

〈規制区域に指定されています〉

「規制?」

〈昨日から立入禁止になっている模様です〉

 ネルは東京タワーを睨みつけた。

「これは調べた方が良さそうだね……」

 タクシーを少し離れた通りで降りた。

 ネルは周辺の通行人に東京タワーについて訊ねた。道行く人の誰もが首をひねった。

 

 ──昨夜、テロリストが立て篭ったらしい。

 ──いや、重要犯罪者の確保って聞いたわ。

 ──新生連邦の特殊部隊が来ているらしいぞ。

 

 誰もがよくわからず、曖昧なままタワーを横目で通り過ぎた。

 東京タワーの中で、何かが起きている。

 アストールが言った。

〈公式発表はありません。ですが、軍用通信の量が異常です。秘匿されているものと、推察されます〉

 ネルはこめかみを押さえた。

「……フェイトだね」

 ネルは目を閉じた。

「……夜まで待とう」

 ネルは東京タワーのてっぺんを見上げた。

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