堺に到着した翌日。
人夫以外(家臣になった岩成友通は別)のメンバーで魚屋(ととや)に訪れていた。
「ごめんください、千宗易殿に用事がございまして」
「はーい☆」
現れたのは金髪ボインのネーチャンであった。
「千宗易です☆アゲアゲでよろー☆」
随分とパリピな千宗易だな……。
「すみません少ないですが授業料に」
「これはこれはご丁寧に☆ささ、上がっていて上がって☆茶道教えちゃうよ☆」
すっげぇテンション。
信長様も流石に困惑しているが、楽しそうである。
茶室はパリピのネーチャンに似合わずに質素そのもの。
花瓶に掛け軸がが飾られていて、俺達8人が茶室に入ると少々狭く感じる。
ただ人数分の座布団が用意されていたりと気遣いは素晴らしい。
すると先程までパリピみたいな派手な着物を着ていた千宗易さんは着替えてきたのか、茶色の質素な服装に着替えて現れた。
これには先程との容姿の違いで皆驚く。
「さて、それでは皆様に茶道の師事をさせていただきます千宗易です。とはいえ茶道には幾つか決まり事がありますが、それ以外はまだまだ発展途上故に、皆様が思う茶道をしてくださればと思います」
彼女の説明曰く、茶道で大切なのは相手を持て成す精神。
そして茶道具を見せ合うコレクション性が大切であるという説明をされた。
言ってしまえばカードゲームに近い。
茶室というフィールドにいかにメインの道具及び人物を際立たされるか、メインや人に合う周りの道具を揃えられるか……というセンスが試される場であるとされた。
また普通に茶を楽しんでもらうことで、関係性を深める社交技術としての側面もあると彼女は言う。
「例えば……☆」
彼女が木箱取り出したのはナスの形をしたへんてこりんな茶碗。
千宗易さんはこの形の茶碗が大好きらしく、あと変な形をしているので安く仕入れられるってことで愛用していたらしい。
その道具に合わせる為に竹を削って作った花入に、木の枝を削って作った湯釜からお湯を取り出す為の道具など、器を目立たせる為に他の物を敢えて質素にすることで際立たせる……という技術を用いていた。
そしてお茶を作ってもらうが、渋味が強いものの、口の中をすっきりして頭が冴えわたるように感じた。
「何分学んでいると眠くなってくるものですから、眠気を飛ばす為の一杯をと☆」
そういう相手を見てお茶の入れ方すら変化させて持て成す……これが茶道というものかと大変感銘を受けた。
「さて☆これが一通りの茶道の流れですよ☆次はお茶の淹れ方や、相手を気遣う場面を覚えていきましょうか☆」
順番にそれぞれお茶を淹れて、回し飲みをし、時々茶菓子が出される。
砂糖菓子ではなく塩味の強い饅頭だったりするが、渋いお茶に塩気の効いた菓子がこれまた合うこと……。
最初はどんなものかとあまり興味を抱いてなかったメンバーも最後にはドハマリしてしまい。
それぞれお金を出し合って茶道スターターキットみたいな道具一式を購入した。
「男性の方……池田さんかな?」
「はい」
「貴方幼いのに腕が良いね☆周りをよく見えているし、気遣いも素晴らしい☆」
「ありがとうございます」
一応前世の中学の時に選択授業で何故か茶道があったのでそれに参加していたのがまさか生きるとは……。
あと気遣いは完全に社会人時代の名残だろう。
(あと俺が気遣いで言ってなかったけど、ナス型の茶器って超が付く名物じゃなかったか? 天下三茄子って言われる茶器があったくらいしか知らないが)
流石に茶器の名前までは把握してなかったが、ナス型の茶器は決して安売りして良い物ではないのだろう。
だから知ってる人は価値が分かるし、知らない人はへんてこりんな茶器にしか見えない。
(ナス型の茶器があれば覚えておこう……)
「いやぁ、茶道というのは奥が深いが気に入ったぞ! 室内で手軽にできるのも良い!」
「信長様もですか! 拙者も茶道に魅了されてしまったでござる!」
「タッキーもか。アタシも気に入ったな。決まりが少ないのも良いね!」
信長様、タッキー、謙信ちゃんがそれぞれ茶道について色々言っているが、千は、
「家にも探せば茶器になりそうな物あったかな~」
とすでに頭の中茶器のことでいっぱい。
森さんと岩成さんも茶道に魅了されて、せっかくだからと千宗易さんから追加で茶道具を購入していた。
「森さん、岩成さんも持ち運ぶ最中に割れたらどうするのですか」
「だ、だって千宗易さんが買い時だって……」
「あの人も商人なんだから売り文句ですよ……馬鹿正直に買って……割れないようにちゃんとおが屑の入った箱を用意しないと」
そんなやり取りがあったが、それから毎日堺見物をしながら茶器を探したり、旅に必要な物を買い揃えては、千宗易の魚屋にお邪魔して茶道を何回か習い、1週間後に堺の町を出発するのであった。
「はぇ~城塞の町って感じだね」
「ここが石山本願寺の門前町である石山の町ですね」
門前町には多くの尼さんが行き来しており、賑わっていた。
「坊主でも酒を買うのか?」
「ここの宗派は大丈夫なのですよ」
浄土真宗はそもそも坊さんの厳しい規律に対して異議を唱えることで始まった宗派であり、言っちゃ悪いが念仏を唱えれば極楽に行けると言われるくらい戒律が無い。
この世界では尼さんが主体になっているが、尼さんが結婚して子供を作ることも許されているし、酒も飲むし肉も食う。
その中でも石山本願寺を主体とする本願寺派と呼ばれる一派は、弱者救済を掲げており、弱い立場の者と寄り添う姿勢をしていたので、石山周辺や寺領として保護されている土地に流民を住まわせて、一種の領主の様に振る舞っていたのである。
戦国時代で世が混乱しているため、壇家の数はどんどん増え続けており、全国各地に本願寺派の寺が存在するほど大きな影響力があり、一説によると全国の本願寺の財力は、この時代のフランス1国の国力に相当すると言われるほど莫大なものであるらしい。
まぁ高利貸しをしてあくどい商売をしていないだけマシである。
「それだけ巨大な勢力なのか……」
「はい、幕府の制御も効かなくなっていますが、これには色々訳がございまして……」
現在幕府の管領という実質的に運営している細川晴元という女性がいるのだが、この女性が大層の悪人であり、ここ10年の畿内周辺の戦にはこの人物が殆ど関わっていると言うくらい各勢力にちょっかいを出して戦火を燃え上がらせては鎮圧する……というのを繰り返し、度々京にも戦火が及んでいた。
石山本願寺も元々京に本拠地があったのだが、細川晴元の計略にハマり、門徒を募って細川晴元に味方したのだが、勢力が大きすぎるという理由で細川晴元が他の寺社勢力を煽り、不意打ちを受けて本拠地が炎上の上焼失し、結果2番目の拠点だった石山に移動させられた……というのがある。
その反省として石山本願寺は城みたいに要塞化しており、尼僧兵の囲い込みも熱心に行っていたのである。
「まぁそれ故に酒だったり味噌が大量に消費されるわけですが……ここには長居するつもりは無いので宿で泊まったら明後日には出発しますよ」
「うむ、余もゆっくり休むとするかな!」
というわけで信長様はゆっくり休み、俺は岩成さんとタッキー、千と丹羽を連れて商人を巡り、持ってきた堺産の酒と味噌を売っていき、採れたて新鮮の野菜を買い付けるのであった。