プピュープピュー
漫画みたいに腹を水で膨らませて、押す度に水を吹き出す川から引き上げた女性。
心臓が止まっているわけでもなく、呼吸はちゃんとしているので大丈夫そうだ。
そして彼女の乳も豊満である。
「この人大丈夫なのか?」
「恐らくは生きているかと……」
俺はぐっとお腹を押すとブべっと大きな魚を吐き出した。
その衝撃で起きたみたいだ。
「ん、んん……ここは……」
「気がついたか?」
信長様が川に流されていた女性に声をかける。
「ああ、アタシ……川に大きな魚が居たから晩飯にしてやろうと、川に飛び込んだら、思いのほか魚が強くて水中に引っ張られて……」
いや、それで水中でその魚を食べてたって……どんだけ食い意地張ってるんだよ。
「魚は?」
彼女が魚を探すと、吐き出した魚は彼女の横でビチビチと跳ねている。
「よかったぁ……今晩の夕食がこれで食べられる〜」
金髪碧眼でダイナマイトボディをしている彼女であるが、見るからに残念臭が漂ってくるのはなぜだろうか。
「もしよければ魚だけだと乏しいので米でも炊きましょうか?」
俺が彼女に提案をする。
「え? いいの! いや~助けてもらったのにご飯までいただけるなんて……やっぱり毘沙門天の加護ですかね?」
「毘沙門天?」
「知りませんか? アタシもよく知らないのですが、戦に凄い強い男の神様らしいですよ。アタシが前に住んでいたお寺でそう教わりました! まぁ寺の精進料理があまりに量が少ないので逃げ出したのですが……」
ははーん、さては腹ペコキャラだなこの人……。
とりあえず懐から信長様とお昼に食べようと思った干し米を竹を切って即席で作った器に川の水と一緒に入れて、火をかける。
平手さんもようやくダウンから回復したようで、火で水に濡れた着物を乾燥させながら魚が焼けるのと、米が炊けるのを待つ。
「ところで貴女は誰なんですか〜」
平手さんが川から引き上げた女性に質問すると、
「アタシの名前は長尾謙信! 謙信ちゃんって呼んでほしいです!」
「ブフ!?」
俺は思わず吹き出してしまった。
「池汚い」
「すみません信長様……長尾謙信さんですか……」
「さんじゃなくて謙信ちゃん!」
「謙信ちゃん……」
「んん、男の子にちゃん付けで呼ばれちゃった! これでご飯5杯は食べられる!」
「貴女ずいぶんと愉快な人ね!」
信長様は長尾謙信(ながお けんしん)ちゃんのことを気に入ったらしい。
彼女の話を聞くと、元々越後国(現在の新潟)に住んでいたらしいが、長女ではなかったのと滅茶苦茶食べるのが災いして、寺に入れられてしまったが、寺では毎日空腹で、住職の目を盗んで鳥や獣を食べて飢えをしのいでいたらいしが、
「あれ? 寺にいてもお腹は満たされない……寺の外だったらご飯が沢山獲れる……じゃあ寺に居る意味なくない?」
と考えて脱走したのだとか。
行く当ても無かったので京をとりあえず目指していたらしいが、道に迷って、路銀が尽きたため、山や川を巡って食料をかき集めて、飢えを凌いでいたらしい。
「で、川に大きな魚が居たから飛び込んだ……と?」
「そうそう、正直京に行っても何をしたいかっていうのもないんだけどね。アタシの武芸だったら幕府に雇われたりしないかなーって……」
「だったら余に仕えてみないか?」
「の、信長様!?」
平手さんは驚いていたが、さっき俺が話していた仲間を集めるという話を信長様なりに解釈したのだろう。
「謙信からは面白そうな匂いがする!」
とのこと。
とんでもない話だな……。
そして多分だが長尾謙信と名乗っている彼女が多分この世界の上杉謙信。
前世で覚えている限り、上杉謙信になる前の名前が長尾景虎という名前で、長尾家から上杉の名跡を継いで上杉謙信へとなっていったのと、上杉謙信の本拠地が越後だったから多分彼女がそうなのだろう。
「余の下にいれば退屈はさせんし、腹いっぱい食べても文句を言われることはないぞ」
「お世話になります!」
「「はや!」」
俺と平手さんは揃ってお世話になることを表明した謙信ちゃんの身の振り方に驚くのであった。
「熱、熱、ハフハフ……うん、美味しい」
魚と炊いた米を食べながら謙信ちゃんと信長様は話を続ける。
「余はいつか母上の跡を継いで織田家家長になり、尾張を統一したいと考えているんだ。その為には沢山仲間を作る必要があると池が言ってな。池って言うのは、そこに居る乳母兄の池田恒興のことなんだけど」
「ふむふむ、池田恒興君ねぇ……」
俺の方を向いて謙信ちゃんが信長様に言う。
「今はまだ幼いけど、もう5年もすれば良い男になるんじゃないかな?」
「謙信も分かるか! 池はきっといい男になるぞ」
「うんうん、お姉さんもその頃になったらつまみ食いしたくなるかもしれないな」
「う、池は余のものだ!」
「でもいい男って沢山の女性を侍らせていると思うけど? それにお家を繁栄させるなら子供が多くないといけないでしょ?」
「うう、それは確かにそうだが……」
「信長ちゃんは池君を共有しても良いって思えるような仲間を集めた方がいいかもね。いい男の側には有能な者が集まるとも言うし」
「そうなのか?」
「そういうもの」
ガッツリ近くに居るから俺、会話が丸聞こえなんだが……。
しっかし上杉謙信……いや、長尾謙信が信長様の仲間に加わるって……俺の知ってる戦国時代が崩れた音がするぞ……。
一番織田家に影響することだと、隣国の今川、武田、そして関東の北条が三国同盟を結んだ出来事があったが、あれ上杉謙信へ対抗するためだった筈だから……そのイベントが起こらない可能性が出てくるんじゃないか?
そうなれば、今川は西進しての桶狭間の戦いが起こらずに、徳川家康の独立イベントも起こらなくなるのでは?
「今考えても仕方がないか……」
長尾謙信を仲間に加えて信長様の生活している城へと戻る。
城と言っても、戦国時代の城は現代に残っている石垣があって、白い壁に覆われて、天守閣があって……みたいな感じではなく、穴が掘られただけの空堀に、出入り口に掘立柱の木造で簡素な作りの門と物見櫓があるだけ。
壁は土壁もしくは木材で作った柵で、中の建造物も木造の板葺き屋根で作られた建物が殆ど。
信長様は父親の信秀様より幼くして那古野城の城主を任されているが、まだ幼いので、実質的な政務は平手さんが行なっていた。
「うう……今日も残業です……」
政務能力は高いのだが、悲しいかな、政務が行える人材が少ない影響で、平手さん酷使されて、ほぼ毎日残業をしていた。
俺も少し手伝うようにはしていたが、だいたい信長様が遊びに出かけるぞと誘うので、政務はまだ見習いの域を出ていないが……。
那古野城に到着すると、謙信ちゃんが、
「この城を攻めるのであれば表に兵の半数を起き、城兵を誘導したところに、裏口からいっきに攻めかければ……兵500名でも落とせるな」
「ほぉ……余だったら裏口ではなく、火矢を射掛けて、更に誘導したところ搦手から攻め掛かるが」
「それをやるなら正面の櫓を火矢で」
信長様もそうだが、長尾謙信も前世の世界では軍神と呼ばれるだけあり、城を軽く見ただけでどれぐらいの兵数がいれば城を落城させられるか目算を立てていた。
2人が話しているだけで、どんどん戦術が組み上がっていくのだから恐ろしい。
城に到着した謙信ちゃんがまずしたことは飯のお代わりであり、信長様から、
「謙信、まだ食べるのか!」
「だって……尾張のお米美味しいんだもん! まだ腹3分目くらいだよ」
と、底なしの胃袋を披露し、信長様を呆れさせるのであった。