「「「えい、やー、とう!」」」
前世の記憶がある俺から見ると、女性が率先して鍛錬をしている光景は若干異質に見える。
というか髪色カラフルだし、全体的に顔面偏差値が滅茶苦茶高いので、皆美女が多い。
そして基本胸が豊満である。
そんな女性達が槍や刀を振り回しているのを見ると、若干コスプレ感がするが、皆真面目に取り組んでいるので何とも言えない。
ただここ最近の変化と言えば、そんな兵士の女性達の体の変化だろうか。
食事もまともに食べられてなかった人も多かったので、そんな人達がちゃんと3食食べられるようになり、それでいて体を鍛えるとどうなるか……どんどん肉付きが良くなってくる。
身長は小さいのに、肉付きが豊満で、老けにくいって……お前らはエロゲの住民かって突っ込みたくなる。
ここ身近で最近の変化だと秀吉だろうか?
彼女も食事が不十分だったが故にガリガリだったが、俺の下で勉強する様になり、昼間一緒に飯を食べたり、人よりも多くの給金が与えられていることで、ちゃんと家でもまともな食事を食べられるようになったからか、凄い勢いで成長を続けている。
主に胸が……。
身長はそこまで伸びてないが、胸がどんどん大きくなってきて、半年経たないでAAAカップだったのがCカップくらいまで膨らんでいた。
(これ、秀吉も爆乳になるのか? 解釈違い何だけど……)
秀吉が順調にロリ巨乳化していっているのだった。
「池田殿、頼まれていた品が熱田で売られていたので買い取って持ってきたでござるよ」
「え! 会ったの?」
「三河で少量自生していたらしく、観賞用に種が売られていたでござる」
タッキーに有れば調達してきて欲しいと頼んだ植物があった。
木綿である。
綿は日本に700年近く前に伝来しており、その過程で三河近くでは自生している綿が多数あった。
しかし、布に加工するまでの量に増やす事はできず、収穫時期のタイミングも初見では難しいので、今の今まで活用されなかった植物である。
今年は既に時期が過ぎてしまっているが、石灰で土壌を整えてから春に種を蒔くとよく育つ。
7月から8月頃に花が咲き、開花から1ヶ月から1ヶ月半が経過すると実が弾けて綿が飛び出す。
これを雨が降る前に収穫しなければならない。
雨に濡れると、せっかくの綿がグズグズになり、カビが生えたりする。
まぁ乾燥させればある程度復活するが、それも手間なので晴れているうちに収穫してしまうのが吉である。
綿の優れている点は他の布にできる植物よりも大量生産に向いている事、肌触りが良く、防寒性能が高い事、副産物が大量に取れるという経済的な利点が多くあるのが特徴である。
現に江戸時代になると木綿が民衆の主流な布となっていく。
布の製造量、品質共に大内氏に遅れを取っている織田家には救世主となるのが綿である。
あと糸にしやすい利点もある。
日本原産の木綿は機械化に弱いというデメリットがあるが、手動で行う糸紡ぎ機でこの時代なら十分な量を生産することができる。
あとは職人の腕を上げていけば、自ずと他国に負けない布が作れるというわけである。
「以上の利点がある植物なんだ。秀吉のところでも育ててもらうが、育て方は比較的簡単だからね」
「なるほどだべ。でも池田様、着る物作る以外にも利点があるって言っていたが、副産物として何が取れるんだぎゃ?」
「いい質問だよ秀吉。こいつは種から油を搾ることができる」
「なんと!」
そう、木綿の種からは油を搾ることができる。
現代でもポテトチップとかに使われる油は木綿由来の油を使われているらしい。
一番使われているのはツナ缶に入れられている油で、加熱しても酸化しにくいのが特徴である。
「そんな便利な綿にも欠点があるんだ。秀吉、何か分かるかな?」
「欠点だべ……うーん、土地が痩せやすくなるとかか?」
「その通り!」
秀吉が当てたように、綿の栽培は土地が痩せやすくなるため、連作に危険が伴う植物なのである。
あと大量の肥料が必要になる点にも注意が必要なので、できれば蕎麦、大豆、小麦の輪作しているところに組み込み、4年周期でぐるぐる回せば土地の疲弊もある程度抑えることができる。
これでも肥料を投入するのは必須であるが。
「でもそれを補って余るほどの利点が目白押しだべ」
「来年に向けてみっちり米の育て方と木綿の育て方を教えるから、秀吉もしっかり学んでくれよ」
「はい!」
秀吉に農業の事を教える傍ら、桑の木を含めた木の植林を行なっていた。
桑の木を中心に行なっていたのは生糸栽培を大規模化したいからである。
そもそも養蚕自体はこの時代でも各地で行われていた。
特に大内では養蚕職人の育成に多額の資金を投入しており、大陸産に負けない品質を作り出しており、国内も大陸産か大内の絹が大金で買われ、その他の国の絹は品質も悪い為安く買い叩かれているのが現状であった。
尾張でも頑張って養蚕をしている農家がいたので、俺は旅で大内の生糸に触れてから、尾張帰国後に真っ先に養蚕農家に接触し、彼らに投資を行なったのである。
その過程で養蚕に必要な道具を俺が幾つも知識から再現していた。
まず鉄製の桑切り包丁。
農家の皆さん蚕の幼虫にそのまま葉っぱを与えていたが、成長度合いに合わせてある程度細かく刻んで与えた方が蚕の幼虫はよく葉っぱを食べて大きくなりやすいのである。
蚕架と蚕箔という道具も作った。
これは木製の棚が蚕架で竹で編まれた箱に紙を敷いたのが蚕箔である。
これは蚕を育てるための生育場所であり、屋根裏とかの暗くて風通しのよい涼しい場所に設置して、棚状になっているので、給餌の際は引き出して、給桑台(今だと即席の椅子の様な道具)の上に置き、餌の追加と食べかすや糞の回収を行う。
あまりに寒い日は屋根裏を木炭ストーブで温める。
そして蚕が成長すれば繭を作るのに藁の中に逃げ込むので、藁でできた巣を作ってやれば繭が出来上がる。
あとは職人に作らせた座った状態で作業ができる湯沸かし装置と足踏みで糸を巻き取る装置(足踏み座繰機)を使って生糸を巻き取っていけば、糸とすることができる。
ここまで道具を揃えたが、蚕の品質は少し向上した程度。
蚕自体の品種改良も必要そうである。
まだまだ先は長い。
流石に養蚕に関しては秀吉も専門外なので、無名の農民達に頑張ってもらうが……どうなることやら……。
養蚕の話はこれくらいにして、植林を進めているのは木材確保の面が大きい。
鉄の量産にはどうしても大量の木材が必要なので、燃料となる木材の確保の為に植林作業をしているのである。
そういう観点から見ると杉の木が成長も早くて、植林に適しているのだが、戦国時代に来てまで花粉症にはなりたくないので、色々な木々を植えていっていた。
まぁあとは果実とか実る木を植えても良いな。
蜜柑や梨、桃、栗、柿の苗を取り寄せて、植えていけば将来特産品になりうるか……。
まぁ今は普通の木を植えるに留めますかね。