「ふう、相変わらず池田殿の頭の中はどうなっているでござるかね……異世界の知識があるといっても、それを我々が分かるように噛み砕いて説明し、実際に成果を上げられるのは中々できることではないでござるが……」
「滝川様良いではないですか、雇い主が有能であれば……信長様も池田様もそして織田家の殆どの者も私達忍びを下賤な者と見下すのではなく、将として扱って下さる。これほど恵まれた環境は中々ありませんよ」
「簗田か」
簗田政綱……拙者に仕える下忍の1人であり、戦闘能力に欠けるが、政務や情報収集は人一倍優れているくノ一だ。
片目が幼い頃に天然痘にかかり、腐ってしまったので、眼帯を付け、眼帯部分を髪で隠しているのが特徴である。
乳は拙者並みか。
「相変わらず忍ぶ事に関しては下忍にしておくには惜しいな。戦闘能力さえ有れば拙者と同じ上忍にもなれたであろうに」
「いやいや、私は下忍の仕事しかできないので、今の立場で十分ですよ」
「そうは言うがな……コホン、こうして拙者の前に来たって事は何か報告があるのであろう?」
「は、内側と外側の情報がありますが、どちらから報告しましょうか」
「重要か?」
「結構重要です」
「ならば拙者だけでなく信長様に聞かせた方がいいでござる。拙者と一緒に登城するでござるよ」
「よろしいので? 私から報告を聞き、滝川様の手柄にされるが普通では?」
「仕える人材は少しでも上の地位に上げるべきが今の織田家の方針でござる。簗田は拙者が上に上げるべき存在と認識しているでござる。それが重要と言うのであれば、主に直接言ったほうがいいでござるからな」
「心遣い感謝します」
拙者と簗田政綱の2人は信長様の居る那古野城に向かうのだった。
「タッキーが部下を連れてくるとは珍しいな」
「拙者の部下の中でも政務と情報収集に長けている人材故に信長様にもお目通しをと思いまして」
「簗田でございます」
「……ああ、旅先で余達を襲った忍びの中でも序盤にやられていた奴だな。派手に謙信に吹き飛場されていたから覚えておるぞ」
「その件は失礼しました」
「よいよい、もう過去の事だ。タッキー、こやつに何を調べさせていた?」
「は、尾張の内外の事を調べさせておりました。主に池田殿について他所はどれほど調べているか……でござる」
「うむ、聞こう」
「は、まずは内側……尾張の諸将からの評価ですが」
信長様は織田弾正忠家……幕府から尾張統治を任されている尾張守護の斯波氏の家臣……尾張守護代家の清須織田家の更に三人の奉行職の一人が織田信秀様に当たるでござる。
国主の家臣の家臣……陪臣というのが正しいでござるか。
本来なら尾張全土の統治などできるはずがないほど家格は低いのであるが、津島と熱田の尾張の大規模の商業地を2つも抱え、そこから入ってくる上納金の収益による莫大な資金力を背景に力を付け、優秀な兄弟に支えられながら織田弾正忠家と言う家を拡大することにより尾張を飲み込んだ背景があるでござる。
莫大な銭を朝廷や幕府に献金をし、上司である斯波一族や清須織田家の面々に良い暮らしをさせて、政務を代行するという形で権力を握っていた。
上司を物理的に排除や追放しない当たり非情になりきれてない点が織田信秀と言う女でござるな。
非情に徹しなくても尾張程度であれば掌握できる才女であるとも言えるが……。
簗田の報告によると斎藤道三との加納口の戦いで少々ケチは付いたが、最終的に斎藤道三の方から講和を申し込まれたこと、三河の騒乱を素早く鎮圧したことで基盤の揺らぎは最小限で済んだというのが今のところ分かっていた。
「ただ気になる点がございまして……」
現在守護である斯波一族は鎌倉時代から格式高い一族ではあったが、鎌倉後期……元寇の到来と共に日本に男が次々に死んでいく奇病が流行り、その混乱期にいち早く女性当主を立てた一族であり、それにより鎌倉の反感を買って一時衰退するが、鎌倉幕府滅亡、建武の新政、室町幕府成立の一連の流れで時流に乗り、室町2代目将軍時代に室町幕府の将軍の次に偉い管領の地位に斯波家当主の女性が就き、要職を姉妹で固める政策を打ち、絶頂期を迎えたでござる。
しかし、男達からの反感を買って失脚し、各地に斯波家を分散し命脈を保っていたでござるが、応仁の乱以後の室町幕府の混乱と戦国時代の到来で、斯波家の一族は次々に淘汰され、唯一残ったのが尾張の現守護一族という流れであったでござる。
その一族も実権を織田信秀様に奪われているので、もうなんというか悲壮でござるな。
そんな現守護の彼女は良いでござるが、その家臣達が少しずつ復権しようと企んでいる情報を入手したのが簗田でござるな。
「復権しようと言っても兵を集めるなどではなく、自身の権限の範囲内で清須城下の商人から銭の取り立てをしたり、備品の更新と称して信秀様に銭をたかっているくらいですが」
「ふむ……余からは手出しできんな」
「こちらは本命ではございませんので悪しからず」
「うむ、いや、動きがわかるというだけでもありがたい。余も懐妊したことで動きに制限がかかるからな」
「それはおめでとうございます」
「それで本命の方は」
「は、まずこの前大きな野分(台風)があったのは覚えているでしょうか」
「うむ、覚えているぞ。池が先手を打って川の堤の補強を行なってなかったら尾張も大きな被害が出ていたかもしれんからな」
「はい、それで管轄外である清須城の一部が水没したらしく、その修繕に清須織田家は織田信秀様に金をせがんでもいるようで」
「清須城は水没していたのか……あの城は沼地の上にあるから大雨が降ると直ぐ水没すると聞いていたが……」
「構造に欠陥があるらしく、排水路を整備すれば多少はマシになるでしょうが……城攻めをする際にはその補強箇所が弱点になるかと」
「良き情報だな」
「ありがとうございます。あとは野分で畿内は大変な被害が発生したらしく、畿内の米相場は急騰を続けております」
「それは秋の収穫期を過ぎても値上がりしそうか?」
「は! 相場師ではないので断定はできませんが、畿内周辺も水害により不作が予想されますので、米相場は高止まりかと」
「ふむ、それは池に伝えてやれ。場合によっては年貢の一部を換金するかもな」
「分かりました。池田様にも伝えておきます。そして最後に池田様についてです」
「池がどうした?」
「池田様が次々に新しい商品を発明し、販売しているのは商人経由で各地に情報が広まっているらしく、今川義元が興味を持ったとのこと。今川家の忍びも動く可能性がありますので用心をお願いします」
「ふーむ、今川の忍びを引き抜くことはできぬか?」
「引き抜き……ですか?」
「うむ、忍びの部下を持ってわかったが、情報の入り方が段違いだからな。タッキーも部下の数が増えれば更に動きやすいのではないか?」
「それはそうでござるが」
「タッキーに簗田だったか? せっかくだ、東国の忍びで織田家に靡きそうなの片っ端から引っこ抜いてきてくれ。そうだな……武士の身分と給金1人年20貫の給金、身分が高いようであれば中忍は100貫、上忍は500貫給金で出すと伝えろ。……あと池が言っていたな……任務の危険度と成功報酬に合わせて追加で銭を支払うと。忍びではない子供とかも池が石けん作りや特産品作りで人手がいると言っておったから給金払うゆえに連れてこい」
「その条件であれば釣れるかと」
「タッキーが連れていた忍びは皆中忍以上の待遇にするから……それでよいか?」
「格別な配慮ありがたく存じます」
「うむ、中々土地は渡すことができずすまんな」
「いえ、信長様のはからいは拙者達忍びは皆感激しているでござる! なぁ簗田」
「はい、感謝感激で絶対の忠義を」
「うむ、そう言ってくれるとこそばゆいな。じゃあ忍び引っこ抜き頼むぞ」
「「はは!」」