「商人のお嬢ちゃん、美濃で仕入れてきた紙を買わんかい?」
「あら、ちょうど紙を切らしていたところなのよ……助かったわ……あるだけ全部頂戴」
「毎度〜」
翌日、信長様は伊勢神宮前の市場を見て回りたいといったので、俺はタッキーだけ借りて、市場で持ってきた商品の売買を行なっていた。
「いやぁ流石忍者……よくもまあ情報を仕入れてくるね」
「いやいや、その情報で高値で売りつける池殿も流石でござるよ」
俺達コンビで持ってきていた針や紙を高値で欲しがっている人に売り払い、金を稼いでいた。
男の数は少ないが、居ないことは無く、伊勢神宮のお膝元ということで、治安も比較的良いのか、男もぼちぼち出歩いていた。
「どれぐらい稼げたでござるか?」
「これで30貫近く売れたよ……いやぁ美濃の紙はやっぱり高値で売れるねぇ。タッキーが情報を仕入れてくれたお陰だけど」
「は、いや! これくらい朝飯前でござるよ!」
顔を赤くしてぼそっと美少年に微笑まれるとコロッと惚れそうになってまずいでござるよ……と呟いているのが聞こえてきた。
おいおい、タッキー……心の声が漏れてるぞ……。
「タッキー、伊勢は海老の他に鰹獲られているから鰹節も作られているんだっけ?」
「そうでござるな。鰹節も購入することができるでござるよ」
「よし、じゃあ今日稼いだ金の大半で鰹節を購入しようか」
「うむ! 荷物持ちは任せろでござる!」
というわけで、伊勢の町では鰹節の削る前の物を大量に仕入れる事にした。
「次はどの様に向かうので?」
「伊勢の南をぐるっと、船で移動して、紀伊の雑賀郷と言われれている村まで移動する」
「ほうほう」
「そこで蜜柑(みかん)を大量に買い込んで、近くの堺に入りに行く感じで」
「蜜柑……ああ、黄色い果実の……確かにそろそろ収穫の時期でしたか」
「熱田でも紀伊から流れてきた蜜柑を町人達が食べていたから売れると思うんだよな」
「なるほど」
というわけで鰹節を仕入れて、俺は船の手配をするのであった。
戦国時代の紀伊と伊勢の国境は繋がっているようで繋がっていないのである。
戦国時代が始まる前は熊野大社や分社が伊勢や紀伊の国境付近に点しており、そこを目印にして道が敷かれ、人が生き来していたのであるが、戦国時代になると、伊勢の勢力がグッチャグチャのばらばら……現在48家だか53家だかの国人衆と一応伊勢の国主をしている北畠家が纏めている事になっていたが、その影響力は伊勢全体の3分の1にしか及んでおらず、お隣の紀伊は大量の寺社があったことで、寺社勢力が国を統治しているような有様で、武士による統治機構が完全に死んでいる国であった。
あと戦国時代が長引いたことで度々係争地帯になってしまい、熊野大社の影響力は衰退。
熊野大社が管理していた紀伊と伊勢の街道整備もままならなくなり、双方交流は海路が主流になった……という関係がある。
あと伊勢の先に小さな志摩国があり、そこが大小様々な水軍が活動している地域で、その水軍が伊勢湾及び紀伊までの水上輸送を担っていたのである。
俺達がお世話になった水軍もそんな感じで、ここらで水軍と将来的な繋がりができれば良いなぁという思いもあり、陸路ではなく海路で紀伊半島をぐるっと半周することにしたのであった。
「また船旅ですか……酔いそう」
「熱田宮司って海運も司るんだから船旅には慣れておかないと……」
千がげっそりした顔で呟くが、そこは御愛嬌。
俺はタッキーに連絡を頼んでいると、ちょうど商人達が堺方面に船を出すということで、その船に乗せてもらうことになった。
今度の船旅は片道2日かかり、基本船内で船酔いでグロッキーになっている千を看病したり、乗っている商人達と仲良くなって堺方面の情報収集をしていった。
「池、何か分かったか?」
「そうですね、信長様。色々分かりましたよ」
まず分かったことであるが、今の年代がようやく判明した。
平手さんが若かったり、歴史上の人物の年齢が当てにならないので、おおよその西暦で逆算していたが、大陸の明国と勘合貿易に関わった商人がたまたま乗っており、その人曰く大内氏という現在日本で一番金持ちの大名が、尼子氏の本拠地月山富田城を包囲に失敗して敗走した……という話を伺った。
この戦い、歴史好きの間では有名な戦いで、その戦いによって中国地方の勢力図が大きく動く戦いでもある。
この戦いの年代が変わってなければ1542年から1543年にかけてなので、信長様の年齢から逆算してもちょうど当てはまるというのが分かった。
「やっぱり生きている情報を得るのが大切だわ……」
まぁ今の西暦が分かったからなんだという話ではあるが、1543年は教科書にも書かれている重要な出来事がもう1つある。
そう、鉄砲伝来である。
これ以後九州を中心に西洋人達が来日してくることになるし、鉄砲の技術が短期間で普及していく事になるのである。
歴史が色々変わっているとはいえ、戦場の主役が刀や槍、弓から鉄砲に移り変わっていくのは歴史が証明している。
堺や山口に行けば現物を確保できるかもしれないという淡い期待を持ててしまう。
「池、悪い顔しておるぞ」
「すみません信長様、少々皮算用を」
「皮算用って……」
信長様に呆れられてしまったが、実際皮算用だから仕方がない。
「で、これよりどの様に回るのだ?」
「雑賀の町に到着したら、座で鰹節を高く売りつけて、人夫をついでに雇って蜜柑を買い込んで北上、堺の商人に蜜柑を売りつけるところまでは決まってるかな」
「なるほど……ちなみにどれぐらいの儲けになるのだ?」
「鰹節の値段次第になりますけど……50貫くらい行けば上々でしょうか」
「尾張で2貫から始まったのよな? 賭博で稼いだのも大きかったのか?」
「ええ、丹羽に稼いだお金を借りて、それも鰹節代金に充ててるので、これくらいにはなると思うんですよね」
「池は商人でも食っていけるな」
「まさか。信長様を天下人にするって決めてるので」
「そ、そうか? うむ、よきに計らえ」
「ははぁ~」
そんなことをしていると、船は雑賀の町……和歌山県の和歌山市付近に到着し、俺達はそこで船を降りて、仲良くなった商人の姉ちゃん達と一緒に座に向かった。
座と言うのはこの時代発展していた商業組合のことで、ファンタジーとか洋名にするとギルドって名前の方が聞き覚えがよいかもしれない。
もちろん熱田も商人衆の座が経営しており、この座に加入してないとろくに商売をすることができない。
なので行商人は座で物を買って座に与している商人に売るのが基本である。
現に俺も旅の最中では、針を売るとき以外は基本座の商人とやり取りしていたのである。
ちなみにこの座の組合を解体し、誰でも商売をしてよいとしたのが楽座制度である。
楽市楽座……歴史の教科書でも聞いたことがあるだろう。
あれである。
「鰹節か、これまた高級な物を大量に」
「お宅は高僧の方に品を送ると聞きまして……出汁に使う鰹節は量が欲しいのではないでしょうか?」
「幾らだ?」
「そうですねぇこれほどでいかがでしょうか?」
「うーん、もう一声」
「では紀伊では蜜柑が沢山獲れると聞きましたので、蜜柑と交換というのはどうでしょうか」
「蜜柑と交換か……悪くないわね。せっかくだし荷車も付けてあげるからその分安くしてくれないかしら」
「じゃぁついでに人夫の紹介も行ってはくれませんか?」
「人夫? ああ、それなら反対側の道で紹介してくれる店があるからそこに私の紹介ってことで伝えると良いわ。蜜柑は明後日までに用意するから、それでどう?」
「分かりました。では鰹節を半分、残り半分は蜜柑を受け取ってからで」
「はいはい」
商人との交渉も成立し、俺は鰹節の代わりに大量の蜜柑を手に入れるのだった。
「やってることわらしべ長者だな……」
最初針からスタートして、紙、鰹節、そして大量の蜜柑……船で仲良くなった商人曰く、堺で作られている酒や味噌は質が良いのでどこでも売れるらしいし、石山(大坂)の町は石山本願寺があるので坊さん達がよく酒を飲むので酒の消費が激しく、京では食料品が人口の多さから割高になっていると聞き出し、この後もコンボが続きそうである。