俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ   作:arctichare

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第100章 サプライチェーン、互助会、そして保険を替えようとしない小劇場

第100章 サプライチェーン、互助会、そして保険を替えようとしない小劇場

 

後になって、私はますますわかるようになった。

 

東京防線は、一枚の壁ではない。

 

それはむしろ、とても不器用で、とても遅く、しょっちゅう絡まる網のようなものだった。

 

その網の中には、特調室がある。

 

官僚がいる。

 

世俗財団残余がいる。

 

退魔界の旧勢力がいる。

 

無門術師がいる。

 

互助会がいる。

 

普通のサプライヤーがいる。

 

文化空間のオーナーがいる。

 

イベント制作会社の職員がいる。

 

猫目保険を使いたくない商店街の責任者がいる。

 

そして私のように、一か月に数回任務を受け、黒弦で具体的な危険を切断する人間もいる。

 

この網は美しくない。

 

効率もよくない。

 

ときには、人を苛立たせるほどだ。

 

けれど少なくとも、それは猫目の網ではない。

 

それは人々に、少しだけ拒否と退出の能力を残している。

 

そして私が受ける任務も、ますますこの網に関わるものになっていった。

 

ニャーサを倒しに行くのではない。

 

猫目本部を切断しに行くのでもない。

 

一人を守る。

 

一批の荷物を守る。

 

一つの契約を守る。

 

一つの文化空間を守る。

 

「猫目を使わなくても続けられる」という、小さな可能性を守る。

 

その月の最初の任務は、互助会メンバーの移動を保護することだった。

 

対象は、東北沿岸部から来た若い男性で、名前は三浦蒼介。

 

彼はもともと、地方の旧祭礼資料館の職員だった。

 

猫目が現地の文化資料システムを接管したあと、彼は旧資料目録の一部をこっそりコピーした。

 

核心機密ではない。

 

ただ、猫目がどうやって資料の出入り権限を一歩ずつ接管していったのかを証明できる、流程記録だった。

 

これらは東京にとって有用だった。

 

東京と京都は、今まさに研究していたからだ。

 

猫目はどうやって「資料保護」を「資料門禁」へ変えるのか。

 

三浦蒼介は東京へ逃げてから、ずっと互助会が安排した臨時住処に隠れていた。

 

だが、猫目辺縁人員が彼の活動痕跡を見つけた。

 

特調室は、彼は場所を変えなければならないと判断した。

 

任務は、私が彼を一路護送して戦いながら突破することではなかった。

 

東京核心で、追跡戦のようなことはできない。

 

本当の任務は。

 

彼が旧住処から新しい安全地点へ移る十五分の窓の中で、猫目が仕掛けた可能性のある追跡術式を切断すること。

 

十五分。

 

短く聞こえる。

 

けれど逃亡者にとっては、長い。

 

その夜、雨は強かった。

 

三浦蒼介は普通の外套を着て、古いリュックを背負っていた。

 

中に高価なものは入っていない。

 

着替え。

 

薬。

 

数部の紙資料。

 

それから、妹が送ってきた一枚の絵葉書。

 

彼は私を見ると、少し緊張した。

 

「白川さん、よろしくお願いします」

 

私は首を横に振った。

 

「大丈夫です」

 

彼は言った。

 

「最近、任務が多いと聞きました」

 

「まあまあです」

 

彼はそれを言い終えると、もう何も言わなかった。

 

彼の手はずっとリュックの肩紐を掴んでいた。

 

とても強く。

 

私にはわかった。

 

彼は私を怖がっているのではない。

 

扉を出たら、もう次の場所まで歩ききれないかもしれないことを怖がっているのだ。

 

互助会の人たちには、そういう人が多い。

 

彼らはもう、道を信じないことに慣れてしまっている。

 

道は猫目に見られているかもしれない。

 

車は猫目に標記されているかもしれない。

 

コンビニの監視カメラは、猫目関連会社に解析されるかもしれない。

 

スマホは追跡されるかもしれない。

 

たとえ一枚の古い絵葉書でさえ、術式を付けられているかもしれない。

 

だから彼らは歩くとき、いつも足元に地面がないように見える。

 

移動開始前、特調室人員が先にルートを確認した。

 

ルートはとても普通だった。

 

一本の小路。

 

短い地下通路。

 

二度の車両乗り換え。

 

最後に古いオフィスビルへ入る。

 

高速追跡はない。

 

銃撃戦もない。

 

大げさな戦闘もない。

 

けれど普通であればあるほど危険だった。

 

猫目は、普通のものを線に変えるのが最も得意だからだ。

 

私は路地の入口に立った。

 

黒弦は外へ放っていない。

 

ただ地面に沿って、極細の影のように貼り付いていた。

 

一つ目の追跡点は、自動販売機の下にあった。

 

カメラではない。

 

硬貨の釣り銭口の内側に隠された、微型術符だった。

 

それは近くを通過する特定の気配を捕捉し、猫目辺縁ネットワークを通じて返送する。

 

私は一本の黒弦で切断した。

 

火花はない。

 

音もない。

 

術符はただ、失効した。

 

二つ目は、路地の排水溝にあった。

 

猫目は追跡術式を、雨水の流れの一部にしていた。

 

もし三浦蒼介が通れば、雨水が彼の靴底の残留気配を持ち去る。

 

私はしゃがみ込み、黒弦を水流に沿ってそっと走らせた。

 

雨は雨のままだ。

 

けれど、もう人を記憶しない。

 

三つ目が、最も気持ち悪かった。

 

あの絵葉書にあった。

 

三浦蒼介が今持っている絵葉書ではない。

 

猫目は、彼がそれを捨てられないと事前に推測し、旧住処の近くに「情緒反響捕捉」を敷いていた。

 

それは物体を直接追跡しない。

 

彼がその絵葉書に抱く感情の揺れを追跡する。

 

見つけたとき、心が冷えた。

 

猫目は、人の想いまで線として使えるのだ。

 

私は黒弦を伸ばし、その反響を慎重に切断した。

 

絵葉書には触れない。

 

彼の妹への感情も壊さない。

 

ただ、猫目がその感情を利用するためのインターフェースだけを切る。

 

三浦蒼介は私が立ち止まるのを見て、顔色を白くした。

 

「僕の鞄の中のものに、問題があるんですか?」

 

「物ではありません」

 

私は言った。

 

「あなたが捨てられないものを、誰かが利用しようとしていました」

 

彼は少し沈黙した。

 

それから低く言った。

 

「捨てられません」

 

「わかっています」

 

「妹は、まだあちらにいるんです」

 

私はうなずいた。

 

「だからこそ、猫目にそれを使ってあなたを見つけさせてはいけません」

 

彼の目元が赤くなった。

 

移動は続いた。

 

十五分後、彼は新しい安全地点へ入った。

 

追跡は成功しなかった。

 

特調室が安全を確認したあと、私はようやくゆっくり息を吐いた。

 

三浦蒼介は扉に入る前、私に頭を下げた。

 

「絵葉書を守ってくれて、ありがとうございました」

 

私は言った。

 

「追跡を切断しただけです」

 

彼は言った。

 

「僕にとっては、それが守ってくれたということです」

 

その日の任務記録には、ただこう書かれた。

 

互助会メンバー移動成功。猫目追跡術式三か所切断。

 

でも私は、自分の備忘録に書いた。

 

今日は、猫目が想いを利用する線を切断した。

 

二件目の任務では、私は出場する必要がなかった。

 

けれど、後段保護には参加した。

 

それは東京の一般抵抗力量が、非猫目サプライチェーンを保護する行動だった。

 

非猫目サプライチェーンというと、とても冷たく聞こえる。

 

実際には、ごく普通の物資の一批だった。

 

折り畳み机。

 

簡易舞台板。

 

小型音響のケーブル類。

 

応急照明。

 

紙コップ。

 

防湿箱。

 

救急箱。

 

手書きの登録表。

 

それから、ネットに接続しない予備の録音設備。

 

これらは、猫目との協力を拒否している東京のいくつかの小型文化空間、活動センター、互助会安全地点へ送られるものだった。

 

猫目物流を使えば、一日で送り終えられる。

 

安く、時間通りで、保険まで付いてくる。

 

でも、使えない。

 

だから東京抵抗力量は、三社の小さな物流会社、二つの独立倉庫、一批のボランティア運転手、そして数名の無門術師を集めてルート検査を行った。

 

全体の過程は遅く、高く、しかもよくミスが出た。

 

一台目の車は、運転手が迂回ルートに不慣れで、危うく猫目協力倉庫区へ入るところだった。

 

二批目の荷物では、防湿箱が一箱、封印シールを欠いていた。

 

三社目の物流会社は、途中で電話してきて、引き受けるのが怖くなったと言った。

 

誰かから匿名で警告されたらしい。

 

「協力を続けると、今後の保険等級に影響する可能性があります」

 

これが、猫目の圧力のかけ方だった。

 

術師を送って殴るとは限らない。

 

ただ、サプライヤーにあなたと協力すると面倒になると思わせるだけでいい。

 

多くの人は、それだけで退く。

 

東京一般抵抗力量で今回の行動を担当していたのは、小野寺夕夜という中年男性だった。

 

彼は術師ではない。

 

もともとは、あるイベント設備レンタル会社で管理をしていた。

 

猫目が地方へ入ったあと、彼は猫目プラットフォームへ接続することを拒み続けた。

 

その結果、会社の地方業務はほとんど全部失われた。

 

東京へ逃げてきてから、彼は非猫目サプライチェーンの調整人になった。

 

彼が毎日やっていることは、とても面倒だ。

 

電話をかける。

 

見積もりを確認する。

 

車を探す。

 

保険を調べる。

 

サプライヤーをなだめる。

 

補助金申請を書く。

 

怒られる。

 

また電話をかける。

 

初めて彼に会ったとき、彼はコンビニの前で冷めたおにぎりを食べていた。

 

食べながら、メッセージへ返事していた。

 

彼は言った。

 

「白川さんたちは、戦うなら少なくとも敵が誰かわかるでしょう」

 

「こっちの敵は見積書です」

 

私はどう返せばいいかわからなかった。

 

彼はまた言った。

 

「あと、保険条項」

 

言い終えると、自分で少し笑った。

 

とても疲れた笑いだった。

 

その物資輸送で、特調室は私に最後の一段を担当させた。

 

全行程の護送ではない。

 

荷物がある重点文化空間へ入る前、猫目の標記や追跡術式がないか確認することだった。

 

その文化空間の名前は「青い橋」。

 

地下にある小劇場だった。

 

とても小さい。

 

最大でも七十人ほどしか入らない。

 

普段は学生バンドの演奏、小型朗読会、独立映画上映、互助会講座に使われている。

 

猫目はこれまで三度、協力を申し出ていた。

 

一度目は、無料安全評価。

 

二度目は、低価格保険。

 

三度目は、青年文化支援プロジェクト。

 

オーナーはすべて拒否した。

 

すると最近、そこのサプライヤーに問題が出始めた。

 

音響ケーブルの遅延。

 

保険見積もりの上昇。

 

消防点検の頻度増加。

 

ネット上では「あそこは観客の安全を軽視している」という書き込みが出る。

 

今回の非猫目物資の一部は、この青い橋へ届けるものだった。

 

私が到着したとき、小野寺は荷下ろしをしていた。

 

汗だくだった。

 

オーナーは短髪の女性で、名前は榊真理。

 

私を見ると、うなずいた。

 

「白川さん、よろしくお願いします」

 

私は言った。

 

「大丈夫です」

 

小野寺が応急照明の箱を抱えて歩いてきた。

 

「この荷物は三回確認しました」

 

「それでも、もう一度確認します」

 

彼は言った。

 

「わかっています」

 

その語気に苛立ちはなかった。

 

疲労だけがあった。

 

私は黒弦を展開した。

 

一箱ずつ確認する。

 

折り畳み机は問題なし。

 

舞台板も問題なし。

 

救急箱も問題なし。

 

紙コップも問題なし。

 

音響ケーブルに差しかかったとき、黒弦が止まった。

 

私はしゃがみ、箱を開けた。

 

ケーブルは正常に見えた。

 

包装も正常。

 

封印シールも正常。

 

けれどそのうち一本の端子内部に、極細の猫目形微標記があった。

 

それはすぐに攻撃するわけではない。

 

位置を特定するものでもない。

 

活動開始後、現場の音声周波数、人群反応、設備使用状況を記録し、いつか他の機器へ接続したときに返送する。

 

とても隠密だった。

 

小野寺の顔色が一気に変わった。

 

「サプライヤーは調べました」

 

榊真理も歯を食いしばった。

 

「どの段階で入れ替えられたの?」

 

私は言った。

 

「サプライヤーとは限りません」

 

「輸送過程かもしれません」

 

「あるいは問い合わせの時点で、猫目があなたたちがどの一批の荷物を買うか推測したのかもしれません」

 

小野寺は、小さく罵った。

 

とても軽い。

 

でも本気だった。

 

私は彼を責めなかった。

 

これは彼の不注意ではない。

 

相手が、あまりにも熟練しているのだ。

 

黒弦で微標記を切断する。

 

さらに他のケーブルも確認する。

 

二つ、また見つかった。

 

すべて切断した。

 

ケーブル自体は壊していない。

 

榊真理はそのケーブルを見て、低く言った。

 

「もしこれを使っていたら、どうなっていましたか?」

 

「短期的には何も起きません」

 

私は言った。

 

「長期的には、あなたたちの活動データが猫目に知られます」

 

「私たちがどんな演目をやって、どんな観客が来て、どの時間帯に人が多いか、わかるということ?」

 

「可能性はあります」

 

「そして、もっと合った協力条件を出してくる?」

 

私はうなずいた。

 

「あるいは、もっと正確な圧力をかけてきます」

 

彼女は目を閉じた。

 

「本当に気持ち悪い」

 

小野寺は言った。

 

「少なくとも見つけられました」

 

私はその荷物を見た。

 

「今後は音響機材を重点確認してください」

 

彼はノートを取り出し、すぐに書いた。

 

これが普通抵抗力量の仕事の仕方だった。

 

穴を一つ見つける。

 

書き留める。

 

他の人に伝える。

 

次はもっと調べる。

 

遅い。

 

けれど、それが彼らにできる反撃だった。

 

三件目の任務は、直接「青い橋」を守ることだった。

 

猫目は、ケーブル標記の失敗で止まらなかった。

 

一週間後、青い橋に弁護士書簡が届いた。

 

内容は、最近の活動安全流程に危険があるため、ある互助会公開講座を一時停止するよう提案するものだった。

 

その講座のテーマは、

 

地方文化施設はいかに非猫目の退出メカニズムを保つか。

 

猫目が好むはずがない。

 

弁護士書簡は第一歩にすぎなかった。

 

第二歩は、ネット上に匿名の暴露が出ることだった。

 

青い橋の地下空間は消防基準を満たしていない、というものだ。

 

第三歩は、猫目辺縁術師が近くに軽い擾乱符を敷き、観客が地下通路へ入ると胸苦しさを感じるようにしたことだった。

 

普通の観客が不快だと感じれば、活動は自然に中止になる。

 

手口は陰湿だった。

 

人を殴らない。

 

店も壊さない。

 

ただ、人にこう思わせる。

 

ここは安全ではない。

 

そして猫目は言える。

 

私たちは専門的な安全サービスを提供しています。

 

協力をご検討になりませんか?

 

榊真理が特調室へ連絡したとき、こう言った。

 

「中止したくありません」

 

眼鏡の女性は彼女に尋ねた。

 

「確かですか? リスクはさらに上がる可能性があります」

 

榊真理は言った。

 

「今回中止したら、今後、退出メカニズムについて話すたびに、あれらは私を中止させられます」

 

だから私は保護任務を受けた。

 

活動当日、私は壇上には立たなかった。

 

入口で人を威圧することもしなかった。

 

観客席の最後列に、普通の大学生のように座っていた。

 

前には二十数人がいた。

 

多くは文化空間経営者、小型活動組織者、互助会メンバー、そして何人かの東京公共文化支援オフィスの人間だった。

 

北見遥香も来ていた。

 

遠坂綾乃は彼女の隣に座っていた。

 

彼女たちは私を見ても、挨拶しなかった。

 

それは事前に決めていたことだった。

 

私がすでに入場していると、猫目に知られないようにするためだ。

 

活動開始前、地下通路の胸苦しさが現れた。

 

数名の観客が眉をひそめた。

 

誰かが言った。

 

「空気が悪いのかな?」

 

榊真理の顔色がわずかに変わった。

 

私はうつむき、黒弦を靴の縁から地面へ滑らせた。

 

擾乱符は階段の手すりの下に隠されていた。

 

三枚。

 

一枚目は呼吸感へ影響する。

 

二枚目は軽い眩暈を作る。

 

三枚目は地下空間の低周波振動を増幅させる。

 

組み合わせれば、人にここは安全ではないと感じさせるには十分だった。

 

私は一本ずつ切断した。

 

空気がすぐに清新になったわけではない。

 

地下空間はもともと少しこもっている。

 

けれど、あの異常な圧迫感は消えた。

 

活動は続いた。

 

講座が始まった。

 

最初の発言者は遠坂綾乃だった。

 

彼女は、遠坂家がどう地方を失ったのかを語った。

 

猫目がどう台風後の救援で信頼を勝ち取ったのかを語った。

 

「有用」が、どう「離れられない」へ変わるのかを語った。

 

二人目は北見遥香だった。

 

彼女は北海道の冬季安全計画について語った。

 

学生救援、除雪、倉庫、保険が、どのように一枚の網へつながったのかを語った。

 

彼女は言った。

 

「全員が猫目に感謝するようになってから、それが危険だと説明し始めてはいけません」

 

「そのときには、もう遅すぎるのです」

 

観客の中には、うつむいてメモを取る人がいた。

 

顔を白くする人もいた。

 

誰かが尋ねた。

 

「では、私たちのような小さな空間には何ができますか?」

 

榊真理が答えた。

 

「少なくとも、すべての契約に退出条件を書き込むことです」

 

「少なくとも、保険、倉庫、設備、宣伝をすべて同じ一社へ渡さないことです」

 

「少なくとも、安全なサプライヤー名簿を互いに共有することです」

 

「少なくとも、誰かが猫目に目をつけられたとき、その人に一人で背負わせないことです」

 

私は後列に座り、その言葉を聞きながら、この活動は多くの戦闘より重要なのではないかと思った。

 

彼らは英雄について話していない。

 

どうすれば檻に編み込まれずに済むかを話している。

 

活動の途中、猫目術師が来た。

 

三人。

 

強襲ではない。

 

遅れてきた観客を装っていた。

 

彼らは会場へ入り、座席の下に記録符を置こうとしていた。

 

私は彼らが階段の半ばまで来るのを待ってから、立ち上がった。

 

そのうち一人が私を見て、表情を瞬時に強張らせた。

 

「白川……」

 

私は手を上げた。

 

「出ていってください」

 

彼はとぼけようとした。

 

「講座を聞きに来ただけです」

 

黒弦が地面から立ち上がり、彼の袖口の記録符を切断した。

 

二人目は退こうとした。

 

黒弦が階段を封じる。

 

三人目は指を動かし、遠隔干渉を起動しようとした。

 

私は切断した。

 

大きな動きはない。

 

前列の発言者を驚かせることもない。

 

ただ階段の隅で、三名の猫目術師が無音で圧制された。

 

特調室人員が側扉から入り、彼らを連れていった。

 

活動は続いた。

 

遠坂綾乃は階段の方向を一度だけ見た。

 

そして、そのまま言葉を続けた。

 

「猫目が最も得意なのは、抵抗者に自分は孤独だと思わせることです」

 

「だから、非猫目サプライチェーンは単純な購買問題ではありません」

 

「それは、互いにまだ投降していないと確認し合う方法でもあります」

 

私は後列へ戻った。

 

心拍が少し速かった。

 

さっきの戦闘が危険だったからではない。

 

彼女の言葉が、あまりにも正確だったからだ。

 

互いにまだ投降していないと確認し合うこと。

 

それこそが、青い橋のあの夜の意味だった。

 

その後数か月、東京の一般抵抗力量は、非猫目サプライチェーンをさらに体系化し始めた。

 

小野寺が中心になって、とても不器用な名簿を作った。

 

紙版。

 

ネットワークデータベースではない。

 

ネットに繋げば猫目に追跡されるかもしれないからだ。

 

名簿はいくつかの分類に分かれていた。

 

独立物流。

 

小型倉庫。

 

監査を受け入れられる保険代理店。

 

非猫目イベント設備レンタル。

 

信頼できる印刷店。

 

文化空間安全研修に参加してくれるボランティア。

 

非猫目医療協力地点。

 

予備の紙媒体連絡人。

 

各項目の後ろには備考があった。

 

価格が高い。

 

速度が遅い。

 

店主の気性が荒い。

 

小口注文しか受けない。

 

冬は夜間配送不可。

 

三週間前の予約が必要。

 

そうした備考は、見た目にはとてもプロらしくなかった。

 

けれど、本物だった。

 

猫目のシステムは、「店主の気性が荒い」などとは書かない。

 

猫目のシステムが出してくるのは、きれいなボタンだけだ。

 

ワンクリック申請。

 

小野寺の名簿は醜い。

 

でも、それは人に教えてくれる。

 

扉の外には、まだ道がある。

 

不便な道。

 

高い道。

 

電話をかけなければならない道。

 

店主に怒られる道。

 

けれど少なくとも、猫目の道ではない。

 

私はときどき、新しく入ったサプライヤーに猫目標記がないか確認するのを手伝った。

 

毎回ではない。

 

そこまで時間はない。

 

でも重点ノードには行く。

 

あるとき、小さな倉庫を確認した。

 

倉庫の主人は、気性の悪い老人だった。

 

彼は言った。

 

「術師は好きじゃない」

 

私は言った。

 

「私も倉庫はあまり好きではありません」

 

彼は私を睨んだ。

 

それから、少し笑った。

 

「ずいぶん直接だな」

 

私は倉庫外壁にある猫目標記を二つ切り落とした。

 

彼は尋ねた。

 

「また来るのか?」

 

「たぶん」

 

「来る前に電話しろ。急に現れるな」

 

「わかりました」

 

後に、この倉庫はいくつかの文化空間にとって重要な予備拠点になった。

 

主人は相変わらず気性が荒かった。

 

それでも毎回、時間通りに扉を開けた。

 

これもまた抵抗だった。

 

文化空間を守る任務も、ますます増えていった。

 

青い橋だけではない。

 

小型LiveHouseが一つ。

 

独立上映室が一つ。

 

青少年練習室が一つ。

 

地域音声アーカイブ作業室が一つ。

 

どれも大きくない。

 

収入も安定していない。

 

猫目がそれらに提示する条件は、たいてい非常によかった。

 

低価格保険。

 

設備更新。

 

宣伝支援。

 

安全評価。

 

青年活動補助。

 

猫目を拒否したあと、それらはさまざまな面倒に遭う。

 

サプライヤーが急に値上げする。

 

ネットの悪評が出る。

 

匿名の安全通報が来る。

 

猫目辺縁術師が記録符を残す。

 

顧客が猫目協力会場へ誘導される。

 

私はすべての場所を守れるわけではない。

 

だから特調室、普通抵抗力量、互助会は分担を始めた。

 

一般的な問題は、小野寺たちが処理する。

 

契約問題は、遠坂綾乃と弁護士ボランティアが処理する。

 

地方経験講座は、北見遥香と互助会が担当する。

 

術式標記と猫目術師は、私か他の無門術師が処理する。

 

それで、ようやく何とか支えている。

 

大勝利ではない。

 

ただ、支えているだけ。

 

でも、支えていること自体が、すでにとても難しい。

 

あるとき、私は青少年練習室で任務を処理していた。

 

そこでは、数人の高校生がバンド練習をしていた。

 

彼らは猫目の本当の意味を知らない。

 

ただ、その練習室が最近、とても大きな文化支援会社に買収されかけたことだけを知っている。

 

オーナーは拒否した。

 

だから設備は、ずっと更新されていない。

 

ある女子生徒が不満を漏らした。

 

「あの会社を受け入れてたら、ドラム室の防音も新しくできたんじゃない?」

 

別の男子生徒が言った。

 

「でもオーナーは、そうしたら今後の活動は全部あっちのプラットフォームを通すことになるって言ってた」

 

女子生徒は言った。

 

「プラットフォームを通すのって悪いの? 便利じゃん」

 

私は横で、スピーカーの中にある微型記録符を確認していて、黙って聞いていた。

 

これが現実だった。

 

この高校生たちにとって、猫目は支配者ではない。

 

新しい防音設備を入れてくれる会社なのだ。

 

オーナーは英雄ではない。

 

彼らに古い設備を使い続けさせている人なのだ。

 

代替がなければ、猫目を拒否することは、若者の目には「どうして大人はそんなに頑固なのか」に変わってしまう。

 

私は記録符を切り落としたあと、オーナーに尋ねた。

 

「東京の非猫目青年音楽補助には申請しましたか?」

 

オーナーは苦笑した。

 

「書類が面倒で」

 

私は言った。

 

「イベント制作会社の人を一人知っています。見てもらえるかもしれません」

 

彼は言った。

 

「本当ですか?」

 

「はい」

 

後に、私は特調室を通じて一人の普通の人を紹介した。

 

佐野美紀。

 

彼女はイベント制作会社の職員で、私の本当の身分は知らない。

 

ただ、これは非猫目サプライチェーンの支援が必要な小型練習室だとだけ知っている。

 

彼女はオーナーの申請書類の整理を手伝った。

 

書類形式が乱れていると愚痴を言った。

 

オーナーの領収書が足りないとも愚痴を言った。

 

けれど最後には、補助の一部が通った。

 

防音は全部新しくなったわけではない。

 

いちばんひどい一部分だけが取り替えられた。

 

高校生たちは少し不満そうだった。

 

それでも、練習を続けた。

 

私が再確認へ行ったとき、中で彼らがとても騒がしく演奏しているのが聞こえた。

 

上手くはない。

 

でも、生命力があった。

 

私は扉の外に立ち、ふいに思った。

 

これもまた、扉の外の道なのだと。

 

完璧ではない。

 

速くもない。

 

美しくもない。

 

けれど、それは存在している。

 

猫目はもちろん止まらない。

 

彼らは私を避けることを覚え始めた。

 

私が現れる可能性のある時間には動かない。

 

特調室が明らかに注目している空間には術式を置かない。

 

もっと柔らかい手段を使う。

 

たとえば、サプライヤーへ圧力をかける。

 

イベント保険のリスク評価を上げる。

 

ネットの評価で観客へ影響する。

 

ある協力メディアに、非猫目活動を報道させなくする。

 

こうしたものは、黒弦では切りにくい。

 

一本の明確な線ではないからだ。

 

多くの人の選択と不安でできている。

 

そういうとき、普通抵抗力量がさらに重要になる。

 

小野寺は電話をかけ続ける。

 

佐野美紀は議事録を書き続ける。

 

遠坂綾乃は事例講座を続ける。

 

北見遥香は地方の失敗経験を整理し続ける。

 

榊真理は青い橋を開け続ける。

 

特調室は安全評価を続ける。

 

私は一か月に数回任務へ出続ける。

 

皆、とても疲れている。

 

物語の勝利者のような人は誰もいない。

 

それでも、東京のいくつかの非猫目文化空間は、本当に持ちこたえた。

 

ある日、青い橋で、とても小さな学生バンド交流会が開かれた。

 

AfterToneではない。

 

他の高校生と大学生の小さなバンドが数組。

 

設備は普通。

 

音響には少し雑音があった。

 

バックヤードは狭い。

 

保険は非猫目のもの。

 

物流は小野寺の名簿にあるもの。

 

サプライヤーは気性が荒いが、時間通りに届けてくれた。

 

活動申請書類は、佐野美紀が直したテンプレートを使っていた。

 

入口の安全確認は、ボランティアと特調室外縁人員が一緒に行った。

 

私は最後列に座っていた。

 

任務ではない。

 

少なくとも、表面上は。

 

ただ榊真理が私に招待を送ってくれたのだ。

 

「今回は猫目標記はありません。観客として来ていいです」

 

私は行った。

 

ステージ上のバンドは、特別うまいわけではなかった。

 

でも客席には拍手する人がいた。

 

ある女子高生が歌の途中で歌詞を忘れ、皆が笑った。

 

彼女も笑って、それから歌い続けた。

 

その瞬間、私はふいに目の奥が熱くなった。

 

この活動は、とても普通だったからだ。

 

普通すぎて、抵抗には見えないほどだった。

 

でも、それは確かに抵抗だった。

 

猫目保険を使っていない。

 

猫目設備を使っていない。

 

猫目宣伝を使っていない。

 

猫目プラットフォームを使っていない。

 

遅い。

 

高い。

 

面倒。

 

それでも、開催できた。

 

榊真理が私の隣に座り、小さく言った。

 

「ほら、あれなしでもできるでしょう」

 

私はうなずいた。

 

「はい」

 

彼女はまた言った。

 

「死ぬほど疲れたけど」

 

私は笑った。

 

「はい」

 

これこそが現実だった。

 

猫目なしでもできる。

 

でも、とても疲れる。

 

だから東京は、その疲れを認めなければならない。

 

代替が簡単だと装ってはいけない。

 

その夜、私は備忘録に書いた。

 

互助会メンバーを守ることは、彼らがまだ故郷とつながっている線を守ること。

 

非猫目サプライチェーンを守ることは、東京がまだ拒否できる能力を守ること。

 

文化空間を守ることは、人々がすべての舞台を猫目に渡さなくて済むようにすること。

 

黒弦は追跡符、記録符、擾乱術式を切断できる。

 

けれど本当にこれらの場所を生き延びさせているのは、多くの普通の人が面倒なことを続けているからだ。

 

書き終えると、ソレンセンが言った。

 

「お前はますます戦闘記録を書いているように見えなくなってきたな」

 

「これは戦闘だけじゃないから」

 

「では何だ?」

 

私は考えた。

 

「生活修理記録」

 

ソレンセンは少し沈黙した。

 

それから低く笑った。

 

「お前たちの世界は、本当に面倒だな」

 

「うん」

 

「だが今回は、面倒でも少しは役に立っている」

 

私はノートを閉じた。

 

窓の外の東京は、まだ明るかった。

 

猫目はなお外にいる。

 

ニャーサはなお待っている。

 

けれど今夜、青い橋の学生バンド演奏会は無事に終わった。

 

三浦蒼介の新しい住処は見つからなかった。

 

非猫目サプライチェーン名簿には、また二つのサプライヤーが増えた。

 

あの青少年練習室は、一部分だけ防音を新しくできた。

 

どれも小さなことだ。

 

けれど、その小さなことは猫目に奪われなかった。

 

今日は、それで十分だった。

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