俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ 作:arctichare
第102章 普通抵抗力量の護送線、そして猫目術師は初めて東京が柔らかい地面ではないと知った
東京の一般抵抗力量は、強くない。
少なくとも、ニャーサと比べれば、当然強くない。
猫目精鋭術師と比べても、彼らはしばしば劣勢に立たされる。
彼らには猫目の資金池がない。
猫目の統一プラットフォームもない。
猫目の倉庫ネットワークもない。
猫目の保険と医療体系もない。
そして、ニャーサのように、日本退魔界全体を恐怖と沈黙に追い込める戦力もない。
彼らが持っているものは、とても普通だった。
数台の古い車。
鍵を替えた安全屋が数か所。
紙の地図。
使い捨て携帯。
手書きの名簿。
ネットにつながないトランシーバー。
危険を冒す覚悟のある運転手が数人。
まだ猫目に買収されていない倉庫の主人が数人。
何人かの無門術師。
かつての地方財団の残余人員。
猫目に故郷を食べられ、東京へ逃げてきた人々。
それから、たくさんの面倒で、遅くて、不器用な手順。
それらは、猫目に抵抗できるものには見えない。
けれど、まさにそうしたものが、東京で少しずつ互助会メンバーの安全線を支えていた。
互助会メンバーが一番危険になるのは、必ずしも公開活動の場ではない。
公開活動には特調室が見ている。
文化空間の保護がある。
非猫目サプライチェーン名簿もある。
本当に危険な瞬間は、たいてい移動の途中だった。
一つの安全屋から、別の安全屋へ。
互助会事務所から、病院へ。
文化空間の講座後に、臨時住居へ戻るとき。
特調室の聞き取り地点から離れるとき。
故郷からの手紙を受け取った場所から帰るとき。
それらの道は短い。
けれど、その一つ一つが猫目に見られる可能性がある。
猫目術師は、必ずしも人を捕まえる必要はない。
ときには、追跡符を一つ置くだけでいい。
ときには、写真を一枚撮るだけでいい。
ときには、目標にこう知らせるだけでいい。
あなたは見られている。
それだけで、逃亡者にとっては十分に恐ろしい。
なぜなら、彼らの多くは普通の亡命者ではないからだ。
彼らには、猫目支配区に家族がいる。
旧資産がある。
未処理の債務がある。
猫目システムに標記された名前がある。
猫目が彼らの現在位置を知りさえすれば、ゆっくり圧力をかけられる。
急がない。
猫目が最も得意なのは、急がないことだ。
だから、東京の一般抵抗力量が最もよく行うことは、護送だった。
聞くだけなら、とても簡単だ。
実際には、非常に難しい。
なぜなら彼らが対抗しなければならないのは、街の不良ではないからだ。
相手は、組織があり、装備があり、訓練があり、後勤があり、合法身分の偽装まで持つ猫目術師なのだ。
護送線の責任者の一人が、小野寺だった。
あの、いつもコンビニの前で冷たいおにぎりを食べていて、非猫目サプライチェーンを担当している中年男性だ。
彼は術師ではない。
結界も使えない。
けれど、道を見ることができる。
人を見ることができる。
物流を見ることができる。
どの道があまりにも順調で、罠のように順調すぎるのかを見ることができる。
小野寺には口癖がある。
「猫目は最短ルートが好きだから、俺たちは面倒なルートを行く」
面倒なルートは、本当に面倒だった。
電車を二回乗り換える。
途中で地下商店街を歩く。
さらに古い住宅街へ回り込む。
裏口から古本屋へ入る。
書店の倉庫を抜ける。
そこからボランティア運転手に拾ってもらう。
ときには、本来十五分で着ける場所へ行くのに、一時間半かかることもあった。
互助会メンバーも、最初は理解できなかった。
ある人は不満を漏らした。
「これでは遅すぎます」
小野寺は言った。
「速い道は、猫目も好きだ」
誰も反論しなかった。
のちに、皆わかるようになった。
遅いことが、時には安全なのだ。
その任務の目標は、北見遥香と三浦蒼介を青い橋から東京西側の新しい資料整理点へ移すことだった。
北見遥香は、北海道冬季安全計画の補足資料を持っている。
三浦蒼介は、東北地方の資料門禁接管に関する目録を持っている。
この二つは、猫目の最高機密というほどではない。
だが非常に有用だった。
それらは、猫目が異なる地方で似た手口を使っていたことを証明できる。
まず安全を提供する。
次にデータへ接続する。
その後、門禁に変える。
そして、もともとの地方組織が自分たちの資料や物資へアクセスするために、猫目システムを通さなければならないようにする。
この種の資料を、東京は非猫目代替体系を整えるために使っていた。
猫目がそれらを流通させたくないのは当然だった。
だから、今回の護送は軽くなかった。
私は本来、参加したかった。
だが特調室はすぐには同意しなかった。
眼鏡の女性は言った。
「あなたが現れれば、任務等級が引き上がります」
彼女の意味はわかった。
猫目が私の護送を確認すれば、より高等級の戦力を派遣してくる可能性がある。
普通の護送線が、かえって黒弦関連事件になってしまうのだ。
だから第一段階は、一般抵抗力量が担当する。
私は後備支援として、ルートから三駅離れた場所で待機する。
それは、私にとってとても居心地が悪かった。
北見遥香と三浦蒼介が危険にさらされるとわかっていたからだ。
けれど同時に、東京がすべてのことを私に頼るわけにはいかないこともわかっていた。
それは彼らが今、学んでいることだった。
そして、私も学ばなければならないことだった。
護送開始前、小野寺は青い橋のバックヤードで紙の地図を広げた。
電子画面はない。
ネット接続機器もない。
彼は鉛筆で三本のルートを引いた。
赤線は偽ルート。
青線は予備ルート。
黒線こそが本ルート。
けれど実際に出発したあとも、必ず黒線を行くとは限らない。
彼は現場の状況を見ながら、臨時で調整するからだ。
北見遥香は地図を見て、低く尋ねた。
「ここまで複雑にする必要がありますか?」
小野寺は言った。
「今のあなたたち二人は、歩く証拠です」
三浦蒼介は苦笑した。
「変な言い方ですね」
「でも本当です」
小野寺は鉛筆で地図を軽く叩いた。
「猫目が欲しいのは、必ずしもあなたたちを捕まえることではありません」
「今後あなたたちがどこに現れ、誰と接触し、資料を誰に渡すのかを知るだけで十分な場合もある」
「だから、我々の目標は勝つことではありません」
「相手に見えなくすることです」
北見遥香はうなずいた。
「わかりました」
隣では、無門術師の菅原涼が二人の所持品を確認していた。
紙資料。
着替え。
薬。
スマホは使わない。
使い捨て連絡器だけを持つ。
三浦蒼介は、妹から届いたあの絵葉書も持っていた。
彼は尋ねた。
「これは、持っていってもいいですか?」
菅原涼は一度見て、それから小野寺を見た。
小野寺はため息をついた。
「持っていけ」
三浦蒼介は固まった。
「本当に?」
「持っていかないと、道中ずっとそれを考えるだろう」
小野寺は言った。
「ずっと考えていたら、猫目に感情の痕跡を捕まれるかもしれない」
「持っていろ。白川さんが前に一度切っている。むしろ綺麗だ」
三浦蒼介はうつむいた。
「ありがとうございます」
菅原涼が低く言った。
「ただし、内側のポケットに入れてください。取り出さないこと」
「はい」
これが東京護送線のやり方だった。
彼らは逃亡者に、感情のない荷物になれとは求めない。
できる限り、その人自身のものを少しだけ残させようとする。
たとえそれが、もっと面倒になるとしても。
第一段階の道は順調だった。
彼らは青い橋の裏口から出て、一本の補修通路へ入った。
補修通路は、古い商業ビルの地下駐車場へ通じている。
駐車場には白い小型貨物車が待っていた。
運転手は普通人だ。
以前は小劇場へ設備を運んでいたが、今は非猫目輸送名簿に入っている。
彼は北見遥香と三浦蒼介を見ると、ただ言った。
「乗って」
余計なことは聞かなかった。
小野寺は助手席に座る。
菅原涼は後部座席。
さらに二名の普通抵抗人員が、搬送スタッフに偽装して同乗した。
貨物車が駐車場を出たとき、すべて正常だった。
その後、小野寺は最初の異常を見つけた。
路肩に黒い商用車が一台あった。
車牌に問題はない。
停車位置も正常だ。
だが、窓の反射角度がおかしい。
小野寺はすぐに言った。
「ルート変更」
運転手は理由を聞かなかった。
ハンドルを切り、貨物車は別の細い道へ曲がった。
後部座席の抵抗人員が紙の地図を開き、ペンで元のルートを消した。
三浦蒼介が低く尋ねた。
「猫目ですか?」
菅原涼が言った。
「まず、そうだと思っておきましょう」
北見遥香は資料袋を握りしめた。
貨物車は加速しなかった。
むしろ減速した。
小野寺は言っていた。
「逃げるとき急に加速すると、相手に発見に気づいたと教えることになる」
だから運転手は、普通の配送車のようにゆっくり走った。
二本の細道を回り込んだあと、黒い商用車は追ってこなかった。
だが、それは安全を意味しない。
猫目が点を一つだけ置くことは、あまりないからだ。
二つ目の異常は、地下商店街で起きた。
彼らは車を降り、人混みに紛れた。
北見遥香はマスクと帽子をつけている。
三浦蒼介は普通のリュックを背負っている。
小野寺は前を歩き、舞台ケーブルを入れた袋を手に持っていた。
普通のイベント会社のスタッフに見える。
地下商店街には人が多い。
カフェ。
ドラッグストア。
軽食店。
コンビニ。
広告スクリーン。
猫目はこういう場所が好きだ。
人が多い。
監視カメラが多い。
道が多い。
気配が複雑。
そして、紛れ込みやすい。
菅原涼が突然、少しだけ足を止めた。
彼女は低く言った。
「右後方、二人」
小野寺は振り向かなかった。
「猫目術師か?」
「装備がそれっぽいです」
彼女は余光で二人を見ていた。
スーツ姿。
目立つ術具はない。
だが、靴底の歩点が安定しすぎている。
彼らは普通の会社員ではない。
人混みを遮蔽に使い、二十メートルの距離を保っている。
小野寺は言った。
「A地点へ入る」
A地点は、古本屋だった。
書店の主人は、かなり前から抵抗ネットワークに参加している。
表向きは、ただの気難しい老人だ。
実際には、店の奥に小さな倉庫へ通じる古い扉がある。
彼らは書店へ入った。
主人は顔も上げずに言った。
「今日は古本は買い取らん」
小野寺は言った。
「先週頼んだ地図を取りに来ました」
主人は眼鏡を押し上げた。
「奥だ」
北見遥香と三浦蒼介は素早く裏口へ入った。
疑わしい二名の猫目術師も、書店へ入ってきた。
そのうち一人が雑誌を一冊手に取り、めくるふりをした。
主人は冷たく言った。
「買わないなら触るな」
その男は笑った。
「見ているだけです」
主人は言った。
「見るにも買え」
その言葉は、本来ただの時間稼ぎだった。
だが相手は、もう偽装を続けなかった。
袖口がわずかに動く。
極細の追跡針が滑り出した。
目標は裏口のドアノブ。
追跡針が貼りつけば、猫目はさっき誰が通ったのかを知ることができる。
その瞬間、書棚の裏に隠れていた無門術師、真壁仁が動いた。
彼は私ほど速くない。
黒弦もない。
けれど、老練な現場術師だった。
一枚の符が本のページの間から飛び出し、ちょうど追跡針に貼りついた。
追跡針は失効した。
相手の顔色が変わる。
真壁仁は書棚の後ろから出てきた。
「本を買うのか?」
もう一人の猫目術師が、すぐに袖の中の術具を展開した。
小型圧制環。
猫目制式装備。
三秒以内に、普通の無門術師の手元術式を封じることができる。
だが真壁仁は一人ではなかった。
書店の主人が、カウンターの下にある木製ボタンを押した。
電子機器ではない。
機械仕掛けだ。
古い本棚が一列ごと前へ半寸滑り、壁際にあらかじめ仕込まれていた旧符が何枚か露出する。
その符は、他の場所の符とはつながっていない。
智能でもない。
美しくもない。
だが、空間を狭くするには十分だった。
猫目術師の圧制環が展開した瞬間、旧符に干渉された。
真壁仁はその一瞬を掴み、一人を近接圧制した。
もう一人は撤退しようとした。
菅原涼が裏口から戻り、一道の細符で出口を封じた。
二名の猫目術師は、書店の前室に閉じ込められた。
外の人々をほとんど驚かせないまま。
五十秒後、特調室の外縁人員が入場し、彼らを連れていった。
普通抵抗力量の、最初の小さな勝利だった。
強さによるものではない。
事前準備によるものだ。
一軒の古本屋の主人。
機械ボタン。
古い符。
真壁仁と菅原涼。
そして、猫目がこのぼろい書店を低く見積もったこと。
けれど、猫目の本当の隊は書店にはいなかった。
書店の事件は、ただの探りだった。
護送隊が裏口から倉庫へ入ったとき、小野寺は紙片を一枚受け取った。
スマホではない。
一人の少年が自転車で届けてきたものだった。
その少年は、抵抗ネットワークの使い走りだ。
紙片にはこう書かれていた。
C線に猫目三組。D線は汚い。雨線を行け。
雨線は、最も面倒なルートだった。
工事中の排水通道を通り、冷蔵車に乗り換え、最後は古い市場の裏口から出る必要がある。
北見遥香はそのルートを見て、顔色を白くした。
「あそこは狭いです」
彼女には、軽い閉所恐怖がある。
小野寺は知っていた。
だが彼は言った。
「今は、この道が一番安全だ」
三浦蒼介が彼女を見た。
「僕に掴まっていいです」
北見遥香は深呼吸した。
「行きます」
これが逃亡者だった。
怖くても、行く。
排水通道の中は冷たかった。
足元は濡れている。
頭上から、ときどき水が落ちる。
菅原涼が前方で道を探る。
小野寺が後方を守る。
三浦蒼介と北見遥香は中央を歩く。
誰も話さなかった。
水音だけがあった。
半分ほど進んだところで、排水通道の前方に淡い青い光が灯った。
菅原涼が手を上げた。
「止まって」
猫目は、今度は本気で動いていた。
前方に六名の術師。
装備は統一されている。
書店にいた二人ではない。
組織された遮断小隊だった。
彼らは灰黒色の防護服を着ており、肩部には隠し猫目標記がある。
各自、短距離圧制器、折り畳み捕縛符、低騒音衝撃針を装備している。
さらに、小型結界投射設備が一台。
これは、猫目が普通抵抗力量に対して使う標準的な組み合わせだった。
速やかに道を封じる。
無門術師を圧制する。
衝撃針で目標の行動能力を奪う。
そして連れ去る。
殺さない。
血を流さない。
大きなニュースを作らない。
だが、とても有効だ。
先頭の猫目術師が言った。
「資料と目標人員を引き渡せ」
後方にいた小野寺の顔色は悪かった。
こちら側には菅原涼、二名の普通抵抗人員、そして小野寺自身しかいない。
真壁仁は書店で後処理をしている。
支援は間に合わない。
私はまだ三駅離れた場所で待機している。
計画では、最後まで私を介入させないことになっていた。
だが今は、ほとんど最後に近かった。
菅原涼が低く言った。
「一分、持たせます」
小野寺が尋ねた。
「持つのか?」
「かなり難しいです」
北見遥香が低く言った。
「駄目なら、資料を持っていってください」
三浦蒼介が言った。
「何を言っているんですか?」
彼女は彼を見た。
「資料のほうが、私より重要です」
小野寺が振り返り、声を硬くした。
「違う」
北見遥香は固まった。
彼は言った。
「俺たちは猫目じゃない」
「人を資料の後ろには置かない」
その言葉は、狭い排水通道の中でとても軽かった。
だが、全員を一瞬だけ静かにした。
猫目術師は、彼らにそれ以上話す時間を与えなかった。
結界投射設備が起動する。
低圧の網状結界が前へ押し出されてくる。
菅原涼は即座に符を出し、隙間を切り開こうとした。
だが猫目装備は、明らかに無門術師を想定している。
彼女の符は押さえ込まれた。
普通抵抗人員が煙幕弾を投げた。
術式ではない。
普通の煙幕だ。
猫目術師は準備済みだった。
面罩で濾過し、前進には影響しない。
これが装備差だった。
猫目小隊の連携は非常に良い。
一人が結界を押す。
二人が側面を封じる。
一人が目標捕捉を準備する。
一人が菅原涼を注視する。
一人が普通抵抗人員の処理に備える。
小野寺は歯を食いしばり、緊急連絡器を押した。
ネットワーク機器ではない。
短距離跳頻信号だ。
送れる意味は一つだけ。
黒弦が必要。
私が信号を受け取ったとき、臨時カフェの裏口で待機していた。
眼鏡の女性も一緒だった。
彼女は信号を見ると、顔色を沈ませた。
「雨線で事態発生」
私は立ち上がった。
「行きます」
彼女は止めなかった。
ただ言った。
「目標は人員保護です。追撃ではありません」
「わかっています」
「出力を拡大しないでください」
「しません」
「冷化しないでください」
「しません」
「支援は三分後に到着します」
私はすでに外へ向かっていた。
「三分は長すぎます」
この言葉は、何度も言ったことがある気がする。
けれど実際、多くの場合、三分は本当に長すぎる。
私は裏口から地下補修通道へ入った。
黒弦が地面に沿って滑る。
大範囲感知は開かない。
ただ小野寺が示した雨線の標記に沿って進む。
猫目は通道中段に二つの干渉点を置いていた。
切断する。
一つの聴音符。
切断する。
方向を誤導する小型術式。
切断する。
最後に、排水通道の曲がり角で、猫目結界が押し寄せる音を聞いた。
湿った空気の中を低圧電流が通るような音だった。
北見遥香の呼吸は乱れている。
三浦蒼介は彼女の前に立っている。
菅原涼はすでに壁際まで押され、腕に怪我をしていた。
小野寺は、普通の鉄バールを手に持っていた。
彼は術師ではない。
それでも、最後の防線の前に立っていた。
私は曲がり角から出た。
猫目術師が最初に私を見た。
その動きが半拍止まった。
その半拍の中で、おそらく彼は「任務成功目前」から「目標が東京最高戦力へ格上げされた」まで、心理的な崩落を経験したのだろう。
彼が低く言うのが聞こえた。
「黒弦」
その直後、六名の猫目術師は同時に陣形を変えた。
非常に速い。
確かに訓練されている。
組織も装備もある小隊にふさわしい。
一人が即座に撤退通信を試みる。
一人が結界を私へ向ける。
二人が私の足元空間を圧制する準備をする。
一人が北見遥香を人質として捕まえようとする。
最後の一人は、自壊式データ消去を起動した。
とても専門的だった。
だが、それでも遅かった。
黒弦が排水通道の水面を滑っていく。
一本目が撤退通信を切断する。
二本目が低圧結界の核心供能を切り開く。
三本目が北見遥香へ伸びる手を封じる。
四本目が圧制器と使用者のあいだの術式回路を切断する。
五本目が軽く一点を打ち、データ消去装置を失効させる。
六名の猫目術師は、同時にリズムを失った。
私は彼らに立て直す機会を与えなかった。
黒弦が水面に沿って展開し、六つの独立した輪になる。
それぞれの輪は、一人だけに対応している。
殺さない。
急所を傷つけない。
ただ術式、関節の行動線、装備との接続を切る。
十秒。
六人が膝をつく。
十五秒。
装備はすべて失効。
二十秒。
小隊は完全に圧制された。
排水通道には水音だけが残った。
小野寺は私を見て、息を切らしながら言った。
「来るのが早いな」
私は彼の手の鉄バールを見た。
「それで戦うつもりだったんですか?」
彼は言った。
「少なくとも、ちょっとは迫力が出るだろ」
北見遥香が突然、少し笑った。
笑ったあと、泣きそうになった。
三浦蒼介が彼女を支えた。
菅原涼は壁にもたれ、低く言った。
「雑談しないで。行くわよ」
そうだ。
任務はまだ終わっていない。
私は追撃しなかった。
尋問もしなかった。
六名の猫目術師を、あとから到着した特調室人員へ引き渡したあと、私たちは移動を続けた。
今回は、私も終点まで同行した。
新しい資料整理点は、古いオフィスビルの中にあった。
一階は、すでに閉まった印刷店。
上には小さな事務室がいくつかある。
そのうち一室が、安全資料室に改造されていた。
ネットには接続していない。
あるのは紙の棚、コピー機、古いシュレッダー、手回し封口機、それから完全オフラインのパソコンが二台だけ。
遅い。
不器用。
だが安全だ。
北見遥香が北海道資料を紙棚へ入れたとき、手はまだ震えていた。
三浦蒼介は東北目録を担当者へ渡したあと、力が抜けたように椅子へ座り込んだ。
小野寺は壁にもたれ、ようやく今日二つ目の冷たいおにぎりを食べ始めた。
私は彼を見た。
「あなた、いったいおにぎりをいくつ持ち歩いているんですか?」
彼は言った。
「猫目に抵抗するにはエネルギーがいる」
その言葉に、全員が笑った。
短い笑いだった。
でも、本物だった。
任務成功。
人員安全。
資料安全。
猫目遮断小隊は捕縛。
非猫目資料整理点は露出しなかった。
東京の一般抵抗力量は、今回、勝った。
私一人が勝ったわけではない。
小野寺のルートがなければ。
書店の主人がいなければ。
真壁仁と菅原涼がいなければ。
使い走りの少年の紙片がなければ。
運転手がいなければ。
古い倉庫がなければ。
普通煙幕弾がなければ。
あの荒唐無稽な鉄バールがなければ。
私が到着したときには、もう遅かったかもしれない。
彼らは時間を支えた。
私は最後の危険を切断しただけだ。
それはとても重要だった。
戦後総括会で、久我山統括官は言った。
「今回の行動は、一般抵抗力量が猫目の組織的術師圧迫下でも、護送線を維持できることを証明した」
眼鏡の女性が補足した。
「前提として、彼らに高強度遮断を孤立して背負わせてはならない、ということも示しました」
小野寺は会議室の隅に座り、少し居心地悪そうにしていた。
彼はこういう場に慣れていない。
官僚代表が尋ねた。
「最大の問題は何ですか?」
小野寺は少し考えた。
「金です」
全員が彼を見た。
彼は言った。
「あと、人」
「あと、車」
「あと、保険」
「あと、予備ルート」
「あと、運転手の飯代」
彼の言葉は、とても現実的だった。
「成功したあとに、よくやったと言うだけでは困ります」
「次もやるなら、予算が必要です」
会議室は少し静かになった。
それから、誰かがうつむいてメモを取り始めた。
遠坂綾乃が低く言った。
「これこそが非猫目体系の最も本当の部分です」
「口号ではありません」
「おにぎり代まで計算しなければならない、ということです」
北見遥香がうなずいた。
「それから雨合羽も」
三浦蒼介が補足した。
「資料棚も足りません」
私は隣に座りながら、そうしたとても普通の要求を聞いて、ふいに、これこそが東京抵抗力量が本当に成熟してきた印なのだと思った。
彼らはもう、猫目を倒すことだけを話していない。
おにぎり代、雨合羽、資料棚、運転手補助を話し始めている。
なぜなら、抵抗がそれらを支払えないなら、ただの口号になってしまうからだ。
そして猫目が最も得意なのは、実際に存在するものを使って口号を打ち負かすことだった。
猫目側にも、失敗報告が届いた。
代理人は内容を見て、前回よりさらに顔色を沈ませた。
「遮断戦力、計八名が捕縛」
「目標人員は移動成功」
「資料は東京非猫目資料整理点へ搬入」
「白川一音は後段介入」
「普通抵抗力量は前段で二か所の追跡を回避し、二名の術師を圧制し、護送線を重要節点まで維持」
今回の報告は、彼をさらに不快にさせた。
なぜなら失敗は、黒弦に負けただけではなかったからだ。
東京の、あの不器用な護送網にも負けたのだ。
書店。
紙片。
古い車。
排水通道。
普通の運転手。
無門術師。
冷たいおにぎり。
そうしたものが、本来なら猫目にここまでの面倒を与えるはずがなかった。
けれど実際に、与えた。
ニャーサは報告を読み終えると、笑った。
「彼らは不器用を覚え始めたね」
代理人は頭を下げた。
「不器用、ですか?」
「そう」
「猫目は滑らかさを好む」
ニャーサは言った。
「滑らかな流程。滑らかなルート。滑らかな申請。滑らかな依存」
「東京は今、不滑らかさで私たちに対抗し始めている」
「それは彼ら自身の効率も下げます」
代理人は言った。
「私たちの捕捉効率も下げる」
ニャーサは報告を軽く叩いた。
「あの小野寺、面白いね」
代理人が尋ねた。
「処理しますか?」
「急がない」
「なぜですか?」
「彼に続けさせる」
代理人は一瞬固まった。
ニャーサは笑った。
「一人の普通人が、猫目にどれだけのコストを払わせられるのか、見てみたい」
それはまた報告の中にある私の名前へ目を向けた。
「白川一音については……」
「今回は後段介入でした」
「はい」
「いいね」
ニャーサは言った。
「東京は、彼女をただの刃として扱わなくなってきた」
「それでこそ、少しは抵抗らしい」
代理人には、なぜニャーサがいつも自分に不利なことから興味を見出せるのかわからなかった。
だが、もう慣れていた。
その夜、私は安全住居へ戻った。
靴はまだ濡れていた。
排水通道の水の匂いが、ずっとズボンの裾に残っている。
私は服を替え、任務記録を備忘録に書き込んだ。
北見遥香、三浦蒼介を護送。
一般抵抗力量、第一追跡点の回避に成功。
古書店にて猫目術師二名を圧制。
雨線で六名装備小隊と遭遇。
後段介入、六名を圧制。
人員安全。資料安全。
そこまで書いて、私は手を止めた。
そして、さらに一文を加えた。
今日は、私一人が彼らを救ったわけではない。
この一文は重要だった。
もしすべての成功を自分の戦闘として書けば、また「単一点の希望」という罠に落ちてしまう。
今日、本当に勝ったのは一本の線だった。
青い橋の裏口から、古い貨物車へ。
書店の主人へ。
紙片へ。
排水通道へ。
小野寺のルート判断へ。
菅原涼が時間を稼いだことへ。
そして最後に私が出手したことへ。
それこそが、東京に必要なものだった。
一人の強者が最初から最後まですべてを解決することではない。
十分強くない人々が、不器用に時間を支え、強い者が間に合うところまで持たせること。
ソレンセンが黒海の中で言った。
「お前たちはようやく、完全に無能な虫の群れではなくなったな」
「それは褒め言葉?」
「かろうじてな」
私は少し笑った。
「ありがとう」
それは冷たく鼻を鳴らした。
「得意になるな。猫はまだ見ている」
「知ってる」
「それは学ぶ」
「私たちも学ぶ」
今度、ソレンセンは反論しなかった。
翌日、北見遥香からメッセージが来た。
昨日はありがとうございました。
私は返した。
私だけではありません。
彼女は返した。
わかっています。小野寺さんは今日、互助会で皆から温かいおにぎりを無理やり受け取らされていました。
その一文を見て、私は思わず笑った。
温かいおにぎり。
表彰状より、彼にはずっと似合っている。
三浦蒼介からもメッセージが届いた。
資料の整理が始まりました。絵葉書も無事です。
私は返した。
よかった。
しばらくして、彼からさらに届いた。
昨日、通道の中で、僕たちは連れ戻されると思っていました。
私はどう返せばいいのかわからなかった。
最後に書いた。
あなたたちは、私が着くまで支えていました。
彼は返した。
はい。今回は、僕たちも少しだけ支えられました。
その言葉を、私は長いあいだ見つめていた。
私たちも少しだけ支えられました。
そうだ。
私一人が支えたのではない。
彼らも支えたのだ。
数日後、東京非猫目サプライチェーン会議で、小野寺はあの護送を事例にした。
タイトルはとても素朴だった。
雨線護送事件の問題点と改善事項。
英雄物語はない。
大げさなタイトルもない。
ただ改善項目が並んでいるだけだった。
一、地下商店街の観察点不足。
二、書店の機関は有効。ただし一度しか使えないため交換が必要。
三、雨線ルートは閉所恐怖を持つ者への負荷が高い。事前の心理告知が必要。
四、普通煙幕弾は猫目装備小隊への効果が限定的。改良が必要。
五、運転手補助が不足。
六、紙地図の予備が足りない。
七、黒弦への緊急連絡に使用した短距離跳頻信号は有効。ただし次回、猫目に対策される可能性あり。
八、護送メンバーには温食補給が必要。
第八項を見たとき、会議室の中で誰かが笑った。
小野寺はとても真面目だった。
「何を笑っているんですか。冷たいおにぎりを食べすぎると判断に響きます」
誰も笑わなくなった。
彼が正しかったからだ。
猫目に抵抗するには、確かに温かいご飯も必要なのだ。
私は後列に座って最後まで聞き、心はとても静かだった。
これが、東京の一般抵抗力量が変わりつつある姿だった。
彼らはニャーサと戦えるほど強くなったわけではない。
猫目のような装備や効率を、突然手に入れたわけでもない。
だが、彼らは復盤し始めた。
学び始めた。
おにぎり代を計算し始めた。
敗者を保護することを流程にし始めた。
猫目の滑らかなシステムに、不器用なルートで対抗し始めた。
いつ自分たちで支え、いつ私を呼ぶのかを、知り始めた。
これは遅い。
だが重要だった。
もしある日、本当に私がフランス、スイス、オーストリア、あるいはノルウェーへ送られることになっても、東京が私の不在だけで完全に止まってはいけないからだ。
彼らは、自分たちでいくつかのものを支えられなければならない。
そして雨線護送事件は証明した。
彼らは、一段なら支えられる。
たとえ一段だけでも。
それが始まりだった。
夜、A大学へ戻るとき、少し寒かった。
私は温かい飲み物を一つ買った。
中央広場を通りかかると、何人かの学生が活動用の設営を練習しているのが見えた。
彼らは折り畳み机を引きずっていた。
誰かが、机の脚が引っかかると文句を言っている。
誰かが、猫目の設備を使わないのは本当に面倒だと言っている。
もう一人が言った。
「でも、これは自分たちで直せるから」
私は一度、足を止めた。
それから、また歩き出した。
その言葉が、私はとても好きだった。
これは自分たちで直せる。
もしかすると、今の東京はそういうものなのかもしれない。
猫目のものは、もっと滑らかで、もっと綺麗で、もっと速い。
けれど東京は今、自分たちで直せるものを探している。
古書店の機関は直せる。
紙地図は直せる。
サプライチェーン名簿は直せる。
文化空間は直せる。
互助会のルートは直せる。
人と人との信頼も、もしかすると、ゆっくり直せるのかもしれない。
私は温かい飲み物を一口飲んだ。
甘かった。
スマホでは、AfterToneのグループが週末に練習できるか聞いていた。
私は返信した。
できる。
澪が返した。
温飯。
私は笑った。
たぶん彼女は知らない。
今日、東京抵抗力量が「温かいご飯」を正式な改善事項に書き込んだことを。
でも、彼女はずっとわかっていた。
人は責任感と冷たいおにぎりだけで猫目に抵抗することはできない。
温かいご飯が必要だ。
道が必要だ。
前段を支えてくれる人が必要だ。
そして最後に、猫目の線を切断する人も必要だ。
今日、それらはまだここにある。