俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ   作:arctichare

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第117章 離れていく船票、空港リスト、そして中身を抜かれていく人々

第117章 離れていく船票、空港リスト、そして中身を抜かれていく人々

 

猫目の次の攻勢は、断水ではなかった。

 

食糧倉庫を爆破することでもなかった。

 

供電線を襲撃することでもなかった。

 

それは、

 

「なぜ、あなたたちは出ていかないのですか?」

 

というものだった。

 

その言葉は、最初とても軽かった。

 

普通の提案のようだった。

 

現実的な選択のようだった。

 

大人同士の理性的な議論のようだった。

 

けれどすぐに、東京と京都は気づいた。

 

猫目は、二つの都市にいる「離れられる人々」を、体系的に離れさせようとしているのだと。

 

すべての人ではない。

 

精鋭だ。

 

医師。

 

工程師。

 

冷鏈調度員。

 

電力専門家。

 

水処理技術者。

 

農業研究員。

 

物流管理者。

 

大型倉庫責任者。

 

プログラマー。

 

金融操作人員。

 

大学教授。

 

優秀な学生。

 

若い術師。

 

そして——未来の人々。

 

高校生。

 

本科生。

 

大学院生。

 

猫目は、彼らへ言い始めた。

 

「あなたたちが、この二つの都市と一緒に沈む必要はありません」

 

最初に現れたのは、海外就職の招待だった。

 

東京のある大型電力システム会社の上級工程師が、突然、ヨーロッパのエネルギーグループから高額のオファーを受け取った。

 

待遇は極めて良かった。

 

家族の安置。

 

住宅補助。

 

子どものインターナショナルスクール。

 

快速ビザ。

 

さらには、撤離航線の保障まで含まれていた。

 

彼の第一反応は、

 

「あまりにも都合がよすぎる」

 

だった。

 

第二反応は、

 

「だが、娘は確かにここから出られる」

 

だった。

 

彼は裏切り者ではない。

 

ただの父親だった。

 

猫目が最も利用しやすいのは、こういう人間だ。

 

なぜなら、こういう人間は悪人ではないからだ。

 

彼らは、なお猫目を嫌ってさえいる。

 

それでも、考え始めてしまう。

 

「自分が東京に残って、いったい何を変えられるのか」

 

第二波として現れたのは、学術ルートだった。

 

京都のいくつかの大学で、優秀な学生たちが突然、大量に海外研究プロジェクトの招待を受け取った。

 

フランス。

 

スイス。

 

オーストリア。

 

ノルウェー。

 

カナダ。

 

多くのプロジェクトは、以前から存在していた。

 

だが今、それらはまるで一斉に扉を開いたかのようだった。

 

奨学金。

 

宿舎。

 

研究ポスト。

 

実験室の枠。

 

中には、語学要件さえ緩めているものもあった。

 

A大学では、一つの言葉が流れ始めた。

 

「今が、この十年で一番外へ出やすい時期らしい」

 

その言葉は、機会のように聞こえた。

 

だが東京上層部が見たのは、別のものだった。

 

人材吸引。

 

猫目は、都市が自分で血を流すように誘導している。

 

第三波として現れたのは、「安全移民相談」だった。

 

表向きは猫目機関ではない。

 

合法に見える海外コンサルティング会社がいくつもあった。

 

宣伝文句は、とても穏やかだった。

 

「子どもに正常な成長環境を」

 

「次世代を断水と戦争から遠ざけるために」

 

「未来を東京に閉じ込めないでください」

 

これらの言葉は脅しには見えない。

 

むしろ、保護者グループで回ってくる助言のようだった。

 

だからこそ、殺傷力はさらに大きかった。

 

東京と京都が初めて本当に恐怖を覚えたのは、誰かが離れたことそのものではない。

 

人々が、真剣に「離れること」を話し始めたことだった。

 

以前、多くの人は思っていた。

 

「どれほど苦しくても、本当に国を離れることはないだろう」

 

今は違う。

 

水が緊張し始めた。

 

食糧が揺らぎ始めた。

 

学校の時間割が変わった。

 

冷鏈が不安定になった。

 

都市が野菜を育て始めた。

 

互助会は拡大した。

 

若者たちは、以前より暗くなった東京の夜景を見る。

 

親たちは、こっそり海外学校を調べ始める。

 

そんなとき、一通の「安定した生活」へのメールは、毒のように人の心へ入り込む。

 

東京は、すぐに状況を評価した。

 

これは単なる移民潮ではない。

 

精密な人材流出攻撃だ。

 

猫目は、次のような人々を狙っている。

 

第一に、都市基礎システムの維持者。

 

水電、冷鏈、物流、医療、農業、通信、金融操作。

 

第二に、次世代の専門人材。

 

優秀な学生、研究者、若い技術者、若い術師。

 

第三に、精神的象徴性を持つ人。

 

文化空間の若い中心人物、学生代表、未来計画の象徴になる人。

 

第四に、家族を持つ中堅人材。

 

最も揺らぎやすいからだ。

 

彼らが怯えるのは、自分のためだけではない。

 

子ども、配偶者、老いた親のためでもある。

 

猫目は、彼らへこう言う。

 

あなたが残るのは立派かもしれません。

 

でも、家族まで巻き込む権利がありますか?

 

この問いは、あまりにも強すぎた。

 

東京中央統合庁の会議室で、一名の水処理技術責任者が言った。

 

「私たちは彼らに、道徳で残れと言うことはできません」

 

別の官僚が言った。

 

「ですが、彼らがいなくなれば、水処理システムが不安定になります」

 

「だからといって、残れと命令するのですか?」

 

会議室は沈黙した。

 

命令できる場合もある。

 

戦時体制下で、一部の关键人員には職務義務がある。

 

だがすべての専門家、すべての学生、すべての家族に対して、法令で残れと言うことはできない。

 

その瞬間から、東京と京都は一つのとてもつらい問題に直面した。

 

都市は人を必要としている。

 

だが、人を檻の中に閉じ込めてはならない。

 

この線を超えれば、東京と京都も猫目に近づいてしまう。

 

京都の反応は、東京よりさらに複雑だった。

 

京都には強い共同体感がある。

 

その共同体感は、支えになる。

 

同時に、圧力にもなる。

 

ある教授が海外研究所の招待を受けたあと、周囲からこう言われた。

 

「この時期に京都を出るのか」

 

彼は何も言えなかった。

 

彼の妻は病弱だった。

 

海外には治療の可能性がある。

 

京都に残れば、彼は大学の水源検査、学生教育、文化資料保存にとても役立つ。

 

だが妻は?

 

この問いの前で、誰も簡単には彼を責められない。

 

七条は京都内部会議で言った。

 

「離れる者を叛徒として扱ってはならない」

 

「しかし、離れることを猫目の勝利叙事にしてもならない」

 

これは難しかった。

 

本当に難しかった。

 

人が出ていくことを許す。

 

だが、都市が空になることは防がなければならない。

 

東京の対策は、三方向に分かれた。

 

第一、关键人員維持方案。

 

水電、医療、物流、冷鏈、食糧生産、都市安全に関わる人々へ、補助を増やす。

 

家族保障を強化する。

 

子どもの教育枠を優先する。

 

医療保障を上げる。

 

もし本当に最悪の撤離段階に入った場合、家族も一緒に撤離できるよう手続き上の保証を出す。

 

つまり、

 

「あなたが残ることは、家族を見捨てることではありません」

 

と伝える。

 

第二、透明な離脱申請制度。

 

关键人員が本当に離れたい場合、直接失踪したり、猫目系ルートへ入ったりするのではなく、都市側へ申告できるようにする。

 

その後、代替人材の安排、引継ぎ、部分的遠隔協力を話し合う。

 

これは理想的すぎるように聞こえる。

 

だが、ないよりはましだった。

 

少なくとも、突然誰かが消えるよりはましだ。

 

第三、次世代滞在支援。

 

高校生、本科生、大学院生向けに、東京と京都内で続けられる研究、技術訓練、都市復興プロジェクト、食糧・水電・医療関連学習枠を作る。

 

彼らに、

 

「ここに残ることは、未来を捨てることではない」

 

と見せる。

 

京都は別の言い方をした。

 

「ここに残ることは、過去に縛られることではない」

 

この言葉は、京都らしかった。

 

都市を守ることが、ただ古いものにしがみつくことになってはいけない。

 

未来もここにあると、示さなければならない。

 

けれど、猫目はその上を行った。

 

それはすぐに、東京と京都の対応を読み取った。

 

そして、より精准な誘導を始めた。

 

关键人員に対して、猫目は「家族撤離保障」を打ち出した。

 

都市側が提供するものより、さらに速く、さらに具体的だった。

 

「三週間以内に家族全員のビザが下ります」

 

「子どもは九月から入学可能です」

 

「現地住宅は契約済みです」

 

「医療受け入れ機関は確認済みです」

 

それは、都市側の「できる限り保障します」より、はるかに有力に見えた。

 

学生に対して、猫目は「中立的な未来」を打ち出した。

 

「あなたの才能は東京や京都の政治判断に縛られるべきではありません」

 

「研究には国境がありません」

 

「未来のために、一時的に離れることは裏切りではありません」

 

これらの言葉は、すべて毒だった。

 

なぜなら、その半分は正しいからだ。

 

研究には本当に国境がないかもしれない。

 

離れることは、本当に必ずしも裏切りではない。

 

だが猫目は、その正しい部分を使って、都市の骨を抜こうとしている。

 

A大学でも、その波はすぐに現れた。

 

研究室の廊下に、海外研究説明会のチラシが増えた。

 

学生相談室には、海外進学相談を求める人が増えた。

 

教授たちは、学生にどう助言すべきかを迷い始めた。

 

「行けるなら行け」と言うべきか。

 

「残れ」と言うべきか。

 

どちらも重い。

 

私は文化政策のゼミで、この話題を聞いた。

 

先生はホワイトボードに二つの言葉を書いた。

 

退出。

 

残留。

 

そして言った。

 

「どちらも、単純に善悪ではありません」

 

教室はとても静かだった。

 

先生は続けた。

 

「問題は、誰がその選択肢を作っているのかです」

 

「自分の未来を広げるために離れることと、敵対勢力が都市の機能を空洞化するために用意した出口へ誘導されることは、同じではありません」

 

「しかし、外から見ると、どちらも『離れる』に見えます」

 

私はノートを見下ろした。

 

退出と残留。

 

これもまた、猫目が作った新しい選択だった。

 

私自身にも関係していた。

 

なぜなら、特調室はずっと私の海外撤離方案を更新しているからだ。

 

フランス。

 

スイス。

 

オーストリア。

 

ノルウェー。

 

安全点。

 

身分。

 

学籍。

 

医療。

 

資金。

 

もし東京が最後に守れなくなったら、彼らは私を送ろうとする。

 

それは保護だ。

 

同時に、都市から切り離されることでもある。

 

私は他人に簡単に「残れ」とは言えない。

 

なぜなら、私自身も、いつか「出るべき人」として扱われる可能性があるからだ。

 

青い橋では、この話題が非常に重かった。

 

互助会メンバーの中にも、海外ルートの招待を受けた人がいた。

 

一人は若い術師。

 

一人は元地方倉庫データ管理者。

 

もう一人は農業研究系の大学院生だった。

 

彼らは全員、自分は裏切っているのではないかと感じていた。

 

遠坂綾乃は説明会で言った。

 

「離れること自体を裏切りとは定義しません」

 

「しかし、猫目の叙事をそのまま持ち込んではいけません」

 

「たとえば、『残る人は非現実的だ』『都市はもう終わりだ』『賢い人はもう出ていく』、こうした言葉です」

 

「それは猫目が欲しい言葉です」

 

小野寺は言った。

 

「行くなら行け。でも、猫目の宣伝員になってから行くな」

 

言い方は粗かった。

 

だが多くの人がうなずいた。

 

松尾老人は、もっと静かに言った。

 

「人は逃げてもいい」

 

「だが、逃げたあとに、自分がいた場所を馬鹿にしてはいけない」

 

その言葉で、何人かの若いメンバーが泣いた。

 

彼らは、まさにそれを怖がっていたからだ。

 

自分が離れたあと、残った人々をどう見ればいいのか。

 

自分は生き残るために出たのか。

 

それとも、都市を見捨てたのか。

 

その問いには、簡単な答えがない。

 

だから互助会は新しい規則を作った。

 

離脱相談制度。

 

もし誰かが海外へ行くことを考えているなら、猫目系ルートへ直接入る前に、互助会へ相談できる。

 

そのとき、互助会はその人を責めない。

 

ただ、三つのことを確認する。

 

第一、そのルートが猫目関連ではないか。

 

第二、本人が本当に望んでいるのか、それとも恐怖で押し出されているのか。

 

第三、離れたあとも安全な通信と支援を維持できるか。

 

これは、人を引き止める制度ではない。

 

人が猫目に飲み込まれながら離れるのを防ぐ制度だ。

 

北見遥香は言った。

 

「帰りたい人を一人で決めさせないようにしたように、離れたい人にも一人で決めさせない」

 

この言葉は、とても互助会らしかった。

 

一人で決めない。

 

帰ることも。

 

残ることも。

 

離れることも。

 

猫目側では、代理人が最新報告を読んでいた。

 

「東京と京都は、離脱相談制度を構築しました」

 

「关键人員維持補助を増加」

 

「学生向け残留支援計画を開始」

 

「互助会は、離れる者を公開的に叛徒扱いすることを避けています」

 

ニャーサは軽く笑った。

 

「彼らはまたルールを作った」

 

代理人は言った。

 

「はい」

 

「ルールは人を守る」

 

「同時に、人を遅くする」

 

ニャーサは資料をめくった。

 

「我々は、すべての人を出ていかせる必要はない」

 

「数人の关键人物」

 

「数十人の若者」

 

「いくつかの研究室」

 

「一部の医師」

 

「一部の工程師」

 

「それで十分だ」

 

「都市は一晩で空にならない」

 

「だが、薄くなる」

 

その言葉に、代理人は少し寒気を覚えた。

 

都市が薄くなる。

 

人がまだいる。

 

建物もある。

 

街灯もついている。

 

学校も開いている。

 

だが、最も重要な人々が少しずつ抜けていく。

 

未来を支える人が少しずつ離れていく。

 

最後には、都市は形を保ちながら、中身を失う。

 

それが猫目の新しい目的だった。

 

私は、そのことをとても強く感じた。

 

ある日、A大学の研究室で、先輩の一人が私に言った。

 

「白川さん、私、たぶんフランスへ行く」

 

私は手を止めた。

 

彼女は文化メディア研究の先輩だった。

 

とても優秀で、いつもゼミで鋭い意見を出す人だった。

 

「いつですか?」

 

「まだ決まってない」

 

彼女は笑おうとしたが、うまく笑えなかった。

 

「でも、先生が紹介してくれたルートは猫目系じゃないって確認できた」

 

「それなら……」

 

私は何と言えばいいかわからなかった。

 

おめでとうございます?

 

行かないでください?

 

安全でいてください?

 

どれも正しくて、どれも足りなかった。

 

先輩は言った。

 

「私は逃げるのかな」

 

私は低く言った。

 

「わかりません」

 

彼女は少し驚いたように私を見た。

 

たぶん、私は慰めると思っていたのだろう。

 

私は続けた。

 

「でも、逃げることと、生きるために移動することは、たぶんいつも同じ形をしています」

 

先輩はしばらく黙っていた。

 

そして、言った。

 

「白川さんは、残るの?」

 

私は答えられなかった。

 

先輩はすぐに言った。

 

「ごめん。聞いちゃいけないことだった」

 

私は首を横に振った。

 

「私も、わからないです」

 

本当にわからなかった。

 

私には自分で決められない撤離方案がある。

 

それが一番苦しい。

 

東京の梨央の学校では、海外進学の話が増えた。

 

一部の家庭は、すでに真剣に準備している。

 

一部の家庭は、準備したいが金が足りない。

 

一部の家庭は、行かせたくない。

 

一部の家庭は、口では行かせないと言いながら、夜にこっそり資料を調べている。

 

クラスの空気は微妙に変わった。

 

誰かが海外申請の話をすると、周囲は一瞬静かになる。

 

それは羨望なのか。

 

不満なのか。

 

不安なのか。

 

自分でもわからない。

 

梨央は写真部で、新しいテーマを出された。

 

空港と都市。

 

先生は言った。

 

「撮りたくなければ、撮らなくていい」

 

梨央は迷った。

 

最後に、空港そのものではなく、駅のスーツケースを撮った。

 

大きなスーツケース。

 

小さなスーツケース。

 

上に学校指定のリュックが載っているもの。

 

猫のキーホルダーがついているもの。

 

人が画面の外にいる写真。

 

彼女はタイトルをつけた。

 

まだ決まっていない出発。

 

友人はその写真を見て、言った。

 

「重い」

 

梨央は言った。

 

「だって軽くないもん」

 

京都の千夏の学校では、実際に一人の友人が海外へ行くことになった。

 

オーストリア。

 

音楽系のプログラムだった。

 

その友人は泣きながら言った。

 

「本当は嬉しいはずなのに、嬉しいって言いづらい」

 

千夏は言った。

 

「嬉しくてもいいと思う」

 

友人は尋ねた。

 

「でも、みんな残るのに?」

 

千夏はしばらく考えた。

 

「残る私たちが全部正しくて、行くあなたが間違ってるわけじゃない」

 

「でも、行ったら京都のことを忘れないで」

 

友人は泣きながらうなずいた。

 

その日の夜、千夏は作文に書いた。

 

誰かが出ていくとき、引き止める言葉と送り出す言葉が同時に喉に詰まります。

 

先生はその文に赤丸をつけなかった。

 

ただ、横にこう書いた。

 

その感覚を忘れないでください。

 

東京と京都の空港、港、駅は、少しずつ別の意味を持ち始めた。

 

以前は移動の場所だった。

 

今は、判断の場所になった。

 

本当に行くのか。

 

誰が行くのか。

 

誰が残るのか。

 

戻ってくるのか。

 

行った先は安全なのか。

 

それは猫目のルートなのか。

 

その人は裏切ったのか。

 

それとも生き延びたのか。

 

誰も簡単に答えられない。

 

空港リストというものが、中央統合庁内部で作られ始めた。

 

出国予定者リストではない。

 

关键人員の離脱リスクを把握するリストだ。

 

名前。

 

職務。

 

家族状況。

 

海外招待の有無。

 

猫目関連性評価。

 

離脱可能性。

 

代替人員。

 

引継ぎ時間。

 

このリストは、非常に不快だった。

 

人を管理しているように見えるからだ。

 

けれど、作らなければ都市は突然穴を開ける。

 

久我山はそのリストを見て、言った。

 

「このリストは強制拘束に使ってはなりません」

 

「目的は、穴を予測することです」

 

眼鏡の女性がうなずいた。

 

「本人へも説明が必要です」

 

「秘密にしすぎれば、猫目が『政府があなたを閉じ込めようとしている』と言い出します」

 

そうして、東京はまた説明しなければならなくなった。

 

何でも説明だ。

 

水も説明する。

 

野菜も説明する。

 

離脱リスクも説明する。

 

それらはすべて疲れる。

 

猫目は、東京が説明で疲れることも計算している。

 

私は、自分が空港リストのどこにいるのかを聞かなかった。

 

聞かなくてもわかる。

 

私は一番上にいる。

 

あるいは、通常のリストとは別に管理されている。

 

B-Black String。

 

未来希望。

 

最終撤離対象。

 

そう書かれているかもしれない。

 

私はそれを想像するだけで、気分が悪くなった。

 

数日後、特調室が私に新しい海外撤離資料を持ってきた。

 

今回は、非常に直接的だった。

 

眼鏡の女性は言った。

 

「猫目が人材離脱誘導を始めたため、あなたの撤離方案も再評価する必要があります」

 

「どうして?」

 

「猫目があなたの撤離線にも介入する可能性が高いからです」

 

私は一瞬固まった。

 

彼女は続けた。

 

「もし最悪の状況であなたを海外へ出す場合、そのルートが猫目に誘導されたものではないことを確認しなければなりません」

 

「つまり、私が本当に避難する時でさえ、猫目のチケットじゃないか疑わなきゃいけないんですね」

 

眼鏡の女性は沈黙した。

 

「はい」

 

私は笑えなかった。

 

離れる船票。

 

空港リスト。

 

海外学校。

 

家族保障。

 

未来希望。

 

それらすべてが、猫目の手に触れられる可能性がある。

 

離れることさえ、安全とは限らない。

 

猫目は、都市にこう思わせようとしている。

 

外へ出れば自由だ。

 

だが同時に、外へ出る道さえ、自分の爪で撫でている。

 

互助会では、ついに一つの共通原則が作られた。

 

残る人を愚か者にしない。

 

離れる人を裏切り者にしない。

 

猫目のルートを安全とみなさない。

 

自分一人で決めない。

 

行っても、可能なら連絡を切らない。

 

戻れなくても、故郷を猫目の言葉で貶めない。

 

この六条は、青い橋の壁に貼られた。

 

小野寺はそれを見て、言った。

 

「どんどん壁が紙で埋まっていくな」

 

榊真理は言った。

 

「紙で埋まるくらいなら、まだいいです」

 

北見遥香は低く言った。

 

「人がいなくなるよりは」

 

誰も何も言わなかった。

 

ある夜、私は港区へ行った。

 

任務ではない。

 

ただ、海を見るためだった。

 

遠くに、空港へ向かう航路の灯りが見える。

 

船もいくつか見える。

 

都市の灯りは、以前より暗い。

 

それでもなお、たくさんの灯りがあった。

 

私は欄干に手を置いた。

 

ソレンセンが黒海の中で言った。

 

「人間は、沈む船から逃げる鼠のようだな」

 

私は低く言った。

 

「その言い方は嫌い」

 

「だが似ている」

 

「沈むと決まったわけじゃない」

 

「だから皆、より苦しむ」

 

私は反論しなかった。

 

確かにそうだった。

 

もし完全に沈むと決まっているなら、全員が逃げる。

 

もし完全に安全なら、誰も逃げない。

 

今はその中間だ。

 

だから人は迷う。

 

残ればよいのか。

 

離れればよいのか。

 

誰を連れていけるのか。

 

誰を残すことになるのか。

 

自分の未来を守ることは、他人への裏切りなのか。

 

都市を守ることは、家族への裏切りなのか。

 

ソレンセンが言った。

 

「お前は?」

 

「私?」

 

「お前は逃げるのか?」

 

私は長いあいだ黙った。

 

「わからない」

 

「自分で決められないのか?」

 

「たぶん、最後は自分で決めなきゃいけない」

 

「なら今決めろ」

 

私は海を見た。

 

「今は決めない」

 

「臆病だな」

 

「うん」

 

私は認めた。

 

「でも、今決めることも逃げかもしれない」

 

ソレンセンは静かになった。

 

私は続けた。

 

「今、私は東京にいる」

 

「明日も、たぶん東京にいる」

 

「明後日も」

 

「それ以上は、今はわからない」

 

「わからないまま立つのか?」

 

「うん」

 

「人間らしい曖昧さだ」

 

「そうだね」

 

私は空港へ向かう光を見た。

 

その光の中に、誰が乗っているのかはわからない。

 

医師かもしれない。

 

学生かもしれない。

 

疲れた父親かもしれない。

 

逃げる術師かもしれない。

 

本当に安全へ向かう子どもかもしれない。

 

猫目に誘導された人かもしれない。

 

それらは、外から見れば同じ飛行機の光だ。

 

だからこそ、難しい。

 

私は備忘録に書いた。

 

猫目新攻勢:人材離脱誘導。

 

対象:医師、工程師、水電技術者、冷鏈調度、食糧研究、大学教授、優秀学生、若い術師、关键人員家族。

 

手段:海外高待遇、学術ルート、安全移民、家族保障、未来叙事。

 

核心叙事:なぜあなたたちはまだ出ていかないのか。賢い人はすでに準備している。子どもを沈む都市に残すな。

 

危険:都市の人材流出、残留者と離脱者の相互不信、未来感の空洞化。

 

対応:关键人員維持、離脱相談制度、非猫目ルート確認、残る人を愚か者にせず、離れる人を裏切り者にしない。

 

私自身:海外撤離方案再評価。猫目誘導ルートへの警戒。未来希望という言葉の重さ。

 

最後に、私は一文を加えた。

 

都市は壁だけでは空にならない。

 

人が自分の未来を別の場所にしか見られなくなったとき、都市は中身を失い始める。

 

書き終えてから、私はしばらくペンを持ったまま動けなかった。

 

窓の外では、東京の灯りがまだある。

 

けれど、その灯りの中から、少しずつ人が外を見始めている。

 

船票。

 

空港リスト。

 

海外メール。

 

奨学金。

 

家族ビザ。

 

それらはすべて、猫目の爪かもしれない。

 

あるいは、本当に誰かを救う道かもしれない。

 

私たちは、その二つを区別しなければならない。

 

しかも、誰かを壊さない形で。

 

それが今の東京と京都に与えられた、新しい難題だった。

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