俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ 作:arctichare
第十二章 合同ライブの彩排、そしてAfterToneに届いた空白の映像
「表面活動安全保護協定」が発動して最初に起きたことは、AfterToneが丸一日かけて検査されたことだった。
もちろん、普通の人にとっては、これは「特調室の暗面安全保護」ではなく、
合同ライブ前舞台設備総合安全検査
と呼ばれていた。
名前はとても普通だった。
理由も普通だった。
来月に下北沢合同ライブの企画があり、AfterToneが参演会場の一つになるため、音響配線、ライトスタンド、電源負荷、消防通路、楽屋設備を事前にチェックする。これは完全に合理的だった。
朝倉日和でさえ疑わなかった。
彼女は検査リストを持って、ただ真剣に作業員に聞いた。
「このモニタースピーカーの雑音も一緒に診てもらえますか?」
普通の作業服を着た特調室の人間が頷いた。
「はい」
黒瀬澪が楽屋のソファに座りながら、小声で言った。
「政府の点検、便利だな」
「政府の点検じゃないよ」日和が訂正した。「活動主催者側が手配した総合検査だよ」
「なら主催者、結構金持ってるんだな」
私は隅に座り、ギターバッグを抱えたまま、何も知らないふりをしていた。
実際には、私は知りすぎていた。
作業服を着た人間の中に、少なくとも三人は特調室の人間だった。
一人は電源配線の点検を担当し、もう一人は監視カメラとネットワークポートをチェックし、もう一人は楽屋の壁の角に、肉眼ではほとんど見えない透明な符片を貼っていた。
それは修理用のシールではなかった。
認知遮断用の小型結界片だった。
その役割は、現場で軽微な異常が発生した場合、普通の人間がそれを「照明の点滅」「機材の故障」「目の錯覚」「疲労」と無意識に解釈するようにすることだった。
これはとても便利だった。
しかし同時に、とても恐ろしかった。
なぜなら、私はますますはっきり理解し始めていたからだ。
この街の「普通」の多くは、こうしたもので維持されているのだと。
ソレンセンが意識の奥で口を開いた。
「彼らはお前の檻に柵を増やしている」
私は顔を伏せ、答えなかった。
「普通の人間は知らない」
その声には嘲りが混じっていた。
「だから普通の人間の判断も、人為的に剪定された後に生えてくるものだ」
私はギターバッグの肩紐を強く握りしめた。
「少なくとも、彼女たちは安全でいられる」
「安全?」
ソレンセンが低く笑った。
「目を塞がれていれば、確かに刀は見えにくい」
私はこの言葉が好きではなかった。
とても好きではなかった。
しかし、完全に反論することもできなかった。
なぜなら、私自身も同じことをしているからだった。
私は日和と陽菜と澪の目も塞いでいた。
彼女たちが弱いと思っているからではない。
ただ、彼女たちが一度見てしまったら、もう元の舞台には戻れなくなるのが怖かったからだった。
桜庭陽菜が前から顔を覗かせた。
「小音、ちょっと新曲の彩排するよ!」
私はすぐに顔を上げた。
「は、はい!」
彼女の声はまるで一つの灯りのようだった。
彼女がこうして私を呼んでくれる限り、私は自分がまだ普通の世界に立っているように感じられた。
たとえ足元がすでに目に見えない亀裂でいっぱいだったとしても。
検査は午後まで続いた。
特調室の人間が去る前に、若い調査員がそっと小型の耳クリップを私に手渡した。
見た目は普通のステージ用インイヤーアクセサリーだった。
彼が言った。
「白川さん、合同ライブ当日はこれを付けてください。外見は普通のインイヤーレシーバーですが、実際には緊急通信と微型汚染検知機能がついています」
私はそれを受け取り、指先が少し硬くなった。
「もしみんなに聞かれたら?」
「青藍文化芸術財団が提供した試用インイヤーだと答えてください」
また青藍文化財団か。
この外殻機関は、今ではますます万能の説明器具のようになっていた。
MVの補助もそれで説明できる。
機材の点検もそれで説明できる。
インイヤーもそれで説明できる。
もし someday 東京湾から巨大な霊災が這い出してきたら、彼らは「青藍文化芸術財団が大規模なステージ特効をやっている」とでも言うのだろうか?
いや、そんな恐ろしいことは考えないようにしよう。
調査員は続けた。
「また、白鏡監督の痕跡はまだ追跡中です。現在確認されているのは、純粋な個体ではなく、映像媒体を通じて移動する異常術式の集合体だということです」
私は頭皮が粟立つのを感じた。
「術式の集合体?」
「はい。カメラ、監視カメラ、配信画面、編集ファイル、投影機材などに付着することができます」
つまり、「撮影」と「再生」がある限り、それは現れる可能性があるということだ。
これは楽隊活動にとって、最悪の敵だった。
ライブには映像が残る。
宣伝には写真がある。
MVには撮影がある。
観客がスマホで短い動画を撮るかもしれない。
私は低く聞いた。
「撮影を完全に禁止することはできませんか?」
調査員は少し間を置いた。
「理論上は可能です。しかし、普通の音楽活動にとって、過度に撮影を禁止すると逆に不自然になり、楽隊の宣伝にも影響が出ます」
わかっていた。
わかっていた。
今の地下レーベルが人に知られるためには、映像の拡散がとても重要だった。
現場の録画、短い動画、宣伝写真、MV。これらはより大きな舞台への道だった。
もし私がこれらの道を全部塞いでしまったら、余響楽団は閉じ込められてしまう。
日和たちは私を責めないだろう。
しかし、私は自分を責めるだろう。
ソレンセンが静かに言った。
「見てみろ。守ること自体が、傷つけることになる場合もある」
私は胸の奥が沈むのを感じた。
調査員が声を低くした。
「だから特調室の提案は、制御された撮影環境を整備することです。現場では指定されたカメラアングルでの撮影を許可し、観客エリアでは自由撮影を制限する。活動主催者側のルールとして実行すれば、自然な形に収まるはずです」
「観客は受け入れてくれますか?」
「下北沢の多くのライブハウスには、元々無許可撮影を禁止する規定があります。自然に包装すれば、奇妙には見えないでしょう」
私は頷いた。
「わかりました」
調査員が去った後、私は楽屋の入口に立ち、AfterToneのステージを見ていた。
日和がドラムを調整していた。
陽菜がマイクを試していた。
澪がベースアンプの横に座り、まるで飢えた猫のようにしていた。
すべてがとても普通だった。
普通すぎて、私がしているすべての隠し事が、価値があるように感じられた。
しかしソレンセンがまた口を開いた。
「価値がある?」
私は答えなかった。
「お前は彼女たちが、そうした保護を望んでいるかどうかも知らない」
私の指が一瞬、強くなった。
「黙って」
「お前は彼女たちの選択を守っているわけではない」
その声は低く、残酷で、まるで刃をゆっくりと皮膚に当てているようだった。
「お前は、彼女たちが真実を知った後に選ぶ可能性を、奪っている」
私は歯を食いしばった。
「彼女たちは知るべきじゃない」
「誰が決めた?」
私は言葉を発することができなかった。
ソレンセンが笑った。
「お前だ」
「特調室だ」
「神社だ」
「自分たちが普通の人間の代わりに決められると信じている、すべての人間だ」
私は呼吸が少し乱れた。
そのとき、日和が顔を上げて私を見た。
「小音、彩排の準備できた?」
私はすぐに我に返った。
「はい!」
今はこんなことを考えている場合ではなかった。
少なくとも今は。
私はギターを手に取り、ステージに向かった。
彩排は、私が思っていたよりスムーズに進んだ。
新曲のテンポは前より速く、日和のドラムはとても安定し、澪のベースラインは普段より圧迫感があり、陽菜の声も前回より明るかった。
私はステージの左側に立ち、顔を伏せて弾いた。
足元はAfterToneの古い床。
目の前はがらんとした観客エリア。
これが、私を少しだけ安心させた。
観客がいないとき、ステージは安全区域のように感じられた。
ただリハーサルと、音と、馴染みのある人だけがいた。
しかし二回目のサビの彩排をしているとき、入口の方でノックの音がした。
トン。
作業員が入って来るようなノックではなかった。
とても軽く。
とてもゆっくりと。
まるで誰かが、わざと全員に気づかせようとしているようだった。
音楽が止まった。
陽菜が振り返った。
「まだ誰か来る予定だったっけ?」
日和が入口の方を見た。
「点検の人たちはもう帰ったよね?」
澪が立ち上がった。
「飯かもしれない」
日和が呆れたように言った。
「澪、今は飯の時間じゃないよ」
しかしその瞬間、私は背中から冷や汗が噴き出していた。
なぜなら、入口の外には人の気配がなかったからだ。
少なくとも、普通の人間の気配は。
特調室が入口の横に貼った透明な符片が、わずかに灰色に変色していた。
ソレンセンが低く笑った。
「来た」
私は拨片を強く握りしめた。
扉が自分から少しだけ開いた。
外には誰もいなかった。
ただ一つの白い封筒が入口に落ちていた。
陽菜が目を瞬かせた。
「手紙?」
日和が眉を寄せた。
「誰が届けたんだろう?」
私は即座に言った。
「触らないで!」
声が、いつもより大きくなっていた。
全員が私の方を見た。
私は完全に固まった。
まずい。
あまりに目立ってしまった。
私は説明しなければならなかった。
「そ、その……最近、変な宣伝ビラとかあるじゃないですか? もしかしたら悪戯かも! だから触らない方がいいと思います!」
この説明はとても苦しかった。
しかし陽菜はすぐに頷いた。
「確かに、最近変な勧誘が多いよね」
澪が言った。
「もし飯券だったら惜しいな」
日和が私を見て、少し疑問に思った様子だったが、それ以上追及はしなかった。
「じゃあ、私がピンセットで取るよ」
「いりません!」
私はまた叫んでしまった。
今度はもっとひどかった。
空気が少し固まった。
ソレンセンが意識の中で愉快そうに笑った。
「お前は本当に嘘が下手だな」
私は床に潜り込みたくなった。
しかし私は、彼女たちにその封筒を触らせてはいけなかった。
私は続けるしかなかった。
「わ、わたしが処理します! 前に説明会で聞いたんですけど、一部の宣伝物は個人情報詐欺に関わってる可能性があるから、私がよく知ってるんです……」
これは何の説明だ?
私自身でも意味がわからなかった。
しかしおそらく、私が普段からかなり変な人間だったので、みんなはなんとか納得してくれた。
日和がゆっくりと頷いた。
「じゃあ、気をつけて」
私は入口まで歩いた。
一歩一歩が、まるで断頭台に向かうようだった。
白い封筒が静かに地面に落ちていた。
差出人の記載もなければ、切手も貼られていなかった。
ただ一行の黒い文字が書かれていた。
致下北沢黒弦
私の心臓が激しく収縮した。
彼女たちに見せてはいけない。
絶対に。
私は腰を曲げて封筒を拾った。
指先が紙に触れた瞬間、脳内でフィルムが回る音がした。
カチリ。
カチリ。
カチリ。
目の前のAfterToneが、一瞬だけ暗くなった。
私は一人の白い影が、観客エリアの一番後ろに立っているのを見た。
白いコートを着て。
手に古い映画用のカメラを持っていた。
レンズが私の方を向いていた。
私にしか見えなかった。
なぜなら次の瞬間、照明が戻ったからだった。
日和が聞いた。
「小音?」
私は封筒を素早くポケットにしまった。
「だ、大丈夫です! 本当に変な宣伝物でした、後で捨てます!」
ソレンセンが冷たく言った。
「それはお前をマーキングした」
私は心臓が一瞬、止まるのを感じた。
「処理できますか?」
「できる」
「どうやって?」
「今追いかけて、あいつが潜んでいる映像を切り裂く」
「だめです、みんながいる」
「なら、見ているのを黙って見ていろ」
私は歯を食いしばった。
これが、相手がAfterToneを選んだ理由だった。
彼はわかっていた。
私はここで動くことができない。
なぜなら、ここは普通の世界だから。
なぜなら、余響楽団がここにいるから。
なぜなら、私は隠蔽を優先するから。
白鏡監督は、私を攻撃しに来たわけではなかった。
それは私にこう思い知らせに来た。
ここに手を伸ばすことができる、と。
AfterToneに。
余響楽団のリハーサルに。
私が最も守りたい場所に。
彩排は早めに終わった。
理由は私が体調を崩したからだった。
これは嘘ではなかった。
私は確かに顔色が真っ白で、病院に運ばれてもおかしくない状態だった。
日和はとても心配していた。
「小音、私が送って行こうか?」
私は必死に首を振った。
「い、いりません! ただ少し低血糖なだけです、休めば大丈夫です!」
澪が一本のエナジーバーを私に手渡した。
「食べろ」
私はそれを受け取った。
「ありがとう……」
陽菜が私に近づき、小声で聞いた。
「本当に大丈夫? さっきの小音、まるで幽霊でも見たみたいだったよ」
ほぼその通りだった。
しかし言えなかった。
私は無理に笑った。
「大丈夫です。ただ撮影が延期になって、少し疲れただけです」
日和は結局、今日の活動を早めに切り上げることにした。
みんなが荷物を片付け始めた。
私は彼女たちがAfterToneを出て、帰りの電車に乗るのを確認してから、店に戻った。
店内には私しかいなかった。
そして、暗がりに潜む何か。
私はドアを閉め、シャッターを下ろした。
それから白い封筒を取り出した。
封筒は変色もしていなければ、血がにじんでいるわけでもなく、音も立てていなかった。
ただ、静かに私の手の中にあった。
私は特調室から貰った耳クリップを付けた。
数秒後、耳クリップから調査員の声が聞こえた。
「白川さん、あなたの位置に軽微な映像汚染反応を検知しました。状況はどうですか?」
私は低く言った。
「AfterToneに何かが届きました。私の代名詞が書かれていました」
耳の向こうが一瞬、静かになった。
「開けないでください」
しかし遅かった。
なぜなら封筒が自分で開いたからだった。
中には手紙は入っていなかった。
ただ一枚の透明なフィルムがあった。
フィルムには何も映っていなかった。
空白だった。
私はまだ後ずさる暇もなく、AfterToneのステージライトが突然点灯した。
一つ。
二つ。
三つ。
がらんとした観客エリアに、投影が現れた。
白いコートを着た人物が、一番後ろの席に座っていた。
彼は古い映画用のカメラを持ち上げた。
レンズから、ざらざらとした音が聞こえてきた。
「こんばんは」
その声はスピーカーから聞こえてきたわけではなかった。
店の内で光を反射するすべてのものから聞こえてきた。
空のグラス。
ミキサーの画面。
入口のガラス。
ギターのピックアップの金属面。
「下北沢黒弦」
私は拨片を握りしめた。
耳クリップの中で、調査員の声が急になった。
「白川さん、汚染源を特定中です。支援が五分後に到着します」
五分。
また五分か。
私は投影の中の白い影を睨んだ。
「あなたは誰ですか?」
白い影は、まるで笑っているようだった。
顔は依然としてぼやけていて、過剰露光のフィルムで焼けたように見えた。
「彼らは私を白鏡監督と呼んでいます」
彼はカメラを少し持ち上げた。
「しかし名前はただの題名に過ぎません。題名は変えられるものです」
ソレンセンが冷たく言った。
「神妙ぶるな」
私はソレンセンには答えなかった。
なぜなら白鏡監督が続けたからだった。
「私はあなたのライブを見ました」
私の胃が冷たく縮むのを感じた。
「そしてあなたの戦いも」
その声はとても軽かった。
「あなたはレンズに適しています」
私は低く言った。
「撮られたくありません」
「役者には、いつも選択権があるわけではない」
私は半歩後ずさった。
この言葉が、とても不快だった。
「何がしたいんですか?」
「一つの作品を撮りたい」
彼が言った。
「普通の少女が、嘘の中で普通を守りながら、自分が守っているものに引きずり込まれていく物語を」
私の指が震えた。
彼は知っていた。
少なくとも、一部は知っていた。
彼は私が隠していることを知っていた。
普通の世界があることを知っていた。
余響楽団が私の弱点であることを知っていた。
しかし彼はソレンセンを知らなかった。
絶対に知られてはいけない。
ソレンセンが意識の奥で低く笑った。
「それはお前の皮を剥ごうとしている」
「黙って」
「彼は、あなたが隠しているものを物語に撮ろうとしている」
「黙って!」
白鏡監督は、私の感情の変化を感じ取ったようだった。
彼はカメラを少し高く掲げた。
「怖がらなくていい。私はすぐにあなたの楽隊を壊すつもりはない」
私の呼吸が一瞬、止まった。
「すぐに?」
「物語には伏線が必要だ」
彼が優しく言った。
「観客はまず、舞台の上のあなたたちを愛してから、幕の後ろから這い出してくる怪物を見る必要がある」
私は血液が冷えていくのを感じた。
彼は単に人を殺したいわけではなかった。
単に霊災を起こしたいわけでもなかった。
彼は撮影したかった。
記録したかった。
私の普通の生活と暗面の衝突を、何らかの「作品」に編集したかった。
これは直接攻撃するより、ずっと気持ちの悪い悪意だった。
ソレンセンが冷たく口を開いた。
「吾に壊させてみろ」
今回は、私はほぼ承諾しかけた。
しかし、だめだった。
白鏡監督の投影はAfterToneの中にあった。
ここには機材がある。
ステージがある。
余響楽団の痕跡がある。
もしソレンセンに好き勝手させれば、ここを破壊してしまうかもしれない。
あるいは、より深刻な汚染を残してしまうかもしれない。
私は深呼吸をした。
「条件」
ソレンセンの声が低く響いた。
「今回は、少し本気を出してもいいか?」
「第一、体を乗っ取ることは禁止です」
「できる」
「第二、AfterToneを破壊しないでください」
「できる」
「第三、普通の人間を傷つけないでください。楽隊メンバーを追跡しないでください」
「できる」
「第四、この投影と空白フィルムの汚染だけを切断し、相手の本体を追跡しないでください」
ソレンセンが笑った。
「また追わないのか?」
「今はだめです」
「彼はあなたの舞台を脅かしている」
「わかっています」
「彼はあなたの仲間を脅かしている」
「わかっています!」
私は歯を食いしばった。
「だからこそ、今は乱暴に動けない」
ソレンセンの声が冷たくなった。
「臆病者」
「そうかもしれません」
「後悔するぞ」
「そうかもしれません」
「彼はまた来る」
「なら、次にまた防げばいい」
黒海の奥で、金色の鎖が震えた。
契約成立。
私は拨片を掲げた。
白鏡監督は逃げなかった。
ただ、静かにカメラを私に向けた。
「いい表情だ」
私は全身が冷たくなった。
「撮らないで」
「恐怖、怒り、抑制、迷い」
彼はまるでナレーションのように言った。
「あなたはすべてを切り裂くことができるのに、自分の日常を傷つけるのが怖いから、刀を細い針に折らなければならない」
私は何も言わなかった。
黒紫色の線が拨片の先端から伸びた。
とても細く。
まるで一本の髪の毛のようだった。
それは地面に貼りつき、投影に向かって滑っていった。
白鏡監督が続けた。
「知っているか? 隠せば隠すほど、撮影価値は上がる」
「黙って」
「普通であればあるほど、引き裂かれるのに適している」
「黙って」
「あなたの楽隊メンバーが、本当のあなたを見たら、どんな表情をすると思う?」
その瞬間、私はほとんど制限を解除しかけた。
本当に、わずかな差で。
なぜなら、私は彼に黙らせたかったからだった。
最も徹底した方法で。
ソレンセンが意識の奥で静かに笑った。
彼は私を急かさなかった。
ただ、待っていた。
私が自分で口を開くのを。
だめだ。
いけない。
私は目を閉じ、指に力を込めた。
黒い線が投影を貫いた。
白鏡監督の影が真っ二つに裂かれた。
彼は苦しげに叫んだりはしなかった。
ただ、ざらざらと笑った。
「編集点が良かった」
次の瞬間、投影が消えた。
ステージの明かりが消えた。
透明フィルムが灰白色の粉末になった。
汚染反応が低下した。
耳クリップから調査員の声が聞こえた。
「汚染源が消失しました。白川さん、大丈夫ですか?」
私は暗いAfterToneの中に立ち、手が震えていた。
「大丈夫です」
これは嘘だった。
調査員が少し間を置いた。
「支援がすぐに到着します」
「中に入らないでください」
私は即座に言った。
「ここはもう普通の状態に戻っています。店に気づかれるような痕跡を残さないでください」
「了解しました」
電話の向こうで、調査員の声が低くなった。
「白鏡監督が自ら接触してきたということは、目標の優先度が上がったということです。当面は合同ライブを停止することを推奨します」
私は暗いステージを見つめた。
ここで数時間前には、まだ日和のドラムがあった。
陽菜の歌声があった。
澪のベースがあった。
私のギターがあった。
もしライブを停止すれば、白鏡監督が第一歩で勝つことになる。
彼はただ一つの封筒を送ってきただけで、私たちを退場させようとしている。
私はしたくなかった。
本当にしたくなかった。
「私は停止しません」
私は言った。
耳の向こうが静かになった。
私は続けた。
「しかし、より厳格な安全方案を要求します。観客撮影の制限、機材チェック、楽屋の封鎖、入場人員のスクリーニング、すべて行います」
調査員が低く聞いた。
「本気ですか?」
私は暗いステージを見つめた。
心の中では、まだとても怖かった。
怖くて、ほとんど立っていられなかった。
それでも私は言った。
「本気です」
通信を切った後、私は一人でAfterToneに長い時間座っていた。
明かりはつけなかった。
ギターも弾かなかった。
ただ座っていた。
ソレンセンが闇の中で口を開いた。
「なぜ吾に追いかけさせなかった?」
私は低く言った。
「ここはAfterToneだから」
「だから?」
「私はここを戦場にしたくなかった」
「彼はすでにここを撮影現場にしている」
私は暗闇の中でステージを見つめた。
「なら、私は彼を追い出す」
ソレンセンが冷たく笑った。
「どうやって?」
「私で」
この言葉を口にした後、私自身が信じられないほどに思えた。
あまりに私らしくなかった。
以前の私なら、絶対に「できない」「無理だ」「家に帰りたい」と言っていただろう。
今でも私は家に帰りたいと思っていた。
今でも不可能だと思っていた。
今でも怖かった。
しかし、私はもう一つ、別のことを持っていた。
私は、彼が余響楽団が崩れていく様子を撮ることを、許したくなかった。
私は、彼がみんなの舞台を自分の作品に変えることを、許したくなかった。
だから私は、ただ防ぐしかなかった。
一回で防げなければ二回。
二回で防げなければ三回。
ソレンセンが静かになった。
少しして、言った。
「あなたはますます吾に似てくる」
私は胸の奥が一瞬、締めつけられるのを感じた。
「なりません」
「なる」
その声は低く、確信に満ちていた。
「自分のものを守るために、お前は脅迫し、切断し、隠蔽し、恐怖を利用することを学ぶ」
「闇を使って光を守ることを学ぶ」
「そして最終的に、光も闇の一部になっていたことに気づく」
私は答えなかった。
なぜなら、この言葉があまりに恐ろしかったから。
そして、あまりに可能性が高いから。
翌日、日和が私に、AfterToneの入口に「合同ライブ期間中、無許可撮影禁止」の新しい告知が増えた理由を聞いた。
私は顔を伏せ、事前に考えていた説明で答えた。
「た、たぶん主催者側の統一規定です。楽隊の著作権と現場体験を守るためだって」
日和が頷いた。
「確かに、多くのライブハウスにも似たような規定があるよね」
陽菜が少し残念そうに言った。
「観客が動画を撮って宣伝を手伝ってくれるかもと思ったのに」
澪が言った。
「公式が撮ればいい。飯も公式に出せばいい」
日和が呆れたように彼女を見た。
「澪、あなたは何でも飯に結びつけるんだね?」
普通の説明は成功した。
誰も疑わなかった。
誰も、昨夜白鏡監督がここに来ていたことを知らなかった。
誰も、私が一人で暗いステージで空白フィルムを切断していたことを知らなかった。
みんなは彩排を続け、補完撮影の計画を話し合い続けた。
すべては、まだ前に進んでいるように見えた。
しかし私だけが知っていた。
観客席の一番後ろの位置に、特調室がこっそり追加の結界片を貼っていたことを。
カメラとスマホが、今回のライブの重点監視対象になることを。
白鏡監督が、また来るかもしれないことを。
彩排が始まる前に、私は観客エリアを一瞥した。
がらんとした席の中に、昨夜の白い影の輪郭がまだ残っているように感じた。
私はギターを握りしめた。
日和がドラムスティックを落とした。
陽菜が歌い始めた。
澪のベースの音が響いた。
私は顔を伏せ、弦を弾いた。
音がAfterToneを貫いた。
この瞬間、私はふと一つのことを理解した。
白鏡監督は私を撮りたがっていた。
私を怖がっているところを。
隠しているところを。
苦しんでいるところを。
普通と暗面に引き裂かれているところを。
しかし彼は、理解できないだろう。
あるものは、カメラのためにあるわけではない。
例えば、日和が一拍目を落としたときに感じる安心。
陽菜が一フレーズを歌い始めたときに、空気が明るくなる感覚。
澪のベースラインが、私を逃げ場から引き戻してくれる重み。
これらは、たとえ撮影されたとしても、ただの映像に過ぎない。
本当の音は、この瞬間にしか存在しない。
私はそれを奪わせるわけにはいかなかった。
ソレンセンが意識の奥で静かに言った。
「なら、守れ」
私は心臓が一瞬、冷たくなるのを感じた。
なぜなら、この言葉は嘲笑のようには聞こえなかったから。
むしろ、ある種の待ち伏せのように聞こえた。
私はわかっていた。
彼が本当に言いたかったことは、こうだった。
守りきれなくなったら、吾に頼め。
私は答えなかった。
ただ、弾き続けた。
ステージの明かりが体に当たった。
観客エリアには誰もいなかった。
しかし私は知っていた。
見えない場所に、多くの目がここを見つめていることを。
特調室。
神社。
御影家。
白鏡監督。
そしてソレンセン。
彼らは皆、見ている。
しかし今回は、私は止まらなかった。