俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ 作:arctichare
第120章 猫目の「観察団」と東京が拒否できない条件
第五通の手紙が東京に届いたとき、特調室の者たちですら沈黙した。
今度は喵佐が「条件」を出し始めた。
脅しではない。
待遇だった。
信紙は相変わらず綺麗で、
前よりもさらに格式高いものだった。
まるで大財団が出す高級な招待状のようだった。
「地方回復状況観察」に関する補足説明:
1. 白川一音および随行者は、旅行期間中の宿泊・安全・交通・医療・通信を猫目側が負担する。
2. 随行人数の上限は百名。
3. 互助会メンバー、一般住民、学生、技術者、医療者、記録者を帯同可能。
4. 猫目側は、旅行中の互助会メンバーに対して積極的な逮捕を行わない。
5. 旅行期間中、地方の猫目術師は黒弦およびそのチームに無断で接近しない。
6. 行程の一部は交渉可能。
7. 旅行終了後、全員の東京帰還を認める。
——猫目主人
会議室に、初めて本当の意味での死のような静けさが訪れた。
誰もがすぐに理解した。
喵佐は今、極めて恐ろしいことをしている。
自分を「秩序の提供者」として包装し始めている。
しかもその条件は、極めて的確に東京の弱点を突いていた。
互助会。
一般住民。
学生。
医療者。
記録者。
そして特に「互助会メンバーに対して積極的な逮捕を行わない」という一文。
これは東京の最も脆い部分を、ほとんど直接的に抉っていた。
互助会には、故郷に何年も帰れていない者が大勢いた。
親の生死すら分からない者もいる。
小野寺がまたしても最初に声を上げた。
「頭おかしいのか!?」
「一体何を企んでいるんだ!?」
誰も答えなかった。
答えはあまりにも明白だった。
喵佐は「人を捕まえたい」のではない。
東京の人々に、
「猫目支配区は燃え盛る廃墟などではない」
ということを、
実際に自分の目で見せたいのだ。
久我山が低く言った。
「これは陽謀だ。」
遠坂綾乃が冷たく補った。
「しかも、かなり上手い。」
そうだ。
あまりにも上手い。
もし猫目が白川一音一人だけを招待したなら、
それは簡単に「罠」と見なすことができた。
しかし今、猫目はこう言っている。
「自分たちで来て、見ればいい。」
互助会も、一般住民も、記録者も。
これはどんな宣伝動画よりも危険だった。
さらに恐ろしいことに、
東京上層部はすぐに気づいた。
——猫目が本当に約束を破るかどうかを、
現時点で証明できない。
喵佐は今まで、
東京や京都を圧迫し続けてはいたが、
「自分で決めたルールを守らない」ことはほとんどなかった。
辱める。
操る。
脅す。
弄ぶ。
しかし、自分で立てたルールを直接破ることは、
ほとんどしていなかった。
この「ルール感」こそが、
今、喵佐をより危険な存在にしている。
会議は三日連続で行われた。
東京は初めて本気で議論した。
もし本当に行くなら、誰を連れて行くか。
名簿は即座に爆発的な問題になった。
互助会は行きたい者で溢れていた。
北海道の者は北海道の港を見たい。
仙台の者は旧市街を見たい。
大阪から逃げてきた商人は、家族の倉庫を確認したい。
親を見たい。
学校を見たい。
墓地が残っているかを確認したい。
ただ「故郷が今どうなっているのかを見たい」だけの人もいた。
しかし定員は百名。
しかも東京側は「自分たちだけで固める」ことは、
絶対にできなかった。
そうすると、
「心の底から不安で仕方がない」と宣伝されてしまうからだ。
名簿は極めて複雑に調整された。
第一類。
護衛。
特調室の術師、残存大勢力の術師、
一部の現代武装。
ただし多すぎると「敵対的な武装」と見なされるため、
上限を三十名とした。
第二類。
記録者。
撮影・録画・文字記録。
水道・電力システムの観察。
食糧システムの観察。
猫目地方行政構造の観察。
東京は必ず情報を持ち帰る必要があった。
第三類。
互助会メンバー。
この部分が最も議論を呼んだ。
結局、東京は「長期間故郷に戻れず、かつ地方の重要地域に関わる者」を優先すると決めた。
この表現は冷たく聞こえたが、
定員が少なすぎる以上、仕方がなかった。
第四類。
一般学生。
この決定が出た瞬間、会議室はほぼ爆発しかけた。
「なぜ学生を連れて行く!?」
遠坂綾乃が冷たく言った。
「猫目は今、若者を狙っている。」
「東京は若者に、実際に自分の目で見せなければならない。」
「そうしなければ、学生たちはこれからずっと猫目の宣伝だけで地方を理解することになる。」
誰も反論できなかった。
確かにその通りだった。
第五類。
後方支援と医療。
猫目支配区で何が起きるか、
誰も保証できなかったからだ。
最も奇妙だったのは、
猫目が本当に準備を始めていることだった。
北海道の一部地域で列車の運行が再開された。
沿線の補給所が再び灯りをともした。
地方の道路が整備された。
一部の旧旅館が営業を再開した。
東京の情報部門がこれらの報告を見たとき、
全員の顔色が悪くなった。
猫目は「誘拐」の準備をしているようには見えなかった。
むしろ本気で「接待」の準備をしているように見えた。
そしてこのことの最も恐ろしい点は、
もし喵佐が純粋に邪悪だったなら、
すべてがずっと単純だったということだった。
しかし今、喵佐はこうしている。
秩序。
接待。
観光。
回復。
管理。
そして——
「人が普通に生きられる状態」を作り出している。
東京の多くの一般住民が、
初めて本気で混乱し始めた。
「猫目とは一体何なんだ?」
「なぜ地方がこんなに回復しているんだ?」
「東京がどんどん閉ざされていくのはなぜだ?」
「もし猫目が本当に秩序を維持できるなら……?」
これらの疑問が次々と現れ始めた。
東京の宣伝部門は対応に追われた。
なぜなら最も対処しにくいのは、
「完全な嘘」ではなく、
「一部が本当である」ということだったからだ。
A大学の中でも、危険な雰囲気が生まれ始めていた。
こっそりとこう言う者が現れた。
「もし旅行から戻ってきた人が、地方の方が本当に東京より良いと言ったらどうする?」
誰も答えられなかった。
なぜなら、それはあり得ることだったからだ。
東京は今、水も電気も食糧も逼迫し、
撤離準備を進め、学校は授業を縮小し、
夜はどんどん暗くなっている。
一方で猫目支配区は、
猫目勢力の統治下で、
一部の地域が「表面的には普通」に回復しつつあった。
この対比は、極めて危険だった。
互助会内部の感情は、さらに複雑だった。
多くの者が、初めて本気で期待し始めた。
猫目が好きだからではない。
ただ、
故郷に何年も帰れていないからだった。
ある北海道出身の老人は、
こっそりと古い写真を整理し始めた。
彼は言った。
「もし本当に帰って見られるなら……」
そして途中で言葉を切った。
自分でも、その期待が東京に対する裏切りのように感じたからだ。
東京内部で最も恐れていたことが、
ついに現れ始めた。
誰かが、
小さな声で猫目に感謝するようになった。
たとえそれが極めて小さな声であっても、
たとえ「せめて故郷に帰って一目見られるかもしれない」という理由であっても、
その言葉自体がすでに危険だった。
私がこの事態を初めて本気で実感したのは、
互助会の中でだった。
仙台出身の女性が、小さな声で聞いた。
「白川さん。」
「ん?」
「もし本当に帰れるなら……連れて行ってくれますか?」
彼女の目は真っ赤だった。
興奮ではなく、
希望が潰えることを恐れているような目だった。
私は口を開いたが、
どう答えればいいのか分からなかった。
なぜなら、
私自身も、
北海道が今どうなっているのか、
仙台が今どうなっているのか、
本当に知りたくなっていたからだ。
ソレンセンはこの状況に、
非常に不満そうだった。
「貴様らは本当に、あの化け物の招待を期待し始めたのか。」
「誰も期待なんかしていない。」
「貴様は自分を騙している。」
黒海が激しく翻弄された。
「貴様らはただ、あまりにも長い間、外の世界を見ていないだけだ。」
私は沈黙した。
なぜなら、それが正しかったからだ。
東京は今、どんどん閉ざされた島のようになっていた。
そして喵佐は今、
自らの手でその島に、
わずかだが扉の隙間を開けている。
たとえその向こうが罠であっても、
人はどうしても外を見てしまう。
第六日目。
猫目はついに「推薦観光地」まで送ってきた。
東京の会議室は、
ほぼ爆笑しかけた。
北海道の海辺市場。
仙台の旧商業街。
大阪回復区の夜市。
東北の穀倉。
一部の再開した学校。
そして最後に、
「互助会メンバーは旧居探しを歓迎する。」
これはもう心理戦の領域を超えていた。
まるで大規模な社会実験のようだった。
そして東京上層部が本当に背筋を凍らせたのは、
猫目が「記録を禁止していない」ことだった。
むしろ奨励していた。
撮影を許可し、
インタビューを許可し、
記録を許可していた。
なぜなら喵佐は、
自分の「統治成果」に、
絶対的な自信を持っているからだった。
遠坂綾乃が深夜の会議で低く言った。
「それは私たちを『地方を見学させる』ためではない。」
「東京に向かってこう言っているのだ。」
「どちらが未来に近いのか。」
誰も言葉を発せなかった。
なぜなら、
全員が理解していたからだ。
これは現在、最も危険な戦争だった。
術式の戦争でも、
水や電気の戦争でも、
食糧の戦争でもない。
「人々が、どちらを『生き残れる場所』だと感じるか」の戦争だった。
私は連日、名簿の申請を受け取り続けていた。
互助会メンバー。
学生。
教師。
写真部。
医師。
さらには、あるコンビニの店主までが申請してきた。
理由は極めてシンプルだった。
「地方のコンビニがまだ営業しているかどうかを見てみたい。」
私はその申請書を、
長い時間見つめていた。
それはあまりにも現実的で、
あまりにも馬鹿げていた。
戦争がここまで来ると、
人はついに確認したくなる。
「コンビニの明かりは、まだ点いているか。」
東京の夜風はますます冷たくなった。
港区の灯りは相変わらず低く光っていた。
撤離計画の書類は、まだ増え続けていた。
一方で猫目は、
旅館と列車と道と接待要員を準備していた。
まるで本当の旅行を開催するかのように。
しかし全員が知っていた。
これは旅行ではない。
これは喵佐が自らの手で作った、
巨大な舞台だった。
「東京に、日本が今どうなっているのかを、
自分の目で見せつけるための舞台」。
そして最も恐ろしいのは、
今この瞬間まで、
誰もがまだ確信を持てずにいることだった。
——本当に、行くべきなのか。