俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ 作:arctichare
第122章 十四日間、九十二人、そして猫目が設計した「日本」
最終的に確定した旅行期間は、
十四日間。
長くはない。
けれど、多くの人の考えを変えるには十分な長さだった。
東京は当初、七日間を要求していた。
理由は安全のため。
猫目は拒否した。
その理由は、
「七日間では、地方全体を見ることができない」
双方による最初の正式交渉は、意外にも「旅行期間」をめぐるものになった。
最終的には、十四日間に決まった。
理由は単純だった。
ニャーサは、東京の人々を本当の意味で「浸らせよう」としている。
表面だけを駆け足で見せるのではない。
地方の食事を口にする。
地方の交通機関に乗る。
地方の夜の明かりを見る。
営業を再開した店を見る。
地方の学校を見る。
穀物倉庫を見る。
港を見る。
人々がどのように生きているのかを見る。
ニャーサは、東京の人々自身の目に焼きつけようとしていた。
猫目の支配下にある日本は、ただの廃墟ではない。
最終的に、この経路には、
「地方復興状況合同視察ルート」
という名称がつけられた。
東京内部では、密かにこう呼ばれていた。
「十四日間列島視察団」
互助会の人々は、さらに直接的だった。
彼らは、
「帰郷訪問団」
と呼んだ。
経路図が初めて完全な形で広げられたとき、会議室にいた多くの人が息を止めた。
ニャーサによる設計が、あまりにも巧妙だったからだ。
適当に訪問先を選んだわけではない。
東京へ意図的に、
さまざまな種類の「復興」
を見せようとしている。
第1日:東京出発、群馬中継地域へ
東京の視察団は、東側防線から外へ出る。
自家用車の使用は禁止。
猫目が用意する「白線列車」で移動する。
列車に乗るのは、視察団九十二人だけ。
東京側は、制限付きで武器の携帯を認められる。
ただし、重火器は禁止。
最初の目的地は北海道ではない。
群馬だった。
理由は明白だ。
まず東京の人々を、
「東京を離れたあとの日本」
に慣れさせるため。
群馬中継地域は、猫目が重点的に復旧させた物流拠点だった。
倉庫。
冷蔵輸送。
予備発電所。
食糧の仕分けと配送。
そのすべてが、ここにある。
東京は初めて、本当の意味で目にすることになる。
猫目が、どのように地方の物流を再稼働させたのかを。
第2日:群馬から新潟港へ
海上輸送復旧地域を視察する。
主な対象は、
食糧港。
水産業の冷蔵輸送。
地方のエネルギー輸送。
港湾住民の生活復旧地域。
そして、
再稼働した地方コンビニの供給網。
東京を最も驚かせたのは、猫目が視察団に対し、一部の港湾地区にあるスーパーマーケットへの自由な出入りさえ許可したことだった。
演出はない。
人払いもされていない。
ただ、普通に営業している。
わざと用意されたものよりも、はるかに恐ろしかった。
本当に「復旧した」ように見えるからだ。
第3~4日:北海道南部復旧地域
最初の重要な区間。
函館外縁部。
一部の港湾地区。
旧鉄道路線。
復旧した市場。
互助会のメンバーは、初めて本当の意味で故郷へ戻ることになる。
猫目は、限られた範囲において、
「旧居を探すこと」
を認めた。
この一文だけで、多くの北海道出身者が感情を抑えきれなくなった。
東京側が最も警戒しているのも、この場所だった。
感情面の危険性が最も高いからだ。
残ることを望む者が出るかもしれない。
心が壊れる者が出るかもしれない。
東京に対する疑念を抱き始める者が出るかもしれない。
それでも、ニャーサは北海道を旅程の序盤へ配置した。
わかっているのだ。
最初の人々が揺らぎ始めれば、
その後に続く十四日間すべてが変わる。
第5日:札幌外縁農業復旧地帯
重点的に公開されるのは、
穀物倉庫。
温室農業。
地下備蓄施設。
猫目が再編した地方食糧システム。
東京側は初めて、
猫目支配地域における大規模農業の集中配分能力
を見ることになる。
さらに、ここでは、
「地方住民との限定的な交流」
も予定されていた。
本当に危険なのは、そこだった。
東京の人々は初めて、直接耳にすることになる。
「普通の地方住民は東京をどう見ているのか」
第6日:仙台旧市街および沿岸復旧線
東北復興の象徴。
営業を再開した映画館。
再開された学校。
海辺の市場。
復旧した港。
猫目は、夜間開放地域まで用意していた。
東京の人々に初めて、
「地方の夜の暮らし」
を見せるためだ。
今の東京は、夜になるとますます暗くなっている。
この対比は、意図的なものだった。
第7日:福島エネルギー管理地域外縁部
この場所は、極めて敏感だった。
東京は当初、訪問を拒否した。
けれど、猫目は譲らなかった。
最終的に双方は妥協した。
外縁部からの視察に限る。
核心部へ入ることは禁止。
ここで重点的に公開されるのは、
地方のエネルギー配分。
蓄電システム。
地域電力供給の復旧状況。
東京は、初めて目にすることになる。
猫目が、なぜ東京に対して水と電力を利用した攻撃を仕掛けられるのか。
地方ではすでに、新しいエネルギー配分システムが構築されているからだ。
第8日:名古屋工業復旧地域
ここで見せられるのは、故郷への感情ではない。
工業だった。
自動車部品。
加工工場。
物流管理。
港湾倉庫。
猫目は意図的に東京へ見せようとしている。
「地方の生産能力は回復しつつある一方、東京は純粋な消費都市へ近づいている」
この場所は、東京側へ強い衝撃を与える。
特に、技術者たちに。
第9日:京都外縁接触地域
ここは極めて危険だった。
京都はまだ陥落していない。
そのため、視察団が京都へ入ることはない。
猫目支配地域と京都防線の境界付近で活動する。
東京側は初めて目にすることになる。
猫目と京都の間に存在する、本当の「国境」を。
検問線。
水源をめぐる争い。
夜間の対峙。
そして、
猫目支配地域の住民が、京都をどう見ているのか。
第10~11日:大阪支配核心地域
本当の意味での「猫目式モデル都市」。
同時に、十四日間の旅程で最も危険な区間でもある。
大阪はニャーサによって、
高度に安定した管理型都市
へと作り変えられていた。
電力供給は安定。
食糧供給も安定。
夜間商業も復旧。
交通も復旧。
一部の娯楽施設さえ再開している。
ここは、東京の人々の心を直接打ち砕く可能性がある。
東京の人々は、もう長いあいだ見ていないからだ。
「街全体に明かりがともった大都市」
ニャーサは、それを見せようとしている。
東京側は、
大阪へ残りたいと思うほど心を揺さぶられる者が出るのではないか
とさえ懸念していた。
第12日:瀬戸内海物流線
視察対象は、
地方海運。
小規模港湾の復旧。
地域間食糧輸送。
猫目の海上供給システム。
東京側は初めて気づくことになる。
猫目は、もう単なる術師組織ではない。
日本全体の物資循環を再編しようとしている。
第13日:九州外縁復旧地域
最後の「感情緩衝区間」。
温泉。
復旧した農業。
地方の学校。
普通の住民生活。
猫目は、意図的にこの場所を最も「平和な時代らしく」設計していた。
旅行の最終段階で、東京の人々に、
「地方はもう正常な状態へ戻っている」
と思わせるためだ。
第14日:東京帰還
最も恐ろしい一日。
本当の衝撃は、旅行中にあるのではない。
東京へ戻ってから始まる。
東京は再び暗く見える。
再び電力制限がある。
再び節水がある。
再び菜園箱がある。
再び冷蔵輸送の不安がある。
その一方で、視察団の頭には、地方の明かりが残り続ける。
それこそが、ニャーサの本当の攻撃だった。
経路図が公開されたあと、東京内部は完全に沈黙した。
誰もが理解したからだ。
これは旅行ではない。
緻密に設計された、
「東京の価値観に対する衝撃実験」
だった。
遠坂綾乃は経路図を見つめ、低い声で言った。
「それは、展開のリズムまで理解している」
誰も反論しなかった。
この十四日間の構成が、明らかに心理学的な設計だったからだ。
最初に物流。
次に故郷。
その次に食糧。
夜の明かり。
エネルギー。
工業。
完全に復旧した都市。
そして最後に、再び東京へ帰らせる。
そうやって、一段ずつ弱めていく。
「東京は今も未来を象徴している」
という信念を。
さらに背筋が寒くなったのは、
猫目が休息時間まで設計していたことだった。
第7日の夜。
視察団には、三時間の自由行動が許可される。
場所は、
仙台復旧商業地域。
その項目を見た東京上層部は、全身が冷えるような感覚を覚えた。
自由行動とは、
東京の人々が、本当に「旅行客」として猫目の都市を歩くことを意味している。
護送される者としてではない。
梨央は、完全な経路図を見て呆然としていた。
北海道。
仙台。
大阪。
どれも以前は、修学旅行の計画表でしか見たことがなかった場所だった。
それが今、
黒弦に同行し、「視察団」の一員として入ることになる。
写真部の顧問が彼女に言ったのは、一言だけだった。
「本当の姿を撮って帰ってきなさい」
互助会のメンバーは、完全に眠れなくなった。
古い地図を取り出す人がいた。
昔の住所を調べる人がいた。
古い鍵を、こっそり荷物へ入れる人もいた。
その鍵では、もう開けられない扉が多いとわかっていても。
私が本当の寒気を覚えたのは、経路図全体を見終えたあとだった。
ようやく気づいたからだ。
ニャーサは、東京に地方を見せようとしているのではない。
東京のために、自ら新しい、
「普通の生活」
を定義しようとしている。
黒海の中で、ソレンセンが低い声で言った。
「あれは……本当に危険だ」
「強いから?」
「人間を理解しているからだ」
黒海がゆっくりと波打った。
「多くの強者は、破壊することしかできない」
「だが、あれがしていることは違う」
私は低い声で尋ねた。
「何をしているの?」
ソレンセンは、長いあいだ沈黙した。
やがて、低く答えた。
「人間自身に、あれへ近づくことを選ばせている」
出発の日、東京では雨が降っていた。
大雨ではない。
細く冷たい雨だった。
まるで、最近の東京を覆い続けている感情のようだった。
集合場所は東京駅ではない。
空港でもない。
東側防線内にある、長いあいだ使用されていなかった貨物駅だった。
東京は、本当の出発地点を意図的に公開しなかった。
視察団のメンバーさえ、複数の時間と経路に分かれて到着した。
冷蔵輸送車に乗ってきた者。
三度も車を乗り換えた者。
地下の保守用通路を通ってきた者。
午前二時になって初めて集合場所を知らされた者。
東京は今も恐れていた。
ニャーサが、突然約束を破るかもしれないからだ。
私が到着したとき、ホームにはすでに多くの人が立っていた。
最も目立っていたのは、互助会の人々だった。
彼らは「視察員」には見えない。
故郷へ帰る準備をしてきた人々のようだった。
正装している人がいる。
古い写真を持っている人がいる。
贈り物まで提げている人がいる。
まるで本当に、家族や知人を訪ねようとしているようだった。
その空気は、泣き声よりもつらかった。
北海道から来た老人は、古い背広を着ていた。
仙台出身の女性は、小さな鞄をずっと胸に抱えていた。
中には、息子が幼かったころの写真が入っている。
住所を何度も確認している人がいた。
何度も時間を確認する人がいた。
一言も話さず、
ただ線路を見つめている人もいた。
東京の護衛隊は、まったく反対だった。
全員が緊張していた。
術式走査。
狙撃監視。
電磁検査。
通信妨害。
予備撤離経路。
駅の屋根さえ、事前に三回検査されていた。
東京は、猫目をまったく信用していない。
遠坂綾乃は、最後にもう一度、私を脇へ呼んだ。
「忘れないで」
「うん」
「単独行動はしないこと」
「臨時の予定変更を信用しないこと」
「計画にない地域へ入らないこと」
「猫目と二人きりになる時間を、五分以上作らないこと」
「それから」
彼女は一度、言葉を止めた。
「状況がおかしいと思ったら」
「あなたは、最優先で撤退して」
私は彼女を見た。
「ほかの人は?」
遠坂は黙った。
その数秒間で、私は理解した。
東京の最終計画において、
私は今も最優先対象なのだ。
たとえ今回は、九十二人が同行していても。
午前五時十七分。
「白線列車」が駅へ入ってきた。
車両番号はない。
一般的な識別表示もない。
列車全体が銀白色だった。
窓には暗い色がついていた。
車体のどこにも、猫目の徽章はなかった。
それがかえって不安を強くした。
あまりにも普通の列車に見えたからだ。
全員を本当に静かにさせたのは、列車の扉が開いたあとだった。
出迎えに現れたのは、術師ではない。
係員だった。
制服は整っている。
態度も礼儀正しい。
中には、頭を下げる者さえいた。
「皆様、ようこそお越しくださいました」
その瞬間、東京から来た多くの人の表情が固まった。
彼らは「敵」と対面するつもりでいた。
けれど、猫目が最初に見せた外側の形は、
サービスだった。
北海道出身の老人が、低い声で言った。
「昔乗った観光列車よりも、観光旅行らしいな」
誰も答えなかった。
あまりにも恐ろしい言葉だったからだ。
列車内には、
温かい飲み物。
毛布。
経路案内。
医療設備。
地方復興資料集まで用意されていた。
資料集の最初のページには、
『地方復興視察参考資料』
と書かれていた。
大学の研修旅行のようだった。
敵の占領地域へ入るようには見えなかった。
梨央は窓側の座席に座り、ずっと手を震わせていた。
カメラを抱え、
何度も深呼吸していた。
写真部の顧問から言われた最後の言葉が、今も頭に残っている。
「本当の姿を撮って帰ってきなさい」
けれど、今の彼女には「本当」とは何なのかさえわからなかった。
列車が東京を離れると、多くの人が無意識に窓の外を見た。
東京は暗かった。
高層ビルの明かりは、ところどころ消えている。
遠くの港区では、低出力の照明がついていた。
屋上の菜園箱を覆うビニールが、雨に打たれて小さな音を立てていた。
給水車が街角に止まっている。
数人の住民が、その前に並んでいた。
そして、
東京がゆっくりと後ろへ遠ざかっていく。
誰も話さなかった。
この数年間で初めて東京防線の外へ出る者が、何人もいたからだ。
本当に息苦しくなったのは、東京から遠ざかるにつれて、
明かりが増え始めたことだった。
最初は、まばらだった。
やがて、広い範囲に広がっていった。
街灯。
倉庫の照明。
高速道路の照明。
コンビニさえあった。
東京から来た多くの人の表情が変わり始めた。
彼らはもう長いあいだ、
「普通に明るい場所」
を見ていなかった。
午前九時。
列車は群馬物流復旧地域へ入った。
最初の目的地。
群馬は観光地ではない。
猫目が再編した「内陸物流拠点」だった。
巨大な倉庫。
貨物の振り分け線路。
冷蔵輸送車。
予備発電所。
食糧配送地域。
自動仕分けシステムまである。
東京の技術者たちは、列車を降りた瞬間に表情を変えた。
一目でわかったからだ。
ここは本当に稼働している。
撮影用の演出ではない。
最も恐ろしいのは、その効率だった。
今の東京では、多くの物流経路で人員を大量投入し、どうにか穴を埋め続けている。
それに対し、群馬復旧地域の物流網は、再び高度に標準化され始めていた。
猫目側の案内係が、笑顔で説明した。
「現在、この拠点は北関東における基礎物資輸送の約二十三パーセントを担っています」
東京側は、すぐに記録を始めた。
けれど、記録すればするほど、口数が減っていった。
猫目が、本当に地方の物流網を再建していることを意味していたからだ。
昼。
視察団は、職員食堂へ案内された。
東京から来た多くの人は、再び固まった。
食堂が普通に営業していたからだ。
温かいご飯。
温かい汁物。
肉。
野菜。
果物まである。
豪華ではない。
けれど、安定していた。
今の東京では、学校の食堂や政府機関でさえ、肉類の供給を減らし始めている。
北海道出身の老人がトレーを見つめ、不意に低い声で言った。
「東京では、もう長いことバナナが配られていない」
誰も話さなかった。
あまりにも現実的な一言だった。
私が初めて本当の危険を感じたのは、術式を目にしたときではない。
そこにある「普通らしさ」を感じたときだった。
今の猫目支配地域で、最も危険なものは怪物ではない。
普通の社会に見えすぎることだった。
午後。
視察団は冷蔵輸送センターへ入った。
東京の物流関係者が、本格的に質問を始めた。
「予備電源への切り替え時間は?」
「冷蔵倉庫の温度管理は、どのように維持している?」
「燃料の供給元は?」
猫目側は、実際に一つずつ答えた。
一部の内部データまで公開した。
東京の技術者たちは、説明を聞けば聞くほど沈黙していった。
多くの面で、このシステムは今の東京よりも安定していたからだ。
夜。
視察団は、群馬復旧地域の宿泊施設へ入った。
東京側は、集団で監視されると思っていた。
けれど、用意されていたのは、
一人部屋。
温水。
安定した電力。
インターネットまで利用できた。
通信先には制限がかかっていた。
それでも、実際に使うことができた。
梨央が最初にしたことは、窓を開けることだった。
彼女は後に、日記へこう書いた。
「東京の外では、夜がまだこんなに明るいのだと、初めて知った」
私も宿泊施設の窓辺に立ち、あることに気づいた。
東京を出てから、
猫目は一度も、意図的に私たちを脅していない。
侮辱もない。
武力の誇示もない。
ただ、繰り返し私たちに見せている。
「地方は復興しつつある」
その事実だけを。
直接脅されるよりも、はるかに恐ろしかった。
午後十一時。
私は初めて、ニャーサから個人的なメッセージを受け取った。
一文だけだった。
東京が、もう君から遠くなり始めたように感じないかい?
私はその文字を見つめた。
長いあいだ、返事をしなかった。
翌朝。
東京から来た多くの人は、「静けさ」に起こされた。
ここは、あまりにも静かだったからだ。
東京の夜に鳴る警報がない。
給水車の放送もない。
節電を知らせる音声もない。
遠くの港区から、時折伝わってくる術式の振動もない。
空気さえ、東京のように張り詰めてはいなかった。
朝食は、普通のビュッフェだった。
ご飯。
魚。
味噌汁。
卵。
果物。
東京の学生たちは料理を取る場所に立ち、明らかに口数を失っていた。
東京の学校では最近、卵の提供まで減らし始めている。
それなのに、ここでは安定して出されている。
A大学の男子学生が、低い声で言った。
「ここ、本当に敵の占領地域なのか……」
誰も答えなかった。
全員が、同じことを考えていたからだ。
午前。
視察団は新潟港へ向かった。
道中、東京の人々は初めて、本当の意味で目にした。
地方道路の復旧を。
平和だったころと完全に同じではない。
各地には今も検問所がある。
猫目術師が巡回している。
道路監視も行われている。
立ち入り禁止地域もある。
それでも、
道路は本当に使われていた。
貨物車が走っている。
小さな店が営業している。
ガソリンスタンドには明かりがついている。
道端で朝食を買う人までいた。
東京の人々を最も沈黙させたのは、子どもたちだった。
群馬から新潟へ向かう途中、
視察団は一つの小学校の前を通った。
運動場では、本当に子どもたちが体育の授業を受けていた。
視察団に見せるための演出ではない。
その子どもたちは、視察団をほとんど見てさえいなかった。
ただ、普通に走っていた。
梨央はカメラを構えた。
けれど、いつまでもシャッターを押せなかった。
突然、気づいてしまったからだ。
今では、東京の学生生活のほうが「戦時下」に近い。
新潟港は、東京の物流関係者の心を本当に打ち砕いた。
港は、実際に復旧していた。
冷蔵輸送。
漁船。
自動荷役設備。
港湾地区のコンビニ。
貨物コンテナの管理番号。
地域エネルギーの配分。
東京の人々は、こうした設備をよく知っている。
だから一目見れば判別できる。
どこまでが偽物で、
どこからが本物なのか。
そして、最も絶望的なのは、
ここにある多くのものが本物だったことだ。
猫目は誇張していない。
ただ、人々自身に見せているだけだった。
港湾技術者の一人が地面へしゃがみ込み、電力ケーブルの接続部を見つめた。
そして突然、小さな声で悪態をついた。
隣にいた人が尋ねた。
「どうした?」
彼は苦笑した。
「東京よりも、ここのほうが整備されている」
空気が一瞬で静まり返った。
本当の打撃になったのは、コンビニだった。
新潟港のそばにあるコンビニは、普通に営業していた。
おにぎり。
温かい飲み物。
弁当。
冷蔵ケース。
すべてに、普通に明かりがついている。
東京から来た学生たちは店へ入ると、全員が固まった。
今の東京にある多くのコンビニでは、
営業時間を限定した電力供給。
一部冷蔵設備の停止。
食品の購入制限。
それが当たり前になり始めている。
梨央は後に、一枚の写真を撮った。
写真には、
コンビニの冷蔵ケースの前に立ち尽くす、東京から来た視察団のメンバーたちが写っていた。
彼女は、その写真に題名をつけた。
『通常営業』
夜。
視察団は新潟港の近くに宿泊した。
港の夜景は明るかった。
海風は冷たい。
けれど、東京から来た多くの人は、初めて本当の意味で恐怖を感じ始めていた。
気づいてしまったからだ。
猫目は、破壊することしかできないわけではない。
本当に「運営」している。
そして、運営する能力を持つ敵は、
単純な怪物よりも恐ろしい。
夜。
北海道出身の老人が、突然私を訪ねてきた。
その声は震えていた。
「明日には……北海道へ着くんですね」
私はうなずいた。
彼は低い声で言った。
「少し、怖いんです」
「何が怖いんですか?」
「港が、まだ残っていることが」
私は固まった。
老人は窓の外にある海を見た。
「何もかも壊れていたなら、憎むのは簡単です」
「でも、もしまだ残っていたら……」
彼は最後まで言わなかった。
けれど、私にはわかった。
もし故郷に、今も明かりがともっていたら、
東京が抵抗を続ける意味は、複雑になり始める。