俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ 作:arctichare
第125章 大阪最上階、後継者、そして東京を襲った最後の寒気
空気は、三秒間にわたって完全に静止した。
長いテーブルの両側で、すぐに口を開く者は一人もいなかった。
猫目勢力の上層部でさえ、ニャーサが直接口にするとは思っていなかったらしい。
大阪中央塔の最上階は、明るい照明に照らされていた。
床から天井まで届く窓の向こうでは、
大阪全体が、本当の平和な時代の都市のように輝いていた。
高架道路。
大型広告画面。
夜間列車。
商店街。
遠くの港湾地区では、明かりが一面につながっている。
けれど、広間の中だけは凍りついたようだった。
私は長いテーブルの端に立っていた。
自分の呼吸音さえ聞こえた。
最初に反応したのは、右側の前方に座っていた東北復興責任者だった。
四十歳ほどの、黒灰色のスーツを着た男性。
彼はすぐに頭を下げた。
「それが、あなたのご決定であれば」
恐ろしいほど穏やかな口調だった。
まるで、この規模の命令を受けるのが初めてではないかのように。
続いて、
港湾責任者。
エネルギー責任者。
食糧責任者。
一人、また一人と頭を下げた。
誰も異議を唱えない。
驚いて立ち上がる者もいない。
ほんの短い停滞のあと、すぐに秩序が回復した。
その瞬間、私は本当の意味で理解した。
猫目内部におけるニャーサの権力は、すでに絶対的なものになっている。
私を最も冷えさせたのは、
多くの人々が私へ向ける視線だった。
敵意ではない。
警戒でもない。
評価。
まるで、
「将来、猫目を引き継ぐかもしれない人物」
を見定めているかのようだった。
私は初めて、本当の意味で荒唐無稽だと感じた。
東京は今も、どうやって私を日本から脱出させるかを必死に研究している。
一方、ニャーサは大阪の最上階で、猫目の上層部全員へ告げた。
私が将来、猫目の後継者になるかもしれない、と。
その二つの事実が、同時に存在している。
互いを引き裂く、二つの現実のようだった。
長いテーブルの上座では、
ニャーサが尻尾を軽く揺らしていた。
今日のそれは、術師にさえ見えなかった。
巨大組織を統治する、若い支配者のようだった。
「そんなに緊張しなくてもいいよ」
声は軽かった。
「少し早めに顔を合わせておくだけだから」
誰も返事をしようとはしなかった。
代理人は隣に立ち、頭を下げたまま紹介を続けた。
「北海道復旧地域責任者」
「東北物流総責任者」
「エネルギー統括部長」
「地方教育復旧責任者」
「関西食糧配分総責任者」
一人紹介されるたびに、
相手はわずかに頭を下げた。
私に対してではない。
ニャーサに対して。
説明を聞けば聞くほど、私は驚きを強めていった。
猫目は、もう単なる「勢力」ではない。
国家のようになり始めている。
教育。
食糧。
エネルギー。
物流。
港湾。
工業。
金融。
情報。
地方復興。
住民管理。
猫目は、日本の地方を一つの完全なシステムとして再編していた。
東京は今も、猫目を「巨大な敵対術師組織」として捉えている。
けれど今、
私は初めて本当の意味で気づいた。
東京の認識は、もう遅れているのかもしれない。
今の猫目は、
形成されつつある新しい秩序
に近かった。
そしてニャーサは、明らかに私へそれを理解させようとしている。
晩餐会が正式に始まると、
料理が次々と運ばれてきた。
北海道の海産物。
関西料理。
九州産の牛肉。
東京ではもう長いあいだ安定供給されていない、新鮮な果物まであった。
東京の視察団メンバーがこの場にいれば、息ができなくなっていたかもしれない。
この食卓が象徴しているのは、単なる贅沢ではない。
資源を支配する力。
ニャーサが突然口を開いた。
「東京では今、果物が少ないんだろう?」
私は答えなかった。
けれど、ニャーサはすでに答えを知っているようだった。
「バナナの供給が縮小している」
「冷蔵輸送の負担も増えている」
「学校給食の割り当ても減っている」
ニャーサは私を見た。
「最近の東京は、大変そうだね」
私は初めて、本当の寒気を覚えた。
ニャーサは東京について、あまりにも詳しく知っている。
東京自身よりも理解しているのかもしれない。
「いったい、何がしたいの?」
私はようやく尋ねた。
広間は、さらに静かになった。
ニャーサは軽く笑った。
「日本を生かし続ける」
その言葉を聞いても、
長いテーブルの両側にいる多くの人々は、まったく表情を変えなかった。
すでに、その論理を受け入れているからだ。
私はニャーサを見つめた。
「支配して?」
「秩序によって、だよ」
ニャーサは訂正した。
「今の東京が抱えている問題は、正義じゃない」
「問題は」
「だんだん、人が生きていける場所ではなくなっていることだ」
広間では、誰も動かなかった。
ニャーサが口にしているのは、今、最も危険な話題だったからだ。
声を強めることさえしなかった。
ただ、穏やかに並べていく。
「水」
「電力」
「食糧」
「撤離計画」
「海外移住」
「東京はもう、自分たちが守りきれないことを前提にし始めている」
私は突然気づいた。
ニャーサは、東京内部に広がる感情まで知っている。
「でも、地方は違う」
ニャーサは続けた。
「地方では食糧を生産できる」
「学校も再開できる」
「港も動かせる」
「子どもたちに、もう一度雪祭りを開いてあげられる」
「人々を普通に働かせることもできる」
ニャーサは椅子の背へ軽く身体を預けた。
「だから、ますます多くの人が思い始めている」
「普通ではないのは、東京のほうなんじゃないかって」
私は拳を握りしめた。
黒海の奥では、
ソレンセンが異様なほど静かだった。
私の背筋を本当に冷たくしたのは、長いテーブルの両側に座る責任者たちの表情だった。
熱狂しているわけではない。
狂っているわけでもない。
ただ、
納得していた。
彼らは本当に、地方で秩序を回復させている。
だから次第に信じ始めている。
未来を代表しているのは、ニャーサのほうだと。
晩餐会の中盤。
ニャーサが突然、片方の前足を上げた。
広間の後方にある画面へ明かりがついた。
映し出されたのは、
日本全土の地図だった。
東京と京都を除き、
ほかの地域はすでに猫目勢力を示す濃い金色で塗られていた。
物流網。
エネルギー網。
港。
穀物倉庫。
工業地域。
農業地域。
すべてが再び接続されている。
ニャーサは東京を指した。
「ここ」
「今の日本で、最も脆弱な場所だ」
誰も反論しなかった。
現実だったからだ。
「でも、最も価値がある場所でもある」
ニャーサは続けた。
「人材」
「金融」
「大学」
「技術」
「文化」
「東京には、まだ多くのものが残っている」
それは私を見た。
「だから、僕はずっと東京を壊さなかった」
私は初めて、本当の意味で理解した。
ニャーサが東京へ向けているのは、単純な敵意ではない。
いずれ呑み込むべき核心地域。
そのように見ている。
そして次の言葉が、
再び広間全体を死のように静めた。
「白川一音」
ニャーサが軽くテーブルを叩いた。
「いつか僕が地球を離れることになれば」
「猫目には、新しい主人が必要になる」
それは私を見た。
「そして君は」
「海外へ逃げる準備を始めた東京の人間たちよりも、この国を統治するのに向いている」
空気が完全に凍りついた。
代理人が初めて、わずかに顔を上げた。
彼でさえ、ニャーサがここまで直接的に言うとは思っていなかったらしい。
私はニャーサを睨みつけた。
「狂ってるの?」
「いいや」
ニャーサは穏やかだった。
「僕はただ、東京より早く一つのことへ気づいただけだよ」
「何に?」
ニャーサの尻尾が、ゆっくりと揺れた。
「大多数の人が本当に必要としているのは、正義ではない」
「必要なのは」
「普通の生活を続けられることだ」
その言葉は、刃物のように広間へ突き刺さった。
この十日間、
視察団は自分たちの目で見てきた。
地方では、本当に「普通の生活」が戻り始めている。
その一方で、
東京はますます包囲された都市へ近づいている。
「私が承諾すると思ってるの?」
私の声は冷たくなった。
けれど、ニャーサは笑った。
「今は、承諾しないだろうね」
「でも、未来は?」
ニャーサは顔を上げ、大阪の夜景を見た。
「東京はますます暗くなる」
「地方はますます明るくなる」
「人間は、自分で選ぶよ」
その瞬間、
私はついに、本当の意味でニャーサの恐ろしさを理解した。
人々へ降伏を強要しているのではない。
降伏したあとのほうが、普通に暮らせる。
そう、人々自身に少しずつ思わせようとしている。
黒海の中で、ソレンセンがようやく口を開いた。
その声は、ひどく冷たかった。
「あれは……」
「自分の世界を作り上げようとしている」
私は初めて、その声から本物の警戒を感じた。
晩餐会の途中、
ニャーサは椅子の上に寝そべっていた姿勢から、突然立ち上がった。
広間にいるすべての責任者も、即座に立ち上がった。
驚くほど統制された動きだった。
ニャーサは、私の隣まで歩いてきた。
その背後には、大阪の夜景が広がっている。
まるで都市全体が、ニャーサの所有物であるかのようだった。
「東京は、これからもっと疲れていく」
ニャーサは低い声で言った。
「そして君も、いつか気づく」
「人間が最後に選ぶのは、多くの場合、理想ではない」
「選ぶのは」
「まだ生きていける場所だ」
私は答えなかった。
突然、気づいたからだ。
この十日間、
本当に攻撃されていたのは、東京の防線ではない。
東京が「未来を代表している」という事実そのものだった。