俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ   作:arctichare

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第127章 大阪最上階の深夜

第127章 大阪最上階の深夜

 

広間の空気は、鉛を流し込まれたように重かった。

 

黒い混沌は、今も床をゆっくりと広がっている。

 

照明がわずかに明滅した。

 

長いテーブルの両側にいる猫目上層部は、初めて本当の意味で感じていた。

 

「東京の黒弦」とは、いったい何なのか。

 

北海道責任者の額には、すでに冷たい汗が浮かんでいた。

 

混沌の力による圧迫感だけが理由ではない。

 

ソレンセンの力が漏れ出した瞬間、彼らは本能的に感じ取った。

 

あれは、この世界のものではない。

 

エネルギー統括責任者は、無意識に半歩後ずさっていた。

 

広間の中で、

 

ニャーサだけは、変わらず安定して立っていた。

 

足元へ広がる黒い混沌を眺め、

 

尻尾を軽く揺らした。

 

「ようやく、少し本気になってくれたね?」

 

私は答えなかった。

 

背後から黒い気流が、ゆっくりと立ち上っている。

 

霧のように。

 

海のように。

 

大阪の夜景が、巨大な窓へ映り込んでいた。

 

私は初めて、

 

自分とこの都市が、別々の世界に立っているように感じた。

 

代理人が、ようやく低い声で尋ねた。

 

「退室させますか」

 

「必要ない」

 

ニャーサは即座に遮った。

 

前足を軽く振る。

 

「続けよう」

 

広間にいる全員が、一瞬で動きを止めた。

 

そして、

 

ニャーサは再び椅子へ寝そべった。

 

この世界の術師なら、それだけで押し潰されかねない混沌の気配も、

 

ニャーサにとっては何でもないかのようだった。

 

「白川一音」

 

椅子に寝そべったまま、ニャーサが言った。

 

「今の君は」

 

「以前より、ずっといいよ」

 

私は眉をひそめた。

 

「どういう意味?」

 

「以前の君は、ずっと『守る』ことしかしていなかった」

 

「東京」

 

「互助会」

 

「供給線」

 

「学校」

 

「普通の人々」

 

「必死に穴を塞ぎ続ける人間みたいだった」

 

ニャーサが軽くテーブルを叩いた。

 

「でも、今は違う」

 

「ようやく『構造』について考え始めた」

 

広間にいる多くの責任者の表情が、わずかに変わった。

 

彼らも理解したからだ。

 

ニャーサは今、交渉しているのではない。

 

私を、

 

育てようとしている。

 

私は初めて、本当の嫌悪感を覚えた。

 

ニャーサは本気で、私を「後継者」として観察している。

 

「どうして私が、あなたのものを引き継ぐと思うの?」

 

私は冷たく尋ねた。

 

けれどニャーサは、すぐには答えなかった。

 

広間の反対側へ視線を向ける。

 

「君たちは、どう思う?」

 

広間全体が一瞬で固まった。

 

ニャーサが突然、猫目上層部へ問いを投げるとは誰も思っていなかった。

 

最初に答えたのは、関東物流責任者だった。

 

眼鏡をかけ、大学教授のような雰囲気を持つ男性だった。

 

「あなたは、『なぜ東京がまだ崩壊していないのか』を本当の意味で理解できる唯一の方だからです」

 

私は、わずかに固まった。

 

北海道責任者が低い声で続けた。

 

「あなたは、まだ東京を見捨てていません」

 

「それは重要なことです」

 

「重要?」

 

私は彼を見た。

 

男性は少し黙った。

 

「多くの統治者は、最後には効率しか考えなくなります」

 

「ですが、『どうしても見捨てたくないもの』を完全に失えば」

 

「システムは、ますます冷たくなっていく」

 

広間が初めて、本当の意味で静まり返った。

 

私は突然気づいた。

 

この人々は、

 

全員が単純にニャーサを崇拝しているわけではない。

 

中には、本気で考えている人もいる。

 

どうすれば日本を存続させられるのか。

 

それこそが、最も危険だった。

 

猫目が単なる悪の組織なら、

 

東京は簡単に団結できる。

 

けれど今、猫目の中には、

 

管理者。

 

技術官僚。

 

地方復興派。

 

秩序を維持する者。

 

さらには、

 

「自分たちは日本を救っている」

 

と信じる者まで現れている。

 

ニャーサは、その空気に明らかに満足していた。

 

軽く笑った。

 

「わかった?」

 

「彼らは東京よりも早く、君を理解している」

 

私は突然尋ねた。

 

「では、あなたは?」

 

「何が?」

 

「本当に日本のことを大切に思ってるの?」

 

広間が一瞬で静かになった。

 

ニャーサへ、これほど直接的に尋ねた者は初めてだったからだ。

 

ニャーサは二秒ほど黙った。

 

そして、本当に少し考えた。

 

「それほど大切には思っていない」

 

その言葉に、

 

多くの責任者が明らかに身体をこわばらせた。

 

けれどニャーサは、変わらず穏やかだった。

 

「僕が大切にしているのは」

 

顔を上げ、大阪の夜景を見る。

 

「動き続けられる世界だ」

 

「日本でも」

 

「地球でも」

 

「都市でも」

 

「文明でも」

 

「僕にとって、本質的な違いはあまりない」

 

広間の空気が冷えた。

 

多くの人々が気づいたからだ。

 

ニャーサが世界を見る視点は、最初から人間のものではない。

 

「だったら、どうしてここまでするの?」

 

私は低い声で尋ねた。

 

ニャーサは笑った。

 

「崩壊は退屈だからだよ」

 

「それに僕はまだ、ここから欲しいものを得ていない」

 

「君の体内にある、混沌の力を」

 

広間は死のように静まり返った。

 

ニャーサの尻尾が軽く揺れた。

 

「混乱」

 

「飢饉」

 

「全面的な制御不能」

 

「人間同士が互いを食い合うこと」

 

「そんなものは、あまりにも低級だ」

 

ニャーサは、グラスへ映る自分の姿を見下ろした。

 

「僕が好むのは」

 

「世界を『まだ生き続けられる状態』に保つことだ」

 

私は本物の寒気を覚えた。

 

その言葉に、悪意が含まれていなかったからだ。

 

ニャーサは本当にただ、

 

自分の美意識を語っている。

 

次の瞬間、

 

ニャーサが前足を上げた。

 

広間の画面が再び切り替わる。

 

東京。

 

リアルタイム映像。

 

A大学。

 

屋上の菜園箱。

 

夜間の低出力照明。

 

学生寮。

 

互助会の倉庫。

 

さらには、

 

青い橋小劇場まで映っている。

 

広間は静まり返った。

 

「ここが」

 

ニャーサは軽い声で言った。

 

「今も僕へ抵抗している場所だ」

 

そして突然、私を見た。

 

「どうして彼らが、まだ耐えられているかわかる?」

 

私は答えなかった。

 

ニャーサは、自分で答えた。

 

「彼らは信じているからだ」

 

「いつか誰かが、僕に勝つと」

 

広間にいる多くの人々の視線が、ゆっくりと私へ向いた。

 

「その人間が」

 

ニャーサは笑った。

 

「今、ここに立っている」

 

空気が一気に重くなった。

 

私は、初めて本当の意味で巨大な荒唐無稽さを感じた。

 

東京は私を「最後の希望」として扱っている。

 

猫目は私を「未来の後継者」として扱っている。

 

二つの世界が、

 

同時に私の上へ圧し掛かっている。

 

そのとき、

 

広間の隅から、

 

これまで一言も話していなかった人物が口を開いた。

 

猫目金融システム責任者。

 

若い女性に見えた。

 

「白川さん」

 

私は彼女を見た。

 

女性は低い声で尋ねた。

 

「考えたことはありますか?」

 

「もし東京が、本当に最後まで持ちこたえられなかった場合」

 

「東京の人々は、誰に日本を引き継いでほしいと願うのでしょう」

 

広間は完全に静まり返った。

 

「完全な混乱ですか?」

 

「それとも、すでに秩序を維持できている猫目ですか?」

 

その口調は穏やかだった。

 

敵意もない。

 

本気で答えを求めているようだった。

 

その問いが、

 

初めて本当の意味で私へ突き刺さった。

 

東京が今、ずっと議論しているのは、

 

「どうすれば負けずに済むか」

 

ということ。

 

けれど、

 

「負けたあとにどうするのか」

 

を本気で話し合う者は、ほとんどいない。

 

一方、猫目はすでに、

 

「その後の日本」

 

を真剣に準備し始めている。

 

私は長いあいだ黙っていた。

 

やがて、

 

混沌の気配をゆっくりと引き戻した。

 

広間にいる多くの人々が、ようやく息を吐いた。

 

グラスの震えが止まる。

 

照明も再び安定した。

 

ニャーサが私を見た。

 

「答えは出た?」

 

「出てない」

 

私は冷たく答えた。

 

「でも、一つだけわかった」

 

「何を?」

 

私は長いテーブル全体を見た。

 

「東京が、ますます孤島に近づいているのは事実」

 

「でも最後に、すべての人があなたのシステムの中でしか生きられなくなるなら」

 

「その時点で、この世界は壊れてる」

 

広間は再び静まり返った。

 

けれど、ニャーサは突然笑った。

 

とても軽い笑いだった。

 

「だから、ますます君へ猫目を渡したくなるんだ」

 

私は眉をひそめた。

 

ニャーサは低い声で言った。

 

「君は本当に今も」

 

「システムがどう勝つべきかではなく」

 

「人がどう生きるべきかを考えているからだ」

 

広間の雰囲気は、完全に変わっていた。

 

最初は、

 

東京の黒弦と猫目上層部が対峙する、敵対的な晩餐会だった。

 

けれど今では、

 

危険な「内部会議」

 

のようになりつつある。

 

長いテーブルの料理は、すでに三度目のものへ入れ替えられていた。

 

グラスの氷が、ゆっくりと溶けている。

 

大阪の夜景は今も輝いている。

 

そして私は突然気づいた。

 

この晩餐会で本当に恐ろしいのは、ニャーサの力ではない。

 

ニャーサが本気で、

 

「猫目がどのように運営されているのか」

 

を私へ見せようとしていることだった。

 

それは、

 

私を「観察する」だけでは、もう足りないということだ。

 

ニャーサは、

 

自分を理解させようとしている。

 

それは、単純な戦闘よりもはるかに危険だった。

 

広間の圧迫感が少し和らぐと、

 

多くの責任者が、ようやく自分から発言し始めた。

 

質問へ答えるだけではない。

 

報告だった。

 

東北エネルギー責任者が立ち上がった。

 

画面が自動的に切り替わる。

 

北海道・東北地域エネルギー図が表示された。

 

「現在、東北地域では第四段階の分散型蓄電設備改修が完了しています」

 

「主な目的は、単一拠点の崩壊による危険性を低減することです」

 

「三か月以内に、電力供給の変動をさらに十二パーセント低減できる見込みです」

 

極めて自然な報告だった。

 

政府の会議のようだ。

 

邪悪な術師組織には見えない。

 

ニャーサは、軽くうなずいただけだった。

 

「東京方面は?」

 

「供給制限を維持しています」

 

「ただし、これ以上の拡大は行っていません」

 

「わかった」

 

私は初めて、本物の寒気を感じた。

 

彼らが東京への電力供給について話す口調は、

 

「まだ接管していない地域」

 

について議論しているようだった。

 

続いて、

 

食糧責任者が報告を始めた。

 

「北海道温室地域の生産量は、引き続き安定しています」

 

「仙台の食糧備蓄施設は、冬季に向けた拡張を完了しました」

 

「東京外縁部の非猫目系食糧供給線は、予定していた範囲まで縮小しています」

 

「ただし、東京内部の菜園箱システムは、予測を上回る速度で成長しています」

 

広間のどこかで、誰かが小さく笑った。

 

「あいつら、本当に屋上で野菜を育て始めたのか」

 

その瞬間、

 

私はひどく荒唐無稽な感覚を覚えた。

 

東京が生き残るために必死で続けている努力が、

 

この場所では、

 

「データ」

 

として扱われている。

 

けれどニャーサは、穏やかに言った。

 

「人間を軽く見ないほうがいい」

 

「崩壊へ近づくほど」

 

「彼らは必死に生きようとする」

 

広間は、すぐに静かになった。

 

その次に、

 

地方教育責任者が立ち上がった。

 

三十代ほどの女性。

 

普通の教育行政職員のような雰囲気だった。

 

「北海道および東北地域における学校の再開率は、七十一パーセントへ到達しました」

 

「地方児童の心理的安定度は、前年同期を上回っています」

 

「東京側の宣伝による影響は低下しています」

 

「地方の子どもの大多数は、すでに東京を『特殊地域』として認識し始めています」

 

広間がわずかに静まった。

 

次世代の認識そのものが、変えられつつあることを意味していたからだ。

 

けれどニャーサは、満足そうだった。

 

「いいね」

 

「子どもたちには、『普通の生活』が当たり前だと思わせて」

 

「東京のように、毎日怯えながら生きる方法を覚えさせないで」

 

私は突然、気づいた。

 

猫目が支配しようとしているのは、現在だけではない。

 

未来を生きる人々の認識まで、支配し始めている。

 

その後、

 

物流責任者が報告した。

 

工業責任者が報告した。

 

金融責任者が報告した。

 

どのシステムも、本物の国家機関のようだった。

 

私を最も冷えさせたのは、

 

各部門が本当に連携して動いていることだった。

 

混乱した略奪ではない。

 

地方軍閥による分割支配でもない。

 

完全なシステム。

 

「地方住民の心理状態」さえ、専門部署が管理している。

 

責任者の一人が、低い声で報告した。

 

「最近、東京側の宣伝が地方へ与える影響は低下しています」

 

「ただし、互助会による物語には、引き続き注意が必要です」

 

ニャーサは軽くうなずいた。

 

「強く抑えすぎないで」

 

「彼らが『東京を懐かしむ余地』を、少し残しておこう」

 

広間にいる多くの人々が、すぐに記録を取った。

 

私は突然、ニャーサを見た。

 

「どうして?」

 

ニャーサは笑った。

 

「思いを完全に断ち切れば、人間は反抗するからだよ」

 

「でも、少しだけ残しておけば」

 

「人間は自分から、ゆっくりと現実を受け入れる」

 

背中に冷たいものが走った。

 

ニャーサは、人間の心理をあまりにも深く理解している。

 

晩餐会が後半へ入ると、

 

ニャーサが突然前足を上げた。

 

広間は再び静まり返った。

 

「みんな」

 

ニャーサが軽くテーブルを叩いた。

 

「これから黒弦さんには、もっと多くのものを見てもらう」

 

多くの責任者が、明らかにわずかな驚きを見せた。

 

「エネルギー」

 

「教育」

 

「財政」

 

「地方行政」

 

「住民管理システム」

 

「工業配分」

 

「港湾管理」

 

ニャーサの尻尾が軽く揺れた。

 

「彼女には少しずつ理解してもらう」

 

「猫目が、どのようにこの国を動かしているのかを」

 

空気が一瞬で重くなった。

 

誰もが、その意味を理解したからだ。

 

もう「招待」ではない。

 

核心部へ引き入れようとしている。

 

代理人が初めて、本当の意味で顔を上げて私を見た。

 

複雑な視線だった。

 

彼でさえ、気づいたのだ。

 

ニャーサが私を見る目は、もう「敵」へ向けるものではない。

 

育成しようとしている後継者へ向けるものに近い。

 

私はようやく、冷たい声で言った。

 

「私がこれからも協力すると思ってるの?」

 

ニャーサは笑った。

 

「協力するよ」

 

「どうして?」

 

ニャーサは大阪の夜景へ顔を向けた。

 

「今の東京には、もう『耐え続けること』しか残っていないから」

 

「そして君は」

 

再び私を見る。

 

「いつか知りたくなる」

 

「耐え続けること以外に、人間はどうやって生きられるのかを」

 

広間では、誰も口を開かなかった。

 

あまりにも危険な言葉だったからだ。

 

ニャーサは、変わらず穏やかに続けた。

 

「君は賢い」

 

「だから、いつか必ず気づく」

 

「本当の統治は、恐怖によって行うものではない」

 

「本当の統治は」

 

ニャーサが軽くテーブルを叩いた。

 

「システムへ入ったほうが、普通の生活を送れると思わせることだ」

 

私は突然気づいた。

 

この旅行中、

 

ニャーサはずっと同じことをしている。

 

東京の人々自身に比較させる。

 

東京の夜。

 

大阪の夜。

 

東京の電力制限。

 

仙台の商店街。

 

東京の菜園箱。

 

北海道の温室。

 

東京の撤離計画。

 

地方の学校で再開される雪祭り。

 

今すぐ降伏するよう強要することはない。

 

ただ、人々へ少しずつ考えさせる。

 

「猫目こそが未来なのかもしれない」

 

そのとき、

 

金融責任者が低い声で尋ねた。

 

「主」

 

「次の段階の視察経路を用意しますか?」

 

広間がわずかに静まった。

 

ニャーサは、ごく自然にうなずいた。

 

「うん」

 

「東京が見たのは、表面だけだからね」

 

「次は」

 

ニャーサが私を見た。

 

「地方政府が、どうやって猫目システムの一部になったのかを見せよう」

 

心臓が強く沈んだ。

 

ようやく気づいたからだ。

 

最初の十日間に見せられたのは、

 

「復旧した地方」

 

だけだった。

 

けれど、次にニャーサが見せようとしているのは、

 

猫目による本当の統治構造。

 

港ではない。

 

商店街でもない。

 

夜景でもない。

 

政府。

 

地方官僚が、どのように猫目の命令へ従っているのか。

 

予算がどのように配分されるのか。

 

学校がどのように管理されるのか。

 

警察組織がどのように再統合されたのか。

 

エネルギーがどのように統一管理されているのか。

 

住民がどのように分類されているのか。

 

地方術師がどのようにシステムへ組み込まれているのか。

 

さらに、

 

互助会のメンバーが、猫目の記録上でどの危険等級に分類されているのか。

 

これはもう、旅行ではない。

 

未来の日本を見学させようとしている。

 

晩餐会が終わるころには、

 

午前一時近くになっていた。

 

大阪中央塔の最上階は、今も明るく輝いている。

 

長いテーブルのグラスには、まだ酒が半分ほど残っていた。

 

けれど広間の雰囲気は、もう宴会には見えなかった。

 

未来の政府による内部会議。

 

そのように見えた。

 

多くの責任者は退出する前に、私へわずかに頭を下げた。

 

正式な敬礼ではない。

 

単なる礼儀でもない。

 

「将来、自分たちの上に立つかもしれない人物」

 

と、あらかじめ顔を合わせるような態度だった。

 

それが、ますます私を不快にした。

 

北海道責任者は私のそばを通り過ぎるとき、低い声で言った。

 

「あなたは、東京でスローガンを叫ぶことしかできない人々とは違います」

 

私は眉をひそめた。

 

「どういう意味ですか?」

 

男性は少し黙った。

 

「少なくとも、地方を本気で見ようとしている」

 

そう言って、

 

彼は広間を出ていった。

 

その言葉によって、

 

私の心はますます重くなった。

 

猫目の上層部はすでに、

 

「地方を理解しようとすること」

 

と、

 

「統治者に向いていること」

 

を同じものとして扱い始めている。

 

広間から、人々が少しずつ去っていった。

 

最後に残ったのは、

 

ニャーサ。

 

代理人。

 

私。

 

そして、遠くで沈黙したまま立つ数人の高位術師と主要責任者だけだった。

 

大阪の夜景は、今も窓の外へ広がっている。

 

巨大な回路図のようだった。

 

私はようやく、低い声で尋ねた。

 

「さっき言ってた『次の段階の視察経路』って」

 

「うん」

 

「どういう意味?」

 

ニャーサは軽く笑った。

 

「もう、わかっているんじゃない?」

 

ニャーサは窓辺へ歩いた。

 

尻尾がゆっくりと揺れている。

 

「最初の十日間に」

 

「君が見たのは、『復旧した地方』だった」

 

「港」

 

「学校」

 

「商店街」

 

「工場」

 

「エネルギー地域」

 

「でも、それは結果にすぎない」

 

ニャーサは振り返り、私を見た。

 

「これから君に見せるのは」

 

「システムそのものだ」

 

心がわずかに沈んだ。

 

次の瞬間、

 

広間の照明が突然暗くなった。

 

画面が再び点灯する。

 

今度は地図ではない。

 

地方政府の内部構造図だった。

 

北海道復旧地域行政庁。

 

東北合同物流委員会。

 

関西エネルギー統括部。

 

地方住民管理システム。

 

教育調整部門。

 

警務統合局。

 

港湾合同配分センター。

 

すべての機関が、

 

一つの巨大なシステムで接続されている。

 

その中心にあるのは、

 

猫目。

 

「東京が犯した最大の誤算が何かわかる?」

 

ニャーサが尋ねた。

 

私は答えなかった。

 

「東京はずっと」

 

「猫目が地方を『占領』していると思っている」

 

ニャーサは笑った。

 

「違う」

 

画面の中で、

 

一本、また一本と接続線が変化していく。

 

地方政府のシステムが、少しずつ猫目のシステムへ融合していく。

 

「僕は外側から、彼らを押さえつけているんじゃない」

 

「彼ら自身を」

 

「システムの一部へ変えたんだ」

 

その瞬間、

 

私はようやく本当の意味で理解した。

 

地方の復興が、なぜこれほど速かったのか。

 

猫目は地方行政を破壊しなかった。

 

接管した。

 

学校の教師は、今も授業を続けている。

 

ただ、授業内容に新しいものが加わった。

 

警察官は、今も巡回を続けている。

 

ただ、報告先が猫目へ変わった。

 

港は、今も動いている。

 

ただ、物流の優先順位を猫目が決めるようになった。

 

地方政府も、まだ存在している。

 

ただ、

 

猫目の神経網へ組み込まれていた。

 

「狂ってる……」

 

私は低い声で言った。

 

けれどニャーサは、軽く首を横へ振った。

 

「最も効率的な方法だよ」

 

ニャーサが前足を上げる。

 

画面が再び切り替わった。

 

地方にある一つの市役所。

 

普通に業務が行われている。

 

住民窓口。

 

給水申請。

 

学校予算。

 

道路補修。

 

外見上は、普通の地方自治体と何も変わらない。

 

けれど次の瞬間、

 

画面の右上に情報が現れた。

 

猫目配分権限。

 

エネルギー優先度。

 

住民危険等級。

 

物流配分。

 

人口移動記録。

 

地方術師名簿。

 

そのすべてが、

 

猫目のシステムへ接続されている。

 

「地方政府は今、猫目の末端組織になっている」

 

ニャーサの口調は、恐ろしいほど穏やかだった。

 

「そして、これこそが」

 

画面を軽く叩く。

 

「猫目が地方を素早く、効率的に統治できる理由だ」

 

私は初めて、頭皮がしびれるような感覚を覚えた。

 

これは、単なる「統治」ではない。

 

システムによる統合。

 

さらに恐ろしいのは、

 

普通の住民が、その変化をはっきりとは感じていない可能性があることだった。

 

窓口は残っている。

 

学校も残っている。

 

スーパーも残っている。

 

政府も残っている。

 

ただ、背後にある動作原理だけが変わった。

 

「東京は今も、どう抵抗するかを考えている」

 

ニャーサは軽い声で言った。

 

「でも、僕はもう社会を再編している」

 

広間は再び静まり返った。

 

そのとき、代理人がようやく低い声で尋ねた。

 

「主」

 

「明日の視察経路を手配しますか?」

 

ニャーサはうなずいた。

 

「うん」

 

そして再び、私を見た。

 

「明日から」

 

「君には本当の地方行政を見てもらう」

 

「予算がどう承認されるのか」

 

「住民がどう分類されるのか」

 

「食糧がどう配分されるのか」

 

「警察組織と術師組織が、どう連携しているのか」

 

「地方官僚が、どう猫目へ報告するのか」

 

ニャーサは笑った。

 

「東京はずっと、自分たちが『術師勢力』と戦っていると思っている」

 

「でも実際には」

 

「形成されつつある新しい国家と戦っているんだ」

 

その言葉が落ちた瞬間、

 

私は初めて、本物の息苦しさを覚えた。

 

ニャーサの言う通りだったからだ。

 

東京は今も、

 

「防線」

 

「術師」

 

「供給線」

 

「互助会」

 

「特殊作戦」

 

によって世界を理解している。

 

けれど猫目は、

 

すでに「国家構造」の段階へ入っている。

 

そのとき、

 

ニャーサが突然二歩ほど前へ進んだ。

 

距離が近い。

 

「白川一音」

 

「……」

 

「僕が、どうして東京への攻撃を急がないかわかる?」

 

私は答えなかった。

 

ニャーサは低く笑った。

 

「東京には、まだ価値があるからだ」

 

「人材」

 

「大学」

 

「金融」

 

「文化」

 

「技術」

 

「まだ完全には統合されていない」

 

「そして君は」

 

ニャーサは私を見た。

 

「これから自分の目で見ることになる」

 

「僕がどうやって地方政府を、一つずつ猫目の器官へ変えていったのかを」

 

私は冷たく尋ねた。

 

「そのあと、どうするつもり?」

 

ニャーサの尻尾が軽く揺れた。

 

「そのあとは」

 

「きっと、いつか東京でも議論が始まる」

 

「このまま耐え続けるのか」

 

「それとも、システムへ入るのか」

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