俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ   作:arctichare

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第128章 大阪、午前二時の「条件」

第128章 大阪、午前二時の「条件」

 

大阪の夜景は、まだ明るかった。

 

遠くの高架道路を走る車の列が、ゆっくりと流れる光の川のように見える。

 

私は突然気づいた。

 

今の東京の道路では、もうこのような深夜の車列を見ることはできない。

 

ニャーサは画面の前に立っていた。

 

巨大な地方行政ネットワーク図が、今も表示されている。

 

地方政府。

 

エネルギー。

 

食糧。

 

港湾。

 

学校。

 

住民管理システム。

 

そのすべてが、ニャーサへ接続されている。

 

すでに日本全体を覆い始めた、巨大な網のようだった。

 

ニャーサが突然、画面を消した。

 

広間は一瞬で静まり返った。

 

残されたのは、窓の外に広がる大阪の明かりだけだった。

 

「今見せたものは」

 

ニャーサが軽い声で言った。

 

「システムについての話だ」

 

「ここからは」

 

振り返り、私を見る。

 

「君について話そう」

 

私は眉をひそめた。

 

ニャーサは長いテーブルへ戻り、

 

気軽な様子で腰を下ろした。

 

自分のグラスへ、もう半分ほど酒を注ぐ。

 

まるで雑談を始めるようだった。

 

一つの国の未来について話そうとしているようには見えない。

 

「僕の条件を受け入れるなら」

 

グラスを軽く揺らしながら言った。

 

「君は、本当の意味で自由になれる」

 

私は冷たく見つめた。

 

「自由?」

 

「今の東京が、君へ自由を与えられるのかい?」

 

その言葉は、刃物のように突き刺さった。

 

広間は再び静かになった。

 

ニャーサは声を強めることもなく、

 

穏やかに続けた。

 

「東京は、君を希望として扱っている」

 

「特調室は、君を最後の戦力として扱っている」

 

「互助会は、君を心の支えとして扱っている」

 

「撤離計画は、君を文明の火種として扱っている」

 

「誰もが、君に耐え続けることを期待している」

 

ニャーサが顔を上げ、私を見る。

 

「でも、誰か一人でも尋ねたことはあるのかな」

 

「君が、どんなふうに生きたいのかを」

 

呼吸が一瞬止まりそうになった。

 

図星だったからだ。

 

今の東京が私へ向ける態度は、

 

ますます「普通の人間」へ向けるものではなくなっている。

 

保存しなければならない戦略資産。

 

そのように扱われ始めている。

 

ニャーサは続けた。

 

「君が受け入れれば」

 

「もう、ほかの人間に撤離経路を決められる必要はない」

 

「絶対に生き残らなければならない道具として扱われることもない」

 

「本当の決定権を持つことになる」

 

ニャーサが軽くテーブルを叩いた。

 

広間後方の画面が、再び点灯する。

 

今度は、

 

権限一覧だった。

 

猫目中央権限。

 

地方行政配分権限。

 

エネルギー優先権。

 

港湾管理。

 

物流統制。

 

財政承認。

 

術師システムの運用。

 

さらには、

 

住民移動と都市開放等級の決定権まで含まれている。

 

「これらの権限は」

 

ニャーサの口調は軽かった。

 

「すべて君のものになる」

 

私は初めて、本当の圧迫感を覚えた。

 

力によるものではない。

 

権力。

 

ニャーサは、一つずつ具体的に話し始めた。

 

「東京の港湾地区は、全面的な電力供給を回復する」

 

「学校の電力制限も解除する」

 

「互助会には、正式な物資供給権限を与える」

 

「東京の大学と研究機関には、再び予算を与える」

 

「医療も復旧する」

 

「冷蔵輸送も復旧する」

 

「一般住民は、もう水を受け取るために並ばなくていい」

 

「君の知っている人たちも」

 

尻尾が軽く揺れる。

 

「避難民のような生活を続ける必要はなくなる」

 

私は強く拳を握った。

 

ニャーサは、東京の弱点をあまりにもよく理解している。

 

さらに恐ろしいのは、

 

今、並べたことを本当に実現できることだった。

 

「一番面白いところが何かわかる?」

 

ニャーサが突然笑った。

 

「何?」

 

「僕にとっては、どれもそれほど難しいことじゃない」

 

ニャーサは大阪の夜景を見た。

 

「東京が今、これほど苦しんでいるのは」

 

「まだシステムへ入っていないからだ」

 

その瞬間、

 

私は初めて本当の意味で理解した。

 

なぜ東京上層部が、ますます絶望を深めているのか。

 

今の猫目が持つ最大の武器は、

 

もう術師ではない。

 

資源を支配する力。

 

ニャーサは、ゆっくりと話を続けた。

 

「経済面では」

 

「君は猫目の最高権限口座へアクセスできる」

 

「地方財政の配分」

 

「国際資金の流れ」

 

「海外資源の購入」

 

「将来の海外展開まで含めてね」

 

ニャーサは軽く笑った。

 

「東京に残っている財団の多くは、もう限界に近い」

 

「でも、猫目はまだ拡大できる」

 

「生活面では」

 

その口調は、ますます普通の雑談のようになっていった。

 

「A大学の、節電で供給電力を抑え始めたような寮へ住む必要はない」

 

「君専用の居住地域を持てる」

 

「君の権限下に置かれた都市も持てる」

 

「専属の護衛システムも用意される」

 

「君が守りたい者も、保護対象名簿へ入れられる」

 

「互助会の人たちも?」

 

私は突然尋ねた。

 

ニャーサは私を見た。

 

「もちろん」

 

「猫目の管理を受け入れるなら」

 

「元の地方へ戻って暮らすことさえできる」

 

心臓が強く沈んだ。

 

突然、気づいたからだ。

 

ニャーサが最も得意としているのは、

 

「奪うこと」

 

ではない。

 

与えること。

 

安定を与える。

 

食糧を与える。

 

明かりを与える。

 

仕事を与える。

 

秩序を与える。

 

未来を与える。

 

そして少しずつ、人々を慣れさせる。

 

ニャーサへ依存しなければ、普通には生きられない。

 

そう思うことに。

 

ニャーサが最後に口にしたものが、

 

私の背中を本当の意味で冷たくした。

 

「権力についてだけど」

 

ニャーサはグラスを静かに置いた。

 

「君は、ただの『術師』ではなくなる」

 

「君は」

 

大阪の夜景全体を見た。

 

「未来の日本を統治する者の一人になる」

 

広間は再び静まり返った。

 

「東京の問題が何かわかる?」

 

ニャーサは低い声で言った。

 

「今も『英雄』の考え方で世界を見ていることだ」

 

「一人の強者さえいれば、すべてを守れると思っている」

 

「でも、本当の世界は」

 

テーブルを軽く叩く。

 

「システムで作られている」

 

「そして君には」

 

「システムの頂点へ立つ能力がある」

 

私は突然、小さく笑った。

 

ニャーサが、わずかに目を細めた。

 

「どうしたの?」

 

私はゆっくりとニャーサを見た。

 

「私があなたを好きになるかどうかなんて、本当はどうでもいいんだね」

 

「ただ」

 

「東京がますます苦しんでいくところを見せ続けて」

 

「地方がますます安定していくところを見せ続ければ」

 

「いつか私は」

 

ニャーサを見つめた。

 

「あなたへ加わることこそ現実的だと思い始める」

 

ニャーサは突然笑った。

 

とても軽い笑みだった。

 

「そうだよ」

 

ためらうことなく認めた。

 

「人間が最も変わりやすいのは」

 

「恐怖を感じているときじゃない」

 

「疲れ切ったときだ」

 

背後に広がる大阪の夜景は、

 

永遠に消えないように見えた。

 

ニャーサは最後に、低い声で言った。

 

「東京は今も、意志の力で耐えている」

 

「でも、意志は」

 

グラスを軽く揺らす。

 

「疲れるものだよ」

 

大阪中央塔の最上階は、完全に静まり返っていた。

 

長いテーブルに残された最後の温かい料理は、とっくに冷めている。

 

グラスの氷も、ほとんど溶けていた。

 

窓の外では、

 

大阪全体が今も明るく輝いている。

 

同じ時刻、

 

東京の大部分は、すでに夜間低出力状態へ入っている。

 

その対比は、

 

空気の中へ意図的に吊り下げられた刃物のようだった。

 

ニャーサは、もう「力」について話そうとしなかった。

 

戦闘についても口にしない。

 

話し始めたのは、

 

生活。

 

「知ってる?」

 

「僕は、人間が今の東京で送っているような生活を、あまり好きじゃない」

 

私は眉をひそめた。

 

「どういう意味?」

 

「今の東京は」

 

「疲れすぎている」

 

ニャーサは、本当に不満を感じているかのようだった。

 

「学生は避難民のように暮らしている」

 

「大学は野菜の栽培を研究し始めた」

 

「普通の住民は、水を受け取るために並んでいる」

 

「互助会は地下供給線に頼っている」

 

「技術者は毎日、電力供給を心配している」

 

「子どもたちは、暗くなる都市へ慣れ始めている」

 

ニャーサはグラスを軽く揺らした。

 

「そんな生き方は、あまりにも低級だ」

 

私は突然気づいた。

 

ニャーサが東京へ抱いているのは、

 

「敵意」

 

というより、

 

「不快感」

 

に近い。

 

そして、次の一言が本当に危険だった。

 

「君が受け入れれば」

 

「すべて終わらせられる」

 

広間は再び静かになった。

 

「東京への電力供給は回復する」

 

「学校も通常の時間割へ戻る」

 

「A大学の夜間実験棟も再開される」

 

「学生たちは、もう撤離経路について話し合わなくていい」

 

「互助会は、正式に住民保障システムへ組み込まれる」

 

「一般住民には、再び安定した配給が届く」

 

「子どもたちは、水桶ではなく、修学旅行について話すようになる」

 

ニャーサは私を見た。

 

「これらのことは」

 

「僕にとって」

 

「本当に難しくない」

 

その瞬間、

 

私は初めて本当の意味で理解した。

 

なぜニャーサの誘惑が、これほど危険なのか。

 

提示しているのは、

 

「世界を統治すること」ではない。

 

「絶対的な力」でもない。

 

「最強になること」でもない。

 

苦しみを終わらせること。

 

人間が最も揺らぎやすいのは、

 

恐怖に襲われたときではない。

 

疲れ切ったときなのだ。

 

ニャーサは、ゆっくりと続けた。

 

「君はもう、自分の目で見た」

 

「北海道」

 

「仙台」

 

「大阪」

 

「地方の住民は、もう一度生き始めている」

 

テーブルを軽く叩く。

 

「東京だけが今も包囲された都市のようになっているのは」

 

「まだシステムの外にいるからだ」

 

ニャーサは顔を上げ、私を見た。

 

「そして君は」

 

「東京がどれほど疲れているのかを、一番よく知っている」

 

私は反論しなかった。

 

事実だったからだ。

 

A大学は、ますます暗くなっている。

 

学生たちは、ますます口数を失っている。

 

互助会は、ますます長期避難民組織へ近づいている。

 

東京は地下水の研究を始めた。

 

菜園箱を研究している。

 

撤離を研究している。

 

さらには、

 

「敗北したあと、どうするのか」

 

まで研究し始めている。

 

ニャーサは突然、低く笑った。

 

「一番面白いことが何かわかる?」

 

「何?」

 

「今の東京では、すでに多くの人が密かに願い始めている」

 

「誰かに、この状況を終わらせてほしいと」

 

広間の空気が重くなった。

 

ニャーサはグラスを軽く揺らした。

 

「たとえ、その代償がシステムへ入ることでも」

 

心臓が強く沈んだ。

 

ニャーサの言葉は、完全な間違いではない。

 

今の東京では、

 

「もし猫目が本当に秩序を維持できるなら、どうするのか」

 

という議論が、すでに始まっている。

 

その議論が存在すること自体、

 

東京の精神的防線が裂け始めている証拠だった。

 

ニャーサは、その裂け目を正確にこじ開けようとしている。

 

「気づいている?」

 

ニャーサは続けた。

 

「今の東京では、『勝利』について話す人が減っている」

 

「代わりに増えているのは」

 

「あと、どれくらい耐えられるのか」

 

広間は完全に静まり返った。

 

それこそが、今の東京が抱える最も現実的な問題だからだ。

 

私は低い声で言った。

 

「だから、私にあなたを手伝わせたい?」

 

「僕を手伝うんじゃない」

 

ニャーサは軽く訂正した。

 

「引き継ぐんだ」

 

ニャーサは初めて、本当に真剣な目で私を見た。

 

「白川一音」

 

「君は、東京の人間たちとは違う」

 

「君はもう、本当の意味で理解し始めている」

 

「世界は、理想だけでは動かない」

 

私は小さく冷笑した。

 

「だから、いつか私が妥協すると思ってる?」

 

ニャーサは、すぐには答えなかった。

 

前足を上げる。

 

広間の画面が再び点灯した。

 

A大学。

 

リアルタイム映像。

 

深夜。

 

学生寮には、まばらな明かりしかついていない。

 

屋上の菜園箱では、低出力の保温灯が光っている。

 

厚い上着を着た学生が数人、貯水設備を確認している。

 

遠くでは、

 

互助会の貨物車が、ゆっくりと倉庫へ入っていく。

 

そして、

 

画面が切り替わった。

 

大阪。

 

商業地域。

 

夜間列車。

 

コンビニ。

 

普通に営業している飲食店。

 

明かりのついた高層建築。

 

二つの映像が、広間へ並べて表示された。

 

まるで、二つの時代のようだった。

 

「多くの人間は」

 

ニャーサが言った。

 

「どちらが勝ったかなんて気にしない」

 

「気にするのは」

 

大阪の映像を指す。

 

「どちらが、これからも生き続けられる場所に見えるかだ」

 

私は初めて、本当の怒りを覚えた。

 

ニャーサが強いからではない。

 

「普通の生活」を、本当に武器として使っているからだ。

 

「あなたは」

 

私はニャーサを見つめた。

 

「東京が苦しくなり続ければ」

 

「いつか私がうなずくと思ってる?」

 

ニャーサは、ついに笑った。

 

「そうだよ」

 

まったくためらわずに認めた。

 

「君は聖人じゃない」

 

「疲れる」

 

「東京がますます暗くなっていくのを見る」

 

「学生たちが、ますます避難民のようになっていくのを見る」

 

「互助会が、ますます地下組織に近づいていくのを見る」

 

「普通の住民が、ますます疲れていくのを見る」

 

尻尾が軽く揺れた。

 

「そして、いつか」

 

「君は本気で考え始める」

 

「システムへ入るだけで、すべてを終わらせられるのではないかと」

 

最も恐ろしいのは、

 

これが脅迫ではないことだった。

 

ニャーサは、

 

待っている。

 

今すぐ私を降伏させようとはしていない。

 

東京が消耗し続けるのを待っている。

 

東京がますます疲れるのを待っている。

 

東京の人々が、自分から「普通の生活」を懐かしみ始めるのを待っている。

 

そして突然、

 

ニャーサは全身が冷えるような一言を口にした。

 

「実は」

 

「僕はまだ、東京へ本当の致命傷を与えていない」

 

私の瞳が、わずかに縮んだ。

 

ニャーサは軽く笑った。

 

「東京はまだ、十分に疲れていないからだ」

 

広間は、死のように静まり返った。

 

「今の東京には」

 

「まだ怒る力がある」

 

「まだ反抗する力がある」

 

「まだ耐えられると信じている」

 

「でも、数年後は?」

 

ニャーサは大阪の夜景を見た。

 

「数年後」

 

「子どもたちが、水不足と電力制限の中で育ったら」

 

「大学生が卒業するとき、自分は海外へ撤離するものだと思うようになったら」

 

「普通の人々が、『明るい大阪』こそ正常な世界だと思うようになったら」

 

ゆっくりと振り返り、私を見る。

 

「そのとき」

 

「東京には、耐え続けようと思う人がどれほど残っているかな?」

 

私はようやく本当の意味で理解した。

 

ニャーサが恐ろしいのは、

 

東京へ勝てるかどうかではない。

 

東京自身へ、少しずつ疑わせようとしている。

 

最後まで耐え続けることに、本当に意味があるのか。

 

大阪中央塔の最上階は、恐ろしいほど静かだった。

 

画面には、

 

東京と大阪の映像が並んでいる。

 

一方には、

 

低出力照明。

 

菜園箱。

 

給水を待つ人々。

 

深夜も巡回する互助会の車両。

 

もう一方には、

 

商店街。

 

夜間地下鉄。

 

普通に営業しているコンビニ。

 

深夜まで明るい高層建築。

 

この対比は、

 

もう単なる「都市の違い」ではない。

 

二つの未来。

 

そのように見えた。

 

ニャーサは、ゆっくりと窓辺へ向かった。

 

背後には、大阪の明かりが広がっている。

 

ニャーサは本当に、この都市を所有していた。

 

「知ってる?」

 

ニャーサが軽い声で言った。

 

「今の東京が抱える最も核心的な問題は」

 

「食糧不足じゃない」

 

「電力不足でもない」

 

「人材不足でもない」

 

振り返り、私を見る。

 

「すべてが『配給の論理』へ入り始めていることだ」

 

広間は再び静まり返った。

 

「水を配分する」

 

「電気を配分する」

 

「食糧を配分する」

 

「冷蔵輸送にも優先順位をつける」

 

「実験室の電力供給時間を制限する」

 

「医療資源も順番を決める」

 

「互助会が保護する対象まで、等級で分類し始める」

 

ニャーサの尻尾が軽く揺れた。

 

「東京はますます、長期間包囲された都市へ近づいている」

 

私は反論しなかった。

 

事実だったからだ。

 

今の東京に起きた最大の変化は、

 

危険が増えたことではない。

 

何もかも足りなくなったこと。

 

そのため全員が、

 

制限。

 

割り当て。

 

優先順位。

 

申請。

 

審査。

 

節約。

 

それらへ慣れ始めている。

 

ニャーサが低く笑った。

 

「でも、君が受け入れれば」

 

ニャーサは私を見た。

 

「君はもう、『配給』なんて必要としない」

 

その瞬間、

 

空気がさらに重くなったように感じた。

 

ニャーサが次に話そうとしているのは、

 

単なる「待遇の改善」ではない。

 

身分そのものを、完全に変えること。

 

「東京の人々は、これからも話し合い続ける」

 

「今日は、あとどれだけ水を配れるのか」

 

「来週の電力は足りるのか」

 

「実験室をいつ開放できるのか」

 

「互助会の物資は、あとどれだけ持つのか」

 

ニャーサが前足を上げた。

 

広間後方の画面が、素早く切り替わっていく。

 

猫目資源図。

 

港湾地区。

 

穀物倉庫。

 

エネルギー網。

 

海外調達。

 

地下備蓄施設。

 

工業地域。

 

資金の流れ。

 

さらに、

 

海外海運ネットワークまで表示される。

 

「でも、君は違う」

 

ニャーサの声は軽かった。

 

「僕が目的を果たして、ここを離れれば」

 

猫目のシステム図全体を見た。

 

「これらは」

 

「すべて君のものになる」

 

空気が一瞬で静止した。

 

「少しの特権を与えるという話じゃない」

 

「配給を少し増やすという話でもない」

 

「上級割り当てを与える話でもない」

 

ニャーサは一歩ずつ、私へ近づいてきた。

 

「大阪」

 

「北海道」

 

「仙台」

 

「港湾」

 

「エネルギー」

 

「物流」

 

「財政」

 

「海外経路」

 

「猫目の資源システム全体」

 

ニャーサは画面を軽く叩いた。

 

「今の僕と同じように」

 

「君が所有することになる」

 

その瞬間、

 

私は本当の恐怖を覚えた。

 

ニャーサが提示しているのは「報酬」ではない。

 

統治権。

 

そして、最も危険なのは、

 

「享楽」について何も言っていないことだった。

 

「贅沢」についても言わない。

 

提示しているのは、

 

不足からの解放。

 

今の東京で、人々を最も苦しめているのは、

 

戦闘そのものではない。

 

長く続く欠乏。

 

ニャーサは、それを完全に理解している。

 

「人間が、どうして疲れ続けるかわかる?」

 

ニャーサは低い声で言った。

 

「長期的な欠乏は、少しずつ人間の意志を削るからだ」

 

「学生は、暗くなる都市へ慣れ始める」

 

「普通の人々は、水を備蓄することへ慣れ始める」

 

「教師は、授業を削減することへ慣れ始める」

 

「研究者は、実験が中断することへ慣れ始める」

 

「子どもたちは、『電気を無駄にしてはいけない』ことへ慣れ始める」

 

ニャーサが軽く笑った。

 

「そのうち」

 

「『普通の生活』とは何だったのか、考えることさえ怖くなる」

 

心が冷えた。

 

今の東京が抱える最も深い問題を、正確に言い当てていたからだ。

 

東京から本当に失われているものは、

 

物資だけではない。

 

「普通の生活」の記憶。

 

ニャーサは続けた。

 

「でも、君にはもう必要なくなる」

 

「列へ並ぶこともない」

 

「承認を待つこともない」

 

「割り当てを心配することもない」

 

「互助会の人々が、物資不足をめぐって争う姿を見ることもない」

 

ニャーサは私を見た。

 

「そのとき君は」

 

「資源の流れを決める側にいるからだ」

 

広間の空気は、ますます重くなった。

 

最も恐ろしいのは、

 

ニャーサが誘惑しているようには聞こえないことだった。

 

ただ、

 

一つの「未来の可能性」

 

について説明しているようだった。

 

「東京の人間たちは」

 

ニャーサはテーブルへ軽く寄りかかった。

 

「ますます避難民収容所の管理者のようになっている」

 

「それに対して猫目は」

 

大阪の夜景を見る。

 

「国家を管理している」

 

私はようやく低い声で尋ねた。

 

「だから」

 

「東京の疲れを十分に見せ続ければ」

 

「いつか私が受け入れると思ってる?」

 

けれどニャーサは笑った。

 

とても軽い笑みだった。

 

「違うよ」

 

私は眉をひそめた。

 

ニャーサはゆっくりと顔を上げた。

 

「いつか君が」

 

「本気で考え始めると思っているんだ」

 

「全員を苦しませ続けるのか」

 

「それともシステムへ入り、普通の生活を取り戻すのか」

 

私は突然、理解した。

 

ニャーサによる誘惑の本質は、

 

権力ではない。

 

欠乏を終わらせること。

 

ニャーサは最後に、低い声で言った。

 

「白川一音」

 

「君が今も拒否できるのは」

 

「東京の人々が、まだ一緒に耐えようとしているからだ」

 

尻尾が軽く揺れる。

 

「でも、いつか」

 

「彼らまで疲れ切ったら?」

 

ニャーサは続けた。

 

「普通の人々が思い始めたら」

 

「猫目システムへ入れば、少なくとももう一度、普通の人間として暮らせると」

 

「そのとき」

 

「東京には、『システムへ入らない』ことを選び続ける人が、どれほど残っていると思う?」

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