俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ   作:arctichare

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第129章 なぜ東京は、今も耐え続けるのか

第129章 なぜ東京は、今も耐え続けるのか

 

大阪中央塔の最上階は、凍りついたように静かだった。

 

窓の外では、

 

都市全体が今も明るく輝いている。

 

画面には、

 

低出力照明に包まれた東京の夜景が表示されたままだった。

 

まるで、別の世界のように。

 

ニャーサが最後の言葉を口にすると、

 

広間は再び沈黙へ沈んだ。

 

「普通の人々が思い始めたら」

 

「猫目システムへ入れば、少なくとももう一度、普通の人間として暮らせると」

 

「そのとき」

 

「東京には、『システムへ入らない』ことを選び続ける人が、どれほど残っていると思う?」

 

空気は静かだった。

 

遠くを走る高架列車の低い振動音さえ聞こえるほどに。

 

私はようやく、ゆっくりと口を開いた。

 

「東京が、どうしてまだ崩壊してないかわかる?」

 

ニャーサは答えなかった。

 

ただ、私を見ている。

 

「今の東京に残されているものは」

 

「もう『快適な生活』じゃない」

 

広間は再び静まり返った。

 

私はゆっくりと画面の前へ歩いた。

 

東京と大阪の映像が、今も並んでいる。

 

一方は明るい。

 

一方は暗い。

 

「あなたはずっと、東京はますます疲れていると言ってる」

 

「それは間違ってない」

 

「東京は、ますます包囲された都市に近づいている」

 

「それも事実」

 

「多くの人が、普通の生活を懐かしみ始めている」

 

「それも全部、本当」

 

私は一度、言葉を止めた。

 

そして、顔を上げてニャーサを見た。

 

「それでも東京は、まだ耐え続けてる」

 

「東京の人たちが、快適な生活を知らないからじゃない」

 

「彼らは、わかり始めたから」

 

私はニャーサを見つめた。

 

「一度差し出したら、二度と取り戻せないものがあるって」

 

広間は一瞬で静まり返った。

 

まだ残っている数人の責任者が、わずかに眉をひそめた。

 

私が本当の意味で、問題の核心へ触れ始めたと気づいたからだ。

 

「今の東京が、ますます避難地域のようになっているのは事実」

 

「でも、東京にはまだ失っていないものがある」

 

「何を?」

 

ニャーサが軽い声で尋ねた。

 

「選択する権利」

 

空気が一気に重くなった。

 

私は初めて、地方行政ネットワーク図全体を本当の意味で見た。

 

「今の東京は貧しい」

 

「物資も足りない」

 

「疲れてる」

 

「でも東京の人々は、まだ自分で決められる」

 

「あなたのシステムを受け入れるかどうかを」

 

「互助会の人々も、自分で残るかどうかを決められる」

 

「学生は特調室を批判できる」

 

「A大学では、撤離計画が正しいかどうかを議論できる」

 

「東京の住民は、電力制限へ不満を言える」

 

「政府を信じないこともできる」

 

「猫目を拒否することもできる」

 

私はニャーサを見た。

 

「でも、一度あなたのシステムへ入ったら」

 

「それらは、どれだけ残るの?」

 

広間に初めて、本当の圧迫感が満ちた。

 

全員が理解しているからだ。

 

猫目の安定は、本質的に、

 

統一された支配

 

の上に成り立っている。

 

「あなたはずっと」

 

「世界を動かし続けていると言ってる」

 

「それも事実なのかもしれない」

 

「でも、問題は」

 

私は低い声で言った。

 

「あなたのシステムが、少しずつ『システムへ入らない人間』の存在を許さなくなること」

 

反対側では、

 

教育責任者が初めて完全に黙り込んだ。

 

彼女が最もよく知っているからだ。

 

地方の学校では今、教材が少しずつ統一されている。

 

住民の認識も統一され始めている。

 

私は続けた。

 

「今の東京が存在する最大の意味は」

 

「勝つことじゃない」

 

「都市全体を守りきることですらない」

 

「東京は」

 

私は大阪の夜景を見た。

 

「少なくとも一つの場所が、今もすべての人へ伝えている」

 

「世界が、必ず猫目の形にしかなれないわけじゃないって」

 

広間は完全に静まり返った。

 

ニャーサは初めて、すぐには笑わなかった。

 

静かに私を見ている。

 

私はゆっくりと前足ではなく手を上げ、東京の映像を指した。

 

「東京の人たちが、どうして今も水を受け取るために並んでいるかわかる?」

 

誰も答えなかった。

 

「今の苦しみは」

 

「今日を生き延びるためだけじゃないと、知ってるから」

 

「将来も」

 

「自分がどう生きたいのかを選べるようにするため」

 

「東京は確かに、ますます包囲された都市へ近づいてる」

 

「でも、少なくともまだ」

 

「一つのシステムが決めた方法でしか生きられない場所にはなってない」

 

空気が、ますます重くなった。

 

私は初めて、この十日間に目にしたものを本当の意味で整理した。

 

北海道の明かり。

 

仙台の商店街。

 

大阪の夜景。

 

再開された学校。

 

再稼働した工場。

 

安定した物流網。

 

温室農業。

 

エネルギーシステム。

 

地方政府。

 

そして、

 

ようやく東京が存在する意味を理解した。

 

今の東京は、「より快適な場所」ではない。

 

「より安全な場所」ですらない。

 

東京が本当に意味しているのは、

 

人間は一つのシステムへ完全に統合されなくても、存在し続けられる。

 

その可能性を、今も証明していることだった。

 

たとえ、その代償が大きくても。

 

私は低い声で言った。

 

「東京は今、孤島みたいになってる」

 

「でも、孤島の意味は」

 

「強いことじゃない」

 

「まだ沈んでいないこと」

 

広間は死のように静まり返った。

 

数人の責任者は、軽率に口を開くことができなかった。

 

突然、気づいたからだ。

 

東京が今も守ろうとしているものは、

 

資源だけではない。

 

人間が、システムの外にある場所を保てるかどうか。

 

その可能性だった。

 

ニャーサが軽く笑った。

 

嘲笑ではない。

 

ようやく聞きたかった答えを聞けたような笑みだった。

 

「いいね」

 

ニャーサは低い声で言った。

 

「ようやく、東京を本当の意味で理解し始めた」

 

私は眉をひそめた。

 

ニャーサは、ゆっくりと窓辺へ向かった。

 

背後には、大阪の夜景が広がっている。

 

「今の東京が最も危険なのは」

 

「電力が足りないからじゃない」

 

「食糧が足りないからでもない」

 

「東京自身が」

 

ニャーサは軽く私を見た。

 

「『選択する権利を残すこと』そのものへ、意味を見いだし始めているからだ」

 

広間は再び静かになった。

 

「そういうものは」

 

ニャーサが低く笑う。

 

「食糧や電力よりも、人間を長く耐えさせることがある」

 

東京の映像へ目を向ける。

 

「だから、ますます攻めにくくなる」

 

「もう単なる都市ではないからだ」

 

「少しずつ」

 

尻尾が軽く揺れる。

 

「象徴へ変わり始めている」

 

広間は長いあいだ静まり返っていた。

 

東京と大阪の映像は、今も画面へ並んでいる。

 

一方は暗い。

 

一方は明るい。

 

まるで二つの文明だった。

 

ニャーサは巨大な窓のそばに立っている。

 

その背後へ、安定して明るい大都市が広がっていた。

 

その光景は、錯覚を生み始めている。

 

普通ではないのは、東京のほうなのではないか。

 

ニャーサは軽く笑った。

 

「東京が象徴になり始めている」

 

「これは、思っていたより厄介だね」

 

広間にいる数人の責任者が、初めて本当に険しい表情を見せた。

 

「象徴」は、

 

都市そのものよりも破壊しにくい。

 

北海道責任者が低い声で言った。

 

「今の東京は」

 

「苦しくなればなるほど」

 

「何かのために耐えているように見えやすくなります」

 

エネルギー責任者も、ゆっくりとうなずいた。

 

「地方の住民も、ますます尋ねるようになっています」

 

「もし東京が本当に間違っているなら、どうして今まで持ちこたえられたのかと」

 

広間は再び沈黙した。

 

私は初めて本当の意味で気づいた。

 

猫目上層部は、東京を軽視していない。

 

むしろ、

 

なぜ東京がまだ崩壊していないのかを、本気で研究し始めている。

 

ニャーサは再び上座へ戻った。

 

尻尾を椅子の端へ軽く垂らしている。

 

そして私を見た。

 

「でも、知ってる?」

 

「象徴の最大の弱点は何か」

 

私は答えなかった。

 

「負けられないことだよ」

 

広間の空気が重くなった。

 

「東京はもう、普通の都市じゃない」

 

「少しずつ」

 

「『人間はまだシステムを拒否できる』という象徴になっている」

 

ニャーサが軽くテーブルを叩いた。

 

「だから」

 

「一度崩壊すれば」

 

「多くのものが、一緒に崩れる」

 

私はニャーサを見つめた。

 

「だから、今まで徹底的に攻撃しなかったの?」

 

ニャーサは笑った。

 

「理由の一部ではあるね」

 

大阪の夜景へ目を向ける。

 

「今の東京が持つ最大の価値は」

 

「日本全体の代わりに、圧力を受け止めていることだ」

 

広間にいる多くの責任者が、わずかに顔を上げた。

 

彼らも初めて聞く話だったらしい。

 

「どういう意味ですか?」

 

東北責任者が低い声で尋ねた。

 

ニャーサはグラスを軽く揺らした。

 

「今の東京は、何に似ている?」

 

誰も答えなかった。

 

「堤防だよ」

 

広間は静かだった。

 

「互助会」

 

「抵抗勢力」

 

「大学」

 

「地方から逃げてきた人々」

 

「旧財団の残党」

 

「今もシステムへ入ることを拒む人々」

 

ニャーサは広間全体を、ゆっくりと見た。

 

「どうして、これらが地方全体へ広がりきっていないと思う?」

 

そして、自分で答えた。

 

「東京がまだ存在しているからだ」

 

「今の東京は、巨大な緩衝地帯になっている」

 

「システムへ完全に入ることを拒む者は」

 

「最後には東京へ集まる」

 

ニャーサが軽く笑った。

 

「だから地方の抵抗は、ますます少なくなっていく」

 

その瞬間、

 

広間にいる数人の責任者の表情が変わった。

 

ようやく気づいたからだ。

 

東京は「まだ解決されていない」のではない。

 

意図的に残されている。

 

私の背中にも、冷たいものが走った。

 

東京自身は、ずっと「抵抗している」と考えている。

 

けれどニャーサの視点では、

 

東京は「反抗者を吸収する場所」

 

としての機能まで持っている。

 

「だから、僕は急いでいない」

 

ニャーサの声は軽かった。

 

「東京が孤島に近づくほど」

 

「地方は反抗しにくくなる」

 

「東京が疲れていくほど」

 

「地方はシステムを信じやすくなる」

 

背後には、大阪の夜景が広がっている。

 

永遠に消えないかのように。

 

私は初めて、本当の意味で感じた。

 

ニャーサの危険性は、もう「強者」という範囲を超えている。

 

文明そのものを支配する者。

 

そのような存在へ近づいている。

 

広間は、長いあいだ静かだった。

 

やがて、

 

代理人が低い声で尋ねた。

 

「主」

 

「最後に、東京はどうなるのでしょう?」

 

ニャーサは、本当に少し考えた。

 

「可能性は二つある」

 

広間にいる全員が、一瞬で静かになった。

 

「一つ目」

 

「東京はますます疲れていき」

 

「最後には、自分からシステムへ入ることを求める」

 

「それが最も穏やかな結果だ」

 

「二つ目」

 

ニャーサは私を軽く見た。

 

「東京が『システムへ入らないこと』そのものへ、意味を見いだし続ける」

 

「そして、本当の精神的中心へ変わる」

 

広間の空気が重くなった。

 

「それは厄介なのですか?」

 

北海道責任者が尋ねた。

 

ニャーサは笑った。

 

「とても厄介だ」

 

「東京が、『人間は今も統一システムを拒否できる』という意味を持ち始めたら」

 

「都市ではなく」

 

「信仰へ変わっていくからね」

 

広間は完全に静まり返った。

 

私は突然気づいた。

 

東京が今、本当に危険なのは、

 

資源ではない。

 

軍事力でもない。

 

術師でもない。

 

意味。

 

ニャーサは軽い声で続けた。

 

「だから」

 

「これから東京は、ますます苦しくなる」

 

「その象徴を維持したいなら」

 

「耐え続けるしかないからだ」

 

ニャーサは私を見た。

 

「どれだけ疲れても」

 

「そして、待つことは」

 

尻尾が軽く揺れる。

 

「僕が最も得意なことだ」

 

私は眉をひそめた。

 

ニャーサは低く笑った。

 

「待つ」

 

「東京が、ますます疲れていくのを待つ」

 

「子どもたちが成長し、疑問を抱き始めるのを待つ」

 

「大学生が、海外こそ未来だと思い始めるのを待つ」

 

「普通の人々が、明るい大阪を懐かしく思い始めるのを待つ」

 

「互助会のメンバーが、地方へ帰りたいと思い始めるのを待つ」

 

「そして、東京の人々自身が尋ね始めるのを待つ」

 

ニャーサが軽くテーブルを叩いた。

 

「耐え続けることに、いったい何の意味があるのか、と」

 

広間は死のように静まり返った。

 

これは脅迫ではない。

 

慢性的な消耗。

 

そして、最も恐ろしいのは、

 

すでに効果が現れ始めていることだった。

 

私は突然、低い声で言った。

 

「それでも今の東京には、耐えようとしてる人がいる」

 

ニャーサが私を見る。

 

私はゆっくりと続けた。

 

「互助会の人たちは、地方のほうが明るいと知ってる」

 

「北海道の港が復旧したことも知ってる」

 

「大阪が普通の世界みたいに見えることも知ってる」

 

「それでも、東京へ戻ろうとしてる」

 

広間は再び静まり返った。

 

「わかってるから」

 

「東京までなくなったら」

 

「すべての地方が、一つの形でしか生きられなくなる」

 

ニャーサは初めて、本当の意味で数秒間沈黙した。

 

そして、

 

突然、軽く笑った。

 

嘲笑ではない。

 

何かをようやく確認できたような笑みだった。

 

「いいね」

 

ニャーサは低い声で言った。

 

「白川一音」

 

「君はようやく、本当の意味で『東京の人間』になり始めた」

 

窓の外では、

 

大阪が今も明るく輝いている。

 

遠く東にある東京では、

 

もうすぐ深夜の電力制限が終わる時間かもしれない。

 

二つの都市。

 

二つの未来。

 

私は初めて本当の意味で理解した。

 

この戦争は、

 

もう術師と術師の戦いだけではない。

 

人間が未来において、どのように生きるべきなのか。

 

それをめぐる戦争だった。

 

大阪中央塔の最上階には、今も明かりがついている。

 

街全体も、夜明け前には見えなかった。

 

高架道路には今も車が走っている。

 

遠くの港湾地区では、今も荷役作業が続いている。

 

商業地域の照明も、一部はまだ点灯している。

 

その一方で、同じ時刻の東京では、

 

多くの地域が完全な夜間省電力状態へ入っている。

 

その違いは、

 

もはや「戦争中に生じた状態の差」には見えない。

 

二つの異なる時代。

 

そのように見えた。

 

広間には今も、数人の核心責任者が残っていた。

 

エネルギー。

 

物流。

 

金融。

 

教育。

 

そして代理人。

 

彼らはもう、晩餐会へ参加しているようには見えない。

 

「未来の日本」についての議論を聞いているようだった。

 

ニャーサは、今も穏やかだった。

 

徹夜しているようにも見えない。

 

この程度の会議など、日常の一部にすぎないかのようだった。

 

「知ってる?」

 

ニャーサが突然、再び口を開いた。

 

「実は東京はもう、日本を少しずつ変え始めている」

 

私は眉をひそめた。

 

「どういう意味?」

 

ニャーサはグラスを軽く揺らした。

 

「北海道の港が復旧したこと」

 

「仙台の商店街へ、再び明かりがついたこと」

 

「地方の学校で、行事が再開されたこと」

 

「その一部は」

 

ニャーサが私を軽く見た。

 

「東京が今も存在しているからだ」

 

広間は静かだった。

 

「東京が存在するから」

 

「地方の住民は、何度も比較する」

 

「なぜ東京の人々は、まだ降伏しないのか」

 

「なぜ東京は、まだ耐えられているのか」

 

「なぜ、あんな生活を続けることを選ぶのか」

 

ニャーサは軽く笑った。

 

「そうした疑問は」

 

「逆に地方へも影響する」

 

私は初めて、本当に驚いた。

 

それまで、そのように考えたことはなかった。

 

「だから」

 

ニャーサは続けた。

 

「東京は今、一種の比較対象へ変わり始めている」

 

「地方の人々は考える」

 

『東京はあれほど苦しいのに、まだシステムへ入ろうとしない』

 

『なら、東京はいったい何を守っているのか』

 

広間は、ますます静かになった。

 

「その疑問自体が」

 

「東京を、ますます象徴へ近づけていく」

 

ニャーサは低く笑った。

 

「面白いよね」

 

私は突然気づいた。

 

ニャーサは、ただ東京を「消そう」としているのではない。

 

東京を観察している。

 

研究している。

 

なぜ、まだ崩壊していないのかを分析している。

 

今の東京は、もう単なる軍事目標ではない。

 

社会実験。

 

そのような存在にもなっている。

 

そのとき、

 

金融責任者が低い声で言った。

 

「主」

 

「今の東京が持つ最大の危険性は」

 

「『意味』を持ち始めていることでしょうか?」

 

広間が静まった。

 

ニャーサは軽くうなずいた。

 

「そうだ」

 

窓の外を見る。

 

「資源が不足している都市は、それほど恐ろしくない」

 

「本当に厄介なのは」

 

「自分たちの苦しみそのものへ、意味を与え始めた都市だ」

 

「今の東京は、ますます」

 

ニャーサは一度、言葉を止めた。

 

「苦しくなることを知っていて、それでも跪かないと決めた人々の集まりに近づいている」

 

広間は完全に静まり返った。

 

私は、奇妙な感情を覚えた。

 

ニャーサは東京の多くの人々よりも、今の東京を正確に説明している。

 

東京はもう、「簡単に勝てる」とはほとんど信じていない。

 

「すぐに反撃できる」とも思っていない。

 

「以前の生活へ戻る」という言葉さえ、口にする者が減っている。

 

今の東京に本当に残っているものは、

 

少なくとも、猫目と同じ姿にはならない。

 

その意思だった。

 

ニャーサは軽い声で続けた。

 

「そういうものは」

 

「食糧よりも長く残ることがある」

 

「人間は一度、『耐えること』そのものへ意味を見いだすと」

 

「ますます耐えられるようになるからだ」

 

広間にいる数人の責任者の表情が険しくなった。

 

彼らは地方を管理している。

 

だから知っている。

 

地方住民の生活が安定し始めた大きな理由の一つは、

 

東京はいずれ耐えられなくなる。

 

そう信じていることだった。

 

けれど東京が、

 

「耐えられなくなっても、それでも耐える」

 

という象徴へ変われば、

 

状況はますます複雑になる。

 

私はようやく低い声で言った。

 

「だから今は、東京を直接壊したくない」

 

けれどニャーサは笑った。

 

「壊したくないわけじゃない」

 

尻尾が軽く揺れた。

 

「直接壊すのは、あまりにも無駄だからだ」

 

広間の空気が重くなった。

 

「今の東京には、あまりにも多くのものが集まっている」

 

「反抗者」

 

「逃亡者」

 

「互助会」

 

「システムへ入ることを拒む人々」

 

「そして」

 

ニャーサは私を見た。

 

「意味」

 

「直接破壊すれば」

 

「それらは日本全体へ散らばっていく」

 

「そのほうが、かえって厄介だ」

 

私はようやく、本当の意味で理解した。

 

どうして東京は今も存在しているのか。

 

猫目に破壊する力がないからではない。

 

東京は今、

 

「システムの外側にいる人々」

 

を集中的に収容する巨大な器のようになっている。

 

ニャーサは軽い声で続けた。

 

「だから僕は、ずっと待っている」

 

「東京自身が、少しずつ変わるのを」

 

「東京の人々が、疲れていくのを」

 

「子どもたちが成長し、『こんな生活は疲れる』と思い始めるのを」

 

「互助会のメンバーが、地方を懐かしみ始めるのを」

 

「大学生が、海外こそ未来だと思い始めるのを」

 

「普通の住民が」

 

ニャーサが軽くテーブルを叩いた。

 

「『システムへ入るのも、それほど悪くないのかもしれない』と思い始めるのを」

 

広間は恐ろしいほど静まり返った。

 

全員が知っていたからだ。

 

その変化は、

 

すでに始まっている。

 

最も恐ろしいのは、

 

ニャーサがまったく急いでいないことだった。

 

むしろ、この過程そのものを楽しんでいるようにさえ見える。

 

「僕が、どうして君にずっとこれらを見せているかわかる?」

 

ニャーサは突然、私を見た。

 

「君は東京のほかの人間よりも早く気づくからだ」

 

「世界はもう変わったと」

 

私は眉をひそめた。

 

ニャーサは低く笑った。

 

「以前は」

 

「都市は戦争に勝てばよかった」

 

「でも、今は違う」

 

ニャーサは大阪の夜景を見た。

 

「未来を本当に決めるのは」

 

「誰が」

 

「『普通の生活』を定義できるかだ」

 

私はようやく気づいた。

 

今の東京にとって、本当に危険なのは、

 

物資でもない。

 

エネルギーでもない。

 

猫目術師でさえない。

 

東京が、「普通の生活」を定義する力を失いつつあること。

 

大阪の人々にとっては、明かりがついていることが普通だ。

 

北海道の子どもたちは、再び雪祭りについて話している。

 

仙台の学生たちは、また商店街を歩いている。

 

地方の作業員は、仕事へ戻っている。

 

一方、東京は少しずつ慣れ始めている。

 

電力不足。

 

水の備蓄。

 

菜園箱。

 

撤離計画。

 

このまま続けば、

 

いつか東京の人々自身が疑い始める。

 

今の暮らし方を、まだ普通の生活と呼べるのか。

 

ニャーサは、

 

その瞬間を待っている。

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