俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ   作:arctichare

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第72章 雷は混沌を有効に抑えられる、そして私は新学期初日に迷子になった

第72章 雷は混沌を有効に抑えられる、そして私は新学期初日に迷子になった

 

新学期初日、私は迷子になった。

 

それほど深刻な迷子ではない。

 

ただ、音声メディア研究の教室を出たあと、文化政策入門の教室へ行こうとして、別の棟へ行ってしまっただけだ。

 

A大学の建物名と番号は、相変わらずあまり親切ではない。

 

私は廊下の突き当たりに立ち、まったく見覚えのない教室の札を見つめて、五秒ほど沈黙した。

 

それからスマホの地図を開いた。

 

学内マップの読み込みが遅い。

 

意識の奥で、ソレンセンが言った。

 

「また建築物に敗北したな」

 

「黙って」

 

「大学の迷宮は邪術師より強いのか?」

 

「ある意味では、そう」

 

「弱いな」

 

相手にしたくなかった。

 

結局、相原真紀から届いたメッセージに救われた。

 

白川さん、もしかして建物を間違えてない? 文化政策は三号館だよ。

 

私はスマホを見て、耳が熱くなった。

 

うん……今、五号館にいる。

 

相原はすぐに返してくれた。

 

階段を下りて、外に出たら左。小広場を抜ければ着くよ。

 

私は彼女の言う通りに歩き、ようやく授業開始二分前に教室へ入ることができた。

 

相原は隣の席を取っておいてくれた。

 

座ったとき、まだ少し息が上がっていた。

 

「ありがとう」

 

彼女は小さな声で言った。

 

「大丈夫。私も最初は間違えたことあるから」

 

その言葉は、とても役に立った。

 

迷うのは、私だけではない。

 

普通の大学生も迷う。

 

これが新学期初日だった。

 

退魔任務はない。

 

猫目もない。

 

ニャーサもない。

 

混沌もない。

 

ただ、私がキャンパスの中で教室を見つけられなかっただけ。

 

それは恥ずかしい。

 

けれど、とても普通だった。

 

そしてそのときの私は知らなかった。

 

キャンパスから遠く離れた海上プラットフォームで、一つの存在が、雷系の力で混沌を傷つける方法を真剣に研究していることを。

 

ニャーサの訓練は、新しい段階に入っていた。

 

以前、それが訓練していたのは制御だった。

 

電流の制御。

 

影の制御。

 

猫目資本の制御。

 

退魔界外縁後方支援の制御。

 

世俗界文化安全プロジェクトの制御。

 

けれど今、それは「傷害」を訓練し始めていた。

 

この世界の術師に対する傷害ではない。

 

それには意味がない。

 

この世界の術師は、たとえ頂点級であっても、それが本当に警戒している相手ではないからだ。

 

それが警戒しているのは、扉の向こうの混沌だった。

 

ニャーサは、すでに残留サンプルから確認していた。

 

白川一音が使う黒弦は、本質的には混沌系の力に由来している。

 

そしてセイル号世界観において、雷電属性は混沌属性に対して抑制効果を持つ。

 

それは、この世界の陰陽術では説明できないものだった。

 

ニャーサにとって、それはより高い階層の戦闘常識だった。

 

混沌系の力は、侵食、歪曲、呑み込み、秩序の破壊を得意とする。

 

それは黒い深海のようなものだ。

 

一度広がれば、周囲の規則は安定性を失う。

 

普通の術式は混沌に触れる前に、汚染されるか、解体されることが多い。

 

しかし、電系は違う。

 

電系の本質は、高周波、貫通、爆発、伝導、そして状態を強制的に変えることだ。

 

それは極めて短い時間で、混沌構造の隙間へ打ち込むことができる。

 

雷光が黒雲を切り裂くように。

 

混沌を完全に消滅させられるとは限らない。

 

それでも少なくとも、混沌を一瞬止め、震わせ、弱点を露出させることはできる。

 

ニャーサにとって、もしあの混沌系のものが本当に封印を破ったなら、雷の力は相手を傷つけるために試せる、唯一の方法かもしれなかった。

 

勝利を保証するものではない。

 

ただ、「傷をつけられるかもしれない」というだけ。

 

それだけでも十分に重要だった。

 

本物のソレンセンを相手にしたとき、多くの力は「傷をつけようと試みる」ことすらできないからだ。

 

ニャーサはそのことをよく理解していた。

 

だから、雷を真剣に修練する。

 

影の修練よりも、さらに真剣に。

 

影は、それに隠れること、転移すること、浸透すること、分身すること、誤導することを可能にする。

 

それらは生存の方法だ。

 

けれど、いつか封印後の混沌と向き合わざるを得なくなったとき、本当に刺し込めるのは雷だけだった。

 

影はソレンセンの目を避けさせる。

 

雷だけが、ソレンセンを傷つけられるかもしれない。

 

訓練場の外で、代理人はスクリーン上のデータを見つめ、もう言葉を失っていた。

 

「ボス、収集した表現データに基づけば、雷電の出力効率は昨日より二十七パーセント向上しています」

 

ニャーサは振り返らなかった。

 

「まだ足りない」

 

「ですが、この世界の基準では……」

 

「この世界の基準を使うな」

 

ニャーサの声が少し冷えた。

 

代理人は即座に頭を下げた。

 

「はい」

 

ニャーサは静かに言った。

 

「白川一音は怖くない」

 

「安全出力の黒弦も怖くない」

 

「怖いのは、彼女がいつか何かを守るため、自分の手で扉を開くことだ」

 

だからこそ、それは雷を修練しなければならなかった。

 

もしその日が来たなら、少なくとも混沌へ刺し込める一本の針が必要だ。

 

殺せなくてもいい。

 

制圧できなくてもいい。

 

ただ、相手に痛みを知らせる。

 

相手を一瞬止める。

 

自分が生きて逃げる機会を作る。

 

その日の文化政策入門で、先生が扱ったのは公共文化資金だった。

 

私は最初から真面目に聞いていた。

 

それは、私の未来の方向に関わる内容だったからだ。

 

文化施設はなぜ助成を必要とするのか。

 

小型文化空間はなぜチケット収入だけで生き残るのが難しいのか。

 

青年活動プロジェクトはなぜ、地方自治体、民間基金、地域社会の支援を必要とするのか。

 

先生は黒板に書いた。

 

資金源は活動の自由度を決める。

 

私はすぐにその言葉を書き留めた。

 

資金源は活動の自由度を決める。

 

それは、日和が以前言っていたことに似ていた。

 

お金に、関係を越えさせないこと。

 

高橋さんが言っていたことにも似ていた。

 

無料の支援でも、その後の管理を見なければならない。

 

先生は続けた。

 

「文化プロジェクトが資金を受け入れるときは、金額だけを見るのではありません。資金提供者が、活動内容、データ回収、宣伝露出、参加者情報、後続の協力権を要求するかどうかも見なければなりません」

 

「参加者情報」と聞いた瞬間、私の指が少し止まった。

 

なぜか、猫目基金を思い出した。

 

でも、その考えはとても軽かった。

 

机の上を風が吹き抜けるように。

 

私はそれを掴まなかった。

 

証拠がなかったからだ。

 

それに、外で何が起きているかも知らなかった。

 

意識の奥のソレンセンには、まったく反応がなかった。

 

それは文化政策に興味がない。

 

資金源にも興味がない。

 

公益基金にも興味がない。

 

むしろ、この授業は自動車学校より退屈だと思っているようだった。

 

「人間はなぜ、金がどこから来るかを一時間も話すのだ?」

 

それが尋ねた。

 

「大事だから」

 

「金は戦えない」

 

「でも、お金は誰が舞台に立てるかを決める」

 

「舞台に立ってどうする?」

 

「人によっては、とても大事なこと」

 

ソレンセンは少し黙った。

 

「また、あの幼虫どもの音楽活動のことを考えているな」

 

「うん」

 

「退屈だ」

 

「でも、私は好き」

 

それ以上、それは話さなかった。

 

私はノートを取り続けた。

 

資金源。

 

活動の自由度。

 

データ回収。

 

後続の協力権。

 

その言葉たちは、当時はただの授業内容だった。

 

私は知らなかった。

 

それらが、ニャーサが世俗界と退魔界を支配する方法を、ちょうど言い表していたことを。

 

ニャーサの電系修練は、単純に出力を高めることではなかった。

 

それは「電がいかに混沌を通り抜けるか」を研究していた。

 

混沌の力は、硬い壁ではない。

 

むしろ、不安定な海に近い。

 

普通の攻撃は落ち込んだ瞬間に呑まれる。

 

だから、ソレンセンに正面から勝てないという前提のもと、生き残るための傷を作らなければならない。

 

ソレンセンを殺すのではない。

 

ソレンセンが、代価なしに自分を追い殺せないようにするのだ。

 

ニャーサは現実的だった。

 

「傷つけられる」ことと「勝てる」ことを同じだとは考えない。

 

ただ、あの混沌系のものが封印を破ったなら、雷の力こそが相手を傷つけるために試せる唯一の方法だと信じていた。

 

唯一であるなら、極限まで鍛えなければならない。

 

訓練場で、ニャーサは模擬標的核の数を百個に増やした。

 

そして照明を消した。

 

場内は闇に沈む。

 

百個の標的核が、暗闇の中をゆっくりと動いている。

 

それらは、混沌汚染が広がるときの無秩序な軌跡を模していた。

 

次の瞬間、かすかな電光が走った。

 

百個の標的核に、ほぼ同時に亀裂が入った。

 

代理人は監視室に立ったまま、背中に冷や汗を浮かべていた。

 

彼は初めて理解した。

 

ボスが普段、商業と資本で世界を弄んでいるのは、ただそうしたいからなのだ。

 

それしかできないからではない。

 

もし直接何かを破壊したいと思えば、それも完全に可能なのだ。

 

退魔界の大勢力は、なおも猫目に侵食されていた。

 

天城グループは外縁線の清査を始めたあと、切断コストが想像以上に高いことに気づいた。

 

いくつかのサプライヤーは、すでに在庫、保険、物流をすべて猫目プラットフォームに接続していた。

 

強引に停止すれば、天城自身の文化安全プロジェクトも遅延する。

 

天城美咲は会議で言った。

 

「遅延しても切る」

 

誰かが反対した。

 

「私たちは再編直後です。これ以上大規模な業務停止は避けるべきです」

 

美咲はその人を見た。

 

「猫目への依存を続ければ、いずれ停止の権限は私たちの手になくなる」

 

天城怜司は彼女を支持した。

 

しかし、グループ内部の全員が支持したわけではない。

 

猫目はただの商業上の競争相手だと思う者もいた。

 

天城は今、敏感になりすぎていると思う者もいた。

 

中には、猫目の一部サービスを受け入れればコストを下げ、グループの信用回復にも役立つと考える者さえいた。

 

ニャーサは、こういう分裂を最も好む。

 

天城を降伏させる必要などない。

 

天城内部が即座に統一行動を取れなくなれば、それでいい。

 

御影家も同じだった。

 

御影冬子は旁系の猫目契約を停止しようとした。

 

旁系は不満を持った。

 

「本家は金も出さないのに、低価格保険を放棄しろと言うのですか?」

 

御影冬子の顔色は冷たかった。

 

御影秋人は言った。

 

「代替案を出すべきです」

 

冬子は彼を見た。

 

「言うのは簡単ね」

 

「でも代替案がなければ、命令だけになります。命令は反発されます」

 

その言葉は、好ましいものではなかった。

 

けれど正しかった。

 

御影家は、自分たちの資金を使って旁系の差額を補填せざるを得なくなった。

 

猫目は手を出していない。

 

それでも、御影家に穴埋めの金を払わせた。

 

京都のほうでは、七条が猫目関連のデジタル化プロジェクトを止めたあと、文化保存の担当者たちの一部が不満を言い始めた。

 

「旧資料をデジタル化しないなら、破損したとき誰が責任を取るのですか?」

 

「猫目関連の請負業者は、価格が他社の六割です」

 

「七条監察はいつも危険だと言うだけですが、代替案はあるのですか?」

 

七条は冷静だった。

 

彼女は知っていた。

 

この不満のすべてが、猫目に買収された結果ではないことを。

 

多くの人は本当に、資料の損傷を心配している。

 

問題は、敵がいることだけではない。

 

問題は、敵が現実の需要に対して安い答えを提供していることなのだ。

 

それを拒むには、別の答えを用意しなければならない。

 

それは非常に難しい。

 

私が大学で文化政策の授業を聞いていたとき、先生はちょうど似た問題を話していた。

 

「多くの文化施設がリスクのある資金を受け入れるのは、彼らが愚かだからではありません」

 

先生は言った。

 

「本当にお金が足りないからです」

 

私はペンを止めた。

 

その言葉は重要だった。

 

先生は続けた。

 

「資金依存を批判するのは簡単です。しかし代替資金がないのに、現場へ支援を拒めとだけ求めるのは、現実的ではありません」

 

私はゆっくりと書いた。

 

悪い資金を拒むには、代替案が必要。

 

これは、とても重要な言葉だった。

 

私は「初めてのステージ支援計画」を思い出した。

 

猫目基金を思い出した。

 

高橋さんが協力を断ったとき、後続管理が複雑になると言っていたことも思い出した。

 

そのとき私は、慎重なのは良いことだと思っただけだった。

 

今になってようやく、慎重でいることにもコストがあるとわかった。

 

もし活動センターがひどく資金不足なら、慎重になる余裕がないかもしれない。

 

もし小型LiveHouseが倒産寸前なら、低利ローンを拒めないかもしれない。

 

もし学生バンドが保険を買えないなら、無料支援を選ぶかもしれない。

 

私はノートの端に書いた。

 

将来、文化空間の仕事をするなら、自主性を傷つけない支援の作り方を考えること。

 

相原が、私がとても真面目に書いているのを見て、小さな声で言った。

 

「白川さん、この授業、すごく合ってるみたい」

 

私はうなずいた。

 

「うん」

 

私は知らなかった。

 

外で猫目が、まさに同じ論理で支配を広げていることを。

 

でも、私はすでに普通の授業の中で、解き方の方向を学び始めていた。

 

直接切断するのではなく。

 

代替する。

 

相手が支援を受け入れたことを責めるのではなく。

 

もっと良い選択肢を作る。

 

それはとても遅い。

 

でも、たぶん役に立つ。

 

ニャーサは、そういう遅さを恐れない。

 

それが最も恐れないものこそ、遅さだからだ。

 

恐れているのは、ある種の予測不能な爆発だった。

 

たとえば、封印破裂後のソレンセン。

 

だから、それは雷の修練を続ける。

 

訓練が終わるたび、最新の混沌残留報告を確認した。

 

最新の結論には、こう記されていた。

 

安全出力下の黒弦は、極めて強い切断能力を持つ。ただし、範囲、持続時間、出力階層には明確な制限がある。

 

白川一音が普通人の保護、公開露出の回避、死傷の回避という心理条件下にある場合、出力はより保守的になる。

 

彼女が重視する人物や場所が周囲に存在する場合、戦闘選択はさらに制限される。

 

ニャーサはその結論を見て、静かに笑った。

 

「彼女は守る」

 

「だから遅くなる」

 

「彼女はためらう」

 

「だから止まる」

 

「彼女は扉を開きたがらない」

 

「だから上限がある」

 

それは嘲笑ではなかった。

 

ただの分析だった。

 

白川一音の善意は無意味ではない。

 

彼女の境界は弱さではない。

 

だが、正面からニャーサと対峙するとき、それらはすべて制限になる。

 

ニャーサは制限を尊重する。

 

なぜなら、制限こそが戦術の入り口だからだ。

 

ただし、ニャーサもまた知っていた。

 

まさにその制限があるからこそ、白川一音は第二の災厄にならずに済んでいるのだと。

 

もしある日、その制限がすべて断ち切られたなら。

 

それはもう、今の自分が簡単に制圧できる学生ではない。

 

混沌の本体が、手を伸ばし始めるということだ。

 

だから、それは雷を修練する。

 

万が一のために。

 

その夜、AfterToneの練習が終わったあと、私は日和と一緒にケーブルを片づけていた。

 

陽菜と澪は前のほうで夕飯の話をしている。

 

日和が尋ねた。

 

「文化政策の授業、どうだった?」

 

私は少し考えた。

 

「すごく役に立った」

 

「何をやったの?」

 

「資金源は活動の自由度に影響するって。悪い資金を拒むにも、代替案が必要だって」

 

日和はうなずいた。

 

「現実的だね」

 

「うん」

 

私はケーブルを巻き終えた。

 

「前は、出どころのわからないお金は受け取らなければいい、って思ってた。でも今日、リスクを知らないわけじゃなくて、ほかに選択肢がない場所もあるんだってわかった」

 

日和は私を見た。

 

「だから、あなたが将来やりたい仕事は、活動現場を支えるだけじゃないのかもね」

 

「お金がどこから来るかも考えないといけない?」

 

「そう」

 

それは少し頭が痛くなる話だった。

 

「難しいね」

 

日和は笑った。

 

「難しいよ」

 

彼女は「難しくない」と慰めたりしなかった。

 

それが、かえって私を安心させた。

 

日和はいつも、物事が持つ本来の重さを尊重してくれるからだ。

 

私は小さな声で言った。

 

「でも、お金のことがわからないと、活動を守れないかもしれない」

 

日和はうなずいた。

 

「うん」

 

「もし将来、本当に文化空間に関係する仕事をするなら、予算とか、補助金とか、契約とか、資金提供者に多くを持っていかれない方法も勉強しないと」

 

日和は私を見つめた。

 

その眼差しは、とても柔らかかった。

 

「小音、だんだん本当に未来の準備をしてる感じがするね」

 

私はうつむいた。

 

「まだ遠いよ」

 

「遠くてもいいよ」

 

彼女は言った。

 

「もう学び始めてるから」

 

その言葉に、胸が温かくなった。

 

私は知らなかった。

 

一つの敵が、資金源によって暗面全体を支配しようとしていることを。

 

けれど私は、授業の中で資金を見る方法を学んでいた。

 

それは偶然かもしれない。

 

偶然ではないのかもしれない。

 

少なくとも今は、ただの大学の勉強だった。

 

夜、ニャーサは訓練を終えた。

 

それは中央に立ち、遠くの投影を見上げていた。

 

投影されているのは、複雑なネットワーク図だった。

 

猫目資本。

 

猫目基金。

 

猫目保険。

 

猫目安全。

 

猫目文化。

 

世俗界の会社。

 

退魔界の外部委託。

 

大勢力の外縁。

 

文化施設。

 

青少年活動。

 

小型LiveHouse。

 

無門術師の調査ノード。

 

特調室の対抗ノード。

 

そして一番外側に、まだ接続されていない一つの名前があった。

 

白川一音。

 

ニャーサは急いでその線を引こうとはしなかった。

 

ただ、その名前を見つめていた。

 

「君は今、資金源を学んでいる」

 

それは静かに言った。

 

「いいね」

 

「学べば学ぶほど、未来で私を理解できるようになる」

 

「でも、君が理解したときには、もう遅いかもしれない」

 

それは笑った。

 

「でも構わない」

 

「猫は賢い獲物が好きだ」

 

そして、別の図を開いた。

 

そこには雷電修練の進捗が表示されていた。

 

最後の欄には、こう書かれている。

 

対混沌封印破壊時の応急傷害効率、なお不足。継続強化。

 

ニャーサはその一文を見て、笑みを消した。

 

「続ける」

 

私が小さなアパートへ戻ったころには、もう遅い時間だった。

 

鍵を三回確認する。

 

シャワーを浴びる。

 

水を飲む。

 

時間割を開く。

 

明日は音声メディア研究の最初の正式授業だ。

 

少し楽しみだった。

 

少し緊張もしていた。

 

意識の奥で、ソレンセンが言った。

 

「明日もまた、人間が音について語るのを聞くのか」

 

「うん」

 

「退屈だ」

 

「私は面白いと思う」

 

「最近のお前は、いろんなものを面白がるようになったな」

 

「それは悪いこと?」

 

それは少し沈黙した。

 

「前みたいに、いつも震えているよりはましだ」

 

私は固まった。

 

これは褒め言葉なのだろうか。

 

たぶん、そうだ。

 

私は少し笑った。

 

「ありがとう」

 

「吾は褒めていない」

 

「うん」

 

私は電気を消した。

 

部屋が暗くなる。

 

窓の外には、新学期が始まったあとの東京の夜景があった。

 

私は海上プラットフォームの電光を知らない。

 

猫目ネットワークが拡大していることも知らない。

 

ニャーサが雷電属性の力を、封印を破ったソレンセンを傷つけるための唯一の方法として見ていることも知らない。

 

安全出力下の私など、ニャーサの目には真剣に対処する対象ですらないことも知らない。

 

私が知っていたのは、明日、音声メディア研究があるということだけだった。

 

授業前資料を、まだ完全には読み終えていない。

 

今は、そのほうがずっと急ぎだった。

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