俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ   作:arctichare

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第79章 黒弦も敗れる、そして退魔界が初めて本当に恐れた日

第79章 黒弦も敗れる、そして退魔界が初めて本当に恐れた日

 

翌朝、私は学校へ行かなかった。

 

これはサボりではない。

 

欠席届だ。

 

眼鏡の女性が大学側へ、「体調不良のため休養が必要」と説明してくれた。

 

その言葉は、とても普通だった。

 

そして、とても本当だった。

 

手首はまだ痛い。

 

肩を上げると鈍く痛む。

 

膝の側面には青あざができている。

 

けれど、もっとつらいのは頭の中だった。

 

目を閉じるだけで、埠頭を思い出す。

 

黒い海面。

 

空っぽの貨物場。

 

向かい側に立っていた猫目の核心。

 

あれは未知の電流攻撃を使わなかった。

 

大規模な術式も展開しなかった。

 

それどころか、本当に真面目になってすらいなかった。

 

体術だけで、私を撤退線の内側まで押し込んだ。

 

私はこれまでにも、いろいろなものに負けてきた。

 

人混みに負けた。

 

電話に負けた。

 

教室の入口に負けた。

 

自己紹介に負けた。

 

初めての路上教習に負けた。

 

煮すぎた麺にも負けた。

 

でも今回は違った。

 

今回、私が負けたのは「下北沢の黒弦」という身分だった。

 

退魔界の多くの人が、負けないと思っていたものだった。

 

私は小さなアパートの床に座り、膝を抱えたまま、長いあいだ動かなかった。

 

黒海の中のソレンセンも、とても静かだった。

 

それは私を嘲笑しなかった。

 

そのことが、かえって慣れなかった。

 

「何か言って」

 

私は心の中で言った。

 

「何を聞きたい?」

 

「何でも」

 

「お前は負けた」

 

「それは知ってる」

 

「だが、生きている」

 

「うん」

 

「扉を開けなかった」

 

「うん」

 

「だから今日は、さらに大きな災厄は起きなかった」

 

私はうつむいた。

 

「でも、外の人たちはどう思うんだろう」

 

ソレンセンは低く笑った。

 

「恐れるだろうな」

 

それの言った通りだった。

 

その日以降、退魔界は確かに恐れ始めた。

 

私を恐れたのではない。

 

以前、多くの人が認めたがらなかった一つの事実を恐れたのだ。

 

黒弦も敗れる。

 

特調室は、まず情報を封鎖した。

 

正式報告は外部へ流されなかった。

 

各大勢力へ送られたのは、最低限の通報だけだった。

 

B-Black Stringと猫目核心個体が制御下で接触。

 

対象は安全に撤退。

 

猫目核心個体は全能力を示していない。

 

B-Black Stringに当該個体との再度の単独接触を要求してはならない。

 

すべての関連行動は、情報、後方支援、資金、代替体系による反制へ移行する。

 

報告書には、「白川一音が負けた」とは書かれていなかった。

 

けれど、報告書を読める者たちは全員、理解した。

 

もし黒弦が勝っていたなら、報告はこんな書き方にならない。

 

もし黒弦が少なくとも互角だったなら、「安全に撤退」をここまで強調しない。

 

もし猫目核心がすでに全力を出していたなら、「戦力上限確認」と書かれていただろう。

 

けれど報告には、こう書かれていた。

 

全能力を示していない。

 

その一文は、氷の塊のように、各大勢力の会議室へ叩き込まれた。

 

彼らはようやく理解した。

 

猫目核心は、普通の強敵ではない。

 

経済と配下術師だけで成り立っている黒幕資本でもない。

 

それ自体が、黒弦を制圧できる存在なのだ。

 

少なくとも、現実任務中に白川一音が使える黒弦を制圧できる。

 

それだけで、退魔界全体の判断を変えるには十分だった。

 

特調室内部の会議は、深夜まで続いた。

 

眼鏡の女性は、私の医療報告を机の上に置いた。

 

「軟部組織損傷、関節への衝撃、短時間の神経振盪。致命傷はありません」

 

若い分析官が低い声で言った。

 

「猫目核心は、傷害を制御したのですね」

 

「はい」

 

「故意に殺さなかった」

 

「はい」

 

「未知の電流攻撃も、意図的に使わなかった?」

 

眼鏡の女性は少し沈黙した。

 

「現場での表現を見る限り、そうです」

 

会議室は、さらに静かになった。

 

久我山統括官は主席に座っていた。

 

その顔色は、今までのどのときよりも沈んでいた。

 

「つまり、それは最低限の表現で、彼女を倒せると我々に示した」

 

誰も反論しなかった。

 

医療責任者が言った。

 

「白川さんは手順通りに撤退し、出力の制御喪失も起きませんでした。これが最も重要な結果です」

 

心理保護班の責任者もうなずいた。

 

「敗北後の心理的衝撃には注意が必要です。特に、外部が失敗の責任を彼女に押しつけることを避けなければなりません」

 

戦術計画班の一人が言った。

 

「ですが、我々は現在の正面対抗案が失敗したことも認めなければなりません」

 

久我山は言った。

 

「失敗ではない」

 

彼は全員を見た。

 

「今回の接触の目標は、勝利ではなく、確認と撤退だった」

 

「彼女はそれを完了した」

 

眼鏡の女性が低く言った。

 

「ですが、本人は必ず、自分が負けたと感じています」

 

久我山は目を閉じた。

 

「だから、世界中がもう一度それを彼女に告げるようなことをしてはならない」

 

その言葉が、特調室のその後の原則になった。

 

敗北の詳細を公開しない。

 

失敗を彼女への審判にしない。

 

いかなる勢力にも、「黒弦が負けた」という事実を利用して出力向上を迫らせない。

 

誰にも「もっと強くならなければならない」と言わせない。

 

なぜなら彼らが今、最も恐れているのは、私が自分はまだ勝てると証明するために、あの扉へ触れることだったからだ。

 

天城グループが通報を受け取ったあと、会議室は丸一分、静まり返った。

 

天城美咲は報告を読み終えると、指先が白くなっていた。

 

「それは、あの未知の電流攻撃を使わなかったの?」

 

天城怜司は首を横に振った。

 

「報告では検出されていない」

 

「体術だけ?」

 

「そうだ」

 

ある取締役が、張りつめた声で言った。

 

「では、もし本当の攻撃を使っていたら……」

 

誰も続けなかった。

 

答えは、全員わかっていた。

 

もし猫目核心が本気で出手していたら、結果はさらに悪かったかもしれない。

 

天城美咲は低く言った。

 

「私たちはもう、白川さんを最終保険のように見てはいけない」

 

その言葉で、数名の取締役が顔を上げた。

 

過去、多くの人の心の底には、確かに一つの考えがあった。

 

天城旧システムに何かあれば、黒弦が切れる。

 

猫目の資金線がどれほど複雑でも、黒弦なら切れるかもしれない。

 

核心個体が現れても、黒弦なら少なくとも防げる。

 

今、その考えは砕かれた。

 

黒弦は万能保険ではない。

 

天城怜司は言った。

 

「これ以降、天城のすべての反猫目計画は、白川さんの介入を前提にしてはならない」

 

「では、何に頼るのですか?」

 

誰かが尋ねた。

 

美咲はその人を見た。

 

「自分たちで外縁線をきれいに切ること」

 

「代替サプライヤー」

 

「コンプライアンス審査」

 

「そして、二度と自分たちのシステムを他人に渡さないこと」

 

その人は沈黙した。

 

どれも遅い。

 

どれも高くつく。

 

「黒弦に頼む」より、ずっと爽快ではない。

 

けれど、黒弦は負けた。

 

そして彼女は、これ以上押し出されるべきではない。

 

天城はようやく認めなければならなくなった。

 

自分たちの過ちと脆さを、一人の大学生に修理させてはならないのだと。

 

御影家の反応は、さらに激しかった。

 

会議が始まった直後、誰かが言った。

 

「彼女が負けたなら、彼女にはより強い訓練が必要だということです」

 

御影冬子は、机を叩いた。

 

「黙りなさい」

 

その人の顔色が変わった。

 

「私は現実を言っているだけです」

 

御影冬子は冷たく言った。

 

「現実は、彼女がすでにあなたたちのような考え方によって、猫目の前へ一度押し出されたということよ」

 

御影秋人は珍しく笑っていなかった。

 

「それに、報告書にははっきり書かれています。彼女は撤退に成功し、制御喪失しなかった」

 

「つまり、彼女の判断は正しかったということです」

 

誰かが不満げに言った。

 

「しかし猫目核心はまだいる」

 

御影秋人はその人を見た。

 

「だから、どうするつもりですか?」

 

「また彼女を行かせるのですか?」

 

「次も賭けさせるのですか?」

 

「我々の知らない代価を持つ力を使わせるのですか?」

 

会議室は沈黙した。

 

御影冬子は言った。

 

「これ以降、御影家内部で『黒弦を強化する』という議論を禁じます」

 

「白川一音に猫目核心への協力要請を出すことを禁じます」

 

「彼女の敗北を情報の談話素材にすることを禁じます」

 

その人は低い声で言った。

 

「ですが、外はいずれ知ります」

 

御影冬子の目は、さらに冷たくなった。

 

「なら、外に知らせなさい。詳細を広める者は、御影の敵だと」

 

御影秋人は軽くため息をついた。

 

「今回、彼女が失ったのは尊厳ではありません」

 

「彼女が守ったのは、もっと重要なものです」

 

誰かが尋ねた。

 

「何を?」

 

御影秋人は言った。

 

「勝つために、境界を越えなかったことです」

 

彼は「扉」とは言えなかった。

 

本当の扉が何かも知らない。

 

けれど、そこに境界があることは感じ取っていた。

 

そして私は、それを守った。

 

京都旧結界管理委員会の会議で、七条は報告を見つめたまま、長いあいだ何も言わなかった。

 

老委員が尋ねた。

 

「どう見る?」

 

七条は言った。

 

「猫目核心は示威しています」

 

「彼女を殺すためではなく」

 

「黒弦も答えではないと、私たちに知らせるために」

 

老委員はうなずいた。

 

「ならば京都は、もう彼女に希望を託してはならないな」

 

「そもそも託すべきではありませんでした」

 

七条の声は冷たかった。

 

「彼女はつい先日、旧音庫を解決してくれたばかりです」

 

「それなのに、猫目が強いからといって、また彼女を行かせようとするなら、京都は災い除けに子どもを立てる旧家族と何も変わりません」

 

若い委員が低い声で言った。

 

「しかし、もし将来、猫目核心が京都を攻撃してきたら……」

 

七条は彼を見た。

 

「そのときは京都が先に京都を守る」

 

「先に彼女を探すのではありません」

 

その言葉は重かった。

 

京都の人間は、昔から誇り高い。

 

けれど今回、その誇りはかえって正しいものになった。

 

彼らは一人の外部の大学生を、京都最後の盾にしてはいけなかった。

 

老委員はゆっくりと言った。

 

「旧結界防衛計画を再起動する」

 

「遅くても、やる」

 

「高くついても、やる」

 

「もう、すべてを切断してくれる一人を待ってはならない」

 

七条はうなずいた。

 

「それから、猫目関連のデジタル化プロジェクトはすべて再審査します」

 

「京都自身で代替を作る」

 

「たとえ遅くても」

 

老委員は言った。

 

「たとえ遅くても」

 

玄海鎮守連合のほうでは、宗像怜央が通報を読み終えたあと、顔色を白くしていた。

 

白髪の宮司が尋ねた。

 

「怖くなったか?」

 

宗像怜央はうなずいた。

 

「はい」

 

彼は隠さなかった。

 

「彼女が九州で潮返洞を処理してくれたとき、私は、彼女ならいつも一番重要な問題を切断できるのだと思っていました」

 

白髪の宮司は言った。

 

「多くの者が、そう思っていた」

 

「これからは、そう思ってはいけません」

 

宗像怜央は低く言った。

 

「彼女にとっては、むしろ良いことかもしれません」

 

白髪の宮司は彼を一瞥した。

 

宗像怜央は続けた。

 

「もし皆が、彼女は負けないと信じていたら、最も難しいことをどんどん彼女へ押しつけることになる」

 

「今、皆が彼女も負けると知ったなら、もしかすると止まるかもしれません」

 

白髪の宮司はため息をついた。

 

「本当に止まればよいがな」

 

その後、玄海は内部命令を出した。

 

白川一音に猫目核心関連事件の処理を求めてはならない。

 

九州地方の猫目浸透は、玄海鎮守が先に引き受ける。

 

漁港保険、地方基金、旧祭礼資料整理については、すべて現地代替案を構築する。

 

コストが高いと不満を言う者もいた。

 

宗像怜央はただ言った。

 

「コストがどれほど高くても、他人に命で払わせてはいけません」

 

四国地方連合の反応も重かった。

 

久世真帆は報告を見て、歯を食いしばった。

 

「体術だけで勝ったの?」

 

明厳老僧はうなずいた。

 

「報告にはそう書いてある」

 

「なら、以前私たちの人に使った未知の電流攻撃は、そもそも上限ではない」

 

「おそらくな」

 

会議室は死んだように静まり返った。

 

四国では以前、猫目の観光客異常記録システムをもっと強硬に撤去すべきかどうかを議論していた。

 

今は、誰も直接叩くとは言わなかった。

 

久世真帆は言った。

 

「私たちは自分たちの道を作る」

 

「遍路道修復に猫目は使わない」

 

「遅くても遅いままでいい」

 

「灯りの設置が遅れても構わない」

 

「金が足りないなら、自分たちで集める」

 

誰かが言った。

 

「地方商店は不満を持ちます」

 

久世真帆は冷たく言った。

 

「なら説明に行く」

 

明厳老僧は両手を合わせた。

 

「道の修繕が難しいからといって、道を猫に渡してはならない」

 

その言葉は、四国の内部通知に書き込まれた。

 

無門術師チャンネルの空気は、これまでになく重かった。

 

真壁仁が、かなり遅い時間になってからメッセージを送った。

 

彼女は撤退した。

 

菅原涼が返信した。

 

医療状況は?

 

真壁:

 

致命傷なし。精神的衝撃が大きい。

 

遠野修司:

 

猫目核心は、あの電流攻撃を使わなかったのか?

 

真壁:

 

使っていない。体術で制圧。

 

チャンネルは長いあいだ沈黙した。

 

最後に、誰かが低く送った。

 

じゃあ、黒弦でも勝てないのか?

 

真壁仁は長いあいだ返信しなかった。

 

先に菅原涼が送った。

 

そういう言い方はしないで。

 

彼女の目標は撤退だった。彼女はそれを達成した。

 

遠野修司:

 

しかも、彼女は制御を失わなかった。

 

ようやく真壁仁が送った。

 

これから誰かが「猫目は黒弦に任せろ」と言ったら、俺が直接怒鳴りに行く。

 

別の術師が尋ねた。

 

では、私たちには何ができますか?

 

真壁は返した。

 

もっと多くの汚れ仕事をする。

 

猫目の倉庫、契約、保険、物資、資金、地方サプライチェーン。

 

切れるものを、切れるだけ切る。

 

菅原涼:

 

彼女が猫目の前に立つ回数を一回でも減らせたなら、それが私たちの勝利。

 

遠野:

 

同意。

 

このチャンネルの無門術師たちは、多くの大勢力よりも早く現実を受け入れた。

 

彼らは「黒弦はなぜ負けたのか」とは聞かなかった。

 

ただ、こう問うた。

 

どうすれば、彼女が二度目の敗北へ行かずに済むのか。

 

世俗資本圏にも、ぼんやりとした情報が届いた。

 

彼らは白川一音を知らない。

 

黒弦も知らない。

 

特調室内部のコードネームも知らない。

 

けれど、暗面で頂点級の対抗戦力と見なされている誰かが、猫目核心と接触し、優勢を取れなかったことは知った。

 

この知らせは、いくつかの大資本家をさらに沈黙させた。

 

以前、彼らはまだ、猫目は金が多く、手下が多く、手段が奇妙なだけだと思っていた。

 

今、彼らは理解した。

 

猫目の背後には、暗面の頂点級戦力を制圧できる存在がいるのだと。

 

世俗財団は、武力による試探をさらに恐れるようになった。

 

経済面でも、「猫目を圧制する」から「猫目が自家の核心へ入るのを防ぐ」へ方向を変え始めた。

 

それもまた、ニャーサにとっては勝利だった。

 

それは全員を臣従させる必要はない。

 

ただ、猫目は簡単には破壊できないと全員に認めさせればよかった。

 

そうすれば、猫目は拡張を続けられる。

 

ニャーサ本人は、戦後影響報告を読み終えると、機嫌がよかった。

 

それは海上プラットフォームの訓練場の外に座っていた。

 

テーブルの上には、開封済みのペットボトルの水が一本置かれている。

 

今回は、一口飲んだ。

 

前回の戦闘で消耗したからではない。

 

今日の気分が良かったからだ。

 

代理人が報告した。

 

「特調室は戦闘詳細を封鎖しました」

 

「大勢力内部では、黒弦が勝てなかったことがすでに知られています」

 

「多くの勢力は防御と代替体系へ移行しています」

 

「一部の強硬派は、依然として黒弦の高出力を利用する方法の研究を要求していますが、抑え込まれています」

 

ニャーサは笑った。

 

「いいね」

 

代理人が尋ねた。

 

「続けて彼女に出手を迫りますか?」

 

「しない」

 

ニャーサは言った。

 

「今は必要ない」

 

「なぜですか?」

 

「彼女はもう、自分が負けると知った」

 

「退魔界も知った」

 

「それは、もう一度戦うより価値がある」

 

それは訓練場の中に模擬された黒い混沌の弦を見た。

 

「ただ、彼女は扉を守った」

 

代理人には意味がわからなかった。

 

ニャーサも説明しなかった。

 

それは軽く尾を揺らした。

 

「そこはいい」

 

「彼女が扉を守れば守るほど、私には勝てない」

 

「守らなければ、出てくるのは彼女ではない」

 

「どちらにしても、面白い盤面だ」

 

ニャーサは低く笑った。

 

「倉庫と資金線の推進を続けろ」

 

「今、彼らはさらに慎重になる」

 

「慎重さは彼らを遅くする」

 

「そして猫目は、その間も地方を食べ続けられる」

 

私は、そうした会議を知らなかった。

 

そうした判断も知らなかった。

 

皆がすでに「黒弦も敗れる」という事実を使って、私を理解し直し始めていることも知らなかった。

 

私が知っていたのは、翌朝目が覚めたとき、身体がまだ痛かったということだけだった。

 

私は二日間、授業を休んだ。

 

音声メディア研究の資料は、相原真紀が送ってくれた。

 

彼女は尋ねた。

 

白川さん、体調は大丈夫?

 

私は返した。

 

少しよくなった。ありがとう。

 

彼女はそれ以上聞かなかった。

 

日和が小さなアパートの近くまで来てくれた。

 

部屋には入らなかった。

 

近くのコンビニで会っただけだった。

 

彼女は温かい飲み物と、簡単な食べ物を持ってきてくれた。

 

私の手首の包帯を見ると、彼女は眉をひそめた。

 

「これが重くないって言うの?」

 

私はうつむいた。

 

「そんなに重くはない」

 

「痛い?」

 

「少し」

 

彼女はしばらく黙った。

 

「今回も、言えないこと?」

 

私はうなずいた。

 

「うん」

 

彼女はそれ以上聞かなかった。

 

ただ、袋を私へ渡した。

 

「じゃあ、少なくとも今、何が必要かは言って」

 

私は袋を見た。

 

中にはおにぎり、温かいお茶、野菜スープ、それから痛み止めの湿布が一箱入っていた。

 

喉が少し詰まった。

 

「わからない」

 

それは本当だった。

 

私は、自分が何を必要としているのかわからなかった。

 

負けた。

 

でも、どうして負けたのかは言えない。

 

怖い。

 

でも、誰が怖いのかは言えない。

 

自分が役に立たないように感じる。

 

でも、役に立つために扉を開けてはいけないことも知っている。

 

日和は私を見て、長いあいだ経ってから言った。

 

「じゃあ、今日はまずご飯を食べよう」

 

私は固まった。

 

彼女は続けた。

 

「何が必要かわからないときは、まずご飯」

 

その言葉は澪に似ていた。

 

でも日和の口から出ると、特別に安定して聞こえた。

 

私はうなずいた。

 

「うん」

 

彼女はさらに言った。

 

「それから休む」

 

「うん」

 

「歩けるようになったら、ゆっくり戻ってくればいい」

 

私は顔を上げた。

 

「どこへ?」

 

日和は言った。

 

「学校、練習、あなたの普通の生活へ」

 

目が、また熱くなった。

 

彼女は、私が何を経験したのかを知らない。

 

でも、一番大事なことを言い当てた。

 

私は、ゆっくり戻る必要がある。

 

敗北から戻る。

 

猫目の視線から戻る。

 

「黒弦も敗れる」という恐怖から戻る。

 

学校へ。

 

練習へ。

 

小さなアパートへ。

 

扉を開けない自分へ。

 

その夜、私はようやくメモ帳を開いた。

 

書いた。

 

戦敗後の影響。

 

一、特調室はとても緊張している。でも私を責めなかった。

 

二、大勢力は、おそらく黒弦が万能ではないと知る。

 

三、これで、私を最後の答えのように扱うことが減るかもしれない。

 

四、私は彼らを失望させるのが怖い。

 

五、でも、彼らを失望させないために扉を開けることのほうが、もっと怖い。

 

五つ目を書いたところで、私は長いあいだ止まった。

 

それから続けた。

 

だから、弱いと思われても、扉を開けてはいけない。

 

負けたと思われても、扉を開けてはいけない。

 

猫目がまだそこにいても、扉を開けてはいけない。

 

黒海の中で、ソレンセンが低く言った。

 

「悪くない」

 

私は少し驚いた。

 

「本当に褒めてるの?」

 

「吾は、その規則を認めただけだ」

 

「あなたも、今出てきたくないから?」

 

それは少し沈黙した。

 

「吾は当然、自由を望む」

 

私の指が強張った。

 

「だが、あの猫に設計されて出てくるのは、吾の矜持に合わぬ」

 

それはとてもソレンセンらしかった。

 

歪んでいる。

 

傲慢だ。

 

でも、本当でもあった。

 

それはニャーサに利用されたくない。

 

私もそうだ。

 

少なくともこの件に関しては、私たちの目標は一致していた。

 

扉を開けない。

 

数日後、私は学校へ戻った。

 

身体はまだ完全には回復していない。

 

でも授業には出られる。

 

相原真紀が席を取っておいてくれた。

 

先生が扱ったのは、音と公共記憶だった。

 

最初は、あまり耳に入ってこなかった。

 

頭の中に何度も埠頭がよぎる。

 

ニャーサの歩き方。

 

私の喉の前で止まった爪先。

 

そして、あの言葉。

 

勝つために、開けてはいけないものを開けてはならないよ。

 

私はペンを握りしめた。

 

そして、ゆっくりと先生が黒板に書いた言葉を書き写した。

 

公共記憶とは勝利だけではなく、失敗がどのように理解されるかも含む。

 

その言葉を見て、私はふいに固まった。

 

失敗がどのように理解されるか。

 

退魔界は、私の失敗を理解しようとしている。

 

大勢力も理解している。

 

特調室も理解している。

 

無門術師も理解している。

 

猫目も、この失敗を利用している。

 

そして私自身も、理解しなければならない。

 

もし私が失敗を「もっと強くならなければならない、勝ち返さなければならない」と理解したら、とても危険だ。

 

もし「私はもう役に立たない」と理解しても、やはり危険だ。

 

たぶん正しい理解は、こうだ。

 

私は今は勝てない敵に出会った。

 

撤退した。

 

境界を越えなかった。

 

生きて帰ってきた。

 

そして、これからも生活を続けなければならない。

 

これは美しい勝利ではない。

 

けれど、完全な失敗でもない。

 

私はノートの端に書いた。

 

失敗も、境界確認になり得る。

 

相原がそれをちらりと見て、小さな声で言った。

 

「その言葉、いいね」

 

顔が少し熱くなった。

 

「うん」

 

その言葉が、私の助けになるかどうかはわからない。

 

でも少なくとも、その授業のあいだ、私は少しだけ席に座り続けることができた。

 

練習に復帰したのは、一週間後だった。

 

まだ長時間、強く弾くことはできない。

 

日和は曲目を調整してくれた。

 

陽菜はあまり多くを聞かなかった。

 

澪はおにぎりを持ってきた。

 

AfterToneの慣れた位置に立ち、指が弦に触れた瞬間、胸が急に酸っぱくなった。

 

本当に戻ってきたのだ。

 

負けても戻ってきた。

 

勝ったから戻ってきたのではない。

 

みんなが、まだここにいるから戻ってきた。

 

一曲目は、とても軽く弾いた。

 

二曲目は、少しだけ安定した。

 

三曲目で、ようやく前奏に追いついた。

 

陽菜が振り返って、笑った。

 

澪がうなずいた。

 

日和のドラムが、しっかりと私を受け止めた。

 

誰も「あなたは負けた」とは言わない。

 

誰も「あなたは強さが足りない」とも言わない。

 

彼女たちは、あの戦いをそもそも知らない。

 

ただ、私が怪我をして、戻ってきたことだけを知っている。

 

そしていつも通りに、私の音をバンドの中へ戻してくれた。

 

それは、どんな慰めよりも大切だった。

 

同じ時刻、退魔界の会議はまだ続いていた。

 

猫目の影響は、まだ拡大している。

 

大勢力の恐怖は、まだ消えていない。

 

特調室は、私の戦力を本当に高める方法をまだ見つけられない。

 

無門術師たちは、まだ汚れ仕事を続けている。

 

世俗財団は、なおも猫目を警戒している。

 

ニャーサは、万一封印が破れた場合に備えて、今も雷の力を修練している。

 

そして私は、AfterToneの中で、まだ完璧ではない前奏を弾いていた。

 

それはとても小さく見える。

 

どんな戦闘報告に入れても意味がないほど、小さい。

 

けれど私にとっては、戦敗後の最初の大事なことだった。

 

私はもう一度、弦を鳴らした。

 

扉を開けずに。

 

自分を証明せずに。

 

ただ、自分の位置へ戻って。

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