俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ 作:arctichare
第81章 文化祭の予算表、そして猫目は日常を選択問題に変えた
京都夜襲のあと、退魔界は奇妙な静けさに入った。
安全な静けさではない。
誰もが息をひそめ始めた静けさだった。
大勢力は、もう軽々しく出撃しなくなった。
特調室は、もう軽々しく「制圧」と口にしなくなった。
無門術師たちは、もう猫目を、清理できる一組織とは見なさなくなった。
世俗財団も、もう猫目を普通の新興資本とは見なさなくなった。
皆、猫目がすでに多くの地方を食べたことを知っていた。
けれど、どうすればそれを吐き出させられるのか、誰も知らなかった。
そして私は、それらを知らなかった。
私が知っていたのは、A大学が秋の文化祭の準備を始めたということだけだった。
新学期第五週、学生会館の掲示板には文化祭の通知がびっしり貼られていた。
サークル出店申請。
小型ステージ申請。
音響設備貸出。
食品出店衛生講座。
ボランティア募集。
予算説明会。
そのポスターを見たとき、私は掲示板の前に立ち、長いあいだ眺めていた。
以前の私なら、こういうものを見ると避けていた。
人が多いから。
申請が必要だから。
交流が必要だから。
とても面倒そうに聞こえるから。
けれど今の私は、少し参加してみたいと思ってしまった。
地域音楽研究会は、小さな音の展示をやるつもりだった。
テーマは、
キャンパスの中の日常音。
食堂の午後、図書館の外、サークル棟の廊下、復旧後の中央広場の音を整理して、ヘッドホンで聴ける小さな展示ブースにする。
AfterToneのほうでも、小型学生ステージに参加するかどうか話し合っていた。
正式なLiveHouse公演ではない。
ただ、文化祭の中の学生演奏だ。
陽菜はとても参加したがっていた。
澪は、ご飯はあるのかと聞いた。
日和は、まず時間と設備条件を見ようと言った。
私はすぐに「無理」とは言わなかった。
それだけでも、私にとっては大きな成長だった。
ソレンセンが意識の奥で言った。
「お前は今、自分から騒がしい集団活動へ近づき始めている」
「文化祭」
「大型虫群祭だな」
「そういう言い方しないで」
「参加したいのか?」
私はポスターを見下ろした。
「少し」
黒海の中が、しばらく静かになった。
それから、低く笑った。
「猫に負けたあとで、逆に人混みの中でギターを弾きたくなったのか?」
「うん」
「変だな」
「負けたからこそ、自分がまだ普通の生活の中にいるって確認したいのかもしれない」
今回は、ソレンセンは嘲笑しなかった。
ただ言った。
「なら、確認しろ」
文化祭の準備は、すぐに私を現実問題へ巻き込んだ。
地域音楽研究会は展示ブースを申請しなければならない。
企画書が必要だった。
予想来場者数。
使用設備。
電源の必要性。
安全管理。
予算。
著作権確認。
録音資料の使用同意。
ブース撤収時間。
一つ一つ、全部書かなければならない。
濑川会長は、私たちに分担を決めた。
相原真紀は展示説明文を担当する。
私は音声資料使用ルールと予算表を担当する。
予算表。
その三文字に、今の私は特に警戒してしまう。
以前なら、予算はただの数字だった。
今は、予算も線だ。
私は表を開き、書き始めた。
イヤホン延長ケーブル。
小型オーディオプレイヤー。
展示説明紙。
印刷費。
予備電池。
除菌ウェットティッシュ。
テーブルクロス。
テープ。
予算は小さい。
全部合わせても、それほど大きな額にはならない。
濑川会長が言った。
「学生会から基本補助が出るし、足りない部分は研究会費から出します」
私はうなずいた。
「外部スポンサーは?」
彼女は私を一目見た。
「今回は使わない」
私はほっと息を吐いた。
濑川会長は少し笑った。
「白川さん、安心して。うちの小さな展示ブースは、まだ外部基金を使うほどじゃないから」
少し恥ずかしくなった。
「私はただ……」
「出どころのわからないお金には慎重になったほうがいい」
彼女が、私の続きを言ってくれた。
「前に白川さんが注意してくれたのは、正しかったよ」
相原真紀もうなずいた。
「特に、文化安全とか学生活動に関係する基金は」
少し、心が落ち着いた。
慎重になっているのは、私だけではなかった。
少なくとも研究会も、一度立ち止まることを覚えた。
それは小さい。
でも、とても重要なことだった。
AfterToneのほうは、少しだけ複雑だった。
文化祭の学生ステージには申請が必要だ。
学生バンドは申し込める。
ただし、設備と保険は文化祭実行委員会が一括で手配する。
日和は申込書を受け取ると、最初に費用の出どころを見た。
「基礎音響は、大学予算と文化祭経費で提供」
「保険は大学の統一学生活動保険」
「外部スポンサーなし」
そこまで言うと、彼女は私を見た。
「小音、これなら大丈夫だと思う」
私はうなずいた。
「うん」
陽菜がまばたきした。
「なんでそんなに細かく見るの?」
日和が答えた。
「最近、外では無料支援プロジェクトがたくさんあるから。見た目はすごく良さそうでも、条件がはっきりしないものがある」
陽菜はうなずいた。
「ああ、前に言ってた『初めてのステージ支援計画』みたいなやつ?」
私の身体が、ほんの少しこわばった。
「うん」
澪が言った。
「無料ごはんも、誰がくれるか見ないと」
陽菜は真剣にうなずいた。
「わかった!」
彼女たちを見ながら、胸の奥に何とも言えない感覚があった。
私は、彼女たちに猫目のことを話していない。
話せない。
けれど彼女たちは、普通の層で慎重になることをもう学んでいる。
それが、私にできる保護なのかもしれなかった。
暗面の真実を伝えることではなく。
彼女たちが自分たちの生活の中で、契約をもう一度見て、資金源を一言確認できるようにすること。
日和は申込書を机に置いた。
「みんなが参加したいなら、私が提出する」
陽菜はすぐに手を上げた。
「参加!」
澪が言った。
「ステージ飯」
私は申込書を見下ろし、少し鼓動が速くなった。
文化祭ステージ。
大学。
学生。
普通の観客。
私はかつて、すべてのステージが怖かった。
そのあと、AfterToneで少しずつ、そこに立つことを覚えた。
今度は、大学の文化祭で演奏する。
怖い。
でも、行きたい。
最後に、私は小さな声で言った。
「私も参加したい」
陽菜が嬉しそうに手を叩いた。
「小音が参加したいって言った!」
日和は私を見て、淡く笑った。
「じゃあ、申し込もう」
外では、猫目の支配がますます日常に似たものへ変わっていた。
京都夜襲のあと、多くの地方小組織は、猫目へ公然と抵抗しなくなった。
全員が降伏したわけではない。
ただ、「一時的に協力する」ことを選んだのだ。
この言葉は便利だった。
一時的に協力する。
一時的に猫目保険を使う。
一時的に猫目倉庫を受け入れる。
一時的に猫目巡回隊を借りる。
一時的に猫目プラットフォームに参加する。
けれど、多くの「一時的」は、契約に書き込まれた瞬間、長期的なものへ変わる。
最初に変化したのは、地方の文化施設だった。
以前なら、彼らは自分たちで機材レンタル、保険、警備、清掃、宣伝印刷へ連絡しなければならなかった。
今は、猫目プラットフォームが一括パッケージで対応できる。
活動名。
日付。
予想人数。
必要な机と椅子の数。
夜間巡回が必要かどうか。
保険が必要かどうか。
学生ボランティア研修が必要かどうか。
送信すれば、猫目が自動で見積もりを出す。
安い。
速い。
整っている。
地方職員が好むのは当然だった。
特に、人手の少ない小さな機関にとっては。
彼らには、猫目の背後に何があるのか調べる余裕などない。
彼らにとって、猫目は怪物ではない。
仕事を簡単にしてくれるプラットフォームなのだ。
それこそが、最も恐ろしいところだった。
普通の人は、便利さに抵抗しない。
特に、長いあいだ、お金がない、人がいない、時間がないことに苦しめられてきたあとでは。
ニャーサは、それを理解していた。
だから、急いで爪を見せたりしない。
猫目を便利なものにする。
大勢力は、防御へ回ったあとの混乱調整期に入っていた。
天城グループは一部の外縁猫目関係を切断したが、その結果、プロジェクト遅延、予算超過、取締役会の不満が生じた。
天城美咲は、以前は得意ではなかったことを学び始めた。
ゆっくり信頼を作り直すこと。
技術で押しつぶすのではない。
システムで接管するのでもない。
自らサプライヤーと話すこと。
「猫目を使わないなら、私たちはどう協力できますか?」
多くのサプライヤーは直接聞いた。
「同じ価格を出せますか?」
天城には出せなかった。
「同じ速度を出せますか?」
それも、今はできなかった。
「では、なぜ変えなければならないのですか?」
その一言は、天城の人間には答えづらかった。
以前の彼らは、自分たちが強い立場にいると思っていた。
今になってようやく、地方や小さなサプライヤーの目には、猫目のほうが天城より使いやすいのだと気づいた。
天城怜司は言った。
「これは、私たちが過去に外縁を軽視してきた代償だ」
美咲は反論しなかった。
彼の言う通りだと、彼女にはわかっていた。
御影家も同じだった。
御影冬子が猫目契約を強引に切ると、旁系から不満が出た。
旁系は不忠ではない。
ただ、お金がないだけだ。
猫目の案は安い。
本家の案は高い。
本家は、猫目は危険だと言う。
旁系は尋ねる。
「危険はどこにあるのですか? 私たちが見ているのは、請求書が安くなったことです」
御影冬子は初めて気づいた。
威厳は予算の代わりにはならないのだと。
京都はもっと痛かった。
七条は内層を守った。
だが、外輪を失った。
京都の多くの家系が、互いを責め始めた。
ある者は、七条が保守的すぎたから、猫目が正面を迂回して外輪へ入ったのだと言った。
ある者は、旧委員会の反応が遅すぎたのだと言った。
ある者は、もっと早く現代化されたデジタルシステムを受け入れていれば、猫目に技術的位置を奪われることはなかったと言った。
七条は弁解しなかった。
ただ、残った一本一本の猫目線を審査し続けた。
老委員が彼女に言った。
「君は多くの者に恨まれるだろう」
七条は答えた。
「恨めばいい」
「京都は、もう内層を失うわけにはいきません」
老委員はため息をついた。
「そうだな」
玄海、四国、東北、北海道の地方組織も、同じことをしていた。
線を切る。
代替を探す。
文句を言われる。
また線を切る。
また代替を探す。
これは戦争らしくなかった。
長く続く病のようだった。
特調室は、私の文化祭活動を保護リストへ入れた。
私は知らなかった。
彼らは目立つ人員を派遣しなかった。
私に監視されていると感じさせなかった。
ただ、暗いところで確認していた。
文化祭実行委員会の資金源は清潔か。
大学の学生保険に猫目関連はないか。
音響設備サプライヤーに猫目の株式はないか。
活動警備に猫目巡回隊を使っていないか。
食品出店衛生講座は大学と地方政府が直接担当しているか。
研究会展示で使うヘッドホンとプレイヤーは大学経費で購入されているか。
AfterToneの学生ステージに外部スポンサーはないか。
これらを、眼鏡の女性は一つ一つ確認していった。
若い分析官はリストを見て、低い声で言った。
「今の私たちは、彼女のために文化祭の買い物リストを調べているみたいですね」
眼鏡の女性は言った。
「必要な保護です」
「わかっています」
彼はため息をついた。
「ただ、猫目がもうそこまで迫っているんだなと思って」
久我山統括官は文化祭リストを見つめ、かなり時間が経ってから言った。
「もし彼女が大学文化祭にさえ安心して参加できないなら、我々は完全に失敗している」
会議室は静かになった。
その言葉に反対する者はいなかった。
私は、それを知らなかった。
私が知っていたのは、文化祭の申請が通ったことだけだった。
研究会の展示ブースは通過した。
AfterToneの学生ステージも通過した。
陽菜は嬉しさのあまり、グループに絵文字を大量に送った。
澪は言った。
ステージ飯、確定。
日和は送ってきた。
これからは体力に合わせて練習する。小音は手首が治ったばかりだから、無理しないこと。
私は返した。
了解。
送り終えてから、自分の手首を見た。
もう痛くはない。
ただ、長く力を入れると、まだ少しだるくなる。
猫目とのあの戦いが残した影響は、身体だけではなかった。
妙なためらいもある。
以前、私は舞台が怖かった。
自分が弾き間違えるのが怖かったからだ。
今、私が舞台を怖がる理由には、もう一層増えている。
もし猫目が私の文化祭参加を知ったらどうしよう。
もしあの猫がどこかで見ていたらどうしよう。
もし私がまた負けたらどうしよう。
そういう考えは軽い。
けれど、夜になると浮かんでくる。
ソレンセンが言った。
「お前は、あれに殴られて怖くなった」
私はしばらく黙った。
「うん」
「認めるのが早いな」
「本当だから」
黒海の中が、少し静かになった。
「怖いことは、間違いではない」
私は固まった。
それは続けた。
「怖さは、お前にむやみに扉を開かせない」
「それなら、私は舞台に上がってもいいの?」
「それは別の怖さだ」
「どういう意味?」
「あの猫を怖がることと、弾き間違いを怖がることは同じではない」
私は長いあいだ考えた。
確かに、同じではない気がする。
猫目は危険だ。
舞台は生活だ。
もし猫目のせいで、舞台にすら上がれなくなったら、それは猫目がさらに勝つということになる。
私はメモに書いた。
猫目の恐怖に、文化祭を取り消させてはいけない。
書き終えてから、もう一文を足した。
ただし、慎重に。
それでようやく、完全になった。
文化政策の授業で、先生は地方依存について話した。
例に挙げたのは普通の事例だった。
ある地方商店街が大型プラットフォームの支援を受けたあと、短期的には客足が増え、物流コストが下がり、宣伝効果も良くなった。
しかし数年後、地元サプライヤーは消え、商店街はプラットフォームから離れられなくなった。
先生は尋ねた。
「この場合、プラットフォームは支援者でしょうか。それとも支配者でしょうか」
教室では、多くの人が黙った。
私も黙った。
私の中の答えは、こうだった。
最初は支援者だったのかもしれない。
けれど、後に支配者になった。
そして最も恐ろしいのは、その変化が起きるとき、多くの人が気づかないことだ。
私はノートに書いた。
依存は一日でできるものではない。
支配も、必ずしも暴力から始まるわけではない。
先生はそのあと、退出メカニズムについて話した。
私はまた線を引いた。
退出メカニズム。
今、この言葉は私の中で、どんどん重くなっている。
一人の人間、一つのバンド、一つの活動センター、一つの地方都市が、ある支援から退出できなくなったとき、それはもう自由ではない。
私は知らなかった。
それこそが、猫目がすでに成し遂げたことなのだと。
けれど、私はそれをどう表現すればいいのかを学んでいる最中だった。
そのことが、少し奇妙な安心をくれた。
全体は見えていない。
それでも少なくとも、私は線を見ることを学んでいる。
猫目もまた、大学文化祭を観察していた。
私だけを見ていたわけではない。
猫目は、全国の大学文化祭、学生音楽祭、地方青年活動について、データモデルを作り始めていた。
どの大学が猫目保険を使っているか。
どの文化祭が猫目関連機材を借りているか。
どの学生バンドが「初めてのステージ支援」に申請しているか。
どの地方LiveHouseが猫目ローンを受け入れているか。
どの活動センターが猫目との協力を拒否しているか。
それらのデータは、猫目の文化ネットワーク図へ流れ込む。
A大学は、こう分類されていた。
高保護対象周辺。直接接触は一時延期。
ニャーサは、A大学文化祭の申請リストを見ていた。
白川一音の内部資料を完全に見ていたわけではない。
けれど、AfterToneが参加することは知っていた。
地域音楽研究会に展示ブースがあることも知っていた。
それらの情報は、公開された文化祭資料から得られたものだった。
違法ではない。
術式もない。
侵入もない。
ただの公開情報だ。
ニャーサは、公開情報が好きだった。
人々はいつも、公開されているものは危険ではないと思っているからだ。
けれど公開情報は、十分強い分析者によって正しい網へ入れられれば、経路になる。
代理人が尋ねた。
「A大学文化祭に、猫目関連プロジェクトを接近させますか?」
ニャーサは彼を一目見た。
「いや」
「なぜですか?」
「彼女はついこの前、敗北したばかりだ」
「今、彼女の周囲は必ず厳重になっている」
「触るな」
「では、観察は?」
「公開観察だけでいい」
ニャーサは軽く笑った。
「彼女に文化祭へ参加させておけ」
「彼女に、自分の日常がまだ残っていると思わせておけ」
代理人は頭を下げた。
「はい」
ニャーサは別の地図を見た。
地方ノードは、金色に変わり続けている。
大都市核心は、なお抵抗中。
京都内層は封鎖。
特調室はA大学を保護。
白川一音は文化祭を準備中。
この図は面白かった。
猫は、まだ灯っている唯一の小さな光へ急いで飛びかかったりしない。
先に、その灯りの周囲の夜を食べる。
文化祭の二週間前、研究会は展示ブースの試作を始めた。
相原は紹介文を書いた。
私たちは、キャンパスの中で見落とされやすい日常音を収集しました。これらの音を通じて、大学空間が学生、授業、活動、休憩時間によってどのように共に構成されているかを、改めて感じることができます。
とてもよく書けていると思った。
濑川会長が言った。
「白川さん、使用ルールの説明を担当してもらえる?」
私はうなずいた。
「できます」
私は書いた。
本展示の音声資料は、すべて研究会メンバーが公開空間で録音したものであり、識別可能な私的会話内容は除去済みです。複製、拡散、本展示以外の目的での使用はお控えください。音声記録は場所の占有ではなく、日常環境への慎重な観察です。
書き終えると、相原は長いあいだ見ていた。
「最後の一文、いいね」
少し恥ずかしかった。
「実習と授業から思いついたの」
濑川会長はうなずいた。
「これでいきましょう」
私はその一文を見て、心がとても静かになった。
音声記録は占有ではない。
資金支援も占有であってはならない。
保護も占有であってはならない。
たぶん、私の多くの授業、任務、失敗は、最後には同じことを教えているのだと思う。
他人を占有できるものとして扱わないこと。
他人に、自分を占有できるものとして扱わせないこと。
AfterToneの練習も、文化祭モードへ入った。
日和は曲目を二曲に短縮した。
「文化祭ステージは時間が限られているから、欲張らない」
陽菜は本当は三曲やりたがっていた。
でも「欲張らない」という言葉を聞くと、うなずいた。
澪が言った。
「二曲飯」
私は、ギター部分が手首に大きな負担をかけないか確認した。
日和は言った。
「小音、当日つらかったら、出なくてもいいからね」
私はすぐに首を横に振った。
「出たい」
彼女は私を見た。
「無理してない?」
私は少し考えた。
「少し怖い」
「前のことが原因?」
私はうなずいた。
彼女は、前のことが何なのか聞かなかった。
ただ言った。
「怖くても、出ていい。でも身体が無理なら、止まること」
「うん」
「文化祭は任務じゃない」
その言葉で、胸が揺れた。
文化祭は任務じゃない。
猫目でもない。
特調室でもない。
何かを証明しなければならないものでもない。
ただ、私たちが舞台に立ちたいだけだ。
私はその言葉もメモへ書いた。
文化祭は任務じゃない。
ソレンセンがそれを見て言った。
「お前は今、何でも書くな」
「忘れそうだから」
「何を忘れるのが怖い?」
「生活まで全部、任務にしてしまうこと」
それはしばらく静かだった。
「なら、書け」
外では、猫目による地方支配がさらに深まっていた。
一部の小さな地方の住民は、すでに猫目を生活の一部として受け入れ始めていた。
猫目巡回隊は夜道を安全にしてくれる。
猫目保険は小さな店を続けさせてくれる。
猫目倉庫は活動物資を時間通り届けてくれる。
猫目基金は地方音楽祭を続けさせてくれる。
猫目プラットフォームは職員の残業を減らしてくれる。
彼らは退魔界を知らない。
ニャーサを知らない。
京都夜襲を知らない。
黒弦の敗北を知らない。
彼らが知っているのは、猫目が来てから、多くの面倒なことが簡単になったということだけだ。
だから、大勢力や特調室が「猫目は危険だ」と注意しても、地方の一部の人々はむしろ理解できない。
危険?
どこが危険なのか?
自分たちが見たのは、活動が開けたこと。
小さな店が持ちこたえたこと。
街灯が直ったこと。
保険が支払われたこと。
若者に舞台ができたこと。
これこそが、猫目の本当の盾だった。
それは恐怖で自分を守っているのではない。
感謝で自分を守っている。
多くの普通人に感謝されている支配者は、公然たる暴君よりも倒しづらい。
特調室は、そのことをよく理解していた。
久我山統括官は会議で言った。
「猫目の支援を受け入れた普通機関を敵と見なしてはならない」
眼鏡の女性はうなずいた。
「彼らの多くは、猫目の真相を知りません」
「しかも一部は、本当に助けられています」
若い分析官が言った。
「では、どうやって彼らに退出してもらうのですか?」
久我山は答えた。
「代替を提供する」
また、その言葉だった。
代替を提供する。
けれど、代替はあまりにも難しい。
猫目にはキャッシュプールがある。
倉庫がある。
術師がいる。
世俗会社がある。
地方協力がある。
迅速対応システムがある。
特調室にあるのは、規則、警戒、そして遅い審査だ。
代替を作ることは、ほとんど猫と全国の毛糸玉を奪い合うようなものだった。
それでも、やらなければならない。
代替がなければ、すべての「猫目に接触しないでください」という助言は空言になってしまうからだ。
私は文化政策レポートの修正版で、最後にこう書いた。
したがって、一つの助成が健全であるかどうかを判断するには、それが短期的な助けを提供しているかだけを見るべきではなく、受益者が選択権を保てるかどうかも見なければならない。あるプロジェクトが場所をより能力あるものにし、より自主的に判断できるようにするなら、それは支援に近い。もし、あるプロジェクトが助成者から離れたあとに場所が運営を続けられない状態を作るなら、それはすでに管理に近い。
先生は後日、その段落に丸をつけた。
コメントは、
観点が明確です。さらに実際の事例と結びつけられるでしょう。
私はそのコメントを見て、少し複雑な気持ちになった。
実際の事例なら、あまりにも多い。
ただ、書けないだけだ。
私はレポートをフォルダへ保存した。
それから、AfterToneの練習へ向かった。
今日は文化祭曲目の練習だ。
下北沢へ向かう道で、小さなLiveHouseの入口に新しいポスターが貼られているのを見かけた。
ポスターの隅には、淡い猫目ロゴがあった。
足が止まった。
AfterToneではない。
私たちの会場でもない。
ただ、道端にある別の小さな会場だ。
それでも、私は見てしまった。
猫目ロゴ。
それは、どんどんよく見かけるようになっていた。
私は写真を撮り、眼鏡の女性へ送った。
道中でこのロゴを見ました。注意したほうがいいですか?
しばらくして、彼女から返信が来た。
記録だけしてください。接触しないでください。
私は返した。
わかりました。
入らなかった。
聞かなかった。
調べなかった。
ただ、そのままAfterToneへ歩き続けた。
ソレンセンが低く言った。
「猫目が増えているな」
「うん」
「怖いのか?」
「少し」
「それでも練習へ行くのか?」
「うん」
それは少し笑った。
「そこは悪くない」
私はうつむいて歩いた。
猫目は背後にある。
AfterToneは前にある。
私は、前へ歩くことを選んだ。
その日の練習が終わったとき、日和が私に聞いた。
「来る途中で何かあった?」
私は固まった。
「どうして?」
「入ってきたとき、顔色が少し悪かったから」
私は少し沈黙した。
「前に話した、あの支援プロジェクトのロゴを見たの」
陽菜がすぐに尋ねた。
「猫目のやつ?」
私はうなずいた。
澪が言った。
「多くなった?」
「たぶん、増えてる」
日和は眉をひそめた。
「私たちは使わない」
「うん」
「これから見かけても、近づかない」
「うん」
陽菜が真剣に言った。
「じゃあ、私たちは自分たちで頑張ってステージに立とう!」
澪が補足した。
「自分飯」
私は彼女たちの言葉に、少し笑ってしまった。
日和も笑った。
「そうだね。自分たちで頑張ってステージに立とう」
その言葉は、とても普通だった。
けれど、私を安心させた。
猫目は、多くの場所を食べられる。
それでも少なくとも、この小さな舞台申請は、私たち自身で出したものだ。
お菓子は普通の値段で買った。
練習は自分たちでしている。
文化祭は、猫目がくれたものではない。
それは、とても重要なことだった。
深夜、ニャーサは地図を見続けていた。
もちろん、それは淡い猫目ロゴがより多くの小型LiveHouseへ入り始めていることを知っていた。
私がそのうちの一つを見たことも知っていた。
けれど、それは何もしなかった。
「少し見せておけ」
それは言った。
「きれいすぎる世界は、かえって嘘くさい」
代理人は頭を下げた。
「彼女が能動的に調査する刺激になりませんか?」
「今の彼女はしない」
ニャーサは確信していた。
「彼女は殴られた」
「むやみに動いてはいけないことを知っている」
「周囲にも止める者がいる」
「それでいい」
「では、次は?」
「猫目を日常にし続ける」
ニャーサは軽く机を叩いた。
「日常は、恐怖よりも抜きにくい」
それは地図上のA大学の位置を見た。
そこはまだ、淡い金色には染まっていない。
ただ、多くの保護線に包まれている。
ニャーサは急がなかった。
地方はすでに食べた。
少数の大都市は、まだ抵抗している。
白川一音はまだ授業を受け、練習し、文化祭を準備している。
誰もが、彼女の日常はまだ元の場所にあると思っている。
けれど、日常の外側の世界は、すでに形を変えていた。
猫は、急いで家の中へ入らない。
まず、扉の外に座る。
家の中の人間が、窓からそれを見ることに慣れるまで。