俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ   作:arctichare

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第83章:地方高校巡礼、そして東京と京都以外の大勢力が相次いで倒れた

第83章:地方高校巡礼、そして東京と京都以外の大勢力が相次いで倒れた

 

文化祭当日、A大学の空はとても青かった。

 

秋とは思えないほど青かった。

 

校門には文化祭の横断幕が掛かっていた。

 

学生ボランティアたちは揃いのベストを着て、来場者を案内している。

 

小広場では、すでに出店から食べ物の匂いが漂い始めていた。

 

段ボール箱を運んでいる人がいる。

 

ポスターを貼っている人がいる。

 

拡声器を持って集合を呼びかけている人がいる。

 

妙なサークル衣装を着た人が、私の前を走り抜けていく。

 

私は校門の内側に立ち、ギターを背負い、研究会ブースの資料を手に持っていた。

 

心臓が速く鳴っている。

 

でも、逃げ出したくなる速さではなかった。

 

むしろ、以前の自分なら絶対に立てなかった場所へ、ようやく立てたような感じだった。

 

日和が遠くから私を見つけて、手を振った。

 

陽菜はその隣で跳ねていた。

 

澪はコンビニのおにぎりを手に持ち、とても真剣な表情をしている。

 

私は歩いていった。

 

陽菜が言った。

 

「小音、今日は文化祭ステージだよ!」

 

私はうなずいた。

 

「うん」

 

澪がおにぎりを差し出した。

 

「開始前の補給」

 

私は受け取った。

 

「ありがとう」

 

日和は私の手首を見た。

 

「今日の調子は?」

 

「大丈夫」

 

「だるくなったら言って」

 

「うん」

 

彼女はさらに付け加えた。

 

「文化祭は任務じゃない」

 

私も小さな声で言った。

 

「文化祭は任務じゃない」

 

その言葉は、小さなお守りのようだった。

 

私はそれを胸の中に置いた。

 

今日は誰かに勝ちに行く日ではない。

 

黒弦を証明する日でもない。

 

猫目に負けたことを埋め合わせる日でもない。

 

今日はただ文化祭だ。

 

ただ研究会ブースだ。

 

ただAfterToneの二曲だ。

 

ただ普通の大学生活の一部だ。

 

少なくとも、私はそう思っていた。

 

同じころ、ニャーサは東京にいなかった。

 

それは地方へ行っていた。

 

倉庫へ行ったのではない。

 

退魔組織の拠点へ行ったのでもない。

 

大勢力の結界中心へ行ったのでもない。

 

それが向かったのは高校だった。

 

地方高校。

 

第一の目的地は、九州北部にある普通の県立高校だった。

 

学校は大きくない。

 

校門前の銀杏は、ようやく黄色くなり始めていた。

 

グラウンドでは野球部が練習している。

 

校舎三階からは、吹奏楽部の音が途切れ途切れに聞こえてきた。

 

放課後の廊下では、学生たちが鞄を背負って話している。

 

部活へ行く者もいる。

 

塾へ行く者もいる。

 

それは、退魔界とは何の関係もないように見えた。

 

けれどニャーサは、学校外にある普通のマンションの屋上に立ち、その高校を静かに眺めていた。

 

それが見ていたのは、学生の成績ではない。

 

校舎の構造でもない。

 

それが見ていたのは未来だった。

 

地方高校は、地方社会の根だ。

 

学生は卒業後、東京へ行く者もいる。

 

地元に残る者もいる。

 

地方自治体へ入る者もいる。

 

家業を継ぐ者もいる。

 

物流会社、保険会社、文化施設、学校、商店街、地方銀行、イベント会社へ入る者もいる。

 

中には、知らないうちに退魔界の外縁スタッフになる者さえいる。

 

文化祭ボランティア。

 

活動センターのアルバイト。

 

地方祭礼の手伝い。

 

夜間巡回員。

 

倉庫の事務員。

 

保険代理店の新人。

 

彼らは今、ただの高校生だ。

 

けれど数年後には、地方社会の血液になる。

 

ニャーサが地方を支配したいなら、倉庫と保険だけを支配していては足りない。

 

地方の若者がどこから来て、どこへ行き、何に依存するのかも理解しなければならない。

 

それは、一人一人の学生を洗脳する必要はない。

 

そんなものは粗雑すぎる。

 

ただ、猫目の奨学金、実習推薦、文化活動支援、地方青年安全計画、学生バンド向けステージ、ボランティアプラットフォームを、彼らの成長経路の中で最も使いやすい選択肢にすればいい。

 

若者は、猫目が何なのかを知る必要はない。

 

ただ、こう思えば十分なのだ。

 

猫目は自分に機会をくれた。

 

猫目のシステムは使いやすい。

 

猫目の活動で初めて舞台に立てた。

 

猫目の奨学金で教材を買えた。

 

猫目の地方プロジェクトで仕事の機会を知った。

 

それだけで十分だった。

 

彼らが成長したとき、猫目はもう外来資本ではなくなる。

 

彼らの青春の記憶の一部になる。

 

それは恐怖よりも深い。

 

ニャーサは校内へ入らなかった。

 

ただ観察していた。

 

校舎のチャイムが鳴る。

 

学生たちが次々に教室から出てくる。

 

軽音部の一組が、ギターとベースを抱えて廊下を通り過ぎた。

 

彼らの設備は古い。

 

アンプもあまりよくない。

 

部室の扉には手書きのポスターが貼られていた。

 

秋季校内ミニライブ、ぜひ見に来てください。

 

ニャーサはそのポスターを見て、軽く笑った。

 

「ここにも舞台が必要だね」

 

隣の代理人は頭を下げて記録した。

 

「この学校を青年文化支援計画に組み込みますか?」

 

「直接学校へ入るな」

 

ニャーサは言った。

 

「まず近くの活動センター、商店街、地方文化祭から入る」

 

「学校自身に見せるんだ」

 

代理人はうなずいた。

 

「外部ステージ支援を通じて、学生サークルを引き寄せる」

 

「そう」

 

「教師に商業が校内へ入ってきたと思わせるな」

 

「地方文化資源だと思わせる」

 

ニャーサはグラウンドの学生たちを見ていた。

 

「高校生は重要だ」

 

「彼らはまだ完全に旧勢力の名簿へ書き込まれていない」

 

「大都市に完全に奪われてもいない」

 

「地方の未来は、この人たちの中から育つ」

 

その語調は平静だった。

 

まるで、一枚の土地の水源を調査しているようだった。

 

第二の目的地は、四国の山間部にある小さな高校だった。

 

学生数はさらに少ない。

 

校舎は古い。

 

放課後、校門前には数台の送迎車が停まっている。

 

近くの商店街には、若者の姿がほとんどない。

 

ここでは文化活動が弱い。

 

学生が音楽を聴きたい、舞台に立ちたい、都市の活動に参加したいと思えば、長い時間、車に乗らなければならない。

 

猫目はすでに、近くの遍路道修復プロジェクトに線を差し込んでいる。

 

いくつかのイベント設備サプライヤーも支配していた。

 

ニャーサは山坡に立ち、その高校を見つめた。

 

「ここに欠けているのは、残る理由だ」

 

代理人が低い声で尋ねた。

 

「地方青年活動補助を行いますか?」

 

「行う」

 

「だが、猫目名義で直接やるな」

 

「地方文化復興連盟を使う」

 

「彼らに小さな舞台を与える」

 

「交通補助を与える」

 

「実習機会を与える」

 

「卒業後も地元に残れる仕事を与える」

 

代理人は記録を続けた。

 

「仕事の方向は?」

 

「文化施設、安全巡回、物流、活動運営、地方データ管理」

 

それらはすべて、猫目がすでに支配している、あるいは支配しつつある領域だった。

 

ニャーサは、単純に学生へ機会を与えているのではない。

 

地方の若者に、猫目システムへ通じる道を与えているのだ。

 

その道は穏やかに見える。

 

善意のようにさえ見える。

 

だが、その先にあるのは支配だった。

 

第三の目的地は、東北沿岸部にある私立高校だった。

 

この学校には少し資金がある。

 

校内施設も整っている。

 

保護者の中には、地方企業主、漁業会社の責任者、小銀行の幹部、地方議員の親族がいた。

 

ニャーサは学生サークルを見なかった。

 

保護者会の名簿を見た。

 

同窓会を見た。

 

奨学金基金を見た。

 

卒業生の進路を見た。

 

ここは単なる学生入口ではない。

 

地方上層関係網の入口だった。

 

猫目は、すでに地方小企業債権の一部を支配している。

 

だが、いくつかの地元老舗企業の核心には、まだ完全には入れていない。

 

高校の同窓会は、良い扉だった。

 

ニャーサは屋上の縁を軽く叩いた。

 

「同窓文化基金を設立する」

 

代理人が尋ねた。

 

「学校へ直接資金提供しますか?」

 

「違う」

 

「同窓会プロジェクトを支援する」

 

「地元企業主たち自身に参加させる」

 

「猫目は管理側だけを担当する」

 

「これは自分たちの地方プロジェクトなのだと、彼らに思わせる」

 

代理人は理解した。

 

猫目が直接学校へ入れば、警戒を招く。

 

だが、猫目が同窓会の基金管理を手伝えば、地元上層はむしろ猫目を専門的だと思うだろう。

 

時間が経てば、猫目は同窓会、奨学金、地方活動、企業実習を通じて、学校、保護者、地方経済をまとめて縛れる。

 

ニャーサはとても満足していた。

 

地方高校は戦場ではない。

 

土壌だ。

 

猫は、ただ鼠を捕るだけではない。

 

どの土地に将来もっと多くの鼠が湧くかも判断する。

 

その一方で、日本の別の場所では、地方大勢力が相次いで倒れ始めていた。

 

東京ではない。

 

京都内層でもない。

 

それ以外の各地の大勢力だった。

 

九州の玄海鎮守連合は、もともと沿岸部の一部をまだ安定させられていた。

 

だが、猫目は漁港保険、物資倉庫、夜間安全設備、地方青年活動、海洋文化基金で同時に圧力をかけた。

 

玄海鎮守が戦わなかったわけではない。

 

宗像怜央は人を率いて猫目設備を撤去したことがある。

 

白髪の宮司も、反制儀式を自ら執り行った。

 

しかし、猫目は彼らと正面決戦をしない。

 

まず物資を切る。

 

次に保険を押さえる。

 

さらに、地方漁港の責任者たちを使って鎮守へ問いかけさせる。

 

「猫目を使わないなら、船舶事故保険は誰が負担するのですか?」

 

「夜間照明は誰が修理するのですか?」

 

「巡回設備は誰が提供するのですか?」

 

「負傷者補償は誰が出すのですか?」

 

玄海鎮守は術式問題には答えられる。

 

けれど、すべてのお金の問題に即座に答えることはできなかった。

 

彼らが現実に引きずられている間に、猫目配下の大量の術師が外縁巡回を接管し始めた。

 

最初は「協力」。

 

やがて「暫定代行」。

 

最後には「通常業務」になった。

 

玄海鎮守がようやく三つの漁港ノードを強行奪還しようと決めたとき、猫目はすでに完全な防線を敷いていた。

 

大量の普通術師が鎮守側の人員を足止めする。

 

世俗界の契約が、彼らによる設備破壊を制限する。

 

地方漁民が、彼らが「港の運営に影響を及ぼす」ことを止める。

 

最後に、暗がりに隠れた未知の電流性攻撃が、玄海の核心戦力二名を撃ち倒した。

 

白髪の宮司が自ら出手して、ようやくかろうじて人を救い戻した。

 

玄海は滅門したわけではない。

 

けれど、地方調度権を失った。

 

漁港、保険、物資、巡回、青年活動は、すべて猫目に実質接管された。

 

玄海鎮守連合は、いくつかの古い神社と核心祭場へ退くことを余儀なくされた。

 

それはまだ生きている。

 

けれど地方大勢力としては、すでに覆滅した。

 

もはや地方を支配できないからだ。

 

守れるのは、自分自身だけになった。

 

四国地方連合の倒れ方も痛ましかった。

 

久世真帆は、ずっと旧遍路道を守ろうとしていた。

 

明厳老僧は僧侶と術師を率い、猫目設備を清理した。

 

彼らは紙のルート、地方相互扶助、非猫目物資を守ろうとした。

 

けれど、猫目が支配しているのは現実だった。

 

商店には観光客が必要だ。

 

観光客には照明、安全、保険、案内システムが必要だ。

 

地方政府には事故率の低下が必要だ。

 

猫目は全セットの方案を提供する。

 

四国連合が提供できるのは警告だけだった。

 

警告は街灯にはならない。

 

保険にもならない。

 

だから、ますます多くの地方が猫目を選んだ。

 

久世真帆はのちに、一隊を率いて猫目のルートデータ中枢を襲撃した。

 

彼女は十分な準備をしていた。

 

猫目術師の数を過小評価しなかった。

 

油断もしなかった。

 

けれど今回、猫目はニャーサを出すことさえしなかった。

 

猫目配下の術師部隊は、数、装備、地方における世俗身分によって、四国連合を数段に分断した。

 

彼らは観光客区域で大術を展開できない。

 

普通職員を傷つけられない。

 

公共施設を破壊できない。

 

最後には、三か所の撤退地点がすべて猫目に事前封鎖された。

 

久世真帆は山中の旧寺へ撤退するよう命じざるを得なかった。

 

彼女は敗れた。

 

旧遍路道周辺の経済と安全システムは、正式に猫目の支配へ入った。

 

四国連合は、一部の寺院と山中結界を守った。

 

だが、地方ルートに対する支配を失った。

 

それもまた覆滅した。

 

死に絶えたのではない。

 

「大勢力」としての能力を失ったのだ。

 

北海道のいくつかの地方鎮守勢力も、同じように猫目に呑まれた。

 

遠野修司のいる無門の輪は、ルート記録器を撤去しようと努力し続けていた。

 

だが、北海道は広すぎる。

 

雪道、無人駅、山間道路、港湾倉庫、地方物流。

 

すべてに維持管理が必要だった。

 

猫目は「冬季道路安全計画」を通じて、あまりにも順調に入り込んだ。

 

除雪設備。

 

無人駅の照明維持。

 

夜間巡回。

 

交通保険。

 

地方学校の冬季安全補助。

 

一つ一つが合理的だった。

 

一つ一つにお金が必要だった。

 

北海道旧鎮守勢力は人数が少なく、地盤が広すぎて、まったく防ぎきれなかった。

 

ある吹雪のあと、猫目巡回隊が数名の閉じ込められた学生を救った。

 

メディアが報道すると、地方世論は完全に猫目へ傾いた。

 

「旧鎮守は猫目が危険だと言うけれど、猫目は人を助けた」

 

その言葉に、旧勢力は反論できなかった。

 

なぜなら、猫目は実際に人を救ったからだ。

 

その後、それは当然の流れとして、さらに多くの冬季安全プロジェクトを獲得した。

 

北海道旧鎮守は、一つの戦闘で敗れたのではない。

 

感謝によって敗れた。

 

冬季計画が全面展開されるころには、猫目はすでに北海道の大量の地方安全、倉庫、退魔外縁行動を実質的に支配していた。

 

旧鎮守は少数の聖地と古い経路へ退いた。

 

地方大勢力としての地位は、もはや存在しなかった。

 

中部、東北地方のいくつかの退魔大勢力は、さらに早く倒れた。

 

ある者は猫目の資金線に絡め取られた。

 

ある者は倉庫と保険に封じられた。

 

ある者は武力反撃を試み、大量の猫目術師に引きずり潰された。

 

ある者は内部の若手派が自ら猫目との協力を求め、分裂した。

 

ある者は反応する間もなく、世俗界の地方政府がすでに猫目と文化安全協定を結んでいた。

 

協定が結ばれてしまえば、退魔勢力が強引に干渉しようとしても、「地方公共安全建設を妨害する」ことになってしまう。

 

猫目は彼らを一つ一つ滅ぼす必要はない。

 

ただ、三つのものを失わせればいい。

 

お金。

 

物資。

 

地方の信頼。

 

この三つを失えば、どれほど強い伝統勢力でも中身が空洞になる。

 

彼らにはまだ高手がいるかもしれない。

 

祖伝の法器もあるかもしれない。

 

古い結界もあるかもしれない。

 

だが、地方を動員できない。

 

任務を分配できない。

 

手下に補償を出せない。

 

普通機関が猫目を選ぶのを止められない。

 

こうして、彼らは形式上は生きていても、実質的には覆滅した。

 

東京と京都が、最後の二つの大きなノードになった。

 

東京には特調室がある。

 

A大学がある。

 

大資本の核心がある。

 

大量のメディアがある。

 

天城残余と再編された防線がある。

 

そして、私もいる。

 

だから猫目は、まだ東京を全面的に呑み込んではいない。

 

京都には、まだ内層旧結界がある。

 

七条は極めて厳重に守っている。

 

猫目は外輪を取ったが、内層まではまだ噛み破っていない。

 

だから東京と京都はまだ残っている。

 

けれど、それ以外の日本退魔界の大勢力構図は、すでに崩壊した。

 

地方はもう、多くの勢力が分割支配する場所ではない。

 

猫目という一枚の網が、大部分の地域を覆う場所になった。

 

猫目倉庫が物資を調度する。

 

猫目基金が金を出す。

 

猫目術師部隊が巡回する。

 

猫目保険が下支えする。

 

猫目プラットフォームが依頼を受ける。

 

猫目文化安全は、学校、商店街、活動センター、高校サークル、地方祭礼、LiveHouse、漁港へ入っていく。

 

猫目は、地方の実質的支配者になった。

 

日本の東京と京都は、日本にまだ属している最後の二つの都市となり、東京包囲時代はここから始まった。

 

猫目勢力が、東京と京都以外の日本全土を完全に支配したその日、つまり2048年11月21日、特調室が全国情勢報告を受け取ったとき、久我山統括官は何も言わなかった。

 

地図上で、東京と京都は二つの孤島のようだった。

 

他の地方はすでに、淡い金色か猫目影響区域へ変わっていた。

 

若い分析官の声は低かった。

 

「東京、京都核心を除き、各地方大勢力はすでに実質的支配能力を失っています」

 

眼鏡の女性はスクリーンの前に立ち、顔色を白くしていた。

 

「玄海、四国、北海道旧鎮守、中部の数家、東北沿岸連合、その他の地方旧家系は、すべて核心拠点へ後退しています」

 

「猫目は地方経済、物資、巡回、低級武力調度を掌握しています」

 

若い分析官が言った。

 

「これはもう、浸透ではありません」

 

久我山が言った。

 

「支配だ」

 

会議室は静まり返った。

 

その二文字が、ついに口にされた。

 

支配。

 

猫目はもう、脅威ではない。

 

地方支配を完成させていた。

 

久我山は別の書類を見た。

 

「白川一音は?」

 

眼鏡の女性が答えた。

 

「今日は文化祭です」

 

久我山は目を閉じた。

 

「知らせるな」

 

若い分析官が彼を見た。

 

「ですが、彼女はいずれ知ります」

 

「いずれ、であって今日ではない」

 

久我山は言った。

 

「今日は彼女が舞台に立つ」

 

「最後まで立たせろ」

 

誰も反対しなかった。

 

誰もが知っていたからだ。

 

私にとって、今日の文化祭は小さなことではない。

 

黒弦が敗れたあと、私が普通の舞台に再び立てること自体が、回復なのだ。

 

彼らは、全国崩壊の知らせを私の舞台前へ叩き込むわけにはいかなかった。

 

少なくとも、今日だけは。

 

A大学文化祭の研究会ブースは静かだった。

 

本当に相原が言った通り、騒がしいキャンパスの中の静かな場所だった。

 

誰かが入ってきて、ヘッドホンをつける。

 

食堂の午後の音を聴き終えた人が笑って、「この音、すごく聞き覚えがある」と言う。

 

中央広場の音を聴いた人が、しばらく黙っていた。

 

感想カードに、こう書いた人がいた。

 

学校の普段の音も、こんなに真剣に聴けるんだ。

 

それを見たとき、胸が温かくなった。

 

相原真紀は笑って言った。

 

「成功だね」

 

私はうなずいた。

 

「うん」

 

濑川会長は私たちを見た。

 

「午後は舞台もあるんだよね?」

 

「うん」

 

「白川さん、頑張って」

 

私はうつむいた。

 

「ありがとうございます」

 

私はブースを離れ、ギターを背負って小広場のステージへ向かった。

 

道はとても騒がしかった。

 

焼き鳥の匂いがする。

 

学生たちが宣伝の声を上げている。

 

着ぐるみ姿で写真を撮っている人がいる。

 

チラシを配っている人がいる。

 

私は人混みの中を歩き、手のひらが少し汗ばんでいた。

 

けれど、逃げなかった。

 

ソレンセンが意識の奥で言った。

 

「お前は今、虫群へ歩いて入っている」

 

「文化祭」

 

「好きにしろ」

 

「少し緊張してる」

 

「死ぬのか?」

 

「死なない」

 

「なら弾け」

 

その言葉は単純だった。

 

けれど、役に立った。

 

AfterToneが舞台に上がると、陽菜がまず私たちを見た。

 

「準備いい?」

 

澪がうなずいた。

 

日和が私を見た。

 

私は深く息を吸った。

 

「うん」

 

一曲目が始まる。

 

前奏は私だった。

 

指を下ろした瞬間、ふいに埠頭で見たニャーサの爪先を思い出した。

 

地面に倒れた自分を思い出した。

 

撤退ボタンを思い出した。

 

敗北した夜を思い出した。

 

それから、日和のドラムが入った。

 

澪のベースが受け止める。

 

陽菜の声が響く。

 

私は戻ってきた。

 

ここは埠頭じゃない。

 

私は大学文化祭の小さな舞台にいる。

 

目の前にいるのは普通の学生たち。

 

隣にいるのは、私のバンドメンバー。

 

手に持っているのはギターであって、黒弦ではない。

 

私は弾き続けた。

 

完璧ではない。

 

けれど、止まらなかった。

 

一曲目が終わったとき、陽菜の笑顔はとても明るかった。

 

二曲目は、練習のときよりも安定していた。

 

中盤で少し手首がだるくなったが、まだ制御できる範囲だった。

 

日和が私を一目見た。

 

私は軽くうなずいた。

 

彼女は続けた。

 

最後の音が落ちたとき、客席から拍手が上がった。

 

多くはない。

 

けれど本物だった。

 

陽菜が小声で言った。

 

「通ったね」

 

澪が言った。

 

「文化祭飯」

 

日和は笑って私を見た。

 

「小音、できたね」

 

私はうつむき、自分の手を見た。

 

「うん」

 

できた。

 

猫目に勝ったわけではない。

 

強くなったわけでもない。

 

地方を救ったわけでもない。

 

私はただ、文化祭の舞台で最後まで弾いただけだ。

 

けれど私にとっては、それが今日一番大切なことだった。

 

遠くで、地方高校の視察を終えたニャーサは、車に戻り、座席に伏せていた。

 

それは全国支配進度報告を受け取った。

 

東京、京都核心を除き、地方大勢力はほぼ覆滅。

 

地方経済と武力支配は猫目時代へ移行。

 

A大学文化祭は安定して進行。

 

白川一音、学生舞台を完了。

 

ニャーサは最後の一行を見て、少し笑った。

 

「彼女は弾き終えたんだね」

 

代理人は何も評価できなかった。

 

ニャーサは車窓の外にある地方の街道を見た。

 

放課後の高校生たちが、道端を歩いている。

 

楽器を背負っている者がいる。

 

自転車に乗っている者がいる。

 

文化祭について話している者がいる。

 

彼らは将来、猫目の地方システムへ入っていくだろう。

 

早かれ遅かれ。

 

猫目は彼らに舞台、奨学金、実習、保険、仕事、倉庫、プラットフォーム、巡回隊を与える。

 

猫目は、彼らの生活の一部になる。

 

ニャーサは軽く言った。

 

「いい」

 

「彼女には、少し普通の舞台を残しておこう」

 

「地方はもう私のものだ」

 

「東京と京都は、ゆっくり食べればいい」

 

文化祭が終わったあと、私はAfterToneのみんなと一緒に、キャンパスの片隅に座って食べ物を食べた。

 

陽菜は焼きそばを買った。

 

澪はおにぎりと焼き鳥を買った。

 

日和は温かいお茶を買った。

 

私はとても普通の甘いパンを一つ買った。

 

澪の評価は、

 

「合格」

 

だった。

 

陽菜はまだ興奮していた。

 

「私たち、本当に大学文化祭の舞台に立ったんだね!」

 

日和が言った。

 

「しかも欲張らなかった」

 

私はうなずいた。

 

「うん」

 

私たちはしばらく笑った。

 

その瞬間、私は外の大勢力版図がどこまで崩れてしまったのかを知らなかった。

 

東京と京都以外の地方支配が、すでに猫目に食べられたことも知らなかった。

 

ニャーサが高校を視察し、地方の未来まで自分の網へ入れようとしていることも知らなかった。

 

私が知っていたのは、今日、二曲を最後まで弾けたということだけだった。

 

研究会ブースも無事に終わった。

 

ご飯も食べた。

 

扉を開けなかった。

 

逃げなかった。

 

猫目への恐怖に、文化祭を取り消させなかった。

 

それだけで、もう十分によかった。

 

本当に、十分によかった。

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