俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ 作:arctichare
第84章 代理人の記録、そして彼はようやく自分が仕えているのが普通の社長ではないと理解した
猫目資本が最初に設立されたとき、代理人は、自分が出会ったのは危険だが賢い社長なのだと思っていた。
それだけだった。
彼はもともと退魔界の人間ではない。
少なくとも、核心圏の人間ではなかった。
彼は世俗界でファンド管理をしたことがあり、法律を少し知っていて、M&Aも少し知っていて、一筆の金を十数層に分解し、調べる側を頭痛に追い込む方法も少し知っていた。
灰色資本にも触れたことがある。
大富豪の傲慢を見たことがある。
旧財団の冷酷さを見たことがある。
ヤクザが表社会へ移ったあとの、洗練された名刺を見たことがある。
政商関係の中にある、言葉にされない脅しも見たことがある。
だから、初めてニャーサの前へ連れて行かれたとき、彼はすぐには崩れなかった。
そのときのニャーサは、仮設オフィスに座っていた。
机の上に高価な置物はなかった。
酒もない。
葉巻もない。
秘書もいない。
ただ、数部の会社登記書類、ファンド構造図、そして日本地方文化安全産業の分布表が一枚あっただけだった。
代理人は、はっきり覚えている。
そのとき、ニャーサは彼を一目見た。
そして一言だけ尋ねた。
「君は、金を善意のように見せられる?」
代理人は一瞬、固まった。
それから答えた。
「できます」
ニャーサは笑った。
「いいね」
その瞬間から、彼は猫目資本の表向きの執行者になった。
最初、彼はニャーサを、どこかの隠れた資本グループの真の主だと思っていた。
海外財団かもしれない。
暗面家系かもしれない。
旧勢力から排斥された、怪物級の投資家かもしれない。
彼は尋ねなかった。
この業界では、知りすぎると死ぬ。
彼はそれをよく理解していた。
だから、ただ仕事をした。
会社を登録する。
ファンドを分解する。
債権を買う。
小型サプライヤーを買収する。
保険代理店と接触する。
文化安全基金を設立する。
青年活動支援プロジェクトを設計する。
彼の仕事は順調だった。
それどころか、少し興奮さえしていた。
猫目の資金は、あまりにも潤沢だったからだ。
意思決定は速すぎた。
方向は正確すぎた。
多くの資本拡張は、内部議論、取締役会、コンプライアンス審査、政治関係で足止めされる。
猫目には、それがなかった。
ニャーサが方向を出す。
彼が執行する。
金が来る。
書類が揃う。
人が揃う。
すべてが、見えない手に押されるように前へ進んでいった。
そのころ、代理人のニャーサへの評価はこうだった。
極めて優秀な資本操盤者。
冷静。
精密。
忍耐強い。
人間性を理解している。
地方を理解している。
金がどう依存へ変わるかを理解している。
彼は、少しだけ崇拝すらしていた。
宗教的な崇拝ではない。
職業人としての崇拝だった。
彼は、自分が日本の地方文化安全産業構造を変えるプロジェクトに参加しているのだと感じていた。
ただ、そのプロジェクトはとても黒い。
とても冷たい。
とても危険だった。
しかし資本の世界では、危険は珍しいものではない。
その後、彼が初めて違和感を覚えたのは、猫目が退魔界の外縁産業へ接触し始めたときだった。
符紙工房。
術具店。
結界維持会社。
特殊保険。
霊具物流。
これらのものは、通常の資本市場の知識範囲には入らなかった。
代理人は最初、自分はただ「特殊業界」を扱っているのだと思っていた。
けれど、仕事を進めれば進めるほど、この業界はおかしいとわかってきた。
一部の契約には、正式名称をすべて書けない。
一部の倉庫は、普通人の立ち入りを禁じている。
一部の保険条項には、「精神汚染」「夜間異常接触」「非物理性損傷」と書かれていた。
一部の人間が負傷したあと、病院記録は普通の事故へ書き換えられる。
代理人は、自分が別の世界へ入りつつあることを理解し始めた。
世俗界の背後に隠された世界。
彼は怖くなったことがある。
けれどニャーサは説明しなかった。
ニャーサはただ言った。
「続けて」
だから、彼は続けた。
彼は、「なぜこの倉庫は三層の符紙で封箱しなければならないのか」と聞かないことを覚えた。
「なぜ文化資料保存プロジェクトに避霊塗層が必要なのか」と聞かないことを覚えた。
「なぜある退魔小組織の借金が、舞台安全設備レンタル費として書かれているのか」と聞かないことを覚えた。
彼の役目は、ただそれらを合法で、清潔で、流通可能な商業書類へ変えることだった。
そのころ、代理人のニャーサへの評価は変わった。
それは普通の商人ではない。それは別の世界の動き方を知っている。
この「それ」は、彼が心の中で初めてニャーサを「彼」や「彼女」と呼ばなかった瞬間だった。
なぜなら、ニャーサは人間のようではなかったからだ。
外見がどうであれ、会議室で書類を眺めながら伏せていられるとしても。
それは、人間のようではなかった。
さらに後、初めて猫目を疑う者が現れた。
真壁仁。
菅原涼。
遠野修司。
家名を持たない術師たちが、装備、保険、ルート記録器、医療報告の中から問題を見つけ始めた。
当時、代理人はとても緊張した。
彼は、ニャーサが彼らを排除するよう命じると思っていた。
世俗資本の闘争では、邪魔な人間は買うか、抑え込むか、消すかだからだ。
しかし、ニャーサはそうしなかった。
ニャーサはその者たちの資料を見て、言った。
「彼らはこの世界の免疫システムの一部だ」
代理人はそのとき、まったく意味がわからなかった。
ただ、変な言葉だと思っただけだった。
後になって、彼はようやく理解した。
ニャーサは、彼らを処理する勇気がなかったわけではない。
早すぎる高熱を引き起こしたくなかったのだ。
賢い無門術師を数人殺すのは簡単だ。
だが彼らを殺せば、特調室、大勢力、地方組織は、猫目が調べられることを恐れていると気づく。
ニャーサは、自分が何を恐れているのかを、他人に気づかれたくなかった。
だから、それは彼らを忙しくさせることを選んだ。
低級模倣事件の清理へ向かわせる。
自分たちは黒弦を守っているのだと思わせる。
帳簿を集中して調べる時間をなくさせる。
そのとき、代理人は初めて本物の寒気を覚えた。
ニャーサは、金を使うだけの存在ではない。
それは、人の善意を使う。
真壁仁たちは白川一音を守りたい。
ならばニャーサは、彼らを彼女の保護で忙しくさせる。
彼らが責任感を持てば持つほど、より縛られる。
これは普通の陰謀ではない。
人の心の精密な使用だった。
代理人のニャーサへの評価は、また変わった。
それは操盤者なだけではない。それは他人の責任感を縄に変える。
その後、ニャーサは黒弦の残留を研究し始めた。
それは、代理人が初めてニャーサの本当の興味を見た瞬間だった。
金への興味ではない。
勢力図への興味でもない。
どこかの家族の漏洞への興味でもない。
一つの力への興味だった。
ガラス箱の中には、失効した符紙の灰、術具の残片、黒弦に切断された汚染サンプルが入っていた。
代理人には何も見えなかった。
ただ、その残片が人を不快にさせることだけはわかった。
とても深い井戸へ近づいているようだった。
しかしニャーサがそれらを見つめるとき、その目は明るかった。
それは言った。
「混沌系」
代理人には理解できなかった。
そして、多くを聞く勇気もなかった。
その後、彼は調査報告の中で、白川一音の情報を何度も見た。
A大学。
AfterTone。
音声メディア研究。
文化政策入門。
地域音楽研究会。
自動車学校。
普通のアパート。
食事のメモ。
文化祭。
彼は初めのころ、ニャーサは白川一音本人を狙っているのだと思っていた。
しかし、次第にそう単純ではないことがわかった。
ニャーサは確かに彼女を観察している。
彼女の生活線を試探したこともある。
奨学金を送り込んだこともある。
文化支援プロジェクトで近づこうとしたこともある。
けれどニャーサの目は、いつも彼女本人を越えていた。
それは彼女の背後を見ている。
彼女が開けてはいけないものを見ている。
代理人は一度、遠回しに尋ねたことがある。
「白川一音を主要目標として、さらに深く接触する必要はありますか?」
ニャーサはそのとき、彼を見た。
その目は、とても静かだった。
「彼女は門だ」
代理人は一瞬、固まった。
「門、ですか?」
「そう。今は閉じている門」
「その門を開けますか?」
ニャーサは笑った。
「愚か者だけが、よくわからない門を開ける」
それ以降、代理人は、ニャーサが白川一音を恐れているわけではないと理解した。
それは、彼女の背後にある何かを警戒している。
その何かは、ニャーサにすら準備させるものだった。
海上プラットフォーム。
電磁遮蔽層。
混沌模擬核心。
純雷電頂級技能。
天極純雷。
それらを一つ一つ見たあと、代理人はようやく完全に理解した。
ニャーサが本当に警戒している敵は、日本退魔界ではない。
この国のどの家族でもない。
白川一音が安全出力で使う黒弦でさえない。
それが警戒しているのは、門の向こうの本体だった。
代理人は、その本体が何なのか知らない。
ソレンセンという名も知らない。
聖霊プニも知らない。
セイル号世界観も知らない。
ただ、ニャーサがそのために、この世界では過剰に見える準備をしていることだけは知っていた。
それは、あまりにも恐ろしい認識だった。
もしニャーサのような存在が、真剣に準備しなければならないのなら。
その門の向こうにあるものは、いったい何なのか。
代理人は考えることをやめた。
考え続けると、仕事に支障が出るからだ。
しかし彼は、それを忘れられなかった。
白川一音がニャーサに敗れたあの夜、代理人は現場にはいなかった。
だが、彼は完全な戦後報告を見た。
安全出力下の黒弦。
体術制圧。
未知攻撃不使用。
撤退成功。
出力暴走なし。
代理人がその報告を読んだとき、最初の反応は驚きではなかった。
むしろ、「当然そうだろう」という感覚だった。
ニャーサは勝つはずだった。
彼は、ずいぶん前からそう信じていた。
その信念そのものが、彼をさらに恐怖させた。
なぜなら、彼はいつの間にか、ニャーサがこの世界の者を倒すことを当然と思うようになっていたからだ。
家族達人。
無門術師。
大勢力。
世俗財団。
黒弦。
それらはすべて、ニャーサの盤面に置かれた駒のように見え始めていた。
しかし、白川一音が撤退ボタンを押したことを見たとき、代理人は初めて、彼女へ少し敬意を抱いた。
彼女は敗れた。
だが扉を開かなかった。
それはニャーサも認めていた。
ニャーサは報告のその一条を見て、長いあいだ笑っていた。
嘲笑ではない。
まるで、期待していた検証結果を見たかのようだった。
「彼女はわかっている」
ニャーサは言った。
「何をですか?」
代理人が尋ねた。
「勝つために、開けてはいけないものがあること」
その瞬間、代理人は背筋が冷えた。
ニャーサは、あの門を知っている。
少なくとも、門が存在することは知っている。
そしてそれは、白川一音に門を開けさせようとしているのではない。
少なくとも今は違う。
それは、白川一音が門を守る様子を観察している。
この事実は、もっと恐ろしかった。
猫は鼠を捕まえる。
しかしニャーサは、鼠が罠を見つめる様子を観察している猫のようだった。
楽しんでいる。
待っている。
評価している。
京都夜襲のあと、代理人の認識はさらに変わった。
猫目は京都外輪を取った。
大量の地方も食べた。
地方大勢力は相次いで覆滅した。
世俗資本は警戒している。
特調室は守勢に入っている。
東京と京都は孤島になった。
このすべての進展は、ほとんど成功と呼べる。
もし普通の人間がここまで成功したなら、興奮するだろう。
膨張するだろう。
さらに一気に攻勢をかけるだろう。
しかしニャーサはそうしなかった。
それは、いつも通りだった。
地図を見る。
水を飲む。
眠るように伏せる。
高校を視察する。
青年文化支援計画を修正する。
純雷電技能の完成度を上げる。
白川一音の文化祭舞台の公開写真を眺める。
すべてを、同じ重さで扱っているようだった。
あるいは、代理人には重さの違いが見えないだけだったのかもしれない。
ニャーサは人間のように勝利を享受しない。
人間のように怒らない。
人間のように焦らない。
それはもっと猫に近い。
興味があるときは見る。
必要なときは爪を出す。
必要でないときは、伏せて待つ。
代理人は、ここに至ってようやく、本当に理解した。
自分が仕えているのは、危険な資本家ではない。
怪物級の投資家でもない。
暗面勢力の黒幕でもない。
自分が仕えているのは、ただ自分の一部を資本、倉庫、術師、保険、文化、安全、青年支援、地方支配へ伸ばした存在なのだ。
猫目資本は会社ではない。
ニャーサの身体の延長だ。
基金はその血管。
倉庫はその胃。
術師部隊はその爪。
保険はその毛。
文化支援はその喉鳴らし。
地方高校計画はその視線。
そして彼という代理人は、ただその喉から外へ伸びる人間の声帯にすぎない。
この理解は、代理人を何日も眠れなくさせた。
彼は逃げようと考えたことがある。
ほんの一瞬だけ。
本当にほんの一瞬だけ。
だが、すぐに諦めた。
どこへ逃げる?
世俗界へ?
彼はもう退魔界を知っている。
退魔界へ?
彼は猫目のために、あまりにも多くのことをしてきた。
特調室へ?
彼が話せば、最初に死ぬのはおそらく自分だ。
海外へ?
猫目には海外資金線もある。
それに、彼はうっすら感じていた。
ニャーサが本気で彼を探そうとすれば、距離には意味がない。
逃げるという考えは、最初から滑稽だった。
だから彼は残った。
より正確に言うなら、逃げるという選択肢は、存在する前にすでに猫に食べられていた。
その後、代理人は自分の仕事の仕方を変えた。
以前の彼は、ニャーサの命令を理解しようとしていた。
なぜこの地方を買うのか。
なぜこの基金を作るのか。
なぜこの高校へ直接入ってはいけないのか。
なぜA大学に触れてはいけないのか。
なぜ京都内層はひとまず放置するのか。
なぜ白川一音をしばらく文化祭に参加させるのか。
今の彼は、もう理解しようとしない。
ただ、実行する。
理解できる部分だけで十分だ。
理解できない部分は、おそらく自分が見るべきものではない。
それでも、ときどき彼は、わずかな人間的な恨みに似た感情を覚えることがある。
なぜ自分なのか。
なぜあの日、「金を善意のように見せられる」と答えてしまったのか。
なぜ、この猫のために日本の地方を食べる手伝いをしているのか。
だが、この恨みは浅かった。
浅すぎて、裏切りにはならない。
なぜなら彼は、自分に裏切りを成功させる可能性がないことを知っているからだ。
それに、もっと恐ろしいことに、彼はもう猫目を離れたあとで自分に何ができるのか想像できなくなっていた。
彼は自分の手でこの網を作った。
そして、その網に自分自身も包まれている。
知りすぎている。
見すぎている。
普通の資本世界は、もう彼を受け入れない。
退魔界は彼を殺すだろう。
世俗財団は彼を利用するだろう。
特調室は彼を尋問するだろう。
大勢力は彼を猫目の爪として引き裂くだろう。
ニャーサだけが、まだ彼を机の横に座らせる。
書類を渡す。
報告させる。
彼を、あの人間の代理人であり続けさせる。
だから、彼は仕え続けた。
猫目の理念を信じているからではない。
日本を支配したいからでもない。
単純に金が欲しいからでもない。
彼はもう長く猫の影の中に立ちすぎていて、外へ出たところで道が見えないからだ。
ある深夜、代理人は一つの私的記録を整理した。
猫目システムにはアップロードしなかった。
完全にオフラインの古いコンピューターに書いただけだった。
タイトルは、
ニャーサ様に関する段階的観察。
彼は書いた。
第一段階、私はニャーサ様を資本操盤者だと思っていた。
第二段階、私はニャーサ様が退魔界を理解していることに気づいた。
第三段階、私はニャーサ様が本世界の普通存在ではないと確認した。
第四段階、私はニャーサ様が家族の高手を容易に撃破できるのを見た。
第五段階、私はニャーサ様が本当に警戒しているのは白川一音ではなく、彼女の背後にある門だと知った。
第六段階、私は猫目が会社ではなく、ニャーサ様から延びた支配構造だと理解した。
第七段階、私は自分もその構造の内側にいると理解した。
そこまで書いて、彼は長いあいだ止まった。
それから続けた。
ニャーサ様は怒りで行動しない。
勝利によって貪進しない。
善意によって手を止めない。
それが行う良いことも悪いことも、すべて支配の一部である。
それは人を救うこともできるし、人の選択を破壊することもできる。
地方高校生に舞台を与えることもできるし、その舞台を最終的に猫目なしでは成立しないものにもできる。
敵を殺さず、恐怖を抱かせて帰すこともできる。
白川一音に文化祭へ参加させることもできる。なぜなら、それは猫目が地方を食べることを妨げないからだ。
純雷電の頂級威力技を準備することもできる。それはこの世界のためではなく、門の向こうの混沌のためである。
代理人はそれらの文字を見つめ、指先が少し冷たくなった。
最後に、彼は最後の段落を書いた。
私は、ニャーサ様が最終的に何を望んでいるのかわからない。
日本の支配か。
退魔界の制御か。
白川一音の観察か。
門の向こうの存在への備えか。
おそらく、すべてだ。
おそらく、それらのどれも最終目的ではない。
私にわかるのは、それが人類的な意味での統治者ではないということだけだ。
それは、国全体を部屋とし、資本と術師を毛糸とし、大勢力を家具とし、白川一音を扉辺の灯りと見なす猫に近い。
それは急がない。
それは待つ。
そしてすべての人間が、すでにその待つ範囲の内側にいるように見える。
書き終えると、代理人はファイルを閉じた。
削除はしなかった。
バックアップもしなかった。
ただ、コンピューターをネットにつながっていない金属箱へしまい、鍵をかけた。
なぜ自分がこれを書いたのか、彼にもわからなかった。
自分にまだ、人間に属する判断が少し残っていることを証明したかったのかもしれない。
あるいは、いつか自分が猫目の世界を完全に受け入れてしまい、最初にニャーサを見たときの寒気を忘れてしまうのを恐れたのかもしれない。
翌朝、代理人はいつも通りニャーサに会いに行った。
会議室で、ニャーサはA大学文化祭の公開写真を見ていた。
写真には学生出店、研究会ブース、小型ステージが写っている。
そのうち一枚のぼやけた写真では、AfterToneが演奏していた。
白川一音はうつむいてギターを弾いている。
鮮明ではない。
けれど、彼女が自分の位置に立っていることはわかった。
ニャーサは写真を見て、軽く笑った。
「彼女は弾き終えた」
代理人は頭を下げた。
「はい」
「悪くない」
代理人は評価できなかった。
ニャーサは、別の全国地方高校地図へ切り替えた。
「次の段階では、青年文化支援を拡大する」
「地方高校の外部活動を優先し、直接校内へは入らない」
「同窓会、商店街、地方活動センターを先に動かす」
代理人は即座に仕事の状態へ入った。
「はい」
「資金経路は三層以上の隔離を保つ」
「承知しました」
「A大学には触るな」
「はい」
「東京核心は引き続き緩やかに」
「京都内層には当面触れない」
「地方は食べ尽くし続ける」
代理人は一項目ずつ記録した。
ニャーサがふいに、彼を一目見た。
「最近、眠れていないね」
代理人の身体がこわばった。
「仕事が多いだけです」
ニャーサは笑った。
「私が怖い?」
代理人は頭を下げた。
「畏敬しております」
ニャーサは、その言葉を面白がっているようだった。
「人間は、恐怖を畏敬と言い換えるのが好きだ」
代理人は答える勇気がなかった。
ニャーサは追及しなかった。
ただ、淡々と言った。
「仕事を続けろ」
「はい」
代理人が退出するとき、背中はすでに汗で濡れていた。
彼は知っていた。
ニャーサは、あの私的記録を見ていないのかもしれない。
あるいは、見たうえで気にしていないのかもしれない。
どちらの可能性も恐ろしかった。
前者は、彼がまだ少しだけ何かを隠せることを意味している。
後者は、たとえ隠したとしても意味がないことを意味している。
会議室を出たあと、代理人は長い廊下の端に立ち、窓の外を見た。
東京は明るかった。
通りには車の流れが絶えない。
普通の人々が出勤し、登校し、コーヒーを買い、電車に急いでいる。
彼らは知らない。
猫目がすでにどれほど多くの地方を食べたのかを。
退魔界のどれほど多くの大勢力が倒れたのかを。
白川一音がかつてニャーサに敗れたことを。
海上プラットフォームで、純雷電の頂級威力技能が準備されていることを。
自分たちの生活の中の保険、物流、文化活動、地方高校支援に、すでに猫目の影があるかもしれないことを。
代理人はそれらを見ながら、ふいに自分が巨大な猫の瞳の中に立っているように感じた。
彼はかつて、自分がニャーサのために世界を見ているのだと思っていた。
今は、もしかするとニャーサが彼を通じて、人間がどうやって一歩ずつ檻を受け入れていくのかを見ているのかもしれないと感じた。
彼はネクタイを整えた。
再び、猫目資本の代理人へ戻った。
まだ署名しなければならない書類がたくさんある。
拡張しなければならない倉庫がたくさんある。
設計しなければならない基金がたくさんある。
観察リストに入れなければならない地方高校がたくさんある。
処理しなければならない大勢力残余がたくさんある。
そして、真実を知らないまま猫目の助けを受け入れる人々が、たくさんいる。
彼はエレベーターへ向かって歩いた。
足取りは安定していた。
表情は冷静だった。
合格した資本執行者のように。
その冷静な顔の下で、恐怖がすでに日常になっていることを知っているのは、彼自身だけだった。