俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ 作:arctichare
第89章 代理人の目に映る地方支配、そして敗れた財団令嬢が見た猫
代理人が初めて「地方はすでに猫目のものになった」と確認したとき、歓声は何も聞こえなかった。
祝杯もない。
勝利演説もない。
記者会見もない。
「全面支配完了」と書かれた正式書類さえなかった。
あったのは、一枚の地図だけだった。
東京本部最上階の会議室で、照明は冷たかった。
巨大なスクリーンには、日本全国の地方ノードが表示されていた。
倉庫、地方銀行、小型保険代理店、文化活動センター、商店街、漁港、高校外部活動支援、LiveHouse、退魔小組織、夜間巡回隊、物流路線、医療精算拠点、地方祭礼安全管理。
一つ一つのノードに色が付けられている。
浅金色は猫目による直接支配。
淡金色は高度依存。
灰金色は協力中だが離脱不能。
赤色は残存抵抗。
白色は東京核心と京都内層。
代理人はスクリーンを見て、赤色がほとんど消えていることに気づいた。
散発的な赤点は、まだ存在している。
けれど、それらはもう区域を形成していない。
線にもつながっていない。
互いに支援し合うこともできない。
それらは地図上で、もうすぐ消えそうな火花のようだった。
ニャーサは会議テーブルの端に座り、尻尾を軽く揺らしていた。
特別満足そうな表情は見せなかった。
ただ地図を見て、言った。
「地方支配は、基本的に完了だね」
代理人は頭を下げた。
「はい」
声は安定していた。
けれど、心の中には言い表せない空洞感があった。
彼は、これらの基金構造を自ら設計した。
倉庫拡張を手配した。
保険協力を調整した。
地方高校の外部活動へ接触した。
小企業債権を買収した。
退魔界の小組織を猫目プラットフォームへ接続した。
彼は、それらの点がどのように少しずつ金色へ変わっていったのかを知っていた。
そして、それぞれの金色の点の背後にあるのが、抽象的なデータではないことも知っていた。
一つの地方。
一本の通り。
一つの港。
学校の近くにある活動センター。
倒産寸前だった音響レンタル会社。
怪我をして、急いで保険金が必要だった若い術師。
商店街の夏祭りを守りたい地方公務員。
軽音部に舞台を与えたい高校教師。
倉庫を潰したくない中年経営者。
猫目は、彼ら全員を打ち負かしたわけではない。
猫目は、彼らに一人ずつ、こう言わせた。
「じゃあ、とりあえず猫目の案を使いましょう」
そして、「とりあえず使う」は「続けて使う」になった。
「続けて使う」は「離れられない」になった。
最後に、地方支配は完成した。
号角はなかった。
花火もなかった。
あるのは習慣だけだった。
代理人は報告した。
「地方経済面では、猫目は主要な小企業債権処理、活動物資供給、文化安全保険、夜間巡回外部委託、地方倉庫調度をすでに支配しています」
「退魔界方面では、地方小組織の大多数が猫目プラットフォームへ接続済みです。未接続の組織は、すでに区域調度能力を失っています」
「世俗界方面では、東京、京都核心および少数の中央直轄プロジェクトを除き、地方政府は猫目によって管理されています」
「青年文化支援方面では、高校外部活動、同窓会基金、商店街ステージ、地方活動センターの試行が全面普及段階へ入りました」
ニャーサは静かに聞いていた。
代理人は続けた。
「清除された世俗財団残余は、抵抗を停止しました。その地方物流、港湾冷蔵チェーン、商店街融資、および一部文化施設債権は、猫目関連基金によって接管されています」
そこまで言って、彼は一瞬止まった。
その財団については、彼はよく知っていた。
日本最大の財団ではない。
けれど、ある地方都市では、かつてほとんど王のような存在だった。
地元港湾物流、食品冷蔵チェーン、地方銀行関係、小型不動産、倉庫、商店街融資、学校スポンサー、地方議員後援会。
そのすべてに、影があった。
財団首領の姓は遠坂。
遠坂家はその土地で三代にわたって経営してきた。
退魔界勢力ではない。
ただの世俗界地方資本だ。
彼らは最初、猫目をかなり見下していた。
猫目など、文化安全と公益プロジェクトで自分を包装する外来資本にすぎないと思っていた。
その後、彼らは猫目を警戒した。
さらにその後、猫目に抵抗した。
そして最後に、猫目に食べられた。
ニャーサが尋ねた。
「遠坂家は?」
代理人は答えた。
「首領の遠坂啓一郎は、健康上の理由によりグループ経営から退くと発表しました」
「実質的支配権は、債権者委員会へ移行しています」
「債権者委員会において、猫目関連基金が決定的影響力を有しています」
「娘の遠坂綾乃は、少数の個人資産をなお保有しており、核心接管名簿には入っていません」
ニャーサは目を細めた。
「彼女はどれだけ見た?」
代理人は少し沈黙した。
「多くを」
「彼女は猫目を恨んでいる?」
「おそらく」
ニャーサは笑った。
「いいね」
代理人は顔を上げかけ、すぐに下げた。
ニャーサは言った。
「彼女には、生きて見ていさせる」
「地方には、かつて抵抗した者がいたと覚えておく必要がある」
「抵抗が失敗した記憶もまた、他人に軽々しく抵抗しないことを教える」
代理人の心が冷えた。
これがニャーサだ。
それは恨みを恐れない。
恨みさえも、支配の一部にできる。
遠坂綾乃が初めて猫目の名を聞いたのは、父の書斎だった。
そのとき彼女は、これは面倒な新興資本の一つにすぎないと思っていた。
彼女は二十四歳で、大学卒業後に故郷へ戻り、遠坂グループの地方文化事業部へ入った。
父は、まず「穏やかな業務」から始めさせるつもりだった。
文化施設。
地方活動。
学校スポンサー。
商店街協力。
それらは、港湾物流や金融債権ほど硬いものには聞こえなかった。
しかし父は言った。
「地方の本当の心臓は、倉庫にはない」
「学校、祭礼、商店街、そして老人も若者も来たがる場所にある」
当時の綾乃には、よくわからなかった。
父は、まず安全な仕事をさせたいだけなのだと思っていた。
のちに彼女は理解した。
父が言っていたのは、地方支配の本質だったのだと。
誰が地方活動を続けさせられるか。
その者が感謝を得る。
誰が商店街の物資を途切れさせないか。
その者が依存を得る。
誰が高校生に舞台を与えるか。
その者が未来へ入る。
遠坂家は、過去にそうしてきた。
学校に楽器を寄付したことがある。
商店街の夏祭りへ資金を出したことがある。
港湾職員の子ども向け奨学金を設けたことがある。
地方文化会館の屋根を修理したことがある。
もちろん、それらは純粋な善意ではない。
遠坂家はそれによって、名望、関係、人情、そして制御力を得ていた。
けれど少なくとも綾乃にとって、それは「自分たちの地方による支配」だった。
猫目は違う。
猫目は外から来た猫だった。
最初から、彼女はそれを不快に思った。
父が初めて猫目の資料を机の上に投げたとき、顔色はとても悪かった。
「それは、うちの端を食っている」
綾乃は資料を手に取った。
猫目関連基金が、いくつかの小企業債権を買収している。
猫目保険が商店街へ低価格の活動保険を提供している。
猫目文化安全基金が、近隣の数校の高校外部音楽活動を支援している。
猫目倉庫会社が、港湾外輪の旧倉庫二棟を借りている。
猫目夜間巡回隊が、地方活動センターへ安全サービスを提供し始めている。
一つ一つは大きくない。
綾乃は言った。
「規模は大きくありませんね」
父は冷笑した。
「お前は金額しか見ていない」
「では、何を見るべきですか?」
「位置だ」
父は赤いペンを取り、地図の上でいくつかの点を囲った。
商店街入口。
港湾外輪。
高校から駅へ向かう道。
文化会館の裏口。
地方銀行の不良債権処理センター。
「これらはすべて隙間だ」
父は言った。
「猫目は正面玄関から入ってきたんじゃない」
「隙間から入ってきたんだ」
そのとき、綾乃はようやく気づいた。
確かに、猫目は遠坂グループと正面から最大事業を奪い合ってはいない。
それが取っているのは、すべて小さな場所だ。
けれど、そうした小さな場所は、人につながっている。
遠坂家が地方支配を維持するうえでも、そうした隙間に頼っていた。
猫目は、その隙間を奪っているのだ。
遠坂家の第一輪反撃は、経済的反撃だった。
商店街向け融資の金利を下げる。
文化会館へ、より安い維持費を提示する。
自社物流会社に、活動機材配送価格を下げさせる。
地方銀行へ連絡し、猫目による不良債権買収の継続を止めようとする。
父は言った。
「向こうが地方に利益を与えるなら、こちらも与えられる」
最初は確かに効果があった。
いくつかの商店街プロジェクトは、再び遠坂グループを選んだ。
ある高校は猫目の外部ステージ支援を取り消し、遠坂家の地方文化基金を使った。
綾乃は自ら学校へ説明に行った。
彼女は簡素なスーツを着て音楽教室に立ち、軽音部の学生たちへ言った。
「私たちはこれからも、地方学生の舞台を支援します。外来プラットフォームを通す必要はありません」
学生たちはとても喜んだ。
彼女も少し嬉しかった。
それが最初の勝利だと思っていた。
だが、猫目はすぐには反撃しなかった。
ただ、別の場所へより良い条件を出し続けた。
より安い保険。
より速い機材。
より簡単な申請。
より綺麗な宣伝ページ。
より専門的な安全評価。
遠坂家が一つのプロジェクトを押さえると、猫目は三つのプロジェクトへ迂回した。
遠坂家は、人情を使って一つ一つ話をした。
猫目は、プラットフォームで一括推進した。
一か月後、綾乃は気づいた。
追いつけない。
第二輪反撃は、世論だった。
遠坂家は地元のいくつかのメディアを握っていた。
彼らは新聞にこう書かせた。
外来資本が地方文化活動へ入る際には、長期依存への警戒が必要である。
評論家にはこう言わせた。
地方の未来を、不透明な基金へ渡すべきではない。
商店街の老人には取材でこう言わせた。
昔は地元の者同士で助け合っていたのに、今は何でもプラットフォームだ。
それらの言葉には理があった。
実際に議論も起こした。
しかし猫目の反応はさらに速かった。
それは遠坂家を直接攻撃しなかった。
猫目の支援を受けた小型活動センターに、感謝文を出させた。
高校軽音部の学生に、初めて舞台に立った動画をアップさせた。
猫目保険から迅速な理賠を受けた小店主に取材を受けさせた。
夜間巡回隊が迷子の老人を家まで送ったニュースを、地方テレビで流した。
本来は開けなかった商店街秋祭りを、猫目の物資支援で無事開催させた。
ニュースの中で、子どもたちは綿あめを持って笑っていた。
老人たちは臨時椅子に座って舞台を見ていた。
高校生バンドは緊張しながら一曲目を弾き終えた。
司会者は言った。
「猫目文化安全と地方協力プロジェクトのおかげで、活動は無事に開催されました」
綾乃はテレビの前に座り、それらの画面を見ながら、心が少しずつ冷えていった。
遠坂家が語っているのはリスクだ。
猫目が見せているのは笑顔だ。
普通の人は、どちらを信じるだろう。
彼女は答えを知っていた。
第三輪反撃は武力だった。
公然たる暴力ではない。
遠坂家はヤクザではない。
だが、地方財団にはたいてい、灰色の人脈がある。
父は彼女にすべてを話したわけではない。
彼女が知っていたのは、グループ警備部が一度「倉庫調査」を安排したということだけだった。
目標は、猫目が港湾外輪に持つ配送倉庫だった。
そこには普通の活動物資だけでなく、何らかの「存在してはならない特殊装備」も保管されているという。
綾乃はそのとき、とても不安だった。
父に尋ねた。
「危険すぎませんか?」
父は言った。
「あの倉庫を見極めなければ、遅かれ早かれ首を絞められる」
その夜、遠坂家が送り込んだ人員は戻ってこなかった。
翌日未明、彼らはグループ傘下の病院入口に、きれいに並べて置かれていた。
全員、生きていた。
明らかな外傷はない。
だが手足は麻痺し、短時間は行動不能だった。
検査結果は、神経系が極めて高周波の電流に一瞬貫かれたような状態を示していた。
しかし身体に電撃痕はない。
火傷もない。
スタンガンの接触点もない。
目を覚ました者たち全員が、覚えていることは一つだけだった。
灯りが消えた。
それから、黒い警備服を着た人間が歩いてきた。
そのあと、身体が動かなくなった。
綾乃は初めて、本当に猫目を恐れた。
資本としてではない。
生物的本能としての恐怖だった。
彼女は気づいた。
猫目には金だけではない。
遠坂家には理解できない武力がある。
しかも、それは人を殺さなかった。
それが、より恐ろしかった。
殺さないということは、余裕があるということだからだ。
父は止まらなかった。
止まれなかった。
遠坂家が止まれば、猫目が自分たちの地盤で好きに拡張できると認めることになる。
そこで彼は、他の地方財団へ連絡し始めた。
連盟を作ろうとしたのだ。
結果は、予想よりも悪かった。
口では支持するが、裏では猫目と協力を話し合う財団があった。
金を出すと言いながら、最後にはごく少額しか出さない財団もあった。
直接、遠坂家を説得する者もいた。
「猫目と真正面からぶつからないほうがいい」
「背後が簡単ではない」
「地方協力なら、利益を共有できる」
綾乃は、父が電話口で初めて取り乱すのを聞いた。
「利益を共有だと?」
「お前たちは、それが本当に共有すると思っているのか?」
「それは地方を食べているんだ!」
電話を切ったあと、父は書斎に座ったまま、長いあいだ何も言わなかった。
綾乃は入口に立ち、彼が突然老いたように見えるのを見た。
そのとき彼女は、遠坂家が一つの会社に負けたのではないと理解した。
皆の心の中にある、あの一言に負けたのだ。
「とりあえず今は使えればいい」
猫目は、それを掴んだ。
地方は疲れすぎていた。
金がない。
人がいない。
設備がない。
若者がいない。
すばやく問題を解決する方法がない。
遠坂家は、地方を守ると言った。
猫目は、今すぐ手伝えると言った。
だから、地方は猫目を選んだ。
本当の崩壊は、一つの台風のあとに起きた。
その年の秋、強い台風が遠坂家のある沿岸都市をかすめた。
港湾倉庫の一部が浸水した。
商店街は停電した。
数本の冷蔵輸送路線が中断した。
文化会館の屋根が損傷した。
本来なら、遠坂グループが災後復旧を主導するはずだった。
過去にはずっとそうしてきた。
けれど今回、猫目のほうが速かった。
台風が過ぎて六時間後、猫目倉庫は応急物資の配布を始めた。
十二時間以内に、猫目夜間巡回隊は商店街道路の清理に協力した。
二十四時間以内に、猫目保険は小店の損失登録を現場で受け付け始めた。
三十六時間以内に、猫目は臨時冷蔵車を手配し、一部食品輸送を復旧させた。
四十八時間以内に、猫目文化安全隊は学校と活動センターの設備検査を行った。
遠坂グループは、まだ会議で調度していた。
猫目は、もう現場にいた。
綾乃がレインコートを着て商店街へ駆けつけたとき、一人の老店主が猫目スタッフの手を握り、こう言っているのを見た。
「ありがとう、本当に助かったよ」
その老店主は、かつて遠坂家の堅い支持者だった。
毎年、遠坂家の新年会にも出ていた。
綾乃を見たとき、彼も気まずそうな表情を浮かべた。
「綾乃さんたちも来てくれたんですね」
も。
その一文字が、針のように彼女の心へ刺さった。
以前の遠坂家は、「も来た」ではなかった。
遠坂家こそが、最初に来る存在だった。
今は、猫目こそが最初だった。
その日から、地方世論は完全に傾いた。
遠坂家は、もう地方を守る者ではない。
猫目こそが、守る者になった。
そのあとの接管は速かった。
地方銀行は遠坂グループへ、債務リスクの早期説明を求めた。
いくつかの小企業は猫目物流へ移った。
商店街連合会は、猫目活動安全プラットフォームの使用を投票で可決した。
高校同窓会は猫目関連基金の管理案を受け入れた。
港湾冷蔵チェーンの運送業者は、猫目と長期協力契約を結んだ。
遠坂グループ内部では、交渉を主張する声が出始めた。
父は拒否した。
取締役会は分裂した。
猫目関連基金はその隙に、いくつかの重要債権を買収した。
債権者委員会が成立した。
遠坂グループは、再編を受け入れざるを得なくなった。
綾乃は父に付き添い、最後の取締役会へ出席した。
会議室で、かつて父に頭を下げていた人々は、今では目を伏せて彼を見ようとしなかった。
猫目代理人が向かい側に座っていた。
スーツは整っている。
口調は穏やかだった。
「遠坂会長、我々は貴グループの地方に対する長年の貢献を尊重しております」
「今回の再編は、遠坂家の歴史を否定するものではありません」
「むしろ、我々は遠坂ブランドが地方文化分野で果たしてきた積極的役割を残したいと考えています」
綾乃は、聞いていて吐き気がした。
ブランドを残す。
歴史を残す。
積極的役割を残す。
つまり、遠坂家の殻は残してもいい。
支配権は猫目へ渡せ、ということだった。
父は代理人を冷たく見た。
「君たちはこの地方を壊す」
代理人は怒らなかった。
「我々は地方を動かし続けます」
父は言った。
「君たちの檻の中でか?」
代理人はわずかに頭を下げた。
「会長、地方には資金が必要です」
綾乃は、その言葉を永遠に忘れなかった。
地方には資金が必要です。
なんて美しい。
そして、なんて恐ろしい言葉だろう。
その言葉の前では、抵抗は地方が資金を得ることを妨げる行為になってしまう。
遠坂家は、そうして敗れた。
父が健康上の理由で経営から退くと発表した日、地方メディアはそれをとても穏やかに書いた。
遠坂グループ、新段階の治理改革を完了。
猫目関連資本、地方文化と物流統合へ参加。
遠坂家は今後も顧問として地域発展へ関与。
誰も「敗北」とは書かなかった。
誰も「接管」とは書かなかった。
誰も「支配」とは書かなかった。
綾乃はグループビル最上階に立ち、下で猫目物流車が出入りするのを見ていた。
車体に描かれた淡い猫目ロゴは小さい。
けれど、街全体に刻み込まれたように見えた。
商店街はまだ開いている。
学校ではまだ授業がある。
港はまだ動いている。
文化会館の屋根は修理が始まっている。
高校軽音部には新しいステージ支援がある。
老人たちは猫目は効率がいいと言う。
小店主たちは理賠が速いと言う。
若者たちは活動申請が便利だと言う。
都市は滅びなかった。
むしろ、さらに順調に動くようになった。
それこそが、彼女にとって最も苦しいことだった。
猫目が来たあと、都市が悪くなったなら、彼女は大声で言えた。
見て、それは敵だ。
けれど、猫目が来たあと、多くの人の生活は確かに便利になった。
遠坂家は倒れた。
だが都市は、遠坂家のために泣かなかった。
都市はただ動き続けた。
そして、その運行システムが猫目に変わった。
綾乃は初めて、父が言った言葉を本当に理解した。
地方を支配するとは、全員に愛されることではない。
全員があなたを迂回できなくなることだ。
猫目は、それを成し遂げた。
猫目本部で、代理人はのちに遠坂綾乃の個人報告を見た。
彼女は清除名簿には入っていなかった。
脅迫もされていない。
買収もされていない。
ただ、周縁化されていた。
彼女は少しの資産を保った。
遠坂という姓を保った。
憎しみも保った。
そして、証人として残された。
代理人は報告を読み終えると、奇妙な不快感を覚えた。
遠坂家が無垢な天使ではないことは知っている。
彼らも過去、金、人情、地方依存を使って多くの人を支配してきた。
ただ、彼らの支配はより地元的で、より遅く、より伝統秩序に似ていただけだ。
猫目の支配は、より正確で、より効率的で、そして感情がない。
遠坂家は面子、郷土感情、古い関係のためにためらうことがある。
猫目はためらわない。
ニャーサはためらわない。
代理人は報告をニャーサへ渡した。
ニャーサは遠坂綾乃の写真を見た。
写真の中で、彼女は黒いスーツを着て、遠坂グループ旧ビルの前に立っている。
その目は、冬の海のように冷たかった。
「彼女は我々を恨んでいます」
代理人は言った。
「いいね」
ニャーサは答えた。
「恨みも記憶を保存できる」
「監視しますか?」
「もちろん」
「反猫目勢力との接触を制限しますか?」
「急がなくていい」
ニャーサは軽く笑った。
「彼女が東京や京都へ行くなら、行かせておけ」
代理人は一瞬固まった。
「なぜですか?」
「敗者の証言は、彼らをさらに恐れさせる」
「彼女は、猫目がどう遠坂を食べたのかを彼らへ話す」
「彼らは聞く」
「そしてさらに、正面抵抗だけでは足りないと理解する」
ニャーサは地図を見ていた。
「恐怖には本物の物語が必要だ」
「遠坂綾乃は、良い物語になる」
代理人は頭を下げた。
「承知しました」
けれど心の中で、ふいに自分と遠坂綾乃は実は似ているのではないかと思った。
彼女は、自分の家族が猫目に食べられるのを見た。
彼は、自分が少しずつ猫目に食べられるのを見た。
違いは、彼女が外に立って恨んでいること。
彼が内側に立って働いていることだけだった。
遠坂綾乃は、のちに本当に東京へ行った。
どこかの大勢力へ公然と身を寄せたわけではない。
記者会見を開いたわけでもない。
彼女は分厚い私的記録を携え、古い知人を訪ねた。
その人物は、中央官僚体系とつながりを持っていた。
彼女は東京の狭い応接室に座り、資料を一枚ずつ広げた。
猫目がどのように商店街保険へ先に入ったのか。
高校外部活動支援を通じて、若者の好感を得たのか。
台風後の災害救援を用いて、地方の信頼を奪ったのか。
債権者委員会を通じて、遠坂グループを接管したのか。
地方に、猫目は侵略者ではなく、より効率的な保護者だと思わせたのか。
話を聞いていた相手は、最初は官僚らしい冷静さを保っていた。
だが、次第に顔色が沈んでいった。
綾乃は最後に言った。
「あなたたちが猫目をただの違法資本だと思うなら、負けます」
「それは違法である必要がありません」
「あなたたちの反応が最も遅く、地方が最も痛み、普通の人が最も助けを必要としている場所に立つんです」
「そして、助けるんです」
「あなたたちがようやく止めようとしたとき、猫目に助けられたすべての人が、こう聞いてきます」
彼女は少し止まった。
声はとても軽くなった。
「あなたたちは、それを替われるんですか?」
応接室は沈黙した。
それこそが、すべての人が最も恐れている問いだった。
あなたたちは、それを替われるのか?
替われないなら、何を根拠に地方へ猫目から離れろと言うのか?
綾乃は相手を見た。
「遠坂家も、昔は地方を支配していました」
「自分たちを無垢なふりで語るつもりはありません」
「でも、私たちには少なくとも老いがありました。間違いもしました。地方の人に叱られもしました。祖父母の代からの関係があったから、譲歩することもありました」
「猫目には、それがありません」
「猫目には郷土感情がありません」
「あるのは効率だけです」
「郷土感情もなく、ためらいもなく、老いることも疲れることもなく、それでいて良いことをする支配者が、どれほど恐ろしいか、わかりますか?」
相手は答えなかった。
綾乃も答えを必要としていなかった。
彼女はすでに見たのだから。
代理人はのちに、遠坂綾乃が東京へ行ったことを知った。
彼はニャーサへ報告した。
「彼女は官僚と一部世俗財団残余に対し、遠坂家の失敗過程を説明しています」
ニャーサは尋ねた。
「彼らは聞いた?」
「聞きました」
「いいね」
「阻止する必要はありますか?」
「ない」
ニャーサは地図上の東京核心を見ていた。
「聞かせておけ」
「怖がらせておけ」
「猫目は良いことができないから危険なのではない、と理解させるんだ」
「良いことができるからこそ、止めにくいのだと」
代理人は頭を下げた。
その言葉は、心に針のように刺さった。
猫目の最も恐ろしいところは、たしかに悪事を働くことではない。
多くの良いことをしてしまうことだ。
そして、その良いことを檻へ変える。
彼はふいに、遠坂綾乃がグループ旧ビルの前に立っていた写真を思い出した。
あの目には恨みがあった。
そして、ある種の清醒さもあった。
彼女は猫目を恨んでいる。
だが多くの人よりも、猫目を理解している。
代理人は思った。
もしかすると未来に本当に猫目を傷つけられるのは、最強の術師ではないかもしれない。
猫目がどのように「地方を助けた」のかを、実際に見た人間なのかもしれない。
彼らは、檻がどう編まれたのかを知っているからだ。
けれど、その考えは一瞬だけだった。
彼はすぐに押し込めた。
彼は、まだ代理人だ。
まだニャーサに仕え続けなければならない。
遠坂綾乃が応接室を出たとき、東京には小雨が降っていた。
彼女は傘を開き、歩道のそばに立って車の流れを見た。
東京は、まだ猫目に食べられていない。
少なくとも核心は、まだだ。
ここにはなお、特調室がある。
官僚がいる。
大財団の残余がいる。
大勢力の余脈がいる。
そして、噂に聞く黒弦の少女がいる。
綾乃は、白川一音に会ったことはなかった。
ごく曖昧な噂を聞いたことがあるだけだ。
その少女は、かつて二度、猫目核心と向き合ったという。
二度とも勝てなかったという。
彼女は、そのことで相手を見下さなかった。
むしろ、それが普通なのだと思った。
猫目は、一人で倒せる相手ではない。
遠坂家があそこまで徹底的に負けたのは、強い人間がいなかったからではない。
猫目が、金、物資、人心、保険、倉庫、学校、災害、感謝、恐怖のすべてを一枚の網へ編み込んだからだ。
どれほど鋭い一人であっても、生活全体を切り開くのは難しい。
綾乃は雨の中の東京を見ながら、低く言った。
「あなたたちは、早く理解したほうがいい」
その言葉が、官僚に向けられたものなのか、大勢力に向けられたものなのか、それともまだ会ったこともない黒弦の少女に向けられたものなのか、彼女自身にもわからなかった。
たぶん、全部だった。
猫目本部では、ニャーサが一日の地方支配会議を終えていた。
代理人は書類を片づけた。
スクリーン上では、全国の地方がほぼすべて浅金色になっている。
東京と京都だけが、まだ白いままだった。
ニャーサはその二つの白い区域を見ていた。
焦りはない。
「遠坂綾乃は、一つの声になる」
それは言った。
代理人は低く尋ねた。
「誘導しますか?」
「必要ない」
「本物の声が、最も役に立つ」
「彼女が本物であればあるほど、他人は彼女を信じる」
「そして彼女を信じたあと、彼らはさらに猫目を恐れる」
代理人は少し躊躇した。
「それは我々に有利ですか?」
ニャーサは笑った。
「恐怖は彼らを慎重にする」
「慎重さは彼らを遅くする」
「遅ければ、それで十分だ」
代理人はようやく理解した。
ニャーサは、遠坂綾乃が猫目を暴くことを恐れていない。
暴くこと自体が、猫目の強大さと不可替代性を示すからだ。
彼女が猫目がどのように地方を食べたのかを詳しく語れば語るほど、東京と京都は、自分たちが相手にしているものが普通の敵ではないとより明確に理解する。
そうすれば彼らは会議を開く。
審査する。
議論する。
監管を設計する。
代替を探す。
責任を押しつけ合う。
彼らはさらに遅くなる。
そして猫目は、すでに地方支配を完成させている。
遅さは、猫目に有利だ。
ニャーサは立ち上がり、窓辺へ歩いた。
「地方はもう猫目の部屋だ」
「東京と京都は、まだ扉を閉めているだけ」
「扉の中の人間が緊張すればするほど、外の猫の爪音がよく聞こえるようになる」
それは軽く笑った。
「聞かせておけばいい」