俺の頭の中に敗北した暗黒の王が住み着いているが、俺はただギターを弾きたいだけだ   作:arctichare

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第97章 フランスだけではなく、そして私はいくつものヨーロッパ地図に置かれた

第97章 フランスだけではなく、そして私はいくつものヨーロッパ地図に置かれた

 

フランス方案が完成したあと、私は撤離計画はいったん止まるのだと思っていた。

 

少なくとも、しばらくは止まるのだと。

 

東京はまだ失守していない。

 

京都内層もまだある。

 

A大学では授業が続いている。

 

AfterToneもまだ練習している。

 

私もまだ、猫目に日本を離れなければならないところまで追い込まれてはいない。

 

けれど私はすぐに気づいた。

 

抵抗勢力は、一つの道だけを用意して終わることはしないのだと。

 

特に、特調室は。

 

彼らは一度「最悪の場合」の出口を残すと決めたら、出口を一つだけにはしない。

 

フランス方案は、ただの第一案だった。

 

その後、ファイルにはまたいくつかの名前が増えた。

 

スイス。

 

オーストリア。

 

ノルウェー。

 

そして、まだ正式タイトルには入っておらず、備考欄にだけ現れる候補国がいくつか。

 

初めてその拡張計画を見たとき、私は長いあいだ黙っていた。

 

タイトルはこうだった。

 

B-Black String 海外多地点撤離および長期保護フレームワーク。

 

その下に、小さな字で一行あった。

 

フランスを第一優先候補とし、スイス、オーストリア、ノルウェーを第二序列候補とする。

 

私はその一行を見つめ、ふいに、とても奇妙な感覚を覚えた。

 

自分が一人の人間ではないようだった。

 

いくつもの保険箱に入れられる必要のある書類みたいだった。

 

フランスの保険箱。

 

スイスの保険箱。

 

オーストリアの保険箱。

 

ノルウェーの保険箱。

 

どの保険箱も、あらかじめ温度、鍵、予備鍵、非常口を点検しなければならない。

 

眼鏡の女性は私の向かいに座り、私が何を考えているのかわかっているようだった。

 

彼女は先に言った。

 

「これは、すぐに起動するものではありません」

 

私はうなずいた。

 

「わかっています」

 

「あなたを多くの場所へ送るという意味でもありません」

 

「それもわかっています」

 

「ただ、フランス一本だけではいけないのです」

 

私は書類を見た。

 

「猫目がフランス方案を知ったら、フランスを塞ぐから?」

 

「はい」

 

「フランス内部のルートに問題が起きた場合も、代替が必要だから?」

 

「はい」

 

「ニャーサが外来技術で追跡してきた場合、単一点の安全拠点では足りないかもしれないから?」

 

彼女は少し沈黙した。

 

「はい」

 

私はうつむいた。

 

これが今の現実だった。

 

撤離計画でさえ、単一点依存をしてはいけない。

 

東京は猫目に対抗している。

 

そして、単一点依存を作らないことを学び始めている。

 

私の逃走経路さえも。

 

フランス方案の重点は、山岳安全ではない。

 

文化ネットワークだった。

 

フランスには、大量の文化機関、大学、音楽空間、芸術基金会、国際交流プロジェクトがある。

 

もし私が文化政策、青年音楽活動、音声メディア研究に関わる身分でフランスへ入れば、表面上はより自然に見える。

 

A大学の授業や、私の実習経験も説明がつく。

 

フランス方案にはこう書かれていた。

 

文化政策研究交流、青年音楽活動観察プロジェクト、音声アーカイブ研究協力などの名目により、合法滞在を構築可能。

 

そこを見たとき、私は少し複雑な気持ちになった。

 

それらは、私が本当に学んでいるものだからだ。

 

文化政策。

 

青年音楽活動。

 

音声アーカイブ。

 

けれど撤離方案に入ると、それらは保護殻になる。

 

私は尋ねた。

 

「フランスのリスクは何ですか?」

 

眼鏡の女性は言った。

 

「都市の開放度が高く、人員が複雑です。猫目が文化基金会や商業ネットワークを通じて浸透するなら、速度は速い可能性があります」

 

「それは文化支援が得意だから」

 

「はい」

 

「では、なぜフランスを第一候補にするのですか?」

 

「フランスには十分に多くの独立文化機関があり、単一ネットワークにすぐ覆われにくいからです」

 

彼女はとても真剣に説明した。

 

「さらに、もしあなたが将来、本当に文化空間と青年音楽の方向を続けるなら、フランスは学業と職業の方向を保てます」

 

私は彼女を見た。

 

「撤離方案でも、私の職業方向を考えるんですか?」

 

彼女はうなずいた。

 

「考えなければなりません」

 

「どうして?」

 

「安全屋に閉じ込めるだけでは、あなたが壊れてしまうからです」

 

その言葉は、とても直接的だった。

 

私は一瞬、どう答えればいいのかわからなかった。

 

彼女は続けた。

 

「安全とは、捕まらないことだけではありません」

 

「あなたが、あなたらしく生活を続けられることも含まれます」

 

その言葉に、胸が少し酸っぱくなった。

 

冷たいルート、身分、資金、接応者の中でも、特調室はなお覚えていた。

 

私は保存されるべき物ではない。

 

私は授業が必要だ。

 

音楽が必要だ。

 

歩いて入れる普通の空間が必要だ。

 

自分を完全に逃亡者へ変えないための場所が必要だ。

 

オーストリア方案は、静けさと中継に重きが置かれていた。

 

書類には、オーストリアは周辺国との多方向移動を構築しやすいと書かれていた。

 

都市規模も比較的ほどよく、文化音楽資源が豊富で、音楽と文化研究の身分で普通の生活に紛れ込みやすい。

 

ウィーン。

 

ザルツブルク。

 

グラーツ。

 

それらの名前が書類に出てきたとき、私は一瞬、逃亡ルートではなく音楽の教科書を思い浮かべてしまった。

 

日和が見たら、ウィーンの音楽史は学ぶのにとても向いていると言うかもしれない。

 

陽菜なら、きっと興奮して「小音、行ったら音楽会を聴いてきて!」と言うだろう。

 

澪は、あちらにはどんなご飯があるのかと聞くかもしれない。

 

けれど、書類に書かれていたのは旅行ではない。

 

撤離だ。

 

オーストリア方案のリスクも、はっきり書かれていた。

 

国家規模が比較的小さく、長期潜伏には安定した身分支援が必要。

 

もし猫目がヨーロッパ文化スポンサー網を通じて浸透すれば、一部の音楽プロジェクトが逆にリスク入口になる可能性がある。

 

そこを見て、私は思わず苦笑した。

 

猫目は本当に、どこでも問題になる。

 

音楽プロジェクトすら入口になり得るのだ。

 

ソレンセンが黒海の中で言った。

 

「猫は楽器ケースが好きだな」

 

「本物の猫みたいに言わないで」

 

「普通の猫より面倒だ」

 

私は反論しなかった。

 

ノルウェー方案は、いちばん寒かった。

 

書類の語調が冷たいという意味ではない。

 

文字通り、寒いという意味だ。

 

ノルウェー方案は、低い人口密度、地理的分散、一部区域が隠密保護拠点の構築に適していること、社会的信頼度が高いこと、猫目の既存ネットワークが薄いことを強調していた。

 

だが欠点も明らかだった。

 

日本から遠い。

 

生活適応の難度が高い。

 

言語と気候のストレスが大きい。

 

文化専門方向との接続は、フランスやオーストリアほど自然ではない。

 

長期滞在の場合、孤独感が著しく増大する可能性がある。

 

私は「孤独感が著しく増大する可能性がある」という一文を見たとき、長いあいだ止まってしまった。

 

特調室は、これまで書き込んでいる。

 

航路、旅券、安全拠点だけではない。

 

孤独感まで。

 

私は低く言った。

 

「ノルウェーは、そんなに孤独ですか?」

 

眼鏡の女性は言った。

 

「可能性はあります」

 

「それでも候補に入れるのはなぜですか?」

 

「リスクが極めて高い場合、孤独は第一優先ではないからです」

 

私はうなずいた。

 

「生きていることが第一優先」

 

「はい」

 

その言葉は冷たい。

 

けれど正しい。

 

もし本当にノルウェー方案を使わなければならないほど状況が悪化したなら、そのとき東京にはもう、私が文化政策の授業を続けられるか、バンドに参加できるか、適切な文化活動実習を見つけられるかなどを考える余裕はないのだろう。

 

そのときは、私がまだ生きていること。

 

猫目に取られていないこと。

 

扉を開けるところまで追い込まれていないこと。

 

それだけが目標になる。

 

好きではない。

 

でも理解できる。

 

海外計画は、特調室だけで作ったものではなかった。

 

東京抵抗力量は、ルートを日本の外へ伸ばしていた。

 

世俗財団残余は資金ルートを担当した。

 

ただし、猫目に追跡されないよう、目立つ大口送金は使えない。

 

官僚体系は合法身分と国際協力名目を担当した。

 

ただし、書き方があまり直接的であってはならず、文書の中に「黒弦」「猫目核心」「未知の混沌」といった語を出してはならない。

 

天城は暗号通信とデータ隔離方案を提供した。

 

ただし今回は、天城旧システム式のリスクを避けるため、外部監督を受けなければならない。

 

御影は、一部の伝統結界型の護身具を提供した。

 

ただし、目立ちすぎてはいけないし、私が移動する神社のように一目で異常だとわかってもいけない。

 

京都は、古い紙媒体の連絡法を準備した。

 

現代システムは猫目に浸透されるかもしれないため、場合によっては紙のほうが安全だからだ。

 

無門術師は、人のつながりによる接応チェーンを準備した。

 

大組織には依存しない。

 

一人が別の一人を知っていて、その一人が次の地点の一人を知っている。

 

そうした鎖は遅いが、一度に切断されにくい。

 

互助会も参加した。

 

遠坂綾乃は、ヨーロッパの文化基金会のリスク名簿を提供した。

 

北見遥香は、ヨーロッパにある北海道および日本地方商会の関係を整理した。

 

彼女は言った。

 

「熱心な地方商会もあります。でも、猫目がスポンサーを通じて近づく可能性もあります」

 

彼女は、こういうことをあまりにもよく知っていた。

 

もう、「熱心」をそのまま安全と同一視しない。

 

それが、少し悲しかった。

 

そして、すごいとも思った。

 

敗者たちは、自分たちの失敗経験を、私の逃生地図へ変えていた。

 

私は眼鏡の女性に尋ねた。

 

「これらの国は知っているんですか?」

 

彼女は言った。

 

「ごく少数の協力ルートが、一部だけ知っています」

 

「一部?」

 

「全体は知らせません」

 

「私がなぜ行くのか、知っているんですか?」

 

「ルートごとに違うバージョンを持っています」

 

「たとえば?」

 

「文化政策研究者」

 

「保護が必要な日本人学生」

 

「敏感な民間組織研究に関わった人物」

 

「猫目関連経済調査の証人」

 

「極少数の安全ルートは、あなたに特殊リスク価値があることを知ります」

 

私は低く言った。

 

「ソレンセンは知らない」

 

眼鏡の女性は私を見た。

 

彼女はその名を覚えていない。

 

けれど、その言葉の奥に触れてはいけないものがあることはわかっていた。

 

彼女は言った。

 

「知りません」

 

私はほっとした。

 

同時に、その安堵を覚えるべきではないとも感じた。

 

なぜなら彼女は、かつて知っていたからだ。

 

そして、ソレンセンに消された。

 

今も私は、彼女に真相を話していない。

 

それは古傷のように、心に残っていた。

 

多国方案の中には、一枚のルート図があった。

 

東京から出る。

 

京都を経由する可能性もあれば、しない可能性もある。

 

先に東南アジアの第三国へ行き、そこからヨーロッパへ乗り換える可能性もある。

 

直接ヨーロッパへ飛ぶ可能性もある。

 

文化交流団の身分で離れる可能性もある。

 

医療移送を通じる可能性もある。

 

それぞれのルートの横には、リスクマークが付いていた。

 

猫目資金ネットワーク接触リスク。

 

空港監視リスク。

 

外部技術追跡リスク。

 

内部漏洩リスク。

 

心理崩壊リスク。

 

「心理崩壊リスク」を見たとき、私は思わず尋ねた。

 

「これは誰が書いたんですか?」

 

眼鏡の女性は言った。

 

「心理保護班です」

 

「彼らは、私がすごく崩れやすいと思っているんですか?」

 

「違います」

 

彼女は言った。

 

「この状況では、誰であっても崩れる可能性があると判断しているのです」

 

その言葉で、少しだけ楽になった。

 

白川一音が脆すぎるのではない。

 

この局面そのものが、普通の人間が耐えられる範囲を超えているのだ。

 

私はただ、異常な位置に置かれた人間にすぎない。

 

崩れていないだけで、もうかなり努力している。

 

各勢力の多国撤離方案への見方も、フランス方案のときより成熟していた。

 

最初、「フランスへ送る」と聞いたとき、多くの人は無意識に思った。

 

それは東京を放棄するということではないのか。

 

今、スイス、オーストリア、ノルウェーといった候補が現れたことで、彼らは逆に理解し始めた。

 

これは、ある一本の逃げ道ではない。

 

反猫目の逆向きネットワークを作ることなのだ。

 

猫目はネットワークで地方を支配した。

 

東京も、ネットワークで希望を保存することを学ばなければならない。

 

一つの安全屋ではない。

 

複数の落脚可能地点。

 

一人の接応者ではない。

 

多層の接応チェーン。

 

一つの身分ではない。

 

複数の合法身分方向。

 

一つの国ではない。

 

複数のルート。

 

天城怜司は言った。

 

「私たちは過去、中心システムに依存しすぎていた」

 

「猫目が攻めているのは、その中心依存だ」

 

「今回は分散させなければならない」

 

御影秋人は言った。

 

「白川さんを東京という檻から、フランスという檻へ送るだけではいけません」

 

七条の評価は、相変わらず短かった。

 

「退路は多いほどいい」

 

遠坂綾乃は、もっと直接的に言った。

 

「猫目はまず最も合理的な道を探す。だから、不合理な予備道を用意しておくこと」

 

北見遥香は補った。

 

「それから、とても遅くて、とても不器用で、とても不便な道も準備してください」

 

「猫目が最も得意なのは、高効率を追跡することです」

 

この言葉は、私の印象に深く残った。

 

猫目は効率が得意だ。

 

だから時には、低効率そのものが安全になる。

 

紙の手紙。

 

人による中継。

 

回り道。

 

ネットにつながないこと。

 

少額の現金。

 

不完全な地図。

 

そうしたものは、猫目システムの目には不器用に映る。

 

けれど不器用だからこそ、一口で呑み込まれにくい。

 

私自身の、それらの国への感覚も混乱していた。

 

スイスは、保険箱のようだった。

 

フランスは、文化政策と音楽活動を続けられるかもしれない場所のようだった。

 

オーストリアは、音楽と中継点のようだった。

 

ノルウェーは、とても寒く、とても遠く、とても孤独な最後の避難所のようだった。

 

私は、どの国にも行ったことがない。

 

写真、本、ニュース、授業資料の中で見たことがあるだけだ。

 

今、それらは私が逃げ込むかもしれない地図になっていた。

 

そのせいで、ときどき授業中に突然ぼんやりしてしまうことがあった。

 

先生がヨーロッパ文化政策について話すと、私は思う。

 

もし本当にフランスへ行ったら、授業を聞き取れるだろうか。

 

先生が北欧の公共文化サービスに触れると、私は思う。

 

ノルウェーの冬は、北海道より孤独だろうか。

 

クラシック音楽の事例を聞くと、私は思う。

 

もしオーストリアが一時避難地になったら、私はいつか見知らぬ通りで路上のヴァイオリンを聞き、AfterToneを思い出すのだろうか。

 

そうした考えは、その場にふさわしくない。

 

でも、浮かんでくる。

 

候補地がフランスだけではないと知ったあと、日和は長いあいだ黙っていた。

 

私は彼女に、ごく一部だけを話した。

 

ルートは言えない。

 

組織も言えない。

 

リスクも言えない。

 

ただ言えるのは、

 

「最悪の場合、フランスとは限らなくて、スイス、オーストリア、ノルウェーかもしれない」

 

ということだけだった。

 

彼女は聞き終えて、言った。

 

「今のあなた、地図の上で動かされているみたい」

 

私はうなずいた。

 

「うん」

 

「いちばん怖いのはどこ?」

 

考えた。

 

「ノルウェー」

 

「遠いから?」

 

「孤独な気がするから」

 

彼女はうなずいた。

 

「じゃあ、いちばんあなたらしく続けられそうなのは?」

 

「フランス、かもしれない」

 

「文化の方向だから?」

 

「うん」

 

「オーストリアは?」

 

「音楽」

 

彼女は少し笑った。

 

「それなら、完全に悪いことだけではなさそう」

 

私は彼女を見た。

 

彼女は真剣に言った。

 

「離れることが良いことだって言っているわけじゃないよ」

 

「ただ、本当に行かなきゃいけなくなったとしても、その中で少しでもあなたが生き続けられる理由を探さなきゃ」

 

私はうつむいた。

 

「行ったあと、生きているだけになってしまうのが怖い」

 

日和は軽く言った。

 

「だから今のうちに、生きているだけにならない方法を考えておくんだよ」

 

その言葉は、あとで備忘録に書いた。

 

もし行かなければならないとしても、生きているだけにならない。

 

陽菜は、最初の候補がフランスだと聞いたとき、第一反応で言った。

 

「フランスって、音楽フェスがたくさんあるんじゃない?」

 

私は固まった。

 

「たぶん、あると思う」

 

「じゃあ小音、もしフランスへ行ったら、街角の音楽を撮って送ってね!」

 

澪が言った。

 

「フランス飯」

 

陽菜はまた言った。

 

「オーストリアにも音楽あるよね? ウィーン!」

 

澪が補足した。

 

「オーストリア飯」

 

日和が二人を見て、軽く笑った。

 

私はもともと心が沈んでいた。

 

けれど、彼女たちにそう言われて、少し笑いそうになった。

 

「どうしてみんな食べ物と音楽の話ばかりするの?」

 

陽菜はとても真剣だった。

 

「じゃあ何を話せばいいの? つらい話ばかりしたら、小音がもっとつらくなるでしょ」

 

私は言葉が出なかった。

 

澪が、おにぎりを一つ私の手に置いた。

 

「地図飯」

 

私はおにぎりを見下ろした。

 

ふいに、AfterToneも自分たちなりの方法で、私の撤離を手伝ってくれているのだと思った。

 

ルートではない。

 

旅券でもない。

 

資金でもない。

 

もしある日、本当にヨーロッパのどこか知らない街で目覚めることになっても、私は思い出せる。

 

誰かが街角の音楽を撮って送ってほしいと言っていたこと。

 

誰かが遠隔飯と言っていたこと。

 

誰かが、フランス、オーストリア、ノルウェーを、純粋な逃亡先から、少しだけ音楽とご飯のある場所に変えてくれたこと。

 

それは小さい。

 

でも大切だった。

 

ソレンセンは、多国方案について独自の評価を持っていた。

 

「スイスは硬い殻のようだ」

 

「フランスは開放的すぎる」

 

「オーストリアは音の中に隠れるのに向いている」

 

「ノルウェーは寒いが、遠い」

 

私は驚いた。

 

「あなた、国の評価もするの?」

 

「吾が評価しているのは地形だ」

 

「じゃあ、どこが一番いいと思う?」

 

「最良はない」

 

「どうして?」

 

「あの猫が本気で追うなら、どこも絶対安全ではない」

 

「じゃあ、これを準備する意味はあるの?」

 

「ある」

 

それは言った。

 

「追跡にもコストがあるからだ」

 

「猫にコストを払わせること、それ自体に意味がある」

 

「一本の線に沿って最後まで進めなくすることにも、意味がある」

 

私は沈黙した。

 

それは特調室の考え方にとても近かった。

 

絶対安全は求めない。

 

ただ猫目の追跡コストを上げる。

 

分散。

 

遅延。

 

迂回。

 

可能性を残すこと。

 

「あなたは、私にどこへ行ってほしいの?」

 

私は尋ねた。

 

ソレンセンは少し沈黙した。

 

「吾は、お前が猫に扉を塞がれてから逃げようとするほど愚かでないことを望む」

 

それは答えではない。

 

でも、答えでもあった。

 

海外方案が拡張されたあと、東京抵抗力量の心態も少し変わった。

 

以前、多くの人は私が東京に残ることを希望と見ていた。

 

今、彼らは認めざるを得なくなった。

 

希望は、視界の中に残っていなければ存在しないわけではないのだと。

 

もし本当に私を未来の可能性だと信じるなら、私に永遠に彼らが見える場所へ立ち続けろと求めてはいけない。

 

これは互助会にとって、特に難しいことだった。

 

北見遥香は、ある日私に言った。

 

「もしあなたが本当に行ったら、私はきっと悲しいです」

 

「うん」

 

「でも、あなたが私たちを置いていったとは思わないように、努力します」

 

私は彼女を見た。

 

彼女は続けた。

 

「一つの場所に閉じ込められ続けると、最後にどうなるかを、私は知っているから」

 

彼女は北海道から逃げてきた人だ。

 

多くの人より、その言葉の意味を知っていた。

 

遠坂綾乃は、もっと冷静だった。

 

「もし撤離が起動する日が来たら、私たちは偽情報の散布を手伝います」

 

「偽情報?」

 

「あなたはまだ東京にいる、と言う」

 

「あるいは、京都へ行った、と言う」

 

「病気になった、と言う」

 

「そもそも出ていない、と言う」

 

彼女は普通の会議安排のように言った。

 

「敗者互助会がいちばん得意なのは、戦うことではありません。痛みを隠すことです」

 

「人を隠すのも、だいたい同じです」

 

私は何と言えばいいのかわからなかった。

 

最後には、ただ言った。

 

「ありがとう」

 

彼女はうなずいた。

 

「必要ありません。あなたが前に北海道の手紙を持ち帰ったのも、ありがとうのためではなかったでしょう」

 

特調室は、多国方案を三層に分けた。

 

第一層、温和撤離。

 

東京はなお安定しているが、私が日本に留まり続けるリスクが高すぎると判断された場合。

 

この場合、文化交流、訪学、一時研究プロジェクトの名目で離脱できる。

 

フランスが第一優先。

 

第二層、緊急撤離。

 

東京外縁に明確な崩壊が現れ、猫目が私の周辺関係へ圧力をかけ始めた場合。

 

この場合、ルートはより隠密になり、京都中継や第三国経由を使う可能性がある。

 

スイス、オーストリアが優先。

 

第三層、断裂撤離。

 

東京防線がまもなく失守し、通常の空港、身分、通信を保障できない場合。

 

この場合、ルートは非常に粗くなる。

 

最も快適な国へ行くとは限らない。

 

そのとき通れる道を行く。

 

ノルウェーなどの遠隔安全拠点が優先される。

 

私はこの三層を見て、心が重く沈んだ。

 

温和。

 

緊急。

 

断裂。

 

それらの言葉は、三つの未来のようだった。

 

もちろん、私はどの層も永遠に使われないことを望んでいる。

 

けれど文書が存在するということは、皆が、それらが起こり得ると認めているということだ。

 

私は眼鏡の女性に尋ねた。

 

「本当に第三層まで行ったら、AfterToneの皆はどうなるんですか?」

 

彼女は言った。

 

「同時に保護程序へ入ります」

 

「どの程度まで保護できますか?」

 

「少なくとも、彼女たちがあなたとの関係を理由に、猫目に直接利用されないようにします」

 

「彼女たちも送れますか?」

 

彼女は沈黙した。

 

私は理解した。

 

必ずしも、できない。

 

資源は限られている。

 

リスクも違う。

 

誰にだって家族があり、学業があり、仕事があり、身分があり、意思がある。

 

私に関係する人を全員一緒にヨーロッパへ送ることなどできない。

 

これもまた、撤離方案の最も残酷な部分だった。

 

私は送られるかもしれない。

 

でも私の関係は、すべて持っていけるわけではない。

 

人は荷物ではない。

 

ファイルでもない。

 

私は低く言った。

 

「じゃあ、もし猫目が彼女たちを使って私を脅したら?」

 

眼鏡の女性は言った。

 

「だからこそ、我々はその前にリスクを判断しなければなりません」

 

「もし判断を誤ったら?」

 

彼女は答えなかった。

 

その問いに、良い答えはないからだ。

 

私も、それ以上は聞かなかった。

 

ただその夜、日和、陽菜、澪へそれぞれメッセージを送った。

 

大事なことは何も言っていない。

 

ただ、ご飯を食べたかと聞いただけだ。

 

陽菜は、絵文字をたくさん返してきた。

 

澪は返した。

 

飯。

 

日和は返した。

 

また不安になってる?

 

私はスマホを見て、少し笑った。

 

返信した。

 

うん。

 

彼女は言った。

 

じゃあ、まず呼吸して。

 

私はその通りにした。

 

多国撤離方案は、私を安心させたわけではない。

 

でも一つのことを気づかせた。

 

東京抵抗力量は、ようやく猫目の長所の一つを学び始めているのだ。

 

支配ではない。

 

冷酷さでもない。

 

ネットワーク化だ。

 

もうすべてを一点に押し込めてはいけない。

 

東京核心だけを守ってはいけない。

 

黒弦だけに頼ってはいけない。

 

特調室だけに頼ってはいけない。

 

フランスだけに頼ってはいけない。

 

一本の航路だけに頼ってはいけない。

 

一つの希望だけに頼ってはいけない。

 

猫目はネットワークで地方を支配した。

 

私たちも、ネットワークで自由を残さなければならない。

 

私たちのネットワークは、より小さく、より遅く、より壊れやすい。

 

それでも、少なくとも始まりはした。

 

フランス、スイス、オーストリア、ノルウェーは、ただの逃亡地点ではない。

 

それらは、東京抵抗力量が初めて認めたことだった。

 

未来は、東京という一つの場所だけにあるとは限らない。

 

それは悲しい。

 

けれど、成熟なのかもしれない。

 

その夜、私はいくつかの国の名前をノートに書いた。

 

スイス。

 

フランス。

 

オーストリア。

 

ノルウェー。

 

それぞれの名前の後ろに、一文ずつ書いた。

 

スイス:保険箱。でも檻になってはいけない。

 

フランス:文化空間の勉強を続けられるかもしれない。

 

オーストリア:音楽は偽装にもなり得るし、生活にもなり得る。

 

ノルウェー:遠く、寒い。でも生き延びられるかもしれない。

 

書き終えたあと、さらに書いた。

 

もし離れなければならなくなっても、伝説になるためではない。

 

いつか人として戻ってこられるようにするためだ。

 

私は少し止まり、最後の二文字を書き直した。

 

いつか人として続けられるようにするためだ。

 

必ず戻れるとは限らない。

 

それは、とても痛かった。

 

でも、正直でなければならなかった。

 

私はノートを閉じた。

 

窓の外では、東京の灯りがまだついている。

 

引き出しにはフランスの書類がある。

 

特調室にはスイス、オーストリア、ノルウェーのルートがある。

 

猫目はまだ外にいる。

 

ニャーサはまだ動いていない。

 

今日はまだ最悪のときではない。

 

だから私は、明日の教科書を鞄に入れた。

 

そして、眠った。

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