機動戦士ガンダム異聞 蘇りし幻影   作:素面ライダー

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 短期集中連載最終話です! 
 
 どうか、最後までお付き合いいただければ幸いです。 
 
 それでは、本編スタート! 
 
 


月軌道に蘇る“幻影”

 

 

 U.C.0079 12月 サイド4・暗礁宙域 

 

 《ヨーツンヘイム》 ブリッジ内 

 

 その宙域には護衛戦力がないため、逃げの一手を打つ《ヨーツンヘイム》と、それを追尾しているサラミス級の姿があった。 

 

 《ヨーツンヘイム》がサラミス級を振り切るため、試作観測ポッド《バロール》は暗礁宙域内の観測データを送り続けていた。 

 

 そのおかげで、《ヨーツンヘイム》は速度を極力落とさないまま、曲芸ともいえる動きでデブリをかわし続けていた。 

 

 徐々に《ヨーツンヘイム》との距離が開いていくことに焦りを覚えたサラミス級は、主砲で邪魔なデブリを吹き飛ばすという暴挙に出る。 

 

 その砲撃により飛び散った無数の破片で《バロール》は損傷し、観測データの送信が不可能となってしまった。 

 

 航行速度を落とさざるを得なくなった《ヨーツンヘイム》に、サラミス級が迫ってくる。 

 蒸散したガスの影響で遠距離からビームは撃てないものの、距離を詰められれば発砲も時間の問題である。 

 

 その状況を見かねた《バロール》の開発者、リヒャルト・ヴィーゼ教授は、同航していたスペースランチから工具片手に飛び出し、同機の修理を始めた。 

 

 ふたたび《バロール》の眼に光を取り戻すために。

 

 危険を顧みず修理を強行する教授は、学生時代に目をかけていたマイへ、無線越しに語りかける。 

 まるで、死期を悟り遺言を残そうとするかのように。 

 

『技術者にとって最も必要なもの、その答えを教えよう。

 それは、未来を見据える目だ。

 この戦争もいずれ終わる。

 万一ジオンが敗れたとしても、終わらずに引き継がれるものがある。

 それは、人の命と技術だ。

 

 もしかすると《バロール》の技術は連邦に渡るかもしれない。だが、それでも継続される。 そして、いつかは廃れる

 しかし、やがて廃れるとしても、その技術がなければ次の技術は生まれない

 未来を見据えない技術など、私には意味がないのだよ』 

 

「……人の未来を、見据える技術……」 

 

 その言葉を、マイは深くかみしめる。 

 

 ふたたび光を取り戻した《バロール》の先導で、《ヨーツンヘイム》は暗礁宙域から逃げ切り、逆にサラミス級は無理に速度を上げて追跡した結果、大型デブリの直撃により轟沈した。 

 

 だが、その途上で教授は《バロール》に迫りくるデブリに身をさらし、その直撃で帰らぬ人となった。 

 それは、まるで我が子を庇う親のような姿だった。 

 

 


 

 

 ──それから十六年後。 

 

 U.C.0095 11月9日 

 

 月軌道宙域 アナハイムMS演習場付近 

 

 隊長機と思しき、《ズサ・ブースター》を背負った機体の言葉に、ワシヤは心底呆れ返った表情を浮かべた。 

 

「ポンコツって、お前……その機体だって、お前の言う“ポンコツ”じゃないのか?」 

 

 先頭にいる隊長機 ──《ズサ・ブースター》を背負い、機体各所へアポジモーターを強引に増設した《ヅダF》の改造機へ、ワシヤは至極もっともなツッコミを入れる。 

 

『おいおい、お前さんの乗ってる欠陥機と一緒にすんなよ。 

 こっちはな、あの欠陥エンジンなんざとっくに見切り付けて、安定した《ズサ・ブースター》で機動力を出してんだ。 

 おまけに増設アポジモーターで、運動性もバッチリよ!』 

 

 自分の機体(ヅダ)の本質をまるっきり理解していない隊長機の自慢気な説明に、ワシヤは呆れを通り越して絶句してしまう。 

 

 ワシヤの沈黙を『圧倒している』と勘違いしたのか、調子に乗った隊長機は続く一言で見事にワシヤの地雷を踏み抜いてしまう。

 

『あー……そういや、いたな。ジャン・リュック・デュバルとか言ったか? 

 欠陥機押し付けられた挙げ句、本国に道化(ピエロ)にされた、あの哀れなヤローよ』  

 

 

 ピクッ 

 

 

 その名を耳にした瞬間、ワシヤの表情はみるみるうちに険しいものへと変わっていった。

 

『勝ち目のねぇ戦争で、虚飾まみれの英雄やらされてさ。 

 挙げ句、世界中の笑い者だ。気の毒ってレベルじゃねぇな、ヒャハハハハ!』 

 

『あー……いるいる。 

 “御国の都合”ってやつでピエロにされるヤローがよ、ヒヒヒッ!』 

 

『ハハハハハハハハハッ!』 

 

「………………」 

 

 無線越しにテロリストたちの下卑た笑い声が響く中、無言を貫くワシヤの《ヅダ》のコクピット内には、徐々に怒気が満ちていった。 

 

『開発部の連中も無責任だよなぁ? 

 せめて欠陥エンジンくらい取り替えてやりゃ、あいつも笑い者にならずに済んだろうにさ』 

 

「黙れよ」 

 

『ああ?』 

 

 聞くに耐えなかったのか、何時になくドスの効いた低い声でワシヤは隊長機の言葉をぶった斬った。 

 

「…………そんな小手先の上っ面改造しかできねぇヤローが、知った風な口きいてんじゃねぇ!」 

 

 そして吐き捨てるように言い放つと同時に、スロットルを一気に押し込んだ。 

 

 


 

 

 ゴォッ! フッ! 

 

 

 その刹那、テロリストたちの視界から《ヅダ》のシルエットが、弾かれるように消え失せる。 

 

『なっ? 野郎、どこに──』 

 

 

 ガガガガガガガンッ! 

 

 

『うおっ!?』 

 

 次の瞬間には、《ガルスJ改》の左手側から鉛玉の嵐が叩きつけられていた。 

 

 それは、まるで狙いすましたかのように、手に持ったシールドへと“だけ”命中している。 

 

『や……野郎ッ! 

 「おまえなど、いつでも墜とせる」とでも言っているつもりか! 

 不意打ちで一機墜としたぐらいで、調子こいてんじゃねぇ!』 

 

 弾幕をシールドで受け止めながら、センサーに目を凝らして《ヅダ》の動きを逃さないよう注意する。 

 

 

 ガガガガガ…… フッ! 

 

 

『今だっ! 食ら──なっ? いない?』 

 

 弾幕が途切れた瞬間、ライフルを放とうとするが、その時にはすでに《ヅダ》は背後へ回り込んでいた。 

 直前までセンサーの反応はそこにあったはずなのに、まるで最初からそこには存在しなかったかのように、その姿が見えない。 

 

『くそッ! ヤツはどこに……ガッ!』 

 

 

 ガキィンッ! 

 

 

 《ガルスJ改》が周囲を見回した瞬間には、《ヅダ》はすでに、シールドに付属した格闘用ピックでその頭部をぶち抜いていた。 

 

『クソッ! 

 旧式の、それもポンコツごときが調子乗んな!』 

 

 

 ビシュンッ! ビシュンッ! 

 

 ブロドドドドド……! 

 

 ゴオォォォォォオッ! 

 

 

 《マラサイ改》のパイロットは、仲間の二機が「旧世代のポンコツ」相手にいいようにやられた事実を受け入れられず、フェダーイン・ライフルと頭部バルカンをばらまきながら突貫する。 

 

(予想通りだ! 

 所詮は、実戦を知らないテストパイロット! 

 教科書通りの動きで回避している!) 

 

 相手が狙いどおりの機動で回避していることに、《マラサイ改》のパイロットはほくそ笑む。 

 

『今だ、食らえ!』 

 

 

 バシュッ! ゴオッ! 

 

 バチバチッ! ギュルルルルル…… 

 

 

 狙った位置へ相手を誘い込んだつもりの《マラサイ改》は、タイミングを見計らって右腕に外付けしている有線式ハンドを放つ。 

 うなりを上げて飛ぶそれは、漏電防止の処置が甘いのか、フレームとワイヤーのあちこちから青白い火花を散らしていた。 

 

『いくら機動性が高くても、教科書通りではなぁ! 

 どんな高機動MSでも、捕まえちまえばこっちの──……は?』 

 

 

 フッ! 

 

 

 追い詰めたはずの《ヅダ》は、有線式ハンドがその機体を捉える直前、《マラサイ改》の視界からすっと死角へと滑り込む。 

 

『ば…バカな! 

 ヤツはどこに──ぐッ!』 

 

 

 ガガガガガガ……! 

 

 

 回り込んだ《ヅダ》は、左手側からマシンガンを叩き込む。 

 

 直感か、ただの幸運か。《マラサイ改》は咄嗟にシールドをかざし、その銃撃を受け止めていた。 

 

『ちいぃっ! なめるな!』 

 

 

 ビシュッ! ビシュンッ! 

 

 

 《マラサイ改》はシールドで銃撃を防ぎつつ、フェダーイン・ライフルで反撃する。 

 

 だが《ヅダ》は、先ほどまであえて見せていた教科書通りの動きとは打って変わって、巧みにその射線をかわしていく。 

 

『ちょこまかと……!』 

 

 

 ガガガガガ……フッ! 

 

 

 牽制射を続けていた《ヅダ》が、再び《マラサイ改》の視界から姿を消した。 

 

『ッ!? 今度はどこへ──アッ!』 

 

 ズドォンッ! 

 

 ふたたび側面へ回り込んだ《ヅダ》が、《マラサイ改》めがけてシュツルム・ファウストを放つ。 

 

 咄嗟に回避行動を取った《マラサイ改》は直撃こそ免れたものの、その代償として右腕ごと有線式ハンドを吹き飛ばされた。 

 

『ッ! ……の、野郎ッ!』 

 

 

 パウッ! パウッ! 

 

 

 片腕を失った《マラサイ改》は、残った左腕のシールド裏に懸架していたショートバレル・ビーム・ライフル(ジムIIのものの流用)を乱射する。 

 

 だが、苦し紛れの射撃が当たるはずもない。

 

 

 バシュッ! 

 

 ドガアァッ! 

 

 

 一瞬で《マラサイ改》の頭上を取った《ヅダ》が、振り下ろすようにもう一発のシュツルム・ファウストを叩き込む。 

 

 炸薬弾頭が装甲を貫き、爆炎が《マラサイ改》の胴体を内側から食い破った。 

 

 


 

 

『なるほど……確かに腕は立つ。 

 だが、どれほどパイロットが凄腕だろうと、機体の方は所詮ポンコツ! 

 こっちの機動性に、旧式がついてこれるはずがない!』 

 

 

 ボウッ! ゴオォッ! 

 

 

 そう吐き捨てるや、《ヅダF改》は《ズサ・ブースター》の推力を一気に限界まで絞り出し、あえてワシヤの《ヅダ》の脇ギリギリをかすめるようにフライパスする。 

 そのままデブリの合間を縫い、ワシヤ機を誘い込むように月面のアナハイム工場へ向かって飛んでいく。 

 

『ほれほれ。 

 早く追いかけないと、アナハイムのグラナダ支社はメチャクチャになるぜ? 

 止めたきゃ、そのポンコツで追いついてみろ。追いつけるものならな』 

 

『………………』 

 

 

 ボウッ! ゴオォッ! 

 

 

 《ヅダF改》の挑発に対し、ワシヤはさして慌てることなくスロットルを押し込み、デブリ帯へ機体を躍らせる。 

 

(かかった! 

 デブリ帯なら、性能差に関係なく腕で追い詰められるとでも思ったか? そこそこ腕が立つ奴の考えそうなことだ! 

 実戦のデブリ帯でのドッグファイトなら、俺の独壇場だ!) 

 

 《ヅダF改》のパイロットは、相手が挑発に乗って自分の土俵に上がってきたと考え、ほくそ笑んだ。 

 

 デブリを縫うように飛行する《ヅダF改》に、ワシヤの《ヅダ》が追いすがる。 

 

 だが、自分へ必死に追いすがっている「ように見える」相手を眺めながら、《ヅダF改》のパイロットは余裕の笑みを崩さない。 

 

 そして、ワシヤの《ヅダ》がようやく追いつけるタイミングを見計らい、《ヅダF改》は大型デブリへ向けて全開で直進する。 

 

 ワシヤの《ヅダ》もそれを追い、《ヅダF改》になんとか追いつける“程度の”速度で直進した。 

 

 

 ゴオッ! ボウッ! 

 

 ボウゥッ! 

 

 

 デブリに激突する直前、《ヅダF改》は速度を落とさないまま鋭角ターンでデブリを回避する。 

 

 対してワシヤの《ヅダ》は、衝突寸前で機体を急停止させた。 

 

『ヒャハハハハ! 後ろをとったぞ!』 

 

 勝利を確信した《ヅダF改》は、ワシヤの《ヅダ》のバックパックめがけて《MMP-80マシンガン》を叩き込もうとする。 

 

 だが── 

 

 

 ボウッ! ゴオッ! 

 

 

『なっ!?』 

 

 停止していたはずのワシヤの《ヅダ》が、《ヅダF改》の視界から一瞬でかき消えた。 

 

『ば……バカな! ヤツは、どこに消えた?』 

 

 

 ビービービービー! 

 

 

 『ッ!!』 

 

 

 ゴオォッ!

 

 

 後方警戒を知らせるアラーム音に、《ヅダF改》のパイロットはほとんど反射的に、その場から急速離脱する。 

 

 

 ガガガガガガッ! 

 

 

 直後、さきほどまでいた位置のデブリへと、無数の鉛弾が着弾した。 

 

『へえ……勘だけはいいんだな』 

 

 思わず、ワシヤは感心したように呟く。 

 

 

 ボウゥッ! 

 

 

 そして、ワシヤは再び機体のスラスターを吹かし、ドッグファイトを再開した。 

 

 再びデブリ帯を縫うように飛ぶ《ヅダF改》へ、ワシヤは急制動と急加速を繰り返しながら、徐々にその死角へとにじり寄っていく。 

 

『ばかな、馬鹿な、バカなッ!? 

 こちとら《ガザⅭ》すら支給されず、こんな欠陥機をあてがわれてからこっち、グリプス戦役でも第一次ネオ・ジオン戦争でも、ずっと実戦を重ねてきたんだぞ? 

 あんな修羅場も知らない、テストパイロットごときに……』 

 

『生憎だったな。こっちは一年戦争から、鉄火場を何度も潜り抜けてんだ。 

 主戦場ではなかったが、ア・バオア・クーの決戦も俺は生き延びてんだよ。 

 あん時ゃ停戦命令無視した連邦の連中が襲ってきたせいで、秩序も何もあったもんじゃなかったな……』 

 

『は? ふ……フカシこいてんじゃねぇ!』 

 

『ま、信じる信じないはお前の勝手だ。 

 少なくとも、俺とお前とじゃ、くぐってきた修羅場が違うんだよ!』 

 

 会話の最中にもドッグファイトは続き、いつの間にか、さっきとは逆に《ヅダF改》の後ろを取ったワシヤがシュツルム・ファウストを構える。 

 

 

 バシュゥッ! 

 

 ボゴォンッ! 

 

 

『ガッ!』 

 

 放たれた弾頭は、《ヅダF改》の背面を覆っていた《ズサ・ブースター》へと吸い込まれ、それを根こそぎ吹き飛ばした。 

 

『ッ!……クッ!』 

 

 

 バゥッ!……ボッ! 

 

 

 推力を奪われた《ヅダF改》は、よろめきながらもAMBACを駆使して姿勢を立て直そうとする。 

 機体各所の増設アポジモーターが虚しく噴射光を吹き上げ、まるで水中でパニックになった素人ダイバーのようにもがいていた。 

 

 

 ゴオオォォォォォオッ! 

 

 

 その隙を逃さず、ワシヤは《ヅダ》の腰背部からヒートナイフを引き抜き、トドメを刺さんと距離を詰める。 

 

『くそっ……!』 

 

 

 ボウッ! ゴオオォォォォォオッ! 

 

 

 だが次の瞬間、《ヅダF改》の背中で、もう一つの噴射炎が咲く。 

 

 長らく封印されていたはずの《ヅダF》本来のエンジンが唸りを上げ、機体は弾かれたように戦場からの離脱を図った。 

 

『おいおい……欠陥エンジンには、見切りを付けたんじゃなかったのか?』 

 

『ぬかせ! 切り札は最後まで取っとくもんだ!』 

 

 ワシヤの呆れた声に、《ヅダF改》のパイロットは、厚顔無恥にも開き直った言葉を返す。 

 

 

 ゴオオォォォォォォォォォォォオッ! 

 

 

 《ヅダF改》が、安全域を振り切る勢いで推力を引き上げ、一気に安全圏まで逃れようとする。 

 

『クソッ! 話が違うじゃねえか! 

 何が「欠陥試作機を相手にするだけの楽な仕事」だ!』 

 

 毒づきながらも、《ヅダF改》のパイロットは必死にスロットルを押し込んだ。 

 

(いくら腕は立っても、所詮は同じ機体! 

 ギリギリまで全開で逃げりゃ、追いつけるはずがない! 

 いざという時ゃ、エンジンだけ切り離せば、AMBACと増設アポジモーターで命だけは拾える! 

 ったく……あのオッサンの口車に乗せられたせいで、こっちはとんだ大損だ!) 

 

 

 ビーーーッ!! 

 

 ピッ……ピッ……ピッ……ピッ…… 

 

 

 その直後、コクピット内に接近警報が鳴り響く。 

 

 機体のディスプレイには、一つの反応がじわじわと──やがて、みるみるうちに《ヅダF改》へと速度を増して追ってきていた。 

 

『ッ! 冗談じゃねぇ!』 

 

 

 ピッピピッ! 

 

 ゴウッ! オオォォォォォォォォオッ! 

 

 

 《ヅダF改》は、とうとうエンジンのリミッターを解除し、タイミングを見計らっていつでもエンジンを切り離せるよう準備する。 

 

(ヘッ! せいぜいスラスター光を頼りに、ポンコツエンジンだけ追っていろ!) 

 

 そして、加速が乗りきらないうちに、いざエンジンを切り離そうとしたその時── 

 

『リミッター解除! エンジン・フルブースト!』 

 

 

 ボウゥッ! ゴオオォォォォォォォォォォォオッ!! 

 

 

 次の瞬間、《ヅダF改》の脇を、細身のシルエットがあっさりと抜き去った。 

 

 

 バキンッ! ゴオォッ! 

 

 

 直後、《ヅダF改》の背面からエンジンが切り離され、ワシヤの《ヅダ》の脇を通り過ぎて行った。 

 

『バカな……同じ機体のはずだろうがよ!』 

 

『やれやれ……欠陥だったのは、機体じゃなくお前自身だったな』 

 

 悲鳴じみた声を上げる《ヅダF改》のパイロットへ向け、ワシヤは冷たく言い放った。 

 そして、彼は最後のシュツルム・ファウストの安全装置を外す。 

 

 

 バシュゥッ! 

 

 ドゴォオン! 

 

 

 直後に放たれたそれは、《ヅダF改》の胴体中央に突き刺さり、爆炎が機体を内側から食い破っていった。 

 

 《ヅダ》のエンジンを『欠陥』と切り捨て、蔑んでいた者への、ささやかな借りの返し方としては──これ以上ないほどの、痛烈な一撃だった。 

 

 


 

 

 ゥワアァァァァァァァアッ! 

 

 

 テロリストのMSがすべて撃墜された瞬間、アナハイムの管制室は歓声に包まれた。 

 

 護衛機のMSも連邦艦隊の救援も期待できないなか、たった一機の試作MSで状況をひっくり返したのだから無理もない。 

 

 周囲に動揺を気づかれないよう平静を装っていたマイも、内心でホッとひと息つく。 

 

 そんな中、マイは歓声に包まれる室内から、人目を避けるように外へ出ていくスーツ姿の人影をとらえた。 

 

「………………」 

 

 マイは警備員に目配せして、その後を追っていった。 

 

 


 

 

 カッ 

 

 

「ッ! な……何だ、少佐?」 

 

 マイは、先回りして先ほどの人物の通り道をふさぐ。 

 

 その男は平静を装うものの、先ほどまでのマイとは違い、動揺の気配を隠しきれていなかった。 

 

「…………テロリストを手引きしたのは、あなただったのですね?」 

 

「な……何のことだ?」 

 

 目の前の男──アナハイムの重役が、マイから視線をそらしながら答える。 

 

 この男は、テスト前のブリーフィングのときから終始渋面を浮かべていたので、マイも記憶に残っていた。 

 

「偶然にしては、できすぎています」 

 

 目が泳いで動揺をごまかしきれていない目の前の男と違い、マイは落ち着いた態度で淡々と言葉を継ぐ。

 

「テロリスト襲撃のタイミング。 

 付近にいるはずの連邦艦隊の不介入。 

 自衛用MSの発進遅延……。 

 あなたならば、そのすべてに手が届きます」 

 

「……状況証拠ばかりだな? 

 まさか、それだけで私を犯人扱いするつもりかね?」 

 

 男はマイに決定的な物的証拠がないと悟り、落ち着きを取り戻して反論する。 

 

「ええ。そう言うだろうと思い、先ほどの戦闘の最中にMSハンガーへ連絡を取り、証言を集めていました。 

 どの指示が、どこからきたのか。 

 最近、一般社員に隠れて連邦、あるいは正体不明の何者かと連絡を取っていた者がいなかったのかも含めて」 

 

「ッ!?」 

 

 マイは“予想どおり”相手の動揺を誘えたことに、内心でほくそ笑んだ。 

 

 先ほどの『証言を得た』というのは、マイのブラフである。 

 これで相手を揺さぶり、本人から決定的な証言を吐かせる腹づもりだった。 

 

 その言葉に、男は表情を歪ませ、開き直った態度で反論を始めた。

 

「…………少佐も、ずいぶんと乱暴だな。 

 憶測だけで、私を犯人扱いするとはな。 

 そこまで言うなら、少佐。今、この場で証拠を見せて──」 

 

「見つけたぞ! ここにいたのか!」 

 

 重役の言葉をさえぎり、通路の奥から十数人ほどのツナギ姿の男たちが、荒い足音とともに叫びながら駆けてきた。 

 アナハイムのロゴ入りのツナギとヘルメットを着用していることから、MSハンガーのクルーたちであろう。 

 

「な……何だ、貴様たちは!? 

 私を誰だと──」 

 

「うるせぇ! テメェ、何が『どうせ何も起こるはずがない』だ! 

 危うくテロリストにここを占拠されるところだったじゃねえか!」 

 

 怒りを隠そうともしないクルーたちが、またたく間に重役を取り囲んでいた。 

 

「あなたがたは……」 

 

 呆気にとられた表情でその光景を眺めるマイの傍らで、重役の表情からはみるみる色が失われていく。 

 

「今さっき『証拠を見せろ』とかほざいてたな? 

 それなら、ここにいる全員に、あんた自身がばら撒いてくれてたじゃねえか!」 

 

 正面にいたクルーが、殺意のこもった眼差しで重役をにらみつける。 

 

「『自衛用MSの発進を見合わせろ』って命令、出したのあんただったよな! 

 あんたが『どうせ何も起こるはずがないから、待機させておけ』って、ここにいる全員へ通達したのを、しっかり覚えてるぞ!」 

 

「それに、人目を盗んで通信室へ入っていくあんたの姿を、俺を含めて何人か見ていたぜ!」 

 

「そうそう! 

 『テロリストを見ても動かなくていい。報酬ははずむぞ、艦長』なんてセリフが漏れ聞こえてた! 

 あれ、連邦艦へのテロの黙認要請だったんだろ?」 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」 

 

 次々と飛び出してくるクルーたちの証言に、重役は言葉を詰まらせる。

 

 

 ガシッ! 

 

 

「ッ!?」 

 

「では、こちらでお話をうかがいましょうか、重役?」 

 

 マイが管制室から連れ出していた警備員が、いつの間にか隣までやって来ていた。 

 

 その男は重役の肩を強くつかみ、言葉こそ丁寧ながら、有無を言わせぬ口ぶりで重役を連れ出そうとする。 

 

「…………ふざけるな」 

 

「あぁ? 何だと?」 

 

「ふざけるなと言ったんだ! 

 現場作業員に甘んじている貴様らごときが、俺の気持ちも知らずに勝手なことばかりぬかすな!」 

 

 重役は、押し殺していた本音をにじませ、クルーのひと言を起爆剤に爆発し始める。 

 

「現場を回しているだけで満足している貴様たちなどには分かるまい! 

 経営者一族の御曹司ってだけで、あんな苦労知らずの若造が今や俺と同じ重役だと!? 

 俺がこの地位を手に入れるために、どれだけ下げたくもない頭を下げて、どれだけ屈辱を味わってきたと思っている!」 

 

 その声は、やがて怒号へと変わっていく。 

 

「妻も子どもも、俺を『家族を顧みない仕事人間』だと言って家を出ていった! 

 お前らの生活を豊かにするために、俺は出世に血道を上げてきたというのに……!」 

 

「………………」 

 

 その叫びに、周囲のクルーたちは言葉を失っていた。 

 

「……私にも妻がいます。 

 まだ子どもはいませんが」 

 

 重役に対してマイはそう反論し、静かに言葉を継いだ。 

 

「ここ一年は残業続きで……ずいぶん、妻の機嫌を損ねてしまっていました。 

 それでも、どうにか合間を縫って時間を作り、少しずつでも顔を合わせて夫婦の時間を過ごしてきました。 

 妻も元軍人で、私の仕事に理解を示してくれているということもあります」 

 

 マイはここまで語ってから、一度言葉を切る。 

 

「ですが、私は“仕事のため”を免罪符にして、妻に理解を強要したことは一度もありません!」 

 

 そう言ったマイの視線が、重役を正面からとらえる。 

 

「何より──あなた一人のエゴで、この施設にいる人間すべてを危険にさらした行為は、決して許されるものではありません!」 

 

「くっ!」 

 

 マイに堂々と言い伏せられ、重役は言葉に詰まり、うなだれた。 

 

「……では、警察が来るまで、重役には所定の場所まで来てもらい、私の指示に従っていただきます。 

 少佐、よろしいですね?」 

 

「……ええ。 

 私からは、これ以上言うことはありません」 

 

 マイの返答を聞いたあと、警備員は重役を連行していった。 

 

 マイは、その姿が見えなくなるまで視線を送り続けるのであった。 

 

 


 

 

 マイが重役の連行されていった通路を、複雑な表情で見送っていると、管制室側からオペレーターの一人がやって来る。

 

「マイ技術少佐、こちらでしたか! 

 間もなく試作機が帰還します! 管制の指示を!」 

 

「ああ、すぐ戻る!」 

 

 オペレーターへそう返答して、マイは通路を一度だけ振り返り、管制室へと駆け戻った。 

 

 メインモニターには、帰投コースを取る一機のMSが映し出されている。

 

 細身のシルエットに、刻み込まれた数々の実戦痕。

 

(見ていますか、デュバル少佐……)

 

 胸の内で、マイは静かに呼びかけた。

 

(あなたの誇りである《ヅダ》は、十六年の時を経て──ようやく、ここまで来ましたよ) 

 

 モニターに映る現在の《ヅダ》の姿に、過去の映像が次々と重なっていく。

 

 プロパガンダ映像の中で、虚飾まみれの英雄として、連邦製MS《RGM-79 ジム》六機を相手に単機で果敢に立ち向かう《ヅダ》。

 試験場の片隅で、誰にも知られず繰り返された数々の試験記録。

 そして、あの日の空で、すべてを賭けて飛び続けた一番機の姿。

 

 最後に、デュバル少佐の敬礼と、その背後で静かにたたずむ《ヅダ》のカットが映し出される。

 

 管制室には、誰のものとも知れない、短い敬意の沈黙が流れていた。 

 

 


 

 

 EMS-10 ヅダ(リビルド版)技術試験報告書 

 

 

 我々は、去る11月9日、月面付近のアナハイム演習場宙域にて、当機の実機試験を実施せり。 

 

 しかれども、試験途上にて当演習場宙域にテロリストが襲撃。 

 護衛の連邦戦力もアナハイムの自衛用MSも間に合わない状況なれば、テストパイロットであるワシヤ大尉の提案により当機での迎撃を実施、対MS戦へと発展せり。 

 

 一対四という数的不利にありながら、当機はテロリストのMSを全機撃墜。よく任務を全うせり。 

 

 これはあくまで私の個人的所感ではあるものの、この戦果をもって、過去の“欠陥機”という不名誉な烙印を払拭せしめたものと私は信ずる。

 

 

 

 U.C.0095 11月12日 オリヴァー・マイ技術少佐 

 

 




 
 
 全三話にわたる短期集中連載、いかがだったでしょうか? 
 
 今回のエピソードを執筆するきっかけは、 
 
「技術が追いついてないために《ヅダ》が欠陥機扱いになったのなら、技術の追いついた時代で作られたらどうなっただろう?」
 
 という素朴な疑問からでした。
 
 そこからさらに、 
 
「もし、U.C.0090年代の技術でのリビルドしたら?」 
 
 という発想が生まれ、設定が次々と形になっていきました。

 それでは、お付き合いいただいた読者様方に謝意を。 

 最後まで拝読していただき、本当にありがとうございます! 
 
 読者の皆様方、お楽しみいただけましたでしょうか?
 
 今回のエピソードと同時に、本作の設定資料集も投稿してありますので、興味のある方はぜひ覗いてみてください。 
 
 ご意見、ご感想をお待ちしております。 
 
 
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