死んだ後、人間の魂は天に還る。
真っ白に漂白されて次の転生に備えるのだ。
小さな子供でも知っている常識で、神々も肯定していた世の
「業火の中でこの体は灰になった。朽ちていく感覚も、苦痛もたしかに覚えている」
転生はしたが、姿は変わらなかった。
別の名前がつけられたが勝手に戻した。両親はろくでなしだったので殺した。
記憶が真っ白になることはなく、むしろ鮮明だ。消えたとしても何のさしつかえもないような、どうでもいい事柄まで
「理解に苦しむ話だが、現に私はここにいる。死んで、送り返されたということなのだろうな。この世界に。ああ、魂の故郷などではないぞ。私はこの世界が嫌いだ。滅んでもらっても一向に構わん」
迷宮都市オラリオの地下で死んだアルフィアは、長い眠りの後に『生まれ故郷』で目覚めた。
祖国は滅亡していたが、特に何も感じなかった。
大切な妹を蔑ろにした国だ。恨みはあっても愛着などあるわけがなく、滅亡してくれていてむしろ溜飲が下がった。
「説明は以上だ」
かつて死んだはずの人物。【静寂】のアルフィアが生きている謎についてはそういうこと。
アルフィアは来訪者達への説明を済ませると、手にしていた本をぱたんと閉じた。
「聞こえなかったか? 説明は以上だ。さっさと帰れ。さもなくば消し去るぞ貴様ら」
「……」
「……」
「……」
モフモフとした物体。いや生物が三匹、悲しそうに天を仰ぐ。
ローブから伸びているのは手足だ。頭部には怪しい仮面。手には杖が握られている。
邪悪な魔導士。
そんな表現がしっくりくる者達は、アルフィアにとって招かれざる客であった。
「しかし、殿下。貴方には祖国の復興という使命が……」
「新たな指導者に加え、直系のあなたがいれば……」
「どうか我らと共に栄光を……亡国の復活を!」
不愉快極まる存在でもあった。
気色悪い声でグダグダと、いつまでもくだらないことを。アルフィアは雑音を嫌う。物分りの悪い馬鹿共は死ねばいいと思っている。
ゆえに必殺技が発動した。
その名も
「死ね」
「殿下、なにを──ゴビャアッ!」
「次は貴様だ」
「ヤメッ、ウギャアアアアアアア!」
「消えろ」
「アタマクダケルウアアアアアアアアアアアア」
殴り飛ばした回数は二度。
最後の一体は顔面を掴んでグシャッ☆。
仮面ごと顔の骨を握り潰し、窓の外へと投げ捨てた。ガラスが砕け散ったが気にしない。しつこい連中がまたやって来そうだったので、アルフィアは隠れ家を捨てることを決めた。
「
アルフィアは小さな声で吐き捨て、静かな足取りで部屋から出る。
持っていくのはコートだけでいいだろう。思い出の品などここにはない。
苛立った顔でため息を吐く。右手で顔を覆う。灰色の長髪に五指を
「ザルドに会いにいくか。美味いものでも作らせるとしよう」
アルフィアは戦友の名を思い浮かべた。
料理好きな武人で、自分とは同郷でもある。
何の因果か共に故郷で目覚めたザルドは、今は山奥に住んでいるはず。急いで向かうとしよう。たまには美食もいい。食べた後は運動が必要だが、そちらもザルドを使えばいい。奴を叩きのめせばオッケーだ。そうすれば、この苛立ちも少しはマシになるだろう。
「邪魔だ。
「グギャッ」
玄関前に転がっていたモフモフを踏みつけ、アルフィアは家に火を放った。
いつまでも近くで伸びていたら、一緒に消し炭になることになる。それでも構わないだろう。不愉快な連中は死んでも構わん。血だらけで倒れているモフモフ達をあえて踏み潰しながら、アルフィアはその場から立ち去った。
・
アルフィアの生まれは王族だった。
カーンルイアという国の第一王女として生まれた。
家族構成はゴチャゴチャしていて、数が多い。両手両足の指を合わせても足りないほど。しかし、誰がどうなったか興味はなかった。
歳の近い妹、メーテリア以外はどうでも良かったのだ。幼い頃、妹と一緒に祖国を捨てて世界を飛び出し、二人でオラリオに移り住んだ。向こうで死に別れてからは会えていない。自分やザルドが
「ザルド。一発
「既に殴っている。何事だアルフィア。俺は熊を解体するので忙しい」
この世は
しかし、戦友の顔面を破壊したら少しだけ溜飲が下がってくれた。
偉丈夫、ザルドの隠れ家のドアを吹き飛ばし、現在はキッチンで面会中。
こうしていると迷宮都市を思い出して、少しだけいい気分になる。アルフィアはほくそ笑んだ。
そういえば妹が言っていたことがある。
たまには人と関わらないと心が病む。たしかにそういうものなのかもしれない。だから、アルフィアは決めた。しばらくここにいて、タダ飯を食らうことを。
・
迷宮都市オラリオの冒険者、ベル・クラネルはクソボケである。
雪のような白髪をフワフワモフモフさせ、宝石のような赤い瞳で、年上女性ばかりを
特定の相手はいない。
ただし想い人あり。魔性のくせに
──僕、シルさんの件で色々と考えて、悩むようになったんです。
とか深刻な顔で言っていたので、今後は多少はマトモになるのかと期待していた。
もしかしたら自覚が出てきたのかもしれない。そう思った
──女の子の助ける声が聞こえてきたんです。僕は助けに行かなきゃ!
ある日、素行調査をしていたところ、奴はとんでもねーことをほざいていた。
ダンジョンで女の子の泣き声と、助けを求める声も聞こえてきたから、助けに行く。顔も名前も知らない、なんだったら人間かどうかも分からない相手を、声が女だという理由だけで助けに行く。彼はとんでもなくクソボケなことをほざいていた。
ヘルンは頭を抱えた。成長した風なことを言っていたくせに、何も学んでいない。
このままでは彼を大好きな主人、シルが悲しんでしまう。何とかしないといけないと思い悩んだ結果、ヘルンは兎を追跡した。
──場合によっては捕まえて監禁しないと。
できるかどうかはともかく、その気持ちだけは持っておかなければならない。気を抜くと普通に接してしまいそうになるが、そんな時こそ心の中で『いっけな〜い☆殺意☆殺意☆』と唱えるのだ。
ヘルンは全力で彼を追跡し、ダンジョン中層までやってきた。だが、どういうことだろうか。抹殺すべき女狐など
そんなに女に飢えているのかと複雑な気持ちになったのも束の間、ヘルンは泡を食った。少し目を離した隙に、兎が不思議な光に包まれている。ギラギラと赤黒く輝く光は、慌てふためく兎をあっという間に飲み込んでいって
「──危ないと思ったので連れ戻そうとしたわけですよ。責任を取りなさい。どうするんですかこれ」
意識が吹っ飛んだ後、ハッと顔を上げたら。
「どこ……なんでしょうか、ここ」
「私が知るか!」
怪しげな、石造りの部屋に倒れていた。
目の前には
「なんでこんなことに……僕は女の子を助けようとしただけなのに」
ベルは深刻な顔で自分の両手を見ている。
ワナワナという擬音が聞こえてきそうな様子だ。ただのクソボケである。
「女の子ならここにいるから、早く助けてくれませんかね。具体的にはとっととここから脱出させろ。速やかにオラリオに帰るんです」
「武器がなくなってて……ムリです」
「……」
少年は本気で落ち込んでいた。
へたれた兎の獣耳が見える。もちろん幻覚である。
「はぁ……せめて誰かに相談していれば良かったものを、どうして一人で向かったりしたの」
「ヴェルフには話したんですけど、忙しいって言われたんで仕方なく……リリやリューさん達に言ったら……その、怒られそうな気がして。いや、僕の考えすぎだとは思うんですけど」
「ご心配なく。確実に怒られる。考えすぎなどではない馬鹿かお前は」
しかし困った。
こうなったら女神と通信するしかないか。ヘルンは魔法で
「仕方ない。助けを呼びます……気がかりなのは、私達をここに放り込んだのは誰かということ」
「それは……僕も気になってました。それに……牢屋があるなら、看守がいる可能性があるってことですもんね……!」
少年は
「おお! 殿下! 目を覚まされたのですね!」
「みんな、殿下が目覚めたぞ!」
「ランルー!」
すると、誰かが牢屋に入ってきた。
丸みを帯びたシルエットの人物達。上半身はモフモフで、ローブから伸びる手足はとても細い。
顔面を覆っているのは怪しげな仮面だ。
甲高くザラついたような声が、乾いた空気に反響した。
「殿下! お久しぶりでございます!」
「大きくなられましたね、殿下! 今こそ我らと共に覇道を……!」
「新たな指導者を迎え、既に我らは動き始めております! どうか殿下もお力添えを! 亡国の再興を!」
「あなたと彼がいれば百人力です! 共に祖国を取り戻すのです! 殿下!」
ヘルンは顔をしかめた。
これはなんだ。怪しい宗教団体だろうか。
モンスターというわけではなそうだが、人間かと言われると確実に違う。
その姿はまるで、闇に魂を売った悪しき魔導士……!
そんな奴らに殿下とか殿下とか拝まれている兎は、
「で、殿下……!? 違いますよ! ひっ、人違いですっ」
「ベル。ベル・クラネル。落ち着きなさい。どうやら貴方は尊敬されている。よくはわかりませんが、敵視されるよりマシでしょう。この状況を考えたら」
何が起こったのか。ここがどこなのか。それらはあとから考えればいい。まずはこの牢屋から出ることが最優先だ。脱出さえできればどうにかできる。
ベル・クラネルは振る舞いこそ
「殿下! ところで、その女は誰なのですか?」
「我らは殿下だけをお呼びしたはず」
「ところがその女も現れたので、目が覚めるまで放置していたのですが」
「まさか
「妻!? いや違います! ありえないです! この人は全くそんなんじゃなくて……!」
モフモフ共はわけのわからんことをほざいた。
ベルは慌てて否定した。その慌てっぷりにヘルンが軽くイラッとする中、謎のモフモフの一人がギュルン! とヘルンの方を向いた。
「つまり、不法侵入者。あるいは殿下に媚びを売る女狐と……なるほど」
「……は?」
そいつは赤いモフモフだった。残りは青と紫である。ヘルンの喉から低い声が漏れ出る中、赤いソイツは甲高い声で、叫んだ。
「この不敬者は、丸焼きにしてヒルチャールの
「「「マルヤキ! アーヒャヒャヒャヒャ!」」」
そして、
しかも増えた。闇に潜んでいた十匹ほどが加わって、ガンガンガンと鉄格子にタックルしてきた。
「マルヤキ!」
「マルヤキ!」
「ランランルー!」
ヘルンはおったまげた。笑いながら手を伸ばしてくる様は恐怖でしかなかった。まさに狂気の沙汰である。あとランランルーってなんだ。正確には違うのかもしれないが、ヘルンにはそう聞こえた。
「な、な、何とかしなさいベル! 凄まじく気色が悪い!」
「貴様! 殿下に命令するなど何事だ! マルヤキだ! この女はマルヤキだ!」
「「「マルヤキだ!」」」
「おっ、落ち着いてください!? 違うんです! この人がなんでここにいるかはわからないですけど、とにかく違うんです!」
少年は頑張って叫んでいたが、なんのフォローにもなっていない。
謎の魔導士達はますます勢いを増した。
──ガンガンガンガンガンガンガンガンッ!
よくわからない言葉を叫びながら、杖で鉄格子をぶっ叩き始めた。
「あまりにうるさすぎる! ベル! あなた『殿下』なんでしょう!? やめさせなさい!」
「貴様ッ、偉そうに殿下に命令するなど!」
「ああはいはいすみませんね!? ──ベル! オロオロしてないで何とかしろ!」
「ひぃぃすみません!? あのっ、恥ずかしかったから言えなかったんですけどっ、実はこの人は
「はぁ!?」
前にも横にも怒鳴りつけた後、ヘルンは衝撃に体を撃ち抜かれた。
違う違うそうじゃない。
誰が王妃
斜め下のフォローを受けて、偉大なる女神フレイヤの従者筆頭、ヘルンは混乱した。
「……なるほど。そうでしたか。それならそうと最初に仰って頂ければ……では、マルヤキはなしで」
「はい! そうしてください! いやぁ、わかってくれて良かったぁ!」
モフモフ共の特攻はぴたりと停止し、偉そうな赤いモフモフがウンウンと頷いている。
ベルは彼に目を合わせて、不器用な笑顔で頷き返している。
いやいや何も良くはない。
このままじゃヘルンは王妃一直線だ。そんなことになったら女神に怒られてしまう。そこを変われと頭を叩かれてしまうかもしれない。アレ、その状況はむしろご褒美なのでは……? ヘルンはますます混乱した。
「すみません、ここから出してくれませんか? よくわからないことが多すぎるんで、まずは色々と教えて欲しいんですけど……」
「はい。もちろんです、殿下」
赤いモフモフはモフモフから鍵を取り出すと、ガチャガチャと牢屋の扉を解放した。
青と紫と他にも何色かのモフモフ達がひざまずく中、代表して少年を出迎える。
「殿下ってなんですか……? 復興とか言ってましたけど、あなた達は僕に何をさせようと……それに、お呼びしたっても言ってましたよね? まさか、召喚……とか?」
モフモフ達は左右に割れて道を作っている。その間を歩きながら、ベルは次々に疑問を述べた。
赤いモフモフはニコリとすると、ふざけた声ではなく渋みのある声音で、言った。
「何を仰っておられるのですか。殿下は殿下です。復興というのは言うまでもなく祖国カーンルイアのこと。この世の全てを打ち倒し、新たな秩序を作るため、我々は殿下をお呼びしたのです!」
「……」
どう解釈しても悪の台詞だった。
ベルは愛想笑いのまま立ち止まり、助けを求めるような顔でヘルンを見た。
「はいはい私が喋りますよ……この世の全てを打ち倒す、とは。つまり。どういうことなんです、モフモフ」
「モフモフ? 私のことでしょうか」
「はい。私の夫もモフモフですが、今はあなたのことです」
ヘルンはしれっと妻になりきり、赤いモフモフに質問した。あれっ、なんか凄い良い気分。
「わかりました。質問にお答えしましょう」
「はい」
「この世を統べる神々を神座から引きずり下ろし、時代を、秩序を我らがものとする。邪魔する者は全て滅ぼし、世界の支配権を手に入れるのです!」
「はあ、なるほど」
ヘルンはちらりと少年を見た。
ダラダラと汗を流している。
「ヘルンさん、これ……この人達についてって大丈夫……なんでしょうか」
大丈夫なわけがない。
ヘルンは真顔になった。絞り出したようなベルの声に、ゆらゆらと首を横に振る。
「……」
「……」
すると、ベルは何を思ったのか。
「──【ファイアボルト】!」
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
魔法をぶっぱなした。
赤いモフモフの上半身に。
バチバチと音を鳴らす炎に押され、吹っ飛んでいく赤いモフモフ。ガンッ、ガンッ、と天井と柱にバウンドした後、赤いモフモフはバタリと倒れた。
ヘルンはギョッと目を開いた。
石の通路にざわめきが巻き起こった。
「ヘルンさん! 逃げます!」
「そうですね逃げるしかなくなりましたね何をしてるんだお前は!?」
跪いていたモフモフ達が一斉に立ち上がる中、二人は
すかさず追ってくる怪しげなモフモフ軍団。もとい邪悪な魔導士達。
「殿下! なんてことを! 期待を持たせるような素振りを見せておきながら……我々を弄んだのですか、殿下!」
「許すまじ! 我らが指導者に報告を!」
「やはり殿下はあの魔女の息子だった! 悲しいことだが認めねばならん! 逃がすな! 捕まえろ!」
「ランランルー! マテマテマテェ!」
「やばいめっちゃ怒ってる! 応戦……はっ」
「しなくていい! とにかくこの狭い空間から出ますよ!」
炎やら氷やら電撃やらが飛んでくる中、二人は死ぬ気で逃げ切った。
血迷った少年の暴挙により、無駄に敵が増えた。