【急募】なんか大変なことになったんだが?【解決策求む】 作:Ark’s
三年。長いかというとそこまででもなくて、じゃあ短いかというと全然そんなことはない。
だけど、九歳から十二歳までを丸ごと突っ込むには十分すぎる時間で、でも振り返ってみると、案外あっさり溶けてしまうくらいには濃い時間だった。
――少なくとも、オレにとってはそうだった。
そもそもの始まりは、本当にただの時間潰しだったのだ。前世の記憶が正しければ、ユグドラシルがこの世界に現れるのは三年後。
いまの時代にはまだ影も形もない。誰も知らないし、とうぜん話題にすらなっていない。
だからオレは、待つしかなかった。待つしかないなら、その間は別のゲームで時間をつぶそう。
それだけの話だったはずなのに、気づけばオレは、その三年間でものの見事にゲーム沼にはまり切っていた!
そりゃそうか。この世界の技術力は、前世の日本よりずっと先に進んでいた。それはもちろんゲーム業界も同じだ。
環境汚染で外で遊ぶことは不可能なので、ゲームといったら、ナノマシーンと専用機材を使ったフルダイブ型ゲーム。
DMMO-RPG、対戦FPS、格闘、戦略シミュレーション、サンドボックス、レース、スポーツ、果ては音ゲーみたいなものまで、とにかく何でもかんでもフルダイブ型ゲーム尽くし。
もちろん、前世のオレの時代のゲームもレトロゲームとして一応存在してはいる。
ただ、前時代の名作になればなるほどプレミアが付いて値段がバカみたいに高い。(あの名作、ド〇クエが何と3桁万円!!)
現存するものが少ないということもあるけど、懐古趣味の金持ちとコレクターが釣り上げた結果が大きいらしい。前世でよく見た古い家庭用ゲームが、いまや超々レアゲー化してるのを見ると、なんともいえない気持ちになる。
...まあ、それはそれとして。今世のゲームはちょーおもしろい!!
はじめに手を出したのは、ありがちなフルダイブRPGだった。
名前も設定もわりと凡庸で、剣と魔法のよくある世界観。たぶん普通なら「とりあえず一本目に遊ぶならこれでいいか」くらいの扱いをされるタイトルだ。オレもそのつもりだった。
どうせ暇潰しだし、適当に遊んで終わるだろうと。そんな軽い気持ちで、ログインして、目の前には草原が広がっていた。
吹き抜ける風の音がして、遠くで鳥が鳴いている。足元の草が揺れて、自分の手が見えて、呼吸に合わせて胸が上下して、オレはその場で一歩踏み出した。
...踏み出した?脚が、動いた!?
そこで、たぶん数分は止まっていたと思う。嬉しくて、という言葉だけではちょっと足りなかった。
驚いて、呆然として、理解が追いつかなくて、それでも確かに動いていて、しかも現実じゃないとはいえ、その感覚があまりにも鮮明で。
一歩、足を前に出して、止まって、もう一歩。それだけのことに、声も出なかった。
……で、そのまま固まっていたせいで、横から来た敵モブに殴られて普通に死んだ。
「えっ?」
ゲームオーバー画面が表示されて、オレはしばらくのあいだ唖然としていた。
...いや、待て。今のはないだろ。いくらなんでも初手が締まらなさすぎる。そう思ったのに、口から出たのは全然別の言葉で。
「ちょっと。あたし、いますっごく感動してたんだけど?」
誰に文句を言ってるんだ、オレは。そう思うのに、その言い回しが妙にしっくり来るのがなんとなく嫌だった。
まあ、嫌とか言ってる場合でもないし、初戦の雑魚に油断して負けたまま終わるなんて性に合わない。
なので、オレはそのまま再挑戦した。1回目は相手の行動に全然反応できず、あっさり負けた。2回目は1回目よりは粘ったが、連続攻撃をさばききれずに無事敗北。三回目になってようやく相手の攻撃パターンをつかみ、無傷で勝利した。
「ふふん♪そうよね。これくらいじゃないと」
勝った瞬間、胸の内に高揚感が広がり、自然に笑みが浮かんだ。
ああ、ダメだこれ。 これはハマる。
もうこの時点で、うっすら分かっていた。ゲームの中では、オレは動ける。
それだけでも大きいのに問題はまだあって、オレはやたらとゲームが上手かった。
最初は「前世の感覚が残ってるからかな」くらいに思っていた。でも、ジャンルを変えても、タイトルを変えても、最初はへたくそでもすぐに上達していった。
例えばFPSの場合、はじめは相手を認識してから反応するまでに時間が掛かって負けたりすることが多かった。だけど、1~5分もすれば相手を認識してすぐに反応し数秒もかからずにあっさりと勝つことができた。
戦略系シミュレーションの場合では、はじめはなにも分からず、相手プレイヤーに裏をかかれたり、罠にはめられたりと負け続けた。それはもうぼっこぼこに。まじで容赦なかったなぁ~。 まぁでもFPSのときと同様に、1~5分もすれば相手が次はどんな手を使ってくるかとか、相手が何を狙ってるかとかが読めるようになってきて、逆にぼっこぼこにしてやりましたとも。
オレはとにかく、負けてから次どうやれば勝てるかまでのパターンを理解するのがとんでもなく早かった。
別作品のキャラで例えるなら、呪〇廻戦の魔虚羅の適応みたいな感じ。
まぁ、それが気持ちよすぎるのだ。悔しい思いをしても、それがそのまま次の勝ちに繋がると分かっていると、どんどん楽しくなっていき歯止めが利かなくなる。
おまけにゲームだけじゃなくて現実の生活でもその力は発揮されていった。
勉強も、最初のうちは半信半疑だった。けれど半年くらい経ったころには、さすがに認めざるを得なくなっていた。
一度見た内容をほとんど忘れない。計算速度が異様に速い。暗算でだいたい片付けれる。資料を読めば要点が頭に入るし、覚えたことが抜けにくい。
最初は脚が動かないせいで「才能あふれる肉体とか嘘だろ」と思っていたけれど、どうもそう単純じゃないらしい。肉体、という言葉の中に、身体能力だけじゃなくて頭の処理性能まで含まれていると考えたほうがしっくりくる。やる気さえあれば、きっとゲーム以外でもいろいろやれたんだろう。
...たぶん。でも、そのときのオレにそこまでの向上心はなかった。理由?だって、ゲームのほうが面白かったから。
べつに現実の生活を捨てたわけじゃない。そこは一応ちゃんとしていた。勉強もするし、身体のケアも受けるし、食事も睡眠もしっかりと取ってる。
ただ比率で言えば、だいたい現実四、ゲーム六。生活を崩すほどではないけど、明らかに人生の重心はゲーム側に寄っていた。
朝起きて、必要なことをさっさ済ませて、勉強を片付けたら空いた時間でゲームをプレイする。
ゲームで遊び続けて、気づけば何時間も経っている。そういう日がじょじょに当たり前になっていった。
ちなみにアバターは、どのゲームでもほぼ同じだった。現実の自分の姿を専用の装置でコンバートして使用してる。身バレ?オレは基本的に外出しない(できないともいう)からそういうのは気にしてない。
なぜ、同じアバター使いまわしてるのかって?深い理由とかは特になく単に、キャラメイクが面倒だったのだ。
もちろん、作ろうとしたこともあったはあった。だけどいざ作ってみると、なんかしっくりこないというかコレじゃない感があって、上手く作れない、というよりはどう弄っても最終的に「自分っぽい何か」に戻ってしまう。
その理由を深く考えるのはやめた。だって面倒だし、どうせ使うのは自分なんだから、そのままでいいやって感じで。
結果として、どのゲームでも見た目の印象が共通することになった。しかも、その見た目で初心者離れした動きをするものだから、悪目立ちしないわけがない。
最初に少し話題になったのはFPSだった。
新規アカウント、(自分でいうのもあれだが)見た目だけなら美少女アバター、なのに初動からおかしいくらい射線管理が上手い。
そりゃ他のプレイヤーに目をつけられる。しかも負けた相手が勝手に勘違いしてくる始末。
『はぁ?それ避けれるのおかしいだろ!』『こいつ絶対チーターだろ!』 『どうせ課金して得た力だろw』『課金しまくったニセモノの力で勝ってうれしいか??』
いや、別にチート使ってねーし、課金も・・・ちょっとはしたけど、武器スキンに使っただけだし!
そう言おうとしたのに、口から出る言葉はまた違う。
「かわいそう。負けた理由を探すのに必死なのねw」
するっと煽るような言葉が出る。前世のオレなら、もう少し無難な返しをしていた気がする。
でも今は、こういうときの言葉がぽんぽん出る。
「でも安心なさい。あんたたちは次もどうせ負けるから、もっと分かりやすく教えてあげるわ」
そう言ったあとで、ちょっと待て、と思う。いや、そこまで言うつもりだったか?
...で、そんなことを言えばあたりまえだが、とうぜん相手はブチギレる。
『は?』 『煽ってんのか』 『おじさんを怒らせちゃったねぇ(#^ω^)』『このガキ絶対泣かす!!』
そしてオレはそこで初めて、しまった...とはならなかった。むしろ「じゃあしっかり、ぼこぼこにしてやろう」と思ってしまう。
このあたりから、たぶん少しずつ変わっていたんだと思う。
別に前世のオレも今世のオレも、元々そこまで激しい性格じゃなかったはず。多少負けず嫌いではあるけれど、基本は普通だった。
それなのに、時間が経つほど、勝ち負けに対する感覚が少しずつ鮮やかになっていった。
勝つと楽しい。負けると少し悔しい。悔しいから、もう一回。
その循環が、以前よりずっと自然に、少しずつ心地よくなっていく。だからなおさら引き返せなかった。
ちなみに掲示板でもよく名前もさらされたりしていた。晒しスレ、攻略スレ、雑談板。
どのスレでもだいたい書かれていることは似ている。
・アバターが現実離れした美少女。
・本当に人間か?ってほど強い。
・口調がチョー腹立つ。
・無駄に語彙が豊富で教養がありそうだからたぶん富裕層の金持ち。
・絶対、課金の力かチート使ってイキってるだけのクソガキ。
……うん、まあ、だいたい合ってるな。合ってるけど、最後のだけは否定させてもらう。
とはいえ、わざわざ訂正して回るほどでもない。めんどくさいし。こういうやつらは訂正してもどうせ信じないしなぁ~。
スレで晒されたりもしたが、悪いことばかりでもなかった。
率直にいうとゲーム友達もできた。気づけば、だ。
最初は再戦相手だったやつが、別タイトルでも見かけるようになって、互いのプレイスタイルに関して意見交換をする仲になったり、趣味が同じで意気投合したりと理由は様々だが、とにかくゲーム友達が自然とできていった。
...まぁ、何故かはわからないがオレとゲーム友達になるやつはキャラが濃いやつが多い気がするんだよなぁ。もちろん、(比較的)まともなやつもいるけども。でも、そういう連中とだらだら喋るのは嫌いじゃなかった。
まぁ、そんな感じでゲーム生活をしているからメイにはよく呆れられた。
《マスター。睡眠予定時刻を一時間二十四分超過しています》
「あと一戦だけ」
《本日五回目の発言です》
「細かいわねぇ~」
《細かく管理するのが私の役目です》
「ほんと、融通が利かないんだから」
《その融通を利かせた結果、今週の総プレイ時間は既に上限を大幅オーバーしています》
「でも課題は終わってるし、リハビリも受けたし、食事もしたわよ?」
《たしかに、反論としては成立しています》
「でしょう?」
《ただし、“だからいい”とは言っていません》
こんな調子だ。元はもっとつまらないAIだったのを、オレが弄っているうちに妙な味が出てしまった。
退屈しのぎ半分、おもしろ半分で手を入れ始めただけだったのだが、気づけば皮肉も言うし、軽口にも付き合うし、ゲームのログ分析まで手伝う人間臭いAIに仕上がった。しかもこんななのにしっかり有能なのだ。公開戦績の整理、プレイログの抽出、スケジュール補助、ネットワーク最適化、機材の保守までやってくれる。
生活補助AIの枠を、だいぶはみ出している気がする。
「メイ、リプレイのこの場面だけ抜いて」
《既に抽出済みです。三パターンの視点で表示します》
「仕事が早いわね」
《マスターが遅いだけです》
「喧嘩売ってる?」
《事実確認です》
辛辣ぅ~。でも便利だから許す!
そういえば、ゲームに課金してるけどお金は大丈夫なのかって?
たしかにゲームに金を使いすぎている気は、少ししていた。
新作タイトルの購入、レトロゲーの入札、機材の更新、対戦環境の最適化、アーカイブの取り寄せ。まともに考えたら、かなり散財しているはずだ。けれど、たまに残高まわりを確認しても、メイはいつも同じことしか言わなかった。
《問題ありません》
そう言われると、まあいいか、で流してしまう。たぶん大丈夫なんだろう。
細かいことは任せておけばいい。オレはそういうところ、昔から雑なのだ。
そして、そんな生活を続けているうちに、本当に三年が経った。
長かったはずなのに、いざ経ってみれば短く感じた。
思い返すと、いろんなゲームを遊んだなぁ~。勝って、負けて、笑って、少し悔しがって、思いっきり楽しんで。飽きたタイトルもあるし、今でも続けているものもある。
でも、心の奥底にあったのは、転生した時からたったひとつだった。
オレは待っていたのだ。まだ存在していない未来のゲームを。オレだけが知っている名前を。
その日、朝から落ち着かなかった。理由は分かっている。今日だ。
前世の記憶が正しければ、今日、この世界に初めてその名前が現れる。
「メイ。ニュース、ゲーム業界速報、企業広告。全部開いて」
《了解しました》
空中ディスプレイが何枚も展開される。
企業ニュース。配信プラットフォーム。ゲーム専門チャンネル。投資系の速報。開発会社の公式アカウント。
片っ端から流し見する。
まだか...まだか。そわそわしている自分がいる。
おかしいな、と少し思う。前世のオレなら、ここまで露骨に落ち着かなくなるタイプじゃなかったはずだ。
でも今は、胸が妙に浮ついている。期待が、隠しきれない。
そして、一枚の広告が切り替わった瞬間。オレの視線が、完全に止まった。
新作DMMO-RPG。その文字の下に並ぶ文字列。
『YGGDRASIL』
「……きた」
おもわず声が、漏れた。
「ほんとに、きたわ」
その瞬間、心臓が跳ねた。こめかみの奥に鋭い痛みが走る。
でも、そんなものはどうでもいい。
《マスター。バイタル上昇を確認。深呼吸を推奨します》
「あとでいいの」
画面から目が離せない。
やっとだ。
三年。
そのあいだ、どれだけゲームをやっていても、心のどこかではずっとこれを待っていた。恨みとか、意趣返しとか、そういうのじゃない。
ただ純粋に、遊びたい。全力で、骨の髄まで、遊び尽くしたい。
この三年間で積み上げたものを、全部ぶち込みたい。
「メイ、接続準備。最優先」
《了解しました。購入、認証、インストール、接続処理を開始します》
「急ぎなさい」
《本日のマスターは普段より命令が二七パーセント増量されています》
「そう。じゃあ四〇パーセントまで増やしてあげる」
《脅迫を確認しました》
「違うわ。お願いよ」
《その言い方でお願い判定は困難です》
そんなくだらないやり取りをしながら、オレは指先を落ち着きなく動かしていた。
登録...認証を確認。
初期設定...いったん後回し。
利用規約...ざっと流し読み。
ロード開始...
長い。やたら長く感じる。たった数分が永遠に感じる。
三年待ったくせに、数分も待てないのかと自分で思う。
でも待てないものは待てない。ようやく起動処理が走る。
視界が暗転する。
次の瞬間。
荘厳なBGMとともに、巨大な世界樹を思わせる光景が、視界いっぱいに広がった。
オレは息を呑んだ。知っていた。
知識としては。
でも、実際に自分の目で見ると、まるで違う。
前世の記憶の中にしかなかったものが、いま、この世界の現実として目の前にある。
「……ふふ」
笑いが漏れる。抑えようとしても、うまくいかなかった。
「やっと会えた」
その一言が、ひどく自然に出た。
利用規約も、感覚同期も、アバター設定も、今日はひとつも面倒じゃない。
むしろその全部が、愛おしいくらいだった。
オレはいつも通り、自分の姿をコンバートしたアバターを選ぶ。
選ぶ、というより、ほとんど最初からそうなる。
それ以外の姿を考えるのが面倒なのもあるし、どう弄っても結局そこに戻ってしまうのだから仕方ない。
初期フィールドへの接続が始まる。光が走り、視界が切り替わる。
新しい世界が、オレを迎え入れる。
その瞬間、自然に笑みが浮かんだ。
「さあ――始めましょうか、ユグドラシル」
言葉がするりと出る。
まるでずっと前から、そう言うと決まっていたみたいに。そしてその自然さを、オレはほんの少しも不思議に思わなかった。
いまはただ、この世界を遊び尽くすことしか頭になかったからだ。