校庭へと足を踏み入れた3人は早速とばかりに辺りを見渡す。
第一印象としては、何の変哲もない小学校の校庭と言ったところだった。
校庭の遊具は寂れており、ペンキが剥がれている部分が目立つため、長らく使われていないであろうことが予想されるが、それでも雑草が乱雑に生えている様子はなく、定期的に手入れされているであろうことが分かった。
「特に変な様子はないですね。」
「うわー、ジャングルジムとかなつかしー。てかちっちゃ!あーしらが入ったら挟まりそー。」
「ふむ、草木は手入れがされているが遊具は特に手入れの後は見えない。砂場も同様か。やはり避難所としての要素が強いのだろうな。
特に物音もなし、校舎に明かりもなし、人影も同様。
窓ガラスが割れている場所も少なく錆は目立つものの丁寧に利用されていたのであろうな。
最初に校舎を回るとしようか。」
そう言って神田が歩みを進め、2人がそれについて行く。
玄関に着くと、神田が懐中電灯を付け、辺りを照らした。
「埃は溜まっているものの、量はそこまでではない。おそらく1年以内には掃除がされているだろう。靴は...さすがに残っていないな。非常口の明かりは来ているのか。これも避難所としての役目を果たすためだろうな。置き傘も大量...ほとんどが錆びているじゃないか。これでは非常時にも使えないぞ。」
不法侵入をしている立場でありながらどの口が、とは思いつつも青山は何も言わなかった。そんな中、坂上は興味深そうに辺りをキョロキョロと見回している。
玄関口の探索を終えた神田は「さて」と呟くとカメラを取り出し、その場を写真に収めた。
「ふむ、こんなものか。」
青山と坂上はその写真が気になって、神田のカメラを見せてもらうとその写真には大量のオーブが写っていた。
「うわっ!これって...!」
「うわ、びっしり...」
「オーブと言うやつだな。俗に幽霊の存在を表すと言われているが、実際にはカメラのフラッシュが塵や埃に反射したものだ。こんな環境なんだ。塵や埃が大量に舞っているということに違和感はないだろう。」
「うわぁ...神田さん、ロマンが無いですね。」
「さっきから怖がっておいて何がロマンだ。こんなものは非科学的な現象でもなんでもない。」
そういうと神田は玄関口から進んで廊下に出ると、その場にあった消火設備に近づいた。
「消火設備も機能している。この分だと定期的に機能点検もされているだろう。
手洗い場は...石鹸は無いものの水道は使える。おそらくどこかに石鹸の予備でも置いているのだろうな。
一階は...1年生の教室か?こっちの校舎...東棟としようか。反対の棟はおそらく他の学年の教室群だろう。順番的には2年生だろうか。鍵はどうだ?」
神田が玄関から1番近かった教室、1年1組の教室の扉に手をかけるが、鍵がかかっており、扉は開かなかった。
「まあそうだろうな。職員室に鍵でもあるか...」
学校案内などがある訳でもなかったが、職員室は割と直ぐに見つかった。
「玄関口から近く、且つ各教室へのアクセスのいい場所と言ったところで、中央棟の1階か。
私の通っていた小学校は玄関のある棟の2階だったな。」
「あーしんとこは1階だったなー。保健室の隣!」
「俺のとこはここと同じでしたね。」
幸いと言うべきか不用心と言うべきか、職員室の扉には鍵はかかっていなかった。そして扉横の壁に取り付けてあるキーボックス内には各教室の鍵が掛けてある。
「よし、順番に回るとしよう。まずは1年生の教室からだな。」
1年1組から鍵を開けて探索を始める。
教室内では机を上下に重ねて教室の後ろに下げられており、窓側に椅子が積み上げられていた。
「やはり片付けてあるな。ロッカーの中は...何もなし。教卓もだな。」
遠慮も一切なしに神田は教室内を探索する。
が、特にめぼしい情報や残っているものは無かった。他の教室もこんな感じだろうな、と言いつつ神田は次々と教室を開けて行った。
それから6年生の教室を全て探索し終えるまで特に何も起きないし、何の情報も得られなかった。
...ただし。
「...おい、坂上くんはどこだ?」
「えっ...あっ!坂上さん!?」
気が付けば、坂上がはぐれていた。青山が呼びかけるが、返事はない。
「ちょうどいい、ひとつ検証するとしよう。」
こんな中でも神田は冷静だ。人が一人居なくなった上でこれなのだから、若干不謹慎と言えなくもないが。
「おーい!誰か居るかー!?」
神田が叫ぶ。しかし廊下中に声が響き渡るだけで、特に返事は返ってこなかった。
「神田さん?検証っていうのは...?」
「昨日説明したものの一つだ。夜中に廊下で呼びかけると返事が返ってくる。...まあ見ての通りハズレだったわけだが。」
「でも坂上さんの返事すら返ってこないって...」
「坂上くんは逆の校舎に居るのかもな。それにしたってこんな静かな校舎で、声の響く廊下だ。聞こえそうなものだが。」
ふたりは反対の校舎、東棟の方に移動して再び声を張り上げた。
「誰か居るかー!?」
「あーちゃーん!?しょーくーん!?」
「!!」
微かながら坂上の声が聞こえてきた。聞こえてきた感じからおそらく東棟の一階かと推測する。
「私たちが行く、坂上君はそこを動くな!」
「りょー!」
「よし、向かうぞ、青山くん。」
「はい!」
そうしてふたりが坂上の元へ向かおうと歩き出した瞬間のこと。
「居るよー...」
青山の耳に微かな声が聞こえた、気がした。
「どうした、青山くん?」
急に立ち止まって後ろを振り返った青山に気づいた神田が声を掛ける。その様子から、何かが聞こえたような風には見えなかった。
それを見て先程の声を気のせいだと断じた青山は「いえ、何でもありません」と言葉を零して神田の後について行くのだった。
果たして、本当に気のせいだったのか。
あるいは、気のせいだと思いたかったのか。
東棟一階に2人が戻ってくると、坂上は保健室の前に座り込んでいた。
「坂上くん、どうした?どこに行っていたんだ?」
「いやー、なんかここの3階の探検終わってからなんか記憶が飛んでるっぽいんだよねー。ただなんか声をかけられたような気がして...あーちゃんたちの声が聞こえたと思ったらここに居たの。」
「なるほどな。そういうのは大抵呼ばれているんだ。となるとここか。」
神田は保健室の表示を一瞥したあと、迷った様子もなく鍵の束から保健室の鍵を探し出した。
「えぇ!?ちょ、ホントに開けるんですか!?居るかもしれないんですよ!?」
「もちろんだ。それにもし本当に"いる"のだとすれば私にとっては万々歳だぞ。」
そう言って神田は無遠慮に保健室の扉を開けた。
中は何の変哲もないよくある保健室。ただ、棚にあっても良さそうな薬品類は置かれていなかった。
当然と言えば当然なのだが。
それを確認した神田は、並んだベッドのカーテンを開いていく。
結果、特に何もなく、空っぽの保健室が確認できただけだった。
その後、神田が保健室内の写真を撮っていたが、特に異常なものが映ることはなかった。
坂上はどうしてここに来たのか。本人に自覚がない以上、この問に対する答えは出ない。
心の赴くままに行動する(楽観的で向こう見ず、と周囲から評されている)彼女の気質が故か。
あるいは"ナニカ"に呼ばれたが故か。
保健室の捜索を終えた一行は、今度はと中央棟にある音楽室、美術室などの特別教室の捜索を始めた。
鍵の種類によると、この学校に存在する特別教室は、音楽室、美術室、パソコン室、理科室の4種類だった。
手始めにと音楽室の扉を開けて入っていく。
音楽室の中には教室の前にピアノがひとつ、そして机が後ろ、椅子が横にと言ったふうに並べられていた。
壁に有名作曲家たちの肖像画は飾られていない。
ふと神田がピアノに近付き、いくつか鍵盤を押した。
「ふむ、ピアノには特に以上は無し。音も鳴る...が、タッチが悪いな。さすがに調律は...うん、されていないな。」
「分かるんですか?」
「明らかに音階が崩れている。よく聴いておけよ。」
神田が音階順に鍵盤を押していく。
音楽素人の青山には、最初はわからなかったが、たしかによく聞いてみると何となく気持ち悪い感じのする音階だった。
「あーちゃんピアノ弾けんの!?なんか弾いてよ!」
「こんな調律のされていないピアノで弾いたら不協和音だらけの曲になるだけだ。やるにしても今度だな。」
「よし言質取った!今度ね!」
神田は音楽準備室の鍵を開ける。
準備室の中には埃を被った楽器類が所狭しと置かれていた。
カスタネット、タンバリン、トライアングルに、鉄琴、木琴、果ては太鼓まで置いてある。
「特に何も無いようだが...そうだな、特に異常はない。
ただ、楽器類は何処かに売るなり引き取って貰うなりをするのが普通だと思うのだが、どうなのだろうな。
なにか事情があるのか、地域のイベント事で使うまでの置き場所...と考えればおかしくないのだろうか。」
「確かに、ここに置いてるのはおかしいですね。ピアノとかは運べないにしても、タンバリンとかも埃を被ってて使われた形跡はないですし...」
「そうだとしたら公民館とかそういう所に移すんじゃない?こういう小物系は別にかさばらないっしょ。」
「そうだな。理由は不明だが、楽器類が放置されている、と。」
それ以外には特に異常は見られなかった。そして準備室の中にも肖像画はなかった。
音楽室を後にした一行は、今度は美術室へと入っていく。
「ここは机と椅子の形が違う、おそらく当時の形のままだな。理由は、立って行う作業が多いから、だな。机やら椅子やら、所々に汚れやキズが目立つし廃棄予定なのだろうか?」
「こっちにも肖像画とかは無いですね?」
「有名な絵ならあるね。これはモナ・リザ!これはひまわり!これはキュビズム!これは...何?」
「クロード・モネの『睡蓮』だ。ちなみに1つ前はキュビズムではなく『泣く女』という作品だ。キュビズムは描画の手法のひとつ、元は写実こそが絵画の価値だったものが写真の出現によって...いや、これは今はどうでもいい話だ。
とりあえずここには異常なし。次は準備室だな。」
そう言って神田が準備室の扉を開けた。
「中は絵の具と画材...キャンバスに工具...?
あぁ、そういえば小学生の頃は図画工作か。
奥にデッサン人形の頭が5つ...5つ?」
神田がキャンバスやら小物やらをずらしながら何かを探し出した。
「あーちゃん、どうしたの?」
「デッサン人形が5つしかないのはおかしいと思わないか?机は6つ、おそらくひとつの机に4~5人が座る想定だろう。前に置く、あるいは椅子の配置を変えるのであればこんなに数は必要ないだろう。」
「どうでしょう、表情が一つ一つ違いますからね...それぞれの違いを描き分けるような授業をしていたのでは?」
「うーむ...小学校でそこまで深く美術の授業をするだろうか...」
その後、結局デッサン人形の頭の6つ目は見つからなかった。
6つ目はそもそも最初からなかったのか、どこか別の場所に移したのか。
あるいは...
次に来たのはパソコン室。
中にはオフィスによくあるような机が並べられてはいたが、機材の類はひとつも見つからなかった。
「あれ、ここは片付けられてるんですね。」
「機械類だからだろうか、もしくは昨今の事情が関係しているのか...」
「昨今の?」
「最近は小学校ですら、子供一人にひとつずつタブレットやノートPCが配られての授業になってきているらしい。それを受けてパソコン室自体への需要が減ってきていると。そもそも廃校になる以前からパソコン室は使われてすらいなかったのかもしれないな。」
青山と坂上のふたりは「へー」と言葉をもらした。
こういった情報ひとつひとつから時の流れを感じてしまうのは歳をとった証拠なのだろうか...と青山は不安になる。
ご安心を。彼はまだ19歳である。
「ここは準備室もないからな。特に異常も気になることもないな。」
「1人1個ノートパソコンかぁ...いーなぁ、あーしが学生の時だったら遊び放題っしょ!」
「さすがに検索エンジンに引っかかると思うが。」
「あれ謎の技術で突破する同級生いましたよね。」
「いたいた!音楽聴けるサイトとか教えて貰ってた!」
「良くはないことだがな。とりあえず次に行くとしよう。」
一行は最後の特別教室である理科室へとやってきた。
理科室の扉を開けると専用の机と美術室の時にもあったような背もたれのない椅子が置かれていた。
「ここも片付けられていないな。背もたれのない形の椅子が片付けられていない理由はなんだろうな...需要がなく引き取り手がいない?それにしては通常の椅子も整理されているかと言われると...体育館などにまとめておく方が扱い易いはずだがな...まあこれは後で考察するとしよう。管理人に話を聞かねば分からんことも多い。
薬品棚は...空っぽ。実験用容器や器具もないな。おそらく需要が高いが故、かな。」
「おーやっぱ水圧強っ!ほれっ!」
「ちょっ、こっち向けないでくださいよ!」
神田が散策しながら考察を進めている間、青山と坂上のふたりは遊んでいた。青山はどちらかと言うと遊ばれているが。
「準備室は...やはり空だな。
人体模型や骨格標本も無し。掃除用具位しかないか...っと。」
「うわっ!」「えっ何!?」
神田が掃除用具入れを開けた瞬間、中から骨格標本が倒れてきた。その様子を見ていた青山が驚きの声を上げたが、目の前で骨格標本に倒れ掛かられた神田は至って冷静にそれを受け止めると、まじまじと観察を始めた。
「なんだ、いたずらか?ごく一般的な骨格標本、一見目立ったキズもなし、多少の変色や汚れはあるが劣化の範囲だな。」
「あーちゃんなんでそんな冷静なの...」
「神田さんってびっくりすることあるんですかね?」
「さすがにあるぞ。ふむ、理科室はこんなものか。
余計ないたずらがあっただけ...いささか拍子抜けだな。」
こうして一行の特別教室の探索が終了した。
骨格標本の所在は果たして本当にいたずらだったのか。
あるいは...
私の小学校を基準に構造を考えてるから、やっぱ他の人から見ると分かり辛かったりするだろうか...となりながら。構造としては
中央棟
東 西
棟 校庭 棟
みたいな形の想定です。
小学校に美術室なんかあるか?と思いましたがやっぱ描写的に欲しいなと。キュビズムといえば泣く女以外にもアヴィニョンの娘達やゲルニカなんかもありますがさすがに小学生には刺激強いだろうと却下しました。