ホロライブ事務所は今日も平常運転です   作:ダニエルズプラン

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巻き込まれスタッフと3期生旅行

 

 突然ではあるが、ユウトはホロライブ事務所のスタッフとして、Aちゃんやのどか、YAGOOと並んでかなりの知名度がある。

 

 ホロライブ公式の番組でAちゃんとともに司会進行役を務めたり、所属タレントたちのチャンネルでゲームの数合わせや雑談相手として呼ばれたりすることがある。

 

 まだ現在のようなホロライブ事務所がなかった頃から、Aちゃんとともにときのそらのチャンネルへたびたび出演しており、初期からホロライブを追っているファンにとっては、もはやおなじみの存在となっていた。

 

 自身のチャンネルを持っているわけではない。

 

 基本的には前述したように、公式チャンネルの司会進行や数合わせで登場する程度。

 

 それでも、長くホロライブを見ているファンにとっては十分だった。

 

 ボケるタレントに淡々とツッコミを入れる声。暴走し始めた企画を最小限の言葉で軌道修正する冷静さ。無茶な状況でも何とかする妙な安心感。そして、タレントたちや、時にはYAGOOをはじめとするスタッフたちに謀られて落とし穴に落ちたり、いつの間にかタレントたちの旅行や遠征で車のハンドルを握っていたりする不憫さ。

 

 そういった積み重ねの結果、ユウトはいつの間にか「ホロライブの表に出てくるスタッフ」として、リスナーからも認知されるようになっていた。

 

 ちなみに、リスナーからの呼び名はだいたい「ユウトさん」か「桜井さん」。

 

 たまにAちゃんと並んで「ホロメン保護者枠」や「遅刻タレント回収業者」、「巻き込まれスタッフ」などとも呼ばれているが、ユウト本人はそれらを正式な肩書としては認めていない。

 

 断じて、認めていない。

 

 そんなユウトは現在、ホロライブ3期生の旅行企画のために、なぜかミニバンのハンドルを握ることになっていた。

 

 その日、ユウトは普通に出勤し、普通に自分の席に向かい、普通に仕事を始めようとしていた。

 

 いつも通り机の上には確認待ちの資料が置かれ、メールボックスには未読メールが並び、チャットツールには朝から複数の通知が飛んできている。

 

 今日は平和に忙しい。

 

 そう思いながらユウトが椅子に腰を下ろそうとした、その時だった。

 

「ユウトくん」

 

「はい?」

 

 背後から呼びかけてくるAちゃんの声にユウトが振り返ると、そこにはにこやかな笑みを浮かべたAちゃんと、柔らかく笑っているのどかの姿があった。

 

 二人とも手にはクリップボードと封筒を持っており、その時点でユウトは嫌な予感を覚える。

 

「……おはようございます」

 

「おはよう、ユウトくん」

 

「おはようございます、ユウトさん」

 

「……Aちゃん、その封筒は?」

 

「お土産、お願いしますね?」

 

「会話が成立してないんですけど?」

 

 Aちゃんがにこにこと笑ったままユウトに封筒を差し出し、ユウトが中を確認すると、そこには車の鍵と旅程表らしき紙、そしていくつかのチェックリストが入っていた。

 

 ユウトはそれを見て、静かに目を細める。

 

「……これは?」

 

「今日から一泊二日で行われる、ホロライブ3期生観光旅行企画の進行資料です」

 

 のどかは落ち着いた声で丁寧に説明しているが、その目は少しだけ泳いでいた。

 

「観光旅行企画……」

 

「はい。後日編集して、配信する予定のものです」

 

「初耳です」

 

「昨日の共有チャットには流れてましたよ?」

 

「流れていたのは見ましたけど、僕の担当とは書いていなかったはずです」

 

「そこは今、確定しました」

 

「今……?」

 

 ユウトが封筒の中から車の鍵を取り出して確認すると、それはユウトにも見覚えのある社用ミニバンの鍵だった。

 

「Aちゃん……」

 

「はい」

 

「僕は今日、通常業務の予定だったはずです」

 

「そうだね」

 

「この旅程表を見る限り、出発時間まであと三十分しかないようですが……」

 

「そうだね」

 

「僕が運転することは、いつ決まりましたか?」

 

「ユウトくんが出勤した時」

 

「それは決まったじゃなくて、決められたと言います」

 

 ユウトが淡々と抗議すれば、Aちゃんは視線を逸らし、のどかは申し訳なさそうに眉を下げている。

 

 だが、その手に持っているクリップボードには、ユウトの名前がしっかりと記載されていた。

 

 逃げ道は、どこを見てもなさそうだった。

 

「一応聞いておくんですが、僕以外に運転ができるスタッフは?」

 

「いるにはいるんだけどね」

 

「ならその方に……!」

 

「でも、3期生全員からユウトくん指名でお願いが入ってるんだよね」

 

「……」

 

 ユウトは天井を見上げ、沈黙する。

 

 旅程表に視線を落として企画名を確認すると、そこには『ホロライブ3期生一泊二日観光旅行! 全員で行く癒しの温泉旅!』と書かれており、下には参加者として3期生の兎田ぺこら、不知火フレア、白銀ノエル、宝鐘マリン、潤羽るしあの五名の名前が並んでいる。

 

 そして、さらに下のスタッフ欄には撮影班、編集担当、現地スタッフ、そして運転・進行補助役として桜井ユウトの名前があった。

 

「……これ、僕の知らないところで全部決まってましたよね?」

 

「大丈夫。YAGOOさんには許可取ってるから」

 

「大丈夫の方向性が違いますし、僕の許可は……?」

 

「ちなみにYAGOOさんからは『安全第一でお願いします』って預かってるから」

 

「YAGOOさ〜ん?」

 

 ユウトがまた天井を仰ぐように呟くが、もちろんその場にYAGOOはいない。

 

 代わりに、Aちゃんが非常に良い笑顔で追加の資料を差し出してくる。

 

「それと……これが撮影に関する注意事項ね」

 

「まだあるんですか」

 

「あるよ。今回の旅行は後日編集して配信予定だから、移動中とか観光中、食事中は基本的に録画が入るよ」

 

「まさか、僕も映るんですか?」

 

「うん」

 

「僕はスタッフなんですけど」

 

「リスナーさん的には、むしろそこが見どころの一つだと思うんだよね」

 

「見どころ……」

 

 ユウトが言葉に困ると、のどかが苦笑しながら補足する。

 

「ただし、お風呂や着替え、就寝準備など、プライベートに関わる部分に関しては当然録画しません。車内にも固定カメラはありますけど、休憩中や必要な時は止められるようになっています」

 

「そこは安心しました」

 

「ユウトさん用のマイクもあります」

 

「安心した直後に不安材料が……!」

 

「一応、進行補助役ですので」

 

「僕、運転手ですよね? 運転しながら進行役もやるんですか?」

 

「ユウトくんならできるでしょ?」

 

「信頼の形が雑」

 

 ユウトが資料をめくるたびに、仕事は増えていく。

 

 旅程表、撮影予定、緊急連絡先、各タレントの体調チェック項目。

 

 酔い止め、飲料、簡易救急セット、予備バッテリー、カメラ固定器具の確認リスト。

 

 さらには明らかに私情が混じっている、サービスエリアや旅行先で購入可能なお土産候補まである。

 

 ユウトはそれらを一通り確認して、封筒を閉じた。

 

「……ちなみにですけど、僕の通常業務は?」

 

「私とのどかちゃんで分担するよ」

 

「その言葉、なんでか信用していいのか迷いますね」

 

「ひどくない?」

 

「前例が多いですから」

 

 Aちゃんは少しだけ頬を膨らませ、のどかは苦笑しながらユウトにクリップボードを差し出す。

 

「今回は本当にこちらで引き受けます。ユウトさんには本当に申し訳ないんですけど、3期生の皆さん、すごく楽しそうにしていたので……」

 

「……」

 

 その言葉に、ユウトは少しだけ黙る。

 

 Aちゃんだけなら、まだ抗議の余地はあった。

 

 だが、のどかに申し訳なさそうな顔でそう言われると、ユウトは強く出られない。

 

 ましてや3期生全員から指名されていて、彼女たちが楽しみにしていると言われれば、なおさらだった。

 

「……分かりました。引き受けます」

 

「さすがはユウトくん」

 

「ありがとうございます、ユウトさん」

 

「ただし、安全管理を最優先にします。取れ高よりも安全です。車内で立ち上がったり、シートベルトを外したり、走行中に変なことを始めたりした場合は、企画中でも普通に止めます」

 

「そこはむしろお願いね」

 

「あと、僕を正式名称以外の肩書で呼ばないように、編集担当には伝えておいてください」

 

「遅刻タレント回収業者?」

 

「それです」

 

「巻き込まれスタッフ?」

 

「それも」

 

「ホロメン保護者枠?」

 

「ホロメンじゃありませんし、認めてもいません」

 

 Aちゃんが面白そうに肩を震わせ、のどかも笑いをこらえようとしているが、こらえきれていない。

 

 ユウトはそんな二人の様子に小さくため息を吐き、クリップボードに封筒を挟んだ。

 

「車両点検をしてきます。3期生の皆さんは?」

 

「もう下で待ってるよ」

 

「もう?」

 

「集合時間十五分前だから」

 

「さっき三十分って言ってませんでした?」

 

「ユウトくん、準備早いじゃん?」

 

「そういう問題じゃないんですよ」

 

 ユウトは最後に一度ため息を吐いてから、事務所の駐車場に向かった。

 

 途中で必要な備品を受け取り、荷物を確認してエレベーターを降りる。

 

 駐車場に出れば、すでにミニバンの周りには、撮影班のスタッフとホロライブ3期生の五人が集まっていた。

 

 ぺこらはカメラに向かって元気よく手を振っており、フレアはその隣で荷物を整理しながら落ち着いた様子で周囲を見ている。ノエルは大きめの旅行鞄を抱えて嬉しそうにそわそわし、マリンはテンション高くカメラに向かって何やらポーズを取っている。そして、るしあはユウトを見つけた瞬間、ぱっと表情を明るくした。

 

「あ、ユウトさん!」

 

「お疲れ様です。早いですね、皆さん」

 

「遅いぺこ、ユウト!」

 

「僕は今さっき企画について聞かされたので、むしろ早い方だと思いますけど」

 

「いやいや、ぺこーらたちはず〜っと待ってたぺこ!」

 

「集合時間には間に合ってますよね?」

 

「待ってたことに変わりはないぺこ!」

 

 ぺこらが胸を張って言うが、ユウトはそれに淡々と返しながら、全員の荷物を確認していく。

 

「皆さん、荷物はこれで全部ですか?」

 

「団長のはこれです!」

 

「ノエルさん……それ、本当に一泊分ですか?」

 

「はい! 着替えと洗面道具と……あと、お肉用のスペースです!」

 

「最後のはいったい?」

 

「旅先で買うお肉です!」

 

「買う前提なんですね……」

 

 ユウトがノエルのカバンを受け取りながら言うと、マリンも横から自分の荷物を差し出してくる。

 

「ユウトくん、船長の荷物もお願いしまーす」

 

「マリンさん、これが一泊分ですか?」

 

「女の子の旅行にはいろいろ必要なんですよぉ。メイク道具とか、着替えとか、取れ高用の小物とか!」

 

「女の子……? それに、最後の比率の方が高そうですね」

 

「どうして女の子に疑問を抱いたんですかユウトくぅん? マリンはまだピッチピチの17歳なんですけどぉ? 何かおかしなことでもありましたかぁ!?」

 

「次の人ー」

 

「流された!?」

 

 マリンが大げさにのけぞると、カメラを構えていた撮影スタッフが小さく笑う。

 

 その横で、フレアが苦笑しながら自分の荷物を軽く持ち上げた。

 

「ユウトくん、私の荷物はこれだけ。重くないから自分で載せるよ」

 

「いえ、こちらでまとめます。機材との位置を調整したいので」

 

「そっか。じゃあお願いしようかな」

 

「はい」

 

 フレアの荷物は、他の面々に比べれば比較的少ない。

 

 フレアらしく必要なものだけをきっちりまとめているのが分かり、ユウトは少しだけ安心する。

 

 そんな中、るしあが両手で小さめのキャリーケースを押しながら、ユウトのそばまでやって来た。

 

「ユウトさん、るしあの荷物もお願いするのです!」

 

「はい。るしあさんはこれだけですか?」

 

「はいっ。あ、でも……えっと、もしよかったらですけど、ユウトさんの隣に置いてもらっても……?」

 

「残念ですけど、荷物は後ろです」

 

「ですよね……」

 

 るしあが少ししゅんとすると、それを見ていたぺこらがにやにやと笑いながら口を挟む。

 

「るしあ〜? 荷物を助手席に置こうとしてるぺこか〜?」

 

「ち、違うし! そんなこと言ってないのです!」

 

「今、ユウトの隣って言ったぺこ」

 

「荷物の話!」

 

「荷物の話にしては目が本気だし、必死だったぺこねぇ?」

 

「……ぺこらぁ?」

 

 るしあの声が低くなる。

 

 その瞬間、ぺこらがすっと盾にするようにフレアの後ろへ隠れた。

 

「フレア、ぺこらを守るぺこ」

 

「自分で煽ったんだから、自分で何とかしなよ」

 

「3期生の絆はどこ行ったぺこ!」

 

「こういう時だけ使わないで?」

 

 フレアが呆れたように言うと、マリンがすかさずカメラの方に向き直る。

 

「皆さん見ました? これが3期生のいつもの姿ですよ!」

 

「マリンさん、まだ本格的に回していないと思いますよ」

 

「えっ、そうなんですか!?」

 

 マリンが撮影スタッフの方を見ると、撮影スタッフは小さく頷いた。

 

「今は準備中の記録用ですね」

 

「なんでですか! 今の絶対使えるやつでしたよ!?」

 

「使えるかどうかを判断するのは編集担当です」

 

「ユウトくんが編集担当みたいなこと言った!」

 

「実際、編集担当に伝えるメモは残します」

 

「こーわっ。スタッフさんの発言が一番現実的……」

 

 マリンが肩をすくめる。

 

 その横で、ノエルが手を挙げた。

 

「あの、ユウトさん!」

 

「はい、ノエルさん」

 

「お菓子はどこに置けばいいですか?」

 

「お菓子?」

 

 ユウトが視線を向けると、ノエルの足元には小さな紙袋が三つほど置かれていた。

 

「車内用です!」

 

「一泊二日の旅行で、車内用のお菓子が三袋……」

 

「みんなで食べるので!」

 

「まあ、問題ありません。ただ、走行中にこぼれやすいものは控えてください」

 

「はい!」

 

「あと、車内で立ち上がらない。シートベルトは必ず着用。飲み物は蓋つきだけ。においが強いものは休憩中にお願いします」

 

「ユウト、完全に遠足の先生ぺこ」

 

「遠足というより、引率の先生ですね」

 

「保護者枠じゃん!」

 

「違います」

 

 ぺこらが楽しそうに笑い、マリンがすかさず指を鳴らすような仕草をした。

 

「今の、テロップで『ホロメン保護者枠』って出ません?」

 

「出さないように釘を刺しておきます」

 

「えー!!」

 

「そこは出しましょうよ、ユウトさん!」

 

 マリンに加え、ノエルまで乗ってきたため、ユウトは無言で荷物を積み込む手を速めた。

 

 そんなユウトの背中を見ながら、フレアはくすりと笑う。

 

「でも、こういう時のユウトくん、本当に安心感あるよね」

 

「フレアさんまで……」

 

「褒めてるんだけどなぁ」

 

「まあ……褒め言葉として受け取っておきます」

 

 すべての荷物を積み終えたユウトは、次に車内の固定カメラを確認した。

 

 フロント部分、二列目、三列目、そして車内全体が映る位置。

 

 音声用の機材もすでに設置されており、ユウトは一つ一つ角度と固定具合を確認していく。

 

「ユウト、機材チェックまでやるぺこ?」

 

「うちのスタッフを疑っているわけではありませんが、走行中に落ちたら危ないので」

 

「やっぱり保護者ぺこ」

 

「違います」

 

「でも、今のめっちゃ保護者だったよね」

 

「うん。団長もそう思います!」

 

「船長も一票!」

 

「るしあも、安心するのです」

 

「多数決でユウトくんはホロメンの保護者です!」

 

「多数決で決められるものではありませんし、認めません」

 

 ユウトは淡々と返しつつ、最後に車両周りを確認する。

 

 タイヤ、ライト、ガソリンの残量、ワイパー、カーナビ、ETCカード。

 

 すべてに問題がないことを確認したユウトが運転席に座ろうとしたところで、マリンがにこにことしながら一歩前へ出た。

 

「ところでユウトくん?」

 

「はい?」

 

「助手席って誰が座るんですか?」

 

 そんなマリンの何気ない一言で、空気が凍った。

 

 ぺこらの耳がピンと立ち、るしあの目が静かに鋭くなり、ノエルが「おお……」と小さく声を漏らす。

 

 フレアは何となく展開を察して、すでに半歩後ろへ下がっていた。

 

「……安全面を考えると、もう一人スタッフを乗せるか、荷物を置く形で……」

 

「却下ぺこ」

 

「却下ですねぇ」

 

「却下なのです」

 

「却下、かな……?」

 

「え、ノエルさんもですか?」

 

 ユウトがノエルの方を見ると、ノエルは頬を赤くしながら申し訳なさそうに笑った。

 

「だって、せっかくの旅行ですし……それに、ユウトさんの隣ですし……」

 

「理由になってませんし、最後の方が本当に小さくて聞こえなかったんですが……」

 

「な、なんでもありません!!」

 

「助手席って特等席ぺこよ? 一番景色いいし、一番ユウトとも話しやすいぺこ」

 

「ぺこら、最後に本音が出てるよ?」

 

「出てないぺこ!」

 

 フレアの指摘に、顔を真っ赤にしたぺこらが慌てて首を横に振る。

 

 その横で、るしあが手を挙げた。

 

「るしあがユウトさんの隣にいた方が、何かあった時にサポートできるのです」

 

「そんなこと言って、ただユウトの隣がいいだけじゃないぺこか〜?」

 

「ぺっ、ぺこら!」

 

「でも、るしあの言い分も分からなくはないですねぇ」

 

 マリンが腕を組み、うんうんと頷く。

 

「助手席とは運転手さんのサポート役! つまりはユウトくんと一番会話ができるポジション! これは重要ですよ……!」

 

「マリンさん、隠す気ありますか?」

 

「ありません!」

 

「堂々としてる……」

 

 フレアが苦笑する。

 

 ユウトは、これ以上放置した場合本当に収拾がつかなくなると判断し、軽く手を叩いた。

 

「では、公平に決めましょう」

 

「公平?」

 

「ジャンケンです。助手席はジャンケンで勝った方。残りの座席は、車内カメラの映りと安全面を見て決めます」

 

「ジャンケン!」

 

「勝負ぺこね……!」

 

「これは負けられませんねぇ……!」

 

「団長も頑張ります!」

 

「いやぁ、みんな本気だなぁ」

 

 フレアが少し引いたように笑うが、その手はしっかりとジャンケンの形を作っていた。

 

「フレアさんも参加するんですか……?」

 

「まあ……みすみすこのチャンスは見逃したくないし?」

 

「そうですか……」

 

 撮影スタッフが少し楽しそうにカメラを構え直したため、明らかに撮影している。

 

 オープニングが始まってすらいないのに、この時点ですでに十分すぎるほどの取れ高が発生していた。

 

「では、いきますよ? 最初はグー!」

 

「ジャンケン――!!」

 

「「「「「ぽん!!」」」」」

 

 五人の手が一斉に出る。

 

 ぺこらがチョキ、るしあとノエルがグー、フレアとマリンがパーだった。

 

「あいこですね」

 

「もう一回ぺこ!」

 

「次こそ!」

 

「ジャンケン――ぽん!」

 

 二回目。

 

 マリンがパー、それ以外の四人がグーだった。

 

「……あ」

 

「マリンさんの勝ちですね」

 

 ユウトがそう告げた瞬間、マリンが両手を上げて叫ぶ。

 

「よっしゃぁぁぁ!!! 助手席、船長が頂きましたあああ!!」

 

「嘘ぺこ!?」

 

「マリンが助手席なのです!?」

 

「うう……ユウトさんの隣ぃ……」

 

「まあ……勝負だからね……」

 

 フレアが苦笑しながら肩をすくめる。

 

 マリンは勝者の余裕を見せつけるように、くるりとその場で回ってから助手席のドアに手をかけた。

 

「いやー、これはもう運命ですね! マリンとユウトくんが隣同士、温泉旅行、車内、助手席、何も起きないはずはなく……!」

 

「何か起こす気なら、フレアさんと強制チェンジです」

 

「まだ何もしてないのに!? というか、どうしてフレアなんですか!?」

 

「予防です。それにフレアさんはこのメンバーで一番信頼できます」

 

「何故!?」

 

「安全面での信頼性は、少なくとも現時点ではフレアさんの方が上です」

 

「現時点じゃなくても大体そうぺこ」

 

「ぺこらぁ!?」

 

 マリンが抗議の声を上げるが、ぺこらはすぐにそっぽを向く。

 

 るしあがまだ少しだけ残念そうに助手席を見ていたが、ユウトは座席順を告げていく。

 

「るしあさんは二列目の運転席側でお願いします。フレアさんは二列目の助手席側、三列目にぺこらさんとノエルさんで」

 

「えっ、るしあ、ユウトさんの後ろでいいのですか!?」

 

「カメラの映りを考えると、そこが一番安定します」

 

「はいっ!」

 

 るしあの声が分かりやすく明るくなり、ぺこらはそんなるしあの様子を見て、またにやにやと笑った。

 

「るしあ、めっちゃ嬉しそうぺこ」

 

「う、うれしいとは一言も言ってない!」

 

「じゃあ、交代するぺこ!」

 

「だっ、ダメなのです!!」

 

「認めたぺこ」

 

「ぺこらぁ!!」

 

「皆さん乗ってください。出発前なのに疲れますよ」

 

 ユウトが促すと、五人は素直にそれぞれの座席へと向かっていく。

 

 助手席に座ったマリンは、シートベルトを締める前からやけに姿勢を正し、ユウトがマリンの方を見れば、いやんいやんと頬を押さえていた。

 

「助手席……座り心地いいですねぇ……!」

 

「まだ走ってませんよ」

 

「ユウトくんの隣というだけで、かなりのプラス補正がかかってますから!」

 

「フレアさーん、交代お願いできますかー?」

 

「はーい」

 

「じょっ、冗談ですよぉ!」

 

「冗談には聞こえなかったんですよね」

 

 ユウトは呆れながらもシートベルトを締め、全員のシートベルトを確認する。

 

「全員、シートベルトは締めましたか?」

 

「ばっちりぺこ!」

 

「大丈夫です!」

 

「団長も大丈夫です!」

 

「私も大丈夫」

 

「船長も準備完了です!」

 

 全員の確認が終わると、ユウトはカーナビで目的地を確認し、車内カメラの電源が入っていることを確認した。

 

 それを見て、マリンがすっと姿勢を正す。

 

 それに続いて四人も姿勢を正し、出発時の挨拶を行った。

 

「それでは皆さん! ホロライブ3期生一泊二日観光旅行! 出発でーす!」

 

「いえーい!」

 

「楽しみぺこー!」

 

「温泉だー!」

 

「楽しみなのです!」

 

「ユウトさん、よろしくお願いします!」

 

「はい。安全運転で向かいます」

 

 ユウトがそう答え、ミニバンはゆっくりと事務所の駐車場を出た。

 

 最初の目的地は、途中にあるサービスエリア。

 

 そこからさらに観光地へ向かい、昼食、散策、そして宿泊先の温泉旅館へ向かう予定になっている。

 

「改めまして! Ahoy! ホロライブ3期生所属、宝鐘海賊団船長の宝鐘マリンですぅー!」

 

「こんぺこ! こんぺこ! こんぺこー! 同じくホロライブ3期生の兎田ぺこらぺこー!」

 

「こんぬい〜! 同じく3期生の、不知火フレアです〜!」

 

「こんまっする〜! 同じく3期生の白銀ノエルです!」

 

「こんるし〜、同じく3期生の潤羽るしあなのです!」

 

 車が高速道路に入ったところで、車内全体を映す固定カメラに向けて、3期生が順番に挨拶をしていく。

 

 カメラには録画中を表す赤いランプが点灯しており、この旅行が後日編集されて配信される企画であることを示していた。

 

 もっとも、今のところ車内は完全に旅行そのものだった。

 

「そして! 今回の運転兼進行補助役は、ホロライブが誇る巻き込まれスタッフこと、ホロライブの保護者枠! 桜井ユウトくんでーす!」

 

「皆さんどうもー。ちなみに肩書については認めませーん」

 

 助手席のマリンが勢い良く紹介するが、ユウトは前を見てハンドルを握ったまま淡々と返す。

 

 そのあまりにも温度差のある返答に、後部座席からぺこらがけらけらと笑う。

 

「ユウト、テンション低いぺこなー!」

 

「運転中ですから」

 

「いや、そういう問題じゃないぺこ! 旅行企画なんだからもっとこう……いえーい! とか、何かあるぺこ!」

 

「いえーい、ぴーすぴーす」

 

「棒読みぺこ!!」

 

 ぺこらのツッコミに、車内に笑い声が広がる。

 

 マリンは助手席で満足そうにしながら、カメラに向かって指を立てた。

 

「この感じですよ皆さん! この淡々とした感じ! これが長年ホロライブを支えてきた、桜井ユウトくんです!」

 

「マリンさん、勝手に紹介文を盛らないでください」

 

「盛ってませんよぉ? むしろまだ控えめですから」

 

「控えめでいって巻き込まれスタッフなんですか?」

 

「事実ですし?」

 

「認めません」

 

 ユウトが即答すると、二列目からフレアがくすりと笑った。

 

「でもまあ、ユウトくんがいると安心するのは本当だよね」

 

「フレアさんまで……」

 

「褒めてるんだけどなぁ」

 

「……うれしいような、うれしくないような」

 

「ユウトさんって、こういう時いつも照れ隠ししてるのです」

 

 るしあがぽつりと言うと、ユウトはバックミラー越しに彼女を見る。

 

「照れてません」

 

「でも、ちょっと声が優しくなったのです」

 

「通常運転です」

 

「じゃあ、るしあはその通常運転、好きです」

 

「るしあさん?」

 

「るしあぁ?」

 

 ユウトの声に合わせて、ぺこらが後部座席からにやにやと声を上げたことで、るしあの顔が一気に赤くなった。

 

「なっ、何!? 何なのです、ぺこら!?」

 

「べぇつにぃ? ユウトの通常運転が好きなんだなーって思っただけぺこ」

 

「変な意味じゃないのです!」

 

「ぺこーら、変な意味なんて一言も言ってないぺこ」

 

「ぺこらぁ!!」

 

 るしあの声が少し低くなる。

 

 すると、ノエルが間に入るように明るい声を上げた。

 

「まあまあ、せっかく旅行ですし! 楽しくいきましょう!」

 

「ノエルさんが言うと平和ですね……」

 

「団長、平和担当なので!」

 

「食いしん坊枠でもあるぺこ」

 

「ぺこらっちょ!?」

 

「さっきからずーっとお菓子の袋見てるぺこ」

 

「こ、これは! みんなで食べるタイミングを見計らってるだけです!」

 

「食べたいんですか?」

 

「少しだけ!」

 

 ノエルが素直に認めたことで、また車内に笑いが起こる。

 

 ユウトはその声を聞いて微笑みながら、あらかじめ用意されている進行表を思い出す。

 

 移動中の車内トークについては自由に任せる予定だったが、完全に自由にしすぎると、マリンとぺこらを起点にどこまでも話が転がり、そのまま危険なところまで行く可能性もある。

 

 それはそれで取れ高にはなるが、あとで編集担当が頭を抱えている未来も見える。

 

「では、せっかくなので移動中のトークテーマを一つ」

 

「待ってました!」

 

「進行役っぽいぺこ!」

 

「わーい!」

 

「それでは……今回の旅行で、一番楽しみにしていることをお願いします」

 

「いいですねぇ! 船長はもちろん温泉です!」

 

 マリンが即答する。

 

「温泉旅館! 浴衣! 卓球! 夜の女子会! これぞ旅行ですよ!」

 

「夜の女子会については、内容によっては配信に乗りませんからね」

 

「まだ何も言ってないのに釘を刺された!?」

 

「マリンさんの場合、先に刺しておいた方が安全なので」

 

「信頼がない!」

 

「信頼しているからこその予防です」

 

「……むぅ。信頼されていることに喜ぶべきか、雑な扱いに怒るべきか悩むところです」

 

 マリンが小さく照れているのを横目に、ぺこらが身を乗り出すように声を出した。

 

「ぺこーらはやっぱりご当地グルメぺこ! 途中のサービスエリアにもいろいろあるって聞いたぺこよ!」

 

「サービスエリアには限定の串焼きや、地産地消の野菜を使った軽食、それからスイーツもあるみたいですね」

 

「なんで把握してるぺこ?」

 

「旅程表に、寄る場所の名産品やスタッフ希望のお土産リストが書いてありました」

 

「そこまで書かれてるぺこ?」

 

「それから、ぺこらさんがこういう場所で九割方食べ物に意識を持っていかれることも想定しておきました」

 

「言い方ぁ!!」

 

 ぺこらが後部座席で抗議の声を上げると、車内にまた笑いが起こる。

 

「ノエルさんは、精肉店系のコーナーがあります。串焼きとコロッケが人気らしいです」

 

「お肉……!」

 

「ただし、昼食前なので食べすぎないようにしてください」

 

「あ、はい……」

 

「出たぺこ。保護者枠」

 

「違います。昼食の撮影で食べられないと困るからです」

 

「理由がスタッフぺこ」

 

 ぺこらがけらけら笑う。

 

「フレアさんは、地元の工芸品コーナーがあるそうです。木製の小物やアクセサリーもあるみたいですね」

 

「へえ、ちょっと見てみたいかも」

 

「るしあさんは、甘いもの系で気になるものがあれば、保冷バッグを使ってください。溶けやすいものは車内に置きっぱなしにできないので」

 

「あ……はいっ。ありがとうなのです」

 

「マリンさんは……」

 

「はい! 船長は!?」

 

「余計なものを買いすぎないでください」

 

「扱いが雑!!」

 

「マリンさん、こういう場所で取れ高用の謎グッズを買いがちなので」

 

「否定できないのが悔しい……!」

 

 二列目のフレアが苦笑し、三列目のノエルは「謎グッズって何でしょう」と少し興味を持っている。

 

 マリンは助手席でむうっと頬を膨らませながらも、どこか楽しそうだった。

 

「じゃあ、ユウトくんは何が楽しみなんですか?」

 

 ふと、フレアが穏やかな声で尋ねる。

 

「僕ですか?」

 

「うん。せっかく旅行に来てるんだし、ユウトくんも何か楽しみにしてることあるのかなって」

 

 その問いかけに車内が少しだけ静かになり、ぺこらも、マリンも、ノエルも、るしあも、自然とユウトの返事を待っていた。

 

 ユウトは少し考えてから、いつもの調子で答える。

 

「皆さんが予定どおり楽しんで、無事に帰ることですかね」

 

「やっぱり保護者ぺこ」

 

「違います」

 

「今のは完全に保護者だったよ、ユウトくん」

 

 フレアが笑いながら言う。

 

「スタッフとして当然の意識です」

 

「でも、るしあは……そういうユウトさん、好きなのです」

 

「るしあさん?」

 

「べっ、別に変な意味じゃなくて! ちゃんと見てくれてるところが、安心するっていうか……!」

 

「るしあ〜?」

 

「ぺこらは黙ってて!」

 

 るしあの声が少し強くなり、ぺこらが「こわいぺこー」と笑いながら肩をすくめる。

 

 マリンはそれを見て、すかさずカメラの方へ顔を向けた。

 

「皆さん、これが3期生です。温泉に着く前からこの空気です」

 

「まだサービスエリアにも着いてないぺこ」

 

「つまり、ここからさらに濃くなるということですね!」

 

「マリンさん、濃くしすぎると編集担当が大変なのでほどほどに」

 

「ユウトくんが一番現実的なこと言う!」

 

 そんな会話を続けているうちに、車は目的のサービスエリアへと近づいていく。

 

 大きな案内看板が見えると、車内の空気が一気に明るくなった。

 

「あっ、見えてきたぺこ!」

 

「サービスエリアだー!」

 

「お肉ありますか!?」

 

「ノエル、まず景色とか見よう?」

 

「船長はご当地ソフト食べたいですねぇ」

 

「ぺこーらは串焼きぺこ!」

 

「るしあは……ユウトさんが選ぶおすすめ、食べてみたいのです」

 

「僕が選ぶんですか?」

 

「はい!」

 

 バックミラー越しに、るしあの期待に満ちた目が見える。

 

 ユウトは小さく息を吐いた。

 

「分かりました。甘すぎないもので探してみます」

 

「やった!」

 

「るしあ、めっちゃ嬉しそうぺこ」

 

「うるさい!」

 

 ユウトはサービスエリアの駐車場へ車を入れ、撮影班の車と合流する。

 

 外に出ると、初夏の風がふわりと通り抜けた。

 

 目の前には土産物店、軽食コーナー、地域限定の商品が並ぶ売店。

 

 そして、それを見た瞬間に目を輝かせる3期生の姿がある。

 

「では、ここでは三十分ほど休憩と撮影を行います。食べ歩きは昼食に響かない程度でお願いします」

 

「はーい!」

 

「返事だけはいいぺこねぇ」

 

「ぺこらさんもですよ」

 

「ぺこォ!?」

 

 ユウトが淡々と返すと、フレアが楽しそうに笑った。

 

 撮影スタッフがカメラを構え、その前でマリンが勢いよく手を広げる。

 

「というわけで! 3期生旅行、最初の寄り道! サービスエリア探索、始まりまーす!」

 

「いえーい!」

 

「美味しいもの探すぺこー!」

 

「団長、お肉探します!」

 

「私はお土産見ようかな」

 

「るしあは……えっと、ユウトさんのおすすめも」

 

「それは後で探しましょう」

 

 ユウトはそう言いながら、自然と3期生の少し後ろを歩き出す。

 

 前では五人が楽しそうに笑い、話し、気になる店へと視線を向けている。

 

 その様子を、カメラが追っていく。

 

 ホロライブ3期生の一泊二日観光旅行。

 

 その映像の端には、当たり前のように彼女たちに振り回されながら、それでも穏やかに見守るユウトの姿も映っていた。

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