この世界におけるロボ子さんは、はるか古代に存在していたとされる高度な魔導科学文明によって作り出された
このようなことができるため、彼女自身が言う高性能というのは間違いではない。
しかし、自称が付くことも間違いではない。
彼女がコケればピタゴラ装置よろしく崩壊が起き、最悪の場合ホロライブ事務所が倒壊し、後輩であるholoXのアジトに赴けば部屋がなぜかめちゃくちゃになるなど、
そんな災厄のような事態を引き起こす彼女ではあるが、彼女自身に悪気はまったくない。
むしろ、いつだって彼女は本気で誰かの役に立とうと頑張っている。
ただ、その方向性が少しだけズレていて、その結果が少しだけ大惨事になって、巻き込まれた者たちが少しだけ悲鳴を上げるだけで。
基本的には善意なのだ。
基本的には……。
「ふっふっふー!」
その日、ホロライブ事務所のスタッフルームに、妙に自信満々な声が響いた。
声の主は、ホロライブ0期生のロボ子さん。
彼女は自信満々に胸を張り、両手を腰に当て、いかにも何かをやらかしそうな……もとい、何かを始めようとしている顔で立っていた。
その前には、書類の塔と格闘しているユウトがいる。
ユウトはモニターに表示されたスケジュール表を確認しつつ、片手で資料をめくっており、机の上には確認待ちの書類、横には未処理の申請書、チャットツールには大量の未読通知と、いつも通り忙しかった。
そんな午前中から忙しそうにしているユウトを見て、ロボ子さんはある決意を固めたのだ。
「ユウトくん!」
「はい、ロボ子さん。どうしました?」
「今日はね、ボクが高性能なところを見せて、ユウトくんのお仕事を楽にしてあげる日なんです!」
「……」
ユウトの手だけではなく、体全体がぴたりと止まる。
嫌な予感がした。
それは長年ホロライブで働いてきたスタッフとしての勘と、過去に幾度となくタレントたちの行動に巻き込まれてきた者としての経験則でもあった。
ロボ子さんが自信満々に「高性能」と言い出した時、大抵の場合、事務所には何かしらの被害が出る。
小規模であれば書類が舞い、中規模であれば備品が壊れ、大規模であればAちゃんとユウトが遠い目をする。
最悪の場合、YAGOOが工務店に連絡をしなくてはならなくなる。
そんな記憶が、ユウトの脳裏を一瞬で駆け抜けた。
「……ロボ子さん」
「なあに?」
「お気持ちはとてもありがたいです」
「でしょー?」
「ですが、今日は比較的細かい確認作業が多いので、無理に手伝わなくても――」
「大丈夫! ボク、高性能だから!」
ロボ子さんが胸を張る。
その顔には一点の曇りもなく、純粋にユウトの役に立ちたいと思っている顔だった。
そして、その顔を見てしまうと、ユウトは強く断ることができない。
ユウトは数秒考え、できる限り安全で、何かあっても被害が大きくならなそうな仕事をやってもらうことにした。
「では……備品管理をお願いしてもいいですか?」
「備品管理!」
「はい。そこの棚にある消耗品を種類ごとに分けてもらって、足りないものはメモしてください」
「なるほど……!」
ロボ子さんが真剣な顔で頷く。
ユウトはその顔を見てから、あらかじめ用意していた備品のチェックリストを取り出して、ロボ子さんに渡した。
「これがチェックリストです。これを見ながら数を確認してください。データ入力はこちらでやりますので、ロボ子さんは紙に書くだけで大丈夫です」
「紙に書くだけ?」
「はい」
「……それ、ボクの高性能があんまり活きなくない?」
「安全性を重視した結果です」
「安全性!」
「はい。非常に大事なことです」
ユウトは真顔で言い、ロボ子さんはむむっと唸りながらチェックリストを見ている。
コピー用紙、ペン、付箋、養生テープなど。
数は多いものの、確かにそれほど難しい作業ではない。
だが、ロボ子さんはチェックリストを見て、ふっと不敵に笑った。
「ユウトくん……!」
「はい」
「ボク、分かっちゃった……!」
「……何をですか?」
「これ、もっと効率化できるよ!」
「ロボ子さん?」
「だって、一つずつ数えるよりも、ボクが事務所内の備品データに接続して一括で情報を整理した方が早いでしょ?」
「待って……待ってください?」
「というわけで! 備品管理システム起動!」
「ロボ子さん、待ってください……!!」
「だいじょーぶ!! ボク、高性能だもん!」
ユウトが止めるよりも早く、ロボ子さんの瞳に淡い光が走り、彼女を中心として幾つかのホログラムディスプレイが投影される。
青白い光の板が空中に展開され、事務所内の備品データらしき一覧が次々と表示されていく。
そこまではよかった。
そこまでは。
「えーっと……備品データ、在庫情報、差し入れ管理表、ぺこらちゃんのいたずら予定メモ、こよりちゃんの実験素材リスト……?」
「最後の二つは備品じゃないですし、というか何ですかそのデータ……!?」
「え? あれ? あれれ……?」
ロボ子さんが首をかしげる。
その瞬間、スタッフルームのモニターに大きな文字が表示された。
『本日の重要備品:コピー用紙、にんじん、栄養ドリンク、謎の魔導薬品、ぺこら式びっくり箱、唐揚げ、ころね用おやつ』
ユウトはそれを見て静かに目を閉じ、天井を見上げた。
「……ロボ子さん」
「はい!」
「これは備品整理ではなく、情報の事故です」
「えっ」
ロボ子さんが慌てて直そうとホログラムを操作しようとする。
だが、慌てていたその指先は別の項目に触れ、その瞬間スタッフルームの照明が明滅を繰り返した。
次いで空調が強さの制限を超えて、もはや暴風のようになる。
「……」
「……」
ユウトが静かにロボ子さんの方を見ると、ロボ子さんは静かにユウトから目を背けた。
そしてそこへ、ちょうど通りかかったフブキが顔を出す。
「お疲れ様でーすって……!! なんじゃこりゃ!?」
その後ろから、みこもひょこと顔を出す。
「な、なんなんだにぇ!? スタッフルームだけ台風襲来中にぇ!!」
空調の暴風にあおられ、机の上に置かれていた書類が一斉に舞い上がる。
ユウトが慌てて手を伸ばしたものの、紙はひらひらと宙を舞い、フブキの狐耳に引っ掛かり、みこの顔にぺたりと貼り付いた。
「前が! 前が見えないにぇぇぇ!?」
「みこち、落ち着いてください。今取りますから」
「ユウトくん! これ何ですか!? ロボ子さんはいったい何をしたんですか!?」
「備品整理です」
「備品整理!? 備品整理でこんな台風みたいなこと起きます!?」
「起きちゃいましたね」
「起きちゃいましたね、じゃなくて!!」
フブキが叫ぶ。
そこへさらに、廊下の向こうから聞き慣れた声が走って近づいてくる。
「なんだなんだ!? なんかスタッフルームの方からスゲー音したんだけ……ど……!?」
走ってきたのはスバルだった。
彼女はスタッフルームに駆け込んだ瞬間、目の前に広がる光景に硬直し、そこへ暴風にあおられた書類の束を真正面から浴びた。
「うわぁぁぁ!? 紙! 紙が! 紙がどうしてスバルを襲ってくるんだよ!?」
「スバルさん、落ち着いて……」
「落ち着ける状況じゃねぇだろ!!」
さらに白衣姿のこよりがやってくる。
「今、こよの実験素材リストが共有されてたんですけど!? あれはまだ安全確認中のもので――」
こよりもまた、スタッフルームに広がる惨状を見て、言葉を失った。
宙を舞う書類、強風で揺れるカーテン。
顔に紙を貼り付けて右往左往するみこと、書類まみれのスバル。
みことスバルに貼り付いている紙を回収するユウトと、そのユウトにしがみつくフブキ。
そして中央でホログラムを操作しながら「あれ? あれれ?」と首をかしげているロボ子さん。
「……これ、こよのせいじゃないですよね?」
「少なくとも今回は違います」
「今回は!?」
こよりが微妙に不服そうな声を出しながら、風に耐えてユウトのもとにたどり着く。
その頃には、スタッフルームの騒ぎを聞きつけたおかゆところねまで顔を出してきた。
「わぁ〜、すごいことになってるね〜」
「紙がいっぱい飛んでるー!」
「おかゆさん、ころねさん……! 入ってくるなら足元に気を付けてください! ケーブルが――」
ユウトが注意を促したその瞬間、暴風にあおられて延長コードが床を滑り、ころねの足元に引っ掛かる。
「おわっ……!?」
「ころね!?」
「ころねさん……!」
ころねが少しよろける。
それを見た瞬間、ロボ子さんが慌てて叫び、ユウトは力強く床を蹴って低く駆け出した。
ユウトは倒れかけたころねをスライディングしながら抱き止める。
同時に、ロボ子さんが両手から小さくエネルギーを噴射して、ころねを助けようと飛び上がろうとしていた。
しかし、今いる場所はスタッフルームであり、天井が低く空間は狭い。
「ロボ子さん、飛行は――!!」
「だいじょうぶ! ボクの飛行制御はかんぺ――あいたっ!?」
ユウトが止めるよりも早く、ロボ子さんの頭が天井にぶつかる。
衝撃自体は小さかったものの、ロボ子さんが驚いたことにより、手足の出力が乱れた。
その結果、彼女の体は空中でくるりと回転し、緩い弧を描きながらソファの上に着地する。
正確には、ソファの上に積んであった大量のクッションに不時着した。
それによってクッションが弾け飛ぶ。
「わあ〜」
「ふかふか爆発だー!」
おかゆところねが楽しそうに声を上げ、飛び散ったクッションの一部がフブキを直撃して、狐耳がぴょこんと揺れる。
「ロボ子さーん!?」
「ご、ごめんねフブちゃん!」
「ロボ子さん、飛ぶ前に場所を見てください!」
「見たんだよぉ!」
「見た結果がこれですか!?」
「ちょっと天井が低かった!」
「天井は基本的には動きません! ……動かないはずです!」
ユウトが珍しく声を張るが、一瞬、自分の言ったことに自信を持てなくなる。
ロボ子さんはソファから起き上がり、慌ててホログラムを操作する。
「えっと……! 空調を止めるには……! こっち!」
ぽん、とロボ子さんがホログラムのボタンを押した。
すると暴風を出していた空調は止まったが、代わりにスタッフルームの照明がぱちりと消えた。
「にぇ!? 今度はなんだにぇ!?」
「暗いんだけど!?」
「ロボ子さん?」
「だ、大丈夫! 次で直すから!」
「その言葉が一番怖いです!」
ユウトの言葉むなしく、ロボ子さんは再びホログラムに触れる。
次の瞬間、今度は照明が全力で点灯した。
明るいを通り越して、もはや眩しすぎるほどの光に、全員が一斉に目を細める。
「まぶしっ!?」
「ロボ子さん、極端! 極端です!」
「ちょっと高性能な照明になっちゃった!」
「これは高性能どころじゃないにぇ!」
「それに高性能の方向性も違います!!」
こよりが袖で目を隠しながら叫ぶ。
その横で、スバルが紙まみれのままロボ子さんを指さした。
「何で備品整理から照明制御になるんだよ!?」
「ボクにも分かんない!」
「分かんないなら操作すんなよぉ!!」
「だって止めなきゃって思って!!」
「気持ちは分かるけど!」
スバルの叫びに、みこが顔の紙を剥がしながら頷く。
「ロボちゃん、まず深呼吸だにぇ! 深呼吸して、触る前にユウトの許可をとるにぇ!」
「そんな……! みこちがまともなことを……!?」
「ユウト、今失礼なこと言わなかったかにぇ?」
「言ってないですね……?」
「言ったにぇ!」
そんなやり取りをしながらも、ユウトはころねを立たせ、床に散らばったケーブルを端に寄せ、スタッフルームの奥にある手動制御用のパネルへ向かう。
ホログラムでの操作が危険ならば、物理的に切り離せばいい。
ユウトはパネルを開け、空調と照明の連動を解除した。
数秒後、眩しすぎた照明が通常の明るさに戻り、スタッフルームにようやくまともな光が戻る。
「……よし」
「ユウトくん、慣れすぎじゃないですか?」
「こういったことが起こるのはロボ子さんだけじゃありませんから」
フブキに返しながら、ユウトはロボ子さんの方を見る。
ロボ子さんはソファの上で正座していた。
膝の上に両手を置き、しゅんとした顔でうつむいているが、周囲に飛び散ったクッションや書類が舞い落ちており、どこか妙に絵面が緩い。
「ロボ子さん」
「はい……」
「まず、怪我はありませんか?」
「うん……ボクは大丈夫」
「皆さんは?」
「スバルは紙に襲われただけだから、だいじょーぶ」
「みこも大丈夫にぇ」
「案外楽しかったねぇ〜」
「ころねも楽しかった!」
「あの……実験リストのことは忘れてくれませんか……!」
「その件に関しては、あとでお話ししましょう」
「そんなぁ……!」
こよりがユウトの言葉に膝から崩れ落ち、ユウトはそれを尻目に片付けに入る。
「まずは片付けましょう。フブキさんは書類回収を、スバルさんとみこちは落ちた備品を棚へ戻してください。こよりさんはデータをまとめて提出できるようにしてくださいね? おかゆさんところねさんは、クッションをソファに戻してください」
「了解です!」
「ユウト、完全に現場監督になってるな」
「この状況で自然と指揮取ってるのは、流石だにぇ」
「褒め言葉として受け取っておきますね」
そこからしばらくの間、スタッフルームでは片付けが行われた。
飛び散った書類は集められ、備品は棚に収められ、クッションはおかゆところねによって以前よりもなぜかフカフカに積み直された。
こよりは「なぜこよの実験素材リストが……」とぶつぶつ言いながら、流出したデータの回収作業に追われている。
みこは「ロボちゃん台風、すごかったにぇ!」と笑い、スバルは「もう備品整理じゃなくて防災訓練だろ……」と呆れながらも落ちた備品を拾っている。
フブキは狐耳に挟まった紙を取りながら、ロボ子さんを見た。
「でもまあ、ロボ子さんらしいですね」
「みんな、ごめんね……」
「大丈夫ですよ。びっくりはしましたけど、けが人はいませんし」
「そうそう。みこ、紙で前が見えなくなっただけだにぇ!」
「スバルは全身紙まみれになったけどな!」
「ころねは楽しかった!」
「ぼくも楽しかったよ〜」
「それはそれで……どうなんでしょうね?」
ユウトがため息を吐くと、ロボ子さんは顔を上げた。
周りにいるみんなは怒っていない。
呆れていたり、疲れていたりはしていたが、みんな笑っていて、明るかった。
ロボ子さんも、みんなの表情につられるように笑った。
「えへへ……高性能だったかな?」
「高性能でしたが、出力の方向性が事故レベルでしたね」
「ユウトくん辛辣!」
「事実です」
「むぅ〜」
ロボ子さんが頬を膨らませ、それを見てみこやフブキたちが笑う。
誰かが何かをやらかし、誰かが叫び、誰かが笑い、巻き込まれながらもユウトが現場を収める。
ホロライブの、いつも通りの騒がしい日常。
その中にはロボ子さんもいて、みんなと一緒になって笑っている。
少なくとも、その時のユウトにはそう見えた。
片付けが終わると、タレントたちはそれぞれの予定に戻っていく。
フブキは収録へ、みこは配信の準備へ、スバルはマネージャーに呼ばれ、こよりは流出したリストの件でユウトから「あとで確認」と言われたことにしょんぼりしつつ、研究室方面に向かっていく。
おかゆところねはクッションを名残惜しそうに撫でてから、二人そろって配信部屋の方へ歩いていった。
ロボ子さんも最後には明るく手を振る。
「じゃあ……ボクは次のお手伝い方法を考えてくるね!」
「安全性を最優先でお願いしますね」
「まっかせて! ボク……高性能だもん!」
そう言ってロボ子さんはスタッフルームを出ていった。
その声はいつものように明るかったが、ユウトはそこに、ほんの少しだけ引っかかるものを覚えた。
明るい。
明るいのだが、最後に見えたロボ子さんの横顔が、ユウトにはほんの一瞬だけ、笑い切れていなかったように見えたのだ。
「……」
ユウトは手元の資料を整理しながら、少しだけ考える。
そしてチャットツールに最低限の返信を入れ、急ぎの案件だけを片付けると、席を立った。
スタッフルームを出てロボ子さんを探すが、彼女を見つけるのにそこまで時間はかからなかった。
ロボ子さんは事務所の端にある休憩スペースに、一人で座っていた。
普通なら誰かが差し入れを食べたり、配信前に休んでいたりする場所だが、今はロボ子さん以外はいない。
ロボ子さんは膝の上で両手を重ね、俯いている。
近くのテーブルには、ロボ子さんが自分で作ったらしいメモが置かれていた。
そこには丸い文字で、
『お手伝い大作戦!』
『ユウトくんのお仕事を減らす!』
『みんなにも褒められる!』
『安全第一! たぶん!』
と書かれている。
そのメモを目にして、ユウトは眉を下げた。
「ロボ子さん」
「……え? あ。ユウトくん……」
ロボ子さんは慌てて顔を上げ、そばに来ていたユウトに気づくと笑顔を作った。
しかし、その笑顔が少し痛々しく見えた。
「どうしたの? ロボ子さんなら大丈夫だよ? だって高性能だからね!」
「そうですか」
「うん。ちょっと休憩してただけ……。さっきのも、もう全然気にしてないし……!」
「なら……隣に座っても?」
「……うん」
ロボ子さんは少し驚いたように瞬きをしてから、小さく頷く。
それを見て、ユウトはロボ子さんの隣に腰を下ろした。
しばらくの間、二人は何も言わなかった。
休憩スペースには、自動販売機の機械音だけが静かに響き、沈黙が広がっている。
ユウトは急かさない。
ロボ子さんが喋りたい言葉を見つけるのを、ただ隣で待っている。
やがて、ロボ子さんがぽつりと口を開いた。
「……ねえ、ユウトくん」
「はい」
「ボクって……本当に高性能なのかな……?」
その声は、いつもの明るいロボ子さんのものではなかった。
少し不安で、少し迷っていて、少しだけ……泣きそうな声。
ロボ子さんは、膝の上に置いた自分の手を見る。
「スペックだけなら、きっと高性能なんだと思う……。飛べるし、調べ物もできるし、普通の人にはできないことがボクにはできる」
「はい」
「でも、いつも失敗しちゃうんだ……。今日も、ただユウトくんを手伝いたかっただけなのに、みんなを巻き込んで、スタッフルームもめちゃくちゃにしちゃって……」
「……」
「みんなは笑ってくれてるけどさ……本当は……迷惑なんじゃないかなって……」
ロボ子さんは笑おうとするが、その笑顔はすぐに消えてしまった。
「高性能なのに……その高性能をちゃんと使えないボクって、このままでいいのかな……」
その言葉を最後に、ロボ子さんは黙ってしまった。
いつも明るく、自信満々で、失敗したとしても「高性能だもん!」と笑い飛ばす彼女。
けれど、その明るさの裏には、こんな不安もあったのだ。
ユウトはそんなロボ子さんを見て、静かに口を開いた。
「ロボ子さん」
「……うん」
「今日、皆さんは笑っていましたよね?」
「……うん」
「それは、決してロボ子さんを馬鹿にしていたわけではありません」
ロボ子さんが少しだけ顔を上げる。
「たしかに、今日の騒動は大変でした。書類は飛びましたし、皆さんは叫んでましたし、仕事も進んだとは決して言えません」
「うぅ……」
「だけど、誰もそれでロボ子さんにいなくなってほしいなんてことは思っていません」
「……ほんと?」
「はい」
ロボ子さんがユウトの顔を見る。
ユウトはロボ子さんとまっすぐ視線を合わせる。
「ロボ子さんが失敗することは、まあ、よくあります。ポンコツなことをして、周りを巻き込むこともあります」
「うん……」
「でも、そのたびに皆さんが笑うのは、ロボ子さんがそこにいることが当たり前で、楽しいと思っているからです」
「……」
「僕としては、高性能かどうかは、できることの多さだけで決まるものではないと思っています」
ロボ子さんは目を瞬かせる。
「じゃあ……何で決まるの?」
「その人自身が、周りに何を残せるかです」
ユウトは少しだけ考えてから、言葉を続けた。
「ロボ子さんは今日、スタッフルームを少しだけめちゃくちゃにしました」
「す、少しだけ……?」
「少しだけ、ということにしておきます」
「うぅ……」
「でも、同時にロボ子さんは皆さんを困らせる以上に、皆さんを笑顔にしました」
「……」
「フブキさんも、みこちも、おかゆさんたちだって。みんな呆れながらも笑っていました」
「でも、それって……」
「それは簡単なことではありません」
ユウトは、ロボ子さんの言葉を遮って話を続ける。
その声は、とても静かだった。
「いるだけで周りの空気を明るくできる。失敗したとしても、誰かが笑って手を伸ばしてくれる。そういう存在でいられることは、すごいことなんです」
「……ユウトくん」
「ロボ子さんの高性能は、単にスペックだけじゃありません」
ユウトは少しだけ笑う。
「ロボ子さんがロボ子さんらしくいることで、みんなが笑顔になれる。それも、立派に高性能だという証明じゃないですか」
ロボ子さんは、しばらくの間何も言うことができなかった。
彼女の目元が、少しだけ揺れる。
「……ユウトくん、それ、ずるいよ」
「ずるいですか?」
「うん。そんなこと言われたら、安心しちゃうじゃん」
「安心してほしいですから」
「ほんとぉに……ずるいなぁ……」
ロボ子さんはそう言うと、ユウトの肩に頭を預け、腕を絡めた。
「ねぇ……もうちょっとだけ……ここにいて……?」
「はい」
「高性能な
「分かりました」
ユウトはそう答え、ロボ子さんの隣に座り続ける。
ロボ子さんは、ぽつぽつとこれまでのことを話し始めた。
自分が高性能だと言いながら、いつもどこか抜けてしまうこと。
みんなが笑ってくれるのは嬉しいけれど、本当は少し不安だったこと。
ユウトが忙しそうだから、本当に助けたかったこと。
ユウトはその一つ一つに、短く相槌を打ちながら付き合う。
無理に結論を急がせず、ロボ子さんが自分で笑えるようになるまで、ただ隣にいる。
しばらくすると、ロボ子さんはユウトの肩に頭を預けたまま、少しだけ小さな声で言った。
「……ユウトくんってさ」
「はい」
「ほんと……みんなに優しいよね」
「そう、でしょうか?」
「そうだよ。みこちにも、フブちゃんにも、すいちゃんにも、そらちゃんやあずちゃん、みんなにも優しい」
「皆さんは、大切な
「うん。それは分かってる」
ロボ子さんはユウトの腕に絡めた手に、少しだけ力を込めた。
「ホロメンなら、いいんだ」
「……はい?」
「ホロメンがユウトくんに甘えるのは、いいの。みんな、ユウトくんのことが大好きだし、ユウトくんもみんなのことを大切にしてくれているから」
「……ロボ子さん?」
「でもね」
ロボ子さんは少しだけ顔を上げて、ユウトを見た。
頬がわずかに赤い。
けれど、その目はいつものようなふわふわしたものとは違い、甘くて、少しだけ真剣で、少しだけ拗ねているような目だった。
「ホロメンじゃない誰かには、やだ」
「……」
「知らない誰かとか、他の事務所の人とか、外の配信者さんとか、そういう人がユウトくんの隣を、当たり前みたいに取るのは、ボク、やだなぁって思う」
ユウトは一瞬、言葉に詰まった。
ロボ子さんはそんなユウトの反応を見て、少しだけ慌てたように笑う。
「べ、別にね? お仕事なら分かってるよ? ユウトくんはスタッフだから、外の人とも話すし、打ち合わせもするし、助けることもあるし」
「はい」
「でも……でもさ……」
ロボ子さんはもう一度、ユウトの腕にぎゅっと抱き着く。
「ユウトくんの一番近くにいるのが、ホロライブの誰かならいい。みんななら、まあ……ちょっとだけ、いいかな」
「ちょっとだけ、ですか」
「ちょっとだけ」
ロボ子さんは照れ隠しのように頬を膨らませる。
「でも、ホロメンじゃない誰かに、ユウトくんの一番を取られるのは嫌」
「一番……」
「うん。ユウトくんに一番近いところ」
ロボ子さんは、言葉を選ぶように少しだけ間を置いた。
「ボクね、高性能だから分かるんだ」
「何がですか?」
「ユウトくんの隣って、すごくあったかい」
「……そうですか」
「そうだよ。だからみんな、ユウトくんのそばに来るんだよ」
ロボ子さんは小さく笑う。
「ボクも、その一人だもん」
その声はいつもの明るいものに戻っていたが、そこにはまだ、柔らかな独占欲が混じっている。
「だからね、ユウトくん」
「はい」
「ボクは、ホロメンのみんなとなら、ユウトくんを取り合ってもいいよ。だってみんな大事だし、みんなユウトくんのこと好きだし、ボクもみんなのこと好きだから」
「取り合う前提なんですね……」
「でも、それ以外はだめだから」
ロボ子さんは真剣な顔で言う。
「他の誰にも、渡したくない」
「……ロボ子さん」
「ユウトくんはホロライブのスタッフで、みんなのユウトくんで……
ロボ子さんはそう言ってから、自分で言った言葉に照れたのか、目をそらした。
「……今の、ちょっと恥ずかしいかも」
「かなり……踏み込んだ発言でしたね」
「分析しないで!」
「すみません」
ユウトが少しだけ笑うと、ロボ子さんはむぅっと頬を膨らませた。
「でも、撤回はしないよ」
「……そうですか」
「うん。ボクは高性能だから、自分の気持ちもちゃんと分析したんだ」
「……結果は?」
「ユウトくんのこと、かなり大事。……大好き」
「……これは、恥ずかしいですね……」
「ふふん!」
ロボ子さんが得意げに笑う。
その笑顔は、先ほどのように無理をして作ったものではない。
ユウトはそれを見て、赤くなった顔を誤魔化すように息を吐いた。
「完全復活しましたか?」
「うん!」
ロボ子さんはぱっと顔を上げ、いつものように胸を張る。
「高性能なロボ子さん、完全復活!」
「それはよかったです」
「でも、今日のお手伝い大作戦はちょっと改善が必要だね」
「ちょっと、ですか?」
「ちょっと!」
「かなり、では?」
「ちょ〜っと!」
ユウトが苦笑する。
ロボ子さんは完全にいつもの調子を取り戻し、勢いよく立ち上がった。
「次はもっとちゃんとユウトくんのこと助けるから!」
「お気持ちだけでもありがたいです」
「お気持ちだけじゃなくて、ちゃんと助けるの!」
「では、次はまず安全確認からお願いします」
「了解! 高性能な安全確認ロボ子さんになるよ!」
「それは……少し不安ですね」
「なんで!?」
二人の空気が、いつものものに戻る。
そこでロボ子さんは少しだけ頬を赤くし、ユウトの方を見て、いつも通りの明るさを装って言った。
「でもね、ユウトくん」
「はい」
「ボク、今日は分かったことがあるよ」
「なんでしょう?」
「ユウトくんは、ボクのことをちゃんと見てくれてる」
「それは……まあ」
「だからね」
ロボ子さんは少しだけ得意げに笑う。
「ボクも……ボクもユウトくんのことをちゃんと見てるから」
「……はい?」
「他のみんながユウトくんに甘えたり、くっついたり、助けてもらったりしててもね」
ロボ子さんはニコッと笑う。
「ホロメンのみんななら、ちょっとだけ許してあげるから」
「許す、とは?」
「でも、ホロメンじゃない誰かがユウトくんに近すぎたら、ボクの高性能センサーが反応するかもよ?」
「嫌なセンサーですね」
「高性能だもん」
「高性能の使い方が偏ってません?」
「偏ってないよ! 大事なことだもん」
ロボ子さんはユウトに一歩近づき、少し背伸びをしてユウトを見上げる。
「ユウトくんの一番は、誰にも簡単には渡さないよ」
ユウトがまた一瞬、言葉に詰まった。
ロボ子さんはそんなユウトの反応を見て、満足そうに笑った。
「ふふん。ロボ子さん、今日は勝った!」
「……何にですか?」
「ユウトくんを困らせる勝負!」
「それは……勝たないでくれると嬉しいんですけど」
「やだ!」
ロボ子さんはすっかりいつもの調子に戻り、軽い足取りで休憩スペースを出ていく。
扉の前で一度だけ振り返り、柔らかく笑った。
「ユウトくん」
「はい」
「ありがとね!」
そう言って笑う。
ユウトは少しだけ息を吐き、静かに笑った。
「……高性能か」
扉の向こうから、ロボ子さんの明るい声が響いてくる。
「よーし! 次こそはお手伝い大作戦、成功させるぞー!」
その直後、誰かがこける音と、次いで何かが連鎖的に倒れる音が響いてきた。
「……」
ユウトは数秒だけ沈黙し、ゆっくりと立ち上がった。
その口元には、仕方がないなぁと言いたげな微笑みを浮かべて。
「……やっぱり、まずは安全確認からかな」
そう呟いて、ユウトは再び騒がしい事務所へ向かう。
そこにはきっとロボ子さんがいて、巻き込まれた誰かがいて、それでもみんなが笑っている。
高性能で、でもちょっとポンコツで、けれど誰よりも誰かの役に立とうとするロボ子さん。
そんな彼女がいる限り、今日もホロライブの日常は、少し騒がしくて、少し危なくて、けれど間違いなく笑顔に満ちている。
申し訳ありませんが、ここで毎日投稿はいったん停止させていただきます。
次回はおかころを予定しております。