今回はおかころ中心です。
ある日の昼休み。
偶然にも午前分の仕事を昼休みに入る前に片付けることができたユウトは、近くの定食屋へ昼食に行こうとしていた。
普段のユウトであれば昼休みとは名ばかりに、資料を確認しながらコンビニで買った軽食か、最悪の場合コーヒーだけで済ませようとする。
しかし、この日は午前中の作業が珍しく早く終わり、緊急で対応しなくてはならない案件もなかったため、午後に入っている会議までは余裕があったのだ。
ユウトがスマホと財布を手に取って椅子から立ち上がると、それを見ていたAちゃんがサンドイッチを飲み込みながら口を開いた。
「ユウトくん、どこ行くの?」
「昼食を取ってこようかなと」
「おお……!」
Aちゃんが少し驚いたように目を丸くし、その隣で資料を整理していたのどかも思わず顔を上げた。
「ユウトさんが自分からお昼を……?」
「その反応はなんですか?」
「いえ、珍しいなと思って……」
「ユウトくんにしては珍しいよね。いつもなら『これだけ』って言って、そのまま夕方まで食べ忘れることだってざらなのに」
「……今日はちゃんと食べますよ」
ユウトが少しだけ不服そうに答えると、Aちゃんとのどかは顔を見合わせて笑う。
それにユウトはさらに不服そうにするが、二人の反応を否定しきれない程度には前科があるため、強く言い返すことができなかった。
「まあまあ、昼食を食べること自体はいいことだよ。ちゃんと食べてきな」
「はい。では、ちょっと出ますね」
「いってらっしゃ〜い」
「いってらっしゃい」
二人に見送られながら、ユウトはスタッフルームを出る。
廊下に出れば、事務所には昼休みらしい緩んだ空気が漂っていた。どこかの部屋からは配信前の確認をしているであろうスタッフの声が聞こえ、また別の部屋からはタレントの誰かが笑う声が聞こえてくる。
ユウトはそんな空気に少しだけ微笑むと、スマホで店の混雑状況を確認して、エレベーターへ向かうために踵を返した。
「……今日は何を食べますかね」
魚か、それとも肉か。
いや、最近食生活が偏っている気がするから、野菜の多いものにしてもいいかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、背後から聞き慣れた声に呼び止められた。
「あ、ユウトくんだ〜」
「どこ行くべさ!」
ユウトを呼ぶ柔らかい声と、弾んだ声。
振り返ってみれば、そこには猫又おかゆと戌神ころねの二人が立っていた。
おかゆは大きな風呂敷を背負っており、ころねはその横で楽しそうに尻尾を振っている。
二人を見た時点で、ユウトは昼食が予定通りには進まないことを悟った。
「お疲れ様です、おかゆさん、ころねさん」
「おつかれさま〜」
「おつかれー!」
「お二人はこれから昼食ですか?」
「うん」
「そうだよー!」
「そうですか。僕も今から昼食を取りに行くところなので、またあとで――」
そう言って軽く会釈し、再びエレベーターに向かおうとしたユウトだったが、その腕をころねががしっと掴んだ。
「つかまえた!!」
「ころねさん?」
反対側からも、おかゆが自然な動作でユウトの腕を掴む。
「ユウトくん、どこ行くのさ〜」
「昼食を取るために、近くの定食屋まで行こうかと」
「じゃあ、ちょうどいいねぇ」
「ちょうどいい?」
「うん。お昼、一緒に食べよ〜?」
おかゆがそう言って、背負っている風呂敷を少しだけ持ち上げた。
昔ながらの柄の布越しでも分かる、物がたくさん詰まったずっしりとした重量感。
明らかに、一人二人分ではない。
「……それは?」
「おにぎり」
「おにぎり」
「うん。おばあちゃんがね、たくさん作ってくれたんだ〜」
「おかゆのおばあちゃんのおにぎり、すっごくおいしいんだよ!」
ころねが自慢げに胸を張る。
自分で作ったわけでもないのに、なぜかおかゆよりも誇らしそうだった。
ユウトはおかゆの背負った風呂敷と二人の表情を見比べ、小さくため息を吐く。
二人とも目が輝いており、完全に逃がす気はない。
「お二人だけで食べるには、いささか量が多そうですね」
「うん。ユウトくんの分も入ってるからね〜」
「最初から僕も食べること前提だったんですね」
「うん」
「入ってた!」
「……なるほど?」
ユウトは一瞬だけエレベーターの方を見て、すぐにおかゆところねに視線を戻した。
あと数歩だけ進めば外に出られる。
だが、ここまで期待で目を輝かせている二人を断ってしまえば、二人が分かりやすくしょんぼりする未来が見えている。ユウトは、それが嫌だった。
「……どこで食べますか?」
「っ! もう場所取ってあるよ!」
「休憩室〜」
「準備が良いですね」
「ユウトくんを捕まえる準備もばっちりだったからね〜」
「それは……準備しなくてもいいんですけど」
ユウトが苦笑すれば、二人はぱあっと嬉しそうに顔を見合わせる。
一度その姿を見てしまえば、もはやユウトに勝ち目はない。
「分かりました。では、ご相伴にあずからせていただきます」
「やった〜」
「やったー!」
ころねがユウトの腕を引き、おかゆも風呂敷を抱え直してから、ユウトと手をつないで隣を歩く。
休憩室に入ると、おかゆが風呂敷をテーブルの上に置き、ころねは椅子を三つ並べて真ん中の椅子をぽんぽんと叩いていた。
「ユウトくんはここ!」
「真ん中ですか?」
「うん!」
「おかゆさんところねさんに挟まれる配置ですね」
「逃がさないよ〜?」
「もともと逃げる気もありませんよ」
おかゆがのんびりと笑うと、ユウトは一度だけ諦めたように息を吐いてから、指定された席に腰を下ろした。
右にはおかゆ、左にはころね。
二人に挟まれる形になる。
ころねは座るなり嬉しそうにユウトの腕へくっつき、おかゆはその様子を見ながら風呂敷をほどいていく。
風呂敷の中には、銀紙に包まれた大量のおにぎりが詰められた容器と、卵焼きや漬物、きんぴらといった様々な惣菜が詰められた別の容器も入っている。
さらにころねが水筒を取り出して、休憩室に常備されている紙コップを持ってくると、それに湯気の立つ味噌汁を注ぎ始めた。
「味噌汁まであるんですか」
「おばあちゃんが、ユウトくんにも食べさせてあげなさいって言っててね〜」
「おかゆさんのおばあさまが、ですか?」
おかゆはにこにこと笑いながら、ポケットから小さな紙を取り出した。
ユウトがそれを受け取って見てみれば、丁寧な文字で短い言葉が書かれている。
『いつもおかゆがお世話になっております。おかゆから、あまり食事をとっていないと聞きました。よろしければ、しっかり食べてくださいね』
最後の行には、小さな文字で『おにぎりは鮭がおすすめです』と添えられていた。
「……ありがたいです」
「でしょ〜?」
「ユウトくん、ちゃんと食べなきゃだよ!」
「今日はちゃんと食べるつもりだったんですけどね」
「ほんとかなぁ?」
「ユウトくん、たまにつもりだけで終わるからね〜」
二人の言葉にユウトは言葉に詰まり、誤魔化すように手近なものを取った。
「これは……何味でしょうか」
「ん〜、分かんないなぁ」
「何が当たるかは運次第だよぉ! おばあちゃんが、みんなで食べるんだったらその方が楽しいって言ってた!」
「なるほど」
ユウトは銀紙を開き、丁寧に握られたおにぎりを見つめてから、一口頬張った。
中身は鮭のほぐし身。
塩加減は強すぎず、ほぐし身が大きいため、噛むたびに旨味が口の中に広がり、米の甘さも引き立てられている。
コンビニのおにぎりとは異なり、妙に落ち着く味。
「おいしい……」
ユウトが思わず呟けば、両隣でおにぎりを持ってユウトを眺めていた二人の耳と尻尾が同時に反応した。
「あ、ユウトくん、今おいしそうな顔してた〜」
「してたー!」
「してません」
「してたよ〜」
「したした!」
「おいしいとは言いましたが、顔には出していないはずです」
「出てたよ〜。ちょっとだけ笑顔になってた」
「ユウトくん、案外分かりやすい!」
「……そんなに?」
「うん」
「うん!」
二人が即答したため、ユウトは少しだけ居心地悪そうにするが、おにぎりを食べる手は止めない。
その様子を見て、おかゆは満足そうに目を細めた。
「ね? おばあちゃんのおにぎり、おいしいでしょ?」
「はい。とても」
「ふふ。よかった〜」
おかゆは嬉しそうに笑って自分のおにぎりの残りを口に放り込むと、次のおにぎりを二つ手に取り、一つをユウトの空いた手に置いた。
「じゃあ〜、次はこれね〜」
「まだ一つ目を食べてる途中なんですけど」
「ゆっくりでいいからね〜」
ころねも、おかゆに負けじと唐揚げや卵焼きが詰まった容器をユウトに押し付ける。
「ユウトくん、これも! 唐揚げ!」
「ころねさん、自分で食べられ……」
「はい、あーん!!」
「……いただきます」
ころねの手ずから運ばれた唐揚げを一度は拒もうとしたユウトだが、彼女のきらきらした瞳に折れて、唐揚げを口に入れる。
「おいしい?」
「はい。おいしいです」
「やったー!」
「僕たちが作ったわけじゃないのに、ころさん嬉しそうだね〜」
「おかゆのおばあちゃんのおにぎりとお惣菜がおいしいの、ころね知ってるもん!」
「確かに。これは自慢もしたくなりますね」
ユウトがそう言えば、おかゆところねは嬉しそうに笑った。
その顔を見ると、ユウトの肩から自然と力が抜けていく。
仕事をせず、ただおにぎりを食べて、味噌汁を飲みながら二人と会話する。
いつもの事務所の昼休み。
しかしユウトにとっては少し珍しい、きちんとした昼食だった。
「ユウトくん、次は何味だった〜?」
「これは……昆布です」
「昆布もいいよね〜」
「ころねはツナマヨ!」
「ころねさん、それ三つ目ですよね。食べるの早くないですか?」
「だっておいしいんだもん!」
「元気が良いですね」
「ユウトくんも食べよ!」
「まだ二つ目も食べ終わってないので、大丈夫ですよ」
「じゃあ、あとで半分こしよ!」
「……分かりました」
ころねがにこにこ笑いながらおにぎりを頬張る。
おかゆはそんな二人のやり取りを見ながら、味噌汁を一口飲んだ。
「こういうの、いいよね〜」
「こういうの?」
「うん。みんなで一緒にご飯食べるの」
「僕たち三人だけですけどね」
「でも、すぐに増えそうじゃない?」
「……そう言ってたら、誰か来てません?」
休憩室の外から、誰かの足音が聞こえてくる。
そして休憩室の前で足音が止まると、休憩室の扉が軽い音を立てて開いた。
「お疲れ様でーす! ……って、何ですかこの幸せそうな匂いは!?」
最初に顔を出したのはフブキ。
彼女の白い狐耳はぴんと立ち、鼻先がわずかに動いている。
その後ろから、ミオも顔を出した。
「どうしたのー、って……! おにぎりだ!」
「お疲れ様です、フブキさん、ミオさん」
「ユウトくん、お疲れ様です。えーっと、お食事中ですかね?」
「はい。おかゆさんのおばあさまが作ってくださったおにぎりをいただいています」
「おばあちゃんのおにぎりだよ〜」
「いっぱいあるよ!」
ころねが嬉しそうに手を振り、フブキはテーブルの上に並んだおにぎりや惣菜、味噌汁を見て目を輝かせる。
「これは……完全に勝ちですね!」
「何に?」
「お昼ご飯にです!」
「……分かるような、分からないような」
ユウトが何とも言えない顔で首をかしげると、ミオも苦笑しながら口を開く。
「でも、すごくおいしそうだね。いい匂い」
「ミオさん、フブキさんもどうぞ。多分三人だけじゃ食べきれませんし」
「いいの?」
「もちろん〜」
「みんなで食べればもっとおいしいよ!」
おかゆところねが同時に頷き、フブキはぱあっと顔を明るくした。
「では! お言葉に甘えて!」
「フブキ、早いよ」
「ミオも座りましょう! これは食べないと後悔するやつですよ!」
「はいはい」
ミオは呆れたように笑いながらも、椅子を二つ持ってくる。
フブキとミオはユウトたちの向かい側に座り、これによってゲーマーズが揃った。
フブキは適当なものを選び、銀紙を剥いておにぎりを食べようとした時、今さらながらにユウトがおかゆところねに挟まれていることに気づいた。
「……二人とも?」
「なぁに〜?」
「なにー?」
「そこ、ずるくないですか?」
「早い者勝ちだよ〜」
「ユウトくんを昼食に誘ったの、ころねたちだもん!」
おかゆが見せつけるようにユウトに抱き着き、ころねは胸を張った。
そんな二人の様子を見て、フブキは少しだけ頬を膨らませる。
「なるほど。つまり私たちは出遅れた……と」
「そういうことだね〜」
「そういうこと!」
「ミオは!? ミオはどう思います!?」
「どうって言われても……まあ、出遅れたのは事実かな」
「ミオまで!?」
「いや、だって事実だし」
ミオが苦笑しながら紙コップに味噌汁を注ぎ、フブキにも渡す。
ユウトはそのやり取りを見て、少しだけ困ったように口を開いた。
「まあまあ、今回はただの昼食ですし」
「……まあ、そうですね。うっひょ〜! これはおかかですね!」
フブキは切り替えが早かった。
先ほどまでの不満そうな顔はどこへやら、おにぎりを一口食べた瞬間、狐耳がぴんと立ち、尻尾が揺れる。
「おいしいです!」
「でしょ〜?」
「おかゆのおばあちゃんはすごいね」
「うん。僕もそう思うよ〜」
おかゆは照れくさそうに笑いながら、自分もまた別のおにぎりを手に取った。
ミオも味噌汁を一口飲み、ほっと一息つく。
「お味噌汁もおいしいね。とっても落ち着く味」
「でしょー!」
「ふふっ、ころねが作ったわけじゃないんでしょ?」
「でも……おいしいもん!」
ころねが胸を張ると、ゲーマーズの面々が揃って笑った。
笑い声が休憩室に広がり、ユウトもそれにつられて笑う。
そこからは、完全に小さな昼食会だった。
フブキはおにぎりを一つ食べ終わるたびに「次はどれにしましょうか」とランダム性を楽しむかのように悩み、ミオはおにぎりを食べつつ自然と空になった紙コップに味噌汁を注ぐ。
ころねは「これも食べて!」と惣菜をつまんでユウトに差し出し、おかゆはその横で「ユウトくん、よく噛んで食べてね〜」とのんびり言う。
「僕は子供ですか」
「ん〜、ご飯を後回しにする悪い子だね〜」
「ユウトくん、食べない時は本当に食べないもんね」
「そうそう、白上たちが何回言ってもちゃんと食べてくれないんですから!」
「今日は逃げ道がないですね……」
「ないよー!」
おかゆの言葉にミオとフブキが続き、ころねが嬉しそうに宣言する。
「ところでユウトくん」
「はい」
「白上、気づいてしまいました!」
「何をですか?」
「このおにぎりは、ランダムなんですよね?」
「銀紙に包まれている以上、そうなりますね」
「ということは、誰が何味を引くかで盛り上がれませんか!?」
「……昼食にゲーム性を持たせるのはどうかと思いますけど」
「ゲーマーズなので!」
「理由には……なってませんね。うん」
フブキがにこにこ笑いながら、まだ手を付けられていないおにぎりの山を指差す。
ミオはフブキの発言に呆れていたが、少しだけ楽しそうに目を細めた。
「まあ、面白そうではあるよね」
「ミオさんまで」
「せっかくゲーマーズが揃ってるなら、ちょっとくらいならいいんじゃないかな?」
「ミオが乗った!」
ユウトが何かを言う前に、フブキはおにぎりを一つ選んでいた。
「では、第一回! おにぎり中身当てゲーム!」
「いえーい!」
「ぱちぱち〜」
「みんな楽しそうだね」
「ミオさんも楽しそうですけど」
「そりゃね」
おかゆところねが楽しそうに拍手をし、ミオも苦笑しながらも付き合う。
ルールはとてもシンプル。
それぞれが一つずつおにぎりを選び、匂いや形だけで中身を予測する。
当たったら勝ちだが、外れてもおいしいので実質勝ち。
個人差はあれど、外れはないのだ。
「平和なゲームですね」
「おにぎりだし、昼食中だからね〜」
「なるほど」
フブキは銀紙を剥がし、おにぎりを眺め、匂いを嗅ぐ。
「う〜ん……これは、明太子ですかね」
「根拠は〜?」
「ちょっと米の間からピンク色が覗いている気がします!」
フブキが自信満々に言い放ってから一口食べると、表情が固まった。
「……鮭でした!」
「外れだね〜」
「でもおいしいです!」
「なら勝ちだね!」
「まあ、外れはなさそうだしね」
続いてミオが選び、銀紙を剥く。
「私は……おかかかな」
おにぎりを一口。
「昆布だった」
「外れですね」
「でも、おいしいからいいかな」
ミオはそのままおにぎりを食べ、ころねが大きめのおにぎりを手に取って銀紙を剥く。
「これは、ツナマヨ!」
「ころさん、さっきもツナマヨ食べてなかったっけ〜?」
「おいしいもん!」
そして、大して眺めたり匂いを嗅いだりすることなく、大きく一口頬張った。
「……明太子!」
「全然違いますね」
「でもおいしい!」
「というか、これ勝ち負けないですよね」
ユウトが呆れたように言うと、おかゆがユウトにおにぎりを一つ渡した。
「じゃあ、ユウトくんも」
「僕もですか?」
「うん。何味だと思う〜?」
ユウトはおかゆに渡されたおにぎりの重さを確かめ、銀紙を開いた。
中身は見えない。
「……見た目だけだと、判断できないですね」
「ユウトくん、まじめに考えてる〜」
「ゲームなんですよね?」
「そうだよ!」
ころねが楽しそうにユウトの顔を覗き込む。
フブキも向かい側からおにぎりを食べながら見ており、ミオも味噌汁を飲みながら穏やかに見守っている。
「じゃあ、梅で」
「根拠は?」
「形が少し小ぶりですし、さっぱりした具材かなと」
「おお〜、それっぽい」
「ユウトくん、ちゃんと推理してる!」
「おにぎりでここまで真面目に推理する人、初めて見たかも」
ミオがくすりと笑うと、ユウトは少しだけ居心地悪そうにしながら、おにぎりを一口食べた。
「……塩むすびですね」
「はずれ!」
「でも、当たりだよ〜!」
おかゆが穏やかに言い、ユウトはもう一口食べる。
「……これは、かなりおいしいですね」
ユウトが小さく呟けば、おかゆの目が嬉しそうに細くなる。
「それね、僕が一番好きなやつなんだ〜」
「そうなんですか?」
「うん。おばあちゃんの塩むすび。シンプルなんだけどね、なんか一番落ち着くんだよね〜」
「なんか分かる気がします」
ユウトはおかゆの言葉に静かに頷き、もう一口食べる。
派手な味ではない。
派手な味ではないが、疲れた体にすっと染み込むような味だった。
「ユウトくん」
「はい」
「ちゃんと食べてる顔してるね〜」
「……また顔に出てました?」
「出てたよ〜」
「出てた!」
「出てましたね」
「出てたよ」
ゲーマーズ全員から即答され、ユウトは少しだけ眉を下げた。
「……僕、そんなに分かりやすいですかね?」
「ご飯食べてる時のユウトくんは、ちょっと分かりやすいよ〜」
「いつもより力が抜けてる!」
「普段、どれだけ力が入ってるんですか」
「自覚ないんですねぇ」
「自覚ないんだよねぇ」
フブキとミオが苦笑し、ミオはユウトの前に味噌汁を置き直した。
「ほら、冷める前に飲んでね」
「ありがとうございます」
「ユウトくん、午後もお仕事あるんでしょ?」
「はい。会議と資料確認、そのほかもいくつか」
「じゃあ、なおさらちゃんと食べないとね」
ミオの言葉に、フブキもうんうんと頷く。
「そうですよ。ユウトくん、放っておくと本当にコーヒーだけで乗り切ろうとするじゃないですか」
「今日はちゃんと食べに行くつもりだったんですよ」
「つもり、ね〜」
「つもりだっただけじゃないの?」
「信用がない……」
ユウトが小さく息を吐くと、ころねがぎゅっと腕に抱き着いた。
「じゃあ、ころねたちが捕まえて大正解だったね!」
「……まあ、おいしいおにぎりにもありつけましたし、結果的にはそうかもしれません」
「やったー!」
ころねは満足そうに笑い、そのままユウトの腕に頬を擦りつける。
おかゆも反対側から、のんびりとした動作でユウトの腕に抱き着いた。
「じゃあ、次も捕まえてもいい?」
「次、ですか?」
「うん。おばあちゃんがまたいっぱい作ってくれたらね」
「まあ、予定が合えば――」
「それ、逃げるやつだ〜」
「逃げるやつだよ!」
おかゆところねが同時に不満そうな声を上げ、フブキはにやにやと笑い、ミオは「あーあ」と言いたげに首を振った。
「ユウトくん、今のは言い方が良くないよ」
「無意識に逃げ道を作ってましたね?」
「いや、作ったつもりは……」
「じゃあ、ちゃんと言って?」
おかゆがユウトのことを見上げる。
いつもの柔らかい笑みを浮かべているが、視線だけは少しだけ真剣だった。
「また一緒に食べてくれる?」
ころねもまた、反対側からユウトの顔を覗き込んだ。
「約束だよ!」
ユウトは二人の顔を見てしばらく黙り、それから諦めたように穏やかに笑った。
「分かりました。また誘っていただければ、ご一緒させていただきます」
「やった〜」
「やったー!」
おかゆところねは嬉しそうに顔を見合わせ、ユウトの腕にぎゅっと抱き着き直した。
フブキは小さく拍手し、ミオも安心したように笑う。
「よかったね、おかゆん、ころね」
「うん」
「次も捕まえる!」
「できれば捕まえる前に一声かけてくださいね」
「えー?」
「それだと逃げちゃうかもしれないよ〜?」
「逃げませんよ」
「ほんと?」
「ほんとうに?」
「……努力はします」
「ほら〜」
また休憩室に笑い声が広がる。
残っていたおにぎりも少しずつ減っていき、最後にはいくつかを包み直して、スタッフルームに差し入れとして置いておくことになった。
ミオが手際よく容器をまとめ、フブキが紙コップを片付け、ころねが余った唐揚げを名残惜しそうに見つめ、おかゆが「ころさん、それは後でね〜」とのんびり止める。
ユウトも片付けを手伝おうとしたが、四人に同時に止められた。
「ユウトくんは座ってて」
「今日は食べる係!」
「働こうとしない」
「お昼休みなんだから休む」
「……はい」
四人に言われ、ユウトは素直に椅子へ座り直した。
それが少しだけ悔しくもあり、少しだけ心地よくもあった。
やがて昼休みの終わりが近づき、ユウトは仕事へ戻るために立ち上がる。
「ごちそうさまでした。おかゆさん、ころねさん、おばあさまにもよろしくお伝えください。とてもおいしかったです」
「うん、伝えとくね〜」
「ユウトくんがいっぱい食べたって言う!」
「いっぱい、というほどでは……」
「いつもよりはいっぱいだよ」
ミオがそう言い、フブキも頷く。
「午後のユウトくんは、ちょっと元気そうですね」
「そう見えますか?」
「見えますよ」
「ご飯の力だね〜」
「おにぎりパワー!」
ころねが元気よく言う。
ユウトは少しだけ笑い、休憩室を出た。
スタッフルームに戻ると、Aちゃんとのどかが同時に顔を上げる。
「おかえり、ユウトくん。ちゃんと食べた?」
「はい。食べました」
「おお、即答」
「珍しいですね」
「……おにぎりをいただきました」
「いい昼休みだった?」
Aちゃんに聞かれ、ユウトは少しだけ考える。
休憩室に広がっていた味噌汁の湯気。
おかゆの柔らかい声。
ころねの弾む笑顔。
フブキの狐耳と、ミオの穏やかな気遣い。
そして、最後に食べた塩むすびの味。
「……はい。おいしかったです」
そう答えると、Aちゃんは満足そうに笑った。
ユウトは自分の席に戻り、午後の仕事に取りかかる。
机の上には相変わらず資料があり、未読通知も減っていない。
けれど、不思議と午前中よりも少しだけ体が軽かった。
忙しい午後の始まりに、ユウトの中にはまだ、ほんのりと塩むすびの温かさが残っていた。
次回はholoXを予定してます。