今回は秘密結社holoXです。
ホロライブ6期生こと、秘密結社holoX。
彼女たちがアジトとして使う建物の地下には、空間拡張魔法によって作られた修練場が存在している。
そして現在、修練場では刃と刃がぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、火花が散っていた。
そんな修練場を見渡せる位置に置かれた、無駄に豪華な椅子。
そこに座り、ストローでバニラシェイクを飲んでいるのは、holoXの総帥、ラプラス・ダークネスだった。
「ふむ……」
彼女は頬杖をつき、どこか退屈そうにバニラシェイクを飲みながらも、その目だけはあるものを追い続けている。
そんな彼女の視線の先には、修練場の中央で薙刀を脇構えにするユウトと、ユウトの周囲で断続的に発生する二つの土煙、そして一瞬だけ見える二人分の影があった。
影の正体は、風真いろはと沙花叉クロヱ。
いろはは腰を低く落として、愛刀であるちゃき丸を構え、クロヱは両手にナイフを持って音もなく位置を変えながら機をうかがっていた。
二人は土煙を上げながら、ユウトを撹乱するように左右へ走り、時には背後に回り、時には視界の端で揺らぐように動いている。
いろははちゃき丸を握る手にさらに力を込め、クロヱは姿勢を低くし、土煙に紛れてユウトの死角へと滑り込む。
次の瞬間、一方の土煙から鋭い投げナイフが三本投げられた。
常人であれば、視認した時にはすでに手遅れとなり、瞬時に命を刈り取られているはずのそれ。
投げられた先は喉、肩、太もも。
急所ではないが、戦闘能力を奪うには十分すぎる場所だった。
しかしユウトはそれを一瞥し、薙刀を一度だけ振るう。
金属音が三つ、ほとんど同時に鳴り、三本のナイフがすべて弾き落とされて床の上を滑った。
だが、それは囮。
「そこっ!」
「もらったでござる!」
二人の狙いは、ユウトの真横だった。
人間である以上、真反対の異なる方向へ同時に意識を向けることは難しい。
さらにナイフを迎撃した直後のユウトであれば、わずかにでも対応は遅れる。
そう判断した二人は、迷うことなく飛び出した。
いろはは愛刀であるちゃき丸を突き出し、クロヱは両手に構えたナイフを交差するように振り抜く。
それは間違いなく、必殺の一撃となるはずだった。
しかし当たる直前、ユウトは二人の前で薙刀を回転させた。
クロヱのナイフを、石突で器用に二本とも上方向へ弾き飛ばす。
続けて、いろはが突き出したちゃき丸を刃でずらし、さらに薙刀でちゃき丸を絡め取って、ナイフと同じように弾き飛ばした。
剣筋をずらされ、ちゃき丸を弾き飛ばされたいろはは、そのままユウトの前に躍り出てしまう。
ユウトはそれを逃さず、いろはの首根っこを掴んだ。
「突っ込みすぎですよ、いろはさん」
「へっ?」
次の瞬間、いろはの体がふわりと浮いた。
ユウトはいろはが突っ込んできた勢いを殺さず、投げる方向だけを修正して、クロヱに向かって放る。
「クロヱさん、受け身を取ってください」
「ちょっ、ユウトくん!?」
ナイフを弾き飛ばされたままの姿勢だったクロヱは、なんとかいろはを受け止めた。
しかし、その衝撃までは殺しきれずに尻餅をつく。
「うぐっ……」
「うぅ……クロヱ、大丈夫でござるか?」
「大丈夫だけどぉ……いろはちゃんって結構重――」
「今なんて言ったでござるか?」
「何も言ってないです」
いろはの瞳から光が失われ、その圧を受けたクロヱはすぐさま目を逸らした。
ユウトはそんな二人を見て小さく息を吐くと、上から落ちてきたちゃき丸を掴み、続いて落ちてきたナイフを薙刀で弾いて遠くへ払う。
「……」
薙刀の石突を修練場の床に刺し、胸ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。
「……残念。お二人とも、時間切れです」
「ええ〜!」
「うぐぐ……! 今日も負けたでござる……!」
いろはとクロヱは、重なり合っていた状態から二人そろって床に座り込む体勢になっており、二人とも疲労感に肩で息をしている。
一方で、いろはから鞘を受け取ってちゃき丸を納刀するユウトは、一切呼吸を乱していなかった。
「そこまで!」
修練場にラプラスの声が響く。
ユウトたち三人がラプラスの方を見れば、彼女は椅子の上に立ち上がり、バニラシェイクを持ったまま跳ねるように飛び降りた。
「とうっ!」
すたっと小さな土煙を上げてユウトたちの近くに着地したラプラスは、すたすたとユウトの前にやってくる。
「ユウト、うちの新人といろはの訓練に付き合ってくれてありがとな」
「いえいえ、僕も久しぶりに体を動かせましたから」
「さすがは我が眷属! 実力も折り紙付きだな!」
「いえ、僕は眷属ではないのですが……」
「ええい! いつになったら眷属になるんだ、お前は!」
ラプラスはユウトの前でぴょんぴょん跳ねながら抗議し、ユウトはそれに苦笑しながらも頭を撫でる。
頭を撫でられたラプラスは少し照れくさそうに口元を緩めるが、すぐにこの場にいろはとクロヱもいることを思い出し、咳払いをして取り繕った。
「とっ、とにかくだ! 我がholoXの戦力アップに協力してくれたこと、感謝する!」
「お役に立てたなら何よりです」
「うむ、また頼むぞ! ……それにしても」
ラプラスはユウトからいろはとクロヱに視線を移し、腕を組む。
「お前たちはこっぴどくやられてたな! 手も足も出なかったじゃないか!」
「え〜、そんなこと言ってもさ〜」
「かざまたちが弱いっていうよりも、ユウト殿が強いだけだと思うでござる」
ラプラスの言葉にクロヱは頬を膨らませて抗議し、いろはも納得がいっていないという顔で言う。
二人とも悔しそうで、いろははユウトからちゃき丸を受け取り、クロヱは自分のナイフを手元に引き寄せながらユウトに対して抗議した。
「ていうか、ユウトくんさぁ。普通はあそこから反応できないよ? ナイフ弾いた後なんだよ? 視線もこっち向いてなかったじゃん」
「確かにお二人が来たのは僕の死角でしたが、別に視覚だけに頼らずとも察知する方法はありますから」
「それが分かんないんだけどぉ?」
クロヱがむすっとしながら言い、いろはも真剣な表情でユウトを見ている。
「僕が最後の攻撃に対応できたのはいろいろ理由がありますけど、一番大きな要因はお二人の殺気ですね」
「殺気、でござるか……?」
「でも、沙花叉もいろはちゃんも、殺気は完璧に消せてたと思うんだけど?」
「そうですね。確かにお二人は殺気を
そう言ってユウトは薙刀を手に取り、いろはとクロヱの二人とは真反対へ向く。
訝しむ二人。
しかし次の瞬間、いろはは首元に冷たい気配を感じて固まった。
より正確に言えば、いつの間にか振られていた薙刀の刃が、いろはの首元付近に添えられていたのだ。
そしてその長い柄を、ラプラスがバニラシェイクを飲みながら片足で押さえている。
「……え?」
「まったく、いろは、クロヱ。これが本当の死角というものだ」
ラプラスがストローから口を離し、偉そうに胸を張って言う。
いろはとクロヱの二人は、確かにユウトを注視していたはずだった。
しかし、気づいた時にはすでにユウトの薙刀は振られており、それに気づけたのは傍目から見れば気が緩み切っていたラプラスだけだった。
ラプラスは薙刀を押さえるのをやめ、ユウトは薙刀を引く。
いろはは首元に残る冷たい気配を思い出して首に手を伸ばし、クロヱは信じられないものを見るような目でラプラスとユウトを見比べている。
「ラプラス、今の見えてたの?」
「当然だ。吾輩を誰だと思っている」
「我らの総帥でござるな……」
「そうだ! 吾輩は偉大なる秘密結社holoXの総帥、ラプラス・ダークネスである!」
ラプラスがふんすと胸を張るが、その姿は小さく、手にはバニラシェイクを持ち、口元にはほんの少しバニラシェイクがついている。
だが、先ほどの一瞬。
二人が一切気づけなかった薙刀の軌道を読み、大して踏み込みもせずに薙刀を押さえた反応速度。
それは間違いなく、総帥を名乗るに足るものだった。
クロヱが空気を変えるように小さく息を吐く。
「……ラプラスって、本当に総帥なんだよね」
「本当にってなんだ!? どこからどう見ても偉大なる総帥だろ!」
「いや、普段のラプラスを見てるとねぇ?」
「吾輩は常に威厳に満ちてるだろ!」
「威厳に満ちた総帥は、口元にシェイクを付けないでござる」
「なっ!?」
いろはの指摘に、ラプラスは慌てて口元を拭う。
ユウトたち三人は、そんなラプラスの先ほどとの変わりように笑う。
修練場の空気は、訓練中の張り詰めたものから、いつものholoXらしい賑やかなものへと戻っていた。
そこへ、修練場の扉が開く音が聞こえてくる。
「みんなー、そろそろ夕食の時間ですよー!」
よく通る声とともに入ってきたのは、いつもの服ではなく私服姿でエプロンを付けた鷹嶺ルイ。
そしてその後ろからは、同じように私服姿でエプロンを付けた博衣こよりが入ってくる。
「おお! ルイ、準備はできたのか?」
「はい。ユウトくんも来てくれたので、今日は少し多めに作ってます」
「ほう! さすがは吾輩の右腕!」
「ありがとうございます。ですが、その前にラプ」
「ん?」
「口元にまだシェイクがついてますよ」
「なっ、まだか!?」
ラプラスがごしごしと口元を拭い、クロヱはそれを見て噴き出す。
「ラプラス、やっぱり威厳はちょっと足りないねぇ」
「うるさい! 空腹なだけだ!」
「空腹だと威厳が減るんでござるな」
「減らん! さっさと夕食に行くぞ!」
いろはが真顔で首をかしげると、ラプラスがムキになって言い返してから歩いていく。
「ユウトくんたちも一回シャワーを浴びてから来てね」
「お風呂はもう沸いてますが、こよもお腹が減ってるので早めに出てくださいね!」
ルイとこよりに促され、ユウトたち三人は修練場を後にする。
修練場から風呂場へ向かう道中、クロヱはユウトの右腕に抱き着きながら尋ねた。
「ねえねえ、ユウトくん」
「どうしました、クロヱさん」
「ユウトくんが知る中で、ホロライブ最強って……誰?」
「あ、かざまも気になるでござる!」
いろはも負けじと左腕に抱き着き、問いかける。
二人が腕に抱き着くのはいつも通りのことなので、ユウトも動じずに考えた。
「んー……一応、僕も戦えるタレントの皆さんとは訓練や手合わせをしたことはありますけど」
「その中で強かったのは!?」
「……難しいですね。最強と言っても色々ありますから」
「色々でござるか?」
「はい。単純な戦闘能力だけで見るなら、強いのは間違いなくあやめさんです」
「あやめ先輩?」
「あやめ先輩でござるか……」
「ええ。彼女の種族である鬼は、数ある種族の中でもトップクラスの剛力を誇ります。それに彼女は鬼の中でもかなり高位な存在ですし、そこに彼女が持つ類まれな戦闘技術が合わさると、まさに天下無双といった戦闘力になります」
「そこまでなんだ……」
「一度、フブキさんとミオさんが合同であやめさんに挑みましたが、二人がかりでようやく膝をつかせていました」
「膝を……ん? その言い方だと倒せてないでござらんか?」
いろはのその言葉に、ユウトも三人の立ち合いをした時を思い出す。
あたり一面がボロボロになったホロライブ事務所の修練場。
刀を手にしながらも肩で息をして、満身創痍で倒れているフブキとミオ。
そして確かに膝はついているが、両手に刀を持ち、闘争心からか笑顔を浮かべるあやめの姿。
最終的にユウトがノエルやマリンとともに鎮圧したが、あの時ほどユウトが本気を出した覚えもない。
「フブキさんとミオさんの攻撃で確かに膝はつかせましたけど、あやめさん本人はまだ戦う気満々でしたよ」
「こっわ……」
「鬼、恐るべしでござる……」
「ただし、やはり相性にもよりますね。防御力や正面からの耐久力ではノエルさんが、トリッキーで多彩な攻撃ではマリンさんが、魔法戦ならシオンさんやラミィさん、るしあさんは系統こそそれぞれ違いますが非常に強い。遠距離戦であればフレアさんやぼたんさんも強いですが、彼女たちが遠距離戦しかできないかと言われれば違いますし」
「え、フレア先輩やぼたん先輩も近接戦できるの?」
「はい。護身術の一環として、僕が徒手格闘やナイフ術などを教えさせていただきました」
「ユウト殿が教えたでござるな……」
「じゃあ、ユウトくんがホロライブの戦闘力を底上げしてるってこと?」
「そんな大げさなことをしているつもりはありませんよ」
「大げさじゃないでござるよ! 今日の訓練でも思ったでござるが、ユウト殿の戦い方は普通ではないでござる」
「沙花叉たちも、ユウトくんみたいに強くなりたいな」
いろはが真剣な顔で言い、クロヱも腕にしがみついたまま少しだけ目を伏せた。
「かざまも、もっと強くなりたいでござる」
「……お二人とも、かなり強い部類に入ると思いますけど」
ユウトは二人の歩調に合わせながら、静かに言う。
そもそも、人間と獣人や魔人といった種族では基本的なスペックが違う。
戦闘力でもそのスペック差は如実に表れるが、そんな獣人たちを差し置いて強者として君臨するノエルやマリン、そしていろはといった人間は、例外中の例外に入る。
クロヱもまた、そんな規格外の環境にいるからこそ霞んで見えるだけであり、普通に上澄みの部類である。
「いろはさんは刀を振る力も、速度もあります。ですが、まっすぐすぎることがあります」
「まっすぐすぎる……」
「迷いがないというのは、確かに強みではあります。ですが、相手が絡め手を得意とする場合は、それが弱点になります。いろはさんは、相手を欺くための選択肢を見せられるようになれば、かなり変わるはずです」
「選択肢を見せる……でござるか」
「クロヱさんはいろはさんの逆ですね」
「逆?」
「はい。気配を消す技術も、相手の死角に入る動きも、相手を迷わせる技術もうまい。ただ、仕掛ける直前にほんの少しだけ迷いがあります」
「うっ……」
「だから最後の最後で、相対した相手が対応できるだけの余白が生まれる。格下の相手なら、正直それでも決めきれます。ですが格上の相手であれば、確実にその余白で対応されてしまう。言ってしまえば、自信を持って踏み込んでいい場面で、一拍だけ引いてしまうんです」
「……見られてるなぁ」
クロヱは苦笑しながらも、どこか嬉しそうだった。
ユウトは二人に視線を向けて、言葉を続ける。
「お二人とも、弱いから負けたというわけではありません。強いからこそ、次の課題が見えているだけです」
「……ユウトくん、そういう言い方ほんとうにずるい」
「そうでござる。……でも、やる気は出たでござる」
「なら、よかったです」
二人が腕に抱き着く力を少しだけ強くし、三人はそろって歩く。
風呂場に着くと、今さらになって風呂に入りたくないと抵抗し、抵抗が無駄だと分かった瞬間ユウトと風呂に入ろうとするクロヱをいろはに預け、ユウトは一人シャワーを浴びる。
二人には、あやめが単純な戦闘能力であれば最強と言った。
だが、もう一人、ユウトが強いと思う者がいる。
それがラプラス・ダークネス。
そもそもノエルとマリンと一緒になってあやめと戦ったとはいえ、ユウトの役目は回避盾兼アタッカーであり、刀を軽く振っただけで並大抵のものを切断できるあやめを相手にそれを行ったユウトは、上澄みの中でも上澄みであることが分かる。
そんなユウトの殺気もなく、完全に意識の外から振るった薙刀を片手間で止めたラプラスは、ユウトの目から見ても間違いなく強者のそれだった。
そんなラプラスは、封印によって力を抑えられているという。
では、封印が解かれたラプラスは、どれだけ強いのか。
「……考えるだけでも、ぞっとしませんね」
ユウトが小さく呟いた言葉は、湯気に紛れてすぐに消えた。
しばらくして汗を流し、着替えを済ませたユウトが食堂へ向かうと、そこにはユウトよりも先に上がっていたであろういろはやクロヱ、そして他のholoXの面々が集まっていた。
食堂とは言っても、その実態は広めのリビングのようなもの。
壁には妙に古めかしい謎の紋様入りの旗が飾られていたと思えば、食器棚には普通に各自の箸や茶碗、マグカップなどが置かれており、ホワイトボードには『本日の給食当番』や『掃除当番』などが丸い文字で書かれている。
そして、そんなリビングの中央に置かれたテーブルには、湯気の立つ様々な料理が所狭しと並んでいた。
並ぶ料理は決して高級なものではなく、むしろ家庭的な品々で、秘密結社の卓というより完全にどこにでもあるご家庭の食卓だった。
「おお、やっと来たかユウト! 待ちくたびれたぞ!」
当然のようにテーブルの上座に座っていたラプラスが、待ってましたと言わんばかりにユウトに向かって手を振る。
髪を完全に乾かしきれていないいろはとクロヱも席についており、クロヱはユウトを見るなり自分の隣の席を叩いてユウトを招く。
「ユウトくん、こっちこっち!」
「はいはい、今行きます」
「クロヱ、ユウト殿を隣に呼ぶのはずるいでござる」
「早い者勝ち〜!」
「むむっ〜!」
「二人とも、食事前に揉めないの」
ルイが台所から大量の肉じゃがが乗った大皿を持ちながら歩いてくる。
エプロン姿のルイはまさに保護者といった雰囲気であり、ルイの後ろからは少し大きめの鍋を持ったこよりが歩いてくる。
「今日はこよとルイ姉で作った特製の夕食です!」
「ユウトくんが来るので、いつもより多めに作りました。ラプが好きな肉じゃがもありますよ」
「肉じゃがだと!? やった!」
ラプラスが机に手をつき乗り出し、ルイの持つ肉じゃがが盛り付けられた大皿を見て喜ぶ。
ユウトはそんなラプラスの様子を微笑ましく見ながら、クロヱの隣に座る。
ユウトが座った瞬間、いろはがさっと立ち上がり、クロヱの反対側の席に座った。
「これで左右を確保でござる」
「いろはちゃんもなかなかやるねぇ」
「いろは! クロヱも! 吾輩より先にユウトの隣に座るとは何事だ!?」
「でもラプラス、上座からは動かないじゃん?」
「そうでござる、羨ましかったらラプ殿も動けばいいんでござるよ」
「ぐぬぬ……」
ラプラスが悔しそうに唸り、ルイとこよりはそんなラプラスとクロヱたちを見て、苦笑を浮かべて席に座る。
「はいはい。料理もそろいましたし、食事を始めましょうか。ラプ、号令を」
「うむ!」
ラプラスはコーラの入ったコップを掲げ、立ち上がる。
「偉大なる我が秘密結社holoXに集いし者たちよ!」
「ラプ、料理が冷めるから短めに」
「ルイ! 今いいところなんだぞ!?」
「じゃあ、十秒で」
「短すぎるっ!」
ラプラスが抗議するが、テーブルの上の料理から立ち上る湯気と、空腹は待ってくれない。
クロヱはすでに茶碗を片手に箸を持っており、いろはも同じく唐揚げをじっと見つめ、こよりもそわそわしている。
「……ええい、仕方ない! 吾輩たちholoXのさらなる発展と健勝を願って!」
「いただきます、でいいですか?」
「ルイぃ!」
「はいはい。じゃあみんなで」
「「「いただきまーす!」」」
「「いただきます」」
「ぐぬぬ……! ……いただきます!」
号令が終われば、食卓は一気に賑やかになる。
ラプラスは真っ先に肉じゃがへと箸を伸ばし、いろはやクロヱは唐揚げを頬張る。こよりが自慢げに鍋の蓋を開けると、中には具沢山のビーフシチューが覗いていた。
「こよ特製、具沢山ビーフシチューです! 時間をかけて煮込んだので、お肉もトロトロですよ!」
「さすがは吾輩のこより!」
「えへへ、もっと褒めてもいいですよ!」
「ただし、鍋を開ける時はもう少しゆっくりね」
「分かりました!」
賑やかで楽しげな食卓。
ユウトはその様子に小さく笑いながら、取り分けられたビーフシチューを食べる。
「ユウトさん、味は……どうですか?」
ビーフシチューを口に運んだユウトの姿を見たこよりが、少し不安げに尋ねる。
「とてもおいしいです。肉も柔らかいですし、野菜の甘みも際立っています」
「やった! こよ、褒められました!」
「本当によかったね、こより」
「えへへ……」
こよりが嬉しそうに頬を緩めると、ルイも安心したように笑う。
「ユウトくん、肉じゃがも食べる?」
「ルイ姉の肉じゃが、おいしいよ〜」
「ラプラスが秒で食べるくらいにはおいしいでござる。……にんじんは残してるでござるが」
「むぐっ!? にっ、にんじんのことは今関係ないだろ!」
「ラプ、口に入れたまま喋らない」
「んぐ……」
「ふふっ……じゃあ、いただきます」
ルイに注意され、ラプラスが素直に口を閉じる。
さっきまで修練場でユウトの太刀筋を見切ったラプラスと同一人物とは思えないほど、今食卓に座るラプラスは姿相応の年に見えた。
ユウトはその様子を見て、ふっと口元を緩める。
「なんだユウト!? 吾輩を見て笑ったな!」
「いえ、楽しい食卓だと思っただけです」
「……ふふん、そうだろう! お前も楽しむとよい!」
「ええ、そうさせていただきます」
「……でも、かざまも、みんなでこうして食べるのが、なんだか良いでござる」
「分かるよ、いろはちゃん」
ルイが柔らかく笑う。
「こういう時間は大事だからね」
「訓練して、いっぱい動いて、みんなでご飯食べて、みんなで笑って……。秘密結社っぽくはないけどさ」
「秘密結社だって夕飯くらい食べるだろ!」
ラプラスがむっとして言うが、クロヱはそんな彼女をからかうように笑う。
そんなクロヱの様子にラプラスがまた叫び、食卓に笑い声が広がる。
夕食はそのまま賑やかに続き、訓練の反省や料理の出来など、話題は転々としていく。
訓練では真面目に刃を交え、それ以外の場所では仲良く話しながら同じ卓を囲む。
その距離感が、holoXという彼女たちらしかった。
食事がひと段落したころ、ラプラスがユウトを見た。
「ユウト」
「はい」
「今日の訓練、まだやれるか」
「構いませんよ。いろはさんとクロヱさんの課題も見えましたし」
「違う。吾輩ともだ」
その一言に、ユウトは少しだけ目を細めた。
ラプラスはコーラの入ったコップを回し、いつもより少しだけ真面目な目でユウトを見ている。
「封印があろうと、吾輩はholoXの総帥だ。部下ばかり鍛えて、自分が鈍っていては示しがつかん」
「……では、胸をお借りします」
「良いだろう。封印されたとはいえ、吾輩は
ラプラスのその言葉に、場の空気が変わる。
食事中は肉じゃがのにんじんをどうやって避けるか悩んでいたラプラスの目が、今はまっすぐにユウトを見つめている。
クロヱは箸を止め、いろはは思わず背筋を伸ばした。
ルイとこよりも軽く目を見合わせている。
「……えっと、本気なの?」
ルイが静かに問いかけると、ラプラスはコーラを飲み干し、口元を拭ってからふんと鼻を鳴らした。
「当然だ。吾輩は総帥だぞ? 部下が鍛錬しているのに、自分だけぬくぬくと肉じゃがを食べているわけにはいかんだろう」
「今まさに食べてたけどねぇ」
「クロヱ!」
「事実でござるな」
「いろはまで!?」
いつものように声を上げるラプラスだったが、その頬は少しだけ赤い。
しかし、それでも彼女の目に宿る光は消えなかった。
ユウトはその目を見て、静かに箸を置く。
「食後すぐに動くのは感心しません。少し休んでからにしましょう」
「む……それは正論だな」
「ラプが素直に引いた……」
「珍しいでござる」
「吾輩だって体調管理くらいできる!」
「にんじんは残すのに?」
「ルイ!」
また食卓に笑い声が広がる。
だが、その笑いの奥には、少しだけ緊張も混じっていた。
ラプラス・ダークネス。
普段は背伸びをして、部下たちに振り回され、シェイクを口元につけたまま威厳を語る小さな総帥。
けれど、その正体は《ラプラスの悪魔》と呼ばれる魔人であり、今もなお封印によって本来の力を抑えられている。
いろはもクロヱも、それを知識としては知っていた。
しかし、先ほど修練場で見せた一瞬の反応を見るまで、どこか実感がなかったのも事実だった。
「……ユウトくん」
クロヱが小さく声をかける。
「ラプラスって、強いんだよね」
「少なくとも、僕の見立てでは間違いなく強いです」
ユウトは淡々と答える。
「ただし、どれほど強いかは僕にも分かりません。封印された状態でさえ、僕の攻撃に反応できる。なら、本来の力を考えれば……正直、底が見えません」
「底が見えない……」
こよりが小さく呟く。
その言葉に、ラプラスは満足そうに胸を張った。
「ふふん! そうだろうそうだろう! もっと吾輩を敬うがいい!」
「でもラプ、にんじん残してますよ」
「今それを言うな!」
ルイの一言で、せっかくの威厳が少しだけ崩れる。
それでも、ユウトはそんなラプラスを見て微笑んだ。
強い。
確かに強い。
けれど、それだけではない。
この食卓で部下たちにからかわれ、怒り、笑い、それでも皆の中心にいる彼女の姿こそが、秘密結社holoXの総帥なのだろう。
「では、食後に一度だけ」
ユウトが言うと、ラプラスの目が輝いた。
「ほう?」
「ただし、模擬戦です。殺傷性のある攻撃は禁止。周囲への被害が出そうな場合は、僕が止めます」
「ふん。吾輩が被害を出す前提のように言うな」
「ラプ、過去の実績があるので」
「ルイまでぇ!」
クロヱといろはが笑い、こよりも楽しそうに肩を揺らす。
ユウトは箸を取り直し、まだ残っていた肉じゃがを口に運んだ。
「それに、ラプラスさん」
「なんだ?」
「部下の皆さんに格好いいところを見せたいなら、まずはにんじんを食べてください」
「……」
ラプラスの動きが止まる。
holoX全員の視線が、皿の端に残されたにんじんへと集まった。
「……ユウト」
「はい」
「吾輩への試練が厳しすぎないか?」
「総帥ですから」
「ぐぬぬぬぬ……!」
ラプラスは数秒ほどにんじんを睨みつけた後、意を決したように箸で摘まみ、口へ運んだ。
そして、涙目になりながら飲み込む。
「……食べたぞ!」
「おお〜!」
「偉いでござる!」
「ラプちゃん、成長しましたねぇ!」
「よく頑張ったね、ラプ」
「子ども扱いするなぁぁぁ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶラプラス。
その声に食卓はまた笑いに包まれた。
だが、ユウトは分かっていた。
このあと修練場に立つ彼女は、きっと今とは違う顔を見せる。
小さくて、騒がしくて、少し子どもっぽい。
それでも、間違いなくholoXの頂点に立つ総帥としての顔を。
そしてユウト自身も、少しだけ胸の奥が高鳴っているのを感じていた。
なおこの後、ユウトはギリギリラプラスに辛勝した模様。
次回はししろんを予定してます。