学園でエセ勇者と揶揄されるオレ、うすほそ貧弱ボディ過ぎて喋らなかったら周りが勘違いを重ねて過保護になっていくんだけど 作:IXAハーメルン
ネグロは男爵家の三男であった。
かの家において彼はあくまで長男のスペア、さらにそのスペアに近い存在である。
この国の男子よろしく勇者や英雄譚に憧れたことは何度もあるが、魔力量というどうしようもない枷や、同年代、先輩のはるか上をいく才能に打ちのめされ気が付けば腐っていた。
学院には箔付として通うことになった。
力で身を立てるほどの才能はない。
多くの貴族の次男坊以下の例にもれず、卒業後の道は良くて軍人や官僚、家同士の関係強化のため貴族の娘との婚姻がその未来だろう。
すべて流されるがまま、どうせ未来に選択肢などない。
負け犬根性が骨身にまで染みついている、それがネグロだった。
「……セラフィリア・スタンレイ、です」
中等部から高等部への昇級、同時に外部から入学してきた者たち。
その中に白の少女はいた。
スタンレイ家の名を知らない貴族はいない、あの勇者の血を継ぐ者。
しかし勇者の名に似合わぬうっすらと血の気が悪く、あまりに細く小さな体の少女がおずおずと頭を下げる。
負け犬、故に鼻が利いた。
どれだけ覆い隠そうと隠し切れはしない。
いったい何にか、いつ頃からかは分からない。だが間違いない、あのセラフィリアと名乗った少女は間違いなくなにか巨大な才能を前にして折れた同族なのだと。
しかしそれはある種の祈りにも似ている。
この国で知らぬ者はおらぬ勇者、その血筋の者。人によっては王族より神聖視されかねないかの少女が、自分たちと同じレベルにいてほしい、いるに違いないという祈り。
醜く哀れであってほしい。無様であってほしい。どれだけ血筋や容姿が優れようと所詮は同じ人間なのだと嘲笑わせてほしい。
だが期待に反して彼女はいつも飄々としていた。
細くか弱い肢体、少ない体力、何か一つの行動をするたびに息を荒げ、実に苦しそうに胸元を抑える。
病的な体を引きずり何かに折れた心を持つ。
なのに、だ。
いつもさして変わらぬ表情、だが決してその目から光が消えることはない。
いったい何が面白いというのだろうか。か弱い体に反して彼女の心は常に喜びに満ち、尽きぬことのない活力に溢れていた。
「……チッ、気に入らねえ」
あの姿を見ているとひどく惨めになる。
自分達よりはるかに恵まれない体を持つはずの彼女が、自分達よりはるかに輝きをもって日々を生きている。
才能という言葉にすがって腐っている自分達の、なにもかもが否定されているかのようだ。
ネグロの言葉に頷く友人たち二人。
エイムズ、ジョナス。二人も両親の身分こそ異なれど、やはりネグロと同じく才能や魔力、生まれの差に打ちのめされた者たちだった。
故に、彼らとは気が合い気が付けばいつも三人で行動している。
はじめは小さな行動だった。
彼女の情けない動きを揶揄し、嘲笑う。だがすぐに行動はエスカレートしていく。
セラフィリアが何をしても飄々として気にしない態度を取るたび、その行動はより悪質に、陰湿に。
弄りから虐めへ、気が付けば遠巻きに眺めていた一部のクラスメイト達すら嬉々としてその行動に加担していく。
躓かせ、水をかけ、教科書を汚し、池に落とした。
果てには、魔獣犇めく森に置いてきた。
折れろ。
堕ちろ。
オレ達と同じところまで堕ちてこい、エセ勇者。
その薄ら笑いの裏に隠した醜い内心を、何もかもを曝け出せ。
だが、彼女は変わりはしない。
これだけの悪意に塗れてなお、笑みを絶やさない。
薄弱な体を引きずって必ず教室に現れ、あのどこを見ているかも分からない瞳で授業を受けている。
「……クソッ」
立ち位置は上のはず。
貧弱な体の少女を甚振り嘲笑う。
だが今日もまた、ネグロ達は無様な負け犬として寮へ戻った。
こんな日々を続けたある日、それは突然現れた。
「アタシの名はラミュエル・スタンレイだッ!」
学び舎だというのにバカみたいにデカい鎧を着込んだ精神異常者、さらにその上から制服を着こんでいる。
だがその名字にはあまりに聞き覚えがある。そう、こいつもまた勇者の血筋、スタンレイ家の人間。
そして異様な姿にもかかわらず自信に満ちたその姿、わずかに見せた力の一端で直ぐに理解する。
これだ。
こいつこそがあのセラフィリア・スタンレイの消えない傷、トラウマ、彼女の心をへし折った存在だ、と。
彼女は二つ上の『剣聖』や『魔女』、強者として称えられる者たちと比肩、あるいは上回る力を持つ生まれながらの王者であった。
「聞いてるぜェ? 家からの金もまともに貰えてねえし、メシも食えてねえんじゃねえのかァ?」
やはり何かの禍根を持っているのだろうか、妹を名乗るデカブツはセラフィリアの元までまっすぐに行き大声で絡み始めた。
しかし妙だ。そのデカブツが見せた感情は禍根というには甘い、執着と言ったほうがいいかもしれない。
それはどこか、自分たちが抱えている感情によく似ていた。
だがきっといつものように飄々と対応するのだろう。
ネグロの期待に反して、うっすらとだが少女が浮かべたのは苦痛の表情。
ネグロは愕然とした。
あの決して折れなかった彼女が、たった一度話しただけで苦痛を感じている、今の自分たちは少女の傷にすらなれはしなかったというのに。
何者にもなれない。虐め一つですら満足に出来ぬ、どこまで行こうとも救いようのない半端者たち。
鐘が鳴ると同時にネグロ達は杖を握り、少女、いやその後ろを追うデカブツを追った。
全ては奪われぬため、これ以上自分たちの存在を否定されぬために。
「……ぁンだぁ?」
「あーっごっめーん! そっちのお姉さんが水欲しいのかなぁ~って思ってぇ!
すでにネグロ達の目はセラフィリアから外れている。
睨むはただ、突如現れた『勇者』。
それは蛮勇か、それともただの自暴自棄か。もしかしたら自分たちのどうしようもない感情の行き場を求め、ただ暴れたかっただけなのかもしれない。
「外出ろや鎧女ッ! 決闘だッ!」
「来て早々舐めてんじゃねえ!」
「いいぜボンボン共! 元々こうする予定だったからなァ、死に急ぎてえならお手伝いしてやるよ!!」
執着を煽れば望んだ決闘はたやすく始まった。
「拾いな、死にたくねえならなァ」
「……舐めんなァ! 『アイシクルニードル』!」
侮蔑的な発言。
三人を相手取ってなお余裕の態度を取るラミュエルが放り投げた、防御魔術付きのペンダントを踏みつけネグロ達は駆け出した。
放つ魔術は威力と魔力効率に優れたアイシクルニードル。針とは言うものの太さは人の指ほどあり速度も上々、さながら氷で出来た矢。突き刺されば肉程度容易く穿つだろう。
「……下らねえ氷遊びだなァ、話にすらならねェ」
だが怪物はいともたやすくすべてを掴み――握り潰した。
「っ、中々やるか勇者候補!」
鎧ありとはいえ防御魔術すら無しの素手、魔力の感覚からして強化など一切なしの素の身体能力。
バケモノかよ、と言い出さないだけ上々だろう。
しかしネグロ達とて戦闘訓練は受けている。気を取り直して素早く散開し、今度は全方位からの飽和攻撃へと移行した。
鎧装備は堅牢かもしれないが同時に棺桶にもなる。
相手が魔術を使う気がないというのであればなおさらだ、舐めている間に飽和攻撃で叩き潰すッ!
ネグロ達のシンプルな作戦は確かに通じるだろう。それが、ラミュエル・スタンレイ以外であったのならば。
「……で? 次は?」
土埃を切り裂き現れる鎧。その体に傷一つ、その声に苦痛一つすらない。
「マジか」
「バケモンがよ……!」
その時苦し紛れにジョナスが土魔術の石片を放った。
それは見事にヘルメットのど真ん中へ当たり、自身の圧倒的速度によってすさまじい音を立て砕け散る。
堅牢な全身鎧の弱点は衝撃と属性魔術、その常識に乗っ取った間違いのない一撃。そのはずだった。
バケモノは平然と歩みを進める、鎧へ絶え間なく伝わり続ける衝撃も熱も何も感じないかのように。
「下らねェ! 少しは経験に学べよ雑魚共ォ!」
そうして叫んだ。
バカみてえな耐久のテメエがただ歩いただけじゃねえか、学ぶ場所なんてねえだろうがバケモン!
ラミュエル・スタンレイ、想像以上に無茶苦茶な存在だ。
魔力を一切使わずこの状況。
まるで生ける壁、大地を殴っているかのような虚無感、龍と蟻ほどある絶望的なまでの格の差。
だがもはや彼らに退ける道などない、男たちは互いにここまでついてきた仲間へ視線を向け頷く。
下級魔術では千日手、いやこちらの魔力切れが先か。
魔力量の少ない三人は上級魔術など放つこともできず、高威力な中級魔術も連発は厳しい。
決めるならば少ない魔力で放てる高威力――集約魔術。
だが時間がいる。
一番素早く放てるエイムズとジョナスのコンビであったとしても、対魔獣での実戦投入はゼロ。
あのデカブツの動きを止め、時間を稼ぐ必要がある。
「っ、雑魚には雑魚の矜持があんだよバケモンさんよッ!」
ネグロは杖を握り飛び出した。